「花吹く咲良矢」あんず

あんず「ふっ……！」

メルク「みゅっ、見るのですよ！　あんずさんが今朝も弓の練習をしてるのです。」

主人公「趣味が鍛錬って言ってただけあって、やっぱり熱心な人だよな。それに稽古で狙いを外したところも見たことないし……、」

あんず「ふっ……！」

メルク・主人公「……！？」

（場面転換・紹介所）

メルク「お、おかしい！　おかしいのですよ！」

主人公「ああ……！　きっと何かあったに違いない。」

メルク・主人公「あのあんずさんの矢が、的に当たらなかったなんて！」

メルク「あんずさんはよく、正射必中と言っていたのです。きっと何か悩み事があって、今朝は不調だったのですよ。」

主人公「悩み事か……。俺たちで相談に乗れたらいいけど、聞いても笑って答えてくれないだろうし……。」

メルク「みゅっ、では別の方法で元気づけるのはどうなのですよ？　前にあんずさんが言っていたのです。お花見をするのが好きだと！」

主人公「それだ！　よし、あんずさんに喜ばれそうな花見場所を探すぞ！」

メルク「おー！　なのですよ！」

あんず「ん？　あのふたり、どこへ……、」

（場面転換）

主人公「見つからねえ！」

メルク「みゅ～、あんずさんが好きだと言っていたような、木々に満開の花が咲き乱れるお花見ポイントは本当にこの森にあるのですよ……？」

主人公「うーん、村の人からはこの辺りに絶好の花見ポイントがあるって聞いたんだけどな。もしかして探す場所を間違えてるとか……、」

主人公「ん？」

メルク「お花見ポイントを見つけたのですよ！？」

主人公「いやあ……、」

ノーズホーン「グルルアアアッ！」

メルク「みゅわああああっ！」

主人公「モンスターだったーっ！」

？？？「下がっといでよ！」

ノーズホーン「グルルッ！？」

メルク「みゅっ、この矢は……！」

あんず「とんと戻ってこないと思ったら、こんなところで何やってんだい？　お姉ちゃん、ひやひやしちゃったじゃないか。」

メルク「あ、あんずさん～っ！」

主人公「うう、すみません。このあたりのモンスターは癒されてると聞いたので油断してて……！」

あんず「こーら、反省は後だよ。モンスターはあたしが引き付けておくから、いつも通り癒して……、」

ノーズホーン「グルルアアアッ！」

主人公「あんずさん、危ないっ！」

メルク「みゅわああっ！モンスターの突進で崖が崩れるのですよーっ！」

あんず「くっ、このままじゃ……、」

あんず「しょうがない！　ふたりとも、しっかりつかまってなよ！」

メルク・主人公「へ？」

あんず「はあっ！」

主人公「えっ、飛び降り……、」

メルク「みゅわあああっ！？」

（場面転換）

メルク・主人公「うぐっ！」

あんず「ははは、大丈夫かい？」

主人公「あ、あれ？　無事だ……！」

メルク「みゅっ！　私たち、ぶら下がってるのですよ！」

あんず「飛び降りながら丈夫そうな木に縄付きの矢を放っててね。おかげで地面に叩きつけられずにすんだってわけさ。」

主人公「飛び降りながら！？」

メルク「片手で主人公さんを抱えてたのにどうやって……、」

あんず「いてて。さすがに矢を歯でつがえると、歯が痛みそうだね。」

主人公「す、すごい……。」

メルク「すごすぎるのですよ、あんずさん！　今朝の不調はもしかして、私たちの見間違いだったのでは……、」

あんず「不調？」

メルク・主人公「あっ。」

あんず「ふふっ、あははは！　もしかしてあたしを心配して何か考えてくれようとしてたのかい？」

メルク「じ、実はそうなのですよ。」

主人公「あんずさんに元気を出してもらおうと思って、花見ができる場所を探してたんですけど……、」

あんず「へえ、それがここってわけか。」

主人公「えっ？」

メルク「言われてみれば、お花がいっぱいなのです！　もしかしてここだったのですよ？　村で聞いたお花見ポイントは……！」

主人公「けど、木に咲いてる花じゃないからあんずさんが好きだって言ってたようなところじゃ……、」

あんず「見上げる花も乙なもんだけど、同じ大地に咲く花もいいもんさ。」

あんず「……ありがとね、これも立派な花見さ。心配かけちゃったみたいで、悪かったよ。」

メルク「それはいいのですが……、大丈夫なのですよ？　私たちにできることなら協力するのです！」

主人公「普段はあんずさんにたくさん助けてもらってますしね。」

あんず「いやいや、そんな大層なもんじゃないんだ。まいったね、そこまで気遣われると逆に言い出しづらくなってきたよ。」

メルク「ど、どういうことなのです？」

あんず「こっちの言葉でいえば……、いわば『ほーむしっく』ってやつなのかね。」

主人公「ホームシック……。」

あんず「あんなたちを見てると、故郷に置いてきた妹と後輩を思い出してね。たまに故郷が恋しくなるのさ。」

メルク「そうだったのですよ。まさか原因が私たちだったとは……、」

あんず「ああ、いや。むしろあんたたちといると毎日がにぎやかで、異国の旅路も楽しめるってもんさ。」

あんず「ははは。普段から助けてもらってるのはあたしの方だね。あたしはいつも、周りに恵まれるんだ。」

あんず「ひなげしを妹に持てたことも、戦巫女として旅立った先でよいちと出会えたことも、そして今、あんたたちと旅をしていることもね。」

主人公「そうですか……。少しでもお返しができてたなら、よかったです。」

あんず「さて、せっかく来たんだ。帰るのは花見をしてからにしないかい？　新たなお客さんもいることだしね。」

ノーズホーン「ぐるるぅ！」

メルク「みゅっ、さっきのモンスターなのです！」

主人公「ぎりぎりで癒術をかけてたのが、間に合ってたのか。」

あんず「それじゃ、さっきのいさかいは忘れて、ひと休みとしようか。」

メルク「賛成なのですよ～！」

あんず「ふふ、お酒がないのが残念だけど、でもま、それは帰ってからの月見酒にとっておくとしようかな。」

あんず「（……同じ天の下にいるとはいえ、会えないことは素直に寂しいもんだね）」

あんず「（でも、これがあたしの選んだ道だ。もともとあたしにはやりたいこともなかったし、この道を選んだからこそ会えた相手がいる）」

あんず「（……こうして花を眺められる穏やかな日がどうか、あの子にも続いていますように）」