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臨川遺夢・ストーリー

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臨川遺夢

プロローグ


ある日

光耀大陸


 道路の両側には店が林立しており、人の往来は絶えなく騒がしい。しかし一軒だけ、そこに人影はなく、棚には書物や絵巻だけが並んでいる。

 その一軒の静寂は長くは続かなかった。冷たい表情を浮かべた青白い肌の少年が店の前に立ち止まり、足で扉と店全体を蹴り上げ目覚めさせたのだ。


バンッ!


蛇スープ:店主は、どこ?

羊方蔵魚:ただいまー!おやまあ!何とも風流な貴公子ですな!本日は書物をお求めで、それとも絵を……


 青年は奥の間から急いでやって来て、来客を見て呆然とした。


羊方蔵魚:こっ、こんなに大勢の英雄豪傑が来てくださるとは……もももしや、義賊とやらでしょうか?

蛇スープ:あなたが店主?

羊方蔵魚:違います!絶対に違います!

蛇スープ:?

羊方蔵魚:(ついてない、いつの間にこんな奴らの恨みを買ったんだ……どうにかして誤魔化さないと)

羊方蔵魚:いやはや、こんな文人のような見た目の私が、これ程大きな商売を立ち上げられるとお思いですか!店番を頼まれた貧乏書生に過ぎませんよ!

蛇スープ:書生?

羊方蔵魚:書生を知らないのですか?ええと……毎日、絵を描いたり書を書いたりして、腹黒い……いや、腹に学問を持っている文人の事ですよー

蛇スープ:絵を……

羊方蔵魚:ええ、こちらにある絵たちは、ほぼ九割私の作品ですよ。もし気に入ってくださったのなら、すぐに新しい物を描いて差し上げますよ!

蛇スープ:確保しろ。

羊方蔵魚:!!!


 少年の言葉を聞くと、傍で待機していた黒い服を着た大柄の男たちは一斉に動き出し、まるで生まれたての雛鳥を摘まむように青年をひょいと持ち上げた。


羊方蔵魚:やめてください!私は無実ですよ!あの悪徳店主に絵を一枚売っただけで、あいつがやった悪事とは何の関係もないんです!

蛇スープ:……意味がわからない……

羊方蔵魚:え?その件じゃない?じゃあ……お兄さん方、私めは一体どんな罪を犯したんです?死ななきゃいけないにしても、せめて理由だけでも!

蛇スープ:うるさい。

羊方蔵魚:ひぃいいいい!


 少年が眉を顰めると、二匹の小さな蛇が彼の肩越しに現れた。真っ赤な舌を出している姿を見て、青年は怯えて言葉を発せなくなった。


蛇スープ:青ちゃん、白ちゃん、あいつがまたうるさくしたら、噛め。

羊方蔵魚:…………

蛇スープ:この絵、あなたの?


 一目で相手が持っている絵は自分のものだと気付いたが、青年はでんでん太鼓の如く慌てて首を横に振った。蛇使いの少年はその様子を見ても慌てる事なく、二匹の蛇を駆使し、青年の服の内側からある物を取り出した。

 それは精巧に彫られた判子だった、そこには絵に捺された物と同様の模様が彫られている。


羊方蔵魚:……せっ、説明させてください……

蛇スープ:嘘つき……連れて行け!


ストーリー1-2


聖教


 寒くて薄暗い部屋の中、艶やかな男が横になって休息を取っている。彼の眉間には普通の人が直視出来ない程の陰険な凶悪さが満ちていたが、寝台の下にいる絵師は男を観察するため、何度も顔を上げて薄暗い光を頼りに筆を動かしていた。

 彼が描いた絵は、その寝台の上にいる男とそっくりだ。


羊方蔵魚:(この世は広いからどんな人がいても不思議じゃない……だけどなんだこの自意識過剰野郎は、わざわざ俺を連行してまでこんな大きな肖像画を描かせるなんて……恥ずかしくないのかよ……)

蛇スープ:完成した?


―――

⋯⋯

・もっ、もうすぐです……

・もう少し時間をください!急ぎますんで……

・手間を掛ければ掛ける程、出来は良くなりますから……

―――


ハイビスカスティー蛇スープ、上がれ。

蛇スープ:ああ。


 寝台の上から声が聞こえると、この世の全てに興味がないように見えた少年は直ちに石段を駆け上がり、最後は飛び跳ねながら声の主の方に向かった。

 そして少年は寝台に乗って、男のそばで腰を下ろした。この変人たちは横暴だが、まだ羊方蔵魚に手を上げてはいない。そう思った彼は少年の監視がないのを良い事に、大胆にも判子を持って絵の空いている場所にそれを捺した。


羊方蔵魚:あの……お二方、でっ、出来ました。

ハイビスカスティー:持って来い。

羊方蔵魚:どうぞ、ご覧ください……

ハイビスカスティー:ああ……確かに試す価値はありそうだな。

羊方蔵魚:試す……何を?

蛇スープ:青ちゃん、白ちゃん。

羊方蔵魚:ひっ!ままま待ってください……絵に不満があるなら、描き直します!おやめください!どうかお許しを!

蛇スープ:うるさい……

羊方蔵魚:うぅうううう!


 口を布で塞がれ、手足を二匹の蛇に縛られた青年は、寝台と壁の間の狭い隙間に放り込まれた。残った二人は寝台の上から吊るされたすだれを下ろし、完成したばかりの絵の後に隠れた。


 コンコンッ--


ハイビスカスティー:入れ。

黒装束の男:聖主様!ご指示を!

ハイビスカスティー:全ての者に伝えろ、本日は体調が優れない、誰も部屋に入れるな。逆らった者は……死だ。

黒装束の男:では……聖女様も……

ハイビスカスティー:もだ。

黒装束の男:ハッ!承知いたしました。

ハイビスカスティー:下がれ。


 黒服の人が部屋を出ると、少年は身体を起こし隣の者の腕を掴んで、興奮しているのか目を輝かせていた。


蛇スープ:気付いていない……成功?

ハイビスカスティー:奴らは部屋に入っても顔を上げる度胸がない、だから異変に気付かない。

羊方蔵魚:(俺の絵を身代わりにするつもりか?なんと馬鹿げた発想だ……しかし、この花の精のような男はここで上の立場であるように見えるのに、ここまでしないと出歩けないのか……)

ハイビスカスティー:厄介なのは、あの女だ……


コンコンッ--


羊方蔵魚:!

ハイビスカスティー:あの馬鹿野郎共、私の命令を無視するつもりか!

蛇スープ:怒らないで……邪魔者は……僕が殺す……

ハイビスカスティー:……いや、まだ時機ではない……


 少年は殺気立っていた、隠しきれないその殺意に羊方蔵魚(ようほうぞうぎょ)は不安を覚えたが、それ以上に扉の外から聞こえてくる柔らかいが狡猾で陰険な雰囲気漂う女性の声によって、悪寒が止まらなくなった。


チキンスープ:聖主様、体調が優れないとお聞きしました。どうしても様子を伺いたく、参った次第です……

チキンスープ:宜しければ、入らせて頂きます。


ストーリー1-4


 ギシッ--


チキンスープ:聖主様……

ハイビスカスティー:無礼者め!

チキンスープ:!


 女が部屋に入りまだ顔を上げる前に、怒鳴り声がして、彼女はすぐに膝まづいた。


チキンスープ:聖主様、どうか怒りをお鎮めください……

ハイビスカスティー:聖女だというのに、この聖主の命令に逆らうのか?君たちは私をなめているようだな!!!


―――

⋯⋯

・聖主様のお体の事が気になったからです……

・そんなつもりは!

・聖主様、お許しください!

―――


ハイビスカスティー:さっさと出て行け!

チキンスープ:……は……


 このような命令は日常茶飯事のようで、女は顔色を変えずゆっくりと部屋から出て行った。それを見た蛇使いの少年は口を尖らせ、不満そうにしている。


蛇スープ:嫌い……殺す……

ハイビスカスティー:……あの女にはまだ使い道がある、まだ放っておこう。

蛇スープ:……

ハイビスカスティー蛇スープ、簡単に変装するぞ、バレたら面倒だ。

蛇スープ:ああ。

羊方蔵魚:(……俯いてご自分の姿を確認したらどうですか?蛇小僧よりも、アンタの方がよっぽど派手だろう……)

ハイビスカスティー:出来た。ははっ、似合うじゃないか。

蛇スープ:うっ……変……でも……あなたが好きなら、良いよ……

羊方蔵魚:(……イチャイチャすんな、早く行け、そしたら俺も隙を見て逃げられ……)

ハイビスカスティー:じゃあ、出発するか。

羊方蔵魚:(やっと……あれ?なんで俺を見てるんだ?)


───


三十分後


羊方蔵魚:……お二方はこだわりが強いんですね、口封じするためだけにわざわざ景色が良い場所に行くだなんて……

蛇スープ:なんか言った?

羊方蔵魚:ええ、遺言を残すべきなのに、まともな言葉が出てこない……

蛇スープ:?

ハイビスカスティー:フンッ、殺すつもりなら、自分の手は汚さない。

羊方蔵魚:えっ?じゃっ、じゃあ……

ハイビスカスティー蛇スープが君を見つけた時、一枚の絵を見せただろう。

羊方蔵魚:あの……ハイビスカスが描かれた物ですか?

ハイビスカスティー:……私たちを、その花畑に連れて行け。

羊方蔵魚:えっ?もしハイビスカスが必要なら、薬屋で見つけられると思いますが、どうしてわざわざ……

ハイビスカスティー:いや、そこに行かなければならない。

羊方蔵魚:?

蛇スープ:ボーっとするな……歩け。

羊方蔵魚:歩きます!歩きます!蛇はもうやめてください!!!


 蛇を回収した少年を見て、羊方蔵魚は少しだけホッとした、だけどすぐにまた動揺が止まらなくなった。


羊方蔵魚:(まずい、あの絵は他人の絵を模倣した物だから、花畑の場所なんて知るか!ああ……この羊方蔵魚栄光は、ここまでなのか……)


 考えあぐねていると、青年は突然閃いた。憂鬱だった気持ちも一瞬にして消えていく。


羊方蔵魚:ヘヘッ!思い出しましたよ、すぐにご案内致します!


ストーリー1-6


 喧噪した街で、通行人は慌ただしく歩いていた。しかし三人だけは、豪華だけど少し閑散とした酒楼の前で、それぞれ複雑な思いで立っていた。


ハイビスカスティー:花田酒楼?花田……花畑……

羊方蔵魚:へへっ、このような立派な酒楼はなかなかないですよ!ここで食事をした事無いのは、人生の損失ですよ!

ハイビスカスティー:私を、からかったな?

蛇スープ:青ちゃん、白ちゃん!

羊方蔵魚:えー?!ままま待ってください!!!話を聞いてください!!!

ハイビスカスティー:……そろそろ我慢の限界だ、手短に話せ。

羊方蔵魚:おおおっ……お客様、命がいくつあっても貴方様をからかったり出来ませんよ!腹が減っては戦は出来ぬ、その花畑は遠いですし、まずは腹を満たしましょうよ?そうでしょう?


 羊方蔵魚の真摯さ溢れる笑顔に男は眉を顰めた、彼を信用していないからだ。その気持ちは、そばにいる少年にも影響した。


蛇スープ:胡散臭い……噛む?

ハイビスカスティー:……必要ない。これから何をしでかすのか、見てやろうじゃないか。


 相手が同意したのを見て、青年は急いで彼らを酒楼に連れ込んだ。腰が低いように見えるが、心の内では悪巧みをしていた。


羊方蔵魚:(ははっ、ひっかかった、ここはこの界隈でも最も有名な悪徳店だ。いつまで威張っていられるか、見てやるよ)


───


酒楼店主:三名様ですね。こちらお品書きです、何にしましょう?

ハイビスカスティー:チッ、面倒だ。


 お品書きを投げ捨て、ハイビスカスティーは両腕と長い足を組んだ。その気迫は酒楼で注文しているというより、戦場で指揮しているように見えた。


ハイビスカスティー:載っている料理、全部一つずつ持って来い。

酒楼店主:ええ--!!!

羊方蔵魚:ぷっ……何ボーっとしてんだ!上客が来ているのに、もてなさないのか?

酒楼店主:ただいま!お客様太っ腹ですな、すぐにお持ちします!


 十五分後


羊方蔵魚:あいやーどうして食べないんですか?鶏肉も海老も冷めたら美味しくないですよ!早く食べてください、こんなに頼んで、捨てるのはもったいないですよ!

羊方蔵魚:(ここには大量の薬が仕込まれているはずだ、食べてくれないと本当にもったいないぞー)


 そう考えながら、青年がハイビスカスティーのために絶え間なく料理を取ると、すぐに器に小山がたった。油とお酒の匂いで気持ち悪くなった彼は、気持ちを落ち着かせるためお茶を飲み始めた。

 その様子を見た羊方蔵魚は口角を上げ、もう一人のために料理を取り始める。


羊方蔵魚:お兄さん、ヒック!ご主人様も口にしただろう、あんたも食べたらどうだ!

蛇スープ:やめろ、自分で……食べる……あうっ……

ハイビスカスティー:待って!

羊方蔵魚:!

蛇スープ:え?もしかして……食べちゃいけない?

ハイビスカスティー:……いや、なんでもない。

羊方蔵魚:うぅ……

ハイビスカスティー:何を見ているんだ?その目はもういらないようだな?

羊方蔵魚:へへっ、またまたー不思議なんですよ……ヒック!お二方は、只者ではないとお見受けします、普段何をしているんですか?

ハイビスカスティー:本当に知りたいか?

羊方蔵魚:ええ、もちろん。

ハイビスカスティー:知った後に、死ぬとしてもか?


―――

⋯⋯

・げっ……

・そんな事言って、ますます気になるじゃないですかー

・あははっ、またご冗談を!

―――


 パンッーー

 音がする方を見ると、少年がふらついていて、いつも青白い頬は赤子のように赤みがかっていた。彼は茶碗を持った体勢で止まっているが、持っていたはずの茶碗は地面に落ちて砕けている。


蛇スープ:うっ……おかしい……昨日は……早寝したのに……

羊方蔵魚:確か……に……


 話終えるより前に、ハイビスカスティーは二人が机に頭を打ち付けるように倒れていくのを見た。


ストーリー2-2


ハイビスカスティー蛇スープ蛇スープ?!

蛇スープ:うっ……すぅ……すぅ……

ハイビスカスティー:チッ、やはり何か企みがあったんだな……こんな物で私を陥れるなど、人間共め……うっ!


 寝落ちてビクともしない少年を見て、ハイビスカスティーは怒り心頭になっていた。だけど胸に鈍痛を感じ、顔面蒼白になり、思わず拳を握りしめた。

 これは普通の感情の揺れではない、まるで……何かが出て来ようとしているような……


ハイビスカスティー:またっ……この野郎!!!何をするつもりだ?!

ハイビスカスティー:フッ……小僧が眠った……またとない良い機会だ……


 姿も声色も変わっていないが、ハイビスカスティーはまるで人が変わったかのように、先程よりも陰鬱に見えて、更に傲慢さや凶悪さも増えていた。


ハイビスカスティー:思う存分考えると良い、どうせこれから、何も出来ないからな。


 言い終えると、彼は眠っている少年を冷たく一瞥し、振り返らずに個室から出て行った。その後、倒れていたもう一人はゆっくりと目を開いた。


羊方蔵魚:ハァ……辛かった……あの花の精はどうしたんだ、薬で眠らない上に、人が変わった……

羊方蔵魚:どうでもいいや、俺とは何の関係もない。今こそ……復讐の時だ!


 うつ伏せになっている少年の柔らかそうな頬を見て、羊方蔵魚はニヤリと笑いながら、手を伸ばした。


羊方蔵魚:蛇なんかで脅かしやがって、頬を思いっきりつねってやる……フンッ、結構柔らかいな。

蛇スープ:うぅ……

羊方蔵魚:へへっ、遊びまくったし、そろそろお暇するかー!

蛇スープ:……ないで……

羊方蔵魚:!

蛇スープ:うっ……御侍!行か……ないで……

羊方蔵魚:……寝言?御侍って……あの花の精はあんたの御侍かよ?!

蛇スープ:……一人にしないで……御侍……行かないで……

羊方蔵魚:…………

蛇スープ:寒い……うぅ……


 少年の澄んだ声から切なさが滲んだ。まるで雨に濡れた野良猫を見ているようで、羊方蔵魚も流石に見ていられなくなったのか、慌てて懐から小さな瓶を取り出し、栓を抜いて少年の鼻に近づけた。


羊方蔵魚:……徳をもって恨みに代える、善行を積んでおくか……おいっ、早く起きろ!

蛇スープ:……なんで……寝て……

羊方蔵魚:そんなのはどうでもいいだろ、早く見ろ、あんたの御侍がいなくなってるぞ!

蛇スープ:……いなくなった?


 少年はまだぼんやりしている頭で周囲を見回すと、見慣れた姿がない事に気付き、ようやくハッと我に返った。


蛇スープ:彼はどこ?!どこに行った!!!!!

羊方蔵魚:それは……俺にもさっぱりで、なんか変な独り言を言った後にどっか行った……

蛇スープ:独り言……あいつ……またあいつに……クソッ!

羊方蔵魚:……あいつ?

蛇スープ:言え!なんで僕は眠っていた……あなたの仕業か?!

羊方蔵魚:むっ、無実ですよ!店主……店主です、あいつが料理に薬を入れていたんですって!

酒楼店主:!!!おっ、お前たちどうしてまだ起きているんだ……


 眠っている隙に金目の物を盗もうとして個室に入って来た店主は驚いた。逃げようとした時、すぐに目が真っ赤になっている少年に捕まえられて、壁に押し付けられた。


―――

・彼を返せ!!!

・クソッ!早く言え!

・彼はどこだ?!

―――


店主:なっ、何の事--

羊方蔵魚:早く言え、桜色の髪の男はどこに行った?言わないなら、あんたの命がどうなってかもしらないよ!


 ドンッ--

 二人の食霊に敵わないと気付いた店主は、すぐに土下座して許しを請いた。


店主:いっ、言います!堕神!堕神に連れて行かれました!堕神がいなかったら、私も貴方たちに薬を盛って、金を盗もうとはしませんでした!


ストーリー2-4


酒楼店主:いっ、言います!堕神!堕神に連れて行かれました!堕神がいなかったら、私も貴方たちに薬を盛って、金を盗もうとはしませんでした!

蛇スープ:黙れ!どこにいる?!

酒楼店主:あの堕神は、普段狗児山の裏にある洞穴にいます、きっとあのお客さんも……


 店主の話が終わらない内に、少年は門から飛び出して行った。疾走している間も、目には怒りが満ちている。


───


蛇スープ:御侍……必ず、助ける……僕を、待ってて……

羊方蔵魚:えっと……お二方の強い絆に、私も感動致しました。しかしどうして……私を連れているんですか?

蛇スープ:道がわからない、それに……堕神の餌に、出来る。

羊方蔵魚:……なるほど、あんたもバカじゃなかったのか……


───


 いくら嫌でも、乗り掛かった船からはなかなか降りれない。羊方蔵魚は案内人として、急いで店主が言っていた洞穴に向かった。辿り着いた時、少年は怒りのあまり怒号が止まらない。洞穴で声が反響し、山も少し揺れているように感じる。


蛇スープ:表に出ろ!彼を、返せ--!!!

堕神:たっ、助けて!

蛇スープ:?!

羊方蔵魚:???


───


 洞穴の奥に辿り着くと、二人は目の前の光景に驚いた。店主が言っていた凶悪な堕神は地面に膝をついて可哀想な顔で扇をあおっていた、そして彼らが救おうとしていた相手は、石の上に横になったままぶどうを食べていたのだ。


堕神:テキトーに食霊を捕まえて霊力を補充しようとしただけなのに、まさかこいつが……こんなに強いとは!

ハイビスカスティー:黙れ、手を止めるな。

堕神:…………

ハイビスカスティー:小僧たち来たのか、早かったな。

蛇スープ:彼を、返せ……

ハイビスカスティー:何を馬鹿な事を、私たちは一心同体だろう。

蛇スープ:あなたは、「彼」じゃない。

ハイビスカスティー:ふふっ、相変わらず、気に食わないガキだ。

蛇スープ:返せ--!!!

ハイビスカスティー:チッ、ただのガキだが、触れられたら厄介だ……


―――

⋯⋯

・堕神よ、出番だ。

・堕神、殺せ。

・何をするべきか、わかるだろう?堕神よ。

―――


堕神:おおオレではあいつに敵わない、死ねって言うのか?!

ハイビスカスティー:安心しろ、貴様が纏うその混沌の気配は、私の霊力を回復させてくれる、まだ死なせたりはしない。その上、その蛇小僧は貴様に指一本触れられないだろう、何故なら……


 そう言いながら、ハイビスカスティーは持っていたぶどうを投げ捨て、傍にあった尖った石を持ち上げ、自分の身体の上でうろうろと手を動かし、場所を探った。


ハイビスカスティー:一回反撃する毎に、彼の親愛なる御侍様の体の上に一つ穴を開けるからな。

蛇スープ:!

ハイビスカスティー:一つの体にいくつの穴があけられるか……試してみたくないか?蛇小僧よー

蛇スープ:…………

ハイビスカスティー:突っ立ってないで、早く攻撃しろ!

堕神:おっ、オレは……うわぁ--!


 ドーン、パーン。

 堕神の攻撃をもろに食らっている少年は、ハイビスカスティーの言う通り、ただ彼を見つめたまま、どんなに攻撃されても微動だにしなかった。その様子は、近くで見ていた羊方蔵魚が可哀想に思う程に。


羊方蔵魚:(チッ……あの小僧、殴られまくってもう顔の原型がないじゃないか……まずい、あいつが倒れたら、俺が危なくなる、何か方法を考えないと……)


 どうにか自分の生きる道を探ろうとした羊方蔵魚は、ふとハイビスカスティーの言葉を思い出した。


 「ただのガキだが、触れられたら厄介だ……」


羊方蔵魚:(あの花の精に何があったかわからないが、蛇小僧が近づくのを嫌がっていた、なら……)

羊方蔵魚:ハハッ、お二方、この羊方蔵魚に大きな借りを作る事になりますよ……


 羊方蔵魚は決心すると、隅で縮こまっているのをやめて堕神に向かって突進し、本当は恐ろしく思っている堕神をしっかりと捕まえた。


堕神:!なんだお前?!

羊方蔵魚:小僧、こいつを足止めしておく、早く御侍を助けてやれ!

蛇スープ:!


ストーリー2-6


 熱い。酷暑の暑さではない、まるで、体の中で炎が燃えているかのような灼熱。

 このまま焼かれ続けたら、すぐに、灰と化してしまうだろう……

 御侍……御侍……

 誰だ……誰かが私を呼んでいる……誰だ……この温度……蛇スープか……


ハイビスカスティー:クッ……


───


蛇スープ:御侍!大丈夫……?

ハイビスカスティー:……蛇スープか……大丈夫だ……

蛇スープ:御侍……苦しそう……僕は……何も出来ない……

ハイビスカスティー:ははっ……蛇スープは、そばにいてくれるだけでいい。

蛇スープ:ただ、そばで……

ハイビスカスティー:そう、蛇スープがそばにいる、このままそばにいてくれるだけで……十分だ……

蛇スープ:いる……いるよ!いつでも、そばにいる!


───


ハイビスカスティー:!!!


 ハイビスカスティーが苦しそうな顔をすると、少年はいつも放たれた矢のように彼のそばにやってきて、毅然とそして優しく両手を広げて彼を抱きしめる。


蛇スープ:彼を、返せ--!

ハイビスカスティー:なっ……


 抱きつかれた男は一瞬呆気に取られたが、悔しそうな一言だけを残し、やがて両目に広がる暗闇は夜明けの空のように消えた。


ハイビスカスティー:まったく……厄介なガキだ……

ハイビスカスティー:……そんなに力を入れたら、手が痛くなるだろう?

蛇スープ:!


 少年は驚いて顔を上げた、美しい顔からは見知らぬ凶暴さは消え、良く知っている分かりづらい優しさだけが残っていた。


蛇スープ:おかえり……

ハイビスカスティー:……心配をかけてしまったな。行こう、帰る時間だ。

蛇スープ:だけど……ハイビスカスを、探さないと……


―――

⋯⋯

・急ぐ事じゃない。

・いつかまた機会は訪れる。

・まずは、傷を癒せ。

―――


 少年の痣と血痕を見ると、ハイビスカスティーは微かに眉を顰め身を屈め、彼を抱えて帰路についた。少年は抱かれたまま、巣にいる雛のように目を閉じて安らかに眠りに落ちた。


───


一方

聖教


 コンコンッ--


チキンスープ:聖主様、夕餉をお持ちしました。

チキンスープ:……聖主様?


 返事がないため、チキンスープは眉を顰め、そっと扉を開けた。

 部屋の中は誰もいないかのように静かだった。チキンスープはあたりを見回してから、やがて高い寝台の上へ視線を移すと、すだれの向こうに誰かが横たわっている姿がぼんやりと見えた。しかし、聖主の顔を見ないと彼女は安心出来るはずがなかった。


チキンスープ:聖主様……失礼します。

ハイビスカスティー:死にたいのか?

チキンスープ:!


 厳つい男の声が響き渡り、チキンスープは思わず石段の上で跪き、弱々しい膝が悲鳴を上げそうになっていた。


チキンスープ:お許しください、聖主様の安否を案じたからです……

ハイビスカスティー:うるさい、出て行け。

チキンスープ:……失礼いたしました……


 チキンスープはそそくさと部屋から出たが、扉を閉じながらもしつこく寝台の上に目をやった。

 彼女が退室すると、寝台の上にある布団の中からびしょ濡れになっている者が出て来た。顔が真っ赤になっていて、口はパクパクと開いて必死に空気を取り込んでいた。


蛇スープ:ハァ……熱い……御侍よりも熱くて……嫌……

ハイビスカスティー:ふふっ……ご苦労だったな。

蛇スープ:…………また、一緒に出掛けて、ハイビスカスを探しに行こう。

ハイビスカスティー:なんだ?蛇スープが遊び好きだったとは、意外だな。

蛇スープ:いや、遊びたい訳じゃ……


 少年は目の前の艶やかな笑顔を見つめ、少し悔しそうに項垂れて、小さく呟いた--


蛇スープ:ただ……また、あなたの笑顔が見たいだけ……


蛇スープ√宝箱

冬虫夏草:ん?君があんなに可愛がっていたのに、怪我するなんてね?早く見せてみろ。

蛇スープ:…………

ハイビスカスティー:そんな事を言ったら、彼はまた……

冬虫夏草:いっーー!君の蛇はまた見境なく噛んで来た!ちゃんとしつけをしろ!

蛇スープ:ざまあみろ。

冬虫夏草:ボ、ボクは親切で診察に来たのに、その態度はなんだ?!いっ、蛇スープ

蛇スープ:ふんっ、見なくても良い。

ハイビスカスティー蛇スープ、彼はヤブ医者だが、外傷の手当て位は出来るだろう。

冬虫夏草:ヤブ……医者……わかった、聖主様な今後ヤブ医者の薬を飲みたくなっても、もう出さないから!

ハイビスカスティー:すぐ怒って、からかい甲斐のないやつだ。

蛇スープ:つまんない。

冬虫夏草:…………

 息の合った二人に、冬虫夏草は怒りで顔が真っ赤になった。すぐさまこの場を離れようとしたが、寝台に置いてある絵を見つけた。

冬虫夏草:ハハッ、聖主様がこんなに自惚れていらっしゃるとは、寝台の上にこんなに大きな自画像を置いて、夜にうなされたりしないんですか?

ハイビスカスティー:心が狭いな。

冬虫夏草:しかし、この絵は実に本物にそっくりだ、聖主様は大金をはたいたのだろう。

ハイビスカスティー:……これは絵ではなく、鍵だ。

冬虫夏草:馬鹿な事を言うな、そんな恐ろしい鍵が使われているどこの錠だ?

ハイビスカスティー:……この絵でチキンスープを騙し、蛇スープとハイビスカスを探しに出た。

冬虫夏草:……まだ諦めてないのか。

ハイビスカスティー:諦めない……ハイビスカスを見つけて、あの火のように赤い花畑を見つけられれば、もしかしたら……何かを思い出せるかもしれない……

冬虫夏草:思い出は、良い事であるとは限らない。

 いつもの陰気な雰囲気と違って、冬虫夏草は落ち着いて真面目に話していた、ハイビスカスティーも目を離せない程に。

ハイビスカスティー:あなたは……

蛇スープ:……白ちゃん……

冬虫夏草:いったーーまた何か怒らせたのか?!

蛇スープ:ヤブ医者……嫌い……

冬虫夏草:わかったわかった!こんなみすぼらしい場所には、二度と来ない!

 青年は怒って立ち去ると、扉を思いっきり閉じた。

ハイビスカスティー:まぁ……彼は口騒がしいが、君にもよくしてくれただろう、怪我を治してくれた……

蛇スープ:イヤ。

ハイビスカスティー:……わかった、イヤならもう呼ばない。

蛇スープ:あんなやついらない……あなたがいれば、十分。

 それを聞いて、ハイビスカスティーは微笑ましくなった。少年の頭を撫でて、心の底からホッと一息ついた。大人しく彼の手に頭を擦り寄せる少年の目も、驚く程に明るくなった。

蛇スープ:(あいつも……あなたの視線を奪う全てが……)

蛇スープ:(嫌い、だ)


羊方蔵魚√宝箱


翌日

花田酒楼


羊方蔵魚:ほら、堕神があんたの店から奪った金だ、確認してみろ。あいつはもう二度と来ないから、あんたも真っ当な商売をして、もう盗みなんてやめろよ。

酒楼店主:なんと……ありがとうございます!ありがとうございます!

羊方蔵魚:良いって事よーだけど、この前のお代は……

酒楼店主:もちろんタダで良いですよ!堕神を退治してくれた貴方様は、私の大恩人ですからね!これからのこの酒楼での費用も、全部タダで良いですよ!

羊方蔵魚:へへっ、流石だな店主、太っ腹ー

酒楼店主:しかし……どうして堕神に盗まれた金額まで把握しているんですか?食霊様こそ流石です!

羊方蔵魚:それは……


 青年は無意識に壁に飾られた絵とそれに捺されている判子を見て、一瞬だけ目を光らせた。


羊方蔵魚:企業秘密ってことで。


 店主と別れた後、青年は飛び跳ねながら路地裏に入り、辺りを見回してから笑いながら指をパチンと鳴らした。


羊方蔵魚:出て来い。

堕神:…………

羊方蔵魚:ほれ、これがあんたが欲しがっていた薬だ。どんなに強い食霊でも、これを一口吸えば、すぐに意識が飛ぶぞ!

堕神:ありがとうございます!ありがとうございます!

羊方蔵魚:へへっ、金でこの神薬を買って、余生の平穏が保証される、良い取引だろう?

堕神:破格!破格ですよ!ただ……本当に効くのか……

羊方蔵魚:あいやー商人は信用第一だ、あの日この目で見たからな、間違いない!

堕神:それなら安心です!これさえあれば、もうあいつが来ても怖くありません!


 立ち去る堕神の後ろ姿を見つめていると、青年はついに我慢出来ずに吹き出した。


羊方蔵魚:あははははっ……偽物に決まってるだろー何が神薬だ、ただの小麦粉だよ。自分からちょっかい掛けなければ問題ない、また悪巧みをしたら……

羊方蔵魚:はっ、俺はあんたを倒せないけど、誰かがきっと片付けてくれるだろうなー


 楽しそうに小さな書画店に潜り込むと、青年は扉を閉め、判子を取り出して耳を近づけそこから聞こえてくる音を聞いた。


羊方蔵魚:聖教……聖主……ははっ、実に面白い!

羊方蔵魚:花の精、蛇小僧……俺を弄んどいて、このまま済むと思うなよー

羊方蔵魚:聖教がこっそり何をしようとしているか全部見てやるよ、そんで……

羊方蔵魚:大金をふんだくってやる!



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タイトル FOOD FANTASY フードファンタジー
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  • RPG(ロールプレイング)
ゲーム概要 美食擬人化RPG物語+経営シミュレーションゲーム

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