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杏子飴・エピソード

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杏子飴のエピソード

食べ物を食べている間は心から安らいでいるので穏やか。しかし口に何も含んでいないと「怒髪天モード(湯葉あんかけ命名)」の姿になってしまい、暴走してしまう。現在はナイフラストの極雪山に小屋を建てて暮らしている。湯葉あんかけと共に、幻のあんず飴「虹飴」を求める冒険者や王様の冒険サポーターを仕事にしている。

それまでは召喚された御侍に捨てられたのち、十年程極雪山であんず飴を自給自足する引きこもり生活を送っていた。



Ⅰ.生まれてから捨てられるまで


☆Ⅰ―1

僕の御侍様はナイフラストの食材探し専門の冒険家だった。

各地を旅して、珍しい食材を集め、それを売ることで生計を立てていた。

そして巡り巡って、幻のあんず飴「虹飴(にじあめ)」を求めて、虹飴が存在すると噂された様々な雪山を冒険する事になった。


その冒険の中、とある雪山で氷柱の中に埋まっているあんず飴を見付けた。

彼は氷柱を解凍し、凍り付いたあんず飴から僕を召喚した。

彼は大喜びした。何せ幻のあんず飴である「虹飴」から食霊をしたんだ、とても役に立つ食霊が手に入ったと思ったのだろう。

だけど、実際はそのあんず飴は「虹飴」じゃなくて、どこにでもあるあんず飴だったんだ。

でもその事実を知っているのは『あんず飴から産まれた食霊』である僕だけで、彼がその事実を知ることは最後までなかった。僕を捨てる最後の日までずっと僕の事を「虹飴から産まれた食霊」だと思ったままだった。


☆Ⅰ―2

僕は御侍様の大きな屋敷で、彼と彼の奥さんの身の回りのお世話をする日々を送る事となった。でも不器用な僕は料理も洗濯も庭掃除も、何一つ上手にできなかった。

なので結局そういった仕事は御侍様の奥さんがする事になった。

「まあ、家事ができなくても戦闘では役に立つだろ!」

そう言って御侍様は僕を冒険に付き添わせるようになった。


だけどその冒険でもあまり役に立てなかった。「通常時の」僕は霊力も低く、性格上好戦的でもなかったので堕神や猛獣達の攻撃を回避してばかりだった。

二、三回冒険を繰り返した段階で御侍様は僕に呆れ初めていた。

だけど四回目の冒険でソレは起こった。

堕神の攻撃が僕の顔に命中し、咥えていたあんず飴が吹っ飛んだんだ。

「オイ!テェーメェー……」


☆Ⅰ―3

俺は敵をあっという間に殲滅した。御侍の野郎は俺の豹変に驚愕し、同時に俺の強さを見て喜色満面なツラをしていた。


ちなみに俺は「キレ症の姿」……いいや、後に出会う事になる湯葉あんかけという男がつけた名だと「怒髪天モード」……の時の俺と「通常時」の俺は記憶が繋がっている。二重人格ではなくて二面性の類だろうと、食霊専門の精神科医に言われた。


「アメ、ア〜メ〜をよこせぇ!!」

敵を殲滅させた後、俺は理性を失い、口に咥えられる物を求めるだけの獣と化した。

杏子飴、お前何やってんだ……?」

何もない空を殴る俺に御侍の野郎が近づいた。

俺の拳は故意ではなかったにしろ、御侍の野郎の右頬に命中した。


結局その後、御侍の野郎は近くのギルドに救援を要請した。駆け付けた複数の料理御侍達とその食霊達によって、俺は腰に付けた予備のあんず飴を口に突っ込まれ、元に戻った。


☆Ⅰ―4

あんな出来事があっても、暫くは御侍様は何回か僕を冒険に付き添わせた。だけど、「あんず飴を咥えた僕」は回避ばかり、「あんず飴を咥えていない僕」は敵を殲滅する事ができても、毎回暴走して、近くのギルドに救援を要請する始末。ギルドの人たちに僕と御侍様の顔と名前も覚えられてしまった。

二年もした頃には御侍様は僕に何もさせなくなった。ただ家に置いとくだけの、文字通り「ただのお荷物」となった。


☆Ⅰ―5

僕が召喚されてから十年の月日が流れた。

僕の代わりの食霊を召喚しようと八年近く試行錯誤しては失敗していた御侍様だったが、ある日突然、彼の悲願は叶った。

代わりの食霊を召喚する事に成功した。

生ハムメロンという名の食霊だった。

「大量の幻晶石を手に入れた甲斐があったぜ!」

その後輩の食霊を召喚して御侍様は吠えるように喜んだ。

お世辞にも食霊を召喚する才は低い御侍様はどうやら大量の幻晶石を使うことで自身の低い能力をカバーしたようだ。

それに僕という前例があったから、中途半端な召喚方法で役に立たない食霊を召喚したくないという気持ちもあったのかもしれない。


生ハムメロンは僕とは真逆で、家事の才も冒険の才も両方持っていた。

それでいて性格も明るく人当たりが良かった。陰気で内気な僕とは違って。


だけど……裏では僕にとても厳しかった。

「先輩、まだ掃除終わってないんですか?」

「先輩、冒険の荷物持ちくらいまともにやってくれませんか?」

「先輩、アナタ何やってるんですか?」

「先輩――――」


御侍様と奥さんが見ていない所では物凄く冷たい性格の食霊だった。

でも既に御侍様と奥さんの信用は彼が勝ち取っていた。そんな敗者の僕が彼の裏の性格を二人に訴えたって信用してくれるはずがない。

それに……彼は言葉が辛辣なだけで、僕の仕事を妨害してくる訳ではない。悪いのは仕事をちゃんとこなせない僕なんだ。


でも、彼の言葉の圧力に、僕の心は日に日に……ゆっくりと……圧し潰されていった。


☆Ⅰ―6

終わりは唐突にやってきた。

杏子飴、お前との契約を解除する。三日後、この家を出ていけ」

いつかこう言われる日がやってくるだろうと思っていたので強い動揺はなかった。

「はい」

こう答えるだけで他に特に何も言わず、僕は御侍様の部屋を出た。


僕の部屋に向かう途中、屋敷のリビングで生ハムメロンに出会った。俯いたまま、黙って彼の横を通り過ぎようとした所で、彼は僕に耳打ちした。

「先輩、大丈夫ですよぉ〜 これから御侍様のお世話は使えない貴方の代わりに僕が全てやりますぅ。僕は無能な貴方の代わりに召喚されたのですからぁ。安心して『ご隠居』!されてください〜」


今まで見てきた彼の表情の中で一番勝ち誇っていて、一番笑顔に見えた。酷い言葉とは反対に、彼の笑顔に醜悪さは感じず、いつも通りさわやかな感じだった。

そう……この人は酷い言葉を僕に投げつける時も、御侍様と奥さんに見せる表情と同じく、さわやかな表情を見せながら言うことができるんだ。故に、誰も彼の裏の顔に気づけない。彼の仮面の笑顔が崩れる所を僕は最後まで見なかった。


彼の残忍な耳打ちを聞いてから、僕の心は決壊した。

決壊したと言っても「決壊したのだろう」という推測でしかない。何故ならそこから数分の記憶がないからだ。

気づいたときには自室の姿見鏡の前にいて、気づいた時には左頬と両腕に切り傷があって、そこから血が流れていて、気づいた時には……左手に赤く染まったナイフが握られていたからだ。

「なに……?だれ……?」

姿見鏡には髪が逆立ち、鬼神のような形相の僕が映っていた。


☆Ⅰ―7

朝になっていた。ベッドから起き上がる僕。

「ハアッ……、ハアッ……」

動悸がする。嫌な夢を見た。

姿見鏡の前に立つ。左頬の傷も両腕の傷も消えていた。

あれは夢だったのだろうか?

でもリビングに降りて朝食を取ろうとした時の御侍様と奥さん、生ハムメロンの冷たい態度から、少なくとも僕がクビにされた事は真実だと分かった。あの傷の夢だけが不可解だ。


☆Ⅰ―8

三日経った。今日、僕は御侍様に捨てられた。

夜の満月の下の街路で、僕は十年間住んだあげく追い出された屋敷をしばらく見つめていた。

「生ハムメロン!お前は本当に『まとも』で良いな!アイツとは大違いだ!」

「いえ、そんな……」

「これからはアイツの気持ち悪い咀嚼音とキレ症、それに体温に悩まされずに済むわ!アイツが傍にいると寒すぎて冬は暖炉も意味なかったんだから!」

中から三人の声が聞こえる。

数分して僕は自分の心にけじめをつけ、屋敷を背にして立ち去った。


(十年付き合った最期がこれか……)

(仕方ないじゃないか。コレは僕の生命線だ。僕の「キレ症」は生まれつきだ)

(今度暮らすなら人間のいない所で暮らそう。御侍とあんず飴を天秤にかけて飴を取った僕にはそれがふさわしい)

悔しさで心の言葉が溢れて止まらない。涙を流しながらも、この後に及んで僕はあんず飴を舐めている。自分の弱さ、情けなさを余計思い知る。

それでも舐める口が止まらないのは、もはや本能なのだろう。


僕はこの時、決意した。アルバイトでも何でもして、旅費のためにお金を溜めて、この街から最も近い雪山である「極雪山」に向かおうと。雪山ならあんず飴の保存も効くし、何よりも誰にも会わないで暮らしていける。

雪山に住むことができる事こそ、寒さに強い食霊である僕だけの特権だ。


僕は『アルバイト』をする!


……でも今日この夜だけは、十年分の悲しみに浸っていてもいいよね。決断の実行は明日から……



☆Ⅰ―8

しばらく歩くと橋に差し掛かった。前方から何やらおかしな格好の男が近づいてくるのに気づいた。

両肩にトゲのついた肩パッド、両手にメリケンサック、不潔な髭、上半身は肩と腰をベルトで結んであるだけで裸同然の小太り、おへそのあたりに鬼の顔のバックル、極めつけは帽子の天辺を突き破って突起した虹色のモヒカン。

意味の分からない、この世の物とは思えない恰好の男だったけど、この時の僕は悲しみで一杯でその男の異常な見た目を正確に認知できなかった。


ただ、人が近づいて来ている事は分かっていたので避けようと右に移動した。

すると男も僕のずれた方に体をずらした。

「ドンッ」という音とともに男と僕の肩はぶつかった。俗にいう「当たり屋」だったのだろう。


「テメエこのクソガキャア!!どぉこ見て歩いてやがるんだゴオラァーー!!一発気合入れちゃるワ!」

男にぶつかった衝撃で僕の口に咥えるあんず飴が宙に吹っ飛び、地面に落ちた。

「オイ……テェ〜メェ〜……」


……このチンピラと僕のやりとりはフードファンタジー日本版公式Twitter2020年8月下旬頃に漫画として投稿されたらしいよ……。


Ⅱ .無職食霊とモヒカン

☆Ⅱ―1

ナイフラストから出るにもお金がなくちゃ何もできない。

とりあえず僕は隣の隣の隣町でバイトを始めた。場所をそこに選んだのは勿論、御侍様達に出くわさないようにするためだ。


色んな仕事をしてみた。飲食店、本屋、小売り、工場現場……。

どれもクビになった。

「お菓子を食べながら仕事するな!」

だいたい皆これを理由に僕をクビにした。


☆Ⅱ―2

「ハァ〜……」

昼間の公園。ベンチに座り、足股を大きく広げた姿勢で背もたれの後ろに両手をひっかけ、空を見上げた。あんず飴は手を使わずに口だけで操作しているので、周囲の人の目にはまるで咥えタバコをしている男のように、さぞだらしなさそうに映っているだろう。

「ねえお母さん! 昼なのになんであの人公園にいるの?」

「し〜!見ちゃいけません!」

子供の声がする。

(……僕、ダメ食霊だ……)

どんなに落ち込んでも空は青い。


「兄貴〜何されてんっスか〜?!」

また誰かの声がする。声が随分耳元から聞こえてきたので視線を青い空から声の方に向けた。

声の主の恰好は、両肩にトゲのついた肩パッド、両手にメリケンサック、不潔な髭、上半身はベルトで巻いてあるだけで裸同然、おへそに鬼の顔のバックル、頭部に虹色のモヒカン。

例のアイツだ。

「別に……何もしてないんだよ……」

「またまた〜兄貴くらい強ければ何でもできますでしょーに」


あの夜、橋の上でこのチンピラ男を倒した後、この男はすぐ僕に「舎弟にしてくれ」と言い出した。

僕は「イヤだ」と何度も言っているのにあの夜から2週間たった今でも毎日のように僕に付きまとってくる。



ベンチの上で大股を開いた姿で疲れきった僕の表情とは反対に目の前のチンピラ……仮にモヒカン男と名付けようかな……このモヒカン男は満面の笑みだ。

「あっしはずっと強い親分を探してたんでさぁ〜」

「そう……」

興味なかった。


僕のこの時の関心は「残りのあんず飴のストック」だった。御侍様の家から何本か持ち出していたがそれももうすぐ尽きる。

お金がなければ水飴が買えない。水飴が買えなければあんず飴が作れない。死活問題だ。

――そして何より、最終目標である「極雪山に向かう為の旅費」が手に入らない。あんず飴の保存が効き、なおかつ誰とも会わないで済む雪山で暮らすという、僕の最終目標の。


……それに興味ある無し以前に、こんな頭のおかしな恰好の男と一緒に街を歩きたくなかった。僕も御侍様から散々「お前はおかしい」と言われてきたけど、そんな僕の目線からでも、一緒に隣を歩いていて恥ずかしいと感じさせる恰好だ。


「前から聞こうと思ってたけどキミ、その恰好は何なの?」

公園を出て、街を無駄にふらつく事に決めた僕(一応貼り紙の求人誌には目を通そうと思っている)。

その背中について歩くモヒカンの方に首だけ振り向いて質問した。

「この服装ですかい? これはあっしが子供の頃憧れていた漫画のキャラクターをモデルにして自前で作ったんですぁ」

「そう……」

僕は再度前方に向き直る。

「まっ、待ってくだせぇ!」


☆Ⅱ―終

人の波の激しい市場を僕らは歩いている。林檎を売りさばく八百屋さんの姿等が見える。

「まだついてくるの?」

あれから一時間街をふらついているがモヒカンはまだ僕に付きまとってくる。


「あっしは、あっしは子供の頃虐めにあってたんでさぁ! 学校の机に落書きされたり、リュックを川に捨てられたり……途中で学校を辞めてずっと家に引きこもって二十年近く経っちまいました。 そんな自分を変えたくてこの強そうな恰好を……兄貴と一緒に入ればもっと強い自分になれると思うんでさぁ〜傍に置いてくだせぇ!」

モヒカンが僕に土下座した。その姿を見た行き交う人々の視線が一斉に僕らに集中する。


人々の視線に恥ずかしさを感じたけど、恥じらいの感情以上に、僕に土下座するモヒカンに対して気の毒さと共感の両方の感情があった。

(ふざけた姿の割に苦労してるんだな。それに、「人の群れの中の孤独」という点には共感できる)

僕の目下にある、彼の鶏のような虹色の髪を見ながら心の中で思った。

この時初めてモヒカンに少しだけ興味が湧いた。もう少し彼と一緒にいるのも悪くないという感情が産まれた。

「じゃあ、僕と一緒に仕事探してよ」

「……へ?」

「後、飲食店で働けないから髭は剃ってきて」




余談だけど一つだけ、モヒカンには凄い所がある。

あの夜、暴走した僕の口に僕の腰にある予備のあんず飴を突っ込むことができた、ただの「人間」である事だ。


Ⅲ .二人でバイト探し、そして試験試合

☆Ⅲ―1

1ヶ月近く、モヒカンと一緒に様々な仕事をした。

飲食店、本屋、小売り、工場現場……。

実はこの街はそんなに栄えている訳ではないので、職種は限られている。なのでやっている仕事内容自体は前と変わらなかった。

ただ違いがあるとすれば「知り合いと一緒に仕事をしている事」だ。

モヒカンは不器用な奴で、僕以上に鈍くさかった。

飲食店では食器を一日に百枚近く割り、工場現場では筋力も大してない癖に沢山の木材を一気に運ぼうとするせいで、落として親方さんに叱られて……。

彼は鈍くささを理由に僕は相変わらずあんず飴を仕事中に食べてる事を理由にクビになった。


☆Ⅲ―2

昼間の公園のベンチで項垂れる男が一人から二人になった。

「あっしら何がいけないんでしょ〜ね〜」

「……」

隣に座る、疲れ顔のモヒカンをじろっと見る。


……僕がどうしても腑に落ちないのは、どうしてこの街の職場では『トゲのついた肩パッド、両手にメリケンサック、上半身ベルトで巻いてるだけで裸同然、虹色髪モヒカン』のこの男の恰好が許されて、『仕事中にあんず飴を咥えている』だけの僕が許されないのだろう?という事だ。

「それにしても兄貴良くお菓子咥えながら流暢に喋れますよね!」

「……慣れだよ」


☆Ⅲ―3

またモヒカンと街をふらついた。時刻は昼過ぎ。

あんず飴のストックは後三本。

……ヤバイ。

このままだと、他の食べ物で我慢しなきゃいけなくなる。水飴のネバネバ感が僕にとって重要なのに……それにあんず飴以外の食べ物で「キレ症の姿」にならずに済むのだろうか? 試したことがないから分からない。りんご飴タンフールーのような、同じ飴というジャンルなら大丈夫なのだろうか?


「兄貴ぃ、このチラシ見てくだせぇ!」

モヒカンの声に反応して彼の方に振り向く。

彼は壁に貼り付けられた一枚の求人紙を見ている。

彼に近づき、彼の見ている貼り紙の内容に目をやった。

「只今ギルドにて冒険者のサポーター募集中……食霊大歓迎?……月収300万金貨?!」


☆Ⅲ―終

そこはギルドの試験会場と呼ぶには全く相応しくなった。ビルのオフィス内で椅子に座って紙の問題でも解くのかと思ったら、全く違った。何せ会場が闘技場だったから。

人のいない観客席がフィールドを円で囲い、上から選手を見下ろせる構造。下のフィールドは障害物一つない更地。

僕とモヒカン以外にも、約三十人くらいの受験者がいた。

たった一人の試験官の男を僕らで囲んでいる。


「よく集まってくれたでザンス!ミーが試験官のゴールド・ロット・ハヴァーでザンス!」

その男は金色の装飾が所々にあしらわれた服を纏い、彼のナマズ髭と太っちょな体型も合わせると『成金貴族』を連想させる男だった。


「本試験の内容は至ってシンプル!冒険者サポーターに必要な『心技体』をミーに示した、たった一名が合格ザンス。その為にユーら……殴り合うザンス」

最後の台詞でゴールド・ロット・ハヴァー試験管が醜悪な笑みを見せた。


彼の言葉を聞いて僕は得心した。だから「食霊歓迎」だったんだ。

この試験は本当に腕っぷし一つが採用基準なんだ。腕っぷしだけで競わせて、ただの人間が食霊に勝てる訳がない。

これじゃ「食霊歓迎」どころか、食霊であることは「必須」じゃないか。


「はあ?!そんなの聞いてねえぞ!」

「ギルドがそんな乱暴な試験して良いと思ってるのか?!」

他の受験生達が一斉に怒号を飛ばし始めた。

「黙らっしゃい!!」

ゴールド・ロット・ハヴァーさんが怒った。


「今回の試験要項にちゃんと目を通してここに来たんザンスか? 今回の冒険者サポーターの募集レベルは『超上級』! 本来『最下級』からコツコツと経験を積み重ねて『最上級』にしてやるんでザンス!だから『食霊歓迎』なんザンス!裏を返せば『ただの人間』なんて大して歓迎してないザンス! ビビった者は直ちにここから立ち去るザンス!」

それを聞いて僕は後悔した。ちゃんとあの紙を隅々まで読んでおけば良かったと。

ゴールドの怒声で受験生は皆無言になった。


僕は正面の試験官ゴールドを見据えたまま、背中側にいるモヒカンに語り掛けた。

「……モヒカン、早くこの会場から出て行って!」

「兄貴……でも……」

「キミが僕に勝てる訳ないだろ!!」

敢えてキツい罵声を浴びせた。この中に僕以外に食霊がいるとしたら、彼が仕事にありつけない以前に、彼の命が危ないからだ。

勿論、ギルドの試験なのだから命の奪い合いまでにはならないだろう。それでも『試験を行う上で仕方なかった不慮の事故』として、一生消えない後遺症を負う事になるかもしれない。

ギルドがそんな危ない組織な訳がないとも思ったけど、試験官ゴールドのさっき見せた醜悪な笑みが僕に悪い未来を予感させた。


僕は背中後ろにいるモヒカンを睨んだ。

きっその時の僕の形相は、「あんず飴を咥えていない時の僕」くらい怖い顔をしていたと思う。

「ア、兄貴! スミマセン!」

僕の一睨(いちげい)と、既に戦闘を始めた受験生三十一人の争う光景を前にしたからか、彼は大慌てで僕に背中を向けて、入り口の門に向かって走り出した。

(それでいいんだ)


背中姿がどんどん小さくなっていくモヒカンを見て思った。御侍様に捨てられたあの日から、例え相手が誰であれ悪い人であれ、話し相手がいてくれるだけで、それだけで、嬉しかったのかもしれない。あの「傷の夢」を見てから上手く自分の感情を整理出来ないから、「かもしれない」としか言えないけど。

短い時間だったけど、彼は多分、友達だったのだと思う。

最初にして、恐らく最後の友達。


彼の背中姿は完全に消えた。


「おいそこのガキ!よそ見とは随分余裕だなぁ!」

僕の背後で乱戦する三十一人の敵に視線を合わせず、モヒカンが走り去った入り口の門ばかり見つめていた僕は敵の不意打ちに反応できなかった。敵の拳が僕の左頬に命中――その攻撃で口のあんず飴が吹っ飛ばされた。


「おい!テェ〜メェ〜……」


余談だけどこの時僕の左頬を殴った男はガリガリの体型に『トゲ肩パッド、両手メリケンサック、虹色モヒカン』な服装だった。どうやらこの街周辺ではモヒカンは流行のファッションだったらしい。


Ⅳ.バトルロイヤルと湯葉あんかけ

☆IV―1

ものの三分もしないうちに受験生のうち三十人が脱落した。暴走する俺が敵を殴り飛ばしていったからというのもあるが、ある一人の男も受験生三十人を倒すのに貢献した。

ソイツは緑のネクタイと茶色のコート、帽子を纏い、スーツを着こなせる高身長とその整った顔立ちを合わせると「紳士」を連想させる男だった。

フィールドには気絶した受験生達の体が一定の間隔で横たわっているが、またま立っているのはこの男と俺しかいない。


実はモヒカンと俺以外の三十一人の受験生が戦闘を始めた段階で、俺はこの男の発する微弱な霊力を感じ取り、この男が人間ではなく食霊である事に気づいていた。そして通常時の「僕」の俺では、この男に勝ち目がない事も……。


「アメ〜アメを……アメをよこせぇ!!」

白目を剥いた俺の咆哮が会場に木霊した。その咆哮が波となってフィールドを振動させた。

帽子の男はポーカーフェイスを保ったまま口を開いた。

「まるで理性無き獣だ。その左頬の傷……なぜ出現したのかわからないがその傷が余計今の君の姿を獣のように思わせる」

帽子の男は俺の左頬に向けて指さした。

俺は「傷」という、俺にとって心のカサブタを破く程の力強い言葉……パワーワードに反応し、キレ症の姿でありつつも一瞬だけ理性を取り戻した。

そして左手で自分の左頬に触れた。確かに傷痕が存在した。

次に自分の右手と左手にも視線を送り、両腕の傷痕の存在にも気づいた。

そこで初めて俺は「あの夜の傷の夢」が夢ではなかった事を思い知らされた。

しかしそんな「理性的思考」はあんず飴を求める「本能」の海にあっという間に飲み込まれて沈み、消えた。


「アメ、アメ、アメ、アメをよこせ!!」

帽子の男に飛び掛った。

男はハンマーのように振り下ろされた俺の右拳を簡単に躱し、俺から距離をとった。

そしてコートを脱いだ。男が右手に持つコートは俺の方にはためいている。風もないこの会場であのコートのはためき方はあり得ない。おそらく何かしらの能力を使っているのだろう。

だが『理性のない、本能のみの俺』にそのコートの不自然さに気付ける余裕等ない。敵と認識した帽子の男に真正面から突っ込んだ。



☆IV―2

帽子の男との一騎打ちから三十分が経過した。

男は息を切らしているのに対し、俺には肉体的余裕があった。


男の戦闘方法は多種多様だった。

コートで見えないバリアを作る能力。

帽子を脱いで地面から水流を出す能力。

帽子を脱いで空中に星形の小隕石を生成する能力。

刺繍の入った透けた布を用いて数秒間透明になる能力。

そして隠し持った小型散弾銃……


三十分でこれだけの技を披露した。

だがこの男には致命的な弱点がある。「根本的な霊力が圧倒的に低い」事だ。

いくら技のバリエーションが豊富だろうとそれらの技に破壊力を持たせる霊力が無ければ、それは武器でも技でもなくただのサーカス芸だ。

対して俺の戦闘方法はこの男の真逆。技は拳一つしかないが「キレ症の俺」の霊力は「ギルド所属の料理御侍達従う食霊達が三人がかりでやっと牽制できる」レベルの霊力。

心技体で考えるならこの帽子の男は「技に徹した食霊」、俺は「体に徹した食霊」だ。


俺もコイツも強み丸わかり、弱点丸わかりのバランスの悪い食霊だが、同じ「偏りのある食霊」であっても俺に分があった。俺の「体」への偏りは帽子の男の「技」への偏りを凌駕しているからだ。


具体的に数値化すると、俺の「体」100、「技」を1とするなら、この帽子の男の「体」を3、五つの「技」の合計値を高く見積って30とする。

「技」と「体」を掛けた数値を総合霊力値と考えると、俺の総合霊力値は100×1=100霊力。帽子男は3×30=90霊力となる。

10霊力分、わずかながら俺の方が勝る。

同じ一辺倒でも、膨大な霊力を纏う俺の「体」は帽子の男の「技」を凌駕している。

……まあ、俺がこんな計算的な戦闘方法をするようになるのは、俺のキレ症の姿――後にこの目の前の男が付ける名だと怒髪天モード(完全に制御できるようになる遥か遠い未来――あるいはそう遠くない未来での話になるが。



「アメアメアメ、アメー!アメを……」

「ハァー、ハァー……どうやら私の負けのようですね」

息切れ状態で満身創痍の帽子の男は敗北を認めた。

だが次の瞬間――、

「ハイ! 試験終了ザンス! 今回の合格者は……0人ザンス!!」

会場から姿を消していたゴールド試験官はいつの間にか会場に戻ってきていた。そして試合終了の合図を高らかに叫んだ。


「なんですって!」

驚く帽子の男。理性の無い俺には事態を理解できない。

「この試験は勝ち残ったたった一人が合格ではないのですか?ならば彼が合格者でしょう?!」

「何勘違いしてるザンス?ミーは『冒険者サポーターに必要な"心技体"をミーに示した者』としか言ってないザンス。殴り合えと言ったが勝者が合格者なんて一言も言ってないザンス」

「そんな……理不尽です!」

帽子の男は初めて怒りを露わにした。

戦闘中は焦りや緊張こそ見せたが一度も怒りは見せていない。


帽子の男の咆哮を聞いたゴールド試験官は指でフィンガースナップした。その音は平穏な闘技場によく響いた。

すると試験官の背後に突如三人のフードを被った人……いや、食霊が出現した。それも地面から生えるように。

食霊だと分かったのは三人共途方もなく強大な霊力を身に纏っていた為、簡単に感じ取れたからだ。


フードを被る三人の食霊は手のひらを俺たち二人の方に向けた。

ソイツらの手のひらから目に見えない力が放たれたのか、俺たちの体は勝手に動き、地面に這いつくばった。

まるで周囲の重力を重くさせられたかのようだ。もしこの現象がヤツら三人の食霊の霊力を浴びせられた事で起きている現象なら、「霊力によって圧力をかけられている現象」

である事から、この重力操作の力に「霊圧」という名でも付けられるだろう。


「ユーら二人は、片方は『技』が、もう片方は『体』が申し分ない。ただし、二人共『心』がなっちゃいない!『心』を磨いてもう一度出直してくるザンス!半年後の再試験までごきげんよう〜!」


☆IV―3

夕方の港の海岸線。周囲には僕ら二人以外誰もいない。僕らの目には紅の夕焼け空が映っている。

「試合終わったのに君、なんで僕についてくるの?」

僕は振り向いて帽子の男――『湯葉あんかけ』と名乗った男に聞いた。


「あの試合は私の完敗でした。貴方のあの膨大な霊力……あの強さの秘密が知りたい」

湯葉あんかけの眼には真剣さすら通り越した、どこか執念に近い何かを感じる。

「知ってどうするの?」

「強くなりたいのです」

「強くなってどうするの?」

「超えたいのです……『湯葉の野菜春巻き』を」

食霊と思われる名前を出された事と、彼の熱い眼差しによって、僕は湯葉あんかけに少し惹かれ始めた。


僕の中の他の食霊は「ある一人の食霊」との思い出のせいでとても印象が悪い。だけど、この湯葉あんかけという食霊の熱い眼差しから邪気は感じ取れない。

「教えてよ、君の事を。そうしたら、僕も『僕の強さ』の秘密を話す」

「……いいでしょう。まだお名前を聞いていませんでしたね」

ここで初めて湯葉あんかけは微笑みを見せてくれた。

「……杏子飴


☆IV―4

湯葉あんかけは自分のこれまでの物語を話してくれた。

仲間の食霊達だった「湯葉の野菜春巻き」、「厚揚げ豆腐」、「あずき寒天」の三人との関係。

そして、何故湯葉の野菜春巻きと彼の御侍の元から去ったのか。何故厚揚げ豆腐あずき寒天のいる寺からも去ったのか。何故ナイフラストに来て冒険家サポーターの試験を受けていたのか。

詰まる所、「湯葉の野菜春巻きを超える為」が彼の行動原理らしい。


話を聞く中で、僕は彼の境遇に僕と似た所を二つ感じた。

御侍に召喚されたが役に立てなかったこと、後輩の食霊より劣っている事――この二つだ。

だけど、似た所を感じると同時に、僕は彼の方が全然幸福だとも感じた。

だって彼は、彼の御侍と後輩の湯葉の野菜春巻きに「彼の弱さ」を受け入れて貰えていたみたいだけど、僕はそうじゃなかったから……


彼は家を捨てたけど、僕は家に捨てられたんだ。


彼の物語を黙って聞いた後、僕も自分のこれまでの物語を湯葉あんかけに話し始めたり。

僕の話を聞く彼の仕草や表情は、特にリアクションを取る事なく、黙って相槌を打つだけの物だった。彼の話を聞いていた時の僕と同じようなリアクション。


僕の物語を全て話し終えた。彼は数秒無言のまま俯いてから僕に向き直った。

「貴方は……私に似てますね。御侍様のお役に立てなかったこと、そして後輩の食霊へのコンプレックス……この二つが」

彼も僕と同じ事を感じたようで彼は更に続ける。

「一方で貴方にはまだ人の役に立てる希望がある。貴方のあの暴走状態は食霊として凄まじい力を持った姿です。あの姿をあなた自身が完全にコントロールできるようになれば食霊退治には困らないでしょう。反対に私は戦闘面では役に立てない。先の試験でお見せした通り、私は『弱い』のです」


湯葉あんかけは僕との相違点を僕の視点とは別の角度から捉えていた。僕にとってその解釈はとても新鮮に感じられ、「そんな考え方もあるんだ」と感心させられた。


そして、とても励まされた。「あの姿をコントロールできるようになれば人の役に立てる」という言葉に。

……でもそんな事できる訳がない。

「僕のキレ症の姿をコントロールできる訳ないよ」

俯きながら、思いを口にした。

「キレ症の姿?それはあの姿の名前ですか?」

「うん。僕の御侍様や、色々な人がそう呼んでた」

それを聞いた湯葉あんかけは顎に手を当てながら、しばらく考え込んだ。彼の視線は果ての見えない海に向いていた。

そして、手を顎から離し、口を開いた。


「怒髪天(どはつてん)モード」

「え?」

「あの姿に『怒髪天モード』と名付けるのはどうですか?『キレ症の姿』なんてただの悪口ではないですか。もっと良い名前を貴方の周囲の人に浸透させるべきです」

成熟した大人の表情をずっと見せていた湯葉あんかけの表情がこの時だけは少し少年のように可愛げな顔に見えた。


「……『氷鬼』って名前は?」

特に深くも考えず提案してみた。

「鬼はダメです。怖そうな名前を浸透させるべきではありません」

「ああ、うん。じゃあ『怒髪天モード』でいいと思う。ありがとう」

どんな顔をすれば良いかわからなくて上手い表情を作れなかった。

でも、心の中では彼の行動が嬉しかった。一度僕のあの姿を見た人は、食霊は、皆僕を「いつ爆発するか分からないダイナマイト」のように扱ったから。湯葉あんかけだけだった、あの姿を見た後もこんな気さくに接してくれたのは。

ネーミングセンスはともかく。



☆IV―終

既に夕日は落ち、夜のとばりが下りた。

とても長く湯葉あんかけと話し込んでしまった。

「そろそろ帰宅の時間ですね。杏子飴、最後に言っておきます」

「何?」

「私は半年後あの試験に再度挑戦するつもりです。貴方も私と一緒に再度受けませんか?」

湯葉あんかけが右手を僕に差し伸べた。

「……あんな酷い試験だったのにまた受けるの? あんな人達の下で働く価値ある?」

「そうですね。確かに酷い試験でした。ですが私の目的は強くなること。それを達成するのにあの試験や、冒険者サポーターという仕事はうってつけなのです。それに、本当に居る価値のない組織だと感じましたら、ただ辞めて次に行くだけです」

彼の瞳には静かな熱意が満ちていた。

そんな彼の生きる姿勢に強さと憧れを感じた。


僕も彼みたいになれれば……「集団の中の孤独」に耐えられる強い心を持っていれば……。

彼は僕を誘ってくれている。変わるチャンスを与えてくれようとしている。

だけど僕があの試験を受けたのはお金目的だ。極雪山への旅費稼ぎのために受けただけだ。


その程度の気持ちで受けた僕には、彼の差し伸べてくれた手を握り返す勇気はなかった。

「僕は……いいや」

「そうですか……」

湯葉あんかけは悲しそうな顔で差し伸べた右手をゆっくりと引っ込めようとした。だが引っ込めきる前に止まった。

「貴方とはいずれどこかで再会する気がします。どうかその日までお元気で」

そう言ってまた真剣な表情を作り、再度右手のひらを差し伸べてきた。

僕は少し躊躇ってから、僕の右手のひらを差し伸べ、握手を交わした。


握手をしてから湯葉あんかけの表情が少し硬くなった。

僕の「氷の体温」に気づいたのだろう。もしかしたら、試験中の殴り合いでうすうす気づいていたのかもしれない。

彼の次の反応が怖かった。冷たさで手を引っ込められたらどうしよう、と。……だけど――

「涼しい手ですね」

彼は笑顔でそう言った。彼の右手はとても温かく、頼もしかった。そして握手を解いてから、彼はボウ・アンド・スクレープ……紳士のお辞儀を一回してから、僕に背を向け、去っていった。


僕は彼に「待って」と言いたかった。でも、彼の往く道と僕の往く道は違う事を分かっていたから、引き留められなかった。


本当は、彼を引き留めたかった。




そしてこの後、僕の極雪山での十年に渡る引きこもり生活が始まる。


Ⅴ.杏子飴

☆Ⅴ―1

極雪山で暮らし始めてから十年くらい過ぎた気がする。

気がするというのは、僕がこの雪山で暮らし始めてから時計を家に用意してなかったので、どれくらいの月日が経ったのか正確につかめてないからだ。



あの試験の後、僕はアルバイトをまた沢山した。クビになった回数は数え切れなかったけど、一年経たずになんとか極雪山まで行く為のお金を蓄える事ができた。



☆Ⅴ―2

「よし、『白神ノ息吹(ホワイト・ゴッド・ブレス)』、今日は何して遊ぼうか?」

「ワゥ〜!」

優しい雪の降る雪原の中、僕は白熊の頭を撫でながら彼に聞いた。

この白熊の名前は『白神ノ息吹(ホワイト・ゴッド・ブレス)』。この雪山で唯一にして、体感十年の時を一緒にいた僕の友人だ。


初め出会った時は喧嘩もしたけど、徐々に彼と仲良くなれた。彼と僕は会話できる訳じゃないけど、出会って二年くらいでお互い身振り手振りで気持ちを伝えあう事ができるようになった。


彼は凄いんだ。この極雪山を訪れた者の顔、匂い、声質等を一度見聞きしただけでずっと記憶できる。それが人間でも動物でも食霊でも堕神でも。

これを聞いただけでも僕が彼に「神の息吹」と名付けたくなった気持ちが分かるでしょ?



☆Ⅴ―3

僕がここに来て最初に驚いたのは「この極雪山の頂上にある『青洞窟』の中にある虹色の氷柱を解凍する事で、虹色に輝く水飴が手に入り、さらにそれを果実に絡める事で虹飴が完成する」……という事実を知った事だ。

僕はその虹色ち輝く水飴に「七色水飴(なないろみずあめ)」という呼称をつけた。


何故僕の御侍様が長年探し求めていた虹飴とこんな形で出会う事になったのかは分からない。僕が住処にこの極雪山を選んだのは何となく、たまたまだ。決してここに虹飴を作る材料が眠っている事を知っていたからじゃない。

……もしかしたら、御侍様は本当に僕を虹飴から召喚していたのかもしれない。僕が勝手に「御侍様は普通のあんず飴から僕を召喚したのだ」と思っているだけで。

あるいは、仮に普通のあんず飴から僕が産まれたのだとしても、あんず飴の食霊である僕を虹飴の方が引き寄せたのかもしれない。


僕が願うのは「『この極雪山に虹飴を作る材料である七色水飴が存在する』という事実が、これから先も世の中に明らかにされませんように」という事だ。

だって、この事実が明らかになったら、沢山の人間が七色水飴を求めてこの山に押し掛けてくるだろうから。僕のこの静かな生活が壊されてしまうかもしれない。



☆Ⅴ―4

今日は極雪に住んでから週一でこなしている「七色水飴の入手」のノルマをこなす日だ。

まあ、こなすと言っても誰かに強いられている訳じゃない。


七色水飴がないと果物に絡ませ、虹飴を作る事ができない。

虹飴が作れないと極雪山から少し離れた所にある町の市場で虹飴を売ってお金を手に入れる事ができない。

お金が手に入らなければ果物が買えない。

果物がなければ自宅に蓄えている七色水飴に絡ませて幻のあんず飴の虹飴を作って、食べられない。七色水飴をいくら持っていても、食べられない。七色水飴だけいくら持っていても果物に絡ませないで水飴のまま飲み込むと塩辛くて不味いだけだから。


つまり、僕は虹飴を作る技術を持ってるし、七色水飴を入手する事も簡単にできるけど、この極寒の地では果物が育たないから、村市場で取引して果物を入手するしかないんだ。

水飴があっても果物がなければあんず飴を作れないのだから、水飴の持ち腐れ……常識だ。




『白神ノ息吹』と共に曇り空の雪原を駆ける。

「ワゥ〜!」

右隣の『白神ノ息吹』が吠えて僕に知らせてくれた。堕神達が接近している事を。

『白神ノ息吹』は僕より五感が鋭いから僕の視界に堕神達が入る前に彼らの存在に気付けるんだ。

彼の遠吠えの合図から一分せずに彼らの視界に赤目六本足の堕神達の姿が映った。

だけど僕も『白神ノ息吹』も彼らとまともに戦う気はない。僕らの目的はあくまで堕神達の巣の向こう側にある青洞窟の中に眠る「七色水飴の氷柱」だけだからだ。

赤目六本足の堕神達はその鋭い爪で僕らに襲い掛かったが僕らは軽々と彼らの爪攻撃を避けた。そして彼らの頭を一匹一匹踏んづけながら無理やり彼らの真上を押し通った。



極雪山の頂上に着いた。青洞窟の入り口が見える。

ルーチンワークをこなすような速さでテキパキと青洞窟に入った。

青洞窟の中は虹色に輝く氷柱で埋め尽くされていた。

僕らはいつも通り袋を取り出し、氷柱を適切なサイズに削いで詰め込んだ。この虹色の氷柱は普通の氷柱と違ってゼリーのように柔らかいので簡単に削げる。

後は僕の自宅に帰るだけ。『白神ノ息吹』は僕の作る虹飴が大好物だから、こうやって惜しみなく僕のルーチンワークを手伝ってくれる。


☆Ⅴ―終

僕がここに住んでからの、『僕の体内時計で計った感覚』

での十年は、さっき述べた日課をこなすだけの毎日だった。虹飴を売ってお金を溜めて、果物を買って、その果物で虹飴を作り、食べる。その繰り返し。


人とも食霊とも十年会っていない。

いや、嘘だ。何の目的かわからないけどこの極雪山にやってきた人間や食霊はいた。誰に会っても出会い頭に攻撃された。

何でだろう? 多分僕が常に白熊である『白神ノ息吹』といたからかもしれない。

何で人も食霊も彼が熊だからって攻撃したんだろう? なんで彼と一緒にいる僕まで攻撃したんだろう?

……つまりどの人間と食霊に出会ってもロクに話す事もできなかった。

ここに来て、益々僕の人間嫌いや食霊嫌いに拍車がかかった気がする。いや、嫌いというより『怖い』が正しい。


でも待てよ?そういえば好きになれそうな人間も食霊にも産まれてから出会った事はある気がする。

あれは確かこの極雪山に来る前だったはず。

何せ(僕の体感では)十年も前の話だから記憶が曖昧だ。

確か人間の方は鶏みたいな頭で……名前は思い出せない。

食霊の方は帽子を被ってて名前は……ダメだ、思い出せない。


一方で……好きな人と食霊の記憶は忘れているのにちゃんと苦手な人と食霊の顔と名前は思い出せる。彼らのことを忘れられないのは、今だにあの『傷の夢』を見た夜の事が僕の中でトラウマになっているからだろう。

あの人間が僕に向けた『飽きたおもちゃ』を見るような目も、あの食霊が僕に見せた『仮面の笑み』も忘れられない。

だからだろう、この十年がそんなに寂しい十年と感じなかったのは。


集団の中にいる精神的な孤独より、この雪山で感じる物理的な孤独の方が苦しくない。

それに物理的にだって孤独じゃないかもしれない。『白神ノ息吹』がいるのだから。

言葉は通じなくても、人の形をしていなくても僕と彼だけは通じ合えている気がする。彼がどう感じているかは分からないけど。


「あ〜あ、最近昔の事を良く考えるなあ」

自宅のベッドで寝転がりながら独り言を漏らす。

「でもきっと『白神ノ息吹(ホワイト・ゴッド・ブレス)』も僕より先に死んじゃうんだろうなあ、熊の一生って何十年くらいだっけ?食霊より長生きできるのなんて亀くらいかなあ?」

また独り言を漏らす。

「『白神ノ息吹(ホワイト・ゴッド・ブレス)』が死んだら本当に独りぼっちになっちゃう。その時、僕は孤独に耐えられるかなあ?」


「ドンドンドン!!」


突然僕の家の扉をノックする音がした。

(誰だろう?『白神ノ息吹(ホワイト・ゴッド・ブレス)』はこの時間に虹飴をねだりに来ないのに)

しぶしぶベッドから起き上がって、扉に向かう。

ドアノブに手をかけようとしたその時――、

バアン!と強い音と共に扉が開かれた。

入り口には一人の男がゼーゼーと息を切らしながら立っている。


その男は緑のネクタイと茶色のコート、帽子を纏い、スーツを着ていた。全体的に「紳士」を連想させる男だった。

右手に水飴がベトリとへばりついている。だって僕の家、扉含めて全部水飴製の飴細工だもの。0度を下回る氷の体温を持つ僕以外の人が触れれば溶けてしまう。


杏子飴!やっと見つけましたよ!私はあれからあの試験に合格してナイフラストの冒険家サポーターの職務に就けました!そして現在私のギルドでは幻のあんず飴『虹飴』を求める冒険者のサポーターを募集しています!上司にそれを聞いて真っ先に貴方の顔を思い出しました!ナイフラスト各地で情報を集め、この近くの村の市場で『とてつもなく美味しいあんず飴を売りさばいている水色髪の男がいる』という情報を手に入れ、この家を特定しました!やはり貴方だったのですね!ぜひ君の力を貸して欲し……ゲホゲホッ!!」

長々と早口で語ったその帽子の男は咳をした後、その場に倒れ込んだ。

(誰だっけ?確かゆ……ゆば……ユバ〜……)



この後、僕はすぐに彼、湯葉あんかけの自己紹介で彼の名前と彼との記憶を思い出す。

そして、僕はこの山に虹飴を作る為の素材である七色水飴の情報を渡したくないので何回、何十回、何百回お彼の推薦を断る。

が、途中で折れる事になる。


彼の強引な押しで不本意ながらも冒険者のサポーターという職務に就き、十年ぶりにまともに人間と付き合う事になる。


そして湯葉あんかけの紹介の元、彼の三人の仲間の食霊に出会い……これを見てくれている貴方に出会う。六人の冒険が始まる。


僕と彼らと貴方の物語はイベントストーリー「雪山に咲く『虹飴』」へと向かう――。



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