小籠包・エピソード
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小籠包のエピソード
見た目は無邪気な少年だが、実際の年齢は
もはや謎。
無欲恬淡な生活をしており、よくお茶を嗜んで
は周りの人に勧めている。
しかしそういう時は基本みんな彼を避けようと
する。なぜなら
彼が勧めたお茶はなぜかいつも酸っぱい味が
するから…。
Ⅰ 何よりのご馳走
「小籠包!いつものを!」
「あいよ!今日は新鮮なスズキが入ったんじゃ、どうかの?」
「じゃ、それを松の実炒めで!」
「あいよ!」
「スズキの松の実炒めと今日のお勧め料理!」
わしは厨房に向かって、中で鍋をかき回す御侍に料理名を大声で告げた。
御侍は返事をして、袖口で頭の汗を拭うと、香ばしいチャーハンを窓口から差し出した。
「お待ちどお!郭旦那の卵チャーハン!ネギ抜き玉子追加で!」
わしらの村は大きくはないが、名の知れたよい場所じゃ。
流れるせせらぎ、温暖な気候、川べりには美しい柳の木、そこで洗濯をする可愛らしい娘たち。
もちろん、一番有名なのはうちの食堂じゃ。
帝王のお気に入りだった御厨調理人が故郷に戻り、長年の貯蓄をはたいて開いた店じゃ。
国家級宴会から普通のチャーハンまで、どれも美味しいものばかり。
御厨は血色よく太った老調理人で、宮廷に勤めていたようにはとても見えない。道端で腹を空かしている野良犬にも、手料理を振舞ってやるような性格じゃ。
両頬にあるひげを子供に掴まれても怒らないようなこの老人が、わしの御侍じゃ。
わしは毎朝早く起き、市場で新鮮な食材を仕入れ、それを見て御侍が今日のお勧め料理を決める。
昼と夕方が一番忙しい時間じゃ。
近所の人間はすっかりお得意様。
みんなの注文を取り、食卓の片づけをする仕事の他は、わしは御侍のそばにいて、御侍がありふれた食材と調味料で素晴らしい料理を作るのを見ているのが一番好きじゃ。
料理を作り終えた御侍はいつも笑って嬉しそう、特に人々が自分の作った料理を食べているところを見る時は、これ以上ないぐらいじゃ。
そんな時わしは、自分はこの笑顔を守るために現れたんじゃないか、と思う。
御侍はよくわしの頭をなでながらこう言うのじゃ。
「小籠包よ、この年寄りとこの村で共に暮らし、わしの最期を見届けてくれい。外の世界の堕神とやらは、あまり関わるでない、お前のこの小さな体では相手になるまい。」
わしは御侍の微笑みを見ながら、自分に誓うーー
この人を最期まで、こんな笑顔でいさせてあげよう、と。
御侍は毎日みんなの料理を作り終えると、自分は煙草をふかし、店の玄関に座る。
それから、わしにお茶を淹れさせ、フーフーとだらしなく飲み、流れる雲を見上げてぼーっとする。
何も変わらない静かな生活。これがわしらのすべてじゃ。
じゃが、どうしたわけか、御侍は最近味の濃いものが好きになって、大好きだったお茶も、「味がない」と受け付けなくなってしまった。
Ⅱ 決意
いつの頃からか、素晴らしかった料理の味加減が、とても食べられたものではなくなった。
御侍の味を気に入っていた近所の人たちが時々こっそりわしを呼んでは、何事かと聞いてきたものじゃ。
わしは、隠れて村医者にも聞いてみた。
だが答えは「歳のせいで味覚や嗅覚が衰えてきたんだろう」と。
料理人にとって、味覚はとても大切なものじゃ。
それに、『美味しいものでみんなを喜ばせる』ことを生きがいとしてきた御侍にとって、これ以上ないほど残酷なことじゃ。
わしは御侍のお茶に、いろいろな調味料を混ぜてみた。
その中て、酢を混ぜたお茶は、もう酸味も感じられないせいか、特に気に入ってもらえた。
御侍が風邪を引いた折に、老医者に見せた。
医者は残念そうに首を振るばかり、わしの心は重くなるばかり。
月日とともに衰えていった御侍は、以前のように毎日料理をしなくなった。
わしがお願いをしたので、近所の人たちはこの残酷な事実を隠しておいてくれた。
わしらの村はよそからも人が来るほど有名じゃった。
みんなこの美しい景色と御厨料理人だった御侍の作る料理が目当てじゃった。
その日、わしらの店に感じのよい娘さんがやってきた。
食霊に手を引かれ、袖で笑みのこぼれる口元を隠し、まるで柳の葉のような細い弧を描く目、はっと引きつけられるほどの美しさ。
わしは思わず御侍に、店に食霊が来たことを告げた。
御侍はたちまち上機嫌になり、もうしっかりとは歩けない足で厨房へ向かっていった。
「ほらほらほら!お友達だよ!」
娘さんとその食霊は次々と料理を注文し、微かな笑いの中には驚きが混じっていた。
わしも、興奮した御侍に二人の食卓まで引っ張っていかれ、座らされた。
「や!あなたも食霊ですかな!どうか年寄りの頼み、うちの小籠包と友達になってやってください!」
「いいですよ」
娘さんはやたらと軽い口調で、そう答えた。
「ハハハ、よかった、こんな田舎、他に食霊はいませんからな!」
その答えを聞いて、御侍はさらに笑った。
「小籠包はいい子なんですよ。ちょっとボーっとしてますが」
「ええ、うちのも似たようなものですわ。店主さん、ありがとう」
娘さんは袖で笑みのこぼれる口元を押さえ、軽く言った。
「どれもわしの手作りです、さあさあ、どうぞ!」
御侍は喜んで客に自慢の手料理を振る舞った。
そこまで勧められたので、娘さんも断る理由はなかった。
だが箸で料理を口に入れた途端、二人の顔色が微妙に変わった。
わしは場の空気を感じ取り、慌てて顔を上げて御侍に言った。
「御侍様、ほら、二牛が昨日言っていたお菓子はどうなりました?好きな女の子にあげるとかいうあれですよ。」
「なんと!わしとしたことが!よし行こう、後はお若い皆さんで楽しんでいてくださいな!」
御侍が立ち去ると、わしは目の前の二人に説明をした。娘さんの方は心配そうに御侍の立ち去った方向を見て頷いたが、隣の食霊は眉をしかめるだけだった。
「やっぱり本当のことを言った方がいいぜ。親父さんにも真実を知る権利はある。」
そばにいた娘さんは眉をひそめ、肘で食霊の腰を突き、不満そうにつねった。
「カニみそ!」
「……ああ、後で……後悔するよりな。」
食事は沈黙の中に終わったが、カニみそ小籠包というその食霊の言うことは、わしには受け入れがたかった。
やはり……言った方がよいのじゃろうか……
Ⅲ 後悔
カニみその言葉が頭の中でまだぐるぐる回っているうちに、恐れていたことはついに起きてしまった。
その時、わしは近くの村にいた。ある調味料で有名な村じゃった。
御侍はこの調味料で新しい料理を発明するのが好きじゃから、仕入れに来たのじゃ。
わしが戻った時には、御侍は近所の人たちによって、診療所に寝かされていた。
医者が出てきて、悲し気に顔を上げ、一縷の望みを抱いていたわしらの前で首を振った。
いままでわしや近所の人たちによって演じられていた心優しい茶番劇は、事情を知らないよそ者二人によってあっさりと破られてしまったそうじゃ。
何も知らない彼らは、御侍が味覚を失ったことを口さがなく言いふらした。
それは高齢の御侍には耐えられない現実じゃった。衝撃のあまり、倒れてしまったのじゃ。
老医者が長い溜息をつき、ポンポンとわしの肩を叩いた。
「早く入りなさい、何かお前さんに言いたいことがあるようだ。」
わしは臆病じゃった。肩に置かれたその手が怖くて体が震え、呆然としたまま踵を返した。
わしはその部屋に入る勇気がなかなか出なかった。
じゃが近所の人たちは次々と入っていき、御侍様に長い間嘘をついていたことを謝っているのじゃった。
その時頭にあったのは、底知れぬ恐怖じゃった。
わしはその目を見ることも、言葉を聞くことも恐ろしくてできなんだ。
わしを大声で罵り、責める御侍は、人々の笑いものになるんじゃなかろうか。
そして、散々迷った挙句、中に入った時は、すでに遅かった。
御侍は眉をひそめ、両目をぎゅっとつむっていた。わしが何度名前を呼んでも、もはや返事をしなかった。
わしは自分が責められているんじゃないかと考えると恐ろしく、そのまま葬式にも参列しないで、逃げるように村を去った。
それから、わしはいくつもの街を彷徨い、ことあるごとに自分を責めた。「最期まで笑顔でいさせてあげよう」と誓ったではないか。だのに、息絶えた御侍のあの表情ときたら、わしの脳裏に焼き付いて離れなかった。
ちょうどその時、わしの視線は思わず引き付けられた。かつてわしを諭してきた奴が突如目の前に現れたではないか。
彼は以前と同じ娘さんを丁寧に抱きかかえ、花のすっかり落ちた桃林を指さし、小さな声で言った。
「ほら、ここは一面の桃林。あとしばらくで、花が満開になる。そうしたら花見をしよう。」
「ええ、私がお酌をするわ。」
以前見た美しい瞳はもはや焦点が合っておらず、わしはただぼんやりとそれを見ていた。その横で眉を顰める悲しい表情にも、わしは見覚えがあった。
そう、思い出した。あれは御侍が亡くなった時、鏡に映ったわしの表情ではないか。
わしは静かに顔を上げた。花が散りつくした桃の林を見ていると、眉を顰めずにはいられなかった。
もう初夏の頃だというのに、こいつはなぜ花盛りだなどと言うのであろう。
歩み寄ってみると、それはあのカニみそ小籠包だった。わしの姿を認めると、人差し指を唇に当てた。その目は疲れと悩みに満ちており、最初に会った時とはまるで別人だった。
Ⅳ 願い
わしは静かに、彼らの現在の住処まで後をつけて行った。
そこは桃林で外界から閉ざされた桃源郷、静かな雰囲気は老人や……病人にもよさそうだった。
初めて会った時はただ少し痩せていただけの娘さんだったが、しばらくして重い病気にかかった。
もはや、ただ弱っていくのを見守る以外にはない状態じゃった。
そしてこの恐ろしい病気は、凄まじい速さでその命と、感覚器官を侵していった。
だがこの残酷な現実をなかなか受け入れられないカニみそ小籠包と比べれば、この一見か弱そうな娘さんは、意外に強かった。
娘さんはまるで咲き誇る桃の花のような笑顔で、カニみそ小籠包の心を慰めた。
カニみそ小籠包は勇気を振り絞って、わしと同じ決心をした。
「この子を最期まで悔いなく笑顔でいさせてあげよう」と。
初夏の桃林には、二人の思い出の桃の花が咲いていたのだろう。
決心をしたカニみそ小籠包は、わしのところへやってきて、葉桜の下で一緒に酒を飲んだ。
その日、わしらは多くの話をした。相手のこと、相手の御侍のこと……
それに、わしの御侍のこと。
カニみそ小籠包は、わしの御侍はわしを恨んでいなかっただろうと言った。
わしが御侍を理解していたのと同じく、御侍もわしを理解していてくれただろうと。
だから、ただ一言「ごめんなさい」と言えばいいのだと。
冷やっこい酒が腹にたまるのに、頭はどんどん冴えていく。飲み干した甕を手放すと、決心した。
皓々とした月光に照らされて、わしはふと、御侍がこの世を去って一年になることを思い出した……
戻ろう……戻って……御侍に、一年遅れの「ごめんなさい」を言おう。
わしはまた長い旅をして御侍の墓前に帰り、その小さな墓碑に、子が父にするのと同じ方法で跪いた。
「御侍、ずっと騙していたわしをお許しください。それから、世界一の友達に巡り会わせてくれたこと、心から感謝します」
父親のような宮廷調理人の墓前に立っていると、風がわしの髪の毛を耳の後ろに流していく。
突然、大きな声が聞こえた。
「小籠包!帰ってきたのか!どこに行っていたんだ!」
墓参りに来た近所の人たちが、墓前に立ち尽くし、御侍と話すわしを見て、驚くやら怒るやら。
「どこをうろつき歩いてたんだ、心配したぞ」
「……わしは……」
「ああ、言いたくないならいい」
「親父さんは、わしらには怒っていないと言っていたぞ。だが、いつかお前の夢枕に立って、お仕置きをしてやりたいとも言っていたな。人を騙すのはよくない、ここで親父さんに一言謝ったら、何か食べるものを用意してやろう」
「……」
「ああそうだ、最期に、お前さんの淹れたお茶が飲みたいと言っていた。それが一番おいしいからと……」
「おい、泣くなよ!な……ほら……泣くなってば!泣くようなことは……言ってないだろ……」
Ⅴ 小籠包
小籠包を召還した御侍は、子供のように頑固な宮廷調理人だった。
故郷に錦を飾り、子供の頃からの夢だった食堂を開いた。
この店は利益も、客入りも度外視だった。
料理人はすでに充分すぎるほど金を持っていたので、食事をした人がお腹いっぱいになって、心からの笑顔を見せてくれればそれでよかったのだった。
年老いた料理人は自分の懐へやってきた食霊を見て、眉をひそめた。
これが堕神を倒すという食霊?
まだ子供ではないか!
あんな怪物と戦わせるわけにはいかぬ!ダメだ!
彼は、小籠包をそばに置いておくことにした。
他の料理御侍のように堕神を撃って名声や金銭を手に入れる必要もなかったので、それでよかったのだ。
そして彼は確かにそうした。
子供のような見た目をした小籠包はその御侍と同じく、子供のような無邪気さを持つに至った。
料理人は歳をとったが、自分の味覚と嗅覚が失われてきていることには気が付かなかった。
子供のように育てられた小籠包は、この老料理人に本当のことを知らせるまいと、ありとあらゆる手を尽くした。
しかしついに真相が知られる時がやって来た。
年老いた体には、あまりにも衝撃的な事実だった。
だが料理人は目が醒めたら、自分を責めているであろう小籠包にただ、こう言おうとしていた。
わしはお前を責めていない。今までありがとう、と。
だが自責の念に囚われた小籠包が勇気を振り絞って枕元に立つ前に、死神は御侍を連れ去ってしまった。
だから料理人の最期を小籠包は知らない。誓いを果たせなかったことをひたすらに責めた。
料理人はただ、「小籠包が心を込めて淹れたお茶をもう一度飲みたい」と言っただけだったのに。
ずっと料理人の庇護のもとで生きてきた小籠包は、しばらく外の世界を旅してまわった。
そして、誠意ある友達に諭され、今までの自分の殻を破ることができた。
臆病な自分と決別した小籠包は、御侍と長い間暮らしていたあの村へ戻った。
そして聞けなかった御侍の遺言を知り、御侍の墓前に深く首を垂れたのだった。
今、小籠包はその友達と、この桃源郷にいる。
「カニみそ小籠包、小籠包はどこだ!あいつめ、ただじゃおかないぞ!」
カニみそ小籠包は桃の木にもたれかかり、悠々と日向ぼっこをしている。
声のするほうを見てみると、急須を持って怒り心頭のワンタンがいた。
「プッ、あいつどうしたんだ?」
カニみそ小籠包は思わず声を上げる。
「廬山のくれたお茶が!!!いいお茶なのに!!酢をたっぷり入れるなんて!今度こそは許さない!!」
「あいつならさっき、酢が切れたとかで、市場に行ったよ」
「よし!!」
カニみそ小籠包は怒りをたぎらせて立ち去るワンタンを見て思わず身震いをし、それから反対の方向を見やってこう言った。
「おい、もう大丈夫。」
もう一方の傍らの桃の木の下で様子をうかがっていた小籠包は舌を出し、嬉しそうにカニみそ小籠包の横に座った。頬杖をつき、目を半分閉じている。
「どうしていつも、お茶に酢を入れるんだ?」
「美味しいと言ってくれた人がいるからの、みんなの反応を試してみたいのじゃ。」
「…………そ、そうなのか。」
「ああ!ある人に今まで飲んだ中で一番美味しいって言われたからの!」
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