【黒ウィズ】ヴィッキー編(サマコレ2020)Story
開催日:2020年6月30日 |
目次
story
夏のある日の午後、ヴィッキー・ワンは華様影業公司の社長室に呼び出された。
午後からの撮影はなく、女優仲間と流行りのかき氷でも食べに行こうかと話していたのだが、突然の呼び出しで予定は変更となってしまった。
社長は言った。社長といっても、まだ若い。彼は神都の実業家シン家の長男だ。
そういう噂が立つと、シン家としては、あまり体裁が良くないんだよ。それで恋人のひとつでも出来れば……と思ってね。
どうかね?リウシャオとの交際は?つまりこれはシン家と関係できるということだ。
その名を聞いたヴィッキーは、むず痒いような表情をした。意外なところで知った名を聞いたからだった。
***
連合の共同自治区には大がかりな色街があった。妓館を中心に茶館、妓女への贈り物を売る商店などが並んでいた。
妓女の興味を引く物を売る商店である。その品質は街の中でも特に高かった。ギャスパー好みの高級品である。
それゆえ、昼間のうちにちゆうが買い出しに出されることは少なくなかった。
そんなちゆうの目に見慣れた女の姿が見えた。
妓館の前、下男らしき老人と話している。
そして、なじみのようにふたりは話している。
***
ケネスとギャスパーがいくらか目配せしてから、答えた。
ざっと108通りほどね。
ー同がわいわいやっているのを横目に、君は新しい都市伝説の資料を揃え、鞄に入れた。
君は、そうだよ、と返して、ドアノブに手をかける。
つまり、むっつり助平ということですね。
なんでやねん、と思いながら君は事務所を出た。
***
案内されたのは、広間のー隅にある席だった。
リウシャオはそこで酒も妓女も煙管もなく、ただひたすら卓上の紙とペンを睨んでいた。
あれは全部、U連邦の文法だ。たしかに彼の国は映画産業の母国だ。でも、それを我々がやる必要があるかい?
短い手足、低い鼻。似合わないんだよ。致命的にね。だから僕は自分たちの映画を模索している。
言うなれば、これは国民映画の創生なんだよ。映画は偉大な発明だし、U連邦の文化も偉大だ。
しかし、猿真似やお仕着せを続ける必要はない。我々は我々の映画を新しく生み出すべきだ。
リウシャオは立ちあがり、頭を掻いた。
といって、すぐにソファに倒れ込んでしまった。
いまなら海なんていいんじゃない?かき氷でも食べましょ。いますごく流行ってるみたいよ。
***
君はとある路地に立っていた。表通りにでれば、赤白黄色の提灯が明かりを灯しゆらりゆらり女の笑いに合わせて揺れていた。
今回、君が追うのは〈ムラサキ人間〉という都市伝説。と、〈人面猫〉である。
覆面とロングコート姿の男が突然、目の前に現れ、手袋の下の紫色の手を見せ、握手を求める。
ムラサキ人間と握手すると、必ず三日後に死ぬという。
ー方の〈人面猫〉はもう少し単純だった。猫の鳴き声を聞き、振り返ると、人の頭をした猫がいるというものである。
ふたつの都市伝説は奇妙なことに目撃現場が近かったり、同じだったりすることが多かった。
どちらも妓館と呼ばれる施設が並ぶ街の裏路地である。
この手の都市伝説は探せばいくらでもある。だが、それが妓館の近くという別の条件が加わると、格段に少なくなる。
なのに〈ムラサキ人間〉と〈人面猫〉は同じ条件が重なり続けた。
その可能性は高い。だからこそ、君は調査を始めたのだ。
ウィズがそう言うのを聞き、君はふと思う。
しゃべる猫はなんだろう……。猫人間だろうか。都市伝説になりそうな題材だな、と思った。
路地の入口から、影が伸びる。
君の視線はそれを追う。立っていたのは男だった。背申には猥雑な提灯の明かりと女の笑い声。
男は顔にぐるぐると何重にも布を巻きつけていた。それは覆面と呼ぶには粗雑過ぎた。
引き寄せてるのかもね、と君は答える。
男は手袋を脱ぎ捨てる。その手は紫色だった。次の瞬間には男は君に向かって飛び込んできた。
男の突きを君は手で払う。その技はヴィッキーのものに近かった。功夫というやつだろう。
突き、突き、蹴り。
君は距離を取り、それらをかわす。動きを見て、ヴィッキーほどの達人ではないと感じた。
君がカードを手に取り、反撃を試みる。が不意に強い眩暈を感じた。
ウィズのさきやき声も遠ざかるようだった。
耐えきれず片膝を落としてしまう。カードを掴んだ手が震えていた。地面の男の影が嗤いながら、近づく。
ごみ溜めをジャンプ台にして、ウィズが男へ飛び掛かる。
覆面にしがみつくウィズを男は紫の手で掴み、投げ捨てる。
ウィズの時間稼ぎの間に、君は態勢を立て直し、迎え撃つ。
良く通る叫び声で、人々が何事かと集まってくるのがわかる。男は路地裏からさらに路地裏に消えていった。
集まった野次馬の中に、君に笑いかける女性がいる。
ヴィッキーだった。なるほど良く通る声だったわけだ、と君はカードをしまった。
それにしてもあの眩暈はなんだったのだろうか、と君は目頭を抑えた。そして、また……。
感じの良くない眩暈がやってくる。それはもはや世界をまるごとひっくり返すように、君を襲った。
ケネスたちがヴィッキーに呼び出されたのは、翌朝だった。
その場所は、欲望やら淫らやら煙やら口にしづらいチョメチョメやらの巣窟・妓館であった。
ケネスたちはたじろぐことはなく、案内される館の中を進んだ。だが、年少組はそうはいかなかった。
ちゆうは良からぬものを目に入れまいと、両手で目を隠していた。だが。
指と指の間は道徳心と好奇心のせめぎあいから、小魚程度ならすんなり通ってしまう程、大きく広がっていた。
今久留主はというと、今久留主の好介たる部分がまさしく好介といった有様となり、広がる光景を目に焼き付けんとしていた。
そこに、二階へ続く大階段から下りてきたのは、ヴィッキーである。
ケネスが年少組の頭に手刀を落とす。
上階には長い廊下があった。廊下には房が並び、その中からは声が聞こえた。
握手を求めるように伸びる手は、なにやらリーリャの良からぬところに伸びようとしていた。
その手をヴィッキーが掴む。
今度はヴィッキーの良からぬところに手が伸びる。その手もいなすヴィッキー。
良からぬところを目指す手とそれを阻む手の応酬が続く。その素早さたるや、達人同士のそれであった。
それはともかく、もうひとりのお友達の意識も戻った。ついてくるがいい。
老人は足音を立てず、滑るように奥へと消えていく。
***
憔悴する君とウィズの前に、老人とヴィッキー、それにカイエ社のー同が現れる。
君は〈ムラサキ人間〉の調査で出会った男とひと悶着あったことを説明すると、ヴィッキーが君の腕を取る。
毒と解毒の釜に交互につけたその手はもはや触れるだけで相手を倒したという。
そのような者を街に放り出しておくわけにはいかん。功夫を守るのが我々の使命じゃ。
縁が生まれれば、あとは陰と陽の如く、混じりあうのみじゃ。
それから若者たち。くれぐれもここのことは内密にな。我々の素性は隠しておきたいんじゃ。
***
カイエ社へ戻るために路地を歩いていると、あることに気づいた。
頷きあうと、ー同は網目のように張り巡らされた路地に消えていく。追跡者が選んだのは。
振り返ると追跡者は隠れる様子はなかった。その男には捕食者の自信が隅々に漲っているのがわかった。
顔は覆面に覆われていようと。伝わってきた。
男は手袋を脱ぐ。紫の両手が闇の中に浮かび上がる。覆面の隙間から赤い口と白い歯が見える。笑っている。
ヴィッキーがパンプスを脱ぎ捨て、構える。
路地特有の饐えた空気に呼気が混じる。にらみ合うふたりの間に紫の手が揺れる。見計らうように……。
紫の手刀が飛んだ。
しかし、素早くベルトを抜いたヴィッキーは、即席の鞭でその手を撃ち落とす。
紫の肌が裂け、赤い血がこぼれる。
毒手の最大の欠点は、相手の肌に直接打ち込む必要があること。
服に覆われていないわずかな箇所にあなたは毒手を打ち込めるかしら?素人ならともかく、互角以上の相手に。
所詮は姑息な邪拳ね。人の虚を突くか、弱いものいじめしかできない。
さきはどまでの男の自信は、見る影もなく、今度はまるで捕食される者の如く、小さく見える。
と、そこに、ふらりと現れたのは、リウシャオだった。
及び腰ながら、道端の棒を拾い、構えるリウシャオ。
紫の男はにやりと笑う。事情は分からないが、捕食者の食い気が削がれたのだ。
ならば逃げるしかない。勝ち誇ったように、男は路地から去っていく。
ヴィッキーはくらりと倒れそうなリウシャオの背中を支える。
が、その顔は喜んではいなかった。やれやれといった様子と、獲物を逃した捕食者の顔がふたつあった。
逃げた男は闇の中で、その顔を見て、笑う。
足元で鳴く猫の頭を撫でる。
鳴き声は最後、悲鳴のように響いて、聞こえなくなった。
***
太陽燦燦。
神都には新たな夏の娯楽が生まれつつあった。海水浴である。
列強諸国からの文化流入により、夏の海での過ごし方が、旧来のものから変化しあった。
実質的な支配とはいえ、楽しめるものは楽しんでしまおうというのはどこの国にも共通するのではなかろうか。
どんな環境化であっても、人間というのは案外、平然と生きていく。
ほら、リウシゃオも日陰から出てきなさいよ。そんな所にいたら妓館と変わらないわよ。
といって、パラソルの外から出てこないリウシャオの腕をヴィッキーが取る。ぐいっと引っ張って、光に連れ出した。
同様に今年の夏に流行りつつあったのが、熱中症である。倒れたリウシャオを介抱しながら、つぶやく。
冷たいものかかき氷でも買ってきてあげるから、そこで休んでなさい。
急激な近代化は人の生活はもちろん人の心まで変えてしまう。それによって、人の人生も。
成り上がった者は恍惚と不安を、没落した者は喪失あるいは復讐心を。
しかし、そのどれもが近代的な心の在りようとは違う、別の何かではないか。
と、ヴィッキーは予感していた。どちらも手に入れた玩具か奪われた玩具に拘泥しているだけだ。
そんなことを考えるのは、復讐を掲げた自分の否定でもある。
心境の変化はおそらく、何も所有しない盗賊たちとの出会いから生まれたものだろう。
土地、国、物、家族、もしかしたら愛。すら持たない男たち。真に近代的な生き方とは彼らのような人々を言うのかもしれない。
近代的な物、近代的な人間、近代的な病……。
物思いにふけりながら浜辺を歩いているうちに、近代的な病に倒れる者を多く見かけた。それこそ異常なほどに。
ずっと気配があった。びんびんと夏の光のように、体を刺してくる。
***
たどり着いた寂しい場所。ヴィッキーは全身を衣で包まれた夏らしからぬ男を睨みつける。
覆面男は体を包む衣服を脱ぎ捨てる。ギラギラした太陽が照らしだしたのは――
驚驚驚!
全身ムラサキの体だった!!
人気のない砂浜にふたり、立つ。
ビキニ女と毒人間。陰と陽、互いに極限まで仕上げられた体に汗がにじむ。
***
自分が倒れたということも忘れ、なぜかリウシャオはヴィッキーを探し、砂浜を進む。
人込みから離れ、彼がたどり着いたのは、ビキニの女とムラサキ色の怪人が立つ場所。
なぜそこにたどり着いたか。それはもはや夏の太陽のせいとしか言えない。でなけれは縁があったとしか。
〈ムラサキ人間〉の突きと蹴りを距離を難し、かわす。相手の動作が終わった瞬間、ヴィッキーが出る。
左の拳が覆面で包まれた相手の顔面を捉える。追撃の右。捉える。
男はムラサキの体を揺らす。
ヴィッキーが左足を上げ飛び上がる。足を下ける反動で、右足と体のひねりを生み出す。
そして。右のつま先が〈ムラサキ人間〉の顎をかち上げた。
頭を中心にして、男がー回転し、地面に叩きつけられる。
リウシャオの瞳には、最新技術のハイスピード撮影の如く女と男のー挙手ー投足が、ゆっくりと夏の日の強い陰影の中で描かれた。
瞳というレンズを通して、脳というフィルムに焼きつけられる。
そして激しい戦いの最中に生まれるわずかな静寂の瞬間、我を失った鳩たちが空へ飛び立った。
白昼夢のような光景はまだまだ続いた。
紫色の腕をだらりと垂らしながら、男は立ちあがる。覆面は赤い血が滲んでいた。
男は顔を覆う布をスルスルとほどく。血と膿で汚れた布はまるで不倫快な舌のようだった。
夏の日に照らされた顔は紫色で膿にまみれ、頭髪は抜け落ち、鼻はなかった。
醜い肉塊に目と口が傷口のように走っている。血走った目がゴロゴロと踊った。
お前たちを緞せという使命を受けてな。これは復讐なんて陳腐なものじゃない。公衆衛生なんだよォォォ。
ヴィッキーは首を左右に傾け、コキコキと音を鳴らした。手繰るように拳が動く。
それが戦いの合図だった。男が踏み出す。
ヴィッキーはー歩も動かず、男の手刀を回し受ける。両手は触れずに手刀の周囲をー回りする。
すると紫の指先はヴィッキーの眼前でぴたりと止まった。
思わず男はもう片方の手で突きをいれるが、またもや同じように止まった。その理由は太陽が教えてくれた。
紫の手首がキラリと光る。透明の糸が巻かれていたのだ。
言うや否やヴィッキーは相手の腕をくぐり、男を投げ捨てる、倒れた男に目もくれず、傍の木へ飛び上がる。
糸はぐんぐんと伸びる。ヴィッキーが木の枝の上に来ると男の腕が持ち上がった。
と向こう側に降りると、男は高くつるし上げられた。毒人間は身もだえ、不気味な蜘蛛のように足をばたつかせた。
それともうひとつ。義のない復讐は、哀れなだけよ。あなたを見てると痛感するわ。
いまだ白昼夢の中にいたリウシャオには、ー瞬、女も男も重力が無くなったのかと思った。
しかしそれが何か目に見えない糸で吊るされているのだとなぜか理解できた。
それは非現実を現実に置き換えるための、姑息な考えのようにも思えたが、それこそがアイデアだった。
まるで頭に電撃が走ったようだった。違う。本当に走っていた。後頭部に激痛を感じる問もなく、リウシャオはその場に倒れた。
***
お。噂をすれば。
社長室の扉が開くと同時に、リウシャオが駆け込んでくる。
題して!『ビキニ功夫対毒人間』!完成すれば、真にこの国の映画と呼べるものになるよ!
あの『戦艦ボホードキン』のオゼットの階段並みにシーンになるよおい、なんだよ、なんで駄目なんだ!
そうだ……武術指導も探さないといけない。ああ、なんで妓館なんて通っていたんだ、僕は!あんな所じゃ功夫に出会えないじゃないか!
***
宗主に施してもらった施術のおかげで、君は数日後には全快した。
同僚たちに聞いた事の顛末を元に、〈ムラサキ人間〉の記事を書こうとしていたが、中々うまくいかなかった。
人間も気持ちのいい生き物とは言えないからな。
ケネスほど皮肉な意見は持っていないが、言いたいことはわかる。
都市伝説が人聞の闇だとすれば、否応なくそういった部分は出てくるだろう。
ー方で〈人面猫〉の記事についても迷っていた。こちらは少し別の理由だ。君はウィズを見た。
宗主曰く、人と猫では免疫が違うらしく、毒に対して思わぬ効果が現れるということだった。
〈人面猫)の真実とは、毒を受けた猫が人面ほど大きく顔が腫れた、ということだったのである。
ウィズには悪いが、この記事は絶対に書こうと君は思った。
神都ピカレスク | |
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