「海冠の愛王子」ニコ

ニコ「ただいま～。」

主人公「あ、ようやく帰ってきた！」

ニコ「ん？　なになに、心配してくれてたの？」

主人公「そ、そりゃしますよ！　外は朝から大嵐で、大雨と突風がすごいですし……、こんな中、どこに行ってたんですか！？」

ニコ「アハハ、心配かけてごめん。でも、そう騒ぐこともないだろ？」

ニコ「ただ海からの熱烈な抱擁を受けようとした……、たったそれだけの話だよ。」

主人公「へ……？」

ニコ「なんてね。どうかな、今の言い回し？　ちゃんと伝わった？」

主人公「……ええっと、もしかして、海に泳ぎに行ってたってことですかね？」

ニコ「さすが！　大正解だ、主人公！」

ニコ「そろそろ顔を見せに行ってやらないと、海が拗ねちゃうもんだからさ。」

ニコ「まったく、愛されてる男はつらいよ……。海の為なら、全然苦じゃないけどさ。」

主人公「そ、そうなんですか……。」

主人公「って、そうじゃなくて！　わざわざ、今日みたいな嵐の日に行かなくても……！」

ニコ「フフ、大丈夫さ。嵐なんて、オレが海に近づけばピタッと止まるから。なんてったって、オレは海に……、」

主人公「愛されてるからですよね？　何度も聞きましたから、それは知ってますけど……。」

主人公「そもそも、この近くに海なんてないじゃないですか！」

ニコ「出かけてから帰ってくるまで、隙なく雨にうたれっぱなしだったよ。参ったね、ほんと。」

主人公「ぜ、全然参ってる態度には見えないですけど……。とにかくほら、早く拭かないと風邪をひきますよ？」

ニコ「おっと、風邪はいけないな。海に行けなくなっちゃうし。」

主人公「そうでしょ？　はい、これ。タオル借りてきましたから。」

ニコ「ありがとう、準備がいいね。」

主人公「あと、出来れば着替えたほうがいいですよ。絞ればバケツいっぱいになりそうなぐらい、びしょ濡れですし……、」

主人公「あ、着替えてる間、ココアでも淹れときましょうか？　体の芯から温まるのがいいって、俺の母さんが……、」

ニコ「フフ。」

主人公「えっ、何か変なことを言いましたかね……？」

ニコ「ああ、ごめん。なんだか、懐かしい気持ちになったからさ。」

ニコ「そうだった、そうだった。オレがずぶ濡れで帰ってきたら、ピケもこんなふうに慌ててたっけな。」

ニコ「ま、主人公のほうが、よっぽど落ち着いてはいるけどね？」

主人公「ピケさん、って……？」

ニコ「妹さ。オレそっくりの美人さんだよ。」

主人公「ということは……、ニコさんって『お兄ちゃん』なんですか？」

ニコ「あ、ちょっと違う。『愛されてるお兄ちゃん』だ。オレ、妹にもマジ愛されてるから……。」

主人公「そ、そうですか……。」

ニコ「もちろんオレも、ピケのことを、海と同じくらいに愛してる！　フフ、ご近所でも有名な仲良し兄妹だったよ。」

ニコ「ああ、話してたら会いたくなってきた。ピケのやつ、今ごろ何をしてるのかな。」

主人公「何なら、１度常夏の国に行きましょうか？　急ぎの用事もないですし、少しぐらいなら……、」

ニコ「お気遣いどうもね。でも、それはきっと時間の無駄にしかならないよ。」

ニコ「今戻っても、ピケはいないだろうからさ。」

主人公「いない？」

ニコ「こんな嵐の日の夜だったかな。ふらっと消えちゃったのさ、あいつ。」

主人公「え？」

ニコ「多分、海に攫われちゃったんだろうな。あいつ、海に嫌われてたから。」

ニコ「だから、絶対に１人では海に近づかないように言っておいたのに。まったく、再会したらお説教だ。」

主人公「ちょ、ちょっと待ってください！　それじゃあ、ピケさんは今も行方不明で……？」

ニコ「ああ、どこにいるのかさっぱり！」

主人公「かるっ！？　妹がいなくなった人のテンションじゃないですよ！　いや、そういう人のテンションがわかりませんけど！」

主人公「で、でも、もう少しだけ……、そう、せめてもうちょっとだけ！　心配したっていいんじゃないですかー！？」

ニコ「別に心配してないわけじゃない。こうやって旅に出てるのも、ピケを探すためなんだからさ。」

主人公「ここにきて新事実を！　そ、それじゃあ、その極めて軽い感じの空気はいったい……？」

ニコ「海が教えてくれたんだよ。ピケは今、幸せな日常を送ってるんだって。綺麗な顔で、笑ってるんだってさ。」

主人公「海が……？」

ニコ「ああ。海は気まぐれで、焼妬深くて、激情家だけど、嘘だけは絶対につかない。」

ニコ「だからこれは間違いないことだ。ピケは今もどこかにいて、幸せにしてる。それだけで、オレは安心だよ。」

ニコ「ま、だからと言って、寂しくないというわけではないけどね。会えるのなら一刻も早く会いたいさ。」

主人公「ニコさん……。」

ニコ「でもあいつが、新しい幸せを見つけたのであれば……、オレは兄として、それを謳歌させてやりたい。」

ニコ「だからオレは、のんびりあいつを探すのさ。どんな顔で笑うようになったんだろうって、楽しみにしながらね。」

主人公「……。」

主人公「すみません、ニコさん。俺、何も知らないで……、」

ニコ「フフ、謝罪なんて必要ないさ。オレという男を理解することは、波を読むより困難だろうからね。」

ニコ「むしろ、謝る必要があるとすればオレのほうだ。ごめんよ、神秘のヴェールに包まれた存在で。」

主人公「い、いえ……。」

ニコ「ま、そういう事情だから気にしないで。向こうもオレのことを探してるらしいから、焦らないでも、そのうち再会できるはずさ。」

主人公「そんなことまで……。それも、海が教えてくれたんですか？」

ニコ「もちろん！　愛するオレが頼めば、海は何でも教えてくれるんだ！」

ニコ「ま、さすがに今回は一筋縄ではいかなかったけど。まったく、ピケも海も同じくらい愛してるんだって、何度言えばわかってもらえるのやら……。」

ニコ「あと大王イカ、ジュゴン、サンゴ、フグ、マグロ、カメ、その他の求婚してきたみんな。平等に愛してるっていうのに……。」

ニコ「フッ、体が１つだけなのが辛いよ。たくさんあれば、きっとみんなのことックション！」

主人公「いいところでくしゃみが！」

ニコ「ハックション！　クシュン！　……フフ、愛されすぎなのも困ったものだな。噂されまくりで、息をつく暇もないよ。」

主人公「立て直しの速度がすごい！」

主人公「って、感心してる場合じゃなかった！　と、とにかく、着替えに行きましょうか。」

ニコ「ああ。……あ、ちょっとだけ待って。」

主人公「はい？」

ニコ「嵐、過ぎちゃったみたいだ。」

主人公「あれ、いつの間に。空もすっかり晴れて……、」

主人公「あ、虹が出てる！」

ニコ「……思いだすよ。初めてピケと海に出かけた時も、虹が出てたんだ。」

ニコ「オレはそれまで、虹なんて見たことがなくて……、いや、海以外のモノに興味なんかなくて。」

ニコ「ピケが教えてくれなかったら、きっとあの虹にも、気づくことはできなかった。」

ニコ「……綺麗だったなぁ。」

主人公「……。」

ニコ「ん？　オレの顔に何かついてる？」

主人公「いや、ニコさんって、海以外のことを話すときも、そんな表情もするんだと思って……。」

ニコ「フフ、当たり前だろ？　オレは海のことを特別に愛してるけど、他のものだって愛してるのさ。」

ニコ「海が嫉妬するぐらい、熱烈に……ね。まったくオレは罪な男だよ。」