ホイメン・エピソード
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ホイメンのエピソード
前向きで地に足の着いた明るい食霊。彼女からは常に土の香りがして、周りの者に安心感を与えてくれる。趣味は野菜作りで腕っ節が強い。とても頼りになる、誰もが認める行動派である。
Ⅰ 蘇生
ううっ!
い、痛いぞぉ!
白く眩しい光に、おいらは目を開けることさえままならない。
衝撃を受けた瞬間、全身が麻痺してしまったが、次第にそれは収まる。
それと、同時に強烈な痛みが襲ってくる。
この激痛はどの部位のものかわからない。ただ、全身が引き裂かれるような痛みでクラクラするだ……。
なぁ、おいら、ほんとに引き裂かれたんじゃねぇか?
堅い板の上に固定され、首を回すこともできない。まるでまな板の上の鯉みたいだ。
(ここ、どこだ?)
わからない。周りが見えず、視界には明かりが一つと、その後ろに天井が見えるだけ。
ペンキが少し剥げて、不調和な灰色が見え、カビが点々とあちこちに散らばっている。
その程よい古さを見て、なぜかおいらは懐かしさを覚える。
(懐かしい……なんでだ?)
茫然と目を開けて、何も考えられない。
おいら、こんな場所で暮らしてたんか?
(ダメだ、なんも思いだせん)
――誰かおらんか?
(もしいたら、おいらに教えてくんろ……)
暫くして、視界の端に動く影が見えた。
(人だ!)
おいらは喜んで、彼らに声をかけようとしたが、何故かまったく声が出なかった。
懸命に口をぱくつかせるも、それは音として響かない。
けれど、そのうちのひとりが、おいらに反応を示した。
(やった!)
そのとき、やっとおいらは白衣を纏った人たちに覗き込まれていることに気が付いた。
何故か心が嫌悪感に満たされる。おいらは、本能的にそいつらを拒んでしまう。
そこでやっと気付いた。
おいらが目覚めてから、世界が異常なほど静かだってことに。
彼らが口をパクパクさせ、焦った顔で会話している。でも、おいらにはその会話がまったく聞こえない。
そこを離れたいと思った。
けれど、どこにも逃げ場はなかった。
氷のような冷たさが腕から広がり、よく知った痺れ感が血液の流れに沿って運ばれて、身体の隅々まで流れ込む。
まるで水の底にゆっくり沈んでいくようで、全身の痛みがまるで他人事のように感じられる。とても妙な感覚だ。
疲れからではなく、唐突に電源が切られたかのように、体が脱力し、頭が働かなくなる。
意識が朦朧とする中、警報器の赤い光が灯った。白衣の者たちが手に持っていた変な機械を投げ捨て、一斉に逃げていく姿だけがかすかに目に映った。
逃げ惑う人の中で、誰かがおいらの傍に立ち止まる。
あいつらと違って、その人はあの気味の悪い白衣を着ていなかった。
おいらは何かを話そうと、本能的に口を動かした。
だけどその目の「注視」の下、次第に意識が遠ざかっていく。
(ああ……おいらはどうなっちゃうんだ?)
Ⅱ 救出
再び目覚めた時、心配そうにおいらのことを見ている二つの顔が視界に飛び込んできた。
青い目の女はノートやペンを持っていて、おいらの周りを行ったり来たりしながら何かを記録している。
もう一人は時々何かを喋っている――これも、女の人だった。
彼女たちはおいらに安堵感を与えてくれた。
おいらはベッドに横になっている。
ふわふわの枕の上に頭を乗せ、体はあたたかな毛布に包まれていた。
体にまだ痛みは残っているものの、快復しているのがわかった。
自由に動けるかどうか試そうと起きた途端、何か器具のようなものを落としてしまった。
青い目の女が慌ててそっちに飛んでゆく。
「あ、あいやぁ!」
思わず口から言葉が出たが、耳がまだおかしいようで、うまく自分の声を聞き取れない。
うまく伝わったか確認するために、青い目の女性を見る。
すると青い目の女性はびっくりした様子で、持っているものを全部床に落としてしまう。
彼女はノートを拾って、すごい勢いで何かを書き綴った。
そして、それをおいらに見せてくれた。
「聴力を失うと声の大きさがコントロールしにくくなるのでとりあえず喋らないでください」
――こくり。
頷くおいらを見て、彼女は続けて書いた。
「心配しないで大丈夫よ。貴方の安全は保障するわ。それとここはペリゴール研究所。こちらは、所有者の白トリュフ先生」
そこまで言い切って、彼女はにっこりと微笑んだ。
「そして私はワッフル。ここで研究員を務めているの!聞きたいことがあったらここに書いてくれる?先生も私もわかることならなんだって答えるからね!」
ワッフルはそう言って、紙とペンをおいらに渡してくれる。
白トリュフもおいらの近くに寄ってきて、近くの椅子を引き寄せて腰を下ろした。
渡されたノートを前においらは早速書き出した。まず聞きたいこと……それは、これだ!
『おいらはいったい何者だ?』
ワッフルはびっくりした様子で目を見開いた。そして、白トリュフと何やら話し出す。次第に二人の表情が強張り、慎重な面持ちでおいらに振り返る。
「捕まったとき、貴方は実験されてたの。そのせいで記憶を失ったのかも……何をされたか覚えてない?」
「わからない。覚えてるのは自分の名前だけだ。『彼ら』のこともわからない」
そうおいらが書き出すと、ワッフルは長い溜息をついた。
「食霊に違法の研究をしていると噂されていた地下実験室があってね。そこに先生と神恩軍が乗り込んで、貴方を見つけたの」
ゆっくりとワッフルが説明してくれる。
だけどわからない単語が出てきて、おいらは首を傾げてしまう。
「えぇっと……神恩軍っていうのは、法王庁のドーナツが率いている軍よ」
そこでコホンと咳払い。ワッフルは説明を続ける。
「貴方を捕えていた奴等はね、貴方の体の一部を使って何かをしようとしていたの。でもね、彼らが応用しているシリウス理論は非常に古いもので、二十年前の段階で既に、グルイラオの学者タリマが論文の中でその理論の問題点を指摘していたの」
「シリウス理論?問題点?うーん、おいらにはなんのことだがよくわからんなぁ?」
ワッフルは「うんうん」と頷いて、大きな目でまっすぐにおいらを見つめる。
「細かいことはいいの。とにかく……貴方が聴力を失ったのも、彼らがあなたの耳を取ってしまったからよ」
――え?
驚いて、おいらは慌てて耳のあたりを触ってみる。すると、確かにそこにあるはずの耳がない。
包帯で何重にも覆われていて、もう手当は済んでいるようだ。
慌てておいらはノートにペンを走らせる。
「おいら、もう何も聞こえねぇべか?」
「それは……」
すると白トリュフは立ち上がり、おいらの手からペンを取る。そして、流麗な美文字でサラサラと文字を書く――そこには、こう記されていた。
『なんとかします』
Ⅲ 声
おいらは頭を横に振った。
ワッフルはおいらの頭に被せた機械に触ると、ボールペンを口に咥えながら不思議そうに首をかしげた。
キューブの上のノートをめくり、ペンで一行ずつなぞりながら、公式……とやらを確認しているようだ。
何分も経たないうちに、まだワッフルが目の前をうろうろ歩き回っている時、おいらは突然ダ、ダ、ダという音が聞こえてきた。
小さい音だけど、静かな空間の中でこだまして、何度もおいらの心を揺さぶった。
その瞬間、まるで全ての音が少しずつおいらの世界に戻ってきたようだった。
自分の呼吸とワッフルの足音やつぶやきが聞こえる。
「変ね、間違いはないはず。霊力の導入も問題ないし――まさか循環公式が間違ってる……?」
蝉がミンミンと窓の外で鳴き続け、葉っぱが夜風に揺られてサラサラと音を立てている。
おいらはワッフルの肩をつかみ、一気に抱きついた。彼女の驚く声を聞くと、喜びが心の奥から溢れ出した。
「聞こえるぞ、ワッフル!」
「な……何?それ本当?」
ワッフルは思わずぎょっとしていた。
「白トリュフのところに行くっぺ!」と言った途端、
まるでおいらに召喚されたかのように、ちょうど白トリュフが入ってきた。助手のチェラブが彼女の腕の中でワンと鳴いた。
「白トリュフ!!」
次の瞬間、おいらは両腕で彼女たちを抱きしめた。
「!!!」
ちょっとびっくりした後、白トリュフは優しくおいらの背中を叩いた。
「聞いて、先生――」
ワッフルはおいらを白トリュフから引き剥がすと、何ヵ月の研究成果として最も尊敬している先生の前に宝を献上するように差し出した。
「やはりカノフィン公式が最適な選択でしたね、私たち、成功しました!」
「ええ、ですから試してみてと言っていたのです。あなたは元々この分野に造詣が深いですから、難しいことではなかったでしょう?」
褒められてワッフルの顔が赤くなった。
口を開こうとした時には、白トリュフの声がすでに響いていた。
「そういえば、ホイメン」
「おう!」
「あなたの義耳はもう機能していますし、傷もほとんど癒えています。そろそろこれからのことを考えなくては」
淡々とした口調だが、その言葉ひとつひとつが氷のようにおいらの心に刺さった。
「その……」
よく考えるとおいらの記憶にあるのは研究所の人々のみ。
ここを離れて、一体どこに行けば……?
「ここに置いてくんろ」
「ここにいてください」
おいらと白トリュフはほぼ同時に言った。
「本当か?ここにいてもいいのか?でもタダ飯を食う訳にはいかねぇ……なんなら後ろの空き地で何か栽培すっぺ、香菜は好きか?」
「そこはダメです」
白トリュフは首を振った。どうやら自分の実験用地を勝手に使われたくないらしい。
「あ……」
「安心して、あなたに合った仕事を考えます」
Ⅳ パートナー
つま先で一回転して、その勢いに任せて腰を反らした。頭の先が地面に接触するかという瞬間、ようやく黒いオーラを纏った寒風がその上をすり抜けていった。
おいらは体を横にして転がった。地面に落ちている枯れ枝が頬を擦ったが、この緊急時にかまっていられなかった。
鎌を全力で振り下ろし、まるで絹を引き裂くように、一閃のもとに堕神を両断した。真っ黒な体は中央から真っ二つに割れて、おいらの足元に転がっている。
「ホイメン、あんた!」
堕神を片付け、息つく暇もないうちに首を締められ壁に押し付けられた。
彼女は少しためらうと、両手を少し下にずらして胸ぐらをつかみ、額同士をぶつけながら凶悪そうにおいらを睨んでいる。
そして冷たい声で言った。
「今度命令を無視して一人で突っ込んだら、私は真っ先にあんたを撃つよ」
「だども、さっきのおめえに当たってたら危なかったべ……」
おいらの答えを聞くと、彼女の眉間に一瞬でシワが寄った。
「大人しく私の命令を聞け!」
お世辞にもいい表情とは言えないので、おいらは指を伸ばして、彼女の眉間にグリグリと円を描いた。
「そんな怖い顔するもんじゃねぇ、シワになるっちゃよ!」と彼女に囁きながら。
当時、セキュリティ部のメンバーはおいら以外に誰もいなかった。
堕神を討伐し、開拓地にある研究所の安全を確保するのは全部おいら一人の仕事だった。
でもなぜかはわからないが、白トリュフはいつの間にかプレスビスケットを二人目のメンバーとして迎えていた。
おいらは元々誰かと仕事をするのが好きだし、部下になって指示されることも別に気にならない。
でも、彼女はいつも文句ばっかりで、おいらが好きな嬉しい表情をなかなか見せてくれなかった。
だからおいらは「命令は聞くけんど、本当にあぶねぇ状況になったらかばうべ」と譲歩した。
そしたら彼女の眉間のシワがだんだんなくなっていって、こっちも楽しくなってきた。
プレスビスケットはため息をつき、つかんだ手を離すと同時に八つ当たりのようにおいらの脛を蹴った。
「……行くよ」
「おーっす!」
Ⅴ ホイメン
ホイメンはとある貧しい村で暮らしていた。
そこには数軒の農家があって、不幸にも天災に遭い、三年連続で凶作だった。
痩せている土地に種を蒔いても、秋に収穫できるのは雀の涙程度だった。
だんだん体が弱っていく男とその家族のことを思い、ホイメンは荒れ果てた大地を前に悩んでいた。
どうすれば彼らを喜ばせることができるだろうか?
枯れ草を指の間で回すと、あっという間に小さな花の形になった。
これをあげれば喜んでくれるかな?もう一度彼らの笑顔が見られるかな?
ホイメンが花を男の前に差し出すと、彼が抱える赤ん坊がいきなり口を開けて一口で花を食べてしまった。
青白い顔の男は痩せた指で赤ん坊の口から枯れ草をつまみ出し、地面に投げた。
彼は子どもを抱きしめ、俯いていて表情が見えない。
「明日……ちょっと一緒に来てくれねぇか?」
翌日、一台の真っ黒な馬車がホイメンの前に現れた。
馬車を降りた人は小さな袋を男に渡すと、ホイメンの手首をつかんだ。
「旦那……?」
「すまん、ホイメン。彼と行ってけれ」
「なして?」
「すまん……すまん……」
揺れる馬車の中から、旦那の泣き顔が見えた。彼の姿が小さくなると謝る声もだんだん聞こえなくなった。
「う……なげぇ夢を見ていたような……」
ゆっくりと目を開け、プレスビスケットの顔がぼんやりと目に入った途端、ホイメンは二本の人差し指を伸ばして彼女の口角を上げた。
「何をするの?」と聞くプレスビスケットに、
「おいら思うっぺ、人は笑ったほうが綺麗なんだな」とホイメンは笑った。
プレスビスケットはホイメンの手を叩き落とし、手首をつかんでベッドから引きずり下ろした。
「任務だ。行くよ」
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