紫陽花と雨宿り・ストーリー・1-6・2-2
クエスト1-6
雨降る午後 紗良御侍の家付近
紗良は堕神相手に苦戦していた。最近、息が上がるのが早い。堕神にやられた傷は癒えることなく、紗良を苦しめていた。
紗良:はぁ、はぁ……はぁ。
うな丼:無理するな。
紗良:無理しなきゃさ、生きていけないだろ。
うな丼:お前の面倒は、拙者が最後まで責任を持って見る。
紗良:弟に頼まれたから?
うな丼:勿論それもあるが……。
紗良:ごめん、意地悪を言った。
ゆっくりと息を吐いて、紗良はその場にしゃがみ込んだ。
紗良:今はさ、そんな死にたいと思わなくなった。ほら、あの子を召喚したから。
紗良:あの子、昔とまるで変わってないんだよ。それが食霊ってものなのかもしれないけど。
紗良:でもね、確実に変わったところがあって。全然笑わないんだ、あの子。
紗良:何があったかはわからないけど、昔の記憶もないみたいだし。
紗良:何か、してあげられることはないのかな……。
うな丼:さて、どうかね。
紗良:あったらいいな、って思っただけさ。
そこで、紗良は空を見上げる。澄み渡る青空。全身に風が抜ける。
紗良:体はボロボロでさ、堕神と戦ったとき、何で死ななかったのかなって思う。
紗良:それは、今でも思ってるけど。
紗良:自分の代わりに、弟が生きてたらって……やっぱり思うけど、こればっかは自分にはどうにもできないもんな。
うな丼:あれは、不幸な事故だ。
紗良:うん、そうだね。きっと、事故だ。でも、そういうことじゃなくて。
紗良:巡り合わせかね、運がいいのか悪いのか。
紗良:私に力がなくて、弟に力があったらいいのに、って何度も思った。
紗良:あの子はさ、ずっと食霊を召喚したかった訳じゃない? でもできなくって。
紗良:悲しいけど、望むだけじゃ手に入らないものってあるし……望まなくても手に入れてしまうものもある。
紗良:努力って何の役に立つのかなって考えてたときもある。
紗良:でも、弟は努力でお前を手に入れた。『想う力』っていうのは、強いんだね。私はさ、なんだかすごく感動したんだ。
うな丼:……そうだな。
紗良:私は結局、両親を救うために、食霊を召喚して……犠牲にした。その結果両親は戻ってこなかった。
紗良:もう二度と食霊を召喚することなんかないって決めてたのに……私は嬉しいんだ、水信玄餅を召喚できて。
紗良:そう思えるのも、お前の存在があってこそだ。
紗良:弟とお前の絆を見てたらさ、やっぱりちょっと憧れた。
紗良:でも、沢山の食霊を不幸にしてしまった私だからさ、もう望むのも烏滸がましいと思っていたけど。
紗良:神様っているんだね。私に水信玄餅をくれた。
紗良:あの子は今記憶をなくしてるみたい。もしかしたらさ、私と過ごした時間も忘れちゃうかもしれないけど。
紗良:『今』は間違いなく、あるんだ。
紗良:お前は生き証人になる。どうか、覚えていてくれ。紗良という料理御侍が、水信玄餅を召喚したことをさ。
紗良:って、図々しいな。お前はあくまで弟の食霊で、あいつの頼みだから、ここにいてくれてるのにさ。
うな丼:忘れんよ、拙者は。お前のことも、紗央のことも。
紗良:ん?
うな丼:これで物覚えがいいんだ。忘れてることは何一つない。きっと、この瞬間の会話も、拙者はずっと覚えているだろう。
紗良:そうか……だったらいいな。
――これは感傷だ。
そうわかっていて、でも紗良は嬉しいと思う。
紗良:ま、そんな訳だ! 私は最後に神からもらった最高の贈り物である水信玄餅のために働くんだ。
紗良:あの子に食わせるごはんのためにさ!
紗良:……食霊は、ごはんなんて必要ないって言うかい?
うな丼:それを言うべきなのは、拙者ではなく水信玄餅だ。気になるなら、聞いてみるといい。
紗良:おお、怖い! そんなことは聞けないさ。頷かれたらどうするんだい。
紗良:老い先短い女は、保守的なんだ。もう、傷つきたくないのさ。
うな丼は肩を竦めて、それ以上何も言わなかった。だから、紗良もそれ以上は言及しない。
紗良:よし、帰ろう。夕飯の用意をしないといけないからな!
雨降る午後 桜の島 郊外
誰に悩み相談をしようか悩んだ末、水信玄餅は遊びに来た流しそうめんと猫まんまに話してみた。
猫まんま:ふむ、それは難しい問題なのだ。
流しそうめん:そうだな、確かに難しい……。
水信玄餅:すまない、そんな難しい相談をしてしまったか。
しかし、流しそうめんも猫まんまも良い返答はできなかった。三人は顔を見合わせて唸ってしまう。
『御侍様の役に立ちたい』
そんな願いではあったが、足の動かない今、それはとても困難に思えた。
実際に怪我をした訳ではない。けれど、私はどうしても立てないのだ。精神的なものだとわかっていても、どうにもならない……。
水信玄餅が紗良御侍様の元に来る前に仕えていた『御館様』――廉の元にいた日々を想い出す。
彼は、村でとても大きなお屋敷に住んでおり、それで水信玄餅は彼のことを『御館様』と呼んでいた。
その館はかなり前に建てられた屋敷で、あちこちが壊れ、倒壊寸前のボロ屋だった。
しかし彼は館を直そうとはしなかった。
『あるがままに』
それが、彼の信条であった。そんな大きなところもまさに『御館様』に相応しいと、水信玄餅は好んでそう呼ばせていただいていた。
そんな彼は、日々とても忙しくしていた。
決して自らの利益では動かず、常に人のために行動していた。
そんな彼は当然のように村人に好かれていた。
水信玄餅:(当然、私も大好きだった)
そんな彼の役に立ちたいと水信玄餅は頑張った。自分にできることは何かを自分なりに模索して、頑張っていた『つもり』だった。
水信玄餅:(だが……その結果、私は彼を殺してしまった)
そんな私がまた御侍様のために何かしようと動けば、また同じような結果が待っている気がして――
それがどうしようもなく水信玄餅には怖かった。
猫まんま:だからって、無理してどうにかなるもんじゃない。そんなこと、君の御侍様も望んでいないのでは?
水信玄餅:それは、そうだけど……。
流しそうめん:任せろ、水信玄餅! そのために今日、俺たちは来たんだ!
水信玄餅:え?
猫まんま:流しそうめんと相談して、吾輩と彼で、君の御侍様を手伝いができないかと思ったのだ。
水信玄餅:それは有り難いが……助け合いになってないのでは?
流しそうめん:んー。俺はお前の前の御侍に世話になったからさ。その恩返しだ!
猫まんま:吾輩はまぁ……猫の世話をしているくらいだから。空き時間は結構あるのだ。
水信玄餅:嫌だとは思わないけど……。
水信玄餅:(少し、申し訳が立たないだけだ)
そこに紗良とうな丼が帰ってきた。
紗良:おや、君たち。来てたんだね! これから夕飯を作るんだ。良かったら食べて行かないか?
猫まんま:それは……迷惑ではないのだろうか?
紗良:何を言うか! 水信玄餅とふたりでも当然楽しいが、更に君たちが加わったらもっと楽しい!
紗良:水信玄餅も、友達の君たちが一緒なら嬉しいだろう。
紗良:うな丼も一緒にどうだ? 皆で食べる夕飯は美味いぞ。
うな丼:三人も一緒に食べてくれる者がいるのだ。それで十分であろう。拙者は、帰らせてもらうぞ。
うな丼はそう告げて、さっさと家から出て行ってしまう。
紗良:あいつは本当に冷たい男だ! まぁいいさ。私には君たちがいる!
そう悪態をつきながらも、とても楽しそうに紗良は白米を頬張っている。
そんな幸せそうな紗良を見て、水信玄餅は心が嬉しくなるのを感じる。
水信玄餅: だが同時に、無力な自分のことが、悲しくもなった。
水信玄餅:(私は……御侍様の役には、立てないのだろうか?)
答えが出ないまま、水信玄餅は頑張って紗良の作った夕飯を食べた。
水信玄餅は……。
・<選択肢・上>猫まんまの世話している猫と戯れたい。 流しそうめん+15
・<選択肢・中>うな丼を羨ましいと思っている。 うな丼+15
・<選択肢・下>流しそうめんと流しそうめんを食べたい。 流しそうめん+5
クエスト2-2
雨降る午後 桜の島にあるボロ小屋
これは水信玄餅にとって、今は思い出せない記憶。
ある日、水信玄餅を召喚してくれた和菓子屋に堕神が襲来した。
その数は多く、和菓子屋は倒壊。ひどい状況だった。
そこに助けに来たのは、料理御侍ギルドの桜の島支部に所属している料理御侍たちだ。
彼らの中には戦闘に長けた料理御侍がおり、見事堕神を一蹴した。
たったひとりで果敢に立ち向かって深い傷を負った和菓子屋の店主は、助けられてすぐに訊ねた。
廉:水信玄餅は……どこ、だ……?
しかし、彼の姿は見つからなかった。あのすごい数の堕神を前に消滅してしまったに違いない――そのように思われていた。
だが、真実はそうではなかった。水信玄餅は消えてはおらず、現場から連れ去られていた……。
静:はぁ、はぁ……はぁっ!
静:ああもう! どうしてよ! 何故私と契約しないの!?
水信玄餅:私の御侍様は、あなたではありません。私を召喚してくれた御侍様は、まだ生きています。
静:そんなことは知らない! いいから私と契約しなさい!
水信玄餅:わ、私は御侍様に忠誠を誓っております! とてもよくしていただきました。それなのに、どうしてあなたと契約などできるでしょう……!
静:黙りなさいっ……!
静:はぁ、はぁ……はぁっ! もうっ! 苦しい……!
静:アンタのせいで! 私がこんなに苦しい思いをしてるのよ……! はっ、はっ、はぁっ!!
静:アンタを連れてきてから……! ずぅっとこう……! まともに呼吸すら、できなく、て……!
静:ああ、憎々しいッ! どうして大人しく言うことを聞けないの……!?
水信玄餅:……ッ!
女は、怒りの形相で手近の転がるものを水信玄餅に投げつける。
水信玄餅:やめてください……! 痛いです……!
静:うるさいっ! はぁ、はぁ……! 逆らうお前が悪いのよ……っ!
静:私は料理御侍として、食霊と契約しなくちゃならないの!
静:アンタと契約できたら、みんな私を見直するわ! 幻の水信玄餅! ほらっ、そんなすごい食霊を私は使役しているんだから……!
水信玄餅:私はあなたと契約なんかしません……! 絶対に、しません……!
静:なんて強情なっ! 許さないっ! 許さないわっ!!
水信玄餅:痛っ! 痛いです……っ! くっ……! どんなことをされても、私は絶対に頷きません……!
そんな日が何日も続いた。理不尽な暴力に、水信玄餅の心は疲弊していく。
だがそれでも、決して彼は頷かなかった。大切にしてくれた御侍様への忠誠を頑なに誓っていた。
そして水信玄餅は知った。自分が、どれだけ御侍様に大切にされ、愛されていたのかを。
自分の利益しか口にせず、まるで物のように自分に当たる目の前の女に、水信玄餅はただただ唖然とする。
水信玄餅:(このような……無体なことが許されるのか……!)
水信玄餅は、何度となく逃げ出そうと思うもそれは叶わない。手足を縛られ、自由を奪われ、理不尽な暴力で体は傷ついている。
水信玄餅:(こんなところで……いいようにされてたまるかっ!)
それまで使ってこなかった力だった。食霊として、堕神に対抗し得る力。
まさか人間相手に使う日が来ようとは思わなかった。
静:きゃあああっ!!
それでも水信玄餅は加減をしたつもりだった。本気だったら、この女性を殺してしまう。
いくらなんでもそれは避けたかった。自分が誰かの命を奪うなど……それまでの水信玄餅には想像すらできなかったからだ。
静:うっ……くぅううっ!! なんて、なんてひどい……! お前は……! 化け物だっ!!
静:こうやってお前は人を攻撃するんだ! 食霊の癖に! 信じられない!
静:お前は食霊の力で人を殺す化け物だ!
静:お前と一緒にいるようになってからずっと苦しいっ! お前は私を殺すつもりだな……!
水信玄餅:(何を……言っている?)
静:こうやってお前は、人の生気を奪うんだ……! だからずっと私は苦しかったんだ! うううぅっ……!
静:全部お前のせいだっ! はぁ、はぁっ!! お前なんか死ねばいいっ! お前みたいなひどい食霊なんかさらってこなきゃよかった……!
その後もその女は大声で泣きわめき、髪を振り乱しながら、水信玄餅に向かってひどいことを叫び続ける。
次第に水信玄餅の意識は薄れていく。
水信玄餅:(御……侍さ、ま……!)
その後――水信玄餅は保護された。
救出前に、水信玄餅はその女と強引な契約を結ばされた。
だが、そのときのことは水信玄餅の記憶にはない。水信玄餅が覚えているのは……よくわからない場所から、優しい誰かに助け出されたことだけだ。
その者こそ、水信玄餅が『御館様』と慕う、とても心優しい人であった。
それ以外のことは――水信玄餅は、今なお思い出せない。それは、ひどいことを言われて暴力を振るわれた記憶に結び付くからだ。
彼は自らを守るため、記憶に蓋をした……。
(暗転)
水信玄餅:……館様、御館様っ……!!
紗良:水信玄餅……!?
その声に顔をあげると、そこには紗良の姿があった。
水信玄餅:お、御侍……様。
紗良:大丈夫か? ひどく魘されていた。
紗良:は、はい……大丈夫です。
息をつき、水信玄餅は伸ばされた紗良の手に、自身の手を添える。
紗良:嫌な夢を見たのだな? でもそれは夢だから……大丈夫だよ。ここには、お前を脅かすものはない。
そう優しく微笑んで、紗良は水信玄餅の頭を撫でた。
水信玄餅は、紗良の息遣いを間近に感じて、ホッと胸を撫で下ろす。
水信玄餅:(ここに……危険な者はいない……?)
しかし、同時に水信玄餅は怖くなった。
水信玄餅:(違う! ここには『私』という化け物がいる……!)
その拭えない事実に、水信玄餅は体を震わせる。
水信玄餅:(私は御館様の命を奪ってしまった……彼女の命も同じように奪ってしまうかもしれない)
そもそも、自分がどうやって御館様の命を奪ったのか知らないのだ。
水信玄餅:(けれど、御館様の命を奪ったのは『事実』だ。御館様が目の前に倒れていた光景は――夢ではない)
目の前で横たわって亡くなっていた御館様。
水信玄餅:(御館様は、私と契約をしていたから亡くなったのだ)
水信玄餅:(その前の御侍様も――私の力のせいで亡くなってしまった……!)
水信玄餅:(私は……自分が怖い。大切な人を傷つけてしまい、のうのうと生きている自分が――嫌いだ……!)
苦悩の末、水信玄餅は……。
苦悩の末、水信玄餅は……。
・<選択肢・上>その考えを胸の内に留める。 うな丼+5
・<選択肢・中>深いことは考えずに眠ったほうがいい。 うな丼+15
・<選択肢・下>もっといろいろ考えるべきだ。 流しそうめん+15
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