ペッパーシャコ・エピソード
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ペッパーシャコのエピソード
麻辣ザリガニと同じように人間により体を改造された過去がある。
普段はずっと麻辣ザリガニの傍におり、麻辣ザリガニを『兄貴』と呼んで慕っており、ライスを姉貴と呼んで慕っている。
Ⅰ 悪夢
出口の見えない暗闇の中、白い服の人が数人こっちに向かってくる。顔は見えない。ただ、来者善からずと直感が教えてくれた。
「キミの治療をしに来た」
俺は信じないし、答える気にもならない。
俺は今、動けないように縛られている。次の瞬間、俺の腕はちぎられた。
そして冷たいチューブや機械が傷口から差し込まれた。俺の両目には白い手袋に反射した蛍光灯の青白い光が当たり、 薄く目を開くだけで痛みが走る。
「31番……31番!」
(姉貴?姉貴の声だ!)
嬉しくなって目を開けてみると、周囲は俺の体に接続されている機械の管や電線ばかりだった。
姉貴の声はすぐそこから聞こえてくる。 姉貴が俺を呼んでいる。
俺はもがいた。すると激痛が走り、何もかも歪み始めた。
まだ姉貴の声が聞こえる。 しかし俺は暗闇に飲み込まれ、視界は赤く染まり始めた……。
***
「31番、定期検診の時間だ」
部屋の中に繰り返し流れる機械音が、これは同じ悪夢だと俺に気づかせる。
『ピーー』
金属の扉が開かれ、 隙間から入ってくる明かりが俺の機械の左腕を照らした。
「今日の調子はどうだ?31番」
外にいる白衣は偽りの笑顔を浮かべ、 毎日のように同じことを聞いてくる。
俺は起き上がってベッドから降り、何も言わずに出ていった。向こうも俺の返事なんてどうでもいいと思っているだろう。
俺はまた金属のベッドに寝かされ、 頭上の機械から伸びる細い端末にチェックされることになった。つまらない検査だ。
(こんなことに何の意味があるのか?)
毎日の検査結果はほぼ同じなのに、彼らは紙を埋め尽くすほど記録している。
薄暗い天井を見ながら、 もうここにどれくらい閉じ込められているのかも思い出せなくなったと気づく。
検査が始まってからもう一時間が過ぎた。今日の検査はやたら面倒くせえと思いながら俺はうんざりして後ろを振り向いた。
巨大なガラス壁の外に普段より多くの人が立っていて、誰もみな俺の忌み嫌う白衣を着ている。
検査機器が俺の頭上から退けられた。 起き上がろうとするといきなり手足を金属錠にロックされ、わけがわからないままもう一つの部屋に運ばれた。
そこは精密機器で埋め尽くされた新しい実験室のようだ。
「31番、第53回最終改造実験の直前確認を行う」
俺は冷笑を禁じ得なかった。 人間は自らの欠点と食欲さを隠すために技術をどれだけ使ったら気が済むのか。
だが、その最終実験は成功した。
人間がついに彼らが納得できる作品を作り出した、と言ったほうが良いかもしれない。
Ⅱ 姉貴
ドカーン――
演習場にある金属の防壁は簡単に打ち砕けた。
俺は機械の左腕を収めた。あの実験以来、こいつをますます使いこなせるようになった。
だがこんなものでは、人間への憎悪を薄めることはできない。
明かりのない薄暗い部屋に戻り、俺は右腕の包帯を外して、巻き直そうとした。
右腕のたくさんの傷跡が見え、俺はまた姉貴のことを思い出した。
***
召喚された時に、 俺は人間から番号を割り振られた――『31番』。
俺は、自分と同じような食霊が大勢いる大きな部屋に連れて行かれた。
寄ってきた彼らの煩わしい声に俺はうんざりした。相手をしたくない。 隅っこにいる時だけ俺は少し気持ちよく過ごせる。
だから彼らが一緒にはしゃいでる時、 俺は彼らと距離を取って、一人でずっと静かな所にいた。
あの白い影が俺の目の前に現れるまでは。
「誰だ……なぜ俺についてくるんだ。」
「あっ……き、気づかれちゃった……!」
「何の用だ」
「あ、あのね!わたし……ライスっていいます。ライスは2番なの。あ、あなたと一緒にいたくて来ました」
「いらない」
「で、でも……いつも一人じゃ……寂しいのです……」
「……寂しくなんかない」
「あの!友達になりませんか!?ライスのことは『姉さん』と呼んでください!」
「……なんだって?」
「ら、ライスは2番ですから!あなたより先に召喚されたのです。他の子もみんな、ライスのこと、姉さんと呼んでます」
「姉……さん」
「これから一緒に遊びましょう!」
(姉さん――姉貴、か…… )
俺はこの言葉を噛み締めた。
***
あれから姉貴はずっと一緒にいてくれた。 彼女は天使だ。俺に初めて温かさを教えてくれた。
「ライスたちは、人間を救う使命を背負っています」
「ライスは……ううん、ライスたちは人間とともに生き、人間を助けるのです。ですからじ、実験を受ける必要があります」
姉貴はいつもそう言っていた。当時の俺はそれを素直に信じていた。
その後、部屋に居た食霊は次々と怪我をするか、あるいは居なくなった。
ドアから出ていく食霊は増え、戻ってくる食霊はどんどん減っていった。
「た、多分……みんなは冒険に行ったのでしょう。ライスたちは、彼らを待ちましょう!に、人間の為に負った怪我は、価値があります!」
姉貴は俺を慰めてくれた。
「31番、第一回インプット契約実験失敗。」
俺が怪我をして部屋に戻された時、姉責はちょうど連れ出されるところだった。
「姉貴……?何処に行く……」
「し、心配しないで!ラ、ライスは……人間を助けに行ってきます!」
それから数日が経って俺の体は治ったが、姉貴はいつまで経っても戻って来なかった。
俺はイライラを抑えきれず、やり場のない気持ちを傍にいた白衣を着た人間の襟を掴んでぶつける。
「2番のことか?彼女の任務は終わった。もう処分されただろう」
「......!」
俺はドアにぶつかるように外へ出た。 外はどこも似たような通路が続いていて、 俺は道に迷った。人間たちがすぐに追いついてきた。
「早く!31番はあそこだ!」
「報告!31番実験体が制御不能、応急処置の許可を求む!」
「姉貴は、どこだ」
「彼女は処分された!き、キミッ、どうした……!うわぁああ!!」
姉貴が処分されたという知らせは俺を蝕み、全く体が制御できなくなった。
やるせない感情に満たされた俺の両腕から、得体の知れない力が溢れてくる。
(よくも……人間ごときがよくも……!)
「貴様らーー全員……滅ぶが良いーー」
「ぐわあぁぁぁぁーッ!!!!」
Ⅲ 兄貴
「31番実験体、霊力抽出完了。指示求む」
「了解。31番をあの部屋に運んでいけ。切断実験を行う」
俺は体の至る所に痛みを感じる。両腕に麻酔無しでちぎり取られたような激痛が走る。
ベッドに倒れ込んで、血まみれで傷だらけの片腕と、既に無くなったもう片方の腕があったところを見て、 俺はかつての自分を嘲った。
(――人間は、本当に嫌な生き物だ)
***
あれ以来、俺はずっとこの部屋に閉じ込められている。あの白衣ども以外の人間や食霊は一度も来たことがない。
俺はずっと願っていた静かさを得られたが、今の俺はこの静寂を憎んでいる。
だから、この牢屋を壊そうと決めた。
俺は逃げる。まだ契約をインプットされてない内にここから脱出する。
そして俺は、脱出ルートとタイミングを探り始めた。
***
しかし、どんなことにも予想できない出来事が起こるものだ。
(例えば――俺の兄貴)
あの日、あの赤い影は嵐のように、俺を長らく閉じ込めていた実験室を容易くぶっ壊した。
俺はただそこにぼんやりと立って、人間の慌てる声を聞いていた。
「前にここから逃げ出した兵器の『麻辣ザリガニ』だ!どうしてまたここに戻ってきたんだ?!」
「こいつ、前より力が増している!実験体に攻撃命令を!」
『実験体』という言葉を聞いた時、少し彼の表情が変わったような気がした。
「てめぇらは人間の実験体でいいのか?ヤツらの命令に従っていいのか?」
食霊たちは戸惑いながら互いに見つめ合ったが『契約』の効果で従わざるを得なかった。
「……俺様は実験室を壊しにきた。てめぇらとやり合う気はねえ……」
食霊たちは次々と彼に突っ込んでいく。
「だが、かかってくるなら話は別だ!手加減はしない!覚悟しな!!」
俺は、彼の目に宿る怒りと、手に集まった爆発的な力を目にした。
「あぁ?てめぇ、なんでかかってこないんだ?」
その声に顔を上げる。彼は高い廃墟の上から俺を見下ろしていた。
「俺は……奴らとは違う」
「てめぇ……もしや『契約』をしてないのか?その……左腕は……?……何も言うことはねぇ。てめぇはもう自由だ」
溜息混じりに顎をしゃくって、彼はそう言った。
(俺に『行け』と言っている……ここから『逃げろ』と――)
そうだ、俺はもう自由なんだ。
誰も追ってこないし、このままここから逃げ出せばいい。
だが俺は戸惑った。 自分がどこに行けばいいのかわからなかったからだ――姉貴ももう居ないから。
「あ?なんだてめぇ。どうしてついてくる?」
彼に言われて気付いたが、俺は彼の後ろを歩いていた。
「俺は……」
――何故、彼についていこうとした?
(彼に助けられたからかもしれないし、彼の力に憧れたからかもしれない――或いは両方かも)
答えが見つからず、 俺は黙って彼の後をついていく。
すると、男は嘆息混じりに言った。
「てめぇ、名前はなんだ」
「31番……」
「番号になんか興味ねぇ。 本来の名前を聞いている」
彼は少しイライラした様子で歯ぎしりをする。
(本来の…… 名前……?)
一瞬ぽかんとしてしまったものの、 俺の口は自然と動き出した。
「ペッパーシャコ……」
その名前を口にして、 俺は自分が生まれてきた意味に気付いた。
俺は番号を振られた実験体ではなく、食霊としてこの世に召喚されたのだ。
「行くぞ。この先にグリーンカレーが待っている!」
Ⅳ 襲撃
兄貴の戦いぶりを目にするまでは、 食霊の力をそこまで極められるなんて知らなかった。
――兄貴は紛れもなく、生まれつきの王者だ。
兄貴は俺に何一つ隠さず、力の使い方から戦い方のコツまでー通り教えてくれて、住む所まで提供してくれた。
――兄貴こそ、尊敬に値する人だ。
『兄貴』と俺がうっかり呼んだ時、兄貴はそれを拒まなかった。俺は知らぬ間にこの人のことを本当の兄貴だと思い始めていた。
***
あのとてつもなく強い奴が現れたとき、俺たちはグルイラオの城外で手がかりを探していた。
奴は分厚いマントを被っていたが、 長い白ひげが見えていた。
「気をつけろ」
グリーンカレーが俺たちに注意を促した。
「誰だてめぇは」
兄貴はちっとも恐れていなかった。
「麻辣ザリガニとペッパーシャコか。 勝手に脱走し、しかも実験室を破壊したのはいけないな。キミらを連れ戻しに来た」
「チッ……!また実験室のやつかよ!まだ懲りねぇのか?」
そう咳いた途端、 兄貴は奴に突進した。
老人がただ頭を振っただけで、 目に見えない大いなる力が俺たちに襲いかかってきた。
俺たちはすぐに飛び退って避けたが、老人は顔色を全く変えずにより一層激しく攻撃してきた。
さすがに避けきれず、 俺たちは次々と攻撃を喰らった。
俺は自分に向かって放たれた一撃を避けることができなかった。何度も攻撃され、倒れそうになった。
そのとき、兄貴が横から入ってきて、 俺の代わりに攻撃を受けた。
「兄貴ッ!」
「クッ……!だ、大丈夫だ……早く逃げやがれ!」
兄貴が倒れるのを見た老人は、攻撃を兄貴に集中させた。
かろうじて立ち上がった兄貴は、 何故かまた奴と戦おうとする。
「兄貴ッ!」
俺は兄貴を助けたかったが、その強大な力の前では成す術もなかった。
「ペッパーシャコ、彼の言うことを聞くんだ彼は大丈夫だ……!」
グリーンカレーは俺を立たせ、支えてくれた。
「早く行けぇ!」
兄貴が遠くから必死に叫んでいる。
俺たちは傷の痛みを我慢し、最後の力を振り絞ってそこから何とか逃げ延びることができた。
その時、俺は自分の力の弱さを恨んだ。兄貴を助け、守れる力は俺にはなかった。
***
後で知った話だが、俺たちの足取りを奴らに洩らしたのは、俺の義肢の中に仕込まれていた追跡装置だった。
「全部俺のせいだ……俺のせいで兄貴が……!」
「お前は悪くない。悪いのは実験室の連中だ」
グリーンカレーはそう言って俺を慰めてくれる。
俺は手を振り上げて、義肢ごとその装置を壊そうとした。
「動くな、僕が中の追跡装置を取り外してやる。この義肢はまだお前の役に立つだろう」
「それから、このマスクをお前にやろう。 これがあれば動きやすくなるはずだ。安心しろ。彼はこの程度でくたばるような人じゃない……」
そこでグリーンカレーは、一息ついてまっすぐ俺を見た。
「くれぐれも気をつけろ。何かあればいつでも連絡してくれ」
「ありがとう……」
俺はグリーンカレーにそう礼を告げ、兄貴を絶対に探し出すことを決めた。
(たとえティアラ大陸を横断することになったとしても、俺は兄貴を見つけ出す――)
V ペッパーシャコ
王歴44年――魔導学院の発表によると『契約』技術の正式運用が始まって以来、関連の実験項目は順調に進んでいる。
その中でも、対堕神兵器の改造実験はさらに対堕神兵器の身体機能を上げ、 霊力を安定させることができるという.....。
王歴47年――魔導学院は実験室の思わぬ事故で大きな被害を受けたと発表した。
関係者は既に実験体と実験データの移転の準備を始めており、新しい実験室は一年後に再建される。
同時に、かつて脱走した対堕神兵器『麻辣ザリガニ』が魔導学院の危険人員リストにリストアップされた。
王歴48年――グルイラオのとある小さな町の外れで巨大な霊力の波動が検知され、堕神によるものではないかと疑われた。
人々が駆けつけた時に現場に残されていたのは、戦いによる痕跡と、 いくつかの奇妙な残骸だけだった。
同年、魔導学院は『麻辣ザリガニ』を危険人員リストから外し、新しい実験室の再建も順調に始まった。
王歴56年――魔導学院は正式に対堕神兵器を『食霊』と名付け、 管理組織を設立した。
***
「何を見ている?行くぞ」
後ろから麻辣ザリガニの催促の声が聞こえた。ペッパーシャコは手に持っている新聞紙を置き、麻辣ザリガニのところに向かった。
汚れたガラス窓から日の光が差し込み、部屋のほこりが照らされてキラキラと輝いている
麻辣ザリガニは銀色の金属のプレートがついたネックレスを取り出した。
「これは……?」
「俺様からの、再会のお祝いとでも思えばいい」
「ありがとう、兄貴……」
二人は一緒に古いデータ室を出た。
そして、麻辣ザリガニはゆっくりとペッパーシャコに振り返って言った。
「次の任務が、もうすぐ始まる」
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