オペラ・エピソード
◀ エピソードまとめへ戻る
◀ オペラへ戻る
オペラのエピソード
歌劇以外に興味がなく、それ以外のものはすべてどうでもいい。そのため、性格は非常にクール。喉の傷を恐れて大声で話すのが苦手。歌劇を歌っている時だけが彼の笑顔が見られる。心から歌劇を愛しており、確かな演技力と美しい声を持っている。本人はまだ努力を要しているが、実力ある歌劇役者である。
Ⅰ.出会い
「オペラ、これはあなたのために作った人形です。けれど、この子はまだ私のそばにはおらず、ヴィヴィアンやリリアのようにあなたと話すことができないのです」
私はスフレと言う名が書かれたカードを、テーブルの横に置かれた丸椅子に座り、静かに独唱する。
観客は舞台の上の私が語る内容を理解しようと身を乗り出して耳を傾ける。
私は手元のカードに視線を落とし、続きを語り始める。
「その話を聞いて私は、彼にその人形を返しました。すると彼は微かに笑んだ後、再びその人形を私に差し出した」
手にした人形を掲げて私はその人形に目線を落とす。
「貴方は必要ないと思ったようですが、わたくしはやはりこの子はあなたと一緒にいるべきだと思います」
私は手にした人形を舞台に置かれたテーブルの上にあった箱の中へとそっと置いた。
「ただ、ひとつ問題が。この人形にはまだ名前がありません。ずっと考えていましたが、良い名が思いつきません。オペラ、貴方なら何とこの子を名付けますか?」
そして私は手を大きく広げて天を仰ぐ。
「私は他にもティーナと言う人形も作ったんです。彼女もオペラのように美しい子ですよ。
ティーナが生まれたとき、オペラに会えていたらよかったんですけど」
観客にぐるりと一周視線を送り、私は再び丸椅子に腰を下ろした。
そして、テーブルの上の箱に眠った人形を見つめ、そっとため息をついた。
舞台が暗転する。
私は既に立ち上がった状態で、胸元に手を置いて、観客に向かって語り出す。
「私がスフレという厄介な男とどのようにして知り合ったのか……それを説明するには、この劇団に来るまでのことをお話しなくてはなりません」
私は舞台をゆっくりと歩き出す。カツカツと、靴の音が会場に響き渡った。
その音が静寂を脅かす中で、私は再び役者の顔に戻った……。
***
この歌劇団に来る前、私は別の劇団の公演に参加していました。
入団当初、皆はすぐに私を受け入れてくれました。そして、私の歌を賞賛しました。
ですが、それも時間が経つにつれ、違ったまなざしを向けられるようになりました。
私の普段の態度には問題がありました。
冷淡な目つき、冷たい態度、加えて普段から言葉が少ないこともあって、次第に団員たちは、私の演技を批判し始めました。
私は他の人よりも才能があるわけではありません。
最初は努力では補えない部分を批判されているのだろうと思いました。
だが次第にそうではなく、自分には何か重要なものが欠けているのではないかと思うようになりました。
私は、舞台劇以外に興味が持てず、ただただ目の前の舞台が最高の評価を受けられるように努めました。
その結果、私は多くの人物を演じ、たくさんの観客から賞賛されました。
そうした結果を得たというのに、私の心は落ち着くどころか余計に不安を募らせていきました。
『私は何が欠けていて、劇団の皆と仲良くなれないのか?』
しかし、どれだけ思案しても答えは見つからない。
仕方なく私は、他者からどのように見られようと、ステージで演技のできる機会を大切にしようと考えました。
そうこうしているうちに、私にはまともな役がまわってこなくなってしまいました。
そうなってはもう仕方がないです。文句を言ったところで、状況は変わらないでしょうしね。
ですので私は、新たなチャンスを得るために新天地へと赴きました。
そして新たな劇団にお世話になることになった私は、どれだけチャンスを掴めるかわからず、戦々恐々としていました。
そんな私にできることは、一つ一つの公演を大切にこなすことです。
その劇団で初めて演じたのは、ティナというお姫様の役です。
私がこれまでに演じた他のキャラクターとは異なり、このお姫様は双子の姫でした。
難役とは思いましたが、私は自分の技術を伸ばす役だと確信し、懸命に取り組みます。
この双子の姫は、最初は仲良しの可愛らしい姉妹でした。
けれど、妹はその王国の伝説となっていた魔獣と同じ兆候を見せた為、あるときから、皆の前に姿を現さなくなりました。
そして、妹姫は悪魔の囁きに耳を傾けてしまい、真実を知る両親を殺め、彼女を愛した姉を投獄し、王位継承者としての身分を奪いました。
玉座を手にした妹だったが、過度な振る舞いのために民の反感をかってしまいます。
しかしそんな魔女の汚名を着せられ、裁かれたのは姉の方でした。
この姉の死をきっかけに、悪魔に利用されたと分かった妹はその悪魔を殺します。
ですが、最後に悪魔の血を浴びてしまった妹は悪魔の呪いを受けてしまうのでした。
こうして不老不死となり、妹は時間にとらわれない永遠の孤独を得ました。
その後、時間によって支配されてしまった本当の魔女になりました――
この『時間罪歌』は珍しい話ではありませんでした。
だから、かなりのお金をかけて公演されるには何か裏があるのだろう、とすぐに察しがつきました。
実はこの劇団に対して権威のある公爵が、彼の妻のために作成した脚本とのことで、上映するために、多額の出資していると聞き及んでいます。
更にそこにはひとつ、大きな嘘があったのです。
それはこの脚本を書いたのが、公爵ではなかったという事実です。
――では一体誰が書いたのか?
それもすぐにわかりました。公爵に囲われていた公爵夫人が書かれた話でした。
そんな曰く付きの公演でしたが――いや、だからこそ?この舞台の衣装、小道具、そして舞台装置まで、すべてが華美の極致を極めていました。
世の中で人生は芝居のようなものだと言われています。しかし私は、どうしてかこの荒唐無稽な脚本に現実味を感じたのです。
これが、私がこの双子姫を演じてみようと思った理由かもしれません。
しかし、豪華なステージを要望し、お金に糸目をつけない公爵主催の舞台には、多くの人が歌劇の主役になりたがりました。
その結果、私は劇場の裏路地で、嫉妬に駆られた人々に取り囲まれてしまいました。
「どいてください、君たちに手を出したくありません」
「ハッ!これだけの人数相手に何ができるよ?」
彼らは私が食霊であることに気づいていないようでした。
しかし、私は夜遅くまでリハーサルをしていたこともあり、疲労した状態でこんな無駄なことに時間を使いたくないと思いました。
だから一秒も早くこの事態から逃れるために、私は身構える。彼らに怪我を負わせずにここから逃げ出せば――
「え?」
そのときだった。路地の上から突然人影が舞い降りた。そして、周りの者たちを一瞥する。
「ええ?」
一瞬の出来事だった。
私を囲んでいた人たちが、次々と地面に倒れていく。
「貴方は――いったい」
そしていよいよ最後の一人ものしてしまった。私はその場で呆けてしまう。
「……ん?誰だ、お前。何見てやがる!ぶちのめされてぇのかぁ!?」
身なりの整った紳士然とした男だったが、その目は赤く光り、異様な雰囲気を醸し出している。
(この者は、いったい誰だ……?)
唐突に現れた赤い瞳を剥き出しにしている人相の悪い男をゆっくりと見上げることしかできなかった。
Ⅱ.再会
「こんなとこでうろちょろしてる奴がいるとはなぁ……ククッ!まぁ俺の前に現れたのが運のツキだったな!」
唐突に現れて、私の周りを取り囲んで詰め寄ってきていた男たちをのしてしまったこの青年――いったい誰なのだろうか?
私は唖然としたまま、改めて青年をじっくり観察する。一見礼節を弁えているだろうと思わせる品の良い身なりをした男だが、口を開けばまるで違う、荒々しい口調で下卑た笑いを浮かべている。
「あ……」
私は彼にいろいろ聞きたいと思い、声をあげる。だが、その言葉は最後まで言うことができなかった。
「あ~、悪いが、今は立て込んでてゆっくり話せねぇんだ」
私を見て青年は含み笑いをして、スッと私に身を寄せて、耳元で静かに呟く。
「また近いうちに会えるだろうぜ、ククッ!」
彼の吐息と声が、私の耳にねっとりと残って、私は嫌な予感に掻き立てられる。身震いがして、慌てて私は彼を見上げる。
するとその青年は、微かに口端を上げて、昂然と笑った。それと同時にクルリと背を向け、壁を蹴って塀の上へ飛び乗る。
そのまま消えていく背中を見ながら、何故か私に奇妙な感覚を生み出した。それは興味か、はたまた恐怖か――わからないが、彼の軽快な動きと僅かに触れ合った瞬間に、私は暫くその場を動くことができなかった。
私は普段、舞台に関係ない、こうした日常の出来事をあまり気に留めないようにしている。しかし、この日のことは、どうにも忘れることができなかった。
それは、私の首の中心にある金色のト音記号の形に似ている紋様が関係している。
その記号はまるで水が流れるかのように、私に様々な予感を知らしてくるが、それ以上のことは何もわからなかった。
日常生活には影響しないが、他の人が気にかけないよう、普段は包帯で覆い、劇を演じる時だけ取り外していた。
彼と会ったときはその部位が痛み、息が詰まってしまった。今も僅かな痛みであるが、継続的に痛みを発している。
リハーサル時間が長すぎたことからくる疲れだろうか?
そんなことを思いつつ、私は稽古に精を出した。
その後、劇団の一部の人々に悩まされることもあったが、日常は比較的穏やかに過ごすことができた。
だが、そんな日々が長く続くわけはない。その予感は的中し、一座の元に、公爵とその夫人がやってきた。
私が彼らについて知っている情報は僅かしかない。
公爵が歌劇を愛していること、普段はあまり外出しない公爵夫人も、彼女を題材とした今回の脚本に関心があるらしいことだ。
(誰が来ようが、私は全力で演じるのみ)
私はいつも通り、舞台へと上がった。
「生と死のサイクルから、
また貴方の夢を見た。
塔には捕らえられた貴方はおらず、
私は蝶でいっぱいの庭で
アフタヌーンティーを飲むのです。
夢の中で、私たちは笑い合い、
夢の中で、私は蝶を捕まえ、
そしてあなたを捕まえた……」
これは、不老不死の呪縛にかかったティナ姫の最後のセリフです。
言い終わる少し前に、ステージの最前席に座っている老いた男性と、その隣に青いドレスを着た金髪の女性の姿が目に入りました。
これが今回のゲストである公爵とその夫人であることはすぐにわかったのです……。
しかし、私が本当に気になっていたのは、豪華な公爵夫妻ではなく、公爵夫人の後ろに立っている、熱心な表情で私を見つめている者の存在でした。
その青年の外観は、昨夜遅くに路地に現れた者と瓜二つだったのです……!
そしてなぜだか、私が彼を見ると、フイと視線を逸らしました。
――同一人物なのでしょうか?
あの時、青年の目は妖しく残酷な笑みを浮かべていました。けれど、今目の前にいる者はとても穏やかに見えます。昨晩の彼と関連付けることは難しいと思いました。
これがもし別の者であったら、双子でしょう。いや、どう見ても、同一人物……そうとしか思えないほどそっくりでした。
色々思案したものの、私はあまり考えすぎないように自分に言い聞かせた。
(今はお芝居の最中です。気を取られてはいけません……)
***
リハーサルが終わり、団長が私の傍にやってきて、様子を伺っている。
「何か?」
「うむ……」
団長は暫く考える仕草をしてから、私についてくるようにと促した。
そうして団長に連れてこられた先は、公爵夫妻のところだった。
「ガゼット公爵、ようこそいらっしゃいました!」
団長は公爵に深々とお辞儀をしている。その様子を見ながら、私は頭を下げた。
公爵と公爵夫人を前に、寒くなりそうなお世辞を浴びせる団長を、私は舞台でも見るように眺めた。ひどく現実味を帯びない光景だと、私は眩暈を覚えた。
そんなとき、団長が振り返り、大きく私に向かって手を振った。
何事かと私は顔をあげた。
「彼が、今回の舞台で主演を務めるオペラです。おふたりにお楽しみいただけたなら良いのですが」
「ふむ」
公爵は舐めるように私を上から下までまじまじと見つめる。
「主演が新人だと聞いた時はどうなることかと思ったが、過ぎた心配だったようだな」
公爵が低く笑って目を細める。胸を張り、眉を吊り上げて、フン、と鼻を鳴らしたのを見て、どうしようもない嫌悪感を覚えた。
(嫌だ……今すぐここから去りたい)
息苦しくなったのを感じ、私は顔を背け、公爵を視界から追い出した。
「どうだ君、私の屋敷で一つ劇をしては。君の芝居を、もっと見てみたくなった。妻も、そうだと言っている」
公爵の言葉に、隣に立っている夫人はフッと笑って軽く頷いた。
「オペラ!これは光栄なことだぞ!」
団長が大喜びでそう叫ぶ。
そんな団長とは裏腹に、私はもう一秒もここにはいられないと、グッと息を呑んだ。
「ありがとうございます。そのお気持ちだけいただきます」
まだ動けるうちに、ここを去らなければ。
これ以上、彼らの毒に晒されたくない。
「では、私はこれで。お先に失礼します」
深々とお辞儀をし、そのまま踵を返す。
「おい、オペラ……!まったくあいつは!公爵様、どうかお許しを。彼はまだ礼儀を知らぬ新人でして、後ほどしっかりと言い聞かせておきます」
団長の言葉を背に、私は歩みを速めた。
この時はただ、できるだけ早くこの場所を離れたいと思った。
(どうして……世界は広いというのに、自由なステージがどこにもないのだろう?)
私は早くひとりになって、大好きな歌劇に身を投じたいと願った。
Ⅲ.相識
編集中
Ⅳ.別れ
編集中
Ⅴ.オペラ
編集中
◀ エピソードまとめへ戻る
◀ オペラへ戻る
Discord
御侍様同士で交流しましょう。管理人代理が管理するコミュニティサーバーです
参加する