トカイ・エピソード
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トカイのエピソード
高貴な生まれながら、その気品ある佇まいから冷徹で威厳に満ちた印象を与える。過去に邪神の力に支配された経緯から「呪われた体質」と畏怖され、影響下では無自覚状態に陥る。呪いの解除を求め彷徨う中でカプリケーキと邂逅し、その縁から地質観測点に辿り着く。そこで彼は、単なる調査施設を超えた重大な謎――この地に封印された手がかりと秘密に触れることとなる。
Ⅰ.祝福
シャンデリアのきらめきが絢爛と広間を照らし、遠くから管弦楽の調べが漏れ聞こえる。たた
廊下を進むと、近侍たちの囁きが不意に耳に入った。
「今年の精霊祭はトフ殿下が継承者になれば、祝福も歴代最高だと皆言ってますわ」
「あのトカイも今夜の宴に出席するってね。あの人、そういう席ではいつも黙り込む影みたいで気味悪いわ」
「でも王子の輔佐者としてはきちんとこなしてるって聞きますよ。だから殿下も重用されてるのでは」
「まさか、殿下は慈悲深いから、自分の食霊を庇ってるだけじゃないかしら」
……
足早に歩を進め、宴の始まる前に広間へ辿り着いた。
貴族たちの煌びやかな衣装が乱れ舞う中、中央に囲まれる御侍をすぐに見つけ出した。
王服を纏った彼は穏やかな面持ちで、次々と差し出される祝杯に応じている。
俺に気付くと、微かに頷いて側へ来るよう促した。
「トカイ、祭儀の準備も済ませて駆けつけてくれたか。労いの一杯だ」
差し出された杯を受け取るより先に、作り笑いを浮かべた男が割って入った。
「ははっ、さすがは殿下お気に入りの食霊。祭典の大役も任せるとはね」
「お褒めいただき光栄です。殿下のご信頼に応えるのが務めでございます」
皮肉の滲む声を聞き流し、いつも通り淡々と返す。
しかし相手はこれまでに諦めようとはしなかった。
男は御侍が他者と話す隙を見計らい、耳元で嗄らせた。
「貴様の光栄が当然だろう。所詮ほとんどの国じゃ、主人に逆らえぬ食霊は兵器か奴隷として扱われてるんだからな」
挑発的な笑みを浮かべるその顔を、俺は無表情で見据えた。
「殿下こそ、私がこれまで出会った中で最も懐の深いお方。権勢を笠に着ることなく、これほどの尊敬を集めておられます」
「ほう、お上手にお世辞をおっしゃる。私が贈った粗末な品を軽んじるのも無理はない。そのおべっか使いの腕前では、殿下から多くの褒美を賜っているのでしょうね?」
……
どうやら俺の話を理解していないらしい。
彼には構わず。話を続ける気も失せ、男も諦めたように睨みつけて去って行った。
肩を軽く叩かれて振り向くと、御侍が苦笑いで言う。
「公爵の嫌味はいつものこと。気にせず、疲れたら早めに休んだらどうだ」
「かしこまりました」
宴の終わり頃、ひそやかに広間を出る。
街灯の明かりが遠ざかる中、夜風が頬を撫でる。
「お兄ちゃん、この花どうぞ!」
幼い声に振り返ると、花束を抱えた少女がにっこり笑っている。
「……」
反応するより早く、少女が駆け寄ってきた。
「ママがね、祭りの間に花を贈ると精霊様の加護があるって!もらった人も、あげた人も幸せになるんだって!」
「だが……なぜ俺に?」
「だって公爵様の馬場計画を止めてくれたんでしょ?うちの果物屋が続けられたのはお兄ちゃんのおかげだもん!」
「それにすっごく綺麗な人だし、お花と似合うよ!」
淡い香りのマーガレットを差し出され、腰を折って受け取る。
「……ありがとう。返す花は持っていないが、精霊様もきっと君を守ってくれるだろう」
Ⅱ.予告
時計の針が零時を指す前に宮殿へ戻る。
眠気も覚めず書斎へ向かおうとした時、廊下の先に見覚えのある影が立っていた。
御侍が無理に笑みを浮かべるが、疲れた瞳の奥に翳りが滲む。
宴での公爵の言葉を気にしているのだろうか。
「殿下、そのうわさお気になさらず」
先んじて口を開いた。
「殿下のご公平さは、誰の弁舌で動かされるものでないと、衆目の認めるところでございます」
思いがけぬ言葉に彼は瞼を伏せ、いつもの穏やかな微笑みを取り戻す。
「貶められたのはお前なのに、それでもわが身よりわが評を気遣うとは」
「俺は他人の評価など取るに足らぬこと。何より殿下の御威光こそが重要です」
御侍は静かに聞き終え、反論せずに淡く頷いた。
「この立場に立つが故に、お前までうわさに巻き込む…人々の期待はますます高まり、少しでも不都合があれば、当然のごとくその怒りや不満を私たちにぶつけてくるでしょう。」
「しかし忘れぬでほしい。この国の安寧を願う心は、お前と俺で同じだと」
「だからこそ、誉辱を共にできることを誇りに思う」
慰めに満ちたその声に、胸の内が熱くなる。
だが心情を吐露するのは得意ではない…
気まずい沈黙が訪れる前に、御侍が突然俺の手元を指さした。
「それは精霊の祝福を受けた花か!トカイも遂に人心を得たようだな」
少女との出来事を話すと、彼はからかうような笑みを浮かべた。
「俺は女の子から花をもらったことがない。なかなかモテるんだな?」
暫し考えて花束から一輪抜き、差し出した。
「いや、そういう意味ではなく…」
「祝福はここで断ち切るわけにはいかぬ」
「それは伝達ではなく転嫁だぞ?」
「……」
「ははっ、珍しく困った顔を見せおったな。安心せよ、真心があれば祝福は届く」
「…承知」
束の間の憩いの後、奉納儀式の準備に戻る。
祭壇で最終点検を始める俺。
百年の伝統を誇る精霊祭は、細部まで完璧を期さねばならない。
点検を終え外へ出ようとした時、突然足元がふらついた。
周囲を見渡すも、風に揺れる灯火以外に異状なし。
…気のせいか?
額を押さえ意識を集中させる。宮殿に戻るまで異変は再発しなかった。
月が中天に昇っても眠れぬ夜。
祭壇での違和感が脳裏をよぎる。
「ふふ…間もなく…」
…!?
耳元を掠めるかすかな囁き。
振り返れば闇に満ちた部屋に、人の気配は微塵もない。
あの気配は…
警戒心が背筋を駆け上がる。もう一度祭壇へ向かう足を進めた。
王位継承者として初めて執り行う御侍の祭儀──
たとえ何があろうと、必ず完遂させねばならない。
Ⅲ.異変
古式ゆかしい詠唱が祭壇に響き渡る。神聖な炎が花環を照らし出す中、高台の御侍が祭司の祝祷を受ける。
参列者たちが目を閉じて祈りに没入する様を、俺は警戒しながら見張っていた。
現状では全て計画通りに進展していますが、依然として気を緩めることはできません。
周囲の音に注意を払い続け、儀式が終わりに近づいていくのを待ちました。
予期せぬ出来事でしたが、突如として、腐敗した蜜のような異臭が鼻腔を襲った。それは未知の深淵から発せられているかのようでした。
あの時の感覚だ…!
思考より先に身体が動く。人々の間を掻き分け祭壇中央へ駆け上がる。
「トカイ…?何をする――」
御侍の驚きの声と人々の叫び声が背後から聞こえ、俺は精緻な彫刻が施された円卓に視線を凝らした。異様な感覚はますます強まった。
「殿下!皆を非難させてくだ――」
「ドゴオオオ」という轟音とともに私の言葉は遮られた。
円卓が突然砕け散り、目に見えない力が周囲を包み込んでいるようだった。
円卓の下からは、奇妙な魔法陣が光り輝いていた。
「どういうことだ!?」
「神聖な祭壇が……破壊された……!」
慌てた声が響き渡った。
「祭壇がっ!」
一瞬にして、陰寒が骨を抜き取るかのごとく、火光は吹き付ける風によって消し去られ、周囲の花々も悉く凋落した。
「花が枯れた…不吉の前兆だ!」
「まさか!これまでこのような事態は一度もなかった!精霊の加護は?精霊は……」
「きっと精霊が怒っているのだ……くそっ、一体何が問題なのか……」
「トカイ……トカイだ!彼が突然祭壇に駆け寄ったのだ!彼は祭祀の儀式を乱したのだ!彼が精霊を冒涜したのだ!」
最初に私を責め立てたのは、宴会の席にいた公爵であった。
「最初から言っただろう!食霊なるものを祭祀の供儀に用いるのは間違いなのだ!あの食霊は不吉なものだ!」
「そうだ!彼が祭壇に上がってから、おかしなことになったんだ!」
「これまで、こんなに重要な祭祀に食霊が参加したことはない……。きっと彼のせいだ!」
応和の声が続いて、俺は何から弁解するか分からないし、誰も俺の議論を聞いてくれない…
幸い、御侍はまだ理性を持っていた。
「今は急いで避難させることが大切だ。祭壇は……」
話が終わらないうちに、遠くないところで黒い影が人ごみに向かって行ってしまった…
まずい!
俺は手にした斧の銃を握りしめ、ためらうことなく飛び上がった。
斧の刃は集まった黒い霧を適時に切り落とし、俺もターゲットとされていた女の子を後ろに守ることができた。
しかしまもなく、その逸れた黒い霧が再び集まり、最終的にはぼんやりとした人形になった。
「おまえはいったい誰だ」
私は質問を投げかけたが、その後、幽霊のような声がゆっくりと聞こえてきた―
「我が王、ここでお待ちしておりました」
そう言って、その姿はゆっくりと身をかがめて、まるで臣従の姿のようだ。
?!
思わぬ状況に俺は思わず呆然とした。
今度は、御侍にも信じられない目が向けられた。
「トカイ……どういうことだ……」
「殿……俺は……」
「この奇妙な力……もしかして、本当にあなたに関係があるの……」
御侍の声が耳に入り、俺を見る目に徐々に驚きが広がった。
俺は説明したいと思っていますが、本来あるべきことであり、何から説明するのか……
「我が王、迷う必要ない。私はあなたの力です。それは……」
「あらゆる障害を取り除きますーー」
奇妙な音が再び聞こえてきて、祭壇が震え、陰寒の息吹が強くなった。
周りがますます混乱し、女の子は泣き叫んで俺のそばから逃げ、花束が地面に激しく落ちた。
激しいパニックが急速に人ごみの中から広がった。
「本当にこの食霊が不吉な力をもたらした……いや、彼は不吉そのものだ!」
「こんなに重用されているのに!彼はずっと殿下をだましている!」
「彼は精霊の祭典を台無しにした!彼はまだ……私たち全員を殺そうとしているの?!」
「殿下!トカイはあなたの食霊です。今すぐ処刑を命じてください!!」
「やっつけろ!やっつけろ!やっつけろ!!!」
怒りの目が風を通さない網に包まれて来て、俺は急に喉が止まって、体も動かなくなる。
「ふふ、やっと、チャンスを見つけられたか……」
静かな音が身の側を去来し、視界には、限りない黒い霧が立ち込めている……
頭の中が一瞬にして真っ白になり、何かが俺の体内に注ぎ込まれているようだ。
振り切れないうわ言が耳元で炸裂した。
次の瞬間、刃に貫かれたような痛みが、五臓六腑に広がった。
シーンが潮のようにかき回されて、俺は完全に意識を失った……
Ⅳ.呪う
濁流のような黒霧が祭壇を覆い、聖火は汚れた色に染まる。
「ぎゃああっ!」
悲鳴で瞼が開くと、血の海に浮かぶ知人たちの顔。
心臓が跳ね上がり、足が竦む。
掌に伝わる粘ついた感触…見上げれば、手のひらが真紅に濡れていた。
これは…
俺が…
「嫌な貴族ども、あなたの望み通り消えましたね~」
虚空から笑みを帯びた声が響く。
「いえ…殺せとは言っていない!」
「貴様は一体何をしたの!」
「あら?でも彼らはあなたのせいで死んだのよ?一瞬の悪意が生む地獄…素敵でしょう?」
鋭い言葉が耳を囲み、意識を失う前の画面がさっとフラッシュバックした。
祭壇の上の法陣を壊してしまったからか…みんなを…
皆を救うためだったのに…
強い自責と苦痛が襲ってきて、全身が真っ黒な淀みに浸っているような…
「ふふ、後悔しているのか。実は、もう一つ救い方があるんだ──」
歪んだ音がぽつんと迫り、また陰気な空気が激しくなった。
「彼らを殺したのは、呪いの力だ。私が降臨した瞬間、呪いの力はここのすべての人に降りかかるだろう」
「我が王…あなたは私を飼いならして、私の主人になる。その時になれば、自然と私の力を操り、呪いを解くことができる」
黒い霧がまた頭を下げ始めた姿に変わり、語り口も卑しくなる。
俺は散々な祭壇と、俺によって被害を受けた人々を見ていた。
複雑な気持ちが心の中でもがいている。
「私には頼りになる主人が必要です。あなたが彼らを救いたいなら、それが素敵な選択」
「信頼できない」
「じゃあ、他に何か方法はあるの?死んだ人を生き返らせる?できるの?」
私は思わず拳を握りしめた。
傷だらけの姿を見ていると、深い罪悪感が俺の心を圧迫している。
たとえすべてを挽回できたとしても、過ちも消せないことは分かっている。
だが…この災難を鎮めることができれば。
邪神の力に染まるのは、俺が払う代価かもしれない。
「あなたの主人にはなりたくない。でも誰かに怪我をさせたくない……あなたと俺を除いて」
「私があなたの主人になって、一緒に死んでもらう……覚悟はいいですか」
「ふふふ……言ったでしょ、あなたは私の主人になる……」
心の中でほのかに嫌な予感がしてきたが、もう間に合わない…
「それでは今から、私の力はあなたのものですーー」
「あなたは……、私の容器よ~」
獰猛な音が急に大きくなり、黒い霧が押し寄せ、私の体を貫いた。
耐えられない力が、俺と一体化しつつある……
「成功した……へへ、私があれだけ口をつぐんだのはむだではない。本当の悪夢は、いよいよ始まります……」
「よーく感じろ、邪神オットビアの力だ──!!」
周囲に真っ赤な火が突然降り、激しい震えの中、祭壇全体が崩れ始めた。
「何してるの?!……うむ……!!」
ブンブンという音が耳元で響き、体がびっしりと虫に食われるような痛みに耐えられない。
だんだんぼやけていく視界の中で、見慣れた顔をしているのが見えた……
彼らはまだ生きているのか。俺が前に見たのは何ですか。幻覚?
悪い……意識もコントロールされなくなってきた……
「俺を取って代わりたいの?…」
「はははは──!!やっと反応してくれたのか?愚かだな。約束を守るとは思わなかったのか?」
「ただの食霊、どうやって私の主人になるか。私が完全に力を取り戻す前に、あなたの体を貸してあげたにすぎません」
話をしているうちに、祭壇の中央から崩壊が拡大し、人ごみの中から悲しみと泣き声が出てきた。
「やめて……彼らを傷つけるな……!」
私は歯を食いしばって、その重圧から抜け出そうとした。
しかし、血肉が貫通するような苦痛は、俺を動けなくさせた。
煙の中、次々と姿を落としていく。
その笑い声はますます狂っている。
これは俺が望んだ結果じゃない…
御侍の言う通り、俺の決意とビジョンは、この国の安定と繁栄を守ることです。
いずれにしても、それは揺るがない。
胸の中に再び立ち上がって決意し、俺は落ちた斧の銃を拾って、ためらうことなく自分の両腕を切った。
痛みと血が引いた瞬間、俺はついに意志を取り戻し、歪んだ声も突然消えた。
これは俺が彼らのためにできる最後のことかもしれない。
もし呪いが俺のために来たのなら、俺も呪いを終わる。
そこで俺は砕け散った祭壇を降りて、この国を脱出した。
Ⅴ.トカイ
昏雲が空を覆い、青年のよろめく姿が森を抜け、斑駁の血痕を残していく。
「やっと……邪神遺跡に行ける……」
「クソったれな食霊め…無駄な抵抗など何になる……結局は私の操り人形になるだけだ……」
血に染まり、全身が彼の衰弱を物語っている。
しかし、その瞳に浮かぶのは、ただただ不気味な陰険さだった。
幾度となく移ろう天色の中で、自らの体を制御する力を失い、脳内に満ちた混沌とした感覚は、トカイに夢と現実の区別をつけ難くしていた。
最後の記憶は、崩れ落ちた祭壇の上で途絶えている。
人々の悲しみや怒りに歪んだ顔が、今もなお目の前にちらつく。
乱れ舞う炎は燃え続け、彼の身に熱い刻印を焼き付けた。
従順の誓いなど所詮は悪魔の嘘。未知なる邪悪な力は、呪いそのものであり、災厄を引き起こす存在に他ならなかった。
だが、彼は決して屈服などしない。
「チッ……脆い野郎だ……もう……ダメか……?」
「それともこいつ……今でも……抵抗しようってのか……?」
黒い霧が次第に薄れ、青年はついに倒した。
……
どのくらい時間が経っただろうか。穏やかで柔らかな力が、暖かな陽光に照らされるように、ゆったりと流れ込んでくる。
痛みの感じもそれと共に消えていく。
耳元でかすかに聞こえる清らかな小鳥のさえずり。トカイは朧気な意識の中からゆっくりと目を開け、自我が再びかき集められていくのを感じた。
陽の光がテントの入口から漏れ、自分が整えられたテントの中にいることに気づく。
キャンプを出たトカイは、周囲の静かな森と、遠くにかすむ雲に霞む雄大な山々を眺めやる。
ふと、その眼光が鋭く研ぎ澄まされた。何かを思い出したようだ。
「邪神遺跡……あいつが目指す場所……」
「あそこに……この呪いのようなものから解放される手がかりが……あるのか……」
その時、淡い髪の青年が慌ただしく彼を見つけて近づいてきた。
「あ、ここにいたんですね。傷がまだ癒えていないんですから、ゆっくり休んだほうがいい。」
「……お前は?」
「カプリと呼んでください。僕も食霊だ」
カプリは一瞬言葉を止めると、気さくな微笑みを浮かべた。
しかしなぜか、その身から放たれる何とも言えず懐かしい気配が、眠っている間に感じたあの柔らかな力をトカイに思い出させる。
トカイは即座に悟った。この男が自分を助けたのだろうと。
「助けてくれたこと、礼を言う。……俺には行くべき場所がある。この品々が、報酬の代わりになることを願う」
そう言うと、彼は習慣的にポケットに手を伸ばしたが、全身に何一つ金目の物が残っていないことに突然気付いた。
わずかに気まずそうな表情が浮かぶ。しかし、向かいのカプリはただ温かく笑っていた。
「大丈夫ですよ。ただ手を貸しただけですから、お礼なんていらない」
「それに……どうやら目的地は僕と一緒みたいし?」
何かに気付いたのか、カプリは言葉を続けた。
「すまない、あなたが昏睡している時に、ずっと邪神遺跡の名前を呟いていたのを耳にして……行き先はそこですよね?」
「邪神遺跡を自ら訪ねる人はまずいませんし、何よりあなたには……奇妙な力のようなものが纏っている……何かトラブルでも?」
トカイの表情は思わず曇った。
「……行かねばならない理由がある。……お前はなぜ行く?」
「ええ、観測点の仕事でも、邪神遺跡と関わりがありますから。そうだ、観測点には邪神遺跡に関する資料もいくつか保管されている」
「調べれば、あなたが求めている答えも見つかるかもしれませんよ?」
「観測点は邪神遺跡の近くにあり、ここからもそう遠くはない……一緒に行く?」
トカイが考える間、わずかな沈黙が空気を覆った。
「あ、その……嘘じゃない。ほら、これが僕の職員証。魔導学院のマークも刻印されてるから」
すっかり窮しているのに、なお誠実な眼差しを見せるカプリを前に、トカイは思わず口調を和らげた。
「疑ったわけじゃない」
「観測基地には、お前と同行することとしよう。お前は俺を助けた。立ち去る前に……何かしら恩返しをしたい」
「恩返し……どうしてもと言うなら。観測点に戻る前に、僕はまだ調査の仕事が残っていて。手伝っていただけると…」
「構わない」
「えっ?具体的な仕事を言ってもいないのに、あっさり答えた!?」
少し驚いたように言うカプリ。しかし、トカイが職員証から無言で視線をそらす様に気付くと、軽く笑った。
「どうやら、何を手伝うかはもうおわかりのようですね……それではよろしくお願いします」
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