ピスコ・エピソード
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ピスコのエピソード
クラメンズ家(※クレメンス家)の出身であるが、食霊として御侍の命令に従う自覚はなく、気に入らないことがあれば即座に手を出すため、家族から美食家協会へ左遷された。「任務をきちんと完了すれば邪魔な契約を解除し、自由にする」という条件付きでの処遇だった。ピスコは命令に従うことを好まないが、協会の仕事が偶然にも彼の興味と一致したため、かえって最も積極的に働く饗霊となった。数々の常軌を逸した行動を起こすものの、彼の能力を高く評価する会長の庇護のもと、今なお「泳がせる」。
Ⅰ.矯正
「ファビア家族の医療基金寄付契約をすり替えるだと?なぜか?」
わが質問に、セヴィルは素早く舌打ちをしてから、さりげなく薄く口角を上げた。
──この数年間、彼が家族の厳格な教育を受け、至るところで完璧な紳士となろうと努めていたにも関わらず、人間の本性はそう簡単に消し去れぬ。
今なお彼は、欲しい玩具が手に入らなければ駄々を捏ねる、クレメンス家随一の無能な若旦那なのだ。
「ファビア家が近頃過剰に活発化している。クレメンス家の敵となる前に先手を打てば、いいんじゃないか?」
「身分を貶める行為と思う。しかも、なぜ『すり替え』だ?正々堂々と競争せぬのか?」
「無論、競争の『効率』が劣るからだ。よかろう、質問は十分だ。本題に移すべき時だ」
「もし本題が契約すり替えなら……それは我の為すべきことではない」
「為すべきことだと?貴様が為すべきは我に従うこと──」
「聞きたくない」
「貴様…!」
セヴィルの怒り方は子供の頃と寸分違わぬ。現当主ハイマンは既に老いたが、彼は未だに当主の座を継ぐに相応しい風格を養えていない。
大変心配だ。
「やはり、ハイマン様が貴様を教育する方針は誤っていた」
我はそう言いながら手袋をはめた。畢竟、両手を徹底的に洗浄するのは面倒だが、手袋ならば直に棄てられる。
「何をするつもりだ?」
「彼の方法が誤りならば、我が正しき方法でセヴィル様を教育するまで」
「正気か!我は──」
「過度に反抗せぬよう忠告する。セヴィル様。さもなくば我が愉楽に囚われ、手加減を忘れかねぬ故」
鎖がセヴィルの足首に巻き付き、両手を縛り上げる。これで後々の手間が省けよう。
「第一の教えだ……『命令者』たるが故に、聞き手が必ず従わねばならぬなど、この世で最も荒唐なことの一つ」
「クレメンス家未来の当主という身分を捨てれば、貴様は我が御侍ですらなく、道端の虫同然だ。率直に言えば、我は貴様を無造作に潰せる」
「我に命令を実行させたきなら、その命令自体が合理もしくは有益であるか、貴様の力が絶対的であるかだ。さもなくば仮初の服従など、未来に不時限爆弾を埋めるに等しい」
「理解したか?」
セヴィルの顔は真っ赤に染まり、驚愕と恐怖が褪せた後には憤怒だけが残った。
「よくも……よくも!父に貴様を殺させてくれる!必ず父に貴様を殺させてくれるぞ!!」
「……どうやら我が言葉は理解されぬようだ。或いは聞く耳持たぬか。結構。これで『教育』を『教訓』に改める充分な理由ができた」
三時間後──
「軽傷で済んで何よりだ。だがセヴィルが生まれて初めての扱いを受けるとは……見るに忍びない」
ハイマンの声の調子は普段と変わりないが、笑顔の中には我すら見て取れる心痛があった。
クレメンス家史上最長の在位を誇る当主として、この老人には我も幾分かの敬意を抱いている。
だがそれは、我が彼の意気地なしな息子を躾ける決意に影響せぬ。
「今我がこれを為さねば、お前が死んだ後、彼は更に惨めになる」
「その通りだ、ピスコ。今となってはセヴィルが我が生涯で最も失敗した『作品』だと認めざるを得ぬ。だが我にはこの息子しか残されていない。故に──」
彼は数少ない威厳を保つため、懸命に背筋を伸ばした。
「たとえ君の『教育』が正しく必要だとしても、セヴィルを『殺す』可能性が些細でもあれば、これ以上続行を許せぬ」
「理解できぬ」
「ふむ、君の性格からすれば理解困難だろうな……」
ハイマンは諦め笑いを浮かべ、再び普通の愛想がいい老人の様相に戻った。
彼は指を動かすと、執事が一通の書簡を手渡しに進み出た。
「クレメンス家には君が理解できぬ事柄が多過ぎる。これは双方にとって苦痛だ。故に貴様をここに推挙するつもりだ」
「料理人ギルドだと?換言すれば、我への懲罰か」
「違う、ピスコ。クレメンスの当主として、我はいつでもきみを『廃棄』できる。だが我は君の価値を認めている。故に今回は、君に相応しい場所を用意したまでだ」
我は推薦状を受け取り、納得いかぬというように首を振った。
「料理人ギルドで起きる事柄を理解できると、どうして分かる?むしろ状況は悪化するかもしれぬ」
「ふむ、だが君はそこで己の望むことを自由にできるだろう」
ハイマンの言葉には裏の意味が込められているようで、我は思わず彼の狡猾な目を見つめた。
「他人を矯正しようと、目に余る穢れを粛清しようと…わがままのし放題。何といっても──」
「それがわしが君を送り込む真の目的だ」
Ⅱ.入会
「君がピスコってやつかい、ようこそ~」
目の前の男を簡素に見定めた。軽そうに見える。
不快だ。
「貴様が『美食家協会』の会長か?」
「いえ~我はクレメンス家から追放された▫霊に過ぎぬ。会長など務まるものか」
「追放だと……知る限り『美食家協会』の構成員は皆追放者のはずだが」
「呵呵、少なくとも会長は違いますよ」
彼の口調は明らかに我の好奇心を煽ろうとするものだ。不愉快極まりない。
我は言葉の罠と言葉遊びを憎む。無能者が知恵を絞って編み出す姑息な手段に過ぎぬ。
だが彼が会長でないなら、後で始末するのも容易か。
所詮ハイマンが我を呼び寄せたのは、穢れたゴミを掃除させたいからだ。
「我はマンドワ。貴方はこれから会長に会うんでしょ?案内しましょうか」
「うむ」
『美食家協会』は理論上『料理人ギルド』の下部組織だが、場所は別で距離も近くない。
料理人ギルドがティアラの平和を守る正義の組織なら、美食家協会はお金が飛び交っていた富豪のクラブと言えよう。
広大な邸宅に大小様々な別荘が建ち、それぞれ異なる建築様式が絡み合い、雑多で醜悪ながらも技巧高い絵を成す。
聞けば協会員は仕事も生活もこの邸宅で行うとか──クレメンス家の奢侈に慣れた彼らは当然と思うらしい。
我も例外ではない。職場と住居が同所で設備も整っていれば便利この上ない。
だがクレメンス家はこれらの「追放された」▫霊に甘すぎる。
我々は廃棄するには惜しいが、使い道のない「欠陥品」に過ぎぬというのに。
「会長、新入りのピスコを連れました」
「おや、入れ」
その会長の声は若々しく、子供じみた笑いを含んでいた。
許可を得たマンドワが扉を開ける。
広くない部屋で、王宮に置かれるような浮誇のソファと、その上に座る二人が一瞬で視界を支配した。
正確には一人が端正に座り、もう一人がその背にもたれ、足を組んで目を閉じている。
「ようこそ、ピスコ。すまないね、今ちょっと手が離せなくて」
ソファの青年は文書に目を通してながら申し訳なさそうに笑う。寄り掛かる人物は依然として目覚める気配なし。
…よく見れば、それを単に「人」と呼ぶのは適切でないかもしれぬ。
「はは、またボルドーが会長にまとわりついてますね」
「仕方ないよ、彼はここでしか眠れないから。それにこれも我が仕事の一つさ」
青年は目を細めて笑う。クレメンス家の老獪さは微塵もない。ここに属すべきでない者だ。
そもそも会長たる者、何らかの卓越した能力を持つはず。だが我はクレメンスでこの人物の噂を聞いた覚えがない。
「あ、正式に自己紹介を!我は美食家協会の会長、ラミントンケーキ。ラミントンでも会長でも、仲良くなれたら最高だね!」
仲良く?
我が眉をひそめたようだ。ラミントンケーキも同時に困惑した表情になった。
「うーん……真面目な性格なんだ。いいよ、じゃあ良い同僚になろう!」
「…」
「そんな顔じゃダメだよ。美食家協会の任務は必ず二人一組で行う決まりなんだ。互いを監視し、反逆や違反行為を防ぐため。だからみんなと仲良くしないとね」
「反逆?契約がある以上逃げられぬだろう」
「あら、中には御侍が既に亡くなったメンバーもいますから」
「…契約が無効でも、ここから離れられぬのか?」
「いえいえ、契約解除なら自由ですよ。ただ新たな契約を交わし、自発的に残留する者もいます…皆様々な事情があるよね」
「例えば?」
「協会員なら住居無料、あらゆるサービスを享有でき、非常に便利だな」
答えたのはラミントンではなくマンドワだった。ラミントンは明るい笑顔を保っている。
「ついでに尋ねるが、任務中に同行者の反逆行為を発見した場合、どう処す?」
「殺せばいいんですよ」
ラミントンはその言葉を無邪気な笑顔のまま発した。不気味な感じが脳髄を刺す、
やはり、名前からして怪しいなこの協会は異常極まる。だが──
「ふむ……我が意に適う」
Ⅲ.謀反
「ビターズ、事前の約束通り出口で待機していなかったな」
「あそこは危険過ぎた。一人で追手の大群を捌ける腕前ではない。それにお前は無事脱出したではないか」
「契約精神が欠如したな」
「契約書に署名したのは二項目のみ。第一に任務完遂、第二に同行者の監視。それ以外の約束がない。だから仮にお前が予想外の事態に陥ろうと、俺に関係ない」
ビターズの慵懶とした様は見るだけで不愉快だが、残念ながら彼の言う通りだ。
だから鎖を収めた。
「反逆の気配を見せれば容赦せぬ。覚悟しておけ」
「同感だ」
「よかろう。書類を出せ。署名すれば任務完了だ」
「あ、書類はマンドワ様の元に置き忘れてきた」
ビターズの表情に驚きも慌てもない。あらかじめ用意されたセリフを棒読みするが如くだ。
書類を置き忘れることは驚かないが、それがマンドワの元とは…
「貴様はマンドワと親しいようだ。ならば最初から彼の同行者を志願すればよかったでしょう」
「あの嫌な女に先を越されたからさ。ついでに書類は既に我が署名済み。お前がマンドワ様の元で署名するだけだ。では、俺は退勤する」
ビターズの背を見送り、制止する気はない。これ以上彼の生気のない顔を見る気も失せた。
だが書類がマンドワの元にあるのは偶然ではない。
奴に用があるのだろう。
我はマンドワの住処へ向かう。その色彩過剰な城は、どこの国の王女が住むかと錯覚させるほど…
「久しぶりだなピスコ、元気ですか?」
「うむ。ビターズが置き忘れた任務清算書を受け取りに来た」
「ふふ、まさかピスコがここ一番の仕事熱心とはね」
「当然だ。『不協和』な『混沌』を存分に掃除でき、それに報酬で新たな刑具を購入できる。満足した。貴様以外は」
「おや?何処かで不躾を働いたか?」
「『美食家協会』の名前に始まり、任務毎の愚かな台詞まで、全てが不愉快だ」
「はは、儀式感は大切だと思ってね」
「……書類は」
「もう少し話そう?君との会話は好きだよ」
「やめてくれ。貴様の能力は我にとって無駄だ」
一瞬だけ、マンドワは確かにわずかに驚いた表情を見せた。
「何の話?」
「人心を操縦する能力……理由は聞くな。我にも解らぬ。初対面から貴様を嫌悪していたからかもしれん」
「ふふ、クレメンス家では『人心操縦』は珍しくない。天然の免疫もあり得る。だがピスコの様に直言居士は稀有だ」
「迂回するな。用件を言え」
「ピスコの『不協和』と『混沌』の定義とは?」
「万物はあるべき姿を持つ。然らざるは『不協和』であり『混沌』。理解困難か?」
マンドワは微笑み沈黙する。理解せぬ様子だ。
「例えよう。健全な四肢を持ちながら不正な方法でお金をあつめる者、慈善の名の下に穢れを為す者、報酬を受けながら契約を履行せぬ者…」
「大いなる家族の当主でありながら、無知無能な者は?」
「セヴィルのことか?」
「やはり賢者との会話は楽しい」
我はマンドワを改めて見定める。
初対面時から不愉快だったのは、彼が会長ですらなく副会長でもないのに、協会の主である如く振る舞う越権行為のためだ。
後に聞けば、協会の心得難い規約の多くもマンドワの立案による──二人一組の強制もその一つらしい。
我は常に彼を始末する機会を待っていた。その彼が今やクレメンス家次期当主に害意を抱くとは。明らかな謀反が…
ちょうどいい、我もセヴィルという寄生虫を掃除したい。
「セヴィルを殺すなど、クレメンス家全体を敵に回すことになる」
「人間の力は恐れるに足りない。何せ『もう一人の当主候補』が我を全力的に支援している。▫霊に関しては……あいつの▫霊は彼を憎んでいる。我々に妨げはない」
「我々だと?」
「君がハイマンに告発せずここに留まっているとは、セヴィルのような愚物が当主となることを認めぬでしょう」
「その通り。だが厄介を処理する為に新たな厄介を抱える気はない。仮にセヴィルの▫霊が傍観するとしても、ハイマンの▫霊カイザーシュマーレンが静観するとは思えぬ」
「あちらには既に根回し済みだ。安心せよ」
「カイザーシュマーレンまで味方なら、我の出番などないではないか」
「いえ。カイザーシュマーレンも我もセヴィルを直接殺せぬ。彼はハイマンより『セヴィルを護れ』との命を受けている。そして我は…不本意ながらセヴィルの▫霊なのだ」
「つまり我をカモになれと?」
「正解」
マンドワのあからさまな承認に、
我は一瞬たじろいだ。
「我が承諾すると確信しているようだ。根拠は?」
「成功後、『新当主』は美食家協会に『自由』を与えると約束した。君が協会名義で行ったことは全て水に流す。それに穢れを掃除するのは君の天職では?」
「掃除人扱いするな」
「ふふ、では答えは?」
我は彼を白目で睨みつけ、ボトルを持ち上げて彼の目の前のティーカップにぶつけ、音を立ててひっくり返した。
「成約だ」
Ⅳ.意外
(※日本版未実装食霊の「ハムス」ですが、フムス表記で出ている為ここでは「フムス」表記で統一していますのでご了承ください)
セヴィルを殺す過程は取るに足らないほど簡単だった。
セヴィルの死後間もなく、ハイマンも遂に悔しげに息を引き取った。
続いて新当主が継承し、カイザーシュマーレンも遠くサヴォイへ派遣された。
二度と戻らぬだろう。
「『共犯』として、諸君に最大限の『自由』を与えよう。代わりに我を支え続けることだ。異存はあるまい?」
広過ぎる執務机の奥で、若き当主ノーランはクレメンス家式の微笑を浮かべていた。
マンドワの表情は彼と不気味に相似していたが、圧迫感は更に上回る。
「約束を忘れぬ限り、異存などない」
「ふふ、そう言われるとピスコが秘密を隠されたと拗ねるかもね」
「貴様らの内情に興味はない。知らせぬが吉だ」
冷たい言葉を残し我はノーランの執務室を出た。
狐同士の駆け引きに付き合う気など毛頭ない。
だが悪人は常に、己と袂を分かった元『共犯』を忌み嫌うものだ。
その後、ラミントンの事務室で新任務を受け取る度に決まって──
「ピスコは今回も同行したくないだろう?ビターズとの組隊が限界なのだから」
「…」
「ならこのS+級任務は我とブラックデスのチームに任せる。危険だからね。残った任務は好きに選べ。我は君の後で構わないわ~」
我の後などと言いながら、最高賞金の任務を掠め取ったとは。
マンドワが存在しない涙を拭う仕草と狡知に満ちた笑顔を見て、我は拳を握り締めてから解放した。
よかろう。高額報酬より、この嫌な顔構えから遠ざかる方が良い。
「S+以下の三件を選ぶ」
「わ~一月でS級三つ?ビターズが泣くぞ」
「彼の号泣姿なら見てみたいものだ」
無駄話を切り上げ、机上の三枚の任務書を手にフムスの元へ資料請求に向かう。
フムスは先日正規メンバーとなり、事務作業に熱意を燃やしている。資料も瞬時に整えた。
だが受け取り際、彼が突然我を呼び止めた。
「ピスコ様、実は…マンドワ様はこの資料を渡さなくてもよいと。ですが任務の安全遂行の為、お渡しすべきかと。これが職務ですので」
訝しみつつ追加文書を受け取る。数秒沈黙し、思わず嗤いが零れた。
「奴の人心操縦が通用しない例か…どうも、フムス」
戻って眠るビターズを引き摑み、任務地へ向かう道中のことだ。
「S級三つ……正気か?」
「毎度傍観する貴様に言われたくない」
「恐ろしい暴君だな」
「…」
ビターズとの任務の不快感はマンドワとの対峙に匹敵する。殊更マンドワが我の消滅を望み、ビターズが既に彼の「俘虜」だと知ってからは。
だが「秩序」維持の為、彼と行動を共にせねばならぬ。
彼が我を監視するように、我も彼を「縛る」のだ。
マンドワの存在が協会に必要だとしても、彼の犬までは容認できぬ。
ビターズが本当に「不適切」な行動を取れば、殺すまでだ。
「…堕神の処理方法を見る度に気持ち悪い。お前は本当にサディストか?」
満杯のボトルを揺らす我の満足げな笑みが、彼の不躾な発言で不機嫌になる。
「願ってもない」
帰路でビターズの足取りが速いこと。閉店中の賭場に火光を見つけ呼び止めても、彼は歩みを止めようとしない。
「見えぬか?あの建物に火光が走った」
「堕神を屠り過ぎて錯覚か?何も見えないぞ」
「…確かめれば済む」
「おい…」
「付いて来い。不審行動があればマンドワに報告すればよい」
否定せず静かに賭場へ潜入する──悪臭漂うゴミ捨て場のような空間だ。
静寂の中、やがて「火光」の正体を発見した。
ビターズより幼げな少年。この穢れた場に不釣り合いだ。
近づこうとした瞬間、彼の手に握られたライターと足元のボトル、布切れに気付く。
放火犯?いえ…
その顔には助けを求める慟哭が刻まれていた。
何故かマンドワの嫌悪すべき笑顔とビターズの生気ない姿が脳裏を掠める。
共犯が必要なら…こいつが相応しい。
少年のライターが着地前に、我は蹴り飛ばした。
暗闇で煌めく彼の眼差し──クレメンス家にも美食家協会にもない希望の輝きに、嗤いが込み上げる。
我は彼の命を救った。ならば今後…
彼の命は我がものだ。
Ⅴ.ピスコ
(※日本版未実装食霊の「ハムス」ですが、フムス表記で出ている為ここでは「フムス」表記で統一していますのでご了承ください)
コルンと共に賭場を焼き払った後、ピスコは協会もしくはクレメンス家からの懲罰すら受けなかった。
クレメンス家は専門の人員を派遣し現場を「清掃」した。地元の治安局にすら気付かれぬ完璧さだ。
ピスコが提出した完璧な報告書は、この社会を荼毒した賭場の除去が必然であることを論証していた。
更にコルンを協会へ連れ戻すことに成功した。
彼がコルンに告げた。「我が許可を得る限り、貴様は思うがままに振る舞える。もう生存の心配をする必要はない」
ピスコはコルンに自由を与えた。同時に、コルンによって「救済」された。
ビターズとのパートナーシップ解消後、マンドワはコルンが新人故に補助者を付けようとしたが、
ピスコは完璧な論理で拒絶した。
新規購入の刑具を撫でながら、ピスコは恍惚に近い快感に包まれる。吸気さえ甘美に思える。
「ピスコ、新入荷はこちらへ」
「うむ……待て。何故まだこの服装だ?」
「え?」
コルンは箱を置き、自身の服を慌てて点検する。
「こ、これのどこが?」
「無鉄序極まりない……着替えろ」
「何に?私の服はこれしか……」
「ユニホームだ。協会からスーツが支給されているはず。着替えろ」
コルンが啄木鳥のように頷きスーツに着替えると、
ピスコは尚も不満を隠さぬ。
「私のスーツは一着だけ。お前のを借りる訳にも……色以外は同じでは?」
「…ならネクタイの問題だ。我のネクタイを締めろ」
「はい…」
だがコルンがネクタイを全て試した後、ピスコは遂にため息が漏れた。
「元の服に戻れ」
「…店の姉さんが言ってた『面倒な上司』これか……」
コルンは呟きを押し殺し、素早く元の服装に戻った。
「現状貴様を解雇する気はないが、我を疎む者が貴様を追い出そうとする可能性はある。故に足場を固めるには我だけに頼るな」
「行くぞ。同僚を紹介する」
「え?前にフムスさんに……」
「当時、数人が不在だった。今日は揃っている。手引きは今回限りだ。その後は己で関係を構築せよ」
「ピスコさんが教えるなんて想像できない…」
それにしても、ピスコは人間関係が苦手なように見えるにもかかわらず、自分を配慮したことに驚いていた。
この点においては、悪くない上司と言えよう。
「シチリアカンノーロ。こちらはコルン、我が新たなパートナーだ」
「あら~ピスコが自らパートナーを?可愛い子じゃない」
「ありがとう姉さん!姉こそ美人だよ!」
「ふふ、お口が甘いわ~」
そんな褒め言葉を聞くと、コルンは思わず笑みを深めた。──協会にも一般人はいるんだな、そう思った彼は、突然耳元でピスコの低い声が聞こえた。
「彼女の前でマンドワと近づくな。斬られても知らん」
「…はい」
「ボルドー七星うなぎ。『睡眠中』と『覚めない』の二状態しかない。第三状態に会ったら…会長がパッと現れるよう祈れ」
「…」
「はは、大袈裟だよピスコ!私がボルドーから離れることなんて滅多にないから安心して~!」
明るく穏やかな会長はそう言いながら、親しげにコルンの肩に手を回し、コルンも安堵した彼は調子に乗る。
「会長がそうおっしゃるということは、ボルドー様と離れることもあるということですね、ははは…」
「ああ、もしそんなことがあったら、君を殺すつもりだ~」
「…」
笑顔を凍らせたコルンを連れ、我は会長の館を後にした。
「ボス、会長って…よく部下を殺したがるんですか?」
「あいつは頭がおかしい。気にするな」
「…ここには一般人いないですね。ところで、あの…」
「あけすけに言う。貴様は無理やり言わせるようなことは嫌だろう?」
「えーっと…あの賭場のオーナーは…どうしたんですか?」
「飲んだ」
「え!?」
「見てなかったのか。彼は液体になって、ボトルに吸い込まれたんだ。お酒は飲むためにあるだろう。」
「でも……」
「あの屑はこの世を汚し続けるより、我が『養分』と化す方が幾らか有用と言うもの」
「貴様も同様の覚悟で従ったと解していたが…誤解したか?」
「違います!もちろん同感です!」
コルンは緊張すぎて唾を飲み込み、怯えの色を顔に出さないように努めた。
ピスコは満足げに頷く。
「良かろう。協会のメンバーもそう考える。もし貴様が異端なら…『養分』になるぞ」
「所詮、ここは『美食家協会』なればこそ」
彼は頭を上げて歩き続けた。任務書を掲げるその姿は、まるで食事の準備をする紳士のように──
純白のナプキンを胸元に端正に結び、鋭いナイフとフォークを手に取り、皿の上の血肉を容赦なく解体する。
それが何の生き物の肉であろうとも、美食家である彼は、優雅に、そして何の罪悪感もなく、
その「罪悪」を堪能する。
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