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重陽糕・エピソード

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重陽糕のエピソード

物事への関心があまりないが、厄災を見通す力を持っている事から、度々その力を頼るものが訪ねてくる。 だが本人は運命は自身で立ち向かうものだと考えており、厄災について尋ねられたとしても、多くは語らない。

Ⅰ 想い描く人

真っ黒な霧が波のようにうねり、目の前の男を取り囲んだ。


(まるで、あの日のようだ……)

 

深い闇、息もできない圧迫感。

ずっと凪いでいた心にさざ波が立ち、手で椅子の肘掛けを叩く。


このとき、唐突に声が響き、わしの追憶を断ち切った。

「先生?聞いてらっしゃいますか?」

男は背中を丸め、目は狼狽えた様子で泳いでいる。

わしは口元を押さえて咳き込み、驚いた表情を浮かべた。

(そうだ、彼はあの方ではない……)


ここにいるのはありふれた人間で、助けを求めてくる者の一人に過ぎない。そう、少しだけ似た雰囲気を纏った――別人


(この者の問題はなんであったか……?)


「先生……私は助かりますか?」

 男はおずおずと、言葉を紡いだ。それは、今さっき言ったのと同じ台詞だ。そこでやっと落ち着きを取り戻す。

(……思い出した。災厄に見舞われ、不治の病を宣告されたのだったな)

知人からわしの事を聞き、一縷の望みを持ってここへ来たのだ。


「わしは、仙人ではない」

 瞳の中の霊力を消すと、眼前の世界が元に戻った。

「わしは、災厄が見える食霊に過ぎない……」

 頭を垂れ、視線を逸らし、男を見ないように努める。

(見られないのか、それとも――見たくないのか……?)

 ……わからない。わかっているのは、わしにはこの男を助けられないことだけだ。

 ――彼の人を、助けられなかったように。


「帰りなさい」

そこで口を噤む。暫し考えたが、最後には溜息をついて、続きを絞り出した。


「家族との時間を大切にしなさい。心残りのないように……」


男は無慈悲に投げかけられた言葉に、顔を歪めてよろよろと立ち去った。

彼からは、悲しみだけでなく、怒りが滲み出ていた。


 ――それは誰に向けられたものなのか?


(わしに?それとも、この世界に?)


 その答えは、出ない。

 立ち去る男を黙って見届け、またいつものように一人、茶を飲んだ。


Ⅱ 訪問客

 生まれた時から、わしの目には他の人とは違う世界が見えていた。


 わしが目に霊力を宿すと、世界は別の顔を見せてくれる。


 わしにはすべての生き物の悪運や災厄が見える。あるときは濃く、ときには薄く。またあるときは大きく、そして小さく。


 記憶の中で、わしは御侍と並んで川辺に座っている。御侍は石を拾い上げ、力一杯投げた。

「見えているのは、良いことではないな」

 石は川面で何度か水しぶきを上げて跳ね、そして沈んだ。

「なぜそのようなことを?」

 御侍を真似て、わしも川に石を投げてみた。だが、ぽちゃんと音がして石は沈んでしまい、跳ねたりはしなかった。


「……見えると変えたくなる。それは仕方のないことだ。しかし運命を変えるのは、良いことではない」

「変えてはいけないのは悪運で、運命ではありません」

 わしはその差を強調して言った。

「災厄を避けるのがなぜ悪いのですか?」


「お前は災厄を変えた後、何が起こるかを予言できないだろう?」

 御侍は手に持った石を軽く上に投げては受け取り……を繰り返す。

「石投げがどんなにうまくなっても、投げる結果を思い通りに制御することはできない」


「もっとうまくなればよいのでは?」

次にわしが投げた石は、一度だけ水しぶきを上げて跳ねた。

「多少の誤差は無視できるくらいに、うまくなったら?」

「災厄は石より複雑で変化する。こんな大きな石ならどうする?」


 御侍様は後ろにある巨石を指した。

「巨石を動かせるように、自分を鍛えたらどうでしょう?」

 口端を僅かに引き上げ、わしは得意気に告げる。すると、御侍は優しく微笑んだ。


「お前は食霊だってことを忘れてはならない」

「忘れてなどおりませぬ」

「では、お前はこの大きな石で水切りができるとしよう……しかし、水はどうする?」

「水……?」

「そうだ。人の災厄は石ではない。川の一部なんだ」

 御侍は手を伸ばして、川面を指した。

「川の一部が荒れ地に流れ出る。そして地面に吸い込まれ、蒸発する。しかし水はそうはなりたくない。じゃあどうする?」

「堰き止める?」

 首を傾げて少しの間考えて、そう答えた。

「ふ……そんな簡単ではないな」



    *    *    *



 そのとき、扉を叩く音が聞こえる。それでわしは現実に呼び起こされ、追憶は遮られた。


(――誰かが来た。今日もまた、わしに助けを求める者が来たに違いない)


 そう思って扉を開け、一組の夫婦を迎え入れた。


Ⅲ 慣れきった災厄

「申し訳ないが、わしは災厄が見えるというだけの食霊なのだ……」

 夫妻の相談を聞いて、わしは溜息をつき、何度繰り返したかわからないこの台詞を言った。


 夫妻の娘は先週、街に急に現れて襲った盗賊に殺された。公安が何日も調査したが、盗賊の手がかりはまったく見つからない。


「わしの仕事は悪人を捕まえることではない」

 それでも、と頭を下げる夫婦に、無慈悲にもこう告げた。しかし、夫婦は引き下がらない。


「娘の災厄は、私たちにとって悪夢のような災厄でした」

 男は勢いよく捲し立て、直立不動の姿勢で、わしに深く頭を下げた。


「先生、お願いでございます!何卒……!」

「……わかった。やってみよう」

 男の懇願に、もう反論する気力が持てなかった。首を振り霊力を目に宿す。

「ただ、期待しないでほしい」


 うっすらと瞼に情景が浮かぶ。目の前の世界が一瞬で変化した。しかし、それはすぐに消えてしまう。


 夫妻は娘の災厄の関係者に過ぎない。事件の全貌を見たいと思っても、簡単にはいかない。


 もう一度集中する。得た情報から何か見えないかと懸命に見てみる。そうして、長い時間が経ち、目を閉じてこめかみを押さえた。


「犯人はまだ街にいるはずだ」

 見えた情報を整理しながら話す。

「その者の姿は、東側に見える……」


 夫妻は互いの顔を見て、晴れやかに笑った。そして、わしにそれぞれ深く頭を下げる。

 何度も感謝の言葉を繰り返す夫妻を、わしは穏やかな心境で見送った。


「先生はうまくいかないと仰いましたが、わしは諦めたくないのです」

 そう呟いて、壁に掛かった絵に目を向ける。

「災厄を避けられないのは、とても悲しいことです。この力を活かしたい――わしは、あなたが間違っていたことを証明してみましょう」

 きっぱりと言い切るも、わしはすぐに俯いてしまう。

「これまで一度もうまくいったことはないけれど……それでも、わしは」

 重苦しい息を吐いて、心に芽生えた小さなさざ波を見ないことにする。


「先生、どうかお助けください……!」


そして、助けを求める次の客が来たことを確認し、立ち上がった。


   *    *    *


 ガシャガシャ――

 金属のぶつかる音と共に、鎧で身を固めた兵士たちが走り去っていく。


 昨日から街中には、非常線を張って見回る兵士がどんどん増えている。あの夫妻に指南してからずっとこんな様子だ。


「まだ捕まらないのだろうか……?」

 状況が気になるも、すぐにその考えを消す。災厄を見慣れれば、いつのまにか麻痺する。これもその中のひとつに過ぎないのだ。


(わしの日常は変わらない)


 別のことを考えようと、夕食について思考を巡らす。しかし、どうしても街の様子について気になってしまう。


(気にすることはない――むしろ、気にしては駄目だ)


 それ以上の思考を強引に押しのけて、わしは夕飯の材料を買う為、家を出た。

 しかし、どうしても嫌な予感が拭い切れなかった。


Ⅳ かつての忠告

 夫婦が訪れてから数日が経ったある日の朝。

 また、助けを求める『特殊』な客が訪れた。


 その者は大きな黒い長衣に身を包み、顔が全て隠れるほどの包帯を巻いていた。

言葉や仕草から、動揺が見て取れ、どうにも話が繋がらない。相当に焦っているようだ。


「少し冷静になるのだ。それから話してくれ」


 ここには様々な人が訪れる。その為、多種多様の人を見てきた。こうした場合、まず声を掛けて落ち着かせる。冷静になってもらわないと、しっかり説明することも、意思疎通を図ることもできない。


「ふぅ――」

大きく息を吐いて、目の前の客は少し冷静になったようだ。


「私は今、敵に追われている。どうか助けてほしい」

 見れば、その者の手は震えている。両手を組んで、必死に揺れ動く感情を抑えようとしているようだった。


「なんとか追手から逃げ切りたい。どうしたらよいですか?」

「見てみよう……」

 霊力を始動させる。この者の不安を取り除いてやりたいと思っての行動だが、同時にわしは嫌な感情が芽生えていた。


 ――追う者、追われる者。

こうした構図は、殺伐とした事件と背中合わせだ。面倒事に巻き込まれる可能性がある。

だが、死ぬ可能性がある者を見逃せない。この者は非常に危険な状況である。

そこで一口お茶を飲んで一息つくと、再びわしは目に霊力を宿した。


「一刻の猶予もない。死と直面している……」

 そこで、霊力を下げ、ゆっくりと息をつく。

「しかし、脅威はほぼ東側に集中している」

 その言葉を聞いて、その者は叫んだ。

「助かった!」

そして金の入った袋を乱暴に机の上へと置いた。金はもらっていないので、返そうとしたが、わしの声は届かなかったようだ。彼は脇目も振らずに部屋から出て行ってしまった。

この出来事に嫌な符合を覚え、心に妙な違和感が生まれた。

だが、もう自分にできることは何もない。だから、それ以上は考えないようにした。





 それから三日後。わしに助けを求めてきた夫妻が、愁いを帯びた表情で再び会いに来た。


 娘を殺害した盗賊が今日、包囲網を掻い潜り、北の城門から逃げてしまったと言う。

目撃者によると、犯人の顔や姿はよくわからなかったとのこと。黒い長衣を纏っていて、顔には包帯……兵士が見ても、盗賊だとはわからなかったと言う。


 わしは愕然として、その場に項垂れた。そんなわしを夫妻は責めなかった。だが、彼らは明らかに憔悴していた。


 わしの謝罪の言葉を受けて、彼らは深々と頭を下げて、静かに立ち去っていった。その姿を見送った。そのときわしの頭の中には、彼らが最初に訪れた日に想い出していた、追憶の続きが甦った。


    *   *    *


「……簡単じゃない?」

 御侍の言葉に、わしは首を傾げる。御侍は柔らかに微笑んだ。

「水の流れは互いに絡み合っている。お前の見える災厄と同じだ。完全に独立した災厄は少ない――水の流れを堰き止めれば、一時の願いは叶う。だがその後は?」

その問いに、わしは答えられない。黙ってそのまま俯いた。

「わからないか……まぁいい。いずれにしても手を出さない方がいいだろう」

 その言葉にそっと手を握る。

「災厄は互いに絡み合っている……?」

 師匠の言葉を反芻し、長い息を吐く。


「水の流れに善悪はない。災厄もそうだ。だが、人には善悪がある。災厄を変えることで、善悪のどちらが有利かを見分けられなくなる」


 今はわからなくとも、考えてくれたら嬉しい……と御侍は笑った。


   *    *    *


「手を出すほど混乱する……ということでしょうか?」


 わしは顔を上げて、視線の先に飾られた御侍の肖像画を見て、そう訊ねる。


「あの時、こうなることを予見して、わしが運命を変えるのを止めたのですか?」


 辿り着いたその言葉はやけに重陽糕の胸に沁みた。


「わしは……どうしたらいいのでしょう?」

 その答えは当然返ってこない。重陽糕は俯いてしまう。


 いつか――その答えを出せる日が、来るだろうか?


Ⅴ 重陽糕

 光耀大陸には、かつて有名な食霊がいた。

名を重陽糕という。


 重陽糕は、人の災厄を見ることのできる不思議な目を持っていた。


 彼女が有名になったのは、災厄を見ることができるだけでなく、それを避ける方法を見つけられるからだった。さらに助けを求める人を拒まないという理由もあった。


 重陽糕は、元々は賢く明るい少女であった。しかし御侍を目の前で亡くした日から、彼女は変わった。おしゃべりだったその姿は見せなくなり、寡黙な女性になった。


 自分に救えなかった御侍への心残りを埋めようとしてか、彼女は自分の能力を求めるすべての人を受け入れた。


 彼女の話が広まると、人がひっきりなしに訪れるようになった。しかし、そんな日々は、ある日突然終わりを告げる。


 ある殺人犯が。彼女の指南によって公安の包囲網から逃げたからだ。


 重陽糕はたちまち人々に批難される立場になった。彼女に恩のある人たちが立ち上がったが、状況を変えることはできなかった。

 重陽糕は、本人にその気がなかったとはいえ、確かに道徳から外れる行為を行ってしまったのだ。


 重陽糕はそのうち、娘を殺した犯人を捕まえる度に出た。いつ捕まえられるかわからない、永遠に捕まえられないかもしれない。それでも、彼女は旅を続けた。


 そんな旅の途中、重陽糕は二体の食霊と知り合った。それは、なんとも仲の良い、男と女の食霊であった。


 重陽糕の事情を知った食霊たちは、彼女に力を貸した。そして見事、重陽糕は犯人を捕まえることができた。


 殺人犯を娘の両親に引き渡すと、重陽糕は早々にその場を立ち去った。犯人の悲痛な声と両親の責め立てる声が耳を掠めたが敢えて耳を閉ざした。


その後、誰もが重陽糕はまた街に住むと思っていた。だが、彼女はそうしなかった。あの事件の後の人々に彼女が落胆したせいだろうと噂する人もいた。


 重陽糕は再び旅に出ると言った。彼女に協力した二人の食霊は、彼女を引き留めたが、重陽糕は丁重に断った。


「わたくしたちと一緒に旅を続けるのは、やっぱり難しいことなの?」

 その言葉に、重陽糕は静かに頷いた。

「わしには……まだわからないことがあるのだ。そのことを一人でゆっくり考えたいのだ」


 それ以上、食霊たちは重陽糕を引き留めようとはしなかった。その代わりに、と男の食霊が興味なさげに嘆息する。


「最期にひとつ。貧道からお主に言いたいことがある」

そう切り出され、何事かと重陽糕は男の言葉に耳を傾けた。

「お主の御侍が言いたかったことは、お主が思っているようなことじゃないと思うぞ。お主の御侍は本当に賢明だった」


 そして、なおも続ける。

「彼が本当に言いたかったことは、災厄にしろ、運命にしろーーそうしたものは、流れる水のようなものだということではないだろうか」


 重陽糕は答えない。黙って聞き続ける。


「堰き止めることもできれば、流すこともできる。ただ、支配することはできない。それに影響を与えても、最終的にはやはり流れる水になるんだ」

そこまで告げて、男はなんともやるせなそうに肩を落とした。


「そうした事実を変えようとしても、誰も予想できない結果へ導いてしまう……」


 片手に払子(ほっす)、片手に剣を持った男の食霊は、重陽糕をまっすぐに見据える。


重陽糕……もう過去に固執するな。自分を許してどこにでも行くといい。たくさんのものを見れば、たくさんのことがわかる」


 最後まで言い終わらないうちに、男は笑い出してしまう。唐突なその笑い声に、重陽糕は少し驚いてしまった。


「あのな、卦(か)を立ててみたんだ。お主はここから離れて戻ってこなければ、きっと運が向いてくるぞ」


 そして男は、手にした払子を軽く振る。


「これは秘伝だ。友だちのよしみで五両にまけておくよ。どうだ、五両……いてて!モクセイケーキ!なんでつねるんだ!」


 すると重陽糕の前で、友人の食霊たちが口喧嘩を始める。その様子はなんとも微笑ましい。


 ——運命を変えるのは、良いことではない。

 そんな御侍の言葉が蘇ってくる。


(災厄と運命は流れる水のようなもの……)

 そして今、男から言われた言葉が重陽糕の心に沁みた。


(さて、これからわしはどうすべきか)

その問いに答える者はない。だが、それでいいと重陽糕は思えた。


 その答えは今日のように、ひょんなことでわかるかもしれない。更にまた別の考えが頭をよぎるかもしれない。むしろ、それはとても自由で、楽しいことではなかろうか。


 想い出は消えない。ずっとこの胸に残る。形を変え、夢を描き、また自分の中で昇華していく……。


(御侍様と別れてから、初めて心から笑えた気がするーー)


 そこで重陽糕は、これから起こることに、僅かな期待と戒めを感じてーー改めて、一人で放浪の旅に出ようと決めたのだった。



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  • 最終投稿日時 2019年05月19日 15:59
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タイトル FOOD FANTASY フードファンタジー
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  • RPG(ロールプレイング)
ゲーム概要 美食擬人化RPG物語+経営シミュレーションゲーム

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