「奏でる誓笛」たづ

たづ「───♪」

たづ「……ふぅ、このような塩梅でしょうか？ 自分ではよくわかりませんね。」

たづ「もっとも、相手には聞こえないのですから、気にするだけ無意味なことなのでしょうが……。」

主人公「あっ、やっぱりたづさんだった。」

たづ「おや、主人公さまにメルクさま。」

メルク「みゅふふ、綺麗な笛の音が聞こえるのでもしやと思えば、やっぱりたづさんだったのですよ！」

たづ「そこまで聞こえていましたか。申し訳ありません、練習中の曲なものでまだ調整ができておらず……、耳障りだったでしょうか？」

主人公「耳障りだなんて！ ずっと聴いていたいぐらいでしたよ。」

メルク「なのですよ～！ 聴いていると元気が湧いてくるのです！」

たづ「まぁ……。」

たづ「……ふふふ、そうですか。ずっと聴いていたくて、元気が湧いてくる、そのように演奏できておりましたか。」

たづ「ありがとうございます。それならばわたくしも、安心して笛を吹くことができそうです。」

メルク「みゅ？ 誰かに披露する予定の曲なのです？」

たづ「ええ。ずっとわたくしの笛を聞いていてくれた者へ。」

メルク「みゅわ～！ それはきっと喜んでくれるのですよ！ いったい誰なのです？ ご家族なのです？」

メルク「それとも……、も、もしや恋人とか！？」

たづ「いいえ、相手は人ではありません。」

メルク「人では、ない……？」

たづ「……彼の者は、幽鬼なのです。」

メルク「幽鬼！？」

主人公「幽鬼って、とどめきみたいな、人の身を捨てた魂のことでしたよね？」

たづ「ええ。そしてその幽鬼は、鬼鎮めの記録の中でも、最も古く、最も恐れられた鬼。」

たづ「わたくしたちは彼の幽鬼を『だいぐれん』と呼んでいます。」

主人公「だいぐれん……。」

たづ「それが真の名なのか、異名なのかはわかりません。ただ、雪と氷を操る術に長けた山のような鬼であると、私たちは幼い頃から繰り返し聞かされていました。」

たづ「その力はすさまじく、彼の周囲は四季を問わずに空気が凍え、常に雪が降り注いだと伝えられています。」

メルク「す、すごいのですよ、だいぐれんさん……！」

主人公「あっ、もしかしてさっきのはそのだいぐれんを鎮めるためのものじゃ……！」

たづ「中（あた）らずと雖（いえど）も遠からず……でしょうか。わたくしもいつかは、彼の幽鬼を鎮められればとは思っているのですが……、」

たづ「なにぶん、わたくしの鎮めの笛を届かせるには、だいぐれんの耳は遠すぎるものでして。」

メルク「どういうことなのです？」

たづ「……『鬼沈め』を覚えておいでですか？ わたくしが桜衣の幽鬼を鎮めきれなかった際に、きららまるさまとこんこさまが行使された術です。」

主人公「あの、とどめきを地面に沈めていた……。」

たづ「鎮めることが叶わない鬼への力技、とでも申しましょうか。その名の通り鬼を地の底に沈め、物理的にその動きを封じる。この封印の術こそが『鬼沈め』です。」

主人公「もしかして、だいぐれんも……。」

たづ「ええ。当時の者たちが総出で、鬼鎮めの一族が管理する土地に沈めました。」

たづ「その影響で、土地は四季を問わずに雪が降る特異な場所になってしまいましたけれど……。」

主人公「本人は地下で封じられているのに……、すごい力ですね。」

たづ「きっと人間に対する怒りがそうさせるのでしょう。かつては己が百鬼夜行を率い、幾度となく、人間とぶつかりあってきたと聞いておりますから。」

たづ「……その事実を初めて知ったとき、わたくしはどうしようもない無力感に襲われたものです。」

たづ「最も鎮めるべき存在がすぐ傍にいるのに、沈められてしまっただいぐれんに、最早自分の笛は届かず、彼は永久に怒りを抱きながら、地に縛り続けられる。」

たづ「何とかしたいのに、何も出来ない。だいぐれんを知ってから、そのもどかしさが、ずっとわたくしの中に渦巻いていました。」

たづ「きっと、無駄だとわかりながらも、だいぐれんの沈む地で笛を吹き続けていたのは……、」

たづ「このもどかしさを少しでも振り払おうとした、わたくしなりの悪足掻き……だったのでしょうね。」

メルク「たづさん……。」

たづ「ですが、それは過去の話です。これからは悪足掻きではないのですから。」

メルク「みゅ？」

たづ「もう１つ、憶えておいでですか？ 桜衣の幽鬼を沈めたときに、きららまるさまがおっしゃられていたことを。」

主人公「きららまるが……？」

たづ「『後日にでも、沈めた幽鬼を鎮めるんですよね？』」

主人公「あ……。そうだ、『鬼沈め』をしたあとの鬼も、ちゃんと鎮めることができる！」

たづ「お恥ずかしながら、わたくしもあの時に初めて知りました。『鬼沈め』は最後の手段などではなく……、」

たづ「まだ見ぬ、しかし確かに存在する可能性へと託された襷（たすき）に他ならないのだと。」

たづ「ならば、それを受け取ったわたくしがすべきなのは、一刻も早く、沈められた鬼たちを鎮めること。それができるだけの技量を身に着けることでしょう。」

たづ「自分の心を慰めるためだけの笛を吹いている時間など、どこにもございませんね。」

主人公「たづさん……、嬉しそうですね。」

たづ「ええ。ずっと背負ってきた荷を下ろしたような気分です。」

たづ「だからそのことを彼の幽鬼に……、幼い頃よりわたくしの独りよがりの笛を聞き続けてくれただいぐれんに伝えたいと思って、曲を作ったのです。」

主人公「それが、俺たちの聞いた曲だったんですね。」

たづ「その通りです。ですから、あのように褒めていただけて安心しました。わたくしの思いはしっかりと形になっていたのだと。」

たづ「もっとも、相手の耳には届かないのですけれど……。そういう意味で言えば、これはまだ、独りよがりな悪足掻きなのでしょうね。」

主人公「……でも、何もしないよりはずっと良いと思います。」

メルク「なのですよ！ 返事が返ってこないだけで、本当はだいぐれんさんもバッチリ聞いているのかもしれないのです！」

たづ「……ふふふ、そうですね。」

たづ「お２人とも、ありがとうございます。お陰さまで、わたくしの決意はより一層固く、そして研ぎ澄まされたように思います。」

たづ「故に、わたくしは決して折れません。鬼鎮めとして笛が持てなくなるその日まで、鎮めの笛を奏で続けてみせましょう。」

たづ（それがいずれ、あなたにも届くと信じて）

たづ（そして、届いたその時には……）

たづ（並んで蕎麦を、いただきましょうか）