菱餅・エピソード
◀ エピソードまとめへ戻る
◀ 菱餅へ戻る
菱餅のエピソード
何事にも熱心で、気に入った人の人形をよく作る。
ただし人形の髪には本人の髪が必要なようで、相手がそれを受け入れようが受け入れまいが、こうすることで魔除けになると思っている。
(供物の) 食霊だからか、 物の交換に金銭でなく誠意が必要だと考えている。
時折人形を使っていたずらを仕掛けることもある。
受けた痛みは全て精神的なものとなって心に蓄積され、その蓄積されたものが溢れ出すことがある。
他にも流水を好み、流れが厄を流し去ってくれると考えている。
Ⅰ.新生活
「御侍ちゃま、このお庭を見てください、とっても綺麗ですよぅ!」
私は丸石で舗装された道に沿って、人形を抱えたまま庭園を駆ける。そして石橋の上で立ち止まり、ゆっくりと歩いて来る御侍様に振り返って大きく手を振った。
「ここが新しい家なのですね、菱餅」
「はい! ここが私たちの新しいおうちなのですぅ~!」
私は嬉しくなって満面の笑みで御侍ちゃまを見上げる。この笑顔で少しでも御侍ちゃまの気分が楽になればと思った。
すると御侍ちゃまはどこか寂しげな笑顔を浮かべ、優しく私の頭を撫でる。
御侍ちゃまの瞳は、光を失ってしまった。その瞳の奥には深い落胆が見て取れた。
最近御侍ちゃまの気分はあまり優れない様子だ。
戦争が終わり、私たちが最も信頼している大将軍が国の新たな有権者となった。
だが、事実上他国の属国となっていたこの国の姫である御侍ちゃまの身分はこれまでと何ら変わらない。
そして宮廷で起こったいざこざで心身ともに疲弊した姫は、もう宮廷に居続けたくないと思った。
宮廷には御侍ちゃまのお父ちゃま、兄弟、姉妹、そして気を寄せていた幼馴染さえいなくなってしまった。
残すは彼女ただひとり。衛兵に守られた宮廷の奥で孤独を感じている。
それは同情からか、はたまたそれとは別の感情か……わからないけれど、将軍は御侍ちゃまの宮廷を出たいという申し出を許し、かつて貴族の住んでいた屋敷へ住めるよう手配してくれた。
この屋敷で暮らすようになってからも、私たちの暮らしは以前のそれと変わらない。
何か足りないものがあれば、様子を見に来てくれるうな丼に言えば、そのうちなんとかしてくれる。
御侍ちゃまの要望は、それほど多くなかったこともあり、むしろ彼が来てくれる分、私たちの生活は今までのように物寂しいものではなくなった。
更に、うな丼は教えてくれた。将軍は、御侍ちゃまに過去の者たちにとらわれず、自らの明るい未来を見据えて欲しい、と考えている、と。
皆で力を合わせれば、きっと良い方向に話が向かう。そうなるように助力したい、とうな丼も言ってくれた。
私も、御侍ちゃまが再起できることを心から願っている。
そのために、できることは何でもしようと思った。
Ⅱ .懐かしむ
新しい生活は以前とあまり変わらない。
屋敷に住む者は少なく、宮廷にいた頃よりも静かだ。
ただ、宮廷には厳格な決まりが多かったからか、以前よりも今の生活の方を快適だと感じている。でも、もうかくれんぼしてくれる相手はいない……
御侍ちゃまと一緒で、私も厳しい決まりは好きではない。
わたしたちは彼女の姉上とよくかくれんぼをしていたけれど、わたしはあまり一緒に遊びたくはなかった。
御侍ちゃまの姉上はこのゲームが苦手みたいで、長い時間をかけないとわたしたちのことが見つけられない。
それでも彼女は自らすすんで鬼になろうとする。
御侍ちゃまはこんなことを言っていた。彼女はわたしたちを探しているのではなく、他の誰かを探しているのだと。
春の花が咲き始めた頃、御侍ちゃまが病にかかった。
あの日、わたしは御侍ちゃまと桜を楽しんでいた。
わたしは過去の楽しかった日々が恋しいとつぶやいた。
彼女は何も言わず、咲き誇る桜をただ悲しげに眺めているだけだった。
わたしは彼女の姉上、そして一度だけ遊んだことのあるおせちについて話した。
その時は、わたしが鬼となってみんなを探した。
夕暮れのなか、わたしは隠れていたおせちを見つけたけれど、あえて声はかけなかった。
彼女が顔を上げると目に入る場所にわたしと同じ姿かたちをした人形を置いた。夕陽に照らされて、人形の影は長く伸びた。
周りには誰もいない、わたしは隠れて様子を見守った。ちょうど風が吹いたから、わざと幽霊のような声を風に乗せておせちの方に届けた。
声に気付いたおせちが顔をあげると、人形が目に入ったのか、まるで本物の幽霊を見たかのように慌てふためいたのだ。
わたしはその時の情景を、全身を使って御侍ちゃまに伝えたけれど、彼女は軽く頷くだけだった。
この話題に興味がないのだと思い、宮廷に来るとすぐわたしたちにこっそり会いにくる將軍の一人息子の話をし始めた。彼は彼女の想い人、そして彼の食霊である柏餅はわたしが一番好きな遊び相手だった。
だけど、いざ話を続けようとしたら、彼女はわたしを止めて悲しげにつぶやいた。
「二度と帰ってこないのに、思い出してどうする……」
その夜、御侍ちゃまは病に倒れた。
Ⅲ .離別
御侍ちゃまが床に臥せてから半年。ある朝、まるで舞い落ちる紅葉のように、彼女は静かにこの世を去った。
その時、わたしは庭で朝露を集め、御侍ちゃまへ持って行こうとしていた。
水は厄を取り除き、体を浄化することができる。
特に朝露、干ばつ時の雨水、神社の前の川水は清浄だ。
わたしは彼女が病にかかってから片時も傍を離れなかった。
毎日、日が昇る前に朝露を集め、彼女の病が良くなることを願った。
そして、彼女に似せた人形をたくさん作った。
九体つくるたひに、うな丼に頼んで川に連れて行ってもらった。
人形をのせた小舟が水で流されていくように、彼女の厄も流れていくと信じて。
だけど、それでも病が治ることはなく、結局御侍ちゃまの厄を取り除くことはできなかった。
わたしは煮詰めた朝露を御侍ちゃまの部屋の前まで持って行き、起きてもらうよう声をかけた。しかし彼女はいつまで経っても返事をしてくれなかった、イヤな予感が心に渦巻いた。
しばらくすると、心が押しつぶされるような、どうしようもない痛みを感じた。
契約が……切れたのだ。
「御侍ちゃま!!!」
朝露をこぼしながら、慌てて御侍ちゃまのもとに駆け寄り、泣きながら彼女の名前を呼んだ。
だけど、彼女は二度とわたしに応えてくれることはなかった。
姫が亡くなったことで、国は悲しみに包まれた。
国民全員が、姫は傷心のせいで亡くなられたと言った。
みんながわたしを慰めてくれた、誰も御侍ちゃまの死はわたしのせいだとは言わなかった。
わたしは彼女の食霊であって、彼女の本当の身代わり人形じゃない。
だけど、食霊は御侍を守るものでしょう?
御侍ちゃまのために痛みに耐え、全ての危険を払い、元気でいてもらうことが本来わたしの役目じゃないの?
わたしの存在意義はそうあるべきなんだ。
守るべき人を守れなかった。
わたしの傷心の理由はこれだったのだ。
Ⅳ.居場所
御侍ちゃまの葬儀を取り仕切ったのは、土瓶蒸しというひとだった。
しょうぐんは御侍ちゃまのために盛大な葬儀を行うよう命令を下し、多大なる戦績を残した彼の食霊であるうな丼に取り仕切りを任せた。
だけどうな丼はわたしと同じで、この手の知識はまったくなかった。
だから彼が表立ってやらなければならないこといがいは、全て土瓶蒸しが取り仕切った。
わたしたちは御侍ちゃまを見送った。
落ち着いてから、うな丼はわたしのもとへやってきた。
「菱餅、これからどうするつもりだ?」
「わかりません……」
御侍ちゃまがいなくなる時のことを考えたこともなかった。
うな丼に聞かれて初めて気付いた、わたしはもう彼女の傍にいることはできないんだと。
わたしにはもう帰る場所なんてないんだと。
「行く宛がないのなら、私と共にここから離れるのはいかがでしょう?外の世界を見てから、自分の居場所を探すと良い」
そう声をかけてくれたのは土瓶蒸しだった。
数日前に知り合ったばかりということもあり、少し戸惑った。
「どうしてそんなことを……」
「私は商人です。かつては商いのために桜の島を回り、多くの人に出会い、多くの事を経験してきました。ですがその時は一度も將来について考えることなく、ただもっと大きな商売がしたいとしか頭にありませんでした。そんな私ですが、今になってやっとここという帰るべき場所を見つけたのです」
「ここに、一緒にいたいひとがいるからですか?」
「いいえ、違います」
「では、ここを家だと思っているからですか?」
「それも違います」
「えっと、わたしにはわかりません……」
混乱しているわたしを見て、彼は微笑んだ。
「私みたいに桜の島を見て回れば、わかるようになりますよ」
かつて宮廷にいたひとたちも、土瓶蒸しと同じようにわかるようでわからない話をしてくれた。
彼の言うことはやっぱりわたしには飲み込めなかった、だから彼の提案を受け入れるかどうかにたいてもすぐに返事が出来なかった。
「彼の言葉を鵜呑みにするな、胡散臭そうに見えるが、信用には値する。やる事が決まらないのなら、彼と共に見聞を広めるのも悪くないでござる。ついでに、修練に行くと言って出掛けてから消息がつかめなくなった柏餅のことも探してみると良い」
柏餅……
自分の御侍が亡くなった後に失踪したあの食霊のことを思い出しながら、土瓶蒸したちの提案を受け入れると決めた。
彼は、新たな居場所を見つけたのだろうか?
Ⅴ.菱餅
菱餅の御侍は一国の姫君だった。
彼女は召喚された後、自分は姫の身代わりであり、御侍に降りかかる全ての災厄を止めなければならないと、宮廷にいる者によって教育された。
彼女の周りの誰もがそう考えており、彼女自身も疑問には思わなかった。
もしかしたら菱餅の存在があったからこそ、おせちの御侍はおせちに身代わりとして巫女をさせたのかもしれない。
おせちはその事実を知っても、決して菱餅を責めることはしなかった。
彼女は宮廷で礼儀作法を勉強していた時に菱餅を見かけたことがあった。小さないたずらをしたり、他人のために人形を作ったり、純粋で無邪気な子どもだった。
その子どもが持つ知識は、全て姫に仕える侍女から教えられた物に過ぎなかったからだ。
菱餅と土瓶蒸しが王都を離れる前、おせちがいる神社に二日程滞在した。
そこまで交流してこなかった彼女たちだが、かつて国の頂点にいた皇室が衰退したことで、距離は縮まったようだ。
この国から去るという決定は、菱餅自身の選択とは言えない。
彼女は未だに自分の未来に対し迷いを持っていた。そんな彼女を動かしたのは、同じく御侍を失った柏餅を探したいという一心だった。
もちろんそうなったのは、彼女たちの御侍が幼なじみで、お互いを想い合っていたからだ。
故に、彼女たちも一緒にいる時間が長く、友情も育まれた。
彼女はこの旅を通して、菱餅にある事をわかって欲しいと願っていた。
人間によって召喚された食霊であっても、「人間を守る」以外にも存在意義はあるということを。
◀ エピソードまとめへ戻る
◀ 菱餅へ戻る
Discord
御侍様同士で交流しましょう。管理人代理が管理するコミュニティサーバーです
参加する