ルージューホーシャオ・エピソード
◀ エピソードまとめへ戻る
◀ ルージューホーシャオへ戻る
ルージューホーシャオのエピソード
ルージューホーシャオは弦春劇場の護衛、普段は劇場の警護を担当している。悩みのない熱血少年。単純。問題解決によく刀を使うそして彼の刀は彼が認めた人のためにしか使わない。
Ⅰ.迷いの場所
(※「▫霊」表記が出てきますが、おそらく「食霊」の文字化けだと思われますが原文のまま書き出していますのでご了承ください)
「シュウ――!!」
速く刀の刃が、電光のように走り、地面の落ち葉と塵を巻き上げた。
目の前、鋭く銀の光が道を切り裂く。
私はその刀刃が迫ってくるのを見据え、必死に防御の体勢を取って、反撃のチャンスを待っていた。
視線を一点に定め、いつものように刀を振り下ろす――
――今度こそ、必ずできるはず!
しかし、飛んできた刃はそれほど強くはなかったが、逆に避けることが難しく感じられた。
刃がぶつかり合った瞬間、思わぬ力に手首が止まってしまい、刀の柄は滑り落ちた。
反応する暇もなく、次の瞬間、肩から痛みが伝わって来た。
体のバランスが崩れ、一瞬で支えきれず、私はそのまま地面に倒れこんだ…。
「すごい…師匠、やっぱり勝てない!」
口元の塵を払うと、私は刀を納めている男の余裕の姿を見つめ、思わず尊敬の気持ちが湧き上がった。
目の前にいるこの背が高い、いつも厳しい顔をしているのが、私の師匠だ。
「負けてこんなに喜ぶなんて、本当に懲りない奴だな。」
「刀を拾え。今日は月が昇るまで練習を終わらせるな。」
師匠が去ろうとしたその時、私は急いで声をかけた。
「でも、もう半月も練習しているのに、なぜまだ師匠の技を受けられないんですか?」
師匠はただ私を一目見て、ゆっくり答えた。
「お前は焦りすぎだ。」
「え?でも、俺は師匠の言った通りにやっているのに…」
「刀に力入れず。足がもたつき、動きも固い。これが俺が教えたことか?」
突然の言葉に私は一瞬何も言えなかった。
師匠が教えた一言一動、すべて覚えているはずなのに。
「でも、手足が言うことを聞かない…師匠、どうしたらいいんですか?」
「お前にはまだ、自分に合った体の使い方がわからない。俺の真似をしようとするな。すべて使い方が決まったことわけではない。」
「そして、お前が倒さなければならないのは、俺じゃない。」
最後に、師匠は意味深な言葉を残し、そのまま去って行った。
刀はまだ地面に落ちたまま、私はぼんやりと立ち、少し混乱と迷いを感じた。
実は、私をここに呼んだのは師匠ではなかった。
私の御侍はこの屋敷の若旦那で、私は彼の護衛として、侍衛長を務める師匠の下に配属されている。
初めて師匠が刀を振るう姿を見た時、この世にこんなにも強い技があるのかと驚いた。
何度もお願いして、ようやく師匠が私を弟子に迎えてくれ、武道を学ばせてくれた。
異なる体質を持つ「▫霊」である私は、武芸においてすぐに成長を遂げた。
しかし、それでも今の私では、師匠に簡単に負けてしまう。
師匠が言ったことは、つまり…私はずっと師匠を真似し続けていたということか?
でも、師匠はあんなにすごいのだから、真似したくなるのは自然なことだろう?それに、真似すらできていない…。
私は何が足りないのだろう?
その日以来、師匠は数日間姿を見せなかった。
しかし、あの時の迷いがずっと心を悩ませ、練習がますますうまくいかなくなった。
「おい――お前、何ぼーっとしてるんだ?耳が聞こえないのか?」
大きな声が耳に届き、私はハッと気づいた、御侍が不満げにこちらを睨んでいること。
「すみません!御侍様、わざとではありません!」
「ちっ、馬鹿みたい。さっさと自分の位置に戻って、俺の邪魔をするな。」
そうだ、この時、私たちは弦春劇院にいた。
劇院の営業が始まると、御侍は一番良い席を取って、最近評判の役者を見るためにやってきた。
彼をこれ以上不快にさせないために、私は頭を下げて、急いで隅の方へと退いた。
突然、鼓と鐘の音が響き、舞台が始まった。
隅の席ではあったが、この距離でも私にとっては最適な位置だった。
舞台上で化粧した役者たちが華やかな服を着て、鼓のリズムに合わせて舞い踊り、刀を使う姿がとても優雅だった。
その瞬間、私は心の中で驚嘆の声を上げた――こんなにすごい演技があるのか!
ふと、心の中に奇妙な感覚があった。
同じ刀を使っているけれど、私がいつも練習しているものとはまったく違っているような…。
その後、幕が降りるまで、私は依然として先ほどの光景に浸っていた。
ぼんやりしているうちに、誰かが叫び声を上げ、会場は一気に盛り上がり、歓声が雷鳴のように響き渡った。
次の瞬間、清らかな音楽が流れ始め、先ほどの豪快な曲調とは全く違い。
私はついその音に引き寄せられるように視線を向け、舞台の灯りの中から歩いて出てきた人物を目にした。
Ⅱ.指導
(※「▫霊」表記が出てきますが、おそらく「食霊」の文字化けだと思われますが原文のまま書き出していますのでご了承ください)
「もし世の中に本当に神がいるとしたら、きっとこんな感じだろうと思った。」
その清らかな歌声や、優雅に舞う姿、すべてが完璧で、自然と心を奪われる。まるで酔わされるような感覚だ。
会場は静まり返り、皆が息を呑んで、舞台上の人を見守っている。
歌詞の意味はわからなかったが、その演技の素晴らしさに圧倒されていた。
「やっぱり、あの羊散丹はすごいな!三日間を使って、席を取った甲斐があった!」
「彼は現班主の▫霊だと聞いていたけど、まさかこんなに早く看板の役者になったなんて!」
「羊散丹のおかげで弦春劇院はこんなに有名になったんだな!」
周囲の会話が続く中、私はその演技の余韻に浸っていた。
男性が女性役を演じることは珍しくないと聞いたことがあるが、実際に見てみるとその技術に感服せざるを得なかった。
なぜか、彼の余裕さが、まさに私が追い求めているものであるように感じた。
その考えが出た瞬間、演奏は終わりを迎えた。
目を覚ました時、舞台には誰もいなかった。ただ、心の中での感動と興奮がしばらく収まらなかった。
羊散丹の演技を非常に気に入った御侍は、その後頻繁に弦春劇院に通うようになり、私もよく彼に付き添って訪れることができた。
何度も舞台を見たが、羊散丹はいつも違った演技を見せてくれ、劇院は相変わらず大賑わいだった。
ただ、なぜか彼が舞台を降りると、いつも冷たい目で一人でいることが多く、まるで仙人のように見えた。
琴の音が流れ、私は気を取り直し、思考から離れた。
今日、劇院には羊散丹の公演がなかったので、御侍は私に外で待機するように言って、出かけて行った。
何もすることがなかった私は、館内を巡回しているうちに、迷子になってしまった。
目の前に見慣れない庭が広がっていた。
周りは竹林が静かに立ち並び、劇院の派手な建物とは全く違って、心が落ち着くような雰囲気だった。
突然、風が吹き、遠くで太鼓の音が響き始めた。
竹林が風に揺れる音が、まるで弦を弾く音のように聞こえる。
そのリズムが私の心に響き、無意識のうちに刀を振り始めた。
師匠が教えてくれた技が、まるで春風のように私の体に浸透し、動きが自然になった。
一瞬のうちに、体が突然軽くなった。風を切るように、しかし力強さは失われていない。
以前の不自然さと硬さが、どんどん消えていくように感じた。かつての迷いも、だんだんとクリアになっていった。
どれくらい時間が経ったのかわからないが、周囲はすっかり静まり返っていた。
私は刀を納めて立ち止まり、顔や衣服に汗がびっしょりと滲んでいることに気づいた。
だが、今までない満足感と解放感があふれていた。
数日前に身に着けない技が、今や見事に使いこなせるようになった。
抑えきれない喜びが心の中から湧き上がり、原因を考えているうちに、竹林の中から赤い服を着た人が見えました。
視線が交わると、その目に一瞬の驚きが浮かびました。
目の前にいるのは、まるで仙人のような、見覚えのある顔――
あれは、あの有名な羊散丹じゃないか!
「わぁ!あ、あんた、ほんものの羊散丹なの?」
沈黙が広がり、私は自分の言葉が少し不適切だったことに気づいた。
「あ、あの、すみません!そんなつもりじゃなかったんです!!」
「大丈夫、私の方こそ、急に邪魔してしまった。確か、あなたは…謝公子の侍衛じゃなかった?」
羊散丹は平静の声で言った。その声も、まるで歌のように心地よかった。
「え?羊散丹様、私のこと知ってるんですか?私、▫煮火▫(※卤煮火焼)(ルージューホーシャオ)って言います!」
「うん、羊散丹でいいよ。」
彼は軽くうなずき、私の手元に目を留めました。
「あなたの技、なかなか面白いね。」
「ほんとうに?ありがとうございます!まさかこんなすごい人に褒めてもらえるなんて!」
「でも、これ、全部師匠から教わったんです。あ、そういえば、最近はあまり教えてくれないんですけど…」
「…?」
「師匠はいつも、今の私にはまだ要領がつかめていないと言います。刀の振り方がとても硬いって。うーん…私の言葉で言うと、飛べないダチョウみたいな感じですかね。」
相手が再び沈黙しているのを見て、私は慌てて弁解始まった。
「―あっ、すみません、また変なこと言いましたよね!」
「いや、そうじゃなくて、君の師匠の評価がちょっと不思議だなと思っただけだ。」
「もしかしたら、刀や剣の技と舞台の技は、共通する部分があるのかもしれない…さっき君がやってた動き、良かったよ。」
「え?舞台の技術…?つまり、…!」
羊散丹の声はまるで風のようだった。私はこれまで見た数々の場面が浮かんできた――舞台の上で役者たちは袖を振りながら踊り、武士のように力強く刀を振るい、そして羊散丹の仙人のような歩き方。どれも演者たちが見事でありながらも、優雅な気品を失うことはない。
あの時の不思議な感じ、実はここに繋がっていたんだ!
そうだ、これこそが私に足りなかった部分だ!
まるで霧が晴れるように、悩んでいたことがすっきりした。まさかこんなところでひらめきを得ることができるなんて!
これからこの方法で練習すれば、きっと師匠が言っていたことがすぐに達成できる!
突然の興奮が一瞬で私のすべてを包み込み、気持ち押さえない私は羊散丹に感謝の言葉を伝えた。
「―わかりました!ありがとうございます!!おかげで、新しい方法を見つけました!」
そう言いながら、急にピンと思い付いた――
「まずい、こんなに遅くなってしまった!急いで御侍を探さないと!」
「今日は本当にありがとうございました!でも、まだ教えてもらいたいことがたくさんあります!次回またお会いしましょう!」
「待って…」
羊散丹はちょっとボーっとしてたようで、私が完全に走り去る前に、彼が何を言おうとしていたのかは結局聞き取れなかった。
私は走り続け、夕風と夕日の光が顔に当たり、今まで以上に輝かしくと感じた。
Ⅲ.変化
「君は刀にかなり執着しているようだな。」
穏やかな声が背後から響いてきた。私は手を止め、いつものように羊散丹に挨拶した。
あの日の偶然の出会いから、私たちは少しずつ親しくなっていった。
舞台での技術や技法について教えを乞うため、暇さえあれば羊散丹のところに通っていた。
何度も同じ質問をしては彼を困らせたが、決して怒ることなく、いつも優しく答えてくれた。
そのおかげで、私の武技は急速に進歩し、最近ではかなり自信を持って使いこなせるようになった。
ふとした思いが頭をよぎり、私は気を取り直して素直に答えた。
「刀には力があるんです。もし師匠のように強くなれれば、その力で人々を守ることができるんじゃないかと思って。」
「うん、一つのことに集中するのはいいことだ。日々の努力が裏切らないことを覚えておけ。」
「そういえば、最近はご迷惑をおかけしているかもしれませんね。お金を貯めたら、学費は必ずお支払いします!」
「気にするな。大したことじゃない。むしろ、最近、劇院がとても安定していると聞いたぞ。優れた刀使いの護衛がしばしば出入りしているせいで、ほとんどの盗賊や悪党が怖れているらしい。」
羊散丹はいつも通り淡々と話していたが、私は何だか恥ずかしくなり、噂話がどんどん大げさにされていくのだろうと、手を振って笑った。
初めての印象とは違い、実際の羊散丹はそんなに冷たくも無愛想でもなく、日々、服や道具の手入れを丁寧にしていたり、歌の練習に没頭していたり、今のように私と雑談していたりと、あの日舞台の裏で見た姿よりずっとリアルで生き生きとしていた。
こんな素晴らしくて優しい人と友達になれたことは、本当に幸運だった!
時が流れ、何日も何夜も練習を重ねた後、私は再び師匠の前に立つ勇気を出した。
私は全身の力を込めて、目の前の人をただの「対戦相手」として見た。
試合が再び始まる。
しかし、かつては全く歯が立たなかった鋭い一撃を、今の私は自分なりの方法で対応することができた。
数回のやり取りの後、結局引き分けで終わった。
勝負はつかなかったが、師匠は珍しく笑っていた。「よくやった。お前はすでに自分のやり方を見つけたようだな。」
「本当ですか?!よかった!やっぱり劇院での修行が無駄ではなかったんですね!」
師匠の言葉に認められ、私は胸の内で喜びが溢れた。しかし…
「師匠、前におっしゃった『私が倒すべきは師匠じゃない』って、どういう意味ですか?」
「…お前はまだ分かっていないのか?お前はずっと、私のようになりたいと言っていたが、結局どこまでやるのか、もう分かっているんだろう。」
「どこまでって…もちろん、どんな時でももっと多くの人を守れるようになることです!」
言葉が自然に口から出た。何度も考えたり言ったりしたことなのに、今になってその言葉が胸に響いてきた。
武術を学ぶこと、師匠の技を受け止めることは、決して師匠に勝つことや、彼のようになることが目的ではなかった。
それは、自分を高めるため、そして自分の道を貫くためだった。
だから、私は師匠とは違う方法で、全力で磨き続けなければならない。
「私が超えるべきは、結局は自分自身だ!」
まるで雲を突き抜けて月を見つけたように、私は思わず声を上げた。心がすっきりと晴れた気がした。
師匠は静かに微笑み、その顔には既に予測していたような表情が浮かんでいた。そして、光り輝くような刀が私の手に渡された。
「良い刀だ!師匠、これは…?」
「これは俺が自分で打った刀だ。元々お前に渡すためのものだ。ただし、これを持っても、技術を怠ってはならないぞ。」
「はい!分かりました!ありがとうございます、師匠!」
師匠と別れた後、気持ちはまだ収まらなかった。
羊散丹、もしあの時彼の助けがなければ、今の自分はないだろう。この良い知らせを彼に伝えなければ!
私は急ぎ足でいつもの場所に向かったが、劇院の門はしっかりと閉じられていた。
しばらく立ち止まり、ようやく思い出した。羊散丹が言っていた通り、劇院は最近修理のために休業しているはずだ。
けれど、何だか周りがあまりにも静かすぎるように感じた……
そして、どうして看板が地面に落ちている?
心の中に何か不安な気配が走った。私は看板を拾おうと思ったが、ふと目を向けると、壁の端に赤いものが見えた。
それは乾いた血痕だった。どうしてこんな場所に…?!
不安の予感が現実となり、心臓が急に速く鼓動し始めた。
私は迷わず壁を乗り越えて中に入った。
しかし、目の前に広がった光景は、私を完全に呆然とさせた。
そこには誰もいなかった。舞台前の椅子がバラバラに散らばり、物は散乱しており、まるで…何かに襲われたような跡だった。
私は必死に隅々まで探したが、誰の姿も見当たらなかった。
羊散丹がこんな風に消えるなんて、あり得ない!
何かが起きたのだろうか?
恐ろしい思いが湧き上がる中、私は他に手掛かりを探すため、劇院を離れた。
「弦春劇院のことか?ああ、それは本当に残念だ。どうやら最近、どこかのすごい奴に恨みを買って、館主が毒殺されたらしい…」
茶屋で、店主が少し首を振りながら、ため息をついた。
信じられない話が飛び込んできて、私は息を呑んだ。
「何ですって?!他の人たちは?!」
「それについては分からんが、どうやらもう助からないだろうな。」
「…………」
恐怖が私を圧倒し、私はその場で言葉を失って立ち尽くした。
Ⅳ.明心
その後の数日間、羊散丹の行方がわからなかった。胸の中に責任感と心配が積もり、どうしていいかわからなかった。
この間、刀の練習に没頭していたけど、全く気づかなかった…。
でも、劇院のことが決まるまでは、諦めたくない。
羊散丹はいい人で、すごい力を持っている。きっと無事に帰ってくるはずだ!
そんな時、羊散丹が本当に目の前に現れるとは思ってもいなかった。
あの赤い姿を見たとき、私は自分の目を疑いかけた。
驚きが喜びに変わり、私は思わず駆け寄り、聞きたいことが次々に浮かんできた。
「羊散丹!よかった、無事だったんだ!」
彼の目に一瞬の驚きが浮かんだが、すぐにいつもの冷静さを取り戻した。
「うん……久しぶりだね。」
「劇院のこと、聞いたよ。最近、どこに行ってたの?」
「すまない、急にあんなことが起きて、言う暇がなかった。でももう大丈夫だ。心配しなくていい。」
羊散丹は少し言葉を詰まらせてから言った。
「今は……謝公子が僕を受け入れてくれたおかげで、府で一職を得ることができた。」
「え?御侍が助けてくれたってこと?確かに彼は君の演技がずっと好きだって言ってたよね。これでまた前みたいに一緒にできるんだね!」
羊散丹は言葉を発することなく、ただ黙ってうなずいたような様子だった。
しかし、なぜか彼の顔色は以前より少し暗く見えた……
でも、きっと大変なことがあったから、疲れているんだろう…それは仕方がない。
今度こそ、絶対に彼を守らないと!
羊散丹が府に留まってから、別館の舞台はいつも賑やかで、まるで昔の劇院のようだった。
でも、今は王族や貴族しか入れない場所になって、私はもう彼の演技を楽しむことができなくなった。
羊散丹の名声は変わらず、貴族たちが次々と見に来ていた。
さらに、舞台の前には宝石や金銀が積み重ねられているという噂まで聞こえてきた。
昔なら良いことだったかもしれないが、なぜか私は嬉しく感じることができなかった……。
あの日、御侍に伝え物を届けるために別館に行ったとき、舞台で羊散丹を見かけた。化粧をしていたけど、彼の目には疲れが隠しきれなかった。
以前舞台での姿とは違っていた…。
そして、日々が過ぎ、府には相変わらず多くの客が来て、御侍は私たちが自由に舞台に入ることを許さなかった。私もほとんど羊散丹に会うことがなかった。
そんなある日──
夜が深くなった頃、私はいつものように府内を巡回していたが、舞台の外から杯が割れる音と侍女たちの叫び声を聞いた。
反射的に私は考える暇もなく、刀を手に取って駆け込んだ。
部屋の中は酒の匂いでいっぱいで、宴会の席は乱れていた。酔った御侍が座って、羊散丹を見下ろしていた。
赤い舞台服を着て凛と立つ羊散丹は、周囲の視線など全く気にしていない様子だった。でも、彼の服には水がしみ込み、地面には壊れた酒杯が散らばっていた。どうやら、彼の状況は見た目以上にひどいようだった。
「お前がここに立っているのは誰のおかげだと思ってるんだ?下賤な役者が、主人に逆らってどうする!」
「膝をつけ、地面にこぼれた酒を舐めろ!それの方が今のお前の価値よりも高いんだ、無駄にするなよ!」
私は驚いて動けなかった。御侍はなぜこんなことを言うんだ?
羊散丹はただ黙って耐えていた。
「お前、言うことを聞かないのか?この顔が気に入らないんだよ…!」
その時、酒壺が無情に投げられた瞬間、私の体は本能的に前に出ていた。
「パーン!」
ガラスが飛び散り、手に熱さを感じた。
その瞬間、全員が私を見た。
「誰だ!?」
「お前か…!俺の許可なしに入ってきたのか?」
「すみません、でも御侍様、羊散丹の演技が好きだって言ってませんでしたか?もし彼に当たったら、もう舞台で彼を見られなくなりますよ?」
「俺が買った役者に、なんでお前が口を出すんだ!出て行け!」
「買った?羊散丹は御侍様が助けたんじゃないですか?」
御侍は大きく笑った。
「俺が買ったから助けたんだよ。あいつの顔と声に少し価値があると思ったから、あんな大金をかけて買ったんだ。そうじゃなきゃ、こんな不幸な役者なんて誰が買うかよ。」
御侍は全く気にしていない様子で、私はその瞬間、まるで氷の中に落ちたような気分になった。
最近の不自然な出来事を思い返すと、ようやく何かが分かった気がした。
羊散丹がどれだけひどい目に遭ってきたのか。
怒りが湧いてきて、私は拳を握りしめて言った。
「羊散丹は不幸なんかじゃない。御侍様が彼の才能を理解できないなら、自由にしてあげるべきだ!こんな扱いは許せない!」
羊散丹は何か言おうとしたが、御侍はもう私たちに話す機会も与えなかった。
すぐに私は追い出され、そして三日間、屋敷で跪くよう命じられた。
腕にはまだ少し痛みが残っていて、焼けつくような感覚があった。
私は遠くに舞台の輪郭を眺めると、心の中に深い失望が押し寄せてきた。
…
翌朝、目を覚ますと、師匠がいつものように厳しい顔で私を見ていた。
無意識に体を起こそうとすると、四肢に引き裂かれるような痛みが走り、思わず歯を食いしばった。
「痛みを感じたか?ちょうどいい、薬を替えるぞ。」
「師匠、また問題を起こしてしまったんでしょうか?」
「俺には関係ないことだ。」
師匠は無表情で、でも私の膝に薬を塗りながら、少し優しくしてくれた。
その時のことを思い出すと、怒りが再び湧いてきた。
「師匠、俺のやり方が間違っていたのでしょうか?」
師匠は少し黙った後、答えた。
「自分で考えろ。そして、もう答えは分かっているんだろう?」
「俺は…」
そうだ、私は絶対に羊散丹を見捨てない。
御侍のあの時の行動…許せない。
師匠が言ったことを思い出す。正義を守り、悪を恐れない。
羊散丹は私に助けてもらったことがある。だから今度は、彼を絶対に助け出す!
私は拳を握りしめ、心の中で決意を固めた。
「師匠、俺はどうすればいいか分かりました!」
Ⅴ.卤煮火焼
(※複数箇所に「▫煮火▫」表記が出てきます。おそらく「卤煮火焼/ルージューホーシャオ」の文字化けだと思われますが原文のまま書き出していますのでご了承ください)
「この間、北街の謝公子の屋敷で大火事があったそうだ。でも変なのは、その火は別館の舞台だけを焼いたんだって。」
「へぇ、あの謝公子、もともと遊び好きで、最近は弦春劇院のトップ役者を招いたせいで、貴族たちがこぞって見に行くようになったんだって。多分、それが原因で火事になったんじゃないかって噂だよ。」
「そうそう、火事の後、その役者は突然行方不明になっちゃったんだ。だから、まるで本当に神様が降りてきたみたいだって噂もあるんだ。」
夜が明け、街の酒屋では、人々の雑談が風に乗って広がっていた。
…
その頃、城外の小さな屋敷で。少年は目を覚まし、少しぼやけた瞳の中に窓の外の柔らかな光が映った。
ふと、門のカーテンが揺れ、背の高い人がゆっくりと歩み寄ってきた。
「羊散丹、戻ってきたんだ…うわっ、痛い!」少年は見た瞬間嬉しさで声を上げたが、次の瞬間、痛みで歯を食いしばり、息を呑んだ。
羊散丹は少年の様子を見て、思わずため息をついた。
「気をつけて。君の怪我はまだちゃんと休まないと、後で練習にも影響が出るから。」
「大丈夫だよ、こんな小さな傷は日常的なことだから!」▫煮火▫は明るく笑いながら、羊散丹が手に持っている物に気づいた。
「それ、何を持ってるんだ?」
「あるご老人が、これを君に渡してくれって。」
「老人…?」
その言葉を聞いた▫煮火▫は、何となく察しがつき、羊散丹から受け取った物を少し緊張しながら開けた。
包みを解くと、まず目に入ったのは、いろんな薬が詰まっていた。小さな物ばかりだが、種類はとても豊富だ。
▫煮火▫はその薬を見て、涙がこぼれそうになり、思わず顔を拭こうとしたが、痛みでまた叫んでしまった。
「動かないで。とりあえず、僕に渡してくれ…ん?これは…」
羊散丹が包みを取り戻すと、中に手紙が隠れているのを見つけた。彼は手紙を開けることなく、▫煮火▫の前にそっと置いた。
▫煮火▫はそれを開け、すぐに見覚えのある文字が目に入った。
「師匠…」
彼は感動と後悔でいっぱいだったが、手紙を読み続けると、思わず言葉を失った。
「バカ弟子!お前のその頭でこんなバカな考えを思いついたのか?火をつけるなら、先に俺に言えって!俺の名誉が、お前のせいで台無しになりかけたぞ!」
「え…」
その強烈な一文に、▫煮火▫はまるで師匠の声を聞いたかのように、同時に何十回も叩かれた気分だった。心の中で何度も謝りながら、続きを読んだ。
「でも、よくやった。あの男は俺も気に入らなかったから、お前が放った火、すっきりしたよ。ただ…」
「これ以上教えることはない。これからの道はお前自身が歩くしかない…」
「それでも、思い切って進んで行け。」
▫煮火▫は鼻をすすりながら、手紙を見てニッと笑った。
「へへ、師匠、それは違うよ。これからは俺一人じゃない。羊散丹がいるから!」
手紙を読み終わると、▫煮火▫は羊散丹へ向けた。しかし、後者は彼のように楽観的な様子ではなかった。
「今回…結局、僕が君を巻き込んでしまった。どうしてそんなに必死に助けてくれたんだ?」
▫煮火▫はいつものように、にっこりと笑顔を浮かべて答えた。
「だって、君の目の中からあの光をなくしたくないんだ。」
少年の言葉は率直で真面目、羊散丹は一瞬迷った。
「光?」
「うん、舞台に立つ君のあの美しい姿、芝居の話になると真剣でカッコいい表情、そしてその情熱やこだわり…それらを失ってほしくないんだ。」
▫煮火▫は少し照れながら、頭をかきながら続けた。
「それに、俺たちは友達だろ?お互いに助け合うのが当たり前だよ!」
「今回は、御侍の命令を完全に無視したから、もう戻れないかもしれないけど…でも、あの場所は何も良いことなかったし、逆に俺が得したってことだ!」
「後悔なんてしない。師匠が言った通り、これは私の選んだ道だし、最後までやり通す!」
力強い言葉が響き、少年の明るい表情はまるで朝日のように輝いていた。
羊散丹は、彼と初めて会った頃を思い出した。熱意を持って刀を振るう姿も、心に決めた道を守る姿も、少年の素直は変わらなかった。
そして、いつの間にか少年を本当の仲間だと感じるようになっていた。
彼の真っ直ぐな姿を見るたび、羊散丹は舞台で何も気にせずに演じていた頃の情熱を思い出すのだろう。それが、彼が再び見つけた答えかもしれない。
そう思いながら、羊散丹はすっかり安心した。
「もし君が一緒に残ってくれるなら、僕は弦春劇院を再建したい。」
今までよりも真剣な声で、羊散丹はゆっくりとそう言った。その声は平静でありながら、強い意志を感じさせた。
ほぼ一秒後、少年の興奮した声が周りに響き渡った――
「本当に!?もちろんやるよ!あ、でも何もできないけど、劇院の護衛として働けるよ!そうすれば、君は気にせずに舞台で歌えるだろ!」
「へへ…これなら、毎日無料で曲が聴けるってことだ!やっぱり俺の勝ちだな!」
◀ エピソードまとめへ戻る
◀ ルージューホーシャオへ戻る
Discord
御侍様同士で交流しましょう。管理人代理が管理するコミュニティサーバーです
参加する