【非人類学園】西王母（セイオウボ）のデータ

　「西土境（せいどきょう）」とは、三界（さんがい）の西の果てにある地域の総称。紺碧の海といくつもの孤島、デルタで結ばれた半島状の小大陸が面積の殆どを占めている。

　その中で「西土崑崙城（せいどこんろんじょう）」が三界全体で名を馳せるようになったのは、西王母が西土境に到着した後のことだった。

……

　西土境で財界・政界・マスコミ界を経験した西王母は、今度「教育界」に目を付けた。

　卒業証書にサインをすること以上に楽しいことがあるだろうか？――彼女は常々こう述べている。

　その後、彼女は自らの手腕と影響力で、西土境というこの土地で「瑶池学府（ようちがくふ）」と呼ばれる桃源郷的存在の教育機関を作り上げた。

　開校当初、全てが順風満帆な訳ではなかったが、西王母は蜻蜓点水の如き巧みな技で、邪魔な人間や物事を全て解決していった。

　彼女がどれ程の人脈を持ち、どのような手段を駆使したのか、誰も知る由も無かった。

　彼女と競合していた教育業界のライバルたちに尋ねてみると、皆必ず口を揃えてこのように言う。

　「西王母は決して単純な奴ではない。使う手口もあまり正々堂々としているものではない。ただ、結果的に瑶池学府の運営自体は上手くいっているようだ。西土境の若者たちに再び活気を与えてくれたと言っても良いだろう。いや、正確には若者だけではないかもしれないが……」

　生徒数の増加と業界の統合に伴い、瑶池学府は次第に西土境の文教業界の支柱となっていった。その後、ますます多くの住宅や商業施設、駅などが瑶池学府の周囲に建設され、ゆっくりと新しい都市圏――西土崑崙城が形成されていった。瑶池学府の税収は西土崑崙城の自治費用の半分近くを支えており、瑶池学府の教職員と生徒の消費がデルタ地域全体の経済の発展を牽引していると言っても過言ではない。

　しかしながら、当の西王母本人はこれらのことについてはあまり気にしていない。むしろ、彼女が誇りに思ったり喜んだりしているものは――。

　「瑶池学府の甲辰（こうしん）夏学期を正式に開始いたします。校長先生、ご挨拶をお願いいたします」

　拍手が鳴り響く中、彼女はゆっくりとステージに歩み寄った。グラウンド全体を埋め尽くす生徒たちを見渡して、彼女は満足気に微笑んだ。

　瑶池学府に実際に足を運んだことのない多くの人々は、この学校に対して多くの誤解を抱いている。（西土境の各種メディアが瑶池学府に関するニュースを我先にと報道する一方で、噂話や都市伝説の類がどんどん生まれていった……）

　瑶池学府には新入生に対する体罰の伝統があるとか、校長先生が生徒を深夜まで居残りさせて個別指導を行っているとか、さらには瑶池学府に集まっているのはお嬢様や御曹司などといった、名声のみを求めている連中ばかりであるといったような噂まで現れた。

　「瑶池学府の噂はどこまでが本当なのですか？」

　ある年の新入生座談会にて、ユーベリウス島出身の子供が校長に尋ねた。

　困惑と期待の念から投げかけられたこの質問は、一部の生徒の耳には挑発的なようにも聞こえた。

　この質問に対して、西王母はこう答えた。「なかなか難しい質問ですね。なぜなら、この世界の受け取り方は人それぞれなのですから。私にできるのは、自分の目に映る瑶池学府をあなたに伝えることだけです」

　すると、西王母はパワポを開き、次々にその年の新入生全員の写真を流していった。膨大な量の写真一つ一つに対して、彼女は全員の名前と出身地を暗誦してみせた上で、こう言った。「私の目に映る瑶池学府は、未来の三界のリーダーを育成する場所です。先ほどのスライドでお見せしたものが『本物の瑶池学府』なのですよ」

　座談会の終了後、西王母は部下にこう言いつけた。「さっき質問してくれた子だけど、なかなか筋が通っているわね。もっと気にかけてあげてちょうだい。あと、コソコソ話してた子たちについては、至急オフィスに来るように伝えてちょうだい。今すぐにね」

　校外で流れている噂話について、西王母は決して否定はしなかった。それは、それらが事実だからなのかもしれない……。

　瑶池学府には学齢による広範的な募集政策がある一方で、プログラム制の特別履修コースも存在している。よって、多くの政商名流たちが一学期だけ瑶池学府に短期留学することになっている。

　勿論、一般的なカリキュラムのみならず、多種多様な選択科目も存在している。

　「精神ヨガ：内なる自我の反省」

　「環境保護の観点から見たファッションデザイン」

　「リーダーシップ：三界風雲録」

　「心理学と錬金術」

　近年、西王母が直接教えるコースは少なくなったものの、以前として人気は高い。

　次第に彼女は西土境の学生のみならず、遥か遠方に位置する「非都（フェイド）」の学生たちにも目を向け始めた。

……

　――それからしばらくのこと、非都では。

　「西涼、どう？ 非都で答えを見つけられたかしら？」

　「ええ、叔母さま。それに近いものを見つけられたと確信しております。今の西梁国（せいりょうこく）に必要なものとは、予言に記されている奇跡でもなければ、古代の仙家に伝わる祝風の魔法でもありません」

　「フフフフフ。そうかしら？」

　「いえ、その、何か間違ったことを申し上げてしまったでしょうか？」

　「いやいや、そんなことはないわ。あなたのその姿が、かつて西梁国を離れたときの私自身の姿と重なって見えたのよ。王族の栄誉もまた、一種の足枷や呪いかもしれないわね。これについては、私よりもあなたの方がよく理解しているはずよ」

　「確かにそうかもしれません。それでも、私は全てを受け入れる覚悟です。西梁国の王である以上、私には民を正しい道へと、そして予言を超えた未来へと導く使命があります。その先には、より開放的で繁栄した美しい西梁国があるはずです。叔母さま、是非見守っていてください」

　「ええ、勿論よ。あなたはいつも優秀な子だから」

　西王母は西涼を優しく抱きしめ、彼女の冷たく柔らかい髪を撫でた。

　「王であるということは、大変でしょう……」

　「はい……」

　「あなたなら、彼女たちをきっと超えられると信じているわ。ゆくゆくは、三界全体を輝かせる偉大な王となることでしょう」

　ゆっくりと休んでちょうだい。私の姪、私の子、そして、私の……王。