盛華年・ストーリー・暗中飛躍(チキンスープ)
暗中飛躍(チキンスープ)
心配
まだ酔ってもよい今には、もう一杯飲もうじゃか。
茶楼
個室
辣子鶏:……八宝飯はともかく、どうして悪徳商人のお前もタダ飯食いに来てるんだ?
北京ダック:このように大きな機関城は、数人分の食事くらい造作もないでしょう?
ロンフォンフイ:あっ!!このシューマイうめぇぞ!マオシュエワンもう一つくれ!
八宝飯:あ、オイラも!!
マオシュエワン:もうないぞ!!店主!シュウマイもっとくれ!!
辣子鶏:お前たち……
冰粉:まあまあ、東坡肉の書画が売れて少し儲けが出ていますし、一食如きで我が機関城を食いつぶしたり出来ませんよ。
北京ダック:では、城主様ありがとうございます。
辣子鶏:悪徳商人め、ここについて来たのは飯を食うためだけじゃねぇだろ?
北京ダック:……
冰粉:気になさらないでください。何かお役に立てる事があるのならば是非気軽に仰ってください。もとより、玉京の動乱を解決するために参りました。
北京ダック:城主は賢い方ですね。吾はかつての敵を探しに参りましたが、吾一人ですと彼らにとって脅威ではありません。
北京ダック:しかし、小舎の友らとここに集まっていると知れば、彼らの行動はもっと隠密になるでしょう……もしかしたら……来る筈の奴も……来なくなるのでは……
ロンフォンフイ:アイツらいつもコソコソしやがって!オレたちがいるって気付くとすぐに隠れちまってよ!ネズミかよ!ウゼェ!
雄黄酒:ロンフォンフイ!口に物がある時は話さないでください!龍井、これで拭いてください。
西湖龍井:……問題ない。
八宝飯:だから、オイラたちに表に立って、あんたらの行動を隠して欲しいって事か?
北京ダック:その通りです。
冰粉:その様な計画を、某たちに伝えても良かったのですか?
北京ダック:城主が竹煙と小舎を信頼してくださるのなら、吾らも誠意を示すつもりです。
辣子鶏:――竹煙?
北京ダック:おや?竹煙が何か?
辣子鶏:…………あっ!!!!お前はあいつが言っていたくどくどしい悪徳商人か!!!!
北京ダック:……はい?
辣子鶏:……チチチッ……だけど、お前もあいつが言うほど女々しくはねぇな、さっぱりしていると思う。まあ、あいつの事はもういいや。それなら、彼らを牽制するのは、俺たちに任せろ。
北京ダック:城主の仰った方がどなたなのかわかりませんが、一先ず、城主には感謝を申し上げます……
辣子鶏:そんなのは良いって。ほら、酒を飲もうぜ。
真面目な話の後の騒がしさはまるで来る大戦の準備をしているかのようだった、小舎の者たちはすぐに機関城の者と仲良くなった。その後やってきた地府の者もロンフォンフイとマオシュエワンの情熱によってすぐに環境に馴染んだ。
全てが平和で美しい。北京ダックは静かに、笑っている者たちを見ていたが、笑みは少しずつ消えていった。
トンポーロウ:何じゃ?一緒に飲まぬか?それとも負けるのを怖がっておるのか?
北京ダック:……
トンポーロウ:今後の事を心配してるのか?
北京ダック:はい。今は楽しく笑い合えていますが……あの者たちがもたらす絶望は……
トンポーロウ:だからこそ笑うのじゃ。
北京ダック:?
トンポーロウ:そのつかみ所のない城主が言ったのじゃ。頭が良いように見える吾らは、実際はちっとも賢くはないとな。
北京ダック:……何故?
トンポーロウ:彼はいつも――
(明転)
辣子鶏:「楽しい時でさえ、将来楽しくない時の事を心配していたら、最早この世には楽しくない事しか存在しないんじゃねぇか?」と言っている。
(明転)
北京ダック:……
トンポーロウ:吾ら食霊は限りの無い命があるように見えるが、いつか消滅する日がやって来て、苦痛しか思い出せないのなら、僅か百年の人生を普通に楽しく生きる人間の方がましではないか?
北京ダック:……消滅する日……
トンポーロウ:屁理屈が過ぎるか?
北京ダック:……他にも何か言っていませんでしたか?
トンポーロウ:ああ、彼曰く、天が落ちて来たとしても、背の高い人が支える。彼がいる限り、吾らは心配なんぞいらん、とな。吾らが機関城にいる限り、彼は吾らの安全で安泰な生活を保障する。味方だと認める人なら、理由なんぞ問わず、守ってやる。
北京ダック:……
トンポーロウ:これが其奴が機関城の城主である所以じゃ。其奴のためなら、どんな危ない橋でも渡る。そして今、お主も其奴の友となった。賢い者よ、一緒に笑おうじゃないか?
北京ダック:……
トンポーロウ:明日には朱雀神君がやってくる。まだ酔っても良い今のうちに、もう一杯どうじゃ?
北京ダックが再び笑顔になったのを見て、東坡肉は手にしていた杯を彼に渡した。二人は赤く染まった空を見つめていた。
北京ダック:乾杯!
南翎
死にません。
繁盛している町中、玉京の商人たちはいつものように朝から屋台を出していなかった。塵一つない通りにはお祝いの赤い飾りが至る所に飾られていた。
夜は明けたばかり、まだ微かに寒さを感じるが、あたたかな赤い太陽は、地平線の彼方からゆっくりと昇った。
朝日が昇るにつれて、巨大な行列が地平線の彼方からやってきた。輿は無数の人が列をなして取り囲んでいた。彼らの歩みは整然としていて、ゆっくりで、微かに敬虔ささえ帯びていた。
兵士:朱雀神君のおなりーーーー
兵士の声と共に、城壁や建物の上に早くから立っていた人々の視線は、朝陽の中からやってきたかのような長い行列の方に向いた。
ただ、その隊列の先頭には、一人の青年が立っていた。輿の傍に立っていた明四喜は、目の前の赤い服を着た青年に向かって武器を振り上げた南離族を制止した。
明四喜:……城主様。神君を式典へ送っている最中です、通して頂けませんか?
辣子鶏:真の朱雀神君なら構わねぇよ。ただ、その中にいるのは本当の朱雀神君なのか?
明四喜:どういう意味でしょうか?光耀大陸の全ての民を欺いているとでも思っているのですか?
辣子鶏:お前らの企みなんざどうでも良い、俺は滅多にない弟弟子の頼みのためにここに来たんだ。もし本当の神君の継承者であれば、明四喜様が心配する事もねぇだろう?
明四喜:とは言え、神君を勝手に疑うのは四聖に対する不敬であり、神君こそ四聖が光耀大陸の蒼生のために降臨させた神使であります。城主様、どうか神君に指示を仰ぐのをお待ち頂けないでしょうか――城主様!!
カキンッ――
マオシュエワン:へへっ、失礼しました明四喜様!しかし機関城の城主に気安く触れるのはダメだ!
冰粉:申し訳ございません。少し失礼かもしれませんが、城主の邪魔をしないでください。
兵士:お前ら!
明四喜:城主様は我が南離族と悪縁でも結びたいのですか!
???:構わない、通せ。
明四喜:……神君。
???(朱雀神君):通すと良い。
輿からの声を聞いて、気が立っていた南離族の人々は武器を捨て、明四喜も戦意を収め、恭しく輿に首を垂れた。
明四喜:はい。城主様、どうぞ。
遠慮なく近づいていく辣子鶏は分厚い暖簾をめくって輿に上がった。彼の背後にいた離火は輿の上に立ち、その尾羽は巨大な障壁となり輿全体を覆い、外の世界と輿を隔てた。
明四喜は、何の物音も聞こえてこない輿を見て襲い掛かろうとする南離族を止め、行列を指揮して式典へ進むように指示した。この時、輿の上に座っているのが痩せ細っている顔色の悪い青年であると、辣子鶏は気付いた。
南翎:コホンッ、貴方が機関城の城主なのですね……
青年の声は弱々しかった、彼は息を殺して咳を抑えようとしたが、失敗した。それを見て、辣子鶏は思わず眉をひそめた。
辣子鶏:……その身体。
南翎:コホン、これは四聖の力を授かった代価です、気にしないでください。どうぞお座り下さい。
それでも辣子鶏は神君の前に立ち、自分の袖の中をまさぐった。しばらくすると、黄金色の毛玉が引っ張りだされた。
辣子鶏:モフモフ鳥!目を覚ませ!
南翎の困惑した視線の中、黄金色の毛玉は残像が見える程に辣子鶏によって振り回されていた。
モフモフ鳥:チュンッーーたす、ーー助けてーーー
南翎:そ、その、城主――それ、それは目が覚めたようです!!
辣子鶏:おお、目が覚めたか。デブ、これが朱雀神君だ。
モフモフ鳥:クソッ、俺様に成りすますなんざ良い度胸じゃ――ううう――放せーーうううう――
辣子鶏はモフモフ鳥のくちばしを掴み、これ以上声を出さないように簡単に制御した。そして南翎の前に無造作に腰を下ろし、神君の前にあるお菓子を遠慮なく食べ始めた。
南翎:……あの……城主……貴方は……
辣子鶏:お前は死ぬ。
南翎:……
辣子鶏:……その顔は、知っていたんだろう?……まえ、神君とやらは生贄みたいなもんだしな。
しかし次の瞬間、目の前の痩せこけた青年の言葉によって、辣子鶏は動きを止めた。
南翎:死にません。私は朱雀神君となって光耀大陸を守ります。これは朱雀様が残してくださった力です、私は必ず我々の故郷を守ります。
朱雀
人間はどうしてあんなに馬鹿が多いんだろ。
南翎:死にません。私は朱雀神君となって光耀大陸を守ります。これは朱雀様が残してくださった力です、私は必ず我々の故郷を守ります。
痩せこけた青年のその言葉は、身体が弱いせいかそれ程大きな声とは言えないが、揺るぎなかった。彼の両目は穏やかだったが、動揺はなかった。彼は自分の言葉と共に、もがいていた黄金色の毛玉の動きも止まった事に気付いていない。
辣子鶏:お前の身体は四聖の力に蝕まれている。まだ四聖の力を完全に受け入れていない今ですら、お前の身体は重荷に耐えかねている。式典の時お前に降りかかる力を、本当に耐えられるのか?
南翎:わかりませんが、耐えないといけません。
辣子鶏:どうしてだ?それはお前の身体を壊し、自分を失うかもしれない事を知っているくせに。
辣子鶏:その時のお前は、ただの神君の器に過ぎない。お前が誰であるかは誰も知る事はない。その瞬間、お前は朱雀神君となるのだ。
南翎:それが私の信仰。例え誰も自分の名前を覚えてくれなくても、私は自分の力を尽くしてこの土地を守ります。朱雀神君になって、光耀大陸の民を守ります。
辣子鶏:……人間にはどうしてこんな馬鹿が多いんだ。
南翎:はい?城主様……貴方のおめがねにはかないましたか……
辣子鶏:いや、そのために来たのではない、ただ……お前は自分の言ったことをちゃんと覚えてろ。
南翎:……私が言った言葉?
辣子鶏:お前は目障りじゃないからな、死にたくねぇならそれをそばに持っていって、絶対に離すな。
南翎:……これは……
モフモフ鳥:辣子鶏このチキン野郎め、俺様を他の者にやるのか?!
辣子鶏:黙れ!クソデブ鳥!
モフモフ鳥:誰がデブ鳥だ!俺様は尊い朱雀だ!!朱雀だ!
喧嘩をしている二人を見て、神君と呼ばれた青年は、金色の毛玉を手に持ったまま茫然としていた。
南翎:……城主様……こ……これは……
辣子鶏:そいつは自分の事を朱雀だと言ってる。信じるか信じないかは全て自分で判断しろ。だが、式典で死にたくなければ、それを手元に置くんだ。
南翎:しかし……継承式典の時……
辣子鶏:誰にも言うな、たとえ同族のやつにもだ。
南翎:……
辣子鶏:信じるか信じないかは好きにしろ、お前のような馬鹿の行く末を楽しみにしている。名前を教えろ。死んでもお前を朱雀神君と呼ぶのはごめんだ。
南翎:……南翎、南翎です。
辣子鶏:南翎か、また式典の時にな。
助っ人
信じるかどうかは、すべてはあなたの自由です。
少し離れた場所にある茶楼
辣子鶏のやっている事を全部見ていた雄黄酒は口を軽く開き、振り返って龍井の向かいで悠然と茶を飲んでいるリュウセイベーコンの方を見た。
雄黄酒:彼……彼は……そのまま突っ込んで行きましたよ?!藪蛇ではありませんか?
北京ダック:フフッ、流石機関城の城主、派手ですね。
リュウセイベーコン:ヤツは綺麗な顔をしているが、回りくどい事がすきなタイプではないからな。
ロンフォンフイ:アイツの事を気に入らなくてもやり合って勝ってねぇってわかってるのか。あの腹立たしい顔は、なんか見ていて気持ち良いな。ははははは!!
油条:調べた所、白虎神君の一族は最近、彼らの名で色々な物が玉京へと送られていたようだ。
北京ダック:つまり……やはり白虎神君の一族は、あいつらと関係が……
西湖龍井:やはり?
北京ダック:この前の戌衛郡の反乱は、白虎族によって事前に鎮圧され、その場にいた人々は老若男女問わず逆賊の罪名で皆殺しにされました。
豆汁:しかし、それが聖教とどう関係があるの?
北京ダック:聖教はどうやって戌衛郡の反乱を事前に知ったのかは知らぬが、戌衛郡はこれまでに何度も聖教の教徒を追放し、聖教を邪教と定め、必ず殺すようにしてきました。(しかし)その後、戌衛郡は聖教の重要な拠点となり、吾が手配した回し者も全て取り除かれました。
ロンフォンフイ:じゃ、今回オメェは……
北京ダック:吾が受け取った聖主の情報についての調査を、それと白虎族の情報も探ろうと。
西湖龍井:深入りすると危険です。
北京ダック:心配はいりません。虎狼の間に潜伏した経験があるので。それに、今回は……助っ人がいます。
西湖龍井:助っ人?頼まれますか?
北京ダック:多分……しかし吾にはこの機会を見逃せぬ。
数ヶ月前
茶楼
陽射しは窓枠を通り地面に格子を描いた。北京ダックが部屋に入ると、いつも読めない笑顔を浮かべている男は悠々とお茶を淹れていた。
北京ダック:……南離印館の……副館長?
明四喜:さすが竹煙質屋の北京ダックさん、どうぞお座りください。
北京ダック:間もなく継承式典が開催されます。明四喜様がわざわざ吾の所に伝言を送ったのは、もしや南離族の式典に吾らを招待するおつもりですか?
明四喜:その通りです。
北京ダック:……
明四喜:不才はよく存じております、北京ダックさんは賢者であると。不才も隠し立て致しません。此度の式典において、北京ダックさんのご助力を願っております。
北京ダック:南離族は人材が豊富ではないですか、何故吾が必要なのでしょうか?
明四喜:聖教への対抗策です。
北京ダック:……
明四喜:この光耀大陸で、北京ダックさんより彼らをよく知っている者はいるのでしょうか?
北京ダック:聖教は光耀大陸の至る所におります。たかだか小細工であれば、明四喜様はわざわざ吾をお招きにならないのでは?
明四喜:流石です。我が南離族が古物を捜し求めるために遺跡を渡り歩いてきました。そこで今回たまたま彼らの消息を得て、更に彼らの最近の目的を知ったのです……
北京ダック:目的?
明四喜:彼らの聖主に何かあったらしく、祈願によって生まれた神々をあちこちから捕まえているようです。そして今回彼らが狙っているのは、我が南離族の朱雀神君です。
北京ダック:……
明四喜:手を回して情報を仕入れた所、此度の式典は彼らにとって絶好の機会なようです。あの神出鬼没の聖主も正体を現し、式典に来るでしょう。
北京ダック:聖主?明四喜様のそのお言葉だけで、吾が信じると思いますか?
明四喜:信じるかどうかは、全て貴方次第です。不才は一日ここに留まり、返事を待たせて頂きます。
聖主
本当にいるのだろうか。
北京ダックは首を横に振って、ずっと付きまとってきている不安を抑え込もうとしていた。
???:ねぇ!!!!
後ろから突然襲って来た衝撃によって北京ダックは背筋を強張らせた。顔を出した麻婆豆腐と佛跳牆を見てやっとホッとした。
北京ダック:……お二人でしたか。
麻婆豆腐:北京ダック、やっぱりアンタだったね!そんな格好して、わからなかったよ!
北京ダック:少し用事がありました故、この服の方が良いのです。
北京ダック:彼女は用事があったため来ておりません。
麻婆豆腐:えっ、残念……小葱を連れて遊びに行こうかと思ってたのに。
佛跳牆:どうしたんだ、遠くからでも暗い顔をしているのがわかった。腹でも壊したのか?
北京ダック:冗談はやめてください。それより、そなたはどうしてここへ?
佛跳牆:継承式典だ、光耀大陸だけじゃない、グルイラオやナイフラスト、パラータからも人が来ている?俺がこの機を逃すとでも?
北京ダック:……吾を悪徳商人と呼ぶ連中に、そなたの振る舞いを見せてみたいですね。
麻婆豆腐:小葱の新しい服を買いに行くんだけど、一緒に行かない?
佛跳牆:いや、ちょっとこいつと商談があるんだ。
麻婆豆腐:そう、あたしは行くよ。
北京ダック:いってらっしゃいませ。
麻婆豆腐を見送った後、北京ダックは振り向いて怪訝そうに佛跳牆を見た。
北京ダック:商談?吾と何の商談をするおつもりですか?
佛跳牆:今回は本当に商談があるんだ。ただあんたの居場所がわからなくてな、まさかここで会えるとはな。最近どこに行っていたんだ、全然捕まらない。
北京ダック:あいつらの動きが盛んなので、こちらに来てからはそなたたちに連絡するのも難しい。
佛跳牆:まだあいつらを追っているのか?
北京ダック:はい、此度こそはその首領の尻尾を掴めるやもしれません。
佛跳牆:あれだけ追いかけて、あいつらの拠点を潰してきたのに、顔はおろか性別も姿形もわからないなんてな。どうやって今回の情報を仕入れたんだ?
北京ダック:……誰もその姿見たことはありません……
いくつかの断片的な情報が頭の中でぐるぐるとぶつかり合っているが、正解と言える組み合わせを見付ける事は出来なかった。
佛跳牆:あの聖主とやらは本当に存在するのか?あの信者共の金を騙すために作った作り話なんじゃ?
北京ダック:しかしそのような烏合の衆なら、聖教をこれ程までに発展させる力を持ち合わせているとは思えません。
北京ダックは眉をひそめた、それを見た佛跳牆は彼の背中を思い切り叩いた。
佛跳牆:その話は後にしよう、今は俺の取引先に会わせてやろう。
北京ダック:取引先?どうして吾に会わせるのですか?
佛跳牆:知らん、海の向こうから遠路はるばる光耀大陸までやって来た客人たちだ。光耀大陸の情報に最も詳しい者を指名していてな。地府の地蔵を引っ張り出せないから、アンタを探しに来たのさ。
北京ダック:海の向こうからの客人?
佛跳牆:ああ、重要な情報を持って来ているそうだ。
北京ダック:どんな情報ですか?
佛跳牆:だから知らん、その情報を話すかどうかは会ってから決めるってな。
北京ダック:これだけで、吾を探しに来たのですか?!
佛跳牆:いや、まぁ……結構積まれたからな。しかも……
北京ダック:しかもなんです?
佛跳牆:微かだが、あの人たちから堕神の気配を感じた。
通りすがりの人:いやあああ――怪物!!!
佛跳牆:あっ!あいつらが住んでる邸宅じゃないか!!!
神恩
わたしはグルイラオ神恩軍の軍団長ドーナツです。
邸宅を囲んでいた堕神を追い払い、佛跳牆は眉をひそめ、消えゆく堕神の死体を見つめた。
佛跳牆:白虎の力はやはり弱体化しているようだな。玉京ではこれまで一度も堕神が現れた事はないぞ。北京ダック、何を見ている?
北京ダック:この堕神たちは、彼らを狙っているように見えませんか?そして彼らの力は……なんだかおかしい気がします。
ドーナツ:彼らは皆、昔は食霊だったからです。
教典を仕舞った少女は、消えていく残骸の傍にしゃがみこみ、まだ完全に消えていない堕神の上に自分のマントを掛けた。
少女は俯きながら、残骸が消えていくのを見て、手を合わせて真剣に祈っていた。誰もが無意識に彼女を邪魔しないように口を閉ざした。少女の目元は悲しみに満ちていて、敵が残した体の傷など全く気にする事なく、自分なりに彼らを見送った。
再び立ち上がった少女の目に映るのは、決意だった。
ドーナツ:皆さん、こんにちは。私はグルイラオ神恩軍の軍団長ドーナツです。
全員屋内に入り、腰を下ろした。北京ダックは、光耀大陸では珍しい洋風の茶菓子を手にしたドーナツを見つめ怪訝な顔をした。
ドーナツ:少々お待ちください、シャンパン陛下とクロワッサン様はもうすぐいらっしゃいます。
ドーナツ:これはティアラ大陸全体に関わる事です。この光耀大陸で唯一信頼できるのは長年シャンパン陛下と貿易をして来た佛跳牆さんだけ。彼にあなたを探してもらいました。あっ、シャンパン陛下!こちらです!
シャンパン:おや?昨日辣子鶏と一緒にいた者じゃないか?お前が噂の、光耀大陸で最も信頼できる情報源だったとはな。
北京ダック:吾はただの情報屋に過ぎません。最も信頼出来る、というのは過大評価です。
シャンパン:謙遜することはないさ。佛跳牆のやつが一目置いているという事は、只者ではないのだろう。俺はただの仲介役としての役割を果たしたまでだ。
クロワッサン:長居するとこちらの動きを勘づかれてしまいます。手短にお願いします。ドーナツ。
ドーナツ:はい。
ドーナツは腰から透明な瓶を取り出した。その中には怪しい黒い煙のような物が蠢いていた。それは瓶の側面にぶつかり続けていた。
北京ダック:これは……?
ドーナツ:これはわたしたちが追い求めている存在。これに蝕まれた食霊は堕化し、あげく人間を守らなければならないという自分の役割さえ忘れてしまいます。
ドーナツ:人間もこれに同化されると、素敵な出来事を忘れ去り、悲しみと苦しみだけを感じ、世界を憎み始めます。
ドーナツ:同化された人間は自分の欲望を満たすために、忌むべき行いを……そして邪悪な者たちは集い、恐ろしい宗教信仰が生まれました。
北京ダック:恐ろしい……宗教信仰……
クロワッサン:古い書物を調べてわかったのですが、これは私たちの大陸のみで起きている事ではないそうです。おやその表情から察するに、なにか思い当たる節があるようですね?
北京ダック:仰る通りです。光耀大陸にも同じような宗教が古より存在しています。ただ……まさか光耀大陸以外にも存在しているとは……
クロワッサン:これは光耀大陸だけの問題ではありません。神恩理会と中央法王庁の長きに渡る調査によると、その存在は一つずつの個体というより、意識に似ているそうです。
北京ダック:……そなたたちはいくら探しても、その実体は見つからなかったのでは?
ドーナツ:北京ダックさんもやはりご存知なんですね?!数ヶ月前のある事件でようやくこう結論付ける事が出来ました。
北京ダック:吾も先程の話で確信しました。それで、そなたたちがこの光耀大陸までいらした目的をお聞かせ願いたい。
ドーナツ:わたしたちが関わったある日を最後に、その存在は姿を消しました。それはまるで……
北京ダック:まるで深手を負い、身を潜めたようだと?
ドーナツ:はい。そしてその後、邪教教徒らは続々と光耀大陸に移り始め、まるで何かに……引き寄せられているかのように……
北京ダック:どうやらその損税が危険を冒してまでこの大陸に来たのは、そなたたちが奴に大きなダメージを負わせたからなのでしょう。
ドーナツ:ええ。三ヶ月前、わたしたちは多大な代償を払い、やつに深い傷を負わせました。仲間たちもひどい怪我を負ってしまいましたが……ですがやっと、幻晶石で出来た瓶で貴重なサンプルを手に入れる事ができたのです。
北京ダック:……それがこれですか?
ドーナツ:そうです。ここ数ヶ月、これを持っているだけで、堕神たちは他のものには目もくれず、わたしにだけ襲いかかってくるようになりました。
北京ダック:それ故、先程から堕神らがここを囲んでいるわけですか。
ドーナツ:はい。抵抗出来ない一般人より、わたしを狙ってくれた方が好都合です。それより、この黒き霧は何かを探しているよう見えます。瓶に激しくぶつかってくるので、いくつも器を変えてやっと閉じ込めることが出来ました。
ドーナツ:今日ここに来たのはそのためです。これは一体何を探しているのか、どうすれば消し去る事が出来るのかを知りたいのです。
北京ダック:吾にひとつ……心当たりがございます……そしてそれは奴が危険を冒してでも、今回の継承式典に現れようとする理由でもあります。
ドーナツ:?
北京ダック:奴が欲しがっているのは……その巨大な力に耐えうるカラダ。そして、四聖の力にも耐えられる神君こそ……奴の狙いなのです。
状況を把握する
此度に願いしものが得られるよう祈ります。諸君、ご武運を。
ロンフォンフイ:何っ!あの聖主が神君を狙っているだって?!
佛跳牆:賢い選択だ、流石だと言うべきか。
雄黄酒:もし……彼らが本当に聖主のカラダを手にし、誰も気付くことがなければ……大変な事に……
北京ダック:左様でございます。さすれば、光耀大陸を守っている天幕も奴らの手中に落ちてしまいます……辣子鶏はさほど意外には思っていないようですね?
辣子鶏:え、ああ……何の話だっけ?
八方飯:辣子鶏、ボーッとしてただろう?
辣子鶏:ボーッとしてねぇよ!俺は考え事をしてたんだ!
八宝飯:その頭で????考え事????冰粉さん――――こりゃあ機関城が落っこちまうよ!!!!
辣子鶏:お宝のことしか頭にない守銭奴に言われたくねぇ!!!
冰粉の一言で、袖をまくり喧嘩しそうになっていた二人は、相手の顔も見ずに静かに腰を掛けた。
北京ダック:フフッ、城主様は相変わらず大らかな性格で羨ましい限りです。
辣子鶏:さっき話していた、ええと、聖、聖……なんだっけ?
マオシュエワン:聖主だ。
辣子鶏:それそれ、聖主。奴が神君のカラダを狙ってるのか?
北京ダック:左様。地府の諸君が白虎神君の住居を見張ってくださっています。ですがそもそも白虎神君が狙われているのか、それとも朱雀神君が狙われているのか、未だわかりません。
辣子鶏:お前なら、今にも壊れそうなカラダに目を付けるか?
北京ダック:その心は……?
辣子鶏:大人の食霊しかいないし単刀直入に言うが、そりゃあ全部欲しいよな?一つ使って、スペアもとっといたほうが安心できるだろう?
北京ダック:……
八宝飯:緊張感のない事しか言わないと思っただろう?大丈夫大丈夫、オイラたちはもう慣れた。そいつは無視して話を進めてくれて良いぜ。
辣子鶏:八ーー宝ーー飯!!!!!
北京ダックはすぐに機関城と地府の騒がしい雰囲気に慣れた。彼は背後で駆け回る二人を気にすることもなく、東坡肉が淹れてくれたお茶を手に取った。
北京ダック:城主の言う通りです。吾ならば、標的を一人に絞ったりしません。
西湖龍井:そうだとしても……
北京ダック:まあ優先順位はありましょう。先程城主が仰った話のように……彼らの第一目標は決して弱っている白虎神君ではありません。龍井、陰で白虎神君を守っていただけませんか。
雄黄酒:わたくしがお供いたしましょう!
ロンフォンフイ:みんな行くのか?!オレも連れてってくれるよな!!なあ!!
西湖龍井:…………
ロンフォンフイ:あ、ため息ついた?!ついたよな?!!!なんでため息なんかつくんだよ?!!オレは邪魔にならねぇだろう!!!!
北京ダック:なら朱雀神君の方は吾が……
辣子鶏:朱雀神君は俺に任せてくれ。
北京ダック:……城主様?
辣子鶏:ちょっと用事があってな。頼む。
辣子鶏の珍しく真剣な眼差しを見ると、北京ダックは口にしようとした言葉を飲み込み、軽く拱手した。
北京ダック:それでは吾は引き続き玉京に潜り込み、情報を集めて参ります。
北京ダック:継承式典は明日です。願いしものが得られるよう祈ります。諸君、ご武運を。
信じる
すべては最後に訪れる平和のため。
タッタッタッ――
黒服の人:聖女様。
チキンスープ:確認してまいったのか?
黒服の人:はい、隅々まで。あの色白野郎は確かに玉京の下に様々なものを仕掛けています。
チキンスープ:続けよ。
黒服の人:はい、聖女様。あの野郎は一体何が欲しいのですかね。南離の者なのに何故我々に協力して継承式典の邪魔をするんですか?
チキンスープ:あの人は自分のことを、南離族だと一度も思ったことがない。
黒服の人:……しかし、奴のしてきたことは南離の地位を固めるためなのではありませんか?反逆する郡守の掃討といい、此度の白虎神君への裏切りといい。
チキンスープ:それは彼の求めているものが南離よりも大切だという証。
黒服の人:では奴は我々を……
チキンスープ:問題ない、例え裏切られても、他に手はいくらでもある。今度こそ……聖主様をこの世に降臨させますわ。
黒服の人:聖女様万歳!
(明転)
ヤンシェズ:……
明四喜:お帰りなさい、ご苦労でしたね。
ヤンシェズ:……
明四喜:全て滞りはありませんか?
ヤンシェズ:はい。
明四喜:何故、苦労して集めた朱雀神君の神物を全て使い果たしたのか、まだ理解できないようですね?
ヤンシェズ:時間をかけて集めて……あんな連中のため……もったいない。
明四喜:ヤンシェズ、本当に良い子だ。貴方がいなければ、この計画はうまくはいかなかったでしょう。
ヤンシェズ:……
明四喜:無実な人々が心配なのですか?
ヤンシェズ:……光耀大陸のためだから。
明四喜:ええ、この計画は光耀大陸のあらゆる人、そしてあらゆる食霊のためのものです。全ては最後に訪れる平和のため。
Discord
御侍様同士で交流しましょう。管理人代理が管理するコミュニティサーバーです
参加する