フジッリ・エピソード
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フジッリのエピソード
気難しい科学者。いつも猫背で気だるそうな様子をしており、体調が心配になる。性格が悪く、彼に関心を向けても無視されたり怒られたりするのがオチ。発明に対してとてもプライドを持っている。ただし好きな人の前だと卑屈になってしまう。
Ⅰ.想像力
この世で最も重要なものは想像力だ。
想像力のないバカはロボット以下だ。
プロジェクトの審査員が眉をしかめるのを見て、私は思わず白目をむいた。
「まだ終わらねぇのか?」
「あっ、すみません。今レポートを読み終わりました……えっと…。あなたの実験は……食霊や霊力となんの関係があるのでしょう?」
しどろもどろゆっくり話す相手にイライラが募る。
「そんなものとは関係ない。食霊や霊力に頼ることしかできずにいたら、やつらの奴隷になるだけだ。もし霊力がなくなったら、人間も一緒に絶滅するっていうのか?新しいエネルギー源を開発しねぇと」
「しかし……ここは魔導学院です……すみません、こちらのプロジェクトは却下します」
「……チッ、バカめ」
聞いたことのない言葉を初めて耳にしたかのように、審査員は先ほどよりもさらに愚かな顔を浮かべた。
「す、すみません。今なんと?」
「人間として、どうやって空に舞い上がれるか考えたことはないのか?魔導学院は食霊と霊力を研究するだけなのか?フン……だから君はここに座って一番簡単な〇✕問題を答えることしかできないバカなんだ」
こちらは数日間かけて用意したというのに、彼らにとってはただの狂ったレポートで、他の資料と一緒にファイリングされた。そして大股で帰っていく。
バカ、どいつもバカだ。魔導学院にはバカしかいねぇのか?
彼らはデータを見て演算、記録、推測することしかできない。それでも確定できないデータをまた引き出しに戻すだけだ。
創造力もない。ただロボットのように繰り返すだけ……
あの「伝説」が残した混乱を繰り返す。
「ジェノベーゼ教授がいたらいいのに……ちょっと近寄りがたいけど、人を罵ることはしない……」
「人を罵らないどころか、ジェノベーゼ教授の実験プロジェクトは全て審査に通過した。それに賞もとったんだ。あの人とは違って……プロジェクトを立ち上げることもできないなんて……」
「彼のプロジェクトは全部現実離れしている。考えたらわかるのに。あんなの無理に決まってる……」
私の視線に気づくと、すぐ言葉が止まって一目散に逃げていった。身に着ている研究者を象徴する白衣もやけに目障りである。
そうだ、向こうも私を嫌っているのだ。
しかし、もともと私たちはたまに風で飛んでくるゴミのように互いを気にする必要はなかった。
もし、あの嫌いな名前を聞いていなければ。
ジェノベーゼパスタ、魔導学院で一人目の食霊研究員。賞金だけでかなりの額を稼ぎ、名声を得ると魔導学院を辞めた。
ここにいる奴らはみんな彼を愛し恨んでいる。彼を愛しているのは途中で投げ出された実験プロジェクトを引き継ぐことで仕事を得られた者、恨んでいるのは彼の能力と比較されバカ扱いされた者だ。
私の御侍ですら、生前はいつも彼の名を口にしていた。もし自分の召喚した食霊がジェノベーゼパスタだったらどんなに良かったか妄想していたものだ。
私もジェノベーゼパスタの実験レポートを見たことがあり、彼の研究成果も知っている。もちろん、彼は頭がいいことは認める。しかし、残念なことにそれは食霊と霊力に限定されており、私の興味はそそられない。
だから私はただ彼が嫌いで、愛してなどいない。
「あと数日で表彰式だけど、今回は大丈夫そう?」
「大丈夫だ。なんせ、フジッリだからな……」
実験室の分厚い壁越しのため、中の声ははっきりとは聞こえなかったが、私の名前だけは確かに聞こえた。
ただその後、話していた人はまるで口を押さえられたかのように声を発しなくなった。
私は足を止めた。そこはオーストンの実験室だ。
以前、彼の教授は毎日私の御侍と揉めていた。
御侍が死んでからも、彼はいつも面倒をふっかけにくる。
扉の前でしばらく立ってみると、確かに中から音がしなくなった。離れようとした時、扉が開き、中にいたオーストンと彼の教授が驚いた顔で私を見た。
「ど、どうしてここに?」
「なんだ、廊下も君たちの場所だと言いたいのか?」
オーストンは泥を食べたかのように表情を変え、彼とその教授は顔を見合わせると、実験室の扉の鍵を閉めて出ていった。
私は資料を持ちながら少し考え、後をついていくことにした。
「……ハッ、フジッリのバカめ、新エネルギー源なんか言い出しやがって……あいつの去年のレポートに書いてあった『新エネルギー源』を全部『霊力』に書き換えれば、今年の大賞はこの私だ!」
「あれは以前、ジェノベーゼ教授が手放した賞金の……2倍となる多額の賞金ですよ!この金があれば、僕たちも……」
オーストンは後ろ姿さえも興奮と喜びに満ち、受賞後の幸せな未来を妄想している。
それを冷ややかな目で見ていた私は、ゆっくりと口角を上げた。
これまでは私が他人のことをバカと言ってきたが、誰かにバカと言われたのは初めてだ。
幸せな未来しか妄想のできないバカめ……
そろそろ想像力の欠如がどんなに恐ろしいことか、思い知らせるべきだ。
Ⅱ.騒乱
「教授、招待状をご提示ください」
目の前にいる警備員を一瞥し、ポケットに入れていた両手を出し、手のひらを見せた。
「ない」
「……すみません、招待状がない方は入れません」
私は頷いたがその場を離れない。
彼を最新の発明に利用することを諦め、レンチで気絶させようと決心したその時、背後から聞き慣れた嫌いな声が聞こえた。
「こちらは同僚です。一緒にきました」
オーストンは黒い袋に入れられた犬のような格好をしている。彼はニコニコしながらポケットからドッグタグ、いや、招待状を取り出すと、得意げな顔でこちらを見ながらそれを警備員に渡した。
「どうぞ」
警備員は丁寧に言いながら道を開けた。オーストンは嬉しそうにその敬いを享受した。たとえ、招待状を持った全員に敬意が払われ、敬意の価値がひどく下がっていようとも。
「フジッリ、あなたも表彰式に来るなんて意外だな。こういうイベントは嫌いなんじゃ?それに今年は、いや、ここ数年はプロジェクトも立ち上げていないだろう。賞なんてとれるはずがない」
今日のオーストンはやけに甲高い声をしている。
まるで誰かに喉を踏まれ、もがくような叫び声が声帯から捻り出されているようだ。
彼を無視して耳をかき、早歩きで彼から離れようとした。しかし、彼は私に遅れをとるのが相当嫌なようで、眉をしかめて私の前まで走ってきた。
彼の醜い笑顔を前に、私は言葉を失い、向きを変えて歩いていった。
確かにこのようなイベントは好きじゃない。正装をした人が溢れ返る様子は、まるでカラスが会議をしているかのように騒がしい。
しかし今回は、やることがあるのだ。
私は急足で階段を上り、2階の観客席に行くと、そこは人が少ないうえ、ステージが一番よく見える場所で、私にぴったりだった。
しかし予想外だったのは、人が2階から顔も上げずに駆け降りてきたのだ。階段は狭く、避ける場所もなかったため、彼女がぶつかる前に手で支えるしかない。
「うわっ!す、すいません……」
「シルダ?」
目の前にいるのはシルダだ。魔導学院で数少ない……もしくは唯一私と気が合う研究員だ。
彼女は昔、私の助手をしていた。性格がよく、頭もいい。女性研究員にひどく厳しい魔導学院で、毎日前向きでいられるのは確かにすごいことだ。
ただ、この時の「女戦士」は目が赤く、慌ててどこか絶望した様子で、実験室での理性的で野蛮な普段のイメージとは程遠い。
……ともに仕事をしたことがある仲だ。聞いてみよう。
「どうしてここに?今年はプロジェクトが不調で、賞はとれないみたいだな。それで泣いてるのか?」
「…………相変わらず会話が下手ですね、フジッリ教授」
シルダは目を擦ると、いつもの笑顔を見せた。
「でも確かにその通りです。私のプロジェクトはあまり順調に進んでいません。でもそれは私の能力不足が原因じゃない。賞をとるのに必死な人がいるからです」
「誰かが君の研究成果を盗んだのか?」
「そんなところです。私のことを気にしたこともなかったおいぼれ教授たちが、珍しく私の実験室に何度も足を運んだんですよ。それに、変な意見もたくさんくれて。まさか私を邪魔して、抜け駆けするためだったとは」
シルダは口を歪ませ、目に嘲笑を浮かべた。
「まあいいです。私も注意不足だったから、彼らに隙を与えてしまった……盗んだなら仕方ありません。どうせ一生人の成果を盗んでいけるはずはない。でも私には今後もっといい研究があるはずです」
彼女は気にしていないように言った。私はしばらく黙り込み、頷いた。
「今、このことを明らかにするのはそう簡単じゃねぇ。学院内でこんな不祥事が起きるなんて、あのおいぼれたちは許さないはずだ……僕が君の代わりに怒りを晴らすしかない」
「え?フジッリ教授……」
私は何も説明せず、ただシルダの肩を叩き、2階に上がった。
「カラス」たちの挨拶が終わり、表彰式が始まろうとしている。
辺りが真っ黒になり、ステージ上に一つだけ丸く光っている場所がある。
ワックスでテカテカの司会者がステージに上がり、戯言をひとしきり喋った後、豚肉を配るかのように賞を配っていった。
三日間の我慢が限界に達しそうな時、表彰式がいよいよ最終段階に入った。今年の最優秀魔研成果賞の発表だ。
「……受賞したのは……オーストン・アンデルセン教授です!」
オーストンはゆっくりと一階の最前列の席から立ち上がり、お辞儀をした。得意げに手を振っている様子は嬉しくてたまらなさそうだ。
ようやくステージに上がった頃、笑顔を保っていた司会者の顔はすでに引き攣り始めていた。
「では魔導学院の副院長に、最高賞を授与していただきましょう!」
言い終わると、一人のお爺さんがステージの端から出てきた。続けて金髪の女性が出てくると、トロフィーと賞金が乗ったトレイを持ってきた。
お爺さんとオーストンは抱擁し握手をしている。
わざとらしいにも程がある。
ここで会場の我慢が限界に達した。会場いっぱいの信じられないというような視線の中、上品で優雅な案内嬢が高く掲げたトレイをオーストンの頭めがけて振り下ろし、すぐにお爺さんにも頭突きした。
金色のロングヘアが空中で美しい軌跡を描き、観客から一斉に「おお――」という感嘆があがった。
続けてドレスで隠れていた長い足で警備員を蹴り上げ、いつの間にかトロフィーを屋上から垂れ下がる鉄線に結びつけた。
最後に彼女は観客に向かって投げキッスをすると、感嘆の波の中、無数の光り輝く欠片となって爆発した。
Ⅲ.新生
「お前以外に誰がいるんだ!お前は招待状も持っていなかったし、あんなイベントには興味ないはずだ!それなのに昨日の式典に現れた……お前がやったんだ!」
オーストンはそう叫ぶと包帯に包まれた頭を押さえた。もちろん、私を睨むことも忘れていない。
私は彼を一瞥し、思わず笑ってしまった。
「証拠は?あの時、僕はステージから一番離れた2階にいたんだ。シルダが証人だ」
「あの女の言うことなんか信用できない。あいつはお前の元生徒だからな」
オーストンはそう嘲笑うと、ソファーの背もたれにもたれかかり、傲慢な態度をしている。
「昨日、警備員が持っていた武器は霊力を制限できる禁石で作られたものだ。しかし、あの女には一切通用しなかった……魔導学院で霊力と関係のない研究をしているのはお前一人だけだ」
「だから言っただろう。霊力の奴隷になるな、新エネルギー源を研究するべきだと。僕の言うことを聞いていれば、もう少し打つ手はあっただろうに」
「話を逸らすな!早く認めろ、そしてトロフィーと賞金を返せ!」
「僕に罪を着せたいなら、保安官を呼んでくれ。君みたいなちっぽけな研究員じゃなくてな」
「お前……!」
「オーストン、落ち着きなさい」
ずっと黙っていた副院長が突然口を開いた。彼の頭も同じように分厚い包帯が巻かれているが、オーストンに比べてかなり落ち着いている――もちろん、落ち着いたフリをしているだけかもしれないが。
そもそも、彼がいるからこそ、私はオーストンのバカな提案を聞き入れ、ここに会いに来たのだ。
「フジッリ、君は優秀な学者だ。魔導学院の信条には反しているところがあるが、君に問題があるわけではない」
副院長は微笑みながら言った。さすが古だぬき。まずは人を褒め、私を黙らせようという魂胆か。
私は腕を組んでソファーにもたれかかり、イラつきながら眉を顰めた。
「君の提案はいつも否定されていた。さぞかしショックだろう。しかし……だからといって、君のものではないものを自分のものにしていい理由にはならない」
「僕のものじゃない?じゃあ誰のものだ?オーストンのあのバカか?」
オーストンはそれを聞いて何か言おうとしたが、お爺さんに止められた。
「現場に残された欠片を調べたところ、ここ数ヶ月、あの金属を買ったことがあるのは君だけだ。あんな精密な機器、きっと君が作ったものだろう?」
「だったら何だ?ロボットは僕が作っても、僕が盗んだ証拠にはならないだろう。誰かが僕からロボットを買ったんだとしたら?」
「へ、屁理屈だ!」
「……そのような態度をとり続けるなら、この先魔導学院で面倒なことになるかもしれないぞ」
話が長くなると思い、私は立ち上がり、持っていたものをテーブルの上に投げた。
「誰が今後も魔導学院にいるって?」
「これは……辞表?」
「そうだ。これが今日ここに来た目的だ。じゃあな」
いい終わり、背を向けて帰ろうとすると、オーストンが追いかけてきた。
「逃げるな!俺のトロフィーと賞金を返せ!」
本当に恥知らずだ。私の研究成果を盗んだくせに、私の前で自分の名誉だと言い張るなんて……
よし、では私の新発明を彼で試してみようじゃないか。
「うわ――!な、なんだ!?」
「スタンガンも知らないのか、バカめ」
オーストンはその場に座りこみ、怪物を見たかのように私のスタンガンを指差した。そのみっともない姿は見るに耐えない。
それを見た副院長も嫌気がさし、私を止めることはしなかった。私はオーストンを避け、振り返ることなく部屋を出た。
彼らもわかっている。私がいれば面倒なだけで、彼らに何のメリットもない。
それに、禁石で作られた武器を振るうことしかできない人間が、ハイテクノロジーの新エネルギー源武器を持つ食霊の相手になるわけもない。
トロフィーや賞金を忘れ、私を放っておくことが一番賢い選択だ。
道中、何にも遮られることはなく、すれ違う際に肩がぶつかることもなかった。自分の実験室に戻ってくると、扉の前にシルダが立っていた。
「どうしたんだ?」
「あんな騒ぎを起こすなんて、フジッリ教授はもう魔導学院にいられないでしょう。お別れを言いにきたんです」
「君も僕がやったと思うのか?」
「違うんですか?」
シルダはイタズラっぽく笑うと、こめかみの銀髪が存在感を失った。これこそ彼女のあるべき姿だ。
それを見て、私も笑って「そうだ」と返した。
「やっぱり。赤いドレスを着て黄緑色のヒールを履いているのを見ておかしいと思ったんですよね……さすが教授のセンスです」
「……うるさい。君はどうするんだ?魔導学院に残るのか?」
「ええ。これは私と彼らの戦いです。まだ勝利を手に入れてないんですから、逃げられません」
「そうか……これをやるよ」
シルダは不思議そうに手を伸ばし、金を受け取ると、大きく目を見開いた。
「ちょちょちょっと……トロフィーを溶かしたんですか!?」
「じゃなきゃどうするんだ?研究資金以外に他に用途がないだろ?それに僕もあんなおいぼれたちに認められる必要もない。ああ、これは君の選択に向けた言葉じゃない」
そう言いながら私は再びポケットから金を取り出し、シルダのもう片方の手に差し出した。
「これから、魔導学院は君の経費を今以上に削減するだろう。彼らと戦い続けるなら金が必要だ」
「じゃあフジッリ教授は?」
「忘れたのか?僕には巨額の賞金があるだろ」
笑いながらシルダの肩を叩き、実験室の扉を引いた。一刻も早く荷物をまとめ、こんなクソみたいな場所を離れて新しい人生を歩みたい。
Ⅳ.天使
荷物はそれほど多くはなく、持っていくのは便利な工具だけだ。生活用品はまた買えばいい。
ただ、部屋いっぱいの機械は……どうすればいいのか。
魔導学院に認められたものは一つもなく、多くがこの実験室から出たこともないが、どれも私の自慢の作品だ。
もし魔導学院に置いていくのはあまりにも勿体無い……
コンコン――
突然、実験室のドアをノックされ、面倒くさそうに聞いた。
「誰だ?」
「えっと、あの……フジッリ教授の実験室を見学したくて!」
見学?
魔導学院では確かに学生や学者協会向けに一般公開されていることがよくある。しかし、通常彼らはオーストンのおべっかのような実験室を見学する。それなのにどうして私の元へ?
……きっと新人研究員が実験室を選ぶ類の見学だろう。
どうせ私はすぐにここを離れるんだ。外部の人に怒りをぶつけることもなく、機嫌良くドアを開けた。
外に立っていたのは、白衣を着てメガネをかけたガリ勉かと思ったが、美しい少年だった。
「おい……」
「初めまして、フジッリ教授。僕はヴィダルアイスワインといいます。前からお会いしたいと思っていたんですが、機会がなくて……今日は勝手にお邪魔してすみません」
「……構わない。僕を……知ってるのか?」
「もちろんです!あなたを知らない人はいませんよ。この前の
科研週刊に載っていた『動力エネルギーとしての霊力の限界』に関する論文は独創的でとても奥が深かったです。まさに業界の宝です!」
ヴィダルアイスワインの目が輝き、顔がうっすらと赤くなっている。彼の声は周りの空気を熱くするかのように興奮し熱狂的だった。
しかしすぐに、その笑顔と情熱に灰色の霧がかかった。どうやらとても悲しいようだ。
「ただ残念なことに……あの論文は世間にはあまり受け入れられていないようです」
……
彼のいう通りだ。論文にしろ、発明にしろ、私が作り出したものは誰にも受け入れられない。
そんなことは大したことない。時代の最先端にいることは、多くの人には理解されない、認められない運命なんだ。私はとっくにその覚悟ができていたが……
少年の悲しそうな顔を見て、私も少しばかり辛くなってしまった。
しかし、あいにく私に人を慰める力はない。ただ静かに彼のそばに立ち、しばらくしてようやく彼の肩を叩こうとした時、彼に手を握られた。
「しかし、フジッリ教授を疑う声がどんなにあろうと、決してあきらめないでください。いいですね?」
涙ぐんだ目が突然近づき、思わず後退りした。
「わ、わかった……ちょっと……」
「あっ、すみません、つい興奮してしまって」
彼は恥ずかしそうに手を離すと、目尻の涙をそっとぬぐい、明るい柔らかい笑顔を見せた。
まるで……天使だ……
「わあ!この機械は全部フジッリ教授が発明したんですか?」
「えっと……ああ、そうだ」
「すごい!もしよかったら、使い方を聞かせてくれませんか?」
ヴィダルの目は永遠の輝きを放っているようで、拒めない。それに……
誰かが私の「ゴミ」発明に興味を持ったのは初めてだ。
私はヴィダルを連れて、一台ずつ説明をした。
彼はいつだって好奇心に溢れ、熱心に説明を聞いた。そして思ってもいなかった評価をくれ、最後は心からの称賛で締めくくってくれた。
今日は魔導学院で過ごす最後の日、そしておそらく一番幸せな日だ。
「はあ……」
数日前に完成した位置追跡装置を興奮しながら紹介していると、後ろからため息が聞こえた。
私は驚いてヴィダルを見た。
「ど、どうした?この機械に何か問題でもあるのか?」
「いや、もちろん機械に問題なんてありません。ただ……こんなに素晴らしい発明が、こんな小さな実験室に閉じ込められているなんてあまりにもかわいそうです……」
ヴィダルは再び目を赤くし、唇を噛み締めた。
「もっとふさわしい場所があるべきです……それに、フジッリさんも」
いつの間にか、ヴィダルの私への呼び方が「フジッリ教授」から「フジッリさん」に変わり、長年の友達のような関係になった気がした。ただ……
これらの機械は全て実験室にしか置けないわけじゃない。可能なら、それを必要とする人に安い値段で売ろうとしていた――研究にも資金が必要なのだから。
しかし、ヴィダルの前では、私はいつものように刺々しい言葉を投げかけることはできなかった。
彼の言葉を否定できない。
黙り込んだ私を見て、ヴィダルは慌てて一枚の名刺を取り出し、丁重に差し出した。
「今日辞表を出したようですね。僕を信じてくれるなら、『ヘブンファクトリー』に来てください。」
彼は笑い、その目はいくつもの真夏の光に満ちているようだった。
「ヘブンファクトリーがきっと君と君の発明に力を貸す。僕を信じて」
「そうか……それで、面接なんかは必要ないのか?」
ヴィダルは一瞬ポカンとしたが、すぐに優しく言った。
「ハハハ、そうでしたね。ちょうど、悩んでいることがあるんです」
「オーレっていう女の子がいるんですが、自分の御侍を守るためにとんでもないことをしてしまい、指名手配されてしまったんです……でも彼女は心から反省しています。とても可哀想で、実際の行動で過ちを償ってもらおうと彼女を引き取ったんです。
でも最近、あまりいうことを聞かなくて……彼女を傷つけたくないんですが、またいけないことをして罪のない人を傷つけてしまわないか心配で。だから……」
「彼女の自由を制限することなく、彼女を常に監視できる機械を作ってくれませんか?」
彼は真剣な眼差しで私を見つめた。その言葉と表情には不安が溢れていた。
彼とは無関係の女の子だというのに、彼は危険も顧みずに引き取り、彼女を気にかけている……
彼はやはり天使だ。
「もちろんだ」
私はその温かい手を握り、新しい人生の旅に出た。
Ⅴ.フジッリ
フジッリが生まれた時、彼の御侍は実験装置のネジが外れて暴走したため、片目を失った。
御侍の療養中、彼は一人で実験室にこもり、機能も外観も本物の目そっくりの義眼を開発した。
興奮した様子で病院へ行き、御侍に渡すと、なぜか怒号を浴びせられ、額には義眼の入ったケースにぶつかってできた青あざが残った。
全ては、このような「役に立たない」ものを作るため、魔導学院の創作コンテストへの申請を忘れたことが理由だ。
その後、フジッリはコンテストのブースに行き、入賞作品を見た――霊力可視化プロジェクター、霊力を調味料に変換する料理マシン、食用の霊力サプリ……
彼は黙って持っていた義眼を握りしめた。怒りよりも馬鹿馬鹿しさを感じた。
それらの作品の存在意義を真っ向から否定するわけではないが、それよりも自分の発明を愛していることは間違いない。
それらの発明は、残りの人生を暗闇で過ごすことになった人の世界を照らしたり、嗅覚を失った人が再び食べ物のおいしさを味わったり、動かなくなった器官をもう一度動かし、第二の人生を歩めるようにしたりできるからだ。
魔導学院を辞めた日、副院長が言っていた通りだ。
全ての不公平は、フジッリの理念が、ちょうど食霊や霊力の実用性を見つけ、それに夢中になっている魔導学院と合わなかったことが原因だ。
しかし、フジッリが表彰式で起こした騒ぎと関係があるかはわからないが、魔導学院はしばらくしてすぐに食霊と霊力のみの研究だけでなく、人文学や芸術など多くの分野に手を出した。
霊力以外の新エネルギー源を探求するだけでなく、探究心の触手を宇宙にまで伸ばしていった……
しかし、それはフジッリとは何の関係もない。
彼にとって、小さな実験室さえあれば、自分が作りたい「役に立つ」機械を作り、誰かの運命を変えることができる……
科学技術を使えば、全ての人を平等な立場に置くことができる――平等に歩き、平等に手に入れ、平等に受けるべき罰と冷眼を受ける……
それで十分だ。
彼は名誉や称賛、評価、金銭など気にしない――もちろん、発明資金に関わるものは別だ。
彼は、高い地位で主観的な評価しかできず、機械のように〇✕問題に答えることしかできない人たちを心から見下している。彼らの下した評価など尚更軽蔑する。
かつて彼もこのように、長い叱責と誤解の中を一人誇らしげに歩いていた。当時の彼は喜んでそうしていたが、今は言うまでもない……
「はあ――本当に、本当に本当にダメなの?」
「ダメだ」
「本当に本当に本当に本当にダメなの!?」
「しつこいな!何度も言わせるな!」
フジッリは耐えられず、しょげた顔をしたラテに向かって怒鳴った。
しかし、後者は彼の怒った様子にはとっくに免疫がついているようで、がっかりした様子で肩を落とした。
「君はすごいんでしょ?なのに、どうして僕の体に筋肉をつけることもできないの……僕がどれほど逞しい体に憧れているか知らないくせに……」
「フン、君のバカな顔じゃ、筋肉なんて似合わねぇ。諦めろ」
ラテは一瞬唖然とし、すぐに信じられないという様子でゆっくりフジッリの方を向いた。そして泣きそうな顔を浮かべ、実験室のピカピカの床に座り込んだ。
「僕を侮辱するなら代償を払え!人はみんな平等なんだ!これは自分が決めたルールだろ!もういい!今すぐ筋肉が欲しいんだ!欲しいったら欲しいんだ!」
フジッリは床で駄々をこねるラテを見て、どうしようもないという顔を浮かべた。あの時、彼に瞬時に気絶させるシステムを組み込まなかったことを後悔しながら、ヘブンファクトリーの内線電話をかけた。
「モカか?5分以内にラテを連れて行け。じゃなきゃ分解するぞ」
3分後、モカは無表情で実験室に入ってくると、納得がいかず拳を振り上げるラテをいとも簡単に担ぎ上げた。
フジッリは冷たく鼻を鳴らし、引き続き未完成の実験に取り掛かろうとした時、扉が再び開いた。
「すみません。ラテがまた邪魔をしたみたいで」
彼は心配そうな顔をしていたが、慌てて首を振ったフジッリを見て、安心したように笑うと、手に持っていた箱を彼に渡した。
「これは僕の手作りお菓子です。休憩のお供にどうぞ」
フジッリは勢いよく頭を下げ、軽く返事をすると、不自然に箱を受け取り、真剣に食べ始めた。
「そうだ、あの実験は順調ですか?」
ヴィダルが微笑みながら聞く。夢中で食べていたフジッリは我に返り、お菓子を箱に戻すと、興奮した様子でヴィダルを実験室の奥にある秘密の部屋に案内した。
部屋は真っ暗で何も見えず、まるで広大な深淵のようだ。
扉の向かい側にある透明なボトルには、人の形をした濁った物体が入っており、微かな光を放っている。
ヴィダルは驚いて近づくと、ボトルの周りに無数の干からびた堕神の死体が横たわっていることに気がついた。中には、工場の制服を着た者もいる……
「この機械は堕神のエネルギーを100%取り出すことができるんだ!抽出するエネルギーの値を設定し、正確に体内に注入すると、融合が始まる……」
フジッリは、目に怪しげな光を輝かせながら、ボトルの中の物体を見た。
「稀に拒絶反応が起こることがあるが、確率はかなり下がった……さらに強い堕神や食霊を実験体にできれば、技術はすぐに成熟する!」
「技術が成熟すれば、今後ティアラに二度と堕神は現れないだろう……堕神のエネルギーを利用して、もっと有意義なこともできるはずだ!ヴィダル……」
燃え上がっていたフジッリの情熱が突然消え去った。なぜなら、後ろにいたヴィダルが心配そうな顔をしていたからだ。
「どうした……不満なのか……」
「……早く実験を終わらせるために……きっとお疲れでしょう?ちゃんと休んでいますか?」
フジッリは心配そうに自分を見つめるヴィダルアイスワインを見て、その場に固まった。
実験の成果や名誉、富よりも、ヴィダルは自分の体を気にかけてくれている……
彼が持っているのは優れた想像力だけじゃない――まだ価値を発揮していなかった時に自分の才能を見つけた。そしてとても優しい心を持っている。
彼はやはり天使に違いない……
そんなことを考えていたフジッリは、ぼんやりとヴィダルの温かい胸に抱き締められた。体は固まっていたが、頭の中で、相手を心配させずに素早く実験を進められる方法がないかを必死に考えた。
だから彼は知らない。あの時、ボトルに入った濁った物体を見た時の、いつもとは違うヴィダルの狂った貪欲極まりない表情を……
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