パニーノ・エピソード
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パニーノのエピソード
対人恐怖症だが。相手に嫌われないように無理やり微笑んで人付き合いをしている。仕事を徹夜で頑張っても、いつも色んな事で遅れたりやミスをしてしまう。役立たずと言われたくないため、歪んだ心のせいで殺人衝動が起きる。いつも過ちを犯す寸前に冷静になるため、被害者に泣きながら懺悔して逃げるが、危険な指名手配犯になってしまった。しかし、パニーノは暴走した時の記憶が無いため、被害者に恐れられているような表情をされた時、悲しみと困惑を感じる。
Ⅰ.残業
頭上のペンダントライトが寂しそうに光る中、僕はテキパキにコーヒーを一口飲み込み、眠気から覚まそうとしている。
周りは静寂に包まれ、視線のさきは机いっぱいの書類に載っている密集した文字だけだった。
また、いつものように残業の夜だ。
夜明けの前に仕事を終えないと、おそらく今月残っているわずかの給料も太縁眼鏡に差し押さえられることだろう。
太縁眼鏡とは上司だ。名前すら覚えていない。
記憶に残ったのが、彼の顔に乗っているビール瓶の底のように分厚い太縁の眼鏡だけだった。
彼が退勤前に急に仕事を増やしてくれなかったら、こんな時間まで仕事をしなくて済んだのだ……
だけど、命令を出すのは彼だったから仕方ないのだ。
当然、コーヒーは効果がなく、僕と同じく山のような資料に没頭している御侍を一瞥して、また気を引き締めて続けるしかなかった。
御侍は結果をとても大事にする人だ。僕が足を引っ張るわけにはいかない。
幸い、朝日が昇ったときにはやっと残りの仕事を終えた。
なのに……
「ロード、パニーノ、提出したもんを自分で見てみろ。こんなもん、ボスに見られたら怒り狂うだろうが！全部やり直せ！」
「しかし、これは要求通りに作ったものですよ！もしやり直すとなると、また数日かかることになります……」
御侍は困った表情で答えると、太縁眼鏡はすぐに目を見開き、甲高い声が部屋中に充満した。
「お前たちがやるべきことをちゃんとできなかったから悪いんだろう、何言い訳してんだ？！今日中に終わらせなかったら、今月のインセンティブはないと思え！どうして会社がお前らのような役立たずを養っているのかがわからん、まったくだ……」
「…………」
太縁眼鏡は相変わらずの勢いだが、僕は反論の一言も言えなかった。
御侍も黙って頭を下に向けている。しかめる眉の下には隠せない疲れが見えた。
不眠不休に働いたのに、やっぱり否定されて……
挫折と失望感が胸に押し寄せてきて、まるで石で押さえつけられたように息が苦しかった。
本当に……僕はポンコツなのだろうか……
「突っ立てねえでさっさと働かんかい！」
太縁眼鏡が軽蔑の表情を浮かべながら言い放った。しかし御侍は依然として俯いて黙り込んでいる。
彼を引っ張って離れようと思った矢先、彼は地面へと倒れた。
「……！」
「な、何事だ！気絶したぞ、そいつ！パニーノ、早く彼を連れてけ！」
御侍を落ち着かせた後、僕はやっと息をついた。
医者を呼ばなくても、御侍が気絶した原因はだいたい察しがつく。
僕の記憶の中で、御侍は常に徹夜で残業していた。
払拭できないほどの疲れと倦怠感が、彼の体を蝕んでいく。
努力して採用試験に合格して、御侍のいる貿易会社に入社したら、少しは彼の力になれるんじゃないかと思っていた。
なのに……
どれだけ努力しても、徹夜で残業しても不眠不休になっても、僕はこの仕事をうまくできなかった。
「くそ……あいつらのせいなのに……なぜ……毎回私なんだ……」
「死んでしまえ……全部……死ね……死んでくれ……ふふ……」
うなされているような声が突然耳に飛び込んで、僕の思考を引き戻した。
これは……御侍の声だ……
声のする方に歩いていくと、御侍がいつの間にか目を覚まし、机の前で立っていた。
彼は両手を握りしめ、何かを呟いていた。
「御、御侍…？あの、医者はしっかり休むようにって言ってて……」
僕は試しに聞いてみたけど、御侍はまるで聞こえていないかのように、ゆっくり振り返り、どこかを真っすぐ見つめていた。
「死ぬべきなのはあいつの方だ……彼を殺せば……殺せば……」
窓辺の月明かりが、血走った彼の目と歪んだ顔を照らす。それは普段の様子とはまったく異なるものだった。
何故か、背中に寒気が走り、つい、身を震えた。
しかし、一瞬のうちに、御侍の顔から神妙な表情が消えた。
「パニーノ、ここで何をしている？今日の仕事はもう終わったのか。」
「あ、今から行きます……！」
何が起こったかは分からないが、僕はその場を逃げるようにそのまま出ていった。
しかし、先ほどの不気味な光景は心の中に残っていて、次第に不安が芽生えていった。
御侍はいったい……何があったのだろう……
Ⅱ.クビ
「あのいつも毛布にくるまって、隅っこに縮んでるパニーノ？はは、食霊がどれほど優れているかと思ってたら、結局彼の御侍と同じで、何もできやしねえ」
「そうだよな、ロードが会社でこんだけ長く働いてんのにさ、ずっと下っ端だもんなぁ。」
「まあ、あいつらの上司があのメガネだからな。ヤツは上の人には媚び、下の人にはイジメんのが大好きなんよ。ヤツのもとで働くのが一番最悪」
耳元に雑談の声がざわざわして、無数の人影が僕の前で交錯する。
馴染みのある顔たちが、こっちに気にするフリすらなく楽しく議論していたら、急に話を変え、目で嘲笑ってきた。
「お前が時間かけちゃったから、俺らも残業しなきゃなんねんだよ」
「役立たずのクズはさっさと消えろ……」
連続して続く言葉が増殖を止まらないトゲのように、僕はその場に釘付けになった。
うるさい……うるさい……
額から痛みが広がり、まるで頭の中で数匹の虫がかじっているかのようだ。
どうして……
僕は頑張ったのに、なぜ結果がでない……
どうして……
僕は、本当に消えるべき存在なのか……
「――消えるべきはあいつらの方だ」
？！
よく知っている声が突然耳に飛び込んだ。御侍が僕に向かって歩いてきている。
彼の表情は暗く、言葉に冷たさが漂っている。
「まだ分からないのか。問題の根源はあいつらだろう？私たちは何も悪くないのに、あの太縁眼鏡の野郎はいつも私たちのせいにして、あの口うるさい同僚ですら嘲笑ってくる……」
「あいつが……あいつらがすべて消えれば、私たちはこんなに苦しまなくて済む」
僕はどう答えればいいのかわからない、けど……
嘲笑う顔たちがまるで醜い仮面のように、嫌な声とともに僕を取り囲み、僕の周りの酸素を奪っていく……
拳で全部ぶち壊したくなる衝動が急に湧いてきた……
……
「パニーノ！よくもこんなとこでのんきに寝てるなぁ！」
甲高い声が鋭く耳を貫き、僕はぼんやりと目を覚ました。そしたら慌てる太縁眼鏡が目の前にいた。
「早くこっち来い、ボスに待たれてるぞ！」
「ボス……？」
その言葉を理解する前に、僕は会議室に連れて行かれた。
会議室にはたくさんの人がいて、頭がしびれる不快感を我慢しながら辺りを見渡し、ようやく御侍の姿を見つけた。
彼は無言で俯いて立っていて、目の前にはボスと呼ばれる太った男がいた。
「ボス、こいつがパニーノです。今回、パラータとの提携プロジェクトは、こいつとロードの担当でした。」
太縁眼鏡が僕を人々の中に引っ張り込み、すごく残念そうにしていた。
「俺が親切に仕事のチャンス与えてしまったばかりに、まさかこの二人、機密の情報を漏らしたなんて……」
情報を……？漏らした？
僕が太縁眼鏡の言葉を理解しようとしていると、御侍は先に口を開いた。
「私もパニーノもこの仕事を大事にしています、仕事のスケジュールもご存知と思いますが、そんなことをする暇なんて……」
「ま、まだ言い訳をするのか！資料はお前たちの手にあるんだ、自分らじゃないと言うなら誰だってんだ？！」
御侍が答える前に、ボスの叱りと他人の嫌味がどんどん飛んでくる。
「こんな大事な仕事でミスるとは。会社はわざわざ金を払ってんのは、お前らのようなクズを養うためじゃない」
「そうですよ、しかもこの二人、これが初めてのミスではないらしいです。まだ会社にいるなんて、図々しいにもほどがあります……」
「…………」
いや、違う……そうじゃない……！
一瞬、胸に激しい嫌悪感が積み重なり、抑えきれないなにかが湧き上がってくる。
あいつらが……消えてしまえばいいんだ……
「うああーー！！！」
「ボス、ボス、大丈夫ですか？！」
一時のホワイトアウトが発生した後、意識が一瞬にして戻った。
混乱の中で、驚きの視線、机に拳を打ちつけた僕の姿、そして床に倒れたボスが目に入った。
僕は……何をしてしまったの？
「パニーノ！お前、上司を殴るなんて、頭おかしいのか！ボスが避けられてよかったが……！」
太縁眼鏡が喚き、僕は急いで拳を引っ込める。
これで事態の深刻さに気づいた。
「違う…ごめん…僕、さっき……」
しかし、僕の弁解は相変わらず何の効果も持たなかった……
結局、会社の規則に違反したことにより、僕と御侍はクビになった。
僕のせいで御侍を巻き込んでしまったので、どうやって償うべきかを苦しみながら考えたが、全く分からなかった……
無言でアパートに戻る途中、家の前に到着したとき、御侍が突然足を止めた。
「ふ……ふふ……ははははは……」
「御、御侍……？」
「ははは、パニーノ、早く新しい仕事を見つけないと、一番安いここの家賃も払えなくなるよ」
「ご、ごめんなさい！自分を抑えられなくなってしまったせいで……僕、ちょっとなら貯金もありますし、バイトにも行きます……」
僕は言葉を選びながら話し出すが、次の瞬間、御侍の冷たい視線とピッタリあった。
「違う。お前が謝らなければならないのは自分を抑えられなかったことじゃない……」
その紅に染まった目に、何か不気味なものを帯びていた。
「――パニーノ。なぜ……あいつらをそのまま殺さなかったんだ？」
「？！」
Ⅲ.誘い
「なぜ何も言わない。答えろ、なぜあいつらを殺さなかった？！」
「食霊が人を殺すなんて、アリを踏み潰すように簡単じゃないか？なんでお前まで人に操られなければならないんだ？」
僕が答える前に、彼は歯ぎしりしながら続いた。
その言葉には濃い憎しみが込められていた。
「辛いのはずっと私たちだけなのに、功績も褒賞もすべてあのメガネ野郎のところに……しかもあいつ、簡単に私たちを全否定した……」
「すべての不幸があいつらのせいなのに、私たちには地位も権力もないから、犬のように尾を振って乞うしかないんだ！！！」
「あんな気持ち悪くて自分勝手なヤツら……死んでしまえばいいんだ」
恨みと不満に満ちた声が木霊する。ふと、脳裏に再びからかう言葉の数々が蘇った。
そう、そうだ……御侍が言ったように、あんなウザイやつら、そのまま消えてしまえばいいんだ……
やつらが死んでしまえば……やつらを……
やつらを殺してしまえば、すべてが解決する……！
心臓の鼓動が速まり、殺意と呼ばれる怒りの炎が体中に広がっていく。
全身が燃えるような熱さで居ても立ってもいられない。落ち着かせるには人の血が必要だ。
制御が効かなくなった霊力が跳ね回り、人々の悲鳴が聞こえたかのようだ。
その悲鳴を聞いて、僕は急に怖くなった……いったいどうした？何が……何が起きているのだ……
しかし恐怖は長く続かず、その後に押し寄せてきたのは柔らかくて強い力だった。しばらくして、僕はその場で抑えつけられたが、その力は僕に害を及ぼす意志はなかったようだ。
それどころか、清らかな波に包まれているように、気がつくと、体内の焼きつくような感覚がだいぶ和らぎ、意識も少しずつ鮮明になってきた。
ふと目を開けると、目の前に知らない二人がいた。
ピンク髪の少年と赤いロングヘアの女性だ。
「大丈夫？ごめんね、勝手に力、使ってしまって。でも、すぐにコントロールしないと、大変になるから」
少年は僕を見つめ、その目には礼儀正しさと思いやりが溢れていた。
こんな優しい目に見られたことないから、僕はなぜか緊張してしまった。
「あ、はい、大丈夫、です……ありがとう……」
「き、君たちは……？」
「失礼したね。でもわたしたち、悪気はないの。ちょうどこの辺で仕事してて、悲鳴が聞こえたから、助けが必要なのかなと思って、来てみただけ」
御侍に答えたのは隣りにいた上品な女性だった。
彼女は僕たちに名刺を手渡しながら話した。
「わたしはヘブンファクトリーのモントリオールスモークミート。こちらが社長のヴィダルアイスワインよ」
「ヘブンファクトリー……確か、最近最も有望な新興企業と評価された……どうしてここに……」
「お褒めいただき、光栄です」
雰囲気が和らいできたのを見て、ヴィダルアイスワインというピンク髪の少年が穏やかな笑顔で話した。
「──実は僕たちがここに来たのはスタッフを募集したいと思っているんだ」
「ここでスタッフ募集？そんな……ここは近くで一番安いアパートで、住んでいるほとんどが失業者で、社会に捨てられた人間たちだぞ……」
御侍が驚いて疑わしく聞くと、ヴィダルアイスワインもただやんわりと笑い、説明してくれた。
「確かに、多くの人が仕事を失ったと聞いただけで、無能の『ラベル』をその人に貼ってしまう傾向がある。しかし、一人一人には独自の才能があるはず、ただ同じように有能な伯楽に巡り会っていないだけなのだと、僕はずっと信じてるよ」
「だから、僕がこのアパートを買い取って、彼らにもっと良い居住環境を提供できれば、彼らが優れた伯楽に巡り会う日まで持ちこたえられるかもしれない、ってね……もちろん、わが社に合う人材に巡り会えれば、それに越したことはないね」
ヴィダルは顔に純粋で天真爛漫な表情を浮かべ、横にいるモントリオールはやや苦笑いして見ている。
「社長は優しすぎ。普段も大半の稼ぎを慈善事業に寄付されてるでしょう。会社がまあまあ儲けているからいいものの、そうでないと、ここに住んでいるのは社長、あなた自身なのよ。」
それを聞いて、僕は驚いた。
貴族のような精巧な服を着ているのに、全然偉そうにしてなくて、仕事を失くしてる人たちの助けもしようとしている。
この人、天使なの……？
少年は相変わらず礼儀正しい笑みを浮かべ、眉間に思いやりを垣間見える。
「お二人、もし何か困ったり、お手伝いできることがあったら、気にせずに言ってくださいね」
「すべての人が天国にいるように幸せに暮らせることが、本社の理念だ」
「天国にいるように……」御侍が何かに触れられたようにつぶやき、そして苦い顔を見せて続いた、「本当に……助けてもらえるのか……」
少年の言葉があまりにも真摯すぎたか、御侍は隠すことなく会社のことを話した。
ヴィダル静かに耳を傾け、そして慰めるような笑みを浮かべた。
「そうなんだね、お二人の境遇には遺憾の意を感じているよ。君たちの努力は否定されるべきではないから……よかったらでいいんだけど、僕はロードさんとパニーノさんに、ヘブンファクトリーに働いていただきたいんだ……どうかな？」
「待って……『どうかな』なんて、聞くべきなの、こっちの方だろう……？」
「ぼ、僕もいいですか？」
ヴィダルの言葉があまりにも衝撃的すぎて、僕も御侍もとっさに聞き返した。
「ふふ、もちろんだよ、ヘブンファクトリーは只今スタッフの追加募集中で、二人が入っていただければきっと新たな変革をもたらすことだろう」
これまでに感じたことのない温かさが広がっていく。それは他人の肯定と信頼からだ……
あまりにも素晴らしく、僕は嬉しさのあまり頭を力強く縦に振った。
今度こそ、この人の信頼を裏切らないように……もっと頑張らなくちゃ！
Ⅳ.復讐
早朝の陽射しが古典的な長机に広がり、モントリオールは手帳を持って、毎週の定例会議を主催した。
「先週の出勤記録では、パニーノがまた一番時間通りにやってた人になったね。当たり前のことを言うんだけど、深夜まで残る必要はないよ、体を大事にしてね、それに仕事の効率は働く時間だけで決まるわけじゃないから」
「……では、今週の予定は……」
会議が終わるまで、僕の隣の席はまだ空いていた。
ここに来てから、御侍がずっと何かに忙しそうにしている気がして、心の中に不安がよぎった。
ここは昔のような重苦しい環境も、偉そうにする上司も、果てしない仕事もなく、まさに会社の名前の通り、天国だ。
なのに、僕の気のせいか、御侍の目に、以前よりも深い憎しみが宿っているようだ……
「そう……そうだ……ヴィダル様が言った通りだ……こうしなきゃ……」
御侍はいつもこうやって何かを一人でつぶやいて、待ち遠しさや、時には狂気さえ感じさせた。
ヴィダル様が……御侍に特別な仕事をくれたのか？
なぜ……僕に手伝わせてくれなかったのだろう……
しばらくしたら、御侍がついに自ら僕のところへ、「重要なことを成し遂げに行く」と伝えに来た。
どうしてあの地獄のような会社に戻るのかは理解できなかったが、それでも僕は彼に約束した。
ただ、仕事を片付けて、約束の場所に行くと、僕の予想外の光景が目の前に広がった。
その夜、御侍、太縁眼鏡、そしてデブボス、みんな揃って事務所で死んでいた。
部屋は散らかしていて、三人の体は血まみれで、明らかに争った跡があった。
突然の光景に僕は凍りついた。思考がまとまっていない間に、鳴り響くサイレンの音とともに僕は拘置所に連れて行かれた。
事件現場の第一発見者として、僕は当然ながら疑われる。しかし……これは一体どういうことなの？
御侍が話した「重要なこと」とは？
頭の中がぐちゃぐちゃで、なぜこうなったのか理解できなかった。
しかし……もし、僕が御侍がやっていることに早く気付いていたら……もし、あの日、僕がもっと早く来ていたら……
結末は違っていたのだろうか？
結局、僕の不注意のせいで……またやらかしてしまった……
嫌な感じが再び蘇り、僕は拳を握りしめ、意識の奥底にうずく感覚を抑えようとした。
だめだ……ここで暴走したら、またヴィダル様に迷惑をかけてしまう……
そんなことが絶対に許されない……！
……
「パニーノはここにいます。しかしなぜか前の晩、自分を殴って気絶させて、今もまだ目覚めていません。」
「わかりました。うちの従業員がお世話になりました。」
……
どれくらい経ったのか、頭の重さが少しずつ去っていく……
僕が目を開けたら、真上には真っ白な天井が広がっていた。
僕は……拘置所にいたんじゃ？
「目が覚めたね、気分はどう？」
よく知っている声が聞こえ、僕は驚いた。
ヴィダルは相変わらず穏やかだった。僕は必死に頭を振り、夢ではないことを確認した。
「ヴィダル様……な、なぜ僕がここに……」
「心配しないで、君は保釈されているの。最終の調査結果では、あの三人は殺りあって死んだんだ。だから、君が犯人でないことは証明されたよ」
「殺り合う……？御侍がなぜ……」
「僕もロードさんのことは非常に残念に思っている。彼が提出した証拠のおかげで、その会社は経営資格を完全に失っていて、彼の復讐計画は成功したんだ」
「復讐……？」
「もしかしたら、ロードさんが君に伝えそびれたかもしれないね。実は君たちの元会社、ずっと不正な搾取行為を行っていたんだ。だからロードさんは初めから、僕に知っている情報をすべて渡し、復讐を手伝ってくれと頼んでいた」
「本来ならば全てが順調だったはずだが、彼がリスクを冒して最後の重要文書を回収するために行ったのだけど、まさか……」
「ごめんなさい、パニーノ。僕がロードさんを守り切れなかった。君もあまり自分を責めないで。僕が以前言ったように、君の努力はみんなが見ているから」
知らなかった真実を聞いて、僕は万感胸に迫る思いだった。
御侍がずっと、このために動いていたのだ……
「結局、僕はなんの役も立てませんでした……やっぱり僕はポンコツなんですね……」
「成功の反面は失敗ではなく、何もしないことだ。」
優しい言葉が少し止まり、ヴィダルは軽く僕の肩を慰めるように軽く叩いてくれた。
「彼の仕事を手伝うことも、プレッシャーを分かち合うことも、君はもう十分よくやっているよ。」
……！！
突然、軽いノック音が僕たちの会話を打ち切った。
モントリオールがトレーを持って、温かいお茶を二つ運んできた。
「パニーノが目を覚ましたのね、よかった。じゃあボスもそろそろ休みに行ってよ。この件に、何日も寝ずに奔走してたでしょう」
モントリオールの言葉を聞いて、僕は手に持っていたお茶を危うくこぼしそうになった。
ヴィダル様が僕なんかのために……しかも、やさしい言葉もたくさんかけてくれて……
こんなにいい人が本当に世の中にいるんだ……！
一瞬で、心の奥底から温かさが湧き上がった。
まるで無限の活力が注入されたかのように、僕は自分の声量を上げてみた。
「あのっ……僕、もう大丈夫ですから、これからは、どんな仕事でもお任せください……！」
Ⅴ.パニーノ
日が次第に西へ、夕焼けが桟橋を赤く染まり、一つの焦る姿も映し出している。
「一体……どこに落ちたんだ……さっきはここにあったのに……」
「あれはヴィダル様が頼んで渡されたもの、提携先に渡さなきゃならないのに、それを失くしたら、ヴィダル様、きっと僕にがっかりする……だめだ……」
「……君、これを探してるんだろ」
突然、聞き覚えのない声が少年のつぶやきを遮った。声の方を見ると、青黒いパーカーを身に着けている無表情な青年がいた。
相手は彼が答えるのを待たずに続けた。
「カモメに持ってかれた。そこにおもちゃ工場の名前を書いてあるのが見えたから、奪い返した。」
「え？カモメから……奪い返した？」
「……」
「あっ！ありがとう、ございます……でもどうして僕がなくしたってわかるんですか……」
少年は少し驚きを見せ、相手を見る目がどこか気が詰まったような感じだった。
「物を探してんの、君だけみたいだし。それに、君、うるさい」
「……え、あっごめんなさい！でもありがとう……」
「はっ……資料が海水に浸けて……ダメになった？！半ヶ月もかけて準備してきたのに！またやらかした……」
少年の顔が急に暗くなり、巨大な挫折感に包まれたようだった。
ムール・フリットはそれを見た瞬間、かすかな危険を察知した。
「ふふ……やはり、どれだけ努力しても、簡単に壊れるものなんだな……でも、見てる人がいないなら、失敗とは言わないよね……」
少年は独り言のようにつぶやき、頭を上げると、顔には先ほどの照れくさい笑顔とはまるで違う笑みが浮かんでいた。
「そうだよ……邪魔なものが全部なくなれば、僕は苦しまなくて済むんだから……死ね……そう……みんな……死ね……！」
少し前まで緊張していた少年が、急にまるで別人になったかのように強烈な殺気を立って、ムール・フリットは思わず眉を顰めた。
「君……病気か？」
「はっ？」
少年は固まった。狂気じみた笑顔が純粋な困惑に変わり、ぽかーんと無表情なムール・フリットを眺めた。
「失敗がどうした？誰だって失敗することはある。それに、これは君のせいじゃないだろう」
「……え？」
「『え？』じゃない。君はまさかカモメのせいまで自分のせいにしたいのか？」
少年はピタッと止まった。目から怒りが徐々に消え、代わりに浮かび上がったのは困惑だった。
「でも僕……やらかしましたよ……？あなたも見てたでしょう？僕は……嫌です、失敗する感じが」
「……すべてが成功しないと意味がないっていうんなら、成功というものがどんだけ薄っぺらいもんなんだ。君の言う通りだと、本屋に置かれていない漫画は価値がないっていうのか……？話が逸れたけど、とにかく、失敗は君が思っているほど大したことじゃない」
ムール・フリットは淡々と言い、何気ない笑みを浮かべた。
「それに、本当に諦めたときだけが『失敗』だ。まあ、こんなの、言うのは面倒だけど、君が聞きたいなら……努力自体が成功だ」
そう、努力そのものが成功だ。だからこそ少年はずっと頑張ってきた。信じてくれる人にがっかりさせたくないから。
しかし……
「成功はそんなに大したことない場合もある。だから、自分を追い込むように必死に頑張るより、すべてを手放して、新鮮な空気を吸う方がいいと思う」
夕陽が静かに沈み、夜風が青年の言葉をパニーノの耳に運んだ。
彼は相手の様子を見ながら真似て、海辺の塩っぽい空気を深く吸い込み、ゆっくりと吐き出す……
一時的にすべてを忘れる感覚は、まるで新生を与えてくれたかのような……
「わかったか？気楽に生きるのが最高なんだ」
一瞬にして、心を押しつぶす淀みが少しずつ払拭されて、
恐怖が故の崩れそうな気持ち、不安、そして歪みが、だんだんと晴れていく――
何事に対しても必死に努力しなくてもいい、失敗を受け入れることも悪いことではない……
パニーノが考え込んでいる様子を見て、青年がさりげなく口を開けた。
「それに、君が働いてるヘブンファクトリーというとこは、そんなブラックな会社じゃないだろ？」
言葉に気付かされて、パニーノは我に返り、小声で同意した。
「あ、もちろんです。ヴィダル様は誰に対しても優しいんです……僕みたいな奴でも、責めたことはないですし。でも……君はどうして僕がヘブンファクトリーの人だってわかるんですか……」
「……名札に書いてあるし、僕、目あるし。ところで、壊れた資料はおもちゃ工場の図面だろ、僕、修復できる」
「そうなんです！早く図面を修復しないと、ヴィダル様たちにご迷惑を……えっ、君、なんて？」
「……図面を修復するのを手伝う、必要ないなら別にいい」
「い、いや、そういう意味じゃなくて……とにかくありがとう……君がそんなスキルを持ってるとは思いませんでした。でも……どうしてそんなに僕に親切にしてくれるんですか？」
ムール・フリットは仕方ないというように少年を見やり、無表情で答えた。
「君があまりにもうるさいから。港は静かでなくてはならない」
「……」
しばらく言葉を失ったパニーノは、気まずそうに頭をかいた。
ペン先が紙をこする音が風に乗ってきて、パニーノは青年と一緒に岸辺に寄りかかり、心の中は晴れ、釈然とした気楽さが胸に広がる。
「そういえば……お名前、聞くのを忘れてました。」
「ムール・フリット」
「ムール……なんか聞いたことある名前ですね、き、君！あのおもちゃ工場の人？！」
「……まあ、一応」
「じゃあ、明日も……会いに来ていいですか？えっと、ヴィダル様におもちゃ工場の資料をもっと集めてって言われたので、君がいればやりやすいと思って、だめなら断ってくれても大丈夫です……」
「……いいけど、静かにしてくれれば」
「あ、ありがとうございます！」
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