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湯葉あんかけ・エピソード

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最終更新者: 時雨

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湯葉あんかけのエピソード

諦観の念を持ち、そうそう動じない性格。冷静で的確な判断力を持ち、仲間には優しく、甘やかしてしまいがち。慈愛の心も持っている。身内と認めていない者に対しての態度の差が激しく、仲間以外にはとても冷たい性格。


Ⅰ.存在価値

 目を開けたとき、そこには慈しみの笑みを浮かべる御侍の存在があった。


  「湯葉あんかけ。お前は私が初めて召喚に成功した食霊だ」

 私の手を取り、彼は目を細めて、今にも泣きそうに潤んだ瞳でそう呟く。


 「お前がこの世に生を得たことが、私はとても嬉しい」


 そうしわがれ声で呟き、私の手を強く握った御侍様。


 ーー私は、彼のために生きるのだ。

 それこそが、私がこの世に存在する理由。


 そう強く胸に刻んで、私はこの生を、彼に仕えようと誓った。


***


 御侍様は、決して私を責めない。

 彼の希望が叶わずとも、ただ彼はその口を閉ざすだけだ。


 御侍様は、私を連れて堕神退治へと出向いた。勿論そのために私を召喚したのだ、それは必然と言える。


  「また、怪我をしたな」

 ポソリと御侍様はそう呟いた。


 「申し訳ありません」

 「いや、お前は戦闘に不向きなのだ。そんなお前を戦わせているのは他ならぬ私。謝るのは、私の方だな」

 私の怪我を手当しながら、御侍様は沈痛な面持ちでそう告げた。


 (このような顔をさせてしまうのは、すべて私が不甲斐ないからだ)


 御侍様の役に立ちたいのに、私はそれができない。


 どれほど頑張っても、怪我を負わずに堕神を倒せることはなかった。


 御侍様は、食霊を召喚することにさほど長けてはいなかった。


 長年の苦労を重ねて、御侍様はやっと私というで召喚した。


 その後も彼は食霊の召喚を試みるも成功することはなかった。


 御侍様は私にとって唯一無二の存在。

 だから、私はどうあっても彼の役に立ちたかった。


 だが、戦闘に不向きなのは相変わらずで、それは修行で補えるものではなく……。


 (戦闘に向いた食霊が召喚されたら、私はその者のサポートをすればよい。そうしたら、御侍様の役に立てる)


 そう思って、私は御侍様が食霊召喚に努められるのを支えた。


 そうして生まれた食霊と共に、私は御侍様の役に立つと信じていたから。


 ーーだが、現実はそうではなかった。


***


 「お前は湯葉の野菜春巻きだ。お前が居れば私は堕神に立ち向かえる……!」


 それから暫くした後、御侍様は新たな食霊の召喚に成功した。


 私はその様子を無感情で眺めていた。

 これからのことも、これまでのことも何も考えられない。


 (もう私は必要のない存在なのだ)


 この想いが、私から様々な感情を奪っていく。彼が悪い訳ではないとわかっていても、そうした醜い感情を抱く自分に嫌気をもよおしながらも、憎しみが沸々と煮えたぎっていくのを止められない。


 (これから私はどうすべきだろうか……)


 私は思考を停止し、その場を静かに立ち去った。


Ⅱ.己心

 湯葉の野菜春巻きが召喚されてから、私は御侍様と共に堕神退治に呼ばれなくなった。


 (これが御侍様の本心)


 彼が望んだもの、欲しかったもの。それを手に入れたのだ。


 (私なんかに構っている暇はない……)


 仕方ないと思っても、私の心はどんどんと沈んでいく。

 その黒い闇は、ゆっくりと私の透明だった心に侵食してーー


 ……が、憎い。いや、これが現実だ。ただ受け入れるのみ。


 見ないふりをして、目を逸らし、心を閉ざし、これ以上この醜い感情が心を巣食わないようにと、私は息苦しくなりながら懸命に己の心を制御しようと努める。


 「やはりこちらでしたか」


 その軽やかな声に、私はハッとする。


 「貴方はとても信心深いですね、こんな朝早くから坐禅を組んでいるとは」


 「……湯葉の野菜春巻き


 その声は己から出たとは思えぬほど、低くくぐもっていた。


 そこで私は目を閉じ、大きく深呼吸する。


 (これ以上、心の魔が育たぬように)


 そしてゆっくりと瞳を開いたときには、平常心を取り戻していた。


 「何か?」


 彼に背を向けたまま、小さく、短くそう答えた私は己の精神を制御できていると安心する。


 寺の周りを歩いていると、爽やかな風に癒され、鳥の囀りに耳を擽られる。

 その心地良さに、私は自然と笑みを浮かべてしまう。


 「なんとも清い笑顔ですね。いつもそのような笑っていたら良いのに」


 そう歌うような軽やかな声で告げられ、私はハッとして顔を強張らせる。


 「そうして貴方は私に嫌悪感を露わにしますね。それは何故ですか?」


 「私は……そんなつもりは」

 「ないと言いますか? ほら」


 そこで湯葉の野菜春巻きはそっと私の頬に手を伸ばしてくる。


 「な、なにをする!」


 彼の指が頬に触れたので、私は声を荒らげてその手を振り払い、体を震わせた。


 「貴方の顔、強張っていましたよ。まぁ、触らずともわかったことではありましたが……今の態度で、どれほど私が嫌われているか知ることができました」


 (ーーこの男は!)


 ぞわっと、心の中が蠢く。

 私は慌てて息を飲んだ。

 ……平常心を、取り戻すのだ。


 「貴方は何も病む必要はないです。少なくとも御侍様は私よりもよほど貴方を大切に思っていますよ」


 「……るさい」

 「湯葉あんかけ?」

 「うるさい! 黙れ!」


 勢いでそう叫んでしまう。

 まるで制御できていない己の心に、私はどうしようもない苛立ちと羞恥に駆られた。


 「急に叫んで悪かった」


 精一杯の気力で冷静を装い、震える声でそう告げて、私は彼から顔を背ける。


 「先に失礼します」


 そうして歩き出すも、私は数歩で足を止める。


 「その、ひとつ言っておきます。私は貴方を嫌いな訳ではありません。そう、この感情はむしろ……コンプレックスを抱いている」


 この複合した感情は、簡単に消せはしないと悟る。


 (そのままではいけない)


 なんとかしなければならない。しっかりと己に向き合わなくてはーー


 私はそのとき改めて、彼から目を背けず、己と向き合おうと決めた。


Ⅲ.葛藤

 湯葉の野菜春巻きのことを思うと、私の心は途端に闇に覆われる。


 この食霊は、私の代わりに召喚された。

 御侍様の望む力をもって生まれた者。


 (……私とは、違う)

 「湯葉あんかけ

 その声に私はハッとして顔を上げる。


 「こんな朝早くから、精が出ますね」

そう告げて、柔らかな笑みで私を見下ろしているのは、御侍様の一番弟子である僧だ。


 「目が覚めてしまったものですから……」

 「何か迷いがあるようです。そういうときはこうして坐禅を組むのは良いことです」


 「もしや、貴方も……?」

 「ええ、思ったより早く目が覚めました」


 彼は、静かに私の横に腰掛ける。


 「どうにも、ままならないことというのが、この世には出てくる。もちろん、どのようなことも、己の望むままに変わらないとわかっていようとも、それを歯がゆいと思う気持ちは止められませんね」


 そんな風に力なく笑って、彼は静かに息を吐いた。


 「貴方にもそのようなことがありますか?」

 「まだ未熟者故」


 今度は軽やかに笑って、彼は目を細めて私を見た。


 「君も、悩んでいるようだ」

 「悩み……なのでしょうか」


 「何か己と向き合いたい葛藤があるから、こうしてここにいるのでは?」

 「そう……かもしれません」


 御侍様の弟子が口にした『葛藤』という言葉は、まさに今の私の心境にぴったりな言葉だと思った。


 「私もまた、未熟者なのでしょう。こうしてここにいる時間はひどく心が癒される気がします」

 「不思議な物言いをするね。だが、その心情に私は共感を覚える」


 そこで、嘆息一つ。しかし、重さを感じさせるものではない。そのまま彼は、言葉を繋げた。


 「……疲れてしまってね。私はきっと、癒されたいのだろう」


 そう告げて、御侍様の弟子はゆっくりと長い長い息を吐いた。


 「湯葉あんかけ、お願いがあるのだが」

 「はい、なんでしょう」

 「先日、私が書をまとめる手伝いをしてくださいましたね。本当に助かりました」

 「そんな、大したことでは」

 「ぜひまた君に手伝いを頼みたい。いや、良ければ今後、私の手伝いをしてもらいたい」

 「え……?」


 その申し出に、私は呆然として御侍様の弟子を見た。

 「あの、私は御侍様の食霊です。他の方に仕えるようなことは……」


 「ああ、わかっているとも。ただ、私の気持ちを伝えておきたかっただけだ」

 それだけ告げて、彼は目を閉じた。


 私はそんな彼の言葉にひどく動揺した。

 どうしていいか、わからないほどに。

 だからその場は目を閉じた。


 (けれど、もしも御侍様が彼の御付きにと望まれるならーー私、は)


***


 それから、私は一種の恐怖に震えていた。

 いつ御侍様から突き放されるかと、そのとにどうしようもなく怯えた。


 「湯葉あんかけ?」

 「……春巻き」

 「顔色が悪いですね、どうしました?」

 「気のせいです」

 「いえ、貴方の変化はわかりますよ。私にはね」


 その言葉が癇に障って、私は息を呑んだ。


 (ああ、彼は私とは違う。こうして他者の変化にも敏感でわとても優秀で……)


 ーー私とは、違う。


 「放っておいてもらえますか?」

 「とてもこのままにはしておけませんよ。どれほど貴方が青ざめた顔をしているか」


 「君は優秀だからな。そうか、私の変化には、すぐ気づくだろう」

 「さて。興味のない者の変化には、私は大層に疎いですよ?」


 「それは、まるで私だから気づいたとでも言いたげだ」

 「それはそうですね。貴方は、私にとって特別な存在ーー兄弟食霊ですから」


 彼がそう告げた瞬間、私は途端に息苦しくなる。


 「私は、そんな風に、思ってはいない。私は、君が……憎い」


 そう言い切ってから、うまく呼吸ができていないことに気が付いた。


 (苦しい……だが、この苦しさは呼吸なのかそれとも何か別のものが私の心を冒しているからかーー)


 「私は、君に嫉妬をしている。それと同時に、羨望もしている……その存在を消したいとすら、願っている」


 (御侍様には湯葉の野菜春巻きがいるのだ。だからもう、私など必要な、く……!)


 そこで私は頭を振った。

 ーー落ち着かなければ。心を忌まわしい闇に囚われてはいけない。


 「失礼する。このように、己の醜い感情をさらすことを、私は是としない」


 すぐにこの場から去りたくて私は慌てて背を向けた。私の心を占める黒い感情から逃げるようにわ私は早足でその場を後にした。


Ⅳ.浄化

 それからほどなくして、私は御侍様から頼まれて彼の弟子の手伝いをすることになった。


 それは物理的に、私と御侍様の距離が開いたことを意味する。


 このようなことは望んでいないしわできることなら断りたかった。


 「承知しました。それが御侍様の命であるなら、私は力を尽くします」


 しかし私の口から出たのはまるで正反対の内容で。


 (私は御侍様のお役に立てないのであろうか?)


 悲しいのに寂しいのに、それだけではなくて、何故か私は救われた心境になった。


 ーー間違いなく、私はホッとしたのだ。

 (もう、湯葉の野菜春巻きに憎しみを向けずに済むようになることを)


***


 それから、私は黙々と御侍様の弟子に仕えた。彼は少し気性の荒いきらいがあるが、それでも真面目な僧であった。


 彼は、御侍様とうまくいっていないようで、それはしばしば彼の感情を刺激するのだそうだ。


 「わかっているのです。ええ、私はわかっているのですよ、彼のすべてを。けれど、それでも私は疑ってしまう、彼の真意を」


 彼は自嘲気味に笑う。

 そうした様子を見るにつけ、人と人はわかりあうのが難しいのだ、と感じる。


 だとすれば、当然食霊である自分に、わかるはずないだろうーー他者の気持ちなんぞは。


 けれどこうした問答が無駄とは思わない。こうして考えるきっかけになっているわからないことをそこで諦めず模索することは、決して無駄ではない。


 (私は、迷いつつ前進する)


 こんな風に私は、諦めと自嘲に近い感情に飲まれながらも、着実に己の醜い感情から解き放たれていった。


***


 そんなある日。

 いつものようにまだ暗いうちに目覚めた私は禅堂でひとり己と向き合っていた。


 その日もいつも通りひとりだったがわほどなくしてふすまが開いた。


 「湯葉あんかけ、ここにいたのか。君の朝は、いつも早い」

 「ここに来ると、落ち着けますので」

 「……そうだな。隣に、失礼する」


 そうして暫く黙した後、彼は語りだした。


 御侍のライバルに当たる僧の元へ行くことを御侍から勧められたようだ。


 『その教えはきっと君の役に立つ』と邪気のない笑顔で告げたと言う。


 「きっとあの方にはなんの思惑もない。純粋にそう思われている。そんな彼だからこそ私は師と仰ぎ、傍にいたのですから」


 それはある種の遺憾の意を含んでおり、まこと業の深いことだと感じた。


 そう思うのは、私も同じような感情を湯葉の野菜春巻きに抱いていたからだ。


 「君たちはきっと、このような巡り合わせでなかったら、きっともっと良き友になっていただろう」

 「そう、でしょうか」

 「それは、君もそう感じているのでは?」

 「そう……かもしれません」


 彼と私は似ている。だからきっと彼にはわかるのだ。


 私が湯葉の野菜春巻きに嫉妬の感情を抱いて素直になれないことを残念に思っていることを。


 彼と楽しく語り合えたら、もっと違う時間を過ごせていただろうな、と思う。


 (けれど、御侍様に必要とされないように、それももう訪れぬ未来)


 そのことを受け入れてしまうと、もう私は苦しさを覚えることがなくなった。


 (僅かな寂しさは残ってしまうが……それもまたよし)


 私は自然とそう思えるようになっていた。

 だから、この方がここを去るなら私もついていこうと思った。


 そうすればもう、葛藤せずに済むとーー私の心は浄化されるのだ、と思えたから。



Ⅴ.湯葉あんかけ

 湯葉あんかけは、桜の島のとある宗派の開祖となった僧に召喚された。


 しかし湯葉あんかけは戦闘向きの食霊でなく、しばしば怪我をしていた。


 それが彼の御侍には心苦しく、だからこそ、湯葉あんかけの助けになる食霊を召喚した。


 それが湯葉あんかけとは深い因縁を結ぶことになった湯葉の野菜春巻きである。


 湯葉あんかけは、すぐに湯葉の野菜春巻きの人となりを理解できた。

 それは、特別な存在であった御侍様にとてもよく似ていたから。


 まっすぐで真面目で不器用な彼は、まるで御侍様のようで、湯葉あんかけを苦しめた。


 しかし、湯葉あんかけは御侍様に必要とされたいと望むことを諦めた。そうして、すべてをあるがまま受け入れようと決めた。


 そんな、ある日のことだった__


***


 御侍様の弟子であった僧が、御侍様が望みを受け入れ、御侍様のライバルの元に学ぶために旅立つことになった。


 湯葉あんかけは彼についていこうと決めており、その許可を、御侍様に得なければならないと思っていた。


 そんな矢先だった。御侍様に呼び出され、彼についていってほしいと頼まれたのは。


「もとよりそのつもりでした。いつそれを御侍様に相談しようかと思っておりました」


「そうか。お前はあやつと良い関係を築けているのだな」

「御侍様、それはどういう__」


 すると、御侍様はホッとした様子で笑みを浮かべた。


「今更……いや、今だから私はお前に言っておきたいことがある。今更無様であるし、意味がないと思われるかもしれない。だが、どうしても伝えておきたいのだ」


 唐突に御侍様はそう切り出してまっすぐに湯葉あんかけを見つめたり


「はい? なんでしょう」

「これを言っておこうと思ったきっかけは、周りの者からの働きかけがあったからだ」


 その表情は真剣で、湯葉あんかけは黙って御侍様の次の言葉を待った。


「だが、それは本当にきっかけに過ぎない。私はむしろ、こうしてお前に向き合う理由として利用しようと思ったのだ」

「は、あ……?」


 戸惑う湯葉あんかけの前で、御侍様が唐突に、深々と頭を下げた。


「お、御侍様!?」

「すまなかった、湯葉あんかけ。私は、どうお前に償えばいいかわからん。だからこの謝罪も、そんな戸惑いからの行為だ」


「あの、御侍様。どうなさったのです。一体貴方が私に何の償いをするのですか?」

「たくさん……たくさんある。もう細かいことを羅列しても仕方がないが、私はここまで来てようやくこうしてお前と向き合う覚悟ができた。聞いてくれるか、湯葉あんかけよ」

「わ、私でよければ」


 湯葉あんかけが頷いたことを確認し、御侍様は語り出した。


「生来私は素直でなく、それで後悔を重ねてきた」


 そこでため息をついて目を細めて、御侍様は湯葉あんかけの手を取った。


「私は変わらなければならない。いや、変わりたいのだ。そのきっかけにお前を利用しようとしている」

「一体、何のお話でしょう……? わ、私にはまるでわからない……」


 そこで御侍様は強く湯葉あんかけの手を握り締めた。


湯葉あんかけ。これ以上、私は心残りを作りたくはない。だから、素直になろう。何しろお前は私の大切な食霊だからな」

「お、御侍様っ……!」


 湯葉あんかけの口から、荒い息が漏れた。

 不意打ちの言葉に彼は明らかに動揺していた。ずっと求めていた御侍様から告げられた御言葉に湯葉あんかけは打ち震えた。


「お前には感謝している。私の大切な弟子が穏やかな心境になれたのは、すべてお前がいてくれたからだ」

「そ、それは……私のほうこそ」

「なれば、お前たちはやはり相性が良かったのだろうな」


 そこで一息ついて、御侍様はまっすぐに、愛おしそうに湯葉あんかけを見つめた。


「私とお前は決して相性が良かったとは言えない。きっと私の粗野な態度はお前を傷つけただろう」

「そのような、ことは」


 湯葉あんかけは息苦しくなった。だがそれは彼にとってまるで嫌な感じてはない。むしろ……甘美な苦しさであった。


「私のこれまでの振る舞いをどうか許してほしい__いや、今は許してくれなくて良い。そのチャンスを、私にくれないか」

「お、御侍様。私は一体、御侍様に何を許したら?」

「これから私とお前は離れ離れになるが、私はお前に手紙を出そう。そこで、本来なら築かれるはずだった絆を……築く機会を私にくれないか」


『あの方は、まっすぐで真面目で、だからこそ不器用で……』


 彼の弟子が口にした言葉を、湯葉あんかけは思い出す。


(彼はやはり、誰よりも理解していたのだ、己の師匠のことを)


「御侍様、そのような言葉をいただけるとはとてもあたたかな気持ちになり、私は幸せ者でございます」

 そっと御侍様の手を取った。


 その手は湯葉あんかけが思っていたよりもずっとずっとか細くて、知らぬ間に御侍様はもう、随分とお年を召していた。


(そんなことすら、私は気づいていなかったのだ)


「むしろ私からお願いします。貴方とここから改めて、本来紡ぐはずだった絆を紡ばせてほしいです。たとえ誰の御付きになろうとも私の御侍様は、貴方だけです」

「そうだな。私がお前の御侍で居られるのはあとわずかであろうが。その日までに、お前ともっと特別な関係を築きたい」

「ありがとう……ございます。私は、貴方の食霊として召喚されて幸せです」


 たまらず涙ぐんで湯葉あんかけは、御侍様に抱き着いた。


「言葉は、大切でございますね。今、私はそれを強く実感しております。このことは学びとして、この胸に深く刻んでおきます」


***


 あれから、いったいどれくらいの時が過ぎただろうか。


 御侍様はとうに亡くなり、ここでは御侍様の弟子も亡くなった。その後ら寺を継いだ住職の手助けをしてきたが、果たして何人見送っただろうか。

 己と同じようにこの寺に従事している厚揚げ豆腐あずき寒天とは仲良くやっていたが、果たしてこのまま同じことを繰り返すのだろうか?


 そんな疑問を胸の奥で長い間燻り続けていた湯葉あんかけは、先の見えない旅立ちを決めたり


 最初は住まいを定めず放浪していたが、今はナイフラストの料理御侍ギルドへと身を寄せていた。そうした生活に慣れてきた湯葉あんかけの元に、一通の手紙が届いた。


湯葉あんかけへ__元気にしているか?』


 そんな出だしの文章が、かつて聞いた青年の声で再生される。

 こうして離れて長い時間が経つが、ただの一度も忘れたことがなかった兄弟食霊ーー湯葉の野菜春巻きからの手紙だった。


 彼からこんな風に手紙をもらうなんて初めてのことで、思わず湯葉あんかけは笑ってしまった。


「あれも、案外不器用な男かもしれないな」

(さすがあの御侍様の傍に一番長くいただけあるか)

「だが、御侍様と違う部分もある。あれが不器用なのは、私に対してだけだ」


 あれほど器用な男が何故私にだけあれほど不器用になるのか。

 もう少し、その部分を追求してみたくなった。だから、返事は簡潔に。


『元気ですよ。料理御侍ギルドにてら楽しい日々を過ごしております。貴方の日々も、楽しくありますよう__湯葉あんかけより』


(さて、湯葉の野菜春巻きはどうするだろうか?)

 そんなことを考えると、湯葉あんかけは楽しくなってしまう。


「せいぜい翻弄されるといいですよ。かつて私がされたようにね」

 湯葉あんかけはその手紙を封筒に入れて、鞄へとしまった。


 湯葉の兄弟が再会するまではもう暫くの時間がかかるだろう。

 ここまで紆余曲折あった。だから、もう少しそんな時間に身を委ねるのは、湯葉あんかけとしてはやぶさかではない。むしろ、それを楽しんでいた。


「さて、今日から、杏子飴との仕事でしたね」


(早くいかねばならない。彼との仕事は時間が必要だ)

 湯葉あんかけは上着を取って、颯爽と家を出て歩き出す。


(湯葉の野菜春巻きと再会したら、なんと声をかけようか)

 その日を楽しみに待ちながら、湯葉あんかけはご機嫌な面持ちで仕事へと向かうのだった。



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ゲーム情報
タイトル FOOD FANTASY フードファンタジー
対応OS
    • iOS
    • リリース日:2018年10月11日
    • Android
    • リリース日:2018年10月11日
カテゴリ
  • カテゴリー
  • RPG(ロールプレイング)
ゲーム概要 美食擬人化RPG物語+経営シミュレーションゲーム

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