マティーニ・エピソード
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マティーニのエピソード
本当の精霊ではないが精霊に負けない傲慢さがある。すべての精霊族に認められる王族。多情の見た目と違って、案外純情な奴。方向音痴、ティアラ大陸の文字がわからいない、精霊族の古文字しかわからない。
Ⅰ.帰郷
この巨大な枯れ木は本来はどんな青々と茂る様なのか、誰も想像できなかった。
天を突く大木は空を覆う一面の緑になり、森からのそよ風と葉は自然の音楽を奏でている。照りつける太陽も豪雨もそれを突き抜けず、庇護された一族の体に当たることができない。
木の幹に触れる。その懐かしい回路の流れを感じることができなかった。
私たちは母がいない。母樹は最初に私たちを守ってくれた存在である。
私が出てきた形は大部分の族人と違っていたが、彼らも喜んで私を受け入れてくれた。そして同じ族人であることを認めてくれた。
混乱の時代に、世界に失望した主神が神罰を下した。
その日から、すべての族人たちは自分が誇りに思っている元素魔法を失うことになった。
私の出現は、彼らの希望である。
私は神罰から長い年月の中で生まれた唯一力を再び使える存在なのだ。
私の力だけが、森の外で暴れている怪物たちを倒すことができる。
私と違って、族人たちは神罰の後で力を得る道を失った。
彼らはもう永久の生命を持たず、過去のような強力な魔法を使うことができなくなり、体内に貯蔵されている力は、彼らに最低限の生活を維持させるだけである。
私の出現は彼らに希望を与えた。
しかし、結局彼らを助けることができなかった。
母樹の下の石碑に、美しいカッパープレート体文字が一行一行と刻まれてある。それが私たちの言語であり、誇りらしい名前がそこに記載されている。
族人たちの体内の力が次第に枯渇して、相次いでこの世界に去った。族の長老から長い間置いたままの王冠を私にくれた。
私は王となった。
怪物を殺す以外何もできず、ただ族人たちが徐々に死んでいくのを見るしかない、役に立たない王なのだ。
体内の力を、枯れたように見える母樹に注ぎ込む。枯れた枝が風に吹かれてかすかな途切れ音を立ててまるで私の触れ手に応えているかのようだ。
「マティーニ!見てください!」
後ろでずっと静かだったテキーラが突然驚いて声を出した。彼は大きく目を見開いて母樹の小枝に指を伸ばす。
丸裸の枝に、なんと緑芽がかすかに出てきた。周りの木も、まるで同じ驚きを感じたように、揺れ始めた。
「以前アナタが霊力を注ぎ込んだ時は一度も起きたことがないのに!まさか......」
「彼らがまだ私を待っています」
「まだ努力が足りません」
Ⅱ.出会い
最後の同胞が力尽きた時、私は淡い光を放つ新芽を母樹の周りに植え付けた。
私は自分の弓を持って隠居していた森を離れた。
私は彼らの王として、必ずや彼らの願いを叶えよう。
まだ世界各地に散った同胞らがいる、きっと方法はある。
きっと彼らを守れる方法が。
あの森を離れて初めて、私は本で読んだ町、動物……そして人間を見た。
完全見知らぬ世界、まるで全てが私に大きな敵意を向けているような。
彼らとは似ても似つかない外見、相容れない服装、まったく異なる文字。
あぁ、そして変わった言語。
唯一同じなのは、森の周囲に現れる怖い怪物たちだった。
人間は私の同胞らと違ってとても脆い。
私の同胞らは大きな危険に晒されても、体内に残った力で自らを守る事が出来る。
力を使う事で寿命を縮めてしまうが、怪物を前にして為す術もない人間よりはましだ。
私は弓を引いて、人間の子どもを襲おうとしている怪物を撃退した。
「気を付けてください!伏せて!」
背後から聞こえて来た声によって、私は本能的に頭を上げてしまった。
怪物の触手がギリギリ私の頭の上を掠めた。
やって来た者は急いで突撃してきて、手に持っている変わった武器で怪物を倒した。
彼が怪物を倒した後、ホッとしたのか、身体を翻して私の方に向かって歩いて来た。そして人差し指で強く私の頭をつついた。
「伏せてって言ったじゃないですか!頭を上げないでくださいよ!」
彼の言葉からイラつきを感じ取る事は出来たが、彼らが使っている言語を理解する事は出来なかった。
「首を傾げてどうしたんですか?僕の話がわからないんですか!さっき危なかったじゃないですか!」
「私……怪物……戦う……」
「……あれ?本当にわかんないんですか?」
彼は驚いた顔を浮かべて私に更に近づいて来た。自分の帽子と顔を半分隠したマフラーを取って、私の周囲を数回回り好奇の目で私を見ていた。
彼は頭を掻いてから、私に向かってジェスチャーをしてきた。
「アナタ……寝る……場所……ある?」
私は彼のジェスチャーを読み取って、頭を横に振った。
森から出てから、初めて人間の町の近くに辿り着いた。
今まではほとんど野宿をしていた、まだそれほど暑くはなかったため、川の水も綺麗でそれで体を清めていた。
彼は私が頭を横に振ったのを見て、私の手を掴んで、町の方へと引っ張って行った。
町に辿り着くと、ナイフとフォークが描かれた建物の前に連れて行かれた。彼は私を引っ張ったままドアを開けた。
「女将!いつもの!この人にも同じのをお願いします!」
「あら、テキーラおかえり!はいよ、ミディアムステーキと特性果実酒ね!」
「あぁそうでした、お酒は飲めますか?」
彼は振り返って聞いてきた。そしてすぐ手で自分の頭を叩いた。
「あっ、わからないって事を忘れていた……」
彼は女将が持ってきた果実酒を私の前に置いて、私の顔を見た。
「飲めますか?」
私は果実酒の香りを嗅いで、彼が言っていた意味を理解して、頷いた。
Ⅲ.テキーラ
この見知らぬ世界には、独自の言語体系が存在する。彼らの言語は古い言語から変わっていったものらしく、私にもわかる単語が少し残っていた。
目の前でジェスチャーしてくれている青年と共に、少しだけ言語について勉強してみた。
「テ、キー、ラ」
彼は一文字ずつ先程女将が言っていた単語を復唱してから、自分を指した。
「テ……キー……」
「ラ、僕はテキーラです」
彼の笑顔で、私は少しだけホッとした。
この見知らぬ世界で私はどうして良いかわからなかった。そして認めざるを得なかった、テキーラの出現によって、少しだけ気が楽になった。
目の前の者はとても親切だ、最初は彼の熱心さを少し警戒していたが、すぐに彼に悪意がない事がわかった。
一番驚いたのは、彼も私と同じく霊力を使える事だった。
「貴方の同胞?いえ、僕は食霊です」
「食……霊?」
「そうです!食、霊」
私は彼に付いて神殿のような場所に向かった、私たちを迎えたのは翼を持っている者だった。
彼は私たちの前で多くは語らなかったが、テキーラは彼を見て少しだけ緊張していたように見えた。
「彼は?」
「彼には堕神を倒す能力がありますが、僕たちの言葉を理解できないようです。一人にさせるとあの人たちに襲われる危険性があると思ったので、連れて帰りました」
「……こん……にちは……」
「わかった、案内しよう」
この見知らぬ世界では、私一人の力では到底同胞らを見つける事も彼らの消えていく運命を変える事も出来ない。
だから、いくら不安でも、他の人の助けを求めるほかない。
少なくとも……彼らの言語と文字を学ばなければ。
「マティーニ、私に続けて読んで、ス、イー、ツ」
テキーラに連れてきてもらった場所には「食霊」がたくさんいて、彼らは私と似たような力を持っている。
まだ困惑する事ばかりだが、今目の前の大きな難題のせいで他の事を考える余裕がない。
ここに来てから、クロワッサンは私に彼らの言葉を教えてくれる者を多く用意してくれた。その上すぐ効果を出すためか、狂っている彼は私に宿題も出してきた。
「マティーニ!集中してください!怒りますよ!」
キャンディケインは片手を腰にあてて、もう片手で自分の杖を持って黒板を指した。
口を尖らせた彼女の可愛らしい姿は、同胞らの女性陣が見たらすぐさま抱き着きに行ってしまうだろう、しかしこの時私には彼女を眺めるための時間はなかった。
彼女はクロワッサンの味方だ、彼に時間が無い時は彼女が私の宿題の進捗を監督してくれる。
彼らのおかげか、しばらくすると私は彼らの会話を理解する事が出来るようになった。
任務から帰ってきたテキーラは教室の窓から中を覗いていた、笑いを堪えながら焦りを見せている私に向かって酒瓶を揺らした。
「ちょっと、授業はまだ終わってませんよ!マティーニ!」
Ⅳ.法王庁
テキーラのお酒の趣味は良い。
お互いが持っている酒瓶を合わせて、軽やかな音が鳴った。
私は手を後ろについて、木々の遮りのない空を見上げた。
同様に綺麗な夜空、風に吹かれて動く雲は綿のよう、明月は雲の後ろに隠れ姿が良く見えない。
手の中の酒瓶は抜き取られ、しかめっ面のクロワッサンは私たちの傍に来て、空を見上げ月を通して誰かを見ているようだった。
テキーラは急にかしこまって、手持ち無沙汰の様子で鼻先を触り始めた。
「僕……僕は一緒にお酒を飲もうと誘いに来ただけです!あとで僕自らが彼の宿題を見ます!」
「その事で来た訳じゃない」
お酒を飲んでいるクロワッサンはいつもの冷たさはなく、少しだけリラックスしているように見えた。
私の見間違えかはわからないが、クロワッサンの口角は少し上がっていた、しかめっ面より柔らかな笑顔の方が彼に似合っていた。
「マティーニ、これからどうするつもりですか?」
クロワッサンがこんな風にリラックスしている様子を私たちは見た事がなかった。彼は月を見上げて、目の底には青黒い何かが見えた。
テキーラの話によると、この広い法王庁はほとんど全て彼によって管理されていると。彼が疲れを見せている姿を私は初めて見た。
「他の同胞らを見付けたい、しかしまだ何の手掛かりも……」
法王庁の皆の事はまだよく知らない、ただ日頃から彼らは私を助けてそして友好的な態度を取ってくれているので、既に友人だと思えるようになっていた。
「なら法王庁に入ると良いです。法王庁は少しずつ勢力を拡大しています。情報収集も一人で探すよりは効率が良いでしょう」
「クロ……」
「私を助けると思って、どうでしょう?」
クロワッサンは私の方を見た、疲弊した彼の顔に私とテキーラも驚いた。
「法王庁はどんどん大きくなっていく、心の中にある欲望は法王庁に加入した事で減る事は無いです。信用できない人も増えた、だからあなたたちを探しにきました」
彼は顔を上げて、雲に完全に隠れてしまった月を見ていた、目の底にある嘆きと疲労によって、私とテキーラも慰めの言葉を発する事は出来なかった。
「法王庁に潜伏している暗黒分子が広がっていても、法王庁の安定のため、証拠がない以上私は手を出す事は出来ません」
彼の言葉から感じた孤立無援の寂しさは、森を離れてすぐの自分を思い出させた。世界と相容れない孤独感は心をも押し潰せた。
クロワッサンもそうなのか?
彼は私よりも差し伸べてくれる手を求めている。
「どうして、私を、信用している?」
「直観です、と言ったら?」
「……」
クロワッサンの目の底には淡い笑みが浮かんでいた、彼は私の少し歪んだ表情を見て笑い出した。
「ははっ、テキーラです。彼が私に言った、あなたは信用に値すると」
「それだけですか?」
「テキーラは私の信頼出来る仲間です。そしてあなたは彼が信頼した人、これだけで十分です」
クロワッサンは立ち上がって、気持ちよさそうに伸びをした。
「了承したと捉えますよ。私の休憩時間も終わりました、きちんと宿題をこなしてくださいね」
クロワッサンはいつもの冷たい感じに戻った、先程見せた笑顔は私たちの幻覚かのように思えた。彼は自分の服をはたいてから、私の返答も待たずに去っていった。
私はテキーラの方を見て、彼は私の視線に気付いたのか舌を出して私の肩に腕を回した。
「あぁ……ここにいれば、一人ではなくなります。残ったら良いですよ!助けてあげますから!」
Ⅴ.マティーニ
テキーラたちはわかっていた。マティーニは彼らとは少し違うと。
初めて彼に会った時、彼はティアラ大陸の共通語は話せないし、彼の口から出る複雑な音はこの大陸現存のあらゆる言語とは違っていた。
彼は努力してこの世界の全てに馴染もうとしていたが、彼の言動からは依然として不安が滲み出ていた。
最初は、テキーラと共にお酒を飲んでいる時しかリラックスできなかった。
この状況は、彼が正式に法王庁に加入してからも大きく改善される事はなかった。
本当に変わったのは、ある日の任務を終えて彼が法王庁に戻った時だった。明らかに徹夜したキャンディケインとイースターエッグが資料室の机に突っ伏していて、彼女らの目の前には様々な資料が積まれていた。
「あっ!マティーニおかえりなさい!見てください、見つけましたよ!」
イースターエッグの目の下は隈だらけで、長い間休んでいない事が見て取れる。彼は興奮しながらマティーニを引っ張って、目には褒められたい感情でいっぱいだった。
彼は机に置かれた本を除けて、大きな地図を広げた。地図には赤いバツ印が多く書かれていて、いくつかには丸が付けられていた。
「これは……?」
「クロワッサンから同胞を探している事を聞きました。ぼくとキャンディケインはずっと法王庁にいるので、資料を探す手伝いをしようと思いまして、あとフィッシュアンドチップスたちからも色んな情報を貰いましたよ。環境の情報や人口などのデータを見比べた所、丸が付けてある箇所が、同胞がいる可能性が高い場所だと思います!」
イースターエッグは自分の得意な事を話している時はいつも我を忘れてしまう、そのため彼はマティーニの表情に気付く事は出来なかった。
マティーニは俯いて、長い指で大きな本当に大きな地図を撫でた。
赤いバツ印の横には異なる筆跡で色んな文字が書かれていた。
――ここは堕神が多く、生活には適していない、間違った噂だ。
――ここの噂は作り話だった、人目を惹くためだけの物、調査済み。
「あっ!い、いや、わざと噂を教えなかった訳じゃなく……ただ……ただ……」
――精霊に関する噂は多過ぎて、一人では調べ切る事は不可能だ。
マティーニは急に不安になったイースターエッグを見て、心の内で彼の言葉を続けた。
「ありがとうございます」
マティーニが誤解していない事に気付いて、イースターエッグはホッとした。そして慎重に地図を巻いてマティーニに手渡した。
「丸を付けた所に行ってみてください!これなら目的なくあちこち行ったりする事はなくなるでしょう!ぼくたちも引き続き頑張ります!」
イースターエッグは爽やかな笑顔を見せていた、キャンディケインは疲れ切って眠ってしまっていた。
マティーニは手の中の地図を撫で、再び顔を上げた際見せた笑顔はイースターエッグが今までに見た事のない物だった。
マティーニの心からの笑顔によってイースターエッグの胸の内にあった最後の不安が取り除かれた。彼は手を伸ばしてマティーニの弓矢を受け取った。
「早く休んできてください!武器は修理しておきます!」
資料室から追い出されたマティーニは、また忙しく動き始めたイースターエッグを見て複雑な表情を浮かべていた。彼が振り返ると、クロワッサンの姿が見えた。
「貴方の指示ですか?」
「あなたの話を聞いて、皆自発的に行動し始めました」
マティーニはクロワッサンの淡い笑みを見て、我慢できず拳でクロワッサンの肩を叩いた。
「同胞らを見つけた後も、ここを家だと思っていてくれると良い」
「……言うまでもない」
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