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和ちょこれーと・ストーリー

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和ちょこれーと

1話「prologue」

 いつにも増して寒さが身に染みる冬の日。年が明けて、まだ三日しか経っておらず、空いている店も少なかった。

 土瓶蒸しはそんな日に開店してくれている有難いおでん屋へとやってきた。身を縮こまらせながら暖簾を押しのけ、ガラリと扉を開ける。

土瓶蒸し「ああ、寒い寒い……。こんな日は熱燗でキュッとやりたいですな。おでん、熱燗、一丁お願いします。」

肇始三日

桜の島 おでんの店

おでん「おや土瓶蒸しさん、ようおこしやす。今日も寒いねぇ。」

うな丼「よう! お主、正月明けてもうバタバタ働いてるらしいな。三が日くらい、ゆっくりしたらどうだ?」

土瓶蒸しおでんからお手拭きを受け取って、凍えた指先を温めながら、うな丼の隣に腰かける。

土瓶蒸し「桜の島での商売ならね、それでいいですけど。今回は、光耀大陸の商人相手ですから。」

うな丼「なるほど、早めに動いておかないと心配ってことか。だからって、こんな日からよくもまぁ……仕事熱心なことで。」

土瓶蒸し「来月早々に仕掛けたい商売なものでして。いろいろ同時進行になりますから。」

おでん「ああ、この間言ってたアレですかい。決めたら早いね、さすがは商人だ。」

うな丼「アレ? なんだ? 今度はどんなあくどいことをしようとしている?」

土瓶蒸し「私はそんな、後ろ暗いことは一切しませんよ。今回の商品は『和風抹茶ちょこれえと』です。良かったら、味見してみませんか?」

うな丼は差し出された箱に入った緑色の物体に手を伸ばす。

うな丼「なんだ、これ。『和風抹茶ちょこれえと』……?」

 口に入れると、柔らかな感触と抹茶の味が広がった。鼻から抜ける良い香りに、思わずうな丼は唸った。

土瓶蒸し抹茶の半生チョコレートです。上品な味でしょう?」

うな丼「うむ。もう少し甘さは控えめの方が俺は好きだね。ま、どっちにしろ、腐ってもお主は商人。質の悪いモンを売ろうとはしないだろ。」

うな丼「それで? これを光耀大陸に持っていくのか?」

土瓶蒸し「ええ。最近は光耀大陸では、若者たちを中心に『バレンタイン』という催しが浸透してきているらしいのでね。」

おでん「それで、和菓子とチョコをかけて売り込もうと。商魂逞しいというか。ご疲れさんですなぁ。」

 しみじみとおでんが熱燗を土瓶蒸しの前に差し出してそう言った。

土瓶蒸し「おっとっと! 熱っ! ふーふー……。」

 土瓶蒸しは熱燗に手を飛ばし、息を吹きかける。そうして一口啜り呑んだ。

土瓶蒸し「はぁ……寒い日のコレはうまいねぇ……身体があったまってく気がするよ。おでん追加で頼んますわ。」

おでん「はいよ。お前さんがいつも頼むのは、これやね。熱々だから、ゆっくり喰いなんせぇ。」

土瓶蒸し「ありがとさん。お礼に、おでんにも試作品のチョコをおひとつ。ああ、感想がお代となってますんで、よろしくお願いします。」

おでん「そういうことなら……んむ。ふむふむ……これは、良い抹茶を使ってますね。チョコも、口の中ですぐに蕩ける……味も控えで良いですなぁ。」

土瓶蒸し「お褒めの言葉をありがとうございます。おでんから太鼓判をもらえたとあれば、自身をもって売り出せるというもの。」

土瓶蒸し「あとは……景安商会から色よい返事がもらうだけですね。」

うな丼「ん? まだ取引が成立してないのに、商品を作っちまったのかよ?」

土瓶蒸し「商売はスピードが大事です。質も勿論ですが、モタモタしてたら鮮度は落ちる一方ですからね。はは。」

 土瓶蒸しは柔らかな笑みを浮かべて、熱々のおでんに手を伸ばす。だしの染み渡ったおでんは、土瓶蒸しの心をじんわりと癒した。

土瓶蒸し景安商会への手はもう打ちました。『和風抹茶ちょこれえと』だけではインパクトが薄いというのでね。隠し玉を用意することにしました。」

うな丼「隠し玉? なんだ?」

土瓶蒸し「ああ、もう来ても良いはずなのですが……遅いですね。と……来たようですね。」

 その声と同時に、勢いよく店の扉が開かれた。そこにはおせちが息を切らせて立っている。

おせち「やあやあ皆の者! おせちじゃ! このわたくしがわざわざこんな店まで来てやったのじゃ! 平に! 平に伏せい!」

うな丼「は? なんだ、こいつは。」

おでん「おや? おせちさんではありませんか、ようおこしやす。おひとりでいらっしゃるとは珍しいですなぁ。」

おせち「む? むむ? あ、わたくしはひとりではないぞ! こやつに呼び出されたのじゃ!」

 目を見開いておせちはそう叫んだ。そしてくるりと振り返り、土瓶蒸しを指さす。

おせち土瓶蒸し! わたくしをこんなところに呼び出すとは、そちも偉くなったものじゃのう……まぁ良い! それで、いったいわたくしに何の用じゃ!」

土瓶蒸し「約束の時間は過ぎていますが……まぁ、いいでしょう。とりあえず、隣にお掛けやす。話はそれからです。」

 その言葉に不服な表情を浮かべるも、おせちはしぶしぶと土瓶蒸しの隣に腰を下ろした。

おせち「……座ったぞ。それで、いったい何の用じゃ!」

土瓶蒸し「この距離です。叫ばずとも聞こえます。まずは、これをお食べなさい。」

おせち「なんじゃこれは?」

 それは先ほどうな丼おでんに振る舞われた試作品『和風抹茶ちょこれえと』が入った箱である。その箱を差し出して、土瓶蒸しがにっこりと微笑む。

おせち「む……な、何故そんな得体の知れぬ食べ物をわたくしが食べなければならぬ! 一体わたくしに何をさせようとしているのだ、そちは!!」

土瓶蒸し「これは私が作った特別なお菓子です。きっとあんさんも気に入ってくれると思います。とても美味しいですよ。」

土瓶蒸し「詳しい話は、これを食べてからするとしましょう。そうでなければ、何も始まりません。」

 そこまで早口で喋って、土瓶蒸しはカウンターに置かれた爪楊枝を手に取った。そしてチョコのひとつにそれをプスリと刺した。

土瓶蒸し「さ、食べてごらんなさい。美味しいですよ。」

おせち「……むむっ!?」

 おせちはそのまま硬直した。なぜなら、土瓶蒸しが優雅な仕草でチョコレートを顔の前に運んできたからである。俗にいう『はい、あーん』という奴だ。

土瓶蒸し「先ほどうな丼おでんにも食べて頂きましたが、おふたりは大絶賛してくださった品です。あんさんにも喜んでもらえると思います。」

 目を細め、満面の笑みを浮かべる土瓶蒸しに、うな丼は訝し気な顔をする。

うな丼「確かに味は悪くない和菓子だったが……拙者は、大絶賛まではしてないぞ。それに、よくしれっとした顔であんなことができるな。」

おでん「まぁまぁ。商売する者は誰だって似たようなところがあるもんですよ。ここはひとつ、彼の手腕が如何ほどか、楽しく観察させていただきましょ。」

 うな丼を宥め、おでんは普段と変わらずの飄々とした笑顔でふたりを温かな目で見守る。そんな二人の眼差しに気づいているのかいないのか、土瓶蒸しはなおも楽し気におせちにその身を寄せる。

土瓶蒸し「『案ずるより産むが易し』と言います。とにかく食べてみてください。美味しいと思わなかったら、話はそれまで。あんさんの頼み、なんでもひとつ聞きましょ。」

おせち「うぐぐぐ……! ま、まぁそういうことなら、食べてやっても良いっ!!」

 おせちは覚悟を決めた様子で、ギュッと目を閉じて、ぱくっと差し出された猪口にかぶりつく。

おせち「うううー! むぐむぐもぐ……むむぅ!?」

 カッと目を見開き、おせちは表情をキラキラと輝かせる。

おせち「こ、これは――なんと! とてもうまいではないか!! なんだこれは!!!」

土瓶蒸し「そうでしょう、そうでしょう。あんさんは、きっとそう言ってくれると信じてましたよ。では、このお菓子についての詳細を話させていただきます。」

土瓶蒸し「今食べて頂いたチョコは、来月のバレンタインに光耀大陸で売る予定の商品です。その際、日本のお菓子ということで、おせちに販促の協力を頼みたいと思いまして。」

土瓶蒸し「あんさんがOKしてくださらないとこの計画は始まらないのです。この計画の要はあんさんです。どうか、引き受けていただけないでしょうか?」

おせち「う、む……わたくしが要の計画とな! 目の付け所が良いな、土瓶蒸し!! 褒めてつかわす!!! 確かに、わたくしがこの『和風抹茶ちょこれえと』を売ったら、飛ぶように売れるであろう!!!!」

 それからはもうなし崩しだった。ヨイショにおだてにありとあらゆる褒め言葉を投げかけ、土瓶蒸しおせちに了承させてしまった。

土瓶蒸し「では来月、私と一緒に光耀大陸へ行きましょう。諸々のことは私が手配します。あんさんは身一つでついてきてくだされば良いです。何も心配いりません、すべて私にお任せを。」

 土瓶蒸しは満足した様子で、おせちの手を取り強く握った。その手は少し冷たく、おせちはその冷たさに土瓶蒸しを意識して、動揺してしまう。

おせち「お、おおっ? おおおおおっ!? わ、わたくしに任せておけば大丈夫じゃ! 大船に乗った気でいるとよいぞ!!」

土瓶蒸し「ありがとうございます、おせち。良かったです、ご理解頂けて。どうぞよろしくお願いしますね。」

 にっこりと土瓶蒸しが微笑む。その表情は商人のそれで、うな丼は苦笑する。

うな丼「なんだありゃ。存外タラシだな、呆れるぜ。」

おでん「ふふ、土瓶蒸しさんは桜の島きっての商売上手ですなぁ。」

土瓶蒸し「さ、おせち。なんでも好きなもん頼むといい。ここは私が持ちますから。」

おせち「おお、そうか! では遠慮なくいただこう! おでん、吟醸酒はあるか?」

おでん「もちろん、取り揃えておりますよ。どれにします?」

 その後――おせちの協力を得られた土瓶蒸し景安商会との話をまとめることができた。来月にはふたりで光耀大陸へと向かうことになる。

おせち「くっ……! 土瓶蒸しとふたりで旅行とな……!? わたくしはどんな態度でいたらよいのじゃ……!?」

 そんなおせちの動揺を、土瓶蒸しはまるで知らない――知ったところで、その表情はまるで変わることはないだろうが……バレンタインの日は、近い。


2話「楽しき観光」

 女三人寄ればかしましい――

 それはこの三人も例外ではなかった。だが、主に騒がしいのはふたりで、あとひとりは苦い顔をしている……。

初風十三日 午前

光耀大陸 とある商店街

お屠蘇「ううっ! 太陽がまぶしい……!」

よもぎ団子お屠蘇姉さん、どうしました? そんな憂鬱そうな顔をして。」

臘八粥「そういえば夕べ、私たちが引き揚げた後も、遅くまでひとりで飲んでましたね。一体、何時まで飲んでいたんです?」

お屠蘇「さてね。時間なんか見ながら呑んだら美味しい酒もまずくなる。まぁ、完全に日が昇る前には寝床に入ったよ。少しは寝たさ、二時間か三時間か……?」

臘八粥「……お屠蘇、私に貴方を止める権利はありませんけど、あまり飲み過ぎないでくださいね? 貴方の身体が心配です。」

お屠蘇「……そうだな、ほどほどにするよ。ちょっとだけな、昨夜は飲み過ぎたかもしれない。気を付けよう。」

よもぎ団子「その言葉を覚えておいてくれたらいいんですけど。お屠蘇姉さんはいっつも口ばっかりですからね。同じ台詞を昨日も言ってました。私は忘れていませんよ?」

お屠蘇「お前は……無邪気な顔して辛辣な女だな――い、痛たっ……! 頭痛がぁ……!」

よもぎ団子臘八粥、少し休みましょう。お屠蘇姉さんはもう駄目です。」

臘八粥「そうですね、少し休んでもらいましょうか。お屠蘇、そこの店に入りましょう。」

初風十三日 午前

光耀大陸 とある商店街

 店に入って席に着いた途端、お屠蘇はテーブルに突っ伏した。

お屠蘇「み、水……! とりあえず水だ……話はそれからだ。」

よもぎ団子「仕方ありませんね、お屠蘇姉さんは。」

臘八粥「あの、店員さん。取り急ぎ、お水を三つお願いできますか?」

住民「はい、少々お待ちください。」

店員はそう返事をして、ほどなく水とメニューを持ってきた。

住民「お待たせしました。お客さんたちも景安に行くんですか?」

臘八粥「いえ、特に行く先は決めてませんが……景安で、何かあるんですか?」

住民「ええ、桜の島から取り寄せた『和風抹茶ちょこれえと』という商品を特別販売するらしいですよ。」

お屠蘇「……桜の島、ねぇ。」

 ムクリ、とお屠蘇が青褪めた顔で体を起してコップに手を伸ばす。そしてそれをグビグビと一気飲みした後、大きく息をついて店員へと顔を向けた。

お屠蘇「それ、フラリと行って買えたりするの?」

住民「特に購入制限が設けられているといった話は聞いてないので、売り切れなければ買えるのではないでしょうか?」

住民「商品の販促のために、桜の島から『おせち』が来るそうですよ。彼女を一目見たいという動機で景安に訪れる人や食霊もいるようです。」

臘八粥「へぇ……『おせち』さんですか。桜の島のおせちさんといえば、有名ですね。」

よもぎ団子「『和風抹茶ちょこれえと』というのも気になります! 景安まで足を延ばしませんか?」

お屠蘇「桜の島の商品は質が高いからな、その『和風抹茶ちょこれえと』とやら、確かに気になるな……。」

臘八粥「よーし、ではここでお昼を食べたら、さっそく景安に向かいますか!」

お屠蘇「……勘弁してくれ、今日は勘弁してくれ。明日朝イチに出かけよう。今晩は呑まないと、ここに誓いを立てるから。」

 神妙な表情でそう告げたお屠蘇に、よもぎ団子臘八粥は肩を落とす。この状態のお屠蘇を連れての旅は確かに骨が折れそうだ。そう判断して、今日はこの町で宿を取り、ゆっくりすることにした。


初風十三日 昼

光耀大陸 景安商会

佛跳牆「――さて、例の催し物がいよいよ明日となった訳だが……準備のほうはどうだ?」

松鼠桂魚「はいはーい!! 例のって、『和風抹茶ちょこれえと』販促の話だよね?」

獅子頭「品物は届いてるけど、土瓶蒸しさんとおせちさんがまだ来てないよ。」

佛跳牆「彼らは明日の明け方到着となっている。迎えには俺が自ら出向く予定だ。」

叫化鶏「あァそりゃあ良かったぜ! 明日はゆっくり寝れそうだァ!」

佛跳牆「……お前は俺と一緒に行ってもらう。朝三時にここに来るように。わかったな。」

叫化鶏「え? オラだけ!? なんでだよ!」

松鼠桂魚「あはは! 叫化鶏、今日は早く寝なくっちゃね?」

獅子頭「でもさ、僕、まさかこのイベントを佛跳牆が引き受けるとは思わなかったよ。」

松鼠桂魚「そうだね、まぁ確かに面白そうなイベントではあるけどさ。」

佛跳牆「これから桜の島でビジネスをすることを考えたら、こちらとしては恩を売っておいて損はないだろう。明日は忙しくなるが、みんなよろしく頼む。」

獅子頭「そっか、これからの布石なのか。そういうことならわかるかな。」

松鼠桂魚「でも、桜の島からおせちが来るってんで、興味ある人は結構いそうな感じだったよ。おせちは『THE 日本』って感じだしね。」

佛跳牆「明日は他の町からも客が来そうだ。売り場のことも心配ではあるが……何より警護だな。」

叫化鶏佛跳牆、今回の件、オラは警護に徹っするぜ。それと、麻婆豆腐や年獣の夕にも、もう声をかけておいたぞ。」

佛跳牆「なんだと?」

叫化鶏「ん? 佛跳牆、どうした? 変な顔して。なんかまずかったか?」

佛跳牆「いや、よそからも客が来るなら、稼ぎ時だろう。そんなときに、麻婆豆腐に警護を頼むのはどうかと思っただけだ。」

叫化鶏「イベント自体が午後からだし、ランチ時間を早めに切り上げるから問題ないって麻婆豆腐は言ってたぜ?」

佛跳牆「うむ……そうかもしれんが。うぅむ……。」

叫化鶏「まだ麻婆豆腐を巻き込みたくないって思ってんのか? そういう態度が麻婆豆腐を苛つかせてるんだと思うぜ。」

獅子頭「そうだよ、佛跳牆! 麻婆豆腐は景安を守る仲間だよ!」

松鼠桂魚「正直、佛跳牆より麻婆豆腐のほうが強いからね。佛跳牆はやることいっぱいだし、警備は叫化鶏麻婆豆腐たちに任せておくほうが安心だよ。」

佛跳牆「わかった、わかった。もう声をかけてしまったならしょうがない。ただし、警備には俺がまわる。」

叫化鶏「え? 佛跳牆が警護に回ったら、仕切りは誰がやんだよ?」

佛跳牆「今回、仕切りは叫化鶏、お前に頼もうと思う。今後のことを考えたら、俺以外でも対応をできるようにしておくべきだからな。」

叫化鶏「それ、今回じゃなくても良くね? っつーか、これまでだって、オメェの代わりに仕切りはやってたじゃねェか。」

佛跳牆「これは決定事項だ、わかったな?」

叫化鶏「ぐっ……そんな怖い顔で睨まなくたっていいじゃねぇか。はいはい、わぁったよ、言うこと聞きますよ、ボス。」

佛跳牆「では、麻婆豆腐の店に行き、昼食にしよう。明日の話を麻婆豆腐としておかないといけないからな。」

叫化鶏「やった! 佛跳牆のおごりか!?」

佛跳牆「そうだな、だがお前には奢ってやらん。自分で払えよ、面倒を増やしてくれたからな。」

叫化鶏「ええー!? なんでオラだけ!? なんでだよ!! ずりぃぞ、佛跳牆!!」

叫化鶏麻婆豆腐が一緒だったらオメェが喜ぶと思ったんだぜ?!」

叫化鶏「――って、痛ぇ!! なんでオラ、今叩かれたんだ!? あ! 待て佛跳牆! 先に行くんじゃねェよ……!!」


3話「イベント準備開始!」

 まだ日が昇らない、早朝の景安ふ頭では、静かに波の音だけがさざめいていた。

 そこに、ふたつの影が見える。そのうちのひとり、コートに身を包んだ男は葉巻を吸って優雅に煙の流れを楽しんでいた。だが、もうひとりは身を縮こまらせ、身体を小刻みに震わせている。

初風十四日 早朝

光耀大陸 景安埠頭

叫化鶏「ああああ、寒いぜェ、佛跳牆!! まだ暗いじゃねェか!! なんだってこんな朝早くに来るんだよ!?」

佛跳牆「さて……俺は指定された時間に来ただけだ。彼らが前日入りでなかったことを、お前は感謝すべきだろうな。」

叫化鶏「へ? なんでだよ?」

佛跳牆「もし昨日から来ていたら、彼らの対応はお前の役目だった。今日になって良かったじゃないか。」

叫化鶏「……つーか、その前に疑問なんだけどよ。なんで昨日から奴らが来てたら、その対応がオラな訳?」

佛跳牆「理由は昨日、説明した筈だが。」

叫化鶏「『これからのため』だって?」

佛跳牆「そうだ。」

叫化鶏「まぁ……お前はこれからいろいろあるかもしんねぇけどよぉ。そんな急にいろいろ任されても、オラ、困っちまうぜェ?」

佛跳牆「そうか……それは悪かったな。」

叫化鶏「あれ? そこで素直に謝ってくれちゃう訳?」

佛跳牆「確かにお前の言う通り、俺はお前に頼りすぎているかもしれんな。申し訳ないことをした。」

叫化鶏「え? あ、いや……そ、そこまで大変でもねぇ――かな? オラでできることがあれば、協力してやりてぇとは思ってるしよ。」

佛跳牆「それは良かった。ではこれからも遠慮なくお前に、いろいろと頼むとしよう。」

叫化鶏「ん? え? あ……もしかしてオレ、ハメられた……? 佛跳牆、お前よォ……」

佛跳牆「おい、叫化鶏。話は終わりだ。土瓶蒸したちの乗っている船が来た。行くぞ。」

叫化鶏「へいへい……まったく。佛跳牆には逆らえねぇや。なんなりとお申し付けくだせぇ、ボス。」

土瓶蒸し「こちらです、佛跳牆。こんな朝早くからお迎えありがとうございます。今日は、どうぞよろしく頼んます。」

佛跳牆「こちらこそ。今回の企画はこれからのためにも成功させなくてはなりません。何卒よろしくお願いします。」

叫化鶏(うっわ。張り付いたような笑顔だな。さすが佛跳牆だ……普段のこいつを知ってるとうすら寒いぜェ)

おせち「うむ! そちが佛跳牆か! 今回はわたくしが関わっている! なればこの企画、成功以外はあり得ぬぞ! 光栄に思うがいい!」

土瓶蒸し佛跳牆おせちは少々風変わりな娘ですが、お気になさらず。」

土瓶蒸し「さておき。早速ですが、ゆっくり話せる場所に移動しませんか。」

佛跳牆「そうですね――叫化鶏、お嬢さんの荷物を頼む。」

叫化鶏「あいよ! えっと、お嬢さん、荷物貸してくれ。」

おせち「ふむ、そちは叫化鶏と言ったか。わたくしの荷物を持てる光栄、とくと噛みしめるが良いぞ! ふふふふっ!!」

叫化鶏「……はぁ。」

叫化鶏(変な女だな……こりゃあ、先行きが不安だぜ……)

初風十四日 午前

光耀大陸 景安商会

 佛跳牆土瓶蒸しが話している間、叫化鶏はずっとおせちの相手をしていた。

 彼女はとても楽しそうに、己について語っている。ただ笑顔を浮かべて頷いているだけだったが、叫化鶏はほとほと疲れてしまった。

 仕事中の佛跳牆は、いつだって笑顔を絶やさない。それは勿論演技であったが、相手に不自然さを感じさせることはなかった。ボスはやはりこの道のプロだ――と叫化鶏は、改めて佛跳牆のことを尊敬してしまう。

 このまま笑っていたら、この張り付いた笑顔は元に戻らないのでは……と叫化鶏が心配になったとき、部屋のドアが開かれた。

松鼠桂魚「おはようございますっ! あ、お客さんだ!!」

獅子頭「そっか、ここで打ち合わせしてたんだ。」

獅子頭「おはようございます、本日はよろしくお願いします。」

 部屋に入ってきたふたりは礼儀正しく頭を下げた。その姿を認めた叫化鶏は、救いの神が現れたと、おせちに軽く会釈してから慌ててふたりに歩み寄る。

叫化鶏「オラ、ちょくらトイレ行ってくるわ。おせち嬢の相手、よろしく頼む。」

獅子頭「え? 叫化鶏!? ちょっと待って……っ!」

松鼠桂魚「行っちゃった……どうしたんだろうね。」

おせち「む! そちたち、名をなんと言う!?」

松鼠桂魚「え!? あ、あたしは松鼠桂魚(りすけつぎょ)……だけど。」

獅子頭「ぼ、僕は獅子頭(しーずーとう)……。」

おせち「うむ! 近う寄れ! 特別に許す! ささ、ずずずいっと!!」

 強引でご機嫌なおせちに逆らえず、ふたりは彼女の前に座った。

 そうして暫く彼女と話して気づいてしまった……どうして叫化鶏が逃げるように部屋から出て行ってしまったのかを。

 彼女の相手はさぞ骨が折れそうだ――そう思った獅子頭松鼠桂魚は引きつった笑みを浮かべて肩を落とした。

 それから一時間ほど経過し――佛跳牆土瓶蒸しの話に一段落ついたようだ。

佛跳牆「よし、そろそろ現場の下見に行くか。警護の者はもう配置されているだろうな?」

叫化鶏「ああ、佛跳牆。もう現場の準備は終わってる。あとはオラたちが行くだけだ。」

松鼠桂魚「あ、叫化鶏! どこ行ってたのよ!」

叫化鶏「現場だけど、それがどうしたんだ?」

獅子頭「てっきり彼女の相手が嫌で逃げたんだと……。」

叫化鶏「……ま、まさかっ! そんなことある訳ねェぜ!? オラは佛跳牆の代わりにいろいろ動かなくちゃいけなくてだなァ……!」

獅子頭叫化鶏、目が泳いでるよ?」

叫化鶏「エッ!?」

おせち叫化鶏! これから現場に向かうのだ。そちは、わたくしの警護をせよ!」

叫化鶏「え? なんでオラが……?」

おせち「ん? わたくしの警護より大事なことがあるのか? それはなんじゃ! 問題があるならわたくしから佛跳牆に掛け合ってやるぞ。」

叫化鶏「いや……問題は、ないけどよォ。」

おせち「だったら早く荷物を持つのじゃ! 行くぞ、叫化鶏!」

叫化鶏「……ハイハイ。おせち嬢、荷物をこちらへ。オラが持つから。」

獅子頭「どうやらおせち叫化鶏のことを気に入ったみたいだね。」

松鼠桂魚「うーん……扱いやすいのかもね。ほら、叫化鶏って温和で誰にでも優しいから。貧乏くじ引いちゃうタイプだよね。」

 それでも笑顔をたやさずおせちの世話をしている叫化鶏の背中に向かって、獅子頭は叫んだ。

獅子頭「ねぇ叫化鶏、待って! 僕たちも一緒に行くよ! みんなで今日のイベント、頑張ろうね!!」


4話「堕神襲来と夢芝居」

初風十四日 朝

光耀大陸郊外

お屠蘇「ふわぁ……それにしても、眠い。」

臘八粥「あら? お屠蘇、夕べはお酒を控えたのでは?」

お屠蘇「酒は控えたけどね……早起きは慣れてないんだ。眠いものは眠い。」

よもぎ団子「そうですか。では、シャキシャキ歩きましょう! そうしたら、目も冴えてくるに違いありません!」

お屠蘇「相変わらず手厳しいな、よもぎは。まぁ、あんたらしいっちゃらしいが……ほどほどに頑張るよ。」

臘八粥お屠蘇……残念ながらほどほどに頑張っていてはダメそうです。距離――約二十メートル先、堕神です!!」

お屠蘇「……こんな朝から元気なヤツだな。長引くと疲れる。一気にカタをつけるよ。」


初風十四日 昼前

光耀大陸郊外

お屠蘇「後から後からキリがないな。なんでこんなに堕神がたくさんいる?」

よもぎ団子「最近は物騒ですから……こうした町外れでは、多く堕神と遭遇します。」

臘八粥「こうして私たちが退治したことで、少しでも堕神の被害を減らせたら良いのですが。」

お屠蘇「そうだな……ん? あれは――」

臘八粥お屠蘇! よもぎ! 大変です! 人間が堕神に襲われています!」

よもぎ団子「ふたりとも! 彼を助けてあげましょう!!」

お屠蘇「……ああ。目の前で死なれたら、夢見が悪くなりそうだしな。よし、ふたりとも、気合入れて行くぞ!!」


お屠蘇「そら! これで終わりだ!」

 お屠蘇が大きく剣を薙ぎ払い、堕神を一掃する。堕神が地面にたたきつけられた音を確認し、臘八粥よもぎ団子が倒れている人間たちに駆け寄った。

よもぎ団子「大丈夫ですか!?」

「うっ……ううっ――」

臘八粥「ケガをしています……! 医館に行ったほうが良いです!!」

 ケガをした男がお屠蘇たちに向かってゆっくりと手を伸ばし、掠れる声で呟いた。

「あの……お願いがあります。この先の景安で土瓶蒸しさんに伝言をお願いできませんか?」

お屠蘇「ん?」

「私は……役者を生業としています。土瓶蒸しさんから仕事を依頼されて景安に向かっていたのですが……このケガでは依頼をこなせそうにありません。」

お屠蘇「人間風情が郊外をフラフラしてたら、こうなることはわからなかったのか?」

「私は、しがない貧乏役者でして……用心棒を雇う金もありませんでした。」

お屠蘇「そこは依頼者が用心棒をつけるべきだと思うけどね。まぁもう起きてしまったことだ。次からは、気を付けるんだな。」

「は、はい……。」

 力なく頷いた男に、お屠蘇は小さく嘆息し、肩を竦めた。そして、乱暴に男を背に担いで歩き出す。

お屠蘇「そうだ、あんたが雇われたのは土瓶蒸しだったな。それは『和風抹茶ちょこれえと』とやらを売るための仕事か?」

「は……? ああ、はい。そうですね、そのチョコレートを売るために小芝居をやりたいそうで、『おせちさんの相手役に』と依頼されました。」

お屠蘇「そうか、そうか……ふふふ。」

臘八粥お屠蘇、どうかしましたか?」

お屠蘇臘八粥、これで楽に『和風抹茶ちょこれえと』とやらを手に入れることができそうだな。」

臘八粥「え? どうしてですか?」

お屠蘇「あのな、この男を助けたことで土瓶蒸しに貸しを作れるだろう? そのお礼に、人気のチョコをお礼としてもらえばいいじゃないか。」

臘八粥「なるほど! 大人気らしい『和風抹茶ちょこれえと』を通常通りに手に入れようとしたら、もしかしたらとんでもない列に並ぶことになるかもですよね。」

よもぎ団子「そこでお屠蘇姉さんは、このことを盾に取ってあわよくば『和風抹茶ちょこれえと』を手に入れようと……なかなか悪知恵が働きますね! さすがお屠蘇姉さん!」

お屠蘇「……よもぎ、もう少し言い方を選ぶことはできないの?」

よもぎ団子「ふふっ! ついついお屠蘇姉さんには意地悪な言い方をしたくなっちゃうのです。私、お屠蘇姉さんの困った顔を見ると、ウキウキしちゃうんですよね!」

お屠蘇「趣味が悪いな、よもぎは……ま、いいけどね。」

 溜息をついて、お屠蘇は頭を振った。しかし、そんな風に冗談を言えるようになったのは良い傾向だ。

お屠蘇臘八粥、景安まであとどれくらい?」

臘八粥「ああ、もう少しですね。半刻くらいでしょうか。」

お屠蘇「暫くかかるな。少し急ごう。揺れるだろうから、しっかり捕まっててくれ。」

???「へ? あ、ああぁぁあああっ!?」


初風十四日 朝

光耀大陸 景安

叫化鶏獅子頭松鼠桂魚、準備はできてるか?」

獅子頭「うん! バッチリだよ。舞台装置の確認も済んでる。」

松鼠桂魚「こっちもOK! 機材回りは問題なし!」

叫化鶏「よしよし……他のところも準備はOKだ。あとは……舞台の上の『アレ』か。」

 チラリと叫化鶏が舞台に目を向ける。するとそこには、おせち土瓶蒸しの姿があった。

おせち「おお! これをそちに特別にやろうぞ! 『和風抹茶ちょこれえと』じゃ!」

おせち「ふむ! これは『ばれんたいん』の贈答品である! うまいぞ! 食べてみい!」

おせち「このちょこれえとは絶品! 絶品じゃぞ!! 食べたらうまくてひっくり返るに違いないぞ!! わっはっはっ!!」

叫化鶏「……どうなんだ、アレは。」

松鼠桂魚「うーん、なかなか気合の入った大根役者だね。」

土瓶蒸し「いいですねぇ~。その調子でお願いします。」

おせち「うむ! そうだろう、そうだろう! 舞台にわたくしが立っている――それだけで、みんなの視線を釘付けじゃ!! わっはっはっ!!」

 その芝居に、その場にいた三人は脱力した様子でため息をついた。

叫化鶏「なぁ、土瓶蒸し。アレ……本当にいいと思ってんのか?」

土瓶蒸し「アレ? ああ、おせちですか。」

土瓶蒸し「誰も彼女にパーフェクトなお芝居なんて期待してません。むしろこれくらい大根のほうが笑いを誘って、観客に喜ばれるのではないでしょうか。」

叫化鶏「確かに……それはそうかもだけどよ。」

 おせちは、そこに立ってるだけなら神々しく麗しい。むしろ、喋らなきゃいいのにな、と叫化鶏は諦観した笑いを浮かべて目を細めた。

松鼠桂魚「ねぇ、佛跳牆はどこにいるの?」

叫化鶏「ん? あいつなら、麻婆豆腐と警護に行ってるぞ。」

松鼠桂魚「へぇ~。麻婆豆腐とふたりで警護なんてなかなかないよね。佛跳牆喜んでた?」

叫化鶏「どうかな? あいつ仕事のこと以外じゃ表情変わんねぇしな……。それに、ふたりじゃなくて夕も一緒だ。」

松鼠桂魚「夕も? もしかして夕、お邪魔虫になってたりするんじゃ?」

叫化鶏「そんな心配いらねェって。警護だって仕事だ。佛跳牆だって、その辺はわかってんだろ。」

松鼠桂魚「そっか。ま、そうだよね。」

 少し残念そうに松鼠桂魚が小さく呟いた。その様子に軽く笑って、叫化鶏は伸びをする。

叫化鶏「じゃあ、オラも軽くこの辺、見てまわってくるかなァ。」

獅子頭「あ、だったら準備も終わってるし、僕も一緒に行くよ。」

松鼠桂魚「じゃあ、あたしは留守番してるね! いってらっしゃい!」

 松鼠桂魚は去っていくふたりに大きく手を振って、再び舞台に目を向ける。

おせち土瓶蒸し! わたくしはもしや役者の才能があるのではないか!?」

おせち「わたくしは自分がこれほど演技に長けているとは知らなかった。己の演技力にクラクラする……!」

土瓶蒸し「演技の才能について、私は専門ではないのでわかりませんが、あんさんの演技を見ていてわたしは眩暈がしてしまいます。」

土瓶蒸し「とにかく今回の企画は、あんさんが参加しているということが重要ですから。何の問題もないでしょう。」

おせち「ふっ……! 己の溢れ漏れる才能が怖い…!!」

 そんなふたりのやりとりを見て、松鼠桂魚は苦い顔を浮かべる。

松鼠桂魚「……なんかお笑いの舞台でも観てる感じ……。」

 とはいえ、主催者の土瓶蒸しが『問題ない』と言っているのだ。自分が心配したところで仕方ない……そう割り切って、松鼠桂魚は準備の確認をするのだった。


5話「舞台芝居と堕神退治」

 叫化鶏獅子頭が見回りを終えて舞台袖まで戻ってくると、そこには難しい表情で唸っている土瓶蒸しの姿があった。

叫化鶏土瓶蒸し、どうした?」

土瓶蒸しおせちの相手を頼んだ役者の方がまだいらっしゃらなくて……約束の時間はとうに過ぎていますし、何かあったのかも、と思いまして。」

叫化鶏「うーん……そりゃァ心配だな。けどこの辺り、人も多いし、移動に手間取ってるだけかもしれねェよな。」

土瓶蒸し「それなら良いのですが……。」

おせち土瓶蒸し! 相手の役者はどうしたのだ! いくらわたくしが天才役者と言っても、一度くらいは手合わせしておきたいぞ!!」

 おせちは舞台の上で地団駄を踏んでいる。その神々しい見た目がすっかり台無しになる、残念な仕草だ。

叫化鶏「お姫様が怒ってんぞ。どうすんだ?」

土瓶蒸し「ふむ。では、とりあえず代役を立てて練習しておきますか。叫化鶏おせちの相手役をしてあげてくれませんか?」

叫化鶏「え!? お、オラが!? し、芝居なんかできねェよ!!」

土瓶蒸し「では隣のあんさんは――」

獅子頭「右に同じだよ!! え、演技とか、絶対無理っ!!」

 土瓶蒸しの視線を受けて、獅子頭がぶんぶんと頭を振った。

土瓶蒸し「なら仕方ないですね。でしたら、私が相手をしましょうか。」

 土瓶蒸しは嘆息し、荷物から着物を取り出して、おせちに振り返る。

土瓶蒸しおせち、少しだけ待っててください。頼んだ役者の方がまだいらっしゃらないので、私と少し練習しておきましょう。」

おせち「へ……!? そち、今なんと……!? あ、おい! ちょ、ちょっと待て、土瓶蒸し!」

 しかし土瓶蒸しは、制止するおせちの言葉を振り切って奥に引っ込んでしまった。

土瓶蒸し(永遠の蜜月)「お待たせしました、おせち。私はお芝居は見る専門でして、お芝居についてはど素人でして……どうぞ、ご容赦いただけたらと思います。」

おせち「ふ……む?! ふむ、ふむ……。」

土瓶蒸しおせち、どうしました? なんだかおかしいですよ?」

おせち「い、いや! なんでもないのじゃ! わたくしは演技の天才、問題ないであろう……。」

 おせちの声は次第に小さくなっていく。そんなおせちに、土瓶蒸しは優しく手を差し出した。

土瓶蒸し「では、始めましょうか。それほど長い芝居ではありません。あんさんが私にチョコを渡してくれれば良いのです。」

土瓶蒸し「では、私の台詞からですね。始めましょうか。」

土瓶蒸し「急に呼び出したりして、いったいどうなさいましたか? ふたりきりでないと話せないようなご相談でもおありです?」

 土瓶蒸しはとても素人とは思えないような、軽やかな仕草で芝居をしていた。対しておせちはさっきとはまた違った、狼狽えた様子で台詞を口にしている。

松鼠桂魚おせちさん、すっかり動揺しちゃってるね。おせちさんは土瓶蒸しさんのことが好きなのかな?」

獅子頭「どうだろう……わからないけど、おせちさんは土瓶蒸しさんを意識してるみたいだね。」

叫化鶏「以前おせちが困っていたときに土瓶蒸しが助けてやったことがあるらしいぞ。それきっかけで仲がいいらしいな。」

獅子頭「へぇ……土瓶蒸しっておせちさんにとって、王子様みたいな感じなのかな?」

松鼠桂魚「王子様……日本風に言うと『若様』って感じかな?」

獅子頭「お殿様でもいいかも。」

松鼠桂魚「お殿様……か。」

松鼠桂魚「じゃあおせちさんは『御姫様』……?」

叫化鶏「そう思うとこの小芝居、相当くすぐったいな……ま、『和風抹茶ちょこれえと』が売れりゃなんでもいいけどよ。」

 そんな他愛ない話をしながら、三人は舞台の上のふたりをぼんやりと見ている。

おせち「あ、あのだな! この『和風ちょこれえと』をだな! わたくしは! そ、そちに……受け取ってほしいのだっ!!」

土瓶蒸しおせち、商品名は『和風抹茶ちょこれえと』です。ここは大切な部分ですので、間違えないようお願いします。」

おせち「う!? あ、ああ……間違えてしまったか。すまぬ!」

土瓶蒸し「いえいえ。では、練習の続きをしましょう……。」

土瓶蒸し「『和風抹茶ちょこれえと』といえば、桜の島から輸入された商品でしたよね。かなり貴重なお品のはずですが……それを、私に下さると?」

おせち「う、うむ!! そうだ!! 遠慮なく受けとるがよい!!」

 ずいっと乱雑な動きで、おせちは小箱を差し出した。

土瓶蒸し「貴方のお気持ち、確かに受け取りました。ありがとうございます、大切に頂きますよ。」

松鼠桂魚「うーん……土瓶蒸しって、お芝居上手だね。」

獅子頭「確かに。土瓶蒸しにときめく女性は多そうだよね。」

叫化鶏「とても芝居とは思えねェなァ。いや、土瓶蒸し佛跳牆と同じで商人だからな、普段から芝居してるみたいなモンか。」

松鼠桂魚「なるほど……良く思われてナンボな商売だもんね。これくらいの小芝居、余裕かぁ。」

獅子頭「むしろおせちさんが可愛く見えてくるよね……ん?」

 そのとき、急に観客席が騒がしくなる。何事かと叫化鶏たちは慌てて観客席に飛び出した。

暴食「――ギャギャギャーッ!!!」

村人「きゃー!! 堕神よっ!!」

職人「だ、誰か助けてくれっ!!」

松鼠桂魚「た、大変!! どうしよう!!」

獅子頭「どうしようって……僕たちでなんとかしなくちゃ!」

叫化鶏「ふたりとも、行くぞ!!」

「……あんたの相手は私だ。人様に手を出すんじゃないよ。」

 それは一瞬の出来事であった。音もなく現れた女性は、迷いなく暴食に剣で一刀両断してしまった。

獅子頭「す、すごい……!!」

松鼠桂魚「一発で倒しちゃった……!!」

お屠蘇「おい、ここに土瓶蒸しって奴はいるかい?」

土瓶蒸し「ああ、はい。土瓶蒸しは私ですが……。」

お屠蘇「ここに来る途中、堕神に襲われている人間と出くわしてね。そいつはあんたに仕事を頼まれたって言ってたよ。」

お屠蘇「ただ、ひどいケガでね。とても芝居なんかできる状態じゃなかったから、医館に連れていった。」

土瓶蒸し「おやまぁ……そんなことが。」

お屠蘇「あんたさ、人間に依頼するなら、護衛くらい雇ってやれよ。このご時世、まだ堕神の危険はあるんだからさ。」

土瓶蒸し「一応、護衛を雇えるくらいのお金は事前に渡したのですが……次からは事前にこちらで手配しましょう。ご忠告、感謝致します。」

土瓶蒸し「さて……それより、困りましたね。役者がこないとなると、予定していた芝居ができなくなってしまいます。」

おせち「そ、それだったらそちがやったらどうだ! さっきの芝居、わたくしほどではなかったが、なかなか良かったと思うぞ!」

土瓶蒸し「いえいえ……わたくしはしがない商人ですから。人様の前に出てお芝居なんて、とてもとても。」

土瓶蒸し「ああ、そうだ! あんさん、これも何かの縁です。良かったら舞台に出ていただけませんか?」

土瓶蒸し「これからここでちょっとした小芝居をする予定なのですが……貴方たちが医館に連れていった者は、その芝居に出る役者だったのです。」

土瓶蒸し「あんさんでしたら、きっと舞台映えもします。なに、内容は簡単です。舞台で、このおせちからプレゼント――この箱を受け取ってもらえたらよいのです。」

お屠蘇「あ? なんであたしがそんなこと……。」

よもぎ団子「すみません、貴方はこの催事の主催者ですか?」

お屠蘇「おい、よもぎ。なんだ、話に割り込んできて――」

よもぎ団子お屠蘇姉さん、ここは私にお任せを! ここはさらに恩を売ったほうが得です!」

よもぎ団子土瓶蒸しさん、私たち、ここで販売される『和風抹茶ちょこれえと』を買いに来たんです。お屠蘇姉さんがお芝居に出る代わりに、それをいくつかくださいませんか?」

土瓶蒸し「『和風抹茶ちょこれえと』を、ですか? それで舞台に出ていただけるなら、こちらとしては有難いですが……。」

よもぎ団子「やったぁ! お屠蘇姉さん、頑張ってください! 私、お屠蘇姉さんが舞台に立つところを見たいです! 絶対カッコいいですからね!」

お屠蘇「な、なんであたしがそんなことしなきゃいけないんだ! だ、だいたい、あたしは芝居なんかしたことないんだよ……!」

土瓶蒸し「ああ、そこはご心配なさらず。貴方の相手役であるおせちは天才役者です。彼女に任せておけばなんの心配もありません。」

おせち「え!? わ、わたくしが任されるのか!?」

土瓶蒸し「おや、間違ってましたか? さきほどそう仰っておりましたので……。」

おせち「い、いや! わたくしは天才役者……勿論、問題なぞ、ないわっ!」

土瓶蒸し「さすがはおせちですね。私も舞台袖で見ていますので、何かあればすぐ対応しますよ。」

おせち「そ、そうか。だったら大丈夫だな!! しっかり見ておれよ、土瓶蒸し! わたくしの華麗な舞台姿を!!」

 そのとき、また客席が騒がしくなってきた。やっと舞台を始められると思った土瓶蒸しは眉間に皺を刻む。

夕「おい! みんな無事か!」

獅子頭「あ、夕さん! 佛跳牆麻婆豆腐も!!」

夕「大変だ!! すぐ一緒に来てくれ!!」

麻婆豆腐「町に堕神が入ってきてるの!! みんな、手を貸して!!」

佛跳牆土瓶蒸し、イベント開始するには、堕神を倒してしまわないとならない! お前たちも手伝ってくれ!!」


6話「epilogue」

おせち「これは『和風抹茶ちょこれえと』じゃ! 特別にそちにやろうぞ!」

お屠蘇「ふん……桜の島から輸入されたお菓子か。いいだろう、もらってやる。」

 舞台の上では、おせちお屠蘇が小芝居をしている。その様子を景安商会の面々と土瓶蒸し麻婆豆腐と夕が見ていた。

叫化鶏「台詞が台本と大分変わっちまってるけど、これでいいのか?」

土瓶蒸し「ふふ……まぁこれはこれで面白いしアリでしょう。」

佛跳牆「今回は『海神娘々』のように芝居自体を見せたい訳ではないからな。」

佛跳牆「観客も喜んでいる。うちとしては、品物が売れればそれでいい。」

叫化鶏「桜の島の商品っていうだけで、信頼度は高いしな。売れるには売れるんじゃねえの?」

 皆の協力の元、無事堕神は退治された。そして予定よりも遅れたが、イベントも開催され、佛跳牆土瓶蒸しの顔に笑顔が灯る。

よもぎ団子「ふふっ! お屠蘇姉さん素敵ですね!」

臘八粥「そうですね! お屠蘇の素敵なところも見られて、さらにお菓子ももらえるなんて……私たち、ラッキーですね!!」

麻婆豆腐「じゃあ、あたしたちは会場の様子を見てこようかな。夕、行こう。」

夕「ああ、わかった。」

獅子頭「夕さん! 麻婆豆腐! 僕も一緒に行くよ!」

松鼠桂魚「芝居が終わったらすぐチョコレートを売り出すんだよね? じゃああたしはそれを先導するね。会場の方はよろしく!」


初風十四日 夕方

光耀大陸 景安

佛跳牆「今回はどうもありがとうございました。うちとしても良い仕事となりました。感謝いたします。」

土瓶蒸し「いえいえ、こちらこそ。いろいろ融通していただきました。ありがとうございます。また私たちの間でこうした機会を設けられたらうれしく思います。」

 そして土瓶蒸しは、手に『和風抹茶ちょこれえと』の箱を抱え、それをお屠蘇へと渡した。

土瓶蒸しお屠蘇、あんさんも急なことでしたのにご協力いただき、まことにありがとうございました。」

お屠蘇「……まぁ、二度とはごめんだが――良い経験になったよ。」

 苦い顔でお屠蘇は首を横に振った。その横ではお屠蘇と対照的に、よもぎ団子臘八粥が嬉しそうな笑顔を浮かべていた。

臘八粥「ふふっ、食べるのが楽しみですね! これもお屠蘇のおかげだわ!」

よもぎ団子お屠蘇姉さんのカッコいい舞台姿も見られたし、景安まで足を延ばして良かったです。」

お屠蘇「まぁ……あんたらは見てただけだからね。」

 その様子を見届けた後、土瓶蒸しおせちへと向き直る。

土瓶蒸しおせち、あんさんにも今回は助けられました。何かお礼をしなくてはなりません。ほしいものはありますか?」

おせち「ほ、欲しいもの……だと?」

土瓶蒸し「望みがあれば、どうぞ言ってください。私ができることならなんでもしてあげますよ。」

おせち「そ、そんなことを急に言われても……そ、そうだ!!」

 おせちは舞台で使ったお菓子の箱に手を伸ばした。

おせち「こ、これをもらおうぞ! 今回の良い思い出となるだろうしな!」

土瓶蒸し「それはもう使い道のないものですから、ほしいなら差し上げますが……そんなものでよろしいのですか?」

おせち「これが良い! なかなか楽しい時間であったぞ、土瓶蒸し! 誉めてつかわす!」

 そう満足げに頷いて、おせちは大層幸せそうに顔を綻ばせた。


初風十四日 夜

桜の島 おでんの店

おでん「ほうほう……催事は大盛況に終わったと。それはよかったですねぇ。」

うな丼「わざわざ光耀大陸まで出向いて失敗したら、目も当てらんないけどな。」

土瓶蒸し「今回は、あくまで景安商会との交流が一番の目的でした。それが叶えば催事が成功するか失敗するかは二の次です……とはいえ、負け戦しにはるばる船に乗って出かけませんけどね。」

うな丼「拙者はうまい酒の土産ももらえたし、何も言うことはない。ここもお主の奢りだしな。おごりの酒はいつもの何倍もうまい気がするぞ!」

おでん「おや、おごりとは。太っ腹ですねぇ、土瓶蒸し。」

土瓶蒸し「商売がうまくいったときくらいはね。景気よくいかないといけませんから。」

 土瓶蒸しは軽やかに笑い、熱々の燗に口をつけた。そのとき、背後の扉がガラリと豪快に開かれた。

おせち「邪魔するぞ、おでん! やっと見つけたぞ、土瓶蒸し!」

土瓶蒸し「おや、おせちじゃありませんか。私になにか御用でも?」

おせち「な、なに! 大した用ではないがな! こ、これをそちにやろうぞ!」

 そうして勢いよくおせちが差し出したのは、今日景安でやったお芝居で使ったお菓子の箱であった。

おせち「べ、別に深い意味はないぞ? 光耀大陸に行ったのが存外面白かったものでな……心ばかりの品じゃ。遠慮なく受け取るが良い!!」

おせち「お主からもらったものではあるが、もらった以上はわたくしのもの。どうしようとわたくしの自由じゃ! 文句はないだろうな!?」

土瓶蒸し「それは構いませんが……」

土瓶蒸し「もし私にくれるつもりだったなら、小道具ではなく商品を差し上げておけばよかったですね。そうしたら、酒のつまみにでもできたのですが。」

おせち「え?」

土瓶蒸し「はい? どうしました?」

おせち土瓶蒸し……もしや、その箱に『和風抹茶ちょこれえと』は入ってないのか!?」

土瓶蒸し「これは小道具です。舞台に食すシーンもありませんでしたし。空箱ですよ。」

おせち「な、なんということだ……!」

土瓶蒸し「そうですか、これを私にくださるとは……思いもよりませんでしたよ、ふふっ。」

おせち「な、なにを笑っておる!! 失礼じゃぞ!!」

土瓶蒸し「ありがたいと思ったのですよ。急にお誘いしたので申し訳なく思っていましたが、少しは楽しんでもらえたようですね。」

土瓶蒸し「今回はなかなか良い商売ができました。そのうえよもや、贈答品まで頂いてしまうとは……今度改めてお礼をさせてください。」

おせち「お、お礼……じゃと? そ、それはなんじゃ!!」

土瓶蒸し「そうですねぇ……では今度、一緒にどこかへ遊びにいきますか。」

土瓶蒸し「あんさんの行きたいところで良いですよ。」

おせち「わ、わたくしの行きたいところ……じゃと!? そんなこと急に言われても……!」

土瓶蒸し「どこへなりとも付き合いますよ。ゆっくりお考えください。おせちがいっしょなら、どこに行ってもきっと楽しいでしょうからね。」


食霊からの手紙

バレンタインのお手紙

御侍はん、お元気ですか?

土瓶蒸しです。


昨日はバレンタインでしたね。


そんな日でも、御侍はんはお忙しかったようですね。

日々充実してらっしゃるならば、良いことと思います。


ただ、体調にはお気をつけくださいな。

御侍様が無理をなさると食霊含め、皆さんが心配してしまいますからね。


勿論私も同じです。いつでも御侍はんの日常が健やかでありますことを祈っております。


さて、私事ですが現在、桜の島で作りましたチョコを『バレンタイン』の商品として光耀大陸に売り込んでおります。


創世日祭にて、光耀大陸の佛跳牆という商人と知り合いましてね。

今回のイベントを企画しました。

なかなか面白い男で、私とは違うタイプの商人です。

これから一緒に仕事をする機会が増えそうですが、御侍はんは彼をご存知ですか?


さておき、本日のお土産はその『和チョコレート』になります。

よろしければお納めください。


まだまだ寒い日が続きます。

お体を大切に、無理なくお過ごしくださいね。


土瓶蒸しより


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タイトル FOOD FANTASY フードファンタジー
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