酸辣蒟蒻・エピソード
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酸辣蒟蒻のエピソード
仙草ゼリーの遊戯館でバイトしている。美食を求めて旅をしている遊侠で、辛いものが好き。少し傲慢で近寄り難い印象があるが、本来は思いやりのある(上手く表現できない)純情な青年。美食を求めて旅をしながら、困っている人を助けている。自分の気持ちを上手く表に出せない。
Ⅰ.春
「この店には……えっと、なんてだったっけ?まあ、とにかく、色とりどりで扁球形の食材、あるか!」
「……たぶんないですね」
「そうか……じゃあ、なにか珍しい料理はあるか?」
「珍しい料理?ああ、あります!お客さん、燕窩、ふかひれ、アワビ、高麗人参、マツタケ、冬虫夏草、いかがですか?」
「それだけか?」
聞き慣れた言葉を聞いた瞬間、俺は落胆し、椅子に寄りかかり、メニューを店主に返した。
「そんなのはもうとっくに珍しくない……まあいい、この店の看板料理をひとつ頼もう」
「かしこまりました!」
やはり、伝説の食材を探すなら、このような賑やかな市街地では見つけられない。
ぽつりぽつりと降る雨を聞きながら、俺はひとりで近くの村を散策しようと考えていた。晩ごはんは山菜か川魚にしようかと思っていた矢先、店の一角から聞こえる騒ぎ声が俺の計画を台無しにした。
大まかに聞くと、客はこの店のもやしの和え物が味気ないと不満を言って、騙されたと騒いで返金を要求しているようだった。
野次馬がてらに目をやると、客は威勢のいいことを言っているが、テーブルの上の皿はもう空になっていた。
味気ない料理をペロっとたいらげるか?ただのいちゃもんだな。
店主も同じ考えのようだった。料理をすでに完食したならば、返金の理由はない。もし客が不満ならば、彼の要求に応じて無料のもやしの和え物を追加で一人前提供すればいい。
客はまだ不満があったが、空の皿を見て自分が悪かったと自覚し、納得した。
歯をほじくりながら料理人の腕前を批評している彼の様子を見て、俺は急に腹が立ってきて、すぐさま台所に飛び込んだ。
「彼は料理が味気ないと言っていただろう、これを彼に出そう!」
料理人は俺が手に持っている鮮やかな色を見て、怪訝そうな表情はすぐに解け、興奮で眉をつり上げた。
15分後、あの客の口が腫れ上がって、あわてて雨水を飲みに行く様子を見て、俺は料理人とふたりで笑った。
「ハハハ……雨水は辛さを和らげないだろう。辛さを解消するなら、この店の酸梅湯だな!」
「早く、早く一杯くれ!」
「わかったよ、ただし……えっと、料理人さん、先ほどの料理はいくらだったっけ?」
「ちょうど10枚の銅貨だったよ」
「そうだ、酸梅湯を飲むためには、ちょうど10枚の銅貨を用意してくれ」
その食客はお金が必要になると聞くと、その顔は紫色になりかけ、耐えようと決意したようだった。
ふふふ、彼の思い通りにするわけにはいかない!
「大丈夫かな?このラー油は俺が丁寧に調合したもの。一滴だと爽やかでおいしい、二滴だと元気になる、三滴以上だと後味たっぷり、余韻がいつまでも続くぞ〜」
「ひっ……お金を出すから、早く酸梅湯を!」
お店のためにお金を取り戻したと思った瞬間、隣にいる料理人に笑顔が消え、言葉を選んでいた。俺が飯代を支払い、出ていこうとした時、彼はようやく近づいてきた。
「兄ちゃん、あの、そのラー油、すごく特別なやつみたいだが……」
「欲しいのか?」
「ああ!安くしてくれるか!」
彼の切望する目を見て、俺は自慢げに微笑む。
「お金ってそんなに珍しいのか?俺が欲しいのは美味しいもの!美味しいものこそが万物の源、世の中の至宝!お金は土にも劣る!」
「美味しいもの……蓮根だ!」
「なに?俺を連行したいと言うのか!?」
「いやいや、そんなことはない!俺が言っているのは近くの村だ、そこで産出されるもちもちした蓮根は絶品だ!」
「その村はどこだ!?」
春の雨は涼しく降り注ぎ、平らな泥の表面に沈み、小さなくぼみだけが残る。
目の前の湿った土の匂いがする泥沼を見下ろし、俺が鼻をつまみながら、その下には珍味が隠されているのか、それとも奇怪な猛獣が潜んでいるのかと考えた。
まあ、珍しい食材はそんなに簡単に手に入るものではない。そうでなければ、どこでも見つけられるだろう……
古人も言っていたが、蓮根は「地下に白い茎を隠して、誰にも知られない」というものだ。
しかし……
俺は知りたいのだ!
「ふん、今から、あんたらを全部掘り起こす!」
「待って!なにをするつもり!?」
泥の中に飛び込む準備を整えたところで、突然誰かが現れ、私を泥のそばから引き離した。
「なにをするんだ?止めろ、蓮根を掘りに行くんだ!」
「蓮根を掘る?今は春だ、蓮根はまだ熟していない。それに、この泥の汚れ具合を見てくれ、蓮根が育つような場所に見えるか?」
「じゃあ、もち蓮根はどこで育てているんだ?この村に川や湧き水はないように見えるが?」
「もち蓮根を探しに来たのか?」
「そうだ!」
「……」
不思議だ。この人はさっきまで威勢がよかったのに、いきなり黙って俺を見つめ、そして去っていった。
どうやら伝説のもち蓮根は本当に村の特産品のようだ、こんなに隠そうとするなんて……
それなら、絶対に調べる価値がある!
Ⅱ.夏
木の皮にぶら下がった蝉が日に焼かれて、ビショビショの暑さにうめき声を上げ、俺の扇子を握る手もますます慌ただしくなる。チラチラと細かい竹くずが頭に降りかかってくる。
パチンッ
バラバラに壊れた竹の扇子が机に叩きつけられ、並べている湾曲したスイカがブランコのように揺れ、瑞々しい赤いジュースが床に流れた。
私は最も果肉のつまった1枚を手に取り、それを思い切り噛んだ。
蓮根は、本当に上手く隠れている!蓮根が熟していないのはまだしも、もう夏になったのに、村の中には蓮の葉ひとつも見当たらない!
なんてことだ。グルメの名誉を賭けて、伝説のもち蓮根を見つけてやる!
心の中で密かに誓いを立てながら、口に入れたスイカがパリッと音を立てた。俺の勢いに火をつけるなら、この炎夏の暑さなんて取るに足りないだろう。
美味しいものへのこだわりと愛着は、誰にも負けない!
「お母さん!どこ行くの?またもち蓮根の世話をするの?僕も一緒にいく!」
ああ、この村はなにもかもがいいけど、防音があまり効かない。屋外の声もよく聞こえる。最初に来たときは、夜はほとんど眠れなかった……
待って、さっきの子供はなんて言っていた?もち蓮根!?
寝椅子から飛び上がり、さっき外で話していた方向に向かって走り出した。
風が漏れる家を貸してくれた猟師と、大きな声の子供に心から感謝しながら、風に吹かれて明暗する竹林の中を走る。俺は上機嫌になって、自分の足音でさえ音楽に聞こえるようだ。
しかし、壊れた竹の葉、折れた棒、裸で水かけ遊びをする赤ん坊を見たが……
母親と一緒にもち蓮根を見に行った子供の姿がどこにもない。
見失った……
さっきの興奮も、顔に流れた汗も太陽に焼かれてしまった。
来たときよりずっとゆっくりした速度で帰ったが、家の前まで来ると、急いで出てきたために、ドアを閉め忘れていたことに気がついた。
村には泥棒などいないはずだが、野獣などが入り込んできたら困る。
そこで私は足音を静かにし、こっそりと家に入った。
「泥棒!」
「えっ!い、いや、僕はちがう……うぅ……はぅ……」
机に伏せてこそこそしていた少年は、俺の叫び声に驚いて、尻餅をつきそうになった。
彼は赤い唇を開いたまま、聞き覚えのある大声とはっきりしない言葉で否定した。
「あんた、さっき蓮根を見に行くと俺を騙した子供か?」
「ち、ちがう……うぅ……はぅ……」
彼は言葉をはっきりと話せず、涙まで溢れてきた。俺は考えた末、彼に酸梅湯をあげた。
一杯飲むと、彼はまるで蘇生薬を飲んだかのように元気を取り戻し、私に向かって叫んだ。
「スイカにラー油をかける奴がいるか!?」
「ここにいるだろう?」
俺は腰の長刀を抜きながら、無邪気に彼を見つめた。
「それに、それは本来、あんたに食べさせるためじゃないんだ」
「僕……僕はただスイカを食べただけだよ!刀を振り回さないで!」
少年の恐怖に満ちた顔は実におもしろく、俺の気分は良くなり、笑って長刀を挙げた。
そして振り下ろし、一切れのスイカを切り取った。
「新しく切ったやつだ。ラー油はないよ。どうぞ食べて」
彼は迷って手を伸ばし、スイカに触れようとする瞬間、私は長刀の背で彼を打ち返した。
「まず教えてくれ、なぜだましたんだ?」
「燕ちゃんを一人占めしたから……」
「燕ちゃん?」
「い、いや、燕ちゃんじゃなくて……お前が村のもち蓮根について聞き込んでたんだろう。悪いことを考えてるに決まってる!それを売ろうとしているだろう!悪いやつめ!」
彼の赤くなった顔と不安げな目を見て、俺は不満に眉を吊りあげた。
「お金を稼ぐことのなにが悪いんだ?美味しいものはみんなでわかち合うべきだろう!それに、俺の目的はお金じゃなく、伝説のもち蓮根で美味しい料理に作りたいだけだ」
「本当?」
「もちろん、俺はグルメだ!」
彼にスイカを手渡し、彼がほおを膨らませてスイカをかじる様子を見て、俺はしばらく迷った後、口を開いた。
「そういえば、あんたが言った燕ちゃんって……」
少年は顔を上げ、警戒心に満ちた目で俺を見た。
「なんだ?」
「食べられるのか?」
「……燕姉ちゃんは、なんでお前みたいな間抜けを好きになったんだ……」
「ん?なんだって?」
「大牛!出てこい!」
俺が尋ねる間もなく、突然窓の外で激しい怒鳴り声が響き渡り、かじられたスイカが床に叩きつけられた。
彼は地面に残されたスイカの残骸を悲しそうに見つめ、そして憮然とした表情で去っていった。
「お父さん……」
「この野郎、おふくろがまだ病気だというのに、家で看病もせず、ここで遊んでいたのか!ここに住んでる人間にかかわるなって言ってんだろ?さあ、一緒に帰るんだ!」
親子はそのまま立ち去り、俺は窓辺によりかかって、大牛の父さんのいやな目つきを思い出しながら考えこんだ。
ラー油がこんなに嫌われているとは思わなかった。
それならなおさら、伝説のもち蓮根を見つけて、早く世界一の辛口グルメを作って、見せつけてやりたい!
Ⅲ.秋
夏の蝉は静まり、秋風が部屋を吹き抜け、金色の葉を吹き落とす。
目の前にあるハンカチと、その上に安らかに横たわる枯葉を見て、俺は戸惑いを禁じ得なかった。
「これは俺に?」
「うん……」
「なぜ?」
猟師の娘は急に顔を赤らめ、頭を下げて、なぜかもじもじとしている。
得るものがなければ早起きなどしない。わざわざ俺にこれを持って来て、もしかして……
「心配するな、俺は恩を忘れない男だ。あんたの父が家を貸してくれた恩義はまだ返していないが、伝説のもち蓮根を見つけたら、必ずあんたたちにもわけてやるからな!」
「……」
彼女は口を固く閉じたが、それでも頑なにハンカチを手に持ち続け、腕を伸ばしている。まるでそれを永遠にあげようとしているらしい。
「あの、疲れないか?どうせなら……わっ!」
理由を考えて彼女の贈り物を断ろうと思っていた矢先、大牛がいつの間にか飛び出してきて、なにも言わずにハンカチを奪って逃げた。
「この野郎!安心しろ、これからハンカチを取り返しに行くぞ!」
大牛はさすがに山育ちだけあって、七、八歳の子供とは思えないほど足が速く、苦労して追いついた。
彼の襟首をつかむ寸前、追い詰められたのか、行き止まりの場所に向かって逃げやかった。
「危ない!」
「うわーー!」
天地がひっくり返し、俺は大牛を抱えて崖から落ちてしまった。
彼はかなり驚いた様子で上を見上げ、口を開けたまま、俺たちが立っていた場所を見つめた。
俺は彼を体から離し、痛むお尻を揉みながら立ち上がり、地面に落ちたハンカチを拾い上げる。
ハンカチをしまい、俺は大牛を説教しようとしたとき、彼の腫れた足首が目に入る。
「一枚のハンカチのために自分をこんな風に傷つけるなんて、どういうつもりだ?」
「ハ、ハンカチなんかのためじゃない!燕姉ちゃんを守っているんだ!」
「燕姉ちゃん?猟師の娘か?彼女になにが起こったんだ?」
「お、お前が悪いことを企んでるからだ!燕姉ちゃんのハンカチを受け取るのは、彼女を騙そうとしているんだろう!」
「騙す?俺はそんな人間じゃない!最初から彼女のものを受け取るつもりなんかない!」
大牛はしばらく言葉に詰まり、顔がハンカチに刺繍された紅豆のように赤くなった。
このままでは、彼の顔が熟れたザクロのように裂けてしまうかもしれない。早く話題を変えるべきだ。
「あの……お母さんの病気がまだ治らないと聞いたんだが、どんな病気なんだ……」
言葉が出た瞬間、俺は後悔した。大牛は驚いた表情を浮かべ、声も弱まった。
「お母さんの首にコブができた。最初は痛くも痒くもなかったから、気にしてなかった。でもなかなか治らなくて、ここ数日熱が出てしまって、意識もなくなってる……」
「えっ!この花、不細工すぎる!」
「人の話を聞けよ!」
「聞いてる聞いてる……」
彼の話しを聞いても、目の前の植物を観察する邪魔にはならないだろう。
色がこんなに鮮やかなのに、こんなに不細工な花を初めて見た。
待てよ、これは……
「蒟蒻だ!思い出した、最初あの店に行ったのは蒟蒻を探しに行ったんだ!」
「え?何のこと?」
「蒟蒻だよ!もしかしたらあんたのお母さんの病気が治るかもしれないんだ!」
古書に書かれている通り、地下に埋まっていた蒟蒻の塊茎を掘り出し、土を払い、大牛に手渡した。
しかし、彼はこの病を治すと言われる食材を手にしても、顔には嬉しそうな表情が浮かんでいなかった。
「これって食べられるの?この色の植物、普通毒があるんだろう?」
彼の言うことには一理ある。俺自身、本物の蒟蒻を目にしたことはなかったからだ。
周りを見渡すと、数は多くはないが、同じような植物がまだ10本ほどあった。もし全てを掘り起こせば、村中の人々に満腹の食事をご馳走できるだろう。
ならば……
「毒があるかどうか、試してみればわかるさ!」
長刀を振り下ろし、手に持っていた塊茎を二つに切り分けた。俺はその一つを手に取り、土を付けていない部分をかじった。
大牛の緊張した視線の中、俺が5、6回ほど噛んだところで、舌と喉が急に熱くなって、まるで首を絞められたように腫れ上がり、痛くなった。
しばらく息苦しさを感じた後、俺は気を失った。
Ⅳ.冬
「頭がおかしくなったの?何度気絶したと?もうやめてよ!」
「やってみる!死ぬより狂ったほうがましだぜ」
「唇が青くなっている……」
「大丈夫、信じてくれ、今度こそうまくいくはずだ」
俺は大牛に笑いかけ、手にした蒟蒻を掲げた。
実際、無理でもやらなければならない。毒を試すだけで、蒟蒻はもうほぼ食べつくしてしまったし、それに……
もう一度毒にかかったら、自分が生き残れるかどうかもわからない。
最後の一切れの蒟蒻は、拾ってきた水盆に入れられ、もう完全に煮え切っていた。
熱気をかぐだけで、俺は毒にかかる苦しみを思い出し、目を閉じてしまう。今度こそ毒素を取り除けるよう祈りながら、すでに柔らかく崩れた蒟蒻をかみ砕いた。
「ど、どうだ?」
俺が何回も失神するうちに、大牛の目の周りが赤く腫れ上がり、今の彼はおずおずと近づいてきて、不安と期待が目に宿っていた。
俺は口に含んだ蒟蒻を飲み込み、首をさすりながらしばらく感じ続けた。
「うまくいった!」
毒がないことを確認した後、俺は残りの蒟蒻を手に取り、大牛の家に向かおうとした。しかし、大牛は地面に座り込んで動かず、驚きに満ちた表情で私を見つめた。
「そうだ、足をくじいたな。こい、背負ってあげるよ」
「ど、どこ行くの?」
「あんたも毒にかかったのか?それとも頭を打ったのか?もちろん、あんたの家に行くんだよ。母親を治療するんだろ?」
「ぼ、僕はてっきり、お前がこんにゃくを自分でとっておくつもりだと思って。ずいぶん探していたでしょ?」
「ばか!時と場合があるんだよ。人命よりも大切なものなんてあるか!」
俺の口調が荒々しかったせいか、大牛が俺の話を聞き終えると、泣き出してしまった。しかも泣き止むことがなく、私の背中にふたつびしょ濡れの丸い跡を残した。
家に帰ると、彼は母親のベッドのそばで再び泣き崩れ、夫婦二人は俺が彼をいじめていたと勘違いして、俺に拳を振り上げそうになった。
大牛がどうにか事情を説明した後、二人の表情は一変し、戸惑いながらも蒟蒻を食べ、顔を赤らめて俺にお礼を言った。
大牛の母の病気は徐々に回復していったが、彼女が完全に回復するまで待てず、俺は荷物を持って村を後にした。
俺はもう命を懸けて毒を試し、もち蓮根の秘密を手に入れたのだから。
伝説のもち蓮根は、実は煮た蒟蒻のことだった。
山の仙人が村に持ってきた美味しい食べ物であり、村人たちはその本当の名前を知らず、似たような食材の名前で、それを「もち蓮根」と呼んでいた。
その秘密を隠しているのは、村が蒟蒻の販売で一時的に富を得たが、仙人から贈られた蒟蒻はすぐに売り切れてしまったためだった。
仙人が去った後、彼が住んでいた場所には奇妙な花がたくさん咲き、村人たちは花の下にある塊茎を掘り出して、食べてみたが、次々と中毒で死んでしまった。
富を集める宝物は、命を奪う致命的な毒薬に変わってしまい、もはや誰もその蒟蒻に手を出さなくなる。
俺がここに来るまでは。
大牛家に他の蒟蒻が生えている場所を聞き、俺はすぐに荷物をまとめて出発した。
ただし……
「俺が騙されているんじゃないか?山登りならともかく、なんで雪が降ってる?蒟蒻は本当にこんなところに生えているのか?」
曲がりくねった山道を進んでいると、いつの間にか大雪が突然ふり始め、目の前に一面の白い幕が広がった。進む速度も遅くなってしまう。
さすがの俺も、立ち止まって一息つき、終わりが見えない山道を眺めながら、ようやく気を取り直した。
再び旅を続けようとしていたところ、まさか立ち止まっている間に足元の雪が氷になっており、ツルンと後ろに倒れた。
「うわっ!」
「よっと」
「な、なんだ?!」
予想していた痛みはなく、雪片が目にふわりと降る感覚に、自分が後ろからなにかに支えられていることに気づいた。
「しか?こんな場所にいるなんて……へへ、ありがとう!」
その子鹿はとても人間らしく、嬉しそうに鳴き声を上げる。良く見ると笑っているようにも見える。
触れてみようとしていたところ、遠くで突然大きな音が響き、足元の積雪が急に爆発した。俺はびっくりして、小鹿を後ろに隠す。
「誰だ?」
目の前の人は特に厚着をしていて、巨大なフードで顔を隠していたので、顔ははっきりと見えなかった。
彼は銃を手に持っており、黒々とした銃口から煙が立ち上っていた。
「どいてくれ!」
「あんた、この鹿を殺すつもりか?」
「殺さないと、今日ここで死ぬのは私だ」
「ほ、他のものは食べられないのか?」
「この雪山の中で一頭の鹿を見つけるだけでも難しいのだ。新鮮な野菜を見つけるなんて妄想しているのか?」
「……やっぱり騙されたな、ここには蒟蒻なんてないんだ……」
「どいてくれ!どくんだ!」
猟師は圧倒的なオーラを放っており、その一喝に雪山自体が揺れたような気がした。
背中に小鹿がすり寄ってくるのを感じながら、俺も思わず声を上げた。
「この鹿は俺の命を救ってくれたんだ、あんたが殺すのを黙って見ているわけにはいかない!」
「くそっ!一匹の獣のために生きている人間を見殺しにするつもりか!?」
彼の言う通り、この雪原は寒く、草も生えていない。植物が見つかっても、腹を満たすだけで、適切な熱量を取れることができず、やはり死んでしまうだろう。
しかし、幸いなことに、俺は先見の明があった。
「死ぬなんて言うな、両方を救えばいいんじゃないか?」
「両方を救う?お前にそんな力があると思うのか?」
「あんたは満腹になり、体を温める食べ物が欲しいんだろ?それがあるんだよ!」
俺は懐から、残り少ない蒟蒻で作った辛い蒟蒻バーを取り出した。それを猟師に見せようとした時、その不吉な名前を思い出した。
蒟蒻って、弱いに似ているだろう。
まさか、弱いなんて馬鹿にしたと思われ、腹を立てて、俺に銃を向けられることはないだろうか?
思いついた!
「これは酸辣蒟蒻、おいしくないと思ったら、殴ってもいいぞ!」
Ⅴ.酸辣蒟蒻
食べ物は生命を維持する奇跡であり、食べ物があることは生命が続くこと、希望を持つことを意味する。
食べ物こそが希望だ。
ティアラは神々に恵まれた世界だ。この大陸では食べ物に事欠かない。海の幸や山の恵み、街の屋台料理、お茶やお酒、デザート、お菓子、数えきれない食べ物がある。
しかしこのような大陸でも、多くの人々が争いを繰り広げ、時には世界を破壊しようとしている。
酸辣蒟蒻は彼らを理解できない。
「世界を救う」とか「人々に幸福をもたらす」とか、そんなことを考える前に、お腹が満たされなければ、全部は自称ヒーローの傲慢にすぎない。
もし本当に世界が終末を迎えるとしたら、酸辣蒟蒻は自分の充実した一生がほかの種族をどれだけ殺し、どれだけの財宝を得たかによって定義されることは望まない。
彼は神様が世界に与えたすべての贈り物を見つけ出し、自分のの脆弱な一生をかけて、美味しい食べ物を強い奇跡に変えたいと願っている。
すべての人に希望を与えることはできなくても構わない。少なくともそのような自分は神に恥じず、食霊として生まれた初心にも恥じない。
彼は頑固で執着心が強く、義理堅く、幼稚で鈍感だが、賢者のような一面も持っている。
彼こそが酸辣蒟蒻だ。
彼はその国で旅をし、雪山を越え、川や海、河や湖を渡り、時の流れを眺め、世界を巡り、美食を味わい、時には立ち止まり、時には挫折しながらも決して止まることはない。
彼は何度も感謝の気持ちで目の前の皿を平らげ、その土地の人々に料理の方法を教え、みんなを助けた後、ほかの伝説的な美食の土地へと進む。
時折、彼も自制が効かず、困った人々を助け、一頭の子鹿を救うために、自分の命を危険にさらし、手に入れた蒟蒻を差し出すこともある。
彼の心の中では食べ物がすべて。
しかし、命は何よりも大切だ。
善人には善き報いがあるということで、酸辣蒟蒻の人生は紆余曲折ではあるが、悲劇的な結末にはならないだろう。
氷と雪が溶け、寒さが退くと、酸辣蒟蒻は目をこすり、目の前の強靭な猟師がフードを取り、これまでの声とはまったく異なる若くて優しい顔を現したのを驚きながら見つめた。
「これは……ど、どういうことだ?俺は雪山にいるはずなのに、どうして……」
「ここは雪山ではなく、異次元空間よ」
なるほど、酸辣蒟蒻は騙されたのではなく、自分が道を間違えて、伝説の異次元空間に迷い込んでいた。
異次元空間の主である焼仙草は重いマントを脱ぎ捨て、笑みを浮かべながら少年を見つめた。
「おめでとう、あなたの勝利だ」
「え?勝利?なにに勝ったんだ?」
「ゲームだよ。雪原と猟師、そしてあの人間らしい子鹿、この生命の試練、あなたは勝ったんだ」
「は?」
酸辣魔芋は立ち尽くし、焼仙草の言葉を何度も頭の中で考えて、ようやくその意味の半分を理解した。
「ならば、俺に絶世の武功を伝授するつもりか?それとも俺を雪山……いや、あの異次元空間の主にしたいのか」
焼仙草の笑顔が一瞬凍りついた。彼女は以前山に住んでいたが、南離印館に行き、遊戯館を経営してから、異次元空間で他人とゲームをする機会が多く、奇妙な人々にもたくさん出会った。だから、変な質問されて、答えられないことはめったになかった。
でも、彼女は戸惑うより、嬉しかった。
「どちらでもないけど、ゲームの勝者として、仙人の宝物がひとつ手に入るよ……」
「食べ物か?」
「ええっと……違う」
「じゃあいらない」
「い、いらない?」
焼仙草は驚いて目を見開いた。
「どんな宝物なのか聞かずに、あっさり諦めるの?」
「どうせ食べ物じゃないし、それに俺は力を持っているし、足もじょうぶだ。宝物なんていらないよ。」
彼は笑った。その言動には、江湖を駆け巡るような酒脱さと爽快さが漂い、声には人々がうらやむような若々しい元気が溢れていた。
しかし、彼はなにかを思いついたようで、明るい笑顔を抑えた。
「仙人の宝物は、換金できるのか?」
「換金?」
焼仙草は眉を吊り上げた。師匠の宝物は金銀財宝に変えられるだけでなく、金の家や銀の家も手に入れられる、でも……
「お金が足りないの?」
「ああ……蒟蒻を探すのに時間がかかりすぎて、持ち合わせのお金も足りなくなっちまったんだ」
「それならちょうどいい。この遊戯館も開店したばかりで、暇な時間は暇だけど、雑務を片付けてくれる人がいなくて……」
「ボス!」
酸辣魔芋は思い切り「ボス」と呼んだ。今までもお金を貯めるためにさまざまな雑用をこなした経験があるから、遊戯館でのアルバイトは単なる蒟蒻探しのための短期間の仕事としか考えていない。
彼はまだ焼仙草のもとで働くことの深刻さには気付いてなかった。
例えば、ボスは毎日仕事をせずに客よりもゲームに夢中になり、彼の仕事量が急増するとか。
台所で料理をするたびに、調味料を使いすぎ、うっかりボスの仙草を焼きすぎて、アルバイトの時間を延ばさなければならないこととか。
それに、細々とした出来事が数々の季節を織り成し、さまざなな喜びや悲しみ、楽しみや苦しみが結集して、明るい日常ができあがるとか…………
しかし、それらはもう後のことだ。
この広大な世界で、もしも運良く再会したら、また一緒に燭台の光の下で一夜語ろう。
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