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人間百味・ストーリー

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作成者: 時雨
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人間百味

プロローグ


午後

南離印館


 晴れた夏、蝉の鳴き声が止まない。東安子鶏が木の影に覆われた屋上を見つけ、休憩しようと体を翻すと、見慣れた赤色の影を見つけた。


東安子鶏:――酸辣蒟蒻?君もここにいたんだね!

酸辣蒟蒻:うぉ、びっくりした!ちょ、ちょっと風に当たりにな!

東安子鶏:そんなに驚かないでよ……そういえば、この時間は遊戯館でバイトしてるんじゃなかったの?

酸辣蒟蒻:……こ、声が大きい!店長に見つかったら、今日は無駄ばたらきになっちまう。


 東安子鶏はすぐに声を小さくしたが、目の前の人がいつもとは違い、しょんぼりしている様子を見て、聞かずにはいられなかった。


東安子鶏:あれっ……なんだか元気がないみたいだけど、何かあったの?

酸辣蒟蒻:俺……まあいい、お前になら話してもいいか。今日、小さなケーキで自信がなくなったんだ。


 酸辣蒟蒻の言葉からはわずかに挫折を感じた。すると、東安子鶏は青年の肩に花色のお菓子が入ったお皿が置かれていることに気がついた。

 そのお菓子はとても精巧で、温かい風とともに美味しそうな香りが漂う。


東安子鶏:さっき言ってたケーキってこれ?すごく綺麗だね!食べてみてもいい?

酸辣蒟蒻:いいぜ。何もわからないやつらに食べさせるよりいい。

東安子鶏:え?どうして……こんなにいい匂いで美味しいのに、わからない人なんかいる?!

酸辣蒟蒻:あんたがそう言ったって無駄だ。全てはあの審査員たちの言葉で決まるんだ。

東安子鶏:審査員?

酸辣蒟蒻:ああ……最近開かれている城東大酒楼の七夕ケーキコンテストの審査員だ……長年全国の美味いものを食べてきた俺の経験からすれば、あんな小さいコンテストで一位を取るくらい簡単なことだ。

酸辣蒟蒻:なのに、最高のレシピで作り出された俺の作品は、予選すら通らなかった!くそっ……一位の賞金が手に入れば、美食巡りを続けていける。あいつの下で働く必要もなくなるのに!

東安子鶏:それはとても重要なんだね……

酸辣蒟蒻:もちろんだ!俺の人生の一大事だ!

東安子鶏:じゃあしょんぼりしている場合じゃないんじゃない?朱雀様も言っていたよ、何事も諦めるなって!一回目がダメなら、もう一回だ!

酸辣蒟蒻:つまり……もう一回コンテストに参加しろって?確かに酒楼に参加回数の制限はないが、でも……

酸辣蒟蒻:味は十人十色、人それぞれの好みがある。あのコンテストだって審査員たちの好き嫌いで全てが決まる。これじゃ、客観性も専門性も何もないだろ。

東安子鶏:うーん……なら、彼らの好きな味を徹底的に調べ上げれば、彼らが求めているものを作り出せる?

酸辣蒟蒻:もちろん!長年各地を巡り歩いていろんな経験を積んできた。辛いこと楽しいこと、なんだって経験した!人の好きな味を作り出すなんて簡単なことだ!

東安子鶏:じゃあ、審査員が好んで食べてるものを調べに行ったら?


 東安子鶏の当たり前のような言葉を聞き、酸辣蒟蒻はしばらく呆気に取られた。そして自分の頭をバシバシ叩いた。


酸辣蒟蒻:そうか!怒りで正気を失ったのか……チッ、あんた、いつも口を開けば朱雀のことばかりだが、肝心な時は結構役に立つんだな。

東安子鶏:えへへ、朱雀様にしたがっていれば間違えることはないよ!

酸辣蒟蒻:そうとなればもう一回だ!行きましょう!

東安子鶏:待って――僕も行くの?

酸辣蒟蒻:なんだよ、大きな鳥なんだから俺一人くらい乗せられるだろ?それにさっき俺のお菓子をいっぱい食べてただろ。俺を乗せれば消化にもちょうどいいじゃないか〜

東安子鶏:ふふん〜よし、じゃあ重明鳥の速さを見せてあげよう!


ストーリー1-2


しばらくして

城東酒楼


 酒楼の前の空き地には台が組み立てられ、すぐそばに菓子コンテストの木の看板が立てられている。先ほどから、申し込みに来る人が止まない。


東安子鶏:こんなにたくさんの人がコンテストに参加するんだ……みんな、こんなに菓子が好きなの?

通行人甲:ハハハ、小僧、教えてやろう。この酒楼の菓子コンテストは賞金が素晴らしいんだ。だが、これまでそれを手にした者はいない。だから目当ては菓子だけじゃないんだ。この目で新しいものを見たいんだよ。

酸辣蒟蒻:……何だって?賞金を手にした者がいないだと?

通行人甲:ハッ、そうなのさ。ここの酒楼の主人は味にかなり厳しい。このコンテストは主人が酒楼の商売のために開いているって意見もあるさ。わざと注目を集めているってな。

酸辣蒟蒻:じゃあその主人は一体どんな菓子が好きなんだ?

通行人甲:それがわかりゃ、こんなに知恵を絞る必要もないだろう。まあいつの間にか、このコンテストも酒楼の特徴の一つになったけどな。


 それ以上聞き出せないとわかった酸辣蒟蒻は通行人に感謝を告げると、しばらく黙り込んだ。東安子鶏は考え込んでいる彼を見て、恐る恐る口を開いた。


東安子鶏:これから……どうするの……?


―――

⋯⋯

・情報がないなら……自分たちの目で確かめに行けばいい!

・せっかく来たんだ。色々見てみよう。何か手がかりが見つかるかもしれない!

・簡単だ、もっと直接的な場所を知ってる!

―――


しばらくして

酒楼の厨房


東安子鶏:これで……主人の好きな味がわかるの?

酸辣蒟蒻:もちろんよ!この時間、客は少ない。厨房で作られているものは絶対に主人と従業員たちの飯だ。どんな食べ物でも、一目見て匂いを嗅げばどうやって作るかわかるぜ〜

東安子鶏:わかったよ

……でも、どうしてこんな簡単に厨房にたどり着けたの……

酸辣蒟蒻:……簡単も何も、これが美食家の直感ってやつだ!


 二人は静かに足を進めた。ちょうど、中には無駄話をする従業員が数人いるだけだった。酸辣蒟蒻は隙を見て裏口に回ると、目と鼻で厨房を一掃し、他とは違う場所を見つけた……


酸辣蒟蒻:ここには薬の缶が大量にある。匂いもかなり強い……だけど、この酒楼のメニューに薬膳はないはずだ。

東安子鶏:うーん……医館を通る時にする匂いみたいだね。

酸辣蒟蒻:っつーことは、ここの主人は健康的な素朴な味が好きなんだ。だから、今までの菓子は甘すぎたんだ。

東安子鶏:確かにその通りかもしれないね!

酸辣蒟蒻:フン、味がわかった今、あとは新しいレシピさえ作り出せれば賞金が手に入るぞ!

酸辣蒟蒻:ここまできたんだ……どうせなら俺と一緒に賞金を手にしないか?


 酸辣蒟蒻は目を細め、視線を向かいの少年に移すと、少し語尾を伸ばした。


東安子鶏:僕?でも菓子作り苦手だったし、それに館長からの仕事だってあるし……

酸辣蒟蒻:おいおい、コンテストで一位を取ればかなり顔が立つだろ!もし伝説の本に名を刻まれれば、朱雀様だってあんたのことを忘れないはずだ!

東安子鶏:そそそんな……ほ、本当に?朱雀様も菓子が好きなのかな!でも確か……朱雀様の食事記録に菓子が好きとは書かれていなかったような……

酸辣蒟蒻:ゴホンッ、これは七夕で一番有名な食べ物だ。食べた仙人はみんな魅了されるはずだ!朱雀様だって気にいるはず!


 酸辣蒟蒻は必死に説得するが、東安子鶏は思わず頭をポリポリと掻きながらこう言った。


東安子鶏:……なんだか羊方蔵魚の言葉みたいだ……松の実酒が言っていたよ、口先だけの上手い話には騙されちゃだめだって……

酸辣蒟蒻:……おいおい、俺があの詐欺師と同じなわけないだろ!そういや、前回あいつにレアな食材の情報を探るよう頼んだが、まだ返事がないな。また飴でごまかすつもりか……

酸辣蒟蒻:話が逸れちまった……!とにかく、これはあんたにとっても良いことだ!ちょっと手伝ってくれるだけでいいから。一ヶ月、無料で飯をやる。どうだ?

東安子鶏:本当かい?!じゃあ……わかったよ!無料のご飯のために……違う、朱雀様のために!必ずコンテストに勝たせてみせるよ!


ストーリー1-4


2日後

遊戯館の厨房


 ボイラーが鳴り響き、調理器具が衝突しながら、粉まみれになった大小二つの影が忙しそうに火と煙の間を駆け巡っている。まるで舞台にいる滑稽な道化役者のようだ。


酸辣蒟蒻:ふむ……皮の柔らかさ足りないな……お湯を少しくれ。

東安子鶏:どうぞ!

酸辣蒟蒻:この味、ちょっと苦いか……東安子鶏、味見してくれ!

東安子鶏:うわーっ!一体、どれだけの薬草を入れたんだ!


 その時、焼仙草が厨房へやってくると、すでに食材が散乱して小麦粉まみれになった空間が目に入った。しかし、なんとも表現し難いにおいを嗅ぎながら、彼女は思わず軽いため息をつきながら、菓子に埋もれた重明鳥を救い出した。


仙草ゼリー:まったくもう……まるで強盗に遭ったみたいね。

東安子鶏:わあ――焼仙草館主、こんにちは!

仙草ゼリー:どうもこんにちは。まだ色とりどりのお菓子を研究しているのね。

酸辣蒟蒻:て、店長、どうしてここに?今は勤務時間外です。さ、さぼってなんかいないですよ!

仙草ゼリー:伝えたいことがあってね。あなたたちが準備しているコンテスト、中止になったみたいよ。

酸辣蒟蒻:はぁっ!?

東安子鶏:へっ??


 焼仙草の口調はいつものように落ち着いていたが、まるで青天の霹靂のように二人はその場に固まった。


仙草ゼリー:本当だよ。酒楼に張り紙が貼ってあったの……今後はもう開催しないって。

東安子鶏:どうして……!

酸辣蒟蒻:どうして急になくなるんだよ。もうすぐ俺の完璧なレシピが出来上がるっつーのに……

酸辣蒟蒻:――だめだ、様子を見に行ってくる!


 酸辣蒟蒻は眉をしかめると、袖口についた粉を振り落とす暇もないまま、慌てて飛び出した。東安子鶏が正気を取り戻すと、すでに厨房に青年の姿はなかった。


東安子鶏:え?待って――!


 二人が慌てて酒楼にやってくると、まだ薄暗いのに酒楼の灯りはほとんどが消えていた。扉のそばでは、一人の従業員が鎖で鍵をかけようとしていた。


酸辣蒟蒻:ちょっと待って!

酒楼の従業員:すみません、本日の営業は終了しました。

酸辣蒟蒻:まだ夕方だ。もう閉店なんて早すぎる。

酒楼の従業員:申し訳ありません。本日、酒楼は用事がございまして、早めに営業を終了したのです。ここ数日間は営業を停止しますので、また営業を再開したらいらしてください。

酸辣蒟蒻:中には入らない。一つだけ聞きたいことがあるんだ。コンテストはどうして突然中止に?

酒楼の従業員:張り紙にも記載しましたが、ここ最近、商売で忙しいので、コンテストは中止となりました。

酸辣蒟蒻:商売で忙しいのに、どうしてこんな時間に閉店するんだ?

酒楼の従業員:いや……。

酸辣蒟蒻:それに、コンテストは長年開催されているものだ。今年は主催者も参加者も、いつも以上に力を入れていたのに、全てが水の泡じゃないか?


―――

ええ⋯⋯そうみたいね。

・たくさんの人が今年のコンテストを楽しみにしているよ。

・僕たちも一生懸命コンテストの準備をしているよ。

・じゃあ一体どうして中止に?

―――


酸辣蒟蒻:何か強い勢力に圧力でもかけられたんじゃ?安心してくれ。俺は長年江湖を渡り歩いている。こんな汚い真似、とっくにお見通しだ!ああいうやつらには……


 青年が興奮していく様子を見て、酒楼の従業員は何かを言いたそうな顔をすると、深いため息をついて彼の言葉を遮った。


酒楼の従業員:はぁ……本当のことをお話ししましょう。コンテストを中止にしたのは、ご主人のご意見です……

酸辣蒟蒻:ご主人?酒楼の主人か?

酒楼の従業員:ええ。この菓子コンテストは、初めはご主人がご夫人へ準備したものでした。しかし、ご夫人はご高齢なうえ、最近は病気を患って寝たきりなんです。ご主人もコンテストを開く余裕などなく、コンテストは中止に。

酸辣蒟蒻:寝たきり……だから厨房にあんなにたくさんの薬が……でも普通は、母親には花と玉宝石とかを贈るもんだろ?どうして主人は菓子を贈るんだ?

酒楼の従業員:話すと長くなりますが、それは……


ストーリー1-6


酒楼の従業員:話すと長くなりますが、それは……ご夫人にはまだ叶えられていない願いがあるんです。

酒楼の従業員:ご夫人はお若い頃に戦争で流亡し、飢餓に遭ったんです。幸い、心優しいお方に救われましたが、当時彼女を救った食べ物が菓子だったんです。

酒楼の従業員:ご夫人はそれを忘れず、恩返しをしようとした矢先、その方はすでに消息を絶っていて……それで、ご主人はなんとかして当時の味をご夫人に食べさせてあげようと……

酒楼の従業員:はい……ご主人も、これが無謀なことだとお分かりです。ですが、もし当時の菓子を見つけられれば、ご夫人の願いもようやく実ります……

酒楼の従業員:お二人からすれば、現実離れした話のように聞こえるかもしれませんが、ご夫人にとっては特別な意味があるのです。ここ数年のコンテストでは、優勝者はいませんでしたが、ご主人は最終参加者に報酬を与え、残った食べ物を貧しい方々に寄付していました。

酸辣蒟蒻:心優しいのは確かだ……でも、長年コンテストを開いて、本当に似た味は見つからなかったのか?

酒楼の従業員:ええ、まったくですよ……本当は二年目の時、ご主人はもうコンテストを中止しようと考えていたんです。その上、最近はご夫人の体調も悪くなってしまったので、ご夫人のそばにいたいのでしょう。

東安子鶏:このコンテストにはそんなことが……


 黙って聞いていた東安子鶏は、すすり泣いた。


酒楼の従業員:できれば、このことは他言しないようにお願いします。もし他の人が聞けば、ご主人のやり方が非現実的だと笑われてしまうかもしれません……

酸辣蒟蒻:黙ってるもんか。

東安子鶏:あっ?ちょ、ちょっと!


 酸辣蒟蒻が反論したのを見て、東安子鶏は一瞬時が止まった。すぐに慌てて彼の袖を掴んだが、彼は応じようとせず、むしろ堂々としている。


酸辣蒟蒻:主人のやり方は確かに非現実的じゃないか。

東安子鶏:えっ??

酸辣蒟蒻:食べ物は貴重な思い出を届けるものだ。どんな食べ物でも、その味や想い、意味は他のものには変えられない。命を救ってくれたんだから、ばあさんにとってはとても大切なものに違いない。

酸辣蒟蒻:だから、この俺がばあさんの当時の味を再現してやる!賞金がなくたって構わない。東安子鶏、あんたもそう思うだろ!

東安子鶏:……僕?


 酸辣蒟蒻キラキラ輝いた眼差しを見て、東安子鶏は呆気に取られたが、すぐに決意した。


―――

うん!

・こんなに大切なもの、ちゃんと取り戻してこないと!

・僕も自分の力で賈おばあさんを手伝いたいの!

・こんなに大切なもの、もし見つけられたら賈おばあさんはきっと喜ぶね!

―――


東安子鶏:それに僕には重明鳥がいるんだ。どこにだって行けるよ!絶対にその命の恩人を探し出せるよ!

酸辣蒟蒻:……あれ〜?誰が人探しするって言った?主人が長年探しても見つからなかったんだ。数日で見つかるわけないだろ。

東安子鶏:あっ?じゃあどうしたら……

酸辣蒟蒻:さっき、良いことを思いついたんだ――


ストーリー2-2


仙草ゼリー:つまり……芥子空間の力を使って、ご夫人の当時の記憶を探すってこと?

酸辣蒟蒻:はい。芥子空間の力でばあさんの記憶を融合して当時のシーンを再現すれば、そこで菓子のレシピを手に入れて味を再現できるかもしれない!

仙草ゼリー:うん……なんだかオーダーメイドのゲームみたいで楽しそう!

酸辣蒟蒻:じゃあ俺たちに加わるってことですね?!

仙草ゼリー:私の芥子は遊ぶためにあると思ってるの?

酸辣蒟蒻:ち、違います!店長の芥子は無限に変化し、偉大なる魔法の力を持っています!

東安子鶏:やった〜〜!焼仙草館主がすぐに賛成してくれるなんて!いつも近寄りがたくていたずら好き、人を揶揄うからてっきり……うっ!!

酸辣蒟蒻:……!

仙草ゼリー:おお?何かいけないことを聞いたような……

酸辣蒟蒻:アハハハ東安子鶏は寝ぼけて変なことを!じゃあ早速行ってきます!それじゃ!


しばらくして

賈府


賈主人:君たちが酸辣蒟蒻さんと東安子鶏さんだね。話は酒楼の従業員から聞いたよ。まさか……生きてるうちに仙人に助けられるとは思ってもみなかった。

酸辣蒟蒻:とんでもない。俺たちは仙人なんかじゃない。ただ、手伝いたいんだ。

東安子鶏:安心してください。必ず当時の味を再現してみせます!それに、朱雀様にもお祈りをしてきました。きっと僕たちを見守ってくれるはずです!

酸辣蒟蒻:ハッ、こいつ、最初は俺に無理やり連れてこられたっていうのに、今じゃ俺よりも力が入ってるな……蟹醸橙たちが言ってたみたいに、バカだけど良いやつだ。

東安子鶏:何をぶつぶつ言ってるの?

酸辣蒟蒻:なんでもねえよ〜時間だ、行くぞ。


 二人は空いている部屋を探し、そこに立つと、周囲の物事が何かに反応したように水のように揺れ始め、四方に散らばった。


───


 しかし束の間、二人が再び目を開けると、目の前に荒野が広がっていた見渡すと、簡素な家がポツポツと立っている。真夏だが、緑が全く見当たらない。


東安子鶏:僕たち……入ってこれたのかな?!


―――

そうみたいだ。さて、次は⋯⋯

・田んぼに行こう。

・その場で観察する。

・前の部屋に行く。

―――


酸辣蒟蒻:待て――誰か来た!


 次の瞬間、酸辣蒟蒻は声を抑え、急いで東安子鶏を引っ張って茂みに身を隠した。息を潜めた二人は、力のない足音がゆっくりと近づいてくる音だけが聞こえた。

 すぐにこもった音が聞こえ、二人は思わず頭を突き出すと、顔色の悪い痩せこけた女の子が地面に倒れているのが見えた。


東安子鶏:人が倒れてる!

酸辣蒟蒻:待て、額を見ろ……賈主人は、ばあさんの額に傷があるって言ってただろ。これはきっと若かりし頃の賈夫人だ!


 二人が小声で話していると、驚いた声が聞こえ、すぐに慌てた人影が見えた。


婦人:大変だわ……こんな暑い中、また人が倒れてる……まだお若いのに……かわいそうに……


 女性は静かな声でため息をつくと、意識を失った女の子を部屋の中に運んだ。二人は互いの顔を見ると、静かにその後を追った。


ストーリー2-4


 順調に当時助けてくれた人を見つけたが、二人は簡単には近づけず、隠れて様子を伺うしかなかった。


婦人:外では毎日戦争が起きているわ。この子の格好をみると……きっとどこからか逃げてきたのね……

婦人:はぁ、こんなに痩せてしまって。でも……生きててよかった……生きていれば……きっと良いことがあるわ……

婦人:家に少し食べ物が残っていたはず……明日、外で野菜を採れば、当分は持ちそうね……

婦人:暮らしはますます苦しくなってきてるのに……あなたは……一体いつになったら帰ってくるの……


 女性は独り言を言いながら、女の子を寝かせると、お椀一杯の水を飲ませた。外でその様子をじっと見ていた二人は思わず胸が痛くなった。


酸辣蒟蒻:彼女の家も貧しいみたいだな……この戦乱の時代に、生きているだけでもありがたいことだ……

東安子鶏:でも彼女は賈おばあさんを救ってくれた……それに自分の食べ物まで……

酸辣蒟蒻:優しさは物で決まらない。一滴の水にだって湧き出る泉の価値がある。


 酸辣蒟蒻はため息をつきながらそう言うと、東安子鶏がしょんぼりし、帽子のつばの羽毛さえも垂れ下がっているのを見て、彼の肩を叩いて慰めた。


―――

⋯⋯

・乱世はいつだってこうだ。でも、それでも生活と優しい心を諦めない人がたくさんいる。

・いつだって、善意は色々な形で受け継がれていく。

・優しさは貴重だ。だから、賈ばあさんは今でもこの食べ物を大切にしてるんだろう。

―――


東安子鶏:うん……そうだね……

酸辣蒟蒻:でも、このあたりは田んぼも枯れていて作物もほとんど見当たらない。それに、ここはかなり辺鄙な場所みたいだけど、この方はどうやってお菓子を作っているんだろう……

酸辣蒟蒻:おい……何かしょっぱい匂いがしなかったか……

東安子鶏:賈おばあさんの部屋からしているみたいだね……


 酸辣蒟蒻東安子鶏の言葉を聞いてハッとした。すぐに匂いの中に、塩気以外にかすかに清らかな香りが混ざっていることを嗅ぎ分けた。

 もう一度見ると、半分開いた窓の向こうで、古びた鍋の前で食事の用意をしている女性が見えた。しかし次の瞬間、彼の視線はかまどの上にある真っ白な生地に釘付けになった。


酸辣蒟蒻:もしかして……あれが菓子か?最高のタイミングだ!


 酸辣蒟蒻が考えを巡らせている間も、女性は動きを止めない。彼女は慣れた手つきで生地の中に何かを練り込むと、生地をこねた。こうしてつるつるのふっくらした菓子生地が出来上がった。

 間も無くして、シンプルなお菓子が出来上がった。外にいた酸辣蒟蒻は驚いた顔でその場に立ち尽くしている。


酸辣蒟蒻:まさか……あれが……そうだったのか……!


 酸辣蒟蒻は手を叩くと、しきりに何かを言っている。わけがわからない東安子鶏だけが一人取り残された。


東安子鶏:一体何を言っているの……

酸辣蒟蒻:菓子の秘密だ!ついにわかったんだ!

東安子鶏:あっ?どこにあるの?!

酸辣蒟蒻:あとは一つ重要なものさえ手に入れば……でもあんたがいれば、すぐに見つかるはずだ!


ストーリー2-6


今日

賈府


 広間では、東安子鶏が心配した様子でその場をぐるぐる回る。おかげで肩にいる重明鳥も彼についてあちこちを飛び回っている。


酸辣蒟蒻:……あんたたちのせいで目が回ってきた。この羽、太陽よりも眩しいな。


 傍の酸辣蒟蒻が一見落ち着いた様子でお茶を飲んだが、キツく握りしめた指から彼の不安が伝わる。


東安子鶏:もし……違うお菓子だったら……

酸辣蒟蒻:俺の料理と店長の腕を疑ってるのか?

東安子鶏:そんなことないよ!ええと……

酒楼の従業員:お客様――!


 遠くから聞こえてきた声が東安子鶏の言葉を遮った。顔を真っ赤にして興奮した様子の従業員が走ってくるのが見えた。


酒楼の従業員:よかった!あなたたちは成功しました!

酸辣蒟蒻:フン、ほらみろ、上手くいくって言ったろ。

東安子鶏:ほ、本当ですか?!

酒楼の従業員:もちろんだ!早速、ご主人がお呼びです!


───


 二人は従業員に連れられて優雅な寝室にやってきた。錦屏を通り過ぎると、上品な服を着た優しそうなご老人がベッドに座っていた。隣にいるのは賈主人だ。

 テーブルの上には、食べかけの丸い素色のお菓子が入ったお皿が置かれ、独特な塩気と濃厚な香りが漂ってくる。


賈ご夫人:お二人、本当にありがとう。何十年ぶりに……またこの味が食べられるなんて……

賈ご夫人:でも、あなたたちは一体どうやってこの味を……ここ数年、色々な方法を試したけど、いつも思い出の味には辿り着かなかったわ……


 ご老人はゆっくり話しながら、その目に懐かしさの涙が溢れた。それを聞いた酸辣蒟蒻は、思わず口調が柔らかくなった。


酸辣蒟蒻:実は……当時、ご婦人が作ったものは、伝統菓子ではありませんでした。

賈ご夫人:なんじゃ……?

酸辣蒟蒻:伝統菓子は、多くが砂糖と蜜で作られています。そのため、かなり甘い味になるんです。でも、あの方の家には、今では当たり前のような砂糖や蜜がなかった。

酸辣蒟蒻:彼女は粗塩を作って入れ、小麦粉をこねて丸めた。だから、俺も砂糖の代わりに粗塩を使った作り方を真似したんです。こうして、その味が出来上がった。

東安子鶏:わぁ――!僕に探してきてほしかったのはこれだったんだね!だから独特なしょっぱい香りがしたんだ!

酸辣蒟蒻:そうだ。手作りの粗塩と工場で作られたものは違いがあるからな。

賈ご夫人:そうだったのね……そんなに素朴な材料だったなんて……でも食べてみると何よりも美味しいわ……

酸辣蒟蒻:食材に高い安いなんて価値はありませんからね。それに決まった味もない。「味を知る物こそその価値を知り、味を知る者に価値がある」時には、食べ物に込められた思いが食べ物そのものよりも優れていることがあります。


 ご婦人はすっきりした様子で頷くと、何かを思い出したように感情を込めて言った。


賈ご夫人:思い出したわ……彼女は、七夕にお菓子を作ると、神様にお祈りができるって教えてくれたの。彼女には戦争で長年帰っていない旦那さんがいてね。だから、毎年七夕になるとお菓子を作って、彼が早く帰ってくるように祈るの……

賈ご夫人:私にとって、これは命を救ってくれた「お菓子」よ。特別な意味があるわ。結局、彼女にはちゃんとしたお礼ができなかった……けど、今は十分幸せだわ。心残りも減ったし……

東安子鶏:おばあちゃん、安心してください。優しい人は必ず報われるはずです!朱雀もきっと彼らを見守ってくれるはず!


 事が解決し、二人はほっと息をついた。すると隣にいた賈主人が温かい声で言った。


賈主人:お二方、ちょっと待ってておくれ。

酸辣蒟蒻:賈主人、どうしたんだ?

賈主人:お二方にはちゃんと礼をしていないだろう。お二方の作ったお菓子は優勝した、賞金をやらんと。

酸辣蒟蒻:でも、コンテストは中止になったんじゃ?

賈主人:実は、母さんともう一度じっくり考えてみたんだ。その結果、菓子コンテストはこれからも続けることにしたよ。これからは七夕大会に変えようと思ってな。酒楼は料理や交流を無償で支援し、食べ物を必要な人に配るんだ。

東安子鶏:わーっ!面白そうだし素敵な考え!

賈主人:ハハハ、これも全てお二方のおかげだよ。だから、賞金のほか、残った報酬は私からのお礼の気持ちだ。受け取ってくれ。


 賈主人は手を合わせて礼をすると、後ろの使用人からきれいに揃えられた小切手を受け取った。

 しばらくの間、酸辣蒟蒻は山河ではしゃぐ自分の姿を見たかのように目を輝かせた。しかし、この考えは一瞬でなくなり、目に見えない形で止められた。

 誰も知ることのない考えがすばやく頭を通り過ぎ、酸辣蒟蒻はわざと咳き込んだ。そして頭を上げるといつもの爽やかな姿に戻った。


―――

報酬は必要ない!

・俺たちは元々特殊なやり方を借りたんだ。どっちにしろ、元のルールにしたがっていない。

・初めから金のためじゃない。大した力はないが、全力を尽くしたいと思ったんだ。

・金や財産、こんな大切な菓子への想いに勝るものはない。

―――


酸辣蒟蒻:でもせっかく俺たちに礼をしたいなら、酒楼で腹一杯食べさせてくれないか〜

賈主人:そりゃあ、もちろんだ!私の考えが足りなかった。今後、酒楼に来たら私の名前を伝えてくれ!特別なお客様は半額だ!

酸辣蒟蒻:ハハハ!よし、決まりだ!では俺たちはこれで……あれ、東安子鶏のやつ、なんで俺を見てるんだ……

東安子鶏:報酬をもらうって騒いでいたのに、カッコつけるためにお金まで受け取らないなんて……ふん!

酸辣蒟蒻:……これ以上ふざけたこと言ったら、今夜は飯抜きだ!

東安子鶏:でも料理に使っている食材だって館の食材じゃないか。それにさっき、歯がかち割れそうな音がしていたよ……

酸辣蒟蒻:……早く黙らんか!!


酸辣蒟蒻√宝箱


七夕当日

城東酒楼


 菓子コンテストの形式が変わる知らせはすぐに広まった。七夕大会のために来る者もいれば、優勝者の姿を一目見るために来た者もいる。酒楼は店の中も外も市場のような賑わいを見せた。


東安子鶏:美味しそうなものがいっぱい!酸辣蒟蒻、僕たちの菓子だ!

酸辣蒟蒻:いいじゃないか、この並び気に入った。


 新しい服に着替えた酸辣蒟蒻東安子鶏は、自身が作った菓子がテーブルの中央に置かれているのを見て、満足げな表情を見せた。

 周りには色々な料理が置かれ、唯一その菓子だけ質素で飾り気がない。しかし、青い服を着た少女の講談で、人々の注目を集めた。


東安子鶏酸辣蒟蒻、あの人は賈おばあさんとお菓子の物語を話しているみたい!

酸辣蒟蒻:ふふん、長らくバイトで忙しかったが、俺の腕はまだまだ錆びてないようだな。でも……なんだかあの講談のやつに注目を奪われたような……

酒楼の従業員:お二人、こちらにいましたか!ご主人が、お二人のお菓子はお客様の間でとても人気で、よろしければ酒楼の名物として七夕限定で提供できないかと!

酸辣蒟蒻:もちろんいいさ、美味しいものはみんなで分けないとな。

仙草ゼリー:おお?でもここ数日のお菓子作りで使った費用は遊戯館が払ってあげたんだからね〜

酸辣蒟蒻:うわああ!店長、どっから出てきたんですか!びっくりした……

酸辣蒟蒻:待ってください……遊戯館が払った?あれは東安子鶏が持ってきたものですよ。

東安子鶏:僕?僕にそんなお金はないよ。買い物に行くときに焼仙草館主を見かけたんだよ。そしたら何も言わずに大金を貸してくれたんだ。

東安子鶏:それに、ケチらないで使っていいって。買うならいい食材を買って、とっとと君の心配事に蹴りをつけようって。

酸辣蒟蒻:店長、本当ですか?こんなに俺を心配してくれていたなんて。きっと俺が汗水垂らして必死に働いていたから……

仙草ゼリー:私が心配しているのはあなたじゃなくて私の厨房だよ。私を褒める前に、これを見てみたら?


 酸辣蒟蒻は反応する間もなく、焼仙草が一冊の帳簿を取り出すのを見ていた。思わず背筋が凍るような寒気がした。


仙草ゼリー:全ての支出が記録されているわよ。それに、サボった時間と……ざっと計算してみたけど、たった半年分くらいの給料よ。

酸辣蒟蒻:……待ってください、追加で水を沸かした費用まで!ケチすぎませんか!

仙草ゼリー:こうすれば借金を早く返せるでしょ。それに、こんな面白いバイト、なかなか見つからないわよ〜

酸辣蒟蒻:恐ろしい女……フン、わかりましたよ。大金を稼いでみせますから!

酸辣蒟蒻:――何はともあれ、今日はめでたい日だ。酒楼で奢ってやる!どうせ賈主人の金だしな〜

東安子鶏:ちょっと、人のお金じゃ奢りって言わないよ。

東安子鶏:あれ、焼仙草館主、急に笑ってどうしたんですか?

仙草ゼリー:うふふ、なんでもないの。面白いな〜と思ってね。遊戯館で酸辣蒟蒻を雇ったのは正しかったみたいね。

東安子鶏:なんだか……これから酸辣蒟蒻は大変そうだな……館主が僕たちをいじめるときは、いつもこんな顔をしている……


 焼仙草の不敵な笑みを見て、東安子鶏は困ったように頭を掻いた。数秒ほどして考えるのを諦め、急いで前にいる酸辣蒟蒻を追いかけた。

 落ち着いた様子で二人の後ろを歩く焼仙草は、悔しそうな顔をしていた酸辣蒟蒻が普段のようにカッコつける様子をみて、笑いを堪えきれなかったのだ。


仙草ゼリー:(いつもいい加減だけど、天下を旅する夢は変わらないのね。でも……)


 彼以上に彼の心がわかる人はいない――たとえこれからの道が遥か遠くても、今この瞬間を味わうことは決して忘れない。


東安子鶏√宝箱


七夕当日

南離印館


酸辣蒟蒻:ったく、東安子鶏はどこに行ったんだ。今日は一緒に七夕大会に行くって言ったのに。


 酸辣蒟蒻は辺りを見回したが、しばらくしても見慣れた姿が見当たらない。一人で文句を言っていると、耳元からガサガサと音がした。


───


 音のする厨房へやってくると、東安子鶏が卓の前で何かを叩いている。


酸辣蒟蒻:これは菓子作りで残った材料と失敗作か?どうするつもりなんだ?

東安子鶏:全部集めて新しいものを作るんだよ。そうすれば無駄にならないでしょう!

酸辣蒟蒻:ほぉ、やるじゃん。俺の料理する姿を見て学んだみたいだな。

東安子鶏:賈おばあさんの話を聞いて気づいたの。食べ物一つでもこんなに大きな影響を与えられるんだって……だから僕も食べ物を大切にするんだ!


 形のない力によって鼓舞されたように、少年の目は光り輝き、言葉からもいつも以上に力が感じられる。


酸辣蒟蒻:俺の目は間違っていなかったな。その覚悟があるなら、これから俺と一緒に世界を周り、各地の美食を食べに行かないか?いや待てよ……そうすれば馬車のお金も節約できるな。

東安子鶏:あっ?

酸辣蒟蒻:ゴホン、なんでもない。そうだ、今日は新しい菓子を作ったんだ。味見してみるか?朱雀の形をしてるんだぜ。


 予想通り、東安子鶏の目が釘付けになった。酸辣蒟蒻が一つの袋を取り出した。中には、翼を広げた朱雀の形をした赤色の菓子が入っており、色艶やかで今にも動き出しそうだ。

 東安子鶏は待ちきれない様子で口に放り込むと、顔が真っ赤になった。


東安子鶏:ゴホゴホッ!か、辛いよ!!

酸辣蒟蒻:ハハハ、俺様特製の香辛料だ。どうだ、美味いか?

東安子鶏:こりゃあ……辛すぎるよ……!!

酸辣蒟蒻:朱雀は火が好きっていうだろ。なら、辛いのも好きなはずだ。こんなのにも耐えられないなんて……この先どうやって朱雀様にお供するんだよ。そうだろ?

東安子鶏:ほほほ、本当に?!まずい……そりゃ大変だ!朱雀様に追いつかないと!の、残りの菓子を全部ちょうだい。絶対に食べ切ってやるんだ!

酸辣蒟蒻:プハッ!

東安子鶏:な、なに笑ってるの?

酸辣蒟蒻:なんでもない。ただ、朱雀様の信奉者にもあんたみたいに純粋なやつがいるのも悪くないなって。

東安子鶏:ええ!?僕にはさっぱり……

酸辣蒟蒻:わからなくていい。早く出発するぞ!じゃないと七夕大会に遅れるぞ。

東安子鶏:わあああちょっと待ってよー!まだ菓子をもらってないよ!

酸辣蒟蒻:そう焦るな。もうちょっと改良してから渡してやるよ。



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