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代価と望み・ストーリー

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代価と望み

プロローグ


 馬車から降りたボルシチは顔を上げ、ガラス窓の眩しい反射光を手でさえぎる。これから始まる一連の『事件』のことを考え、小さく溜息をついた。

 今日は、ジョン卿の主催する舞踏会へと参加する。慣れないドレスと頭飾りに、ボルシチは違和感を覚えて、不服そうにパスタの手を取った。


パスタ:今の身分を忘れるなよ、ライツ嬢?


 静かに口角を上げて呟いたパスタを、ボルシチはジロリと一睨みする。しかしすぐに諦めたように首を横に振った。


ボルシチ:はいはい。わかってますよ、アルゼント公爵様。


 パスタは鼻を鳴らして満足気に、ジョン卿の屋敷に入っていく。ボルシチもその後に続いた。

 華麗なシャンデリアの光が地面を七色に照らしているが、ジョン卿の娘は他の人々のように笑うことができなかった。

 表情は暗く、華々しいドレスに不似合いな様子で俯いている。だが、そんな彼女の隣に立つ男は、上機嫌で笑顔を振りまいていた。


ボルシチ:あの子が今回のターゲットのイリサ。彼女はジョン卿の六女で、隣にいるのは婚約者。彼の名前はエドワード。


 華々しいドレス姿を不機嫌そうな少女に一瞬横目に捉え、パスタは小さく頷いた。

 ボルシチパスタから離れ、イリサの傍まで移動する。パスタもそのすぐ後に動き出した。

 イリサは上の空で、舞踏会の人々をぼんやり眺めている。目鼻立ちがくっきりとしており、それがどこか愛らしく映った。

 婚約者にパスタが声をかける。そしてイリサに軽く会釈し、婚約者とふたりでその場から離れた。ボルシチはそれを確認し、イリサの前に歩み出た。


ボルシチ:ごきげんよう、イリサ様。

イリサ:ご、ごきげんよう……。あの、どちら様でしょう?

ボルシチ:はじめまして、私はライツです。あちらでお父様とお話ししているアルゼント公爵の従妹ですの。

イリサ:あぁ、ライツ様!えぇと……アルゼント公爵の従妹、でしたっけ?


そんなイリサに、ボルシチはそっと耳打ちをする。


ボルシチ:……わたくし、ディーゼ旅館から来ました。イリサ様、お手紙、ありがとうございます。


 イリサはボルシチの言葉に、目を光らせて周囲を確認した。そして婚約者と父が満面の笑みでアルゼント公爵の機嫌を取っているのが見える。

 イリサはボルシチの手をつかみ、人差し指を口に当てて、嬉しそうに微笑んだ。


イリサ:……ライツ様、私と一緒に来てくださいませ!


ストーリー 1-2


 ボルシチはイリサと共に、こっそり大広間を抜け出した。イリサはボルシチを連れて自室まで移動する。

 イリサの部屋は可愛らしく精巧な飾り物で溢れていた。ベッドに置かれたぬいぐるみの瞳は高価な宝石が埋め込まれている。まさに貴族のお嬢様の部屋だ。

 イリサはドアをそっと閉めて、先の尖ったハイヒールを脱ぐと椅子に座った。

そして、イリサはボルシチに自分の向かいに座るように促す。ボルシチが座ったことを確認し、イリサは目を輝かせた。


イリサ:ライツ様は、ディーゼ旅館でわたしの手紙を受け取ってくださったから、ここにいらっしゃったんですよね? ということは、私の願いを聞いていただけるのですか?


 ボルシチはそんなイリサを静かに見つめていたが、一呼吸おいてから、にっこりとイリサに向かって微笑んだ。


ボルシチ:イリサお嬢様は、自由な愛が欲しい、と手紙に書かれていましたよね?

イリサ:……でもエドワードは、あなたの従兄の友人です。本当は彼の為に、私の気持ちを聞きに来たのでは?


 はっきりとそう口にし、疑いの眼差しを浮かべているイリサに、ボルシチは肩を竦める。


ボルシチ:その通りです。貴方の婚約者は、自身の持っている全ての家財を差し出すほどに貴方を好いています。しかし、アルゼント公爵は、貴方の気持ちも大事だと……。


 ボルシチの言葉にイリサは喜んで、ゆっくりと話し始める。籠の中の鳥のように育てられ、甘やかされてきた貴族のお嬢様は、地位のない貧乏青年と恋に落ちた。

それは、巷に溢れる恋物語とそれほど変わらない話である。父親であるジョン卿は、当然のようにふたりの恋を拒んだ。そして、娘に『家柄が良い』婚約者を用意したのだ。

 美しく育ったイリサは、幼い頃から貴族たちの間で評判が良かった。彼女には、貴族の身分と生まれつき美しい顔と綺麗な声があった……更にその娘の婚姻を材料に財を手にしようとする父がいる。

 彼女は貴族の仲間入りをしたい金持ちにとって最高の踏み台である。しかし、彼女はそれをわかっていないようだ。


イリサ:エドワードは私のことを財産のひとつと見ています……そこに愛はありません。でも、わたしの恋人は違うわ! 彼は立派な商人で、わたし自身を愛してくれているの!


 イリサはベッドに置かれた高価なぬいぐるみを手に取り、それをまるで恋人かのように抱きしめる。ボルシチは、そんな風に自由な愛に憧れている無邪気な彼女に懐かしさを覚えた。

 それは、もう随分と昔の話だ。美しい貴族の少女がいた。彼女は男たちから人気があり、数えきれないほどの宝石や美しいドレスを贈られた。

 若き少女は男たちの求愛を「自分が望む愛ではない」と言って、ことごとく断ってしまった。世間知らずの彼女は、信じ込んでいた――その男たちが本当に自分自身を愛してくれているのだと。

 彼らに助けを求めて裏切られたそのときに、やっと彼女は真実に気づく。彼らの愛は、家族の持つ権力と財産に対してなのだとその段になって理解したのだ。そして全ての「愛」は消えてしまった。

 ボルシチは、もう一度ぬいぐるみを抱きしめているイリサを見つめる。


ボルシチ:……もしかしたら、彼が愛しているのは貴方ではなく、貴方のお父様の地位や財産かもしれないわよ?


───

私は……。

・<選択肢・上>彼はとても真面目な人よ!私は、彼を信じるわ。 ボルシチ+5

・<選択肢・中>彼を疑いたくないわ! ボルシチ+15

・<選択肢・下>少し……考える時間をください。 パスタ+15

───


ボルシチ:イリサ、また来るわね。慎重に考えて……貴方の彼は、大きな代償を払うに値する人かどうかを。


 ボルシチはイリサの寝室を後にした。いつの間にか貴族たちの輪から抜けたパスタが、廊下の壁に寄りかかって彼女を待っていた。


パスタ:あの子は決心したのか?

ボルシチ:もう少し考えるように伝えたわ。貴方も調べたいことがあるって言ってたわよね?

パスタ:何故あの子に教えない?彼女の恋人はペテン師だぞ。これまでに何人もの少女を不幸にしている男だ。まさかお前、あの子に同情している訳ではあるまいな?

ボルシチ:し、してないわよ!


 ボルシチから戸惑いを感じ取ったパスタは、姿勢を正して服を整える。


パスタ:かつて仕えていた「彼女」のことを思い出したのか?

ボルシチ:私は……。

パスタ:覚えておきたまえ。あの子は君の記憶の「あの人」ではないことをな。


ストーリー 1-4


 ディーゼ旅館は時々臨時休業をする。今日もそうだ。一杯飲もうと来た客は、みんながっかりして帰っていった。


――ディーゼ旅館


シュールストレミング:ふぅ……女の子の純情を汚す男なんて、畑の肥料にでもしちゃおうかしら。

スターゲイジーパイ:あぁ、もう!あの人ったら、ひどいよね!やっぱり人間なんてみんな下賎の生き物よね!ふーんだっ!

ブラッドソーセージ:姫様、手を洗ってきてください。おやつの時間ですよ。

スターゲイジーパイ:やったー!!おやつだー!


 ミネラルオイスターは少女たちの会合を呆れた様子で聞いている。すると、そんなオイスターに酔っ払ったキルシュトルテが急に抱きついてきた。


ミネラルオイスター:くっついてくんな、このやろー!!


 ボルシチはそんな騒ぎには目もくれず、最近集めた資料の整理に集中している。そんな彼女の傍にシュールストレミングがやってくる。


シュールストレミングボルシチパスタはもっとストレートな方法があるって言ってたじゃない?何をモタモタしているの?


 ボルシチは溜息をついて眉間を押さえた。そして、穏やかな表情を浮かべてシュールストレミングを見る。


ボルシチ:私たちは人の「願い」を何度も何度も叶えてきた。でも殆どの人はただ貪欲に権力や金、女を欲しがるだけで、交換条件を提示しても迷わずそれを受け入れる……。

シュールストレミング:そういうこと。人間は、友人でも愛する人でも例え家族でも、躊躇なく自分の欲望のために利用する生き物よ。ひどい結末になっても文句など言えて?


 ボルシチは、イリサがディーゼに来たときに残した手紙に指を添えて考え込んでしまう。


ボルシチ:自由な愛――その対価とは、いったい何……?


 赤い封蝋を銅の匙で溶かし、薔薇のように鮮やかな花びらを封筒に滴らす。そして、ぼんやりと揺れる蝋燭の火を見ながら、ボルシチは封蝋が固まる前に「ディーゼ」と刻むスタンプを押した。


シュールストレミングボルシチ?どうかした?

ボルシチ:……なんでもないわ、大丈夫よ。


 ボルシチは窓の外を見る。黒く染まった夜空が視界に入ってきて、再び溜息をついた。


パスタ:何を躊躇っている?

ボルシチ:わかってる。どんな結末も、全て自分が選んだ結果よ。

パスタ:あの連中の結末は、自分自身の罪を償うことに過ぎん。君は連中とは違う。

ボルシチ:全て……自分自身の罪か。


 ボルシチは自分の手のひらを見つめる。あの時の赤いべとべとした気持ち悪い触感がまだ残っているようだ。彼女は弱い自分を変えると決めたが、これは彼女が望んだものなのか……?

 人間の黒い闇は何度も証明され、悲劇を生んだ。傍観者でいるほど、心はどんどんと冷えていく。結局は永い歳月を過ごしながら、人類は哀れな生き物だと何度となく確認するだけだ。


パスタ:余計なことを考えるな、駒に思考など必要ない……私の指揮に従えばそれで良いのだ。全ては、私の選択だ。

ボルシチ:慰めてるつもり?

パスタ:……実務に支障が出るからな。

ミネラルオイスター:何の話だ?


パスタは急に聞こえたミネラルオイスターの声に驚き、後ろに一歩退いた。


パスタ:……オイスター?!

ミネラルオイスター:あの幼稚な姫様がまたキルシュトルテと暴れてるぜ?ほっといていいのか?

パスタ:……それで、私に何か用でも?

ミネラルオイスター:用なんかねぇよ。あいつらがうるさいから、俺は部屋に戻って寝る!


ミネラルオイスターは眉間にシワを寄せて、耳を塞ぎながら自分の部屋に戻っていった。


パスタボルシチ、君の目には人間という生き物はどう映る?


───

それは……。

・<選択肢・上>人間は愚かで絶望的だわ。 パスタ+5

・<選択肢・中>…… ボルシチ+15

・<選択肢・下>人間にはいつも悪意を感じるわ。 パスタ+15

───


パスタ:彼らの罪は堕神より遥かに深いぞ。


 パスタはそう言いながら立ち上がる。そんな彼に、ボルシチは声をかけた。


ボルシチパスタ、貴方はいったい何がしたいの?

パスタ:何度も話したと思うが……光を奪ったこの世界に復讐をするのだ。

ボルシチ:そういうことじゃないわ、わかってるでしょう?

パスタ:……ただ、あの人が知りたかった世界がどんなものかを私は知りたかっただけだ。


ストーリー 1-6


 イリサからの返信はすぐボルシチの手元に届けられた。それを読んだボルシチは再びドレスに着替える。

 パスタは馬車から降りるボルシチを支えながら、表情を和らげる。


パスタ:悪くない。少なくともみっともなく転ばなかったしな。

ボルシチ:高い評価に感謝しますわ、アルゼント公爵閣下。

パスタ:クッ……!?


 突然足に痛みが走る。ボルシチが細いヒールで強くパスタの足を踏んだのだ。その礼儀正しい振る舞いと裏腹の行動にパスタは顔をしかめた。


パスタ:……ライツ殿、任務を忘れるなよ。要らぬ喋りも慎むようにな。


 骨の髄まで刻みこまれた高貴さはどんな環境においても消えることはない。ボルシチは優雅な笑みを浮かべてパスタを見つめてその足をもう一捻りしたのだった。


 ボルシチは色とりどりの花で飾られた、まるで童話のような花園に案内される。

 花園にはイリサがお茶を楽しんでいた。その姿は、絵画のように美しい。

 すると突然彼女は眉をひそめて、ティーカップを地面に落とした。


イリサ:こんなに甘い紅茶で、よもや私のお客様をおもてなしできるとでも?


 そばに立っていたメイドの手に熱い紅茶が飛び散る。驚いたメイドは思わず手を引っ込め、持っていたティーポットの中身を全部零してしまった。

 いつか見たその懐かしい光景に、ボルシチは一瞬昔に戻ったかと錯覚してしまう。

 ボルシチはこのトラブルを止めようと、イリサの方へ向かった。


イリサ:あら、ライツ様。待ちくたびれましたわ。あなたたち、下がっていいわ。それと、人払いをお願いします。


 イリサは嬉しそうにボルシチの側に寄ってくる。先ほどのトラブルについて彼女は何も思ってないようだ。


ボルシチ:イリサ、決心はつきましたか?


 少女はボルシチの真剣な顔を見て、堪らずスカートの裾を握りしめた。


───

私は……。

・<選択肢・上>何が私の愛情と等価値かわからないの……。 ボルシチ+15

・<選択肢・中>愛がなんなのかよくわかってないのかもしれない……。 パスタ+15

・<選択肢・下>まだ答えを出したくない……。 ボルシチ+5

───


ボルシチ:イリサ、これだけは覚えておいて。無条件で欲しいもの全てを手に入れることはできないわ。


 イリサの答えを待ちながら、ボルシチは考える。今回の任務には時間をかけすぎている――さすがにそれは、自覚していた。

 少し離れた物陰にパスタの姿が見えた。ジョン卿との会談が終わったのだろうか。

 ボルシチはイリサにまた来る旨を伝え、こちらの様子を窺っていたパスタの元へと向かう。


パスタボルシチ、お前は優しすぎる。心を鬼にすることはできぬようだ。

ボルシチ:……

パスタ:もう帰れ。そして、ミネラルオイスターにここに来るように伝えろ。君には任務を外れてもらう。

ボルシチ:彼らを……殺すの?


 パスタは答えない。ただ冷静にボルシチを見つめた。ボルシチの願いは理解している。


パスタ:では……一つ、賭けをしようか。

ボルシチ:うん?

パスタ:もし君が、この家から一筋の光を見い出せたら、今回の任務については君に任せよう。イリサの運命は君の腕にかかっている。


ストーリー 2-2


――数日後。


 ボルシチは複雑な表情で、未だ決断を下せないイリサを見ている。これ以上は待てない……そう思って、ボルシチは話を切り出す。


ボルシチ:イリサ、まだ決められないのですか?

イリサ:代償が、あまりにも大きすぎて……。

ボルシチ:財産、自由、命、愛……欲しいものは選ばないといけないわ。貪欲になったら、全てを失うわよ。


───

はい……。

・<選択肢・上>どうして全部手に入れられないの? ボルシチ+5

・<選択肢・中>何かを捨てなければならないなら……。 パスタ+15

・<選択肢・下>どれも大切で、私には選べないわ。 ボルシチ+15

───


ボルシチは彼女の様子に、あるパスタの質問を思い出した。


パスタ:君が守りたいのは彼女か、それとも過去のあの人か?あの子は君が守れなかった人ではない。もう死んだあの人は生き返らせることはできん。


 ボルシチはその言葉を否定できなかった。イリサにあの人の面影を感じていたのだ。

 世間知らずで貪欲で偽りの幸せに溺れた彼女……しかし、ボルシチにとっては血の繋がりのある姉妹のように思っている、今でも忘れられない「あの人」。


 自分がやってることは全部、パスタの指摘通りかもしれない……それは、ただ過去に囚われているに過ぎない。

 まだ決断ができないイリサを見てボルシチは溜息をつき、立ち上がって部屋から出た。

部屋の外にはパスタが立っている。随分と長く待たせたが、彼はそれを咎めなかった。

 ボルシチパスタの考えていることを察して、静かに彼の後をついていった。


 ふたりが行きついた先には、ジョン卿の姿があった。彼は執事と何やら話をしている。パスタはその会話に割り込んだ。


パスタ:ジョン卿、噂によると、イリサさんはどうやら、今回の婚姻話に不満があるようですね……。


 パスタの台詞を聞いて、ジョン卿は尻尾を踏まれた子猫のように慌てて椅子から立ち上がってそれを否認する。


ジョン卿:ま、まさか!イリサが嫁ぎたくないなんて、どこからそのような話を!?

パスタ:もしかしたら……他に愛する人がいるのかも?

ジョン卿:あんな貧乏人とイリサの結婚、私は決して認めない!どれだけあの子に大金を費やしたと……イリサはあんな男に嫁がせるために育てたのではない!

パスタ:なるほど……イリサさんが結婚を受け入れないのなら、私も約束を守る義理はない。それでよろしいですか?

ジョン卿:いえいえ、ご安心ください!イリサは私の娘……!必ずやお望み通りに。ですから、約束通りお金は……!

パスタ:勿論、約束が果たされれば、財産を回収いたしません。それではジョン卿、また晩餐会で。


 パスタは満足げに頷き、広い書斎を後にした。

 ボルシチは、部屋から出て、ようやくあの息苦しい感じから逃れられたとホッと一息つく。だが、事態は何も変わっていない。


パスタ:見たか。ボルシチ……これが人間だ。利益のためなら、娘すら平気で売るのだ。


ボルシチパスタの後ろ姿に、何も反論することはできない。

 そのとき、書斎で忽然と何かが割れる音が響いた。ボルシチはその音に、ハッと我に返る。


ジョン卿:畜生!イリサは手塩にかけて育てた最高の商品だ!絶対にあの子の結婚を成功させなければ!でないと、私のギャンブルの借金が……!

ジョン卿:執事、イリサの結婚式を早急に手配しろ!これ以上、長引かせる訳にはいかぬ!


 ジョン卿の言葉に、ボルシチの顔が一層暗くなる。パスタはそんなボルシチの手を引いて、人情の欠片も感じない屋敷を後にした。


ストーリー 2-4


 数日後、ボルシチはまたイリサの元に訪れた。

 イリサはボルシチの顔を見て、ハッと現実に引き戻され、ゆっくりと立ち上がった。


ボルシチ:イリサ、どうしたの?顔色が悪いわ。

イリサ:……どうもしていません!私はただ彼のことを考えていただけです。

ボルシチ:イリサ、彼に騙されてると感じたことは本当にないの?


 イリサの顔が青ざめた。ボルシチはその表情で察する。だがその現実をイリサは受け入れられずに、甲高く叫んだ。


イリサ:そんなことありえません!彼が私を騙すことなんて、絶対にないわ!


 イリサは何か弱みでも握られたかのように、激しく取り乱す。その姿を見たボルシチは肩を落とす。

 イリサは、あまりに昔の「あの人」と似すぎている。

 彼女もかつてはそうだった。注意を促してくれた周りの者たちを無視し、その人たちの善意を嫉妬だと思い込んで、自分だけのユートピアに浸って生きてきた。


ボルシチ:……まあいいわ。今回私は、貴方にとあることを伝えに来ました。貴方の父は既に式の日程を決定した、貴方に残された時間はもう大してないでしょう。

イリサ:なっ、何ですって?!父はどうしてそんなこと……!

ボルシチ:……貴方の婚約者が了承したからよ。貴方が嫁いだら、ジョン卿がギャンブルで作った借金を全額返済してくれるってね。


 ボルシチが語った真実に、イリサは動揺した。彼女は、何もわかっていない訳ではない。ただ、今の豊かで静かな生活を続けたいと望んだだけだ。

 イリサは激しく狼狽えた。お気に入りのハンカチを千切れそうなくらいに強く引っ張った。


ボルシチ:……イリサ?もし貴方が望むならここから連れ出してあげる。そして自由に生きていけばいいわ。今のような贅沢はできないけど、本当の意味で自由になれる……。


 イリサは少し驚くも、すぐに作り笑顔を浮かべた。そして、手を震わせながら紅茶を一杯注いだ。

 イリサの様子がおかしい――ボルシチは直感でそう思った。それは、自分が話した結婚の話だけが問題ではないと察してしまう。

 イリサが静かに紅茶のカップをボルシチの前に差し出した。この紅茶を――


───

飲むべきか否か?

・<選択肢・上>イリサを信じて飲むべきだ。 ボルシチ+15

・<選択肢・中>飲まずにひっくり返すべきだ。 パスタ+15

・<選択肢・下>彼女に何があったか質問してみた方がいい。 ボルシチ+5

───


 ――貯蔵室。


 パスタはマントを羽織わずに、貯蔵室を探索する。そして、部屋の隅から宝石が嵌められた短剣を掘り出した。

 宝石が嵌められているとはいえ、短剣自体は高い素材で作られたものではない。パスタはハンカチを取り出し、短剣を綺麗に拭いて興味深く観察している。


ジョン卿:アルゼント様、価値のない短剣ですけども、もしお気に召したのなら、どうぞお納めください。


パスタは冷たい笑みを浮かべ、親指でそっと短剣を擦った。


パスタ:そうだな……つまらないものだ。だがこれは、彼が一番気に入っていた短剣だ。君の借金返済のために、質屋に売ってしまったがな。

ジョン卿:……なんと?

パスタ:ジョン卿は尊いお方だが、少々物忘れが激しいようだ。彼があのとき君のギャンブルの借金を代わりに返済してくれたから、今の君の身分があるのにな。

パスタ:それと……君は彼を殺すのに加担したんだったな。その成果を認められて、彼の兄に沢山のご褒美をもらった。それでもまだ金が足りないのか……。

パスタ:君が売り飛ばした娘は、イリサ嬢で三人目だったな?思い通りになっておめでとう。これで君もようやっと、本物の貴族になれるって訳だ。

ジョン卿:……なんだと!き……君はいったい何者だ?!

パスタ:おや、よもやお忘れか?借金の肩代わりをしてくれたあの人のことを……捨てた子のことなど、ジョン卿の記憶には残らないということか。

ジョン卿:貴様ッ!思い出したぞ!ずっとあやつの隣にいたあの食霊か!

パスタ:あのあと、まさか身分を改竄していたとはな……随分探しましたよ、ジョン卿。

ジョン卿:なっ!なにをするつもりだ?!

パスタ:案ずるな。すぐに終わらせてやる気はない。

ジョン卿:勘弁してくれ!金ならある!金は全部返すから!


 そう叫んだジョン卿は、パスタから返事を待つことなく高笑いする。


ジョン卿:ブハハハハッ!お遊びはここまでだ!パスタ、私が何の疑いも持たず、自由に出入りさせてたと思ったか?

パスタ:……

ジョン卿:随分変わったな、君は。あのお方に教わってなければ、よもや気づかなかった。君をひとりで逝かせはせぬぞ……安心しろ、お仲間と私の娘と一緒に送ってやる!

パスタ:(……あのお方?つまり……やはりそうか……)

ジョン卿:あのお方は約束してくれたのだ!彼の研究に君たちを差し出せば私の爵位が上がる!そのときにはこの程度の借金など……ブハハハハハッ!


ストーリー 2-6


 パスタは人間を熟知している。闇があれば、どんな常軌を逸したことでも平然とできてしまうのが人間であると。

 この願い事は端っから罠だったのだ。ジョン卿は自分の娘を使って、パスタたちに罠を仕掛けたのだ。

 このティアラ大陸で、いつからか一部の人間が食霊を狙い始めた。様々な手段で食霊を捕えて、彼らを実験台にしているらしい。

 人間を狩るパスタは初めて狩られる方になった。だが、パスタは平静を崩さない。


ジョン卿:あのお方が教えてくれなければ、イリサが私に背いて願い事をしたなど知る由もなかった。しかも貧乏小僧と結婚したいなどと……あの親不孝娘がっ!

ジョン卿:出来損ないの娘だが、この計画に少しだけ貢献をしたことに免じて今回は許してやるつもりだ。うまく君たちを騙してくれたからな!フハハハハハッ!


 ジョン卿の煽りに、パスタは焦りや悔しがる様子を見せない。それどころか、上げた眉からは嘲笑すら感じられた。ジョン卿はそんなパスタを訝しく思う。


パスタ:ご丁寧な説明をどうもありがとう。目をつけられているというのは、シュールストレミングの幻覚ではなかったようだ。

パスタ:今回は私のミスだと認めてやろう。だが、私たちに目をつけている人間がいるという情報を知ることができた。結果オーライだ、感謝する。


 パスタの余裕ある態度に、ジョン卿は違和感を覚えて身構えながら退いた。そして、後ろに控えている護衛に前に出るよう指示を出すが、護衛たちは動かない。代わりに穏やかな声が聞こえてきた。


シュールストレミングパスタ、それはさすがに失礼じゃない?幻覚だなんてひどいわ。


 パスタシュールストレミングの手を持ち上げて、その甲に軽くキスした。


パスタ:それではレディ、ここは任せよう。私はもうひとりのお姫様を探しに行かねばならぬからな。

スターゲイジーパイパスタ!約束したこと忘れたら嫌よ!

パスタ:安心するといい。お望み通り、君の所望するスイーツを必ず持って帰ることをここに約束しよう。


 パスタは颯爽と部屋から出ていった。それを見送ってスターゲイジーパイは優雅に一歩前に出て、混乱状態のジョン卿に軽く一礼をする。そして巨大な斧を持ち上げて満面の笑みを浮かべた。


スターゲイジーパイ:一緒に遊びましょう!ジョン卿、覚悟してね♪


 パスタは室内から聞こえてきた笑い声と悲鳴を耳にし鼻を鳴らした。そして、ミネラルオイスターから渡されたマントを受け取る。


パスタボルシチの方はどうなっている?

ミネラルオイスター:昨日の夜、ジョン卿はイリサを書斎に呼び出した。部屋から出てきたイリサは手紙を持ってた。そのときまで、イリサは父の計画を知らなかったはずだ。


 パスタミネラルオイスターが要約して記したメモを受け取って、眉間にシワを寄せた。


パスタ:この字は……。

ミネラルオイスター:字がどうした!まさか下手くそだって言うつもりじゃないだろうな?!だったら読むんじゃねぇ!

パスタ:(いや、まだ何も言ってないが……まぁいい)


 パスタは溜息をつき、ミネラルオイスターがぐちゃぐちゃに握りつぶした手紙を奪って、それを読んだパスタは思わず笑みを浮かべた。


パスタ:こいつは、よく考えたものだな。薬を使ってボルシチを眠らせて連れてこい。そうしたら恋人との結婚を許し、二度と邪魔をしない、か……。

ミネラルオイスター:ああ、イリサは紅茶に薬を入れたが、ボルシチには飲ませなかった。ブラッドソーセージマルガリータに薬の分析を頼んだけど、食霊にも効く薬だったみたいだぜ。

ミネラルオイスター:そういや、マルガリータがその薬を知ってるらしいぜ。

パスタ:ほぉ?ようやくシッポを掴んだか……で、お前は何故ここにいる?ボルシチはどうした?

ミネラルオイスター:あっちはブラッドソーセージが見張っている。ここは危険だから早く行けってさ。

パスタ:(ブラッドソーセージには何度も騙されてるってのに、まだあいつを信じるのか。こいつは……)


パスタは少し額に手を当てて、苦い顔でミネラルオイスターの方を見た。


パスタ:……ボルシチのところに行くぞ、オイスター。


───

現場に到着したパスタの目の入ってきたのは――

・<選択肢・上>床に倒れたボルシチだ。 パスタ+15

・<選択肢・中>まだ誰の手も触れていないカップだ。 パスタ+5

・<選択肢・下>ひっくり返ったティーカップだ。 ボルシチ+15

───


ボルシチ√ 宝箱


 バンッ――

 パスタがイリサの部屋のドアを開け放った。その瞬間、イリサはボルシチが持っていたティーカップを叩き落とした。

 床に落ちた、まだ湯気が立ち上る温かい紅茶は、真っ白な絨毯を茶色に染めあげた。驚いたボルシチは、怪訝な顔でイリサを見る。

 カップを落としたイリサは椅子に腰を落とし、緊張の糸が解けた様子で、顔を隠して涙を流して叫んだ。


イリサ:ごめんなさい、ごめんなさい!あなたは友達です……だからこんなことできません。

ボルシチ:イリサ?それにパスタとオイスター!?何なのよ、いったい!?


 パスタは地面に転がるカップに、ホッとして胸を撫で下ろした。ボルシチの視線を感じた彼は急に面倒くさそうな顔をして、部屋から出ていこうとする。


パスタ:この子は君に任せよう。私は先に帰るぞ。


 ボルシチは、背を向けて去っていくパスタに、何度も瞬きをして困惑した表情を見せる。そして救いを求めるように、パスタと共に入ってきたミネラルオイスターに視線を向ける。


カキ:……なんで俺を見るんだよ?

ボルシチ:あの人どうしたの?拗ねてるみたいだったけど。

ブラッドソーセージ:フフッ、どうしたんでしょうねぇ?


 ブラッドソーセージが部屋の暗がりから急に現れた。突然現れたブラッドソーセージに、イリサが声をあげて驚いている。そんなイリサを余所に、ブラッドソーセージボルシチに紙の束を渡した。


ボルシチブラッドソーセージ?――これは……?

ブラッドソーセージ:あ、こちら今回の事件の資料です。紅茶にはちょっとだけ「薬」が混ざっていました。その分析結果も載せてあります。

ボルシチ:……

ブラッドソーセージ:後のことはボルシチに任せるってパスタが言ってたし、わたしたちもこれで。ほら、イケメンくん、行くよ~♪

カキ:うわぁぁ!離せっ、離せってば!腕組むなぁっ!


 ミネラルオイスターブラッドソーセージに腕を引っ張られて、部屋から出ていった。ボルシチは手元の資料をパラパラとめくって中身を確認してから、イリサにそれを渡した。


ボルシチ:今回の事件に関するすべての情報が載ってます。受け入れ難いことだと思うけれど……これを読んで、ゆっくり考えればいいわ。


 「何かあれば連絡をください」と告げて、ボルシチはスカートの裾を持ち上げ、軽く会釈してから静かにこの場を去った。


 ――数ヶ月後、ジョン卿邸。


 あの後、ジョン卿は何の前触れもなく、不治の血液病に臥せってしまった。そんな彼に代わり、まだ未婚であったイリサが、唯一の娘として全ての財産と権力を受け継ぐこととなった。

 貪欲で欲張りな親族と渡り合う過程で、温室育ちのお嬢様は目まぐるしい成長を遂げた。そうして、様々なトラブルを解決した後、彼女は迷うことなく恋人であった商人との婚約を解消した。

 ブラッドソーセージの資料から、恋人がペテン師であったことを知ったイリサによって裁判所に送られた。彼に騙された少女たちはついに、ずっと願っていた判決を男に与えることができたのだ。

 ボルシチはあの後、イリサと面会する機会があった。そのとき、イリサは相変わらず甘く穏やかな笑顔だったが、最初の無邪気さは消え、諦めにも似た美しさが見てとれた。


イリサ:あぁ、ライツ!いえ、違いますね……「ボルシチ」とお呼びした方がよいかしら……?

ボルシチ:……イリサ、私たちはもう必要ないですか?

イリサ:私は愛を失いました。けれど、あなたたちのおかげで、ずっと欲しかった自由を手に入れることができました。

イリサ:……父にとって、私や姉たちがただの財産を得るための道具だったとしても、あの人が父であることに変わりはありません。あなたたちを許すことは……できません。


 ボルシチはイリサの笑顔を見て、ふと気がついた。かつての無邪気で脆く、甘えん坊だったイリサより、今の彼女の方が輝いて見える。いろんな経験を通して強い美しさを手に入れたのだろう。


イリサ:私はもう、貴方たちを友達として見ることはできない。けれど、せめてもの恩返しとして、父が手に入れていたあなたたちの情報をすべて教えます。

ボルシチ:え……?!

イリサ:あなたたちの正体は、もう人間たちに知られています。全てのことが明るみに出るのは時間の問題です。これが最後の私たちの面会となることを望みます……。


 ボルシチはイリサの強くなった笑顔を見て、その口角のあがり方がかつて仕えた貴族の少女と全く同じだと気が付いた。

 イリサは胸に手を当てた。彼女がその暖かな心で、全ての陰影を追い払ったかのように見える。そして深々と一礼し、クルリと背を向けた。その後ろ姿は、暗闇から見る一筋の光のようだった。

 ボルシチもその場から去ろうと背を向けた。そのとき、イリサが突然声をかけてきた。


イリサ:ライツ様!

ボルシチ:……なんです?

イリサ:お元気で!必ず生き延びてください!

ボルシチ:……ありがとう、イリサ!仲間がいるから、私たちは大丈夫よ!貴方も、どうかお元気で!


 ボルシチは離れた場所で待っていた仲間たちの元に走り寄った。パスタボルシチの顔を見て、呆れた顔で不機嫌そうにフンと鼻を鳴らす。そして、他の仲間たちと並んでゆっくりと歩き出した。


パスタ:君の罪は重い。今回の事件で、私たちは策を弄して手に入れた拠点と権力を失ってしまった。ボルシチ、君にはこの償いを必ずしてもらうぞ。わかったか?

ボルシチ:はいはい、わかりましたよ。今回は私のせいでいいわ。

パスタ:その表情はなんだ、ちっとも反省してないではないか!

シュールストレミング:ねぇ、そんなことよりも新しい拠点の話をしましょう。そこに花園はあるかしら?

スターゲイジーパイ:えぇ!もう新しい家が見つかってるの!?だったら私はコレクションの蒐集部屋が欲しいわ!

ブラッドソーセージ:私の診療室も忘れないでくださいね?

パスタ:わかったわかった……おい、ミネラルオイスター!!なにをぼーっとしている!行くぞ!!


 イリサは玄関に立ち、去っていくボルシチたちの姿を見ながら、今まで見せたことのない程美しい笑顔を浮かべた。


イリサ:うん!みんな、元気でね!いつかまた、友達としてみんなと会えたらいいな……。


パスタ√ 宝箱


 パスタが部屋に入ると、床に倒れていたボルシチの傍でイリサが泣いていた。慌ててパスタボルシチの傍まで駆け寄る。


イリサ─ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……。私、どうしても彼のことを諦めたくなくて……!


 パスタボルシチの体を抱き上げた。イリサに出された紅茶ボルシチは最後まで飲まなかったようだ。ゆっくりと目を開けた。

 そしてパスタの胸元を掴み、イリサに視線を向ける。


ボルシチ:……どうして?


 イリサはボルシチの赤い目に畏縮して、緊張のあまり震え出した。


イリサ:わ、私……私はただ……!

パスタ:イリサはお前を父親に渡せば、他に代償を払わなくとも願いが叶えられると思ったようだな。

ボルシチ:……

パスタ:人間は私たちと違う。お前が求めた光はここにはない。


 ボルシチは何も言わずに、そっと目を閉じる。傍にいたミネラルオイスターは、ボルシチのかすかな嗚咽を聞いた気がした。

 パスタミネラルオイスターに部屋のドアを開けさせて呟いた。


パスタ:後は任せたぞ。

ブラッドソーセージ:フフッ、甘やかされたお嬢様……恋人と一緒にあの世に行けるなんて、とってもロマンチックですよね。


 パスタの声に反応し、ブラッドソーセージが血だらけの男と共にその姿を現した。

 恋人の変わり果てた姿を目にしたイリサがたまらず悲鳴を上げる。そんなイリサに向かって、ブラッドソーセージは男を引きずって、ジリジリと近づいていく。

 ブラッドソーセージがニタリと笑い、赤い瞳が妖しげに光った。それを見たミネラルオイスターは、体を小刻みに震わせる。


パスタ:オイスター、ちゃんと見張ってろ。やり過ぎては困る。

カキ:な、なんで俺が?!

ブラッドソーセージ:ああ、オイスター。そんなに私のことが嫌いですか?私は悲しくて今にも泣きそうです。

カキ:うわぁああっ!血だらけのままこっち見んなぁ!!


 屋敷から出て、少し体調がよくなったボルシチはなんとか自力で立ち上がり、燃える建物を茫然と眺めた。

 そんなボルシチの肩を、パスタはポンと優しく叩いた。


パスタ:どれだけ似ていようとも、君の記憶に残るあの人と彼らは別人だ。


 ボルシチパスタを見た、すると、パスタの目には、燃え上がる炎が映っている。

 彼と共に働くようになって、かなりの時間が過ぎた。ずっとこの男の駒として彼の指揮に従っているが、彼女には未だにわからないことがあった――それはパスタが自分を仲間に選んだ理由である。

パスタボルシチに優しすぎると言った。だが、仲間を絶望から救ってくれたのは、みんなを駒だと言い続けているパスタだった。

 パスタは複雑な表情で自分を見るボルシチに、眉をひそめた。


パスタ:……どうした、まだ具合が悪いのか?だったら休め。帰るときは、また私が担いでやってもいい。


 そのとき煤だらけのミネラルオイスターが、ブラッドソーセージを肩に担いで窓から飛び出してきた。そのすぐ後にスターゲイジーパイシュールストレミングも崩れる屋敷から飛び出してくる。


カキ:パ、パスタ!違う、俺はちゃんと注意してたんだ! でも、この女が……!

ブラッドソーセージ─うふふ……ついつい興奮しすぎちゃいました。姫様!楽しかったでしょう?


 ボルシチは騒いでいる仲間たちを見て、楽しそうに口元を隠してクスクスと笑った。ミネラルオイスターはそんなボルシチを見て戸惑ってしまう。


カキ:パスタ?!ボルシチはどうしたんだ?!お前、また意地悪したのか?!

パスタ:私は何もしていない。いいからもう帰るぞ。

カキお、おい!待てよ、パスタ!!


 ボルシチはふたりが歩いていく後ろ姿を見ながら、頬に流れた涙の後を拭った。するとシュールストレミングが近づいてきて、ニッコリと微笑んだ。


ボルシチ:ど、どうかしたのよ?

シュールストレミング:別に〜?ま、ボルシチが割り切れたなら良かったわ。みんな心配してたんだから!

ボルシチ:みんな?

シュールストレミング:あ、言っちゃった。ほらさっさと帰りましょ!パスタは今回大儲けしたみたいだから、ちゃーんと分け前は、もらわなくちゃね〜♪


 ボルシチはまたたきをして、パスタを見つめる。すると、パスタが突然振り返り、相変わらずのしかめっ面でボルシチを呼んだ。


パスタ:こんなところに長居は無用だ、ディーぜ旅館に帰るぞ。早くついて来い。



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