お赤飯・エピソード
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お赤飯のエピソード
観星落のお姉さん、いつも白無垢を身に纏っている優しい女性。彼女を見ると幸せになるという噂がある。彼女を見ると幸せな気持ちになる。吉兆の一つ、幸福を表す。全ての人に仲良くなって欲しい。彼女の前で仲良くしないと怒られる事もある。少しだけ無自覚に腹黒な面があり、暇な時には、変わった事を言い出す事がある。騒がしくて素直じゃない子どもであっても、彼女を見ると顔が真っ赤になり大人しくなるという。
Ⅰ.南国 秋
「行く我にとどまる汝に秋二つ」
手にしていた俳句集を読み進める、ふと顔を上げ庭の方を眺めた。
丁寧に選定された低木たちはまだ青々としている、枝先にはぷっくりとした真っ赤な果実がたわわに実っていた。
気付けばまた秋がやってきた。
日の光は年々弱くなってきている。霊力を注がなければ、この観星落(かんせいらく)の景観もとっくに荒れ果てていただろう。
「姉御、姉御!!!」
姿を見るよりも、先に声が届いた。目を閉じていても、お餅がこちらに向かって来ていることがわかる。
途中まで読んでいた俳句集を置き、思わずため息をつく。
「姉御――大変だよー新しく来たお爺さんがおかしくなっちゃった!」
慌ただしい足音と共に、お餅の声が近づいてくる。
首を横に振りながら立ち上がって、戸棚の上に置いてある漆の重箱を手に取って、彼を迎えた。
「落ち着いてください」
勢いのまま縁側に上がろうとしていたお餅を務めて冷静に制止した。彼の埃だらけの靴を見て、どうにか止められて良かったと胸を撫でおろす。
「こちらの方が涼しいので、とりあえずお菓子でも食べて、一休みしましょう」
私が重箱を差し出すと、彼は迷いなく縁側に座ってそれを開けた。
子どもというのは目の前の美味しい食べ物があれば、悩み事なんて吹き飛んでしまうものだ。
美味しそうに食べながら、ぽろぽろと地面にこぼしている姿を見て、本当に止めて良かったと改めて思った。
「もぐもぐ……姉御が作ったお菓子は、やっぱり美味しいね……コホッ!」
「ほら、お茶を飲んでください。それから、お赤飯姉さんと呼んでくださいね」
「うへっ、姉御ありがとう!お菓子美味しいけど、ちょっと足りないかも!」
「……」
このそそっかしい子の扱いにはいつも頭を悩ませている。どうにか誤魔化して、早く帰ってもらわないと。
そこで、私は少し考えて、わざと興味津々な顔で彼に尋ねた。
「今度はもっとお菓子を用意しておきますよ。おかしくなった、というのは本当のことですか?」
お餅が言っていたお爺さんというのは、人間の皇室で天文と暦法に精通している有名な大家のことだった。
首座様が自らその方のもとへと足を運び、やっとの思いで観星落に招き入れたのだという。大勢の陰陽師を押しのけ、そのまま天文博士の座に着いたそうだ。
宴席で何度か見かけたことはあるけれど、とても厳粛で清廉そうな貴族だった。
「本当だよ!暦書を読んだ後におかしくなったんだ、何日も寝ずに空をボーっと見ていたらしいよ」
お餅は興奮しながら縁側の床を叩いた、その衝撃音が廊下に鳴り響く。
はぁ……この床は……張り替えたばかりなのに……
「あのお爺さんは前からおかしかったと思う。そうじゃなかったらあの隅の塊の中に入って行かないよ。部屋中本だらけなんて、考えただけで怖い!」
お餅は不思議そうに考えた後、何か閃いたのかまた騒ぎ始めた。
「”私たちはここから出られない、皆死ぬ”ってずっと叫んでた……もしかして暦書の中に鬼怪がいて、取り憑かれちゃったのかな?鬼退治しに行った方がいいかな?」
「大丈夫ですよ、首座さまがいる限り、この観星落に鬼怪は現れません。それに……同じ質問を既に首座さまにしていますでしょう?」
「わあ!姉御すごい!さっき聞いて来たんだ!首座さまはしばらくしたら治るから、放っておけば良いって言ってた!」
私は思わず首を横に振った。観星落の蔵書閣には、桜の島の歴史が始まってからの全ての天文と暦法の原始資料がある。それらを研究し、過去と今を比べてしまうと、どうしても受け入れ難い結論を得ることになるだろう。
そしてそれは、まともな人ほど衝撃を受けてしまうような結論だ。
それは、私たちの足元にあるこの大地の真実に関わることだから。
この真実を何とも思わないのは、だらしない性格の首座さまくらいだ。
「自分から面倒事に首を突っ込まない方が良い、じきに慣れるから」
これは首座さまがかつて仰った言葉だ。
「そうですよ、慣れれば良いんです、もう心配しないでください」
呑気に笑っているお餅を見て、彼の頭を撫でた。私は微笑んでいるけど、心の中ではため息をついていた。
だらしのない上司に、そそっかしい弟分。
心が休まらないわ。
Ⅱ.生誕 冬
「庭掃きて雪を忘るる帚かな」
首座さまは部屋の中で一番長めの良い場所を独り占めしていた。白雪に覆い尽くされた庭を眺めながら、淹れたてのお茶を飲み、わざとらしくこの景色に相応しい俳句を詠んだ。
その様子は実に風雅だ。
私は笑顔でお茶を淹れながら、心の中で密かに呟いた。
首座さまは目の前の雪景色しか見えていないし、手に埃もついていない。庭を掃くのも、箒を抱くのもこの私だということを、忘れているのだろうか。
その素敵な俳句ですらも、私が集めた俳句集から引用したものだ。
観星落に来てからは、毎年初雪の日になると、首座さまは手ぶらで誕生日を祝ってくれる。
例年通りなら料理もお菓子も全て私が用意するのだけれど、今年はお餅がいるので、彼がどうしても料理の腕を振るいたい張り切っていた。
少し心配だけど、彼の好意を無下にするのも忍びないと思い、彼に任せることにした。
自分で作らなくても良いから、待っている間の時間はゆっくりと流れていた。
あたたかなお茶を持って、雪が降っているのを静かに見ていると、思考は湯気のように遠くまで飛んで行った。
何年も前、今と同じ大雪の中、玲姫さまに召喚されて私はこの世界にやってきた。
「あなたがわたしの式神なの?とっても綺麗ね〜」
「わたしの名前は玲だよ、お赤飯姉さんって呼んでも良い?」
「今日はわたしの誕生日なの、そしてこれからはあなたの誕生日でもあるわ!」
あの時の玲姫さまはまだ歯も生え揃っていなかった。私を見て微笑む彼女の表情を、今でも忘れられない。
「お赤飯を食べよう!」
少年の声によって、寂然とした美しさが打ち破られてしまったけれど、幾分のあたたかさが加わった。
お餅は勢い良く茶室に入ってきて、慎重に石鍋をこたつの上に置いた。
鍋を覗き込もうとしたら、首座さまも興味津々な様子で顔を近づけて来た。頭が三つ、まだ湯気が立つ石鍋をじーっと見つめる。
「お披露目だよ!じゃーん!アチチッ」
お餅は興奮しながら鍋の蓋を開けた。熱くて顔がひきつっているけれど、笑顔は忘れない。
熱気が顔に当たって、ぽかぽかしてきた。だけど目を凝らして鍋の中を見たら、驚いてしまった。
「あら、これは……」
これのどこがお赤飯なのだろう?
石鍋の中に盛られていた赤褐色の果実たちは、蒸されたことで水分が抜け、ツヤがなくなっていた。
どこからどう見ても、それらは私が庭で育てている金銀木の果実だったのだ……
しばらくの沈黙の後。
「早く食べてみてよ!」
お餅がいそいそと催促してきた。すると首座さまは箸を彼に手渡した。
「うえっ!まずい!」
お餅の表情が崩れた。
予想通り、こうなると思っていた。
「見た目は似ていますが、この果実はお赤飯で使う小豆ではありませんよ!」
説教をしながら、仕方なく立ち上がって隣の部屋に続く襖を開けた。
そこには早起きして準備していた料理とお菓子が大量に置かれている。お餅のことを信じようとしたけれど……
子どもたちのお腹を空かせたままには出来ないから。
どうにか冷静を装って料理を並べて、こたつに戻った。
お祝い事にはやっぱりこれは欠かせない。
「お赤飯を食べましょう」
こたつの下からあたたかな釜を出した。
そして、何回言っても何回でも嬉しい気持ちになる、あの言葉を口にした。
Ⅲ. 大吉 春
「雪間より薄紫の芽独活哉」
夢の中に広がる荒野の雪が溶け始め、その合間から早くも目が顔をのぞかせていた。だけど私は帰りたくても、帰る場所がない。
玲姫さまが亡くなられた後、私はこの桜の島を当てもなく歩いた。
あの頃の記憶はもうあまり残っていない。
本能に従って「幸せ」を探し求めていたことだけは覚えている。
結婚式、成人式、誕生会……
容姿の違う人々は似たような笑顔を浮かべていたけれど、玲姫さまの純粋で楽し気な、私だけに見せてくれたあの笑顔は何よりも代えがたい。
その後、大地は戦火に包まれ、災いが横行し、生霊が塗炭の苦しみを舐める日々が続いた。
人々の顔は歪んでいった、醜悪で、苦しみや悲しみに満ちていて、笑顔は贅沢なものと化していた。
私はそんな人々を放っておくことが出来ず、微力ながらも負傷者達に手当てをした。
そして気付けば人々が言う「吉兆」とやらになった。
しかし、私の心の傷口はどんどん広がっていた、私自身が呑まれてしまう程に。
吉兆なんてものはない、私はただ幸運な人の傍に現れただけ、不幸な人はとっくに死んでしまっている。ただそれだけのこと。
むしろ私たちの方が人間を必要としているだろう。結果を検証する対象がいなくなってしまったら、吉凶というものに一体何の意味があるのだろうか。
満身創痍の大地を見ているとわかる。人間は守られる役割すらこなせない程に弱い、なのにその能力以上に欲望が膨れ上がっている。
道中で出会った同胞たちが言ったように、人間は死ぬべきなのだろうか、そうしなければ私たちは解放されないのだろうか?
……
皮肉なことに、人間の数が激減したため戦争が続けられなくなり、久しぶりに平和が訪れた。
私はとある嫁入り行列と共に人間の都までやって来た。結婚式が円満に終わり、新郎家の者たちは私を吉兆として宴席に招こうとしたけれど、私はそこから逃れ、呆然と川の方へと向かった。
「おかえり」
岸辺の柳の木の下で、白い狩衣を着た貴族の青年が声を掛けてきた。
「私は鯛のお造り、観星落現首座だ」
「駆けずり回って苦労を重ねるような日々は、貴方には似合わない。おまけに服は埃まみれになっているし、そろそろ休んだらどうだ?」
既に着慣れている白無垢に目をやると、埃一つついていなかった。彼は何が言いたいのだろうか。
「貴方を観星落に迎え入れようと思う。私たちと共に、のんびりとした生活を過ごさないか?」
貴族の青年は物憂げにそして優しく笑って、私を誘った。
彼から同胞の気配がしたからか、それとも物腰の柔らかさのせいか……
或いは、私のためだけに笑ってくれたからか……
私は観星落の一員となった。人間の皇室に属し、占い、天文、時刻、暦法、情報、更には国の安全を司る機関の一員に。
気付くと、私の生活は元に戻っていた。
あの頃の私の主な仕事は、まだ成人していない玲姫さまの面倒を見ることだった。
そして今、私の主な仕事は観星落の内務
――そして、首座さまの面倒を見ることだ。
現首座である鯛のお造りさまは、確かに彼が言っていたのんびりとした生活を送っていた。
そう、彼だけが。
観星落には各分野の博士、陰陽師、記録係や雑務係など数百人が日々慌ただしく働いている。
なのに、首座さまだけは自分の庭に隠れて睡眠をむさぼっていた。この句の通り。
「不情さや描き起こされし春の雨」
「ずっと不思議に思っていることがあります。首座さまは私のことを知らないのに、どうして私を誘ったのでしょうか?」
「ああ、それはね、なんら不思議なことはないよ。占いで”南方の川上の木の下、卯の刻二貴人に出会えば、大吉”と出ただけのことさ」
Ⅳ.無垢 夏
「蛸壺やはかなき夢を夏の月」
夏、桜の島で一番暑い時期がやってきた。他の季節に比べて日も長い。
人間の時間が増えるということは、鬼怪が人間を傷つける事故が増えるということだ。
ある日、町の外に多くの鬼怪が集まり、首座さまが出動しなければならない事態となった。
首座さまは見た目こそだらしないが、彼の腕前を目の当たりにした者ら皆がその実力に驚く。私も初めて見た時は大いに驚いた。
首座さまが加勢したのなら、結果は決まっている。お餅も同行しているのだから尚更だ。だけどまさか、彼らが外出した事で、私に新たな面倒事を呼び寄せてくるとは思いもしなかった。
「そうよ、われが鏡餅よ。コホンッ、鏡餅さまって呼ぶのを許してあげるわ」
「われはあなたたちの仲間になんてならないわ。だけどわれを崇めてくれるなら、守ってあげてもいいわよ。われは強いからね!」
派手な服を着た少女は誇らしげに言い放っていたが、乱れた髪とボロボロの靴から、彼女が大変な目に遭っていた事が伺えた。
お餅は不服そうにしていたけれど、珍しく騒がなかった。ただ口を尖らせたまま、首座さまの傍に立っていた。
「あら、ではどうしましょう。せっかく仲間たちのためにお菓子を用意したのですが、仲間にならないのなら食べられませんね」
しばらく鏡餅を観察した後、私は笑顔でこう声を掛けた。お餅のおかげで、子どもの扱いはもう十分心得ている。
思った通り、鏡餅の態度は美味しいお菓子を前にして、少しずつ軟化していった。
二日目、観星落には新たな仲間が増えた。
三日目、私に甘えん坊な引っ付き虫が付いた。
鏡餅は元々、北方の小さな村にある神社の巫女が召喚した式神だという通り極寒の中生まれたためか、体温が低い、そして防御に長けている。
巫女は彼女のことを自分の娘として可愛がっていた。村人たちも優しく、愛らしいこの少女のことが気に入っていた。
しかし……
「ある日たくさんの鬼がやって来たと……やつらはわれの守りを破れなかったけど……われも彼らを倒せなかった……うぅぅ……最後、もうわれしか残らなかった……うわあああんーー」
鏡餅は話しながら涙が止まらなくなって、遂には声を上げて泣き始めた。頬を流れる涙は少しずつ凍っていき、室内の温度も幾分か下がっている感じがした。
「うぅうう、ごめんなさい、抑えられなくて……われは興奮すると……」
寒さのせいか、それとも悲しいからか、彼女は震えていた。そんな彼女を私は見ていられなかった。彼女は召喚されてからまだ何年も経っていないのに、こんな事を経験して苦労してきたのだろう。
私は鏡餅を抱きしめ、そっと彼女の背中を叩いた。だけど彼女はどうしてか私の腕の中から逃げ出してしまった。
彼女は泣き止んだが、部屋の隅でしゃがみ込んだ。出会った時の高飛車な感じはどこへやら、美味しいお菓子ももう彼女の気を引けなくなっていた。
鏡餅のこの姿は、玲姫さまを失ったばかりの私と重なって見えた。
玲姫さまの最期の憔悴した顔はもう思い出せない。弱弱しい吐息、冷たい手そして青白い指。
「お赤飯、彼が、私を迎えに来てくれたのかな?」
「最期を、貴方が見届けてくれて、私は、幸せよ」
「ごめんなさい、貴方が手ずから縫ってくれたのに……本当に着たかったわ……」
目の中から光が消えていく、私の記憶もそこで途切れた。
身に着けている白無垢を整えた。これは玲姫さま最期の願い。
我に返ると、潤んだ大きな瞳が心配そうに私を見つめていた。
「お赤飯姉さん、あなたもおうちに帰りたくなったの?」
鏡餅はおずおずと私の方に近づき、そしてさっきの私の真似をしているのか、そっと私を抱きしめてくれた。
彼女の体温はとても低かったけれど、子ども特有の柔らかさがあって、一枚の羽毛のように私の心の中の最も柔らかい部分に触れた。
私はそっと彼女の手を握った。もっちりとした小さな手も冷たかったけど、触り心地がよかった。
「ここが私の家ですよ。そして、これからは貴方の家でもあります、鏡餅ちゃん」
「ふんっ!ちゃん付けしないで!」
鏡餅は頬を膨らませ、私を見てから俯いて自分を見て、また泣きそうになっていた。
その様子が微笑ましくて、玲姫さまの面倒を見ていた頃の感覚がよみがえってきた。
「良い子はすぐ泣いたりしませんよ。鏡餅ちゃんは良い子でしょう、お姉さんがお話をしてあげましょう」
「違うもん!われは、子供じゃない!」
「じゃあ、お姉さんが美味しいお菓子を作ってあげるわ。貴方のためだけに、お餅には内緒でね」
鏡餅は食べたそうな顔をしたけれど、この手にはもう乗ってくれないようだった。
「……ぎゅるる……ふんっ!お餅みたいに食いしん坊じゃないわ!」
「じゃあ……」
困り果てた私はしばらく考え込んだ。玲姫さまが幼い頃に好きだった物を思い浮かべ、そして閃いた。
「お姉さんが綺麗な服を作ってあげますわ。今着ている服は破れているし、新しく作り直しましょう」
「本当に?!」
「ええ、もちろんですよ。でもちゃんということを聞いてくれたらよ」
「わあ!お赤飯姉さんありがとう!あっ……コホンッ、われのためにそこまでしてくれるなら、約束してあげても良いわ!」
鏡餅が悪そうな顔をしたのを見て、私は思わず彼女のもちもちとした顔を揉んだ。
「さあ、お姉さんが髪を綺麗にしてあげますわ!」
そう言うと、彼女は嬉しそうに大人しく私の前に座った。
「お赤飯姉さん……お話は、してくれるの?」
「もちろんよ。むかし、むかし、あるところに……」
Ⅴ.お赤飯
遠い昔、豊かだった桜の島には、栄えたいくつもの町があった。
玲姫とは、とある栄えた町を統治している城主の娘だった。
玲姫は自分の誕生日に、お赤飯を炊くことを覚え、そしてそのお赤飯で自分だけの食霊を召喚したり
召喚されたお赤飯は玲姫の成長と、彼女と武士の息子が心を通じ合わせてきた様子を見守って来た。
お赤飯は玲姫の大切な思い出全てを共に経験し、彼女の喜びも悲しみも全てその目で見てきた。
「お赤飯姉さん~また背が伸びたわ!」
「うぅ……眠い、もう少し寝たいわ……」
「お赤飯姉さん~貴方が作った服は本当に素敵だわ!」 「お赤飯!彼がやっと武士になったわ……そして、私に告白したの、ふふっ……恥ずかしい……」
「見て、これは彼の故郷にしかない金銀木という木らしいわ、そして私への愛の印……小豆のような赤い実が生るそうよ……きっと貴方みたいに美しいと思うわ!」
「これを植えれば、本当に木が生えてくるのかしら?」
「わぁ~お赤飯早く見て、本当に木が生えてきたわ!この木は薬にもなるそうよ~もっと植えよう、そうすればのり多くの人を救えるわ!」
「お赤飯、父上が結婚を認めてくれたわ」
「お赤飯、結婚式で着る白無垢を用意してくれない、お願い~」
「どうして……父上は彼に隣の町に侵攻させ、その土地を結納品にするよう言ったの……」
「どうしてそんなことになったの、今のままで十分じゃないの?」
「お赤飯……」
「お赤飯……」
最終的に武士は勝利したけれど、裏切られてしまった。
そう、ありふれた物語のように。
玲姫の実の兄が、武士が自分の地位を乗っ取るつもりだと、その噂を信じてしまった。そこで武士が玲姫を娶る前の晩に、武士を招待して密かに彼を殺そうとした。
玲姫の弟は見ていられず、この事を玲姫に伝えたり
玲姫がなりふり構わず武士の元に駆け付けた時、無防備だった武士は既に毒酒を飲み干してしまっていた。
陰謀を見破られた玲姫の兄は怒り狂い、彼女にまで手を上げようとした。
武士は玲姫を守るため、人の皮を被った悪鬼と化した彼女の兄を道連れにし、最期は愛する彼女の腕の中で息を引き取った。 それ以来、最期までお赤飯は玲姫の笑顔を見ることはなかった。
「お赤飯、彼が、私を迎えに来てくれたのかな?」
「最期を、貴方が見届けてくれて、私は、幸せよ」
「ごめんなさい、貴方が手ずから縫ってくれたのに……本当に着たかったわ……」
その後、玲姫の弟が城主の後を継いだが、お赤飯は故郷であるその町を離れた。
愛する者を失った痛みというのは、愛されたことのある者にしか味わえないものだ。
愛されて初めて愛すことを覚え、そしてまあ愛されようとする。
お赤飯は彷徨い、盲目に幸せを追い求め、道を外れて行った。
彼女はまるで道しるべをなくした小船のように、嵐が吹き荒れる海で漂流し続けた。
……
幸せとはなんなのか?
幾年後、観星落の一員となったお赤飯ですら、まだその答えを見つけられていない。むしろ余計にわからなくなっていた。
そしてこの世界の真実を知った後、檻のようなこの天地の中で生きることで、彼女の感情はより一層複雑なものとなった。
「悩む必要はない、百鬼の奴らは我ら以上に悩んでいるさ」
鯛のお造りは気だるげに縁側で横になり、目を細めて穏やかに笑った。
この温厚で気弱そうな貴族のような出立の男は、観星落に最大の切り札であった。彼が各方面に手を回したから、百鬼と人間は今にも崩れそうな均衡を保つ事が出来ている。
「私たちは肝心な時に運よく勝利の果実を摘み取れば良いだけ」
鯛のお造りは気持ちよさそうに寝返りを打って、一つ背伸びをした。
お赤飯は悩まし気に眉をひそめたまま、彼を見つめていた。
「しかし……」
「余計なことを考えるな。お赤飯、貴方は自分に自信がない。もう少し自信をもて、我らは吉兆だ」
「私が言いたいのはそういうことではありません……私の俳句集ざ下敷きにされているのです」
この世界は既に狂気に陥っている。幸い、愚か者たちはまたま夢を見続けていた。
「皆が無事であると良いな」
誰かのうわ言が風に乗って消えて行った。
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