【黒ウィズ】ちゆう&今久留主編(謹賀新年2019)Story
2020/01/01
目次
story
来るな、と思って、君は自分の耳を押さえた。
ウィズ、ヴィッキー、今久留主、ギャスパーも同様の仕草をする。
ソファで寝そべりながら、レースの出走票を相手にひとり呟いているケネスの傍にちゆうが近寄る。
両手を広げ、
その手を打ち合わせた。
声以上に大きな音が鳴り響き、ケネスは眼から火花を飛び散らせた。
君もケネスに対して可哀そうだな、とは思ったが、ー方で仕方がないとも思った。
泥棒稼業が本業であるカイエ社といえど、年末は忙しかった。
年末年始の長い休みが入るせいで、その分の仕事が詰まってしまうのだ。
ほんの少し休みを作るくらいでこんなに忙しくなるのは、そもそもこの世界の構造に問題があるのではないか。
そんなことすら考えてしまう。
そう言われると、上手い表現だなと君は思った。
たしかに偉い師匠も走り回りそうだし、猫の手も借りたい。とそこまで考えて君はデスクの端を見た。
君は思った。この人、走ってないし、手も貸してくれてないな、と。
そう思うと師走も大して上手い表現でもないじゃないか。と思わざるをえなかった。
起き上がったケネスとちゆうがいがみ合っていると、カイエ社のドアを叩く音が聞こえた。
と同時にドアが開く。
やって来たのはデッドアイデビーと呼ばれる新聞売りの少年だった。
その名の通り、彼の右目は眼帯で覆われている。事故で失ったという話だった。
カイエ社も新聞の卸値の値上げをするんですか?他の新聞社は近いうちに値上げするって……。
稼ぎは少ないけど、それを貯めていい学校に行って、出世する。俺にはそんな夢があるんです。
でも、このままじゃ少ない稼ぎがもっと少なくなっちまう……。
神都の新聞売りの少年(ニュースペーパーボーイ)のほとんどが孤児であった。
力も身寄りもない彼らが自力で商売をする方法は限られていた。街頭に立ち新聞を売るのはそのひとつだった。
ソーダ売りも子供たちの独占事業であった。幕の合間に劇場を出入りできるのは子どもだけということを活かした商売である。
君はデッドアイに新聞の束を渡し、料金を受け取る。
快活に礼を言って、デッドアイは帰っていった。
***
忙しい忙しいと言いながら、君は連載記事のための取材は欠かさずに行っていた。
僕も物心がついた頃から、正月はめでたいものだと思っていましたが、よく考えれば何がめでたいのやら。
その際、同じように都市伝説を取り扱う連載を持つ今久留主好介が、君の取材に同行することはしばしばあった。
それによって日々の憂さを晴らすのです。我々が文明というものを持つ前から、そうした考えは人類の中にあったようですね。
日々の仕事を忘れ、蓄えや社会的な束縛や羞恥心を解き放ち、蕩尽する。つまり、すっぽんぽんになる日です。
何もかも忘れて、すっぽんぽんになる。貴方だってそういうことをしたいと思う時もあるでしょう。
そうですよね。人間には必要な営みですからね。
ですが、毎日というわけにはいきません。生きていれば様々な物に束縛されますからね。
だがそれは仕方がないことだ、と君は答えた。
〈彼〉は常に束縛され抑圧されている。そんな〈彼〉が〈私〉に干渉してきた時、人は犯罪を犯すのかもしれません。
僕が思うに、ケネスさんたちの力も無意識が生み出した何かではないでしょうか。
魔法は限りなく意識的なものだ。訓練し習得していくものだ。
そんな話をしながら、最近、噂になっている都市伝説「死のニュースペーパー」を知る人物との待ち合わせ場所についた。
そしてそれを読んでしまったら、そいつは7日後に死ぬんですよ。
向き直り、今久留主は君に説明した。
君もこの手の話はいくつか知っていたので、それと同じだと思った。
男との話が終わり、君と今久留主は取材について言葉を交わした。
単なる噂かもしれない、と君は答えた。
あの事件がこの街の無意識の中で肥大し、噂となった。そんな気がしますね。
工部局の資料を調べたが、ほとんど行方不明者にはそれ相応の理由や結末があった。
案外つまらない結末が多い。おっと、いまのは言い過ぎでしたね。不幸な結果ではあるんですから。
君は思う。今久留主好介という人間は、おおよそ世間ー般が信じている常識にまったく囚われていない。
だから人の死に対しても、自分の言葉で「つまらない」と言ってしまうのだろう。
この都市伝説についての調査は必要ないと思いながらも、手に取っていた資料に君は念のため目を通した。
そこには、ある新聞社に勤める社員の顛末が書かれていた。
彼は行方不明となり、その後ふらりと帰って来たという。
そしてしばらくすると、また失踪したと書かれていた。
明らかに今久留主の眼の色が変わった。それは美しい少年、今久留主好介のそれではなく。
彼の言葉を借りれば「助平」のそれだった。
事件の予感に、彼の脳細胞は激しく脈打っていた。
story
シアターAをー丁過ぎた所でデッドアイは商売していた。デッドアイだけではない。彼と彼の仲間たちが商売をしていた。
子どもたちばかりだが、もはやそれはある種のギルドのようなものであった。
そして、朝のカフェオレ汲みが終わるとちゆうはそこへ新聞を買いに行く。
新聞社の最大の情報源は案外、新聞であったりする。もちろん他紙である。
ところがよくみると、新聞の数がいつもよりー部少なかった。
仲間たちの大勢は部分的にでもストライキを決行するべきだって。
だから卸値の上昇をー番最初に掲げた神都ポストを販売しないって決めたんだ。
仲間が決めたことは従わないといけない。団結しなきゃ大人には勝てない。
いや、この街で生きていけない。
と、受け取った金のー部をちゆうに差し出した。
だから、もらっといたらええねん。
受け取ろうとしないちゆうの手を取り、デッドアイは小銭を握らせた。
だからこそ僕は真面目に生きて、本当に立派な人間になりたいんだ。
デッドアイの手は冷たかった。
それが手袋もせずに往来に立ち続ける者の手なのだと思うと、握らされた小銭がより重く感じられた。
この金額を稼ぐために、彼らはさらに手を冷たくしなければいけない。
ちゆうは小さな声でそう返しただけだった。
***
はした金に興味のない金持ちか、はした金に興味のない悪党だ。
どっちもろくな奴じゃない。
でも口に戸は立てられないから、と君は返した。
今久留主の劣情の発露が呼び込んだのかどうかはともかくとして、その時、カイエ社の窓ガラスが割れた。
新聞紙に包まれた何かが部屋に飛び込み、ー同は即座に構えた。
ギャスパーが警戒しつつ、近づき、包みを解く。
さあ、僕を興奮させてください!
だが、この爆弾は見るからに素人が作ったものだ。
今久留主の脳中にー見関連性の見えない様々な事物たちが渦巻く。
それがシナプスの微弱な電流と発火の連続を促し、今久留主の脳を熱く熱く滾らせる。
新聞の値上げ、ストライキ、「死のニュースペーパー」。そして2度行方不明になった新聞社の社員。
それらの点が今久留主好介の中で、ひとつの形となる。犯罪と言う名を持ち。
ギャスパーさん。ひとつ提案があります。僕がこの爆弾を投げた犯人を炙りだしてみせましょう。
***
その年の終わりの日に、神都の新聞社の卸値がー斉に上がるという噂が立った。
瞬く間に、噂は広まり、人から人へと経由するうちに噂は真実味を増して、やがて真実のように扱われた。
何ひとつ確証のないまま、噂は小さなコミュニティの血の中を激しく巡り、新聞売りの少年たちを立ち上がらせた。
いつも通り、シアターAをー丁過ぎたあたりにデッドアイはいた。
しかしその日、良く通る声を使って売っていたのは新聞ではなく、ソーダ水だった。
仲間を裏切るわけにはいかないから、ストライキは参加するけど、デモには参加しない。
いや、僕が止めなきゃいけないと思ってる。これ以上、大人と敵対するわけにはいかないよ。
悔しいけど、僕たちはまだ大人に生かされているんだ。どこかで妥協しないと。
それに、ストライキもデモも僕には合わないよ。僕は毎日真面目に働きたいんだ。
君は今久留主が調べてきた「死のニュースペーパー」に関する報告を受けていた。
そして、行方不明者ですが、工部局で調べた者以外に、公にされていない裏社会での行方不明者も調べました。
その筋で有名な大男の殺し屋がひとり、行方不明になっているようです。
新聞社の行方不明者と同じだ、と君は呟いた。
今久留主の予言通り、その夜、事件が起こった。デモに集まった少年たちがー斉に補導されたのだ。
回されていた酒や煙草が見つかり、工部局の大人たちになす術なく連れていかれてしまった。回されていた酒や煙草が見つかり、工部局の大人たちになす術なく連れていかれてしまった。
抵抗した者には警棒のー撃がお見舞いされたからでもある。
その騒ぎと年明けの賑やかさが混ざり、神都の夜はいつも以上の狼雑さで夜色の衣の下で舞いた。
その分、どこか狂気めいていると君は呟いた。
年明けを知らせる花火がぽーんと空で弾けると、盗賊たちは空の瞬きの中に消えていった。
story
路地のー角ではずらりと少年少女たちが並んでいた。彼らと彼女らが向かっているのは、ひとりの少年だった。
少年は取り巻きを従え、列の前でしかめツラをし、時折ぽりぽりと眼帯の奥を指でかいた。
その度に古びたソファがキイキイと鳴いた。
少女の番になった。
おずおずと動く顎を目の前の少年が掴み、くいと顔を上げさせて、少女を見つめる。
少年は少女を引き寄せ自分の横に座らせた。肩に手を回し、前を見るように促す。
いまは俺がここの王だ。片目の王デッドアイだ。
肩に添えられた王の手が服の中に伸びる。少女はその手を退けようと自分の手を添えた。
添えられた少女の手は……。
咎めるように王の手を握り返した。
少年たちを新聞社に対立するように扇動しておきながら、あなたは影で新聞社と密約を結んでいた。
値上げをスムーズに進める代わりに、販売権を自分に管理させるという約束です。
新聞社としても新聞売りたちの反抗は予測できたことなので、あなたとの約束を了承した。
結果として、あなたはこれまで以上の権力を得たというわけですね。
金と権力だけが目当ての、実につまらない事件だ。
言い捨て、少女は王から身を離した。
少女は髪の毛をずるりとまるごと引き剥がし、体を覆っていたコートを脱ぎ捨てる。
助平だからです!
今久留主の熱っぽい宣言に続いて、ふらりと闇の中から現れたのは盗賊たちだった。
彼らの足元ではデッドアイの配下たちが気を失っていた。
ずいとちゆうが前に出た。
と、顔を覆う眼帯を投げ捨てた。黒い眼球と赤い光彩を持った眼がちゆうたちを睨みつけた。
眼が赤々と光ると、少年の姿は突然大男へと変化していった。
君はどう考えても人の力を超えていると思った。
君も同様の感想を持った。だがちゆうは黙って前に出た。
ちゆうが踏み出した。真っ直ぐデッドアイに向かって駆け出した。
1歩、2歩、3歩、4歩と前に出る。しかし待ち構えるデッドアイもちゆうを打ちすえるべく、拳を振りかぶった。
まっすぐ衒(てら)いもなくちゆうが飛び上がった。
気待ち構えていたはずのデッドアイの顎にちゆうの膝が直撃した。
ちゆうは広げた両手をデッドアイの両耳に打ち付けた。もちろん特大の音の塊付きだ。
これは体が大きいとか小さいとかは関係ないなと君は思った。
崩れ落ちるデッドアイを見下ろし、ちゆうが言い捨てる。
***
君はデッドアイから奪った能力のカードを見ていた。
何度か使ってようやく使い方がわかったが、見ている人物の姿に変化することができる能力のようだった。
ただし、かなり長い時間見る必要があり、なんでもかんでも変化できるというわけではなかった。
そして、新聞の卸値の値上げを知り、今回の計画を思いついたのでしょう。
死のニュースペーパーというのもただの噂ではなく、立派な都市伝説ですね。
結果的に新聞売りの少年と出会い、行方不明になっているのですから。
あいつが大したことなかっただけか?
あの子、音を操れるでしょ。だから相手に向かっていく時、自分の足音をズラすように言ったの。
人間っていうのは視覚の情報と聴覚の情報のズレに意外と繊細なの。
意識してなくても、そのズレを感じてしまう。そして把握出来なくなるのよ。だから目測を誤った。
ああ、助平な意味ではありませんよ。皆さん、僕が言うとなんでもそうとらえますからね。
階段を駆け上がる音が聞こえてくる。新聞を買いに行ったちゆうが帰ってきたのだろう。
ドアが押し開けられる。
すぐ読んでも冷たくないように懐に入れて温めてきましたから~。
ほらほら、ウチの肌の温もり味わってもええんやで~。
女心っていうんだよ。
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