納豆・エピソード
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納豆のエピソード
内気だが、他の者と仲良くなりたいと思っている。
感情を表に出すことが苦手で、恥ずかしい時も嬉しい時もお面で顔を隠す。
お話を記録することが好き、世の中の全ての存在は意味があると信じる。
Ⅰ.記録者
「納豆、今日の見間、記録をしましたか?」
「…はい、御侍様」
普段なら、僕はお面をつけて自分の表情を隠す場面です。
でも今日は、そんなことに気を使う余裕はありません。
御侍様のシワだらけの穏やかな顔を見ながらも、心の奥底からかつてないほどの激しい感情が湧き出て来るのです。
「長年にわたり、貴方は私の代わりに多くの困難を見てくれたのですね。 それはとても大変な仕事だったでしょう」
御侍様は僕の返事にしみじみと領いて、いつものように周りの雰囲気を和らげるような笑顔を浮かべてくれた。
御侍様が視力を失って数十年、僕は御侍様の目となり、どこに行ってもその日に起きた全てのことを記録してまいりました。
記録用の巻物を何巻使ったことか... 巻物を積み重ねるほど、僕の心も満たされていきます。
知らぬ間に「記録」をすることは御侍様から託された任務というより、僕自身が心底楽しいと思える行為となっていました。
本当に起きたことでも、巷の噂話でも、どれもこの広き世界の魅力に満ちあふれています。
ここ数十年、僕はこうして充実した日々を生きてきました。
けれどこうして御侍様とこうして共に過ごす時間は、そろそろ終わりだろうと思っていました。
ーー碧空六日。
御侍様は西に向かって最後の座禅を静かに組まれています。
僕は御侍様の傍で、最期の一息まで見届けて、それを精細に記録しました。
それから僕は御侍様のお墓を立てました。
ここで記録することはこれで最後です。
僕は墓に向かって手を合わせて、御侍様とのこれまでを偲び、深くお辞儀をしました。
これから僕は、旅に出ます。
この世界はとてつもなく広い。数十年の間に僕が見た世界は、 ほんの一部に過ぎないのでしょう。
僕はもっと世の中のことを知ってそれを記録しようと思いました。
そのために、荷物をまとめて御待様に別れを告げることにしたのです。
生きる、老いる、病む、死す.人間の命は循環しています。 木から葉っぱが大地落ち、腐って他の木の養分になることと同じです。
残酷に聞こえるかもしれないけれど、 いずれは死する人の運命があるからこそ、世間ではこれほど多くの奇妙且つ感動的な物語が生み出されるのだと思います。
(全てのことにはきっと意味がある..)
僕は顔をあげて、 大きく深呼吸しました。
これから、もう僕の傍に御侍様はいない。けれどその想いはこの胸に宿る。
御侍様との想い出で胸が熱くなり、僕は自然と笑顔になりました。
「御侍様、僕....行ってまいります。」
Ⅱ.旅行者
今日中にグルイラオと光耀大陸の境を越える予定でしたが、残念ながら激しい雨が降り始めました。
森の中に霧が立ち込め、数歩先の視界もままならず、これ以上進むことは危険と判断し諦めざるをえません。
僕は本と巻物が入ったバッグを構えて、急いで山の中にある茅葺き(かやぶき)の小屋へ向かった。
小屋は狭いが、既にたくさんの旅人がいる。
みんなどこに向かっているのだろう?そこにはどんなストーリーがあるのだろう?
僕は記録する巻物と筆を持って、周りにいる人々を観察していると、小屋の片隅に僕と同じく筆と紙を持っている女性を見かけました。
彼女も僕の視線を感じたようで、巻物から視線をはずしてこちらを見ています。彼女は大きなメガネをかけています。
彼女はこちらにやってくると僕を見つめました。
「ど、どうも」
僕はちょっと気まずくなって彼女に会釈しました。
女性と喋る機会が少ないから、どうすればいいのか戸惑ってしまいました。
「あなたは何を書いているの?小説それとも日記?」
彼女が口を開きました。
僕は巻物を片付けました。
「今日の感想……日記のようなものでしょうか」
「朝なのに日記を?珍しいね」
彼女は何かを思い出したように考え始めた。
「私はタピオカミルクティー、旅をしている作家。よかったらあなたの文章を見せてもらえる?」
驚いた、誰かに自分の文章を見せるなんて……
「僕は納豆。べ、別に見たいなら構わない……けど」
「本当!?」
タピオカミルクティーが日記のような私的な文章を見せてもらえると思っていなかったようでした。
僕は巻物を彼女の柔らかい手の中に置きました。
「ど、どうぞ」
僕はちょっと緊張して汗をかいていました。
何年も書き続けていますけど、あくまで記録程度のものです。
僕は想像力があまりないので、良いストーリーでも何か面白さが足りない気がします。
彼女は本物の作家だから、きっとすばらしい文章を書くのでしょう。
良い書き方を教えてもらえればいいのですけれど。
Ⅲ.探宝者
「これは……面白いわ!」
タピオカミルクティーが感嘆しています。
「独自の視点でちゃんと記録されている。感動よ」
「世界の広がりが感じられるわ」
「え?ど、どうも……」
僕は顔が赤くなっているのを感じました。
は、恥ずかしい!もぞもぞとカバンに手を入れると、急いでお面を探しました。
「納豆さんの日記はきっとみんなの宝物になるわ」
タピオカミルクティーは満足して巻物を返した。
「納豆さんの日記と比べたら、私の作品はつまらないかも。もっと頑張らなきゃ」
「え……えっと」
「あなたは褒めすぎです……」
他人に褒められることに慣れていませんので、照れて燃えるように赤くなった顔に仮面を付けました。
タピオカミルクティーはある本を渡しました。
「ロハネとジュリア?」
「そう、冒険小説。これはサンプル、完璧だと言われたけど、まだ何かが足りなくって……」
僕は本を手に取った。
パラ…パラ……!パラパラパラ……
知らず知らずのうちに、僕はタピオカミルクティーが書いた本に引き込まれていきます。
なんて豊かな想像力にあふれた文章なのでしょう。
愛と冒険、感情がぶつかり合う。ストーリーがとにかく面白いのです。
読み終える頃、雨は止み光が地面に射していました。
旅人が一人一人小屋から出て行きます。
それでもこの本が面白くて時間を忘れ、夢中で読んでいました。
隣にいるタピオカミルクティーは無言で僕の感想を待っています。たまに何かを記録しているようです。
「すばらしい……」
僕はまだ感想がまとまらないまま本をタピオカミルクティーに返しました。まだ小説の世界にいるような不思議な感覚。
この感覚は必ず記録しましょう。
「本当?ありがとう」
「タピオカミルクティーの小説は本当の宝物だと思います」
僕は小声で呟いた。
もしタピオカミルクティーの文章が煌く宝石だとしたら、僕の記録などどこにでもある石ころに過ぎません。
「でも……」
「でも?」
タピオカミルクティーは興味津々で目を輝かせました。
「えっと……小説の中に『記録者』という組織があるでしょう。組織は大きいのに、それに関する詳しいストーリーがないみたい」
僕はできる限り感じたことを伝えた。
「旅行者と広い世界を探検する人が参加できる組織なら、そのメンバーも世界のあちこちにいるでしょう……」
「でも、この本に出てきたメンバーはロハネとジュリア二人だけ。もっとたくさんのストーリーを知りたいな」
タピオカミルクティーが言った。
「そうか!それだ!」
Ⅳ.創立者
「こんな意見で……よかったのですか?」
僕は不安になってタピオカミルクティーにたずねました。
書き足さなくても、ロハネとジュリアはすばらしい小説だと思います。
揚げ足を取るようなやり方で不快な思いをさせたくありません。
「助かったよ、でも――」
タピオカミルクティーは困った表情で言った。
「この小説は私が目で見た本当のことを書いているの。でも私、そんな組織聞いたことがないよ……」
彼女は途方にくれているように見える。
僕は彼女の気持ちがわかる気がした。
「じゃあ……作って……みるとか……っ!!」
「「そうだ!作りましょう(ろう)!」」
僕たちは同時に言った。
これが「記録者」という組織が生まれた瞬間だった。
「ようこそ。いらっしゃい」
梅酒の荷物を取って、中へ誘いました。
初回の「記録者のティータイム」は紅葉の館で行われます。
この一年間、僕はタピオカミルクティーと各地を回って、集会の招待状をいろいろな人に送りました。
幸いなことに、食霊の支援も得られました。
人数は少ないけど、集まれば賑やかになります。
僕は一人で旅行する梅酒と、変わり者の画家ホットドッグ、タピオカミルクティーは歌が上手なトッポギと、ダンスが上手なキムチを招待しました。
梅酒は最後に到着しました。彼女が腰をかけると、賑やかな集会が始まりました。
メンバーによって旅の趣旨が異なるので、それぞれ違う視点で物事を見ています。
型にはまらない、未知の魅力にあふれています。
メンバーたちが自分の見聞を述べると、世界は広い絵巻物のように僕の前に現れました。
各地の風土、人情、その裏にある隠された物語や楽しい逸話など、全てが僕を魅了しました。
自然の神秘、人間と食霊との絆、堕神とそれに対抗する意思……
全てが世界の広さを表わしています。
そして――
僕、あるいは僕たち「記録者」の目的と使命は決められました。
僕たちの運命はどうなるかわからないけれど、それぞれの視点で全てを記録し続けること。
僕たちが見た世界の美しさと残酷さを、人々に伝えること。
Ⅴ.納豆
「記録者のお茶会」は納豆とタピオカミルクティーによって創立された。それはいわば食霊たちのサロンのような場所だ。
メンバーは「記録者」と呼ばれている。
その組織は世間に対して中立な立場を保っており、メンバー同士、互いの考え方には干渉しない。
創立者たちは集会の六ヵ月前に招待状を送り集会の場所を決める。
招待状がなくても、旅や世界を探索することが好きな食霊なら、誰でもこの三年に一度行われる集会に参加することができる。
お茶会が終わると、納豆は「記録者」たちの話の内容を編集して、本を作って紅葉の館に保管する。
再会すると、彼女は必ず納豆のストーリーを聞きたがる。
納豆は喜んでうどんの隣に座り話しはじめる。うどんが飽きるまで。
納豆は一度決めたことは必ず守る。
それが「記録者」の全ての話を紅葉の館に保管する理由だ。
納豆は旅の中でタピオカミルクティーや梅酒のように、自分と似た性質の友達に出会うことはあったが、うどんのように自分の考えをはっきり伝える食霊に出会えたことは幸運だ。
彼はうどんが納豆を愛おしく思うよりも、うどんを大切にしている。
世界が歩みを止めない限り、「記録者」たちの旅も終わらない。
旅とはそもそも出会いと別れを意味している。別れもあれば、出会いがありそこにストーリーが生まれる。
納豆は一つの場所に留まらない。
彼は相変わらず全てを記録しつづけている。
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