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厚揚げ豆腐・エピソード

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厚揚げ豆腐のエピソード

見た目や声が子どもっぽいのを気にしていて、背伸びしている。口が悪く、気に入らないことがあったり、子どもに見られたりすると粘着的に絡む。基本的には素直だが、それを表に出すのが照れ臭い。まだまだ子どもっぽさを残している中二病気質の少年である。



Ⅰ.もうひとり

 ……それはもう、懐かしい記憶。

 何度となく忘れようと思っても、何かの折りに顕在化する、忌まわしい記憶。

 この想い出が、自分の中に強く残り続けるのは、きっと……。


***


「御侍様! 御侍様!」

 俺は必死になって御侍の体を揺する。


 室内には開け放たれた襖から、夕日の赤が落ちる。畳敷きの狭い部屋で、布団の上で御侍は静かに目を閉じている。


 部屋には長い影が一つ伸びていた。入口に食霊の湯葉あんかけが立っている。御侍の弟子である僧と契約している彼は、御侍を見ているように、と頼まれたのだろう。騒ぐ俺とは対照的に、静かに俺らを見守っていた。


「……あぁ、厚揚げ豆腐、か」


 嗄れた声で俺の名前を呼んで、ゆっくりと御侍が目を開く。そして、手を布団から出して、俺に向かって伸ばした。その手にはまるで力が籠らず、微かに痙攣していた。


「お前は大丈夫だ。ひとりではない」

「御侍様がいなくなったら、ひとりだ!」


 強く御侍の手を握りしめて叫ぶ。情けない話、俺は号泣していた。


 顔をぐしゃぐしゃにしてしゃっくりあげながら、こんなのみっともないにも程があると思いながらも、俺は叫ぶのをやめない。


「御侍様はさ、俺以外全員の食霊と、契約を解いちまったじゃねぇか! だからもう俺はひとりだ! 俺を残して死ぬなよぉ……!」


 すると御侍様が微かに口の端を上げ、柔らかく微笑んだ。その顔に俺の言葉はピタリと止まる。御侍様の優しい笑顔は、俺をすぐに黙らせてしまう。


「お前は、ひとりじゃない」

 もう一度、御侍様がそう繰り返す。柔らかな笑みとは対照的に、強く意思の籠った言葉だった。


「また、新たな仲間ができるさ。離れていく者もいれば、また手を取り合える仲間も、できるはずだ」

「そんなん、どこに保証がある!綺麗ごと言ってんじゃねぇ!」


 御侍の手に自分の頬を擦らせて、俺はそう訴えた。


 こんなみっともない姿、これまで御侍に一度も見せたことない。これからだって見せるつもりはなかった。


(御侍と話せるのは、これが最後だ)


 そのことを、俺は悔しいけれど、しっかり理解していた。もう二度と御侍の説教を聞くこともない、こうして諭してもらうこともない……そうだ、これは最後のわがままだ。


 駄々をこねているのは承知していた。

 これは良くない、止めようと思った。


 ここで伝えるべきは感謝の言葉だ。

 御侍にしてもらった、沢山のことに対する謝辞を述べる、最後のときだ。


 わかっていながら、俺はその言葉を自分の中で紡ぐことができない。


(これは俺がまだ未熟な証拠だ。俺はなんてダメなヤツなんだ――)


「確かにお前の言う通り。私は食霊たちとの関係を切った。老いぼれに繋がられたままだと可哀そうだからな」


 そこで一息ついて、御侍は苦笑いをする。


「だというのに私は……厚揚げ豆腐、お前のことを召喚してしまった。これは完全に私のわがままだ。だが、後悔はしていない……」


 御侍がもう片方の手でそっと俺の頭を撫でる。そのぬくもりは、初めて出会ったそのときと、なんら変わらない。


湯葉あんかけ、こちらへ」

「……はい。なんでしょう」


 入口付近にひとり立っていた湯葉あんかけが、御侍に声をかけられて、足音も立てずに近づいてくる。


厚揚げ豆腐を、頼む」

「言われずとも、そのつもりです」

「この子と友達になってやってくれ」

「既に、彼は私の友です」

 湯葉あんかけの言葉に、御侍様は安堵の息をついて、再び目を閉じた。


「御侍様!御侍様っ……!」

 俺の問いかけに答える代わりに、御侍はそっと俺の手を握った。


「御侍……さ、ま」

 その力が次第に抜けていき――御侍は、この世を去った。


***


厚揚げ豆腐!大丈夫?」


 その声に、ハッとして目を覚ます。

 まぶしく降り注ぐ光は、夕日ではなく、まだ空高く昇っている日光だ。


あずき寒天……来てたんだ」


 俺は体を起して、声の主を見上げる。

 そこは縁側で、どうやら俺は写経帳を手にうたた寝してしまったらしい。


 彼女の背後から煌々と日光が注いでおり、その表情がよく見えない。ただ普段の彼女は決して声を荒らげるようなことはしないので、きっと自分が呻き声でもあげて彼女を驚かせたのだろうと申し訳なく思い、素直に謝罪する。


「嫌な夢でも、見た?」

 その問いに、俺は長い息を吐いて考える。


 ――今見た夢は『嫌な夢』だったのだろうか?


 その答えは出ず、頭を振って俺は作り笑顔を浮かべる。


「どんな夢見てたか、忘れた」

「そう……でも、今は大丈夫ね」


 彼女はそれ以上追求せず、目を細めて笑った。その表情に、俺は安堵する。


 彼女の名前は、あずき寒天

 俺を召喚した御侍が亡くなって暫く経ってからこの寺へと遊びに来るようになった。


 俺と湯葉あんかけは、それぞれの御侍が亡くなった後、この寺の住職と契約を結び、彼らの手助けをするようになった。


(さて、これでもう何代目の御侍か……)


 数えるのも面倒になり、俺は立ち上がる。


厚揚げ豆腐、起きましたか。そろそろ御侍様が出掛ける時間ですよ」


 基本的に俺は、召喚されたこの寺で、修行僧と同じように生活をする。

 唯一修行僧と違うのは、この寺の住職と契約した食霊として、堕神退治へと出かける。


 それはもう随分と長い間、当たり前の日常として行っていること。

 不満もなければ、文句もない。


 ただ、変化も……ない。


 日々の中で俺は、何も見いだせていない。

 ある日ふと、何の前触れもなく夢に見る、俺を召喚してくれた僧が亡くなるその瞬間についても、その理由はわからない。


 俺は代り映えしない現状を藻掻いている。

 あの頃からさして変わらない自分を、疎ましく感じている。


 例えば、湯葉あんかけのように、常に平静でいられたら。

 例えば、あずき寒天のように、慈悲の心で他の者と接することができたら。


 ――何か、変わるだろうか。


 わからないまま、俺は己と向き合うしかできない。


 いつか。

 身も心も強くなるその日まで。

 そうしたら、わかることがあるかもしれない。


 何も掴めない空虚な現状の中で、俺は手を伸ばし、強く握りしめる。


 鍛練しよう。

 己と向き合うことを続けよう。


(そして、いつか……何かを掴めたら!)


「よっし!堕神退治に行くかっ!」


 俺はガッツポーズをし、ふたりと共に、住職の元へと向かった。

Ⅱ.強さとは

 俺を召喚してくれた御侍が亡くなって、長い日々が流れた。

 御侍の子、そして更にその子どもにと、俺たちは仕えていた。

 彼らは食霊である俺たちを差別するようなことはなく、いつでも温かく接してくれた。


厚揚げ豆腐、探しましたよ」

 寺の手伝いが終わり、俺は休憩時間を利用して、庭で鍛錬をしていた。

 すると湯葉あんかけがやってきた。

「どうした、湯葉あんかけ

「御侍様が、堕神退治に行くと」

「わかった、すぐ支度する」


 俺と湯葉あんかけは、それぞれの御侍が亡くなった後、寺の住職の計らいで、彼らと契約を結んだ。

 召喚という手段ではなかったが、皆俺たちによくしてくれた。それが何代と続いて、そんな日常が当たり前になってきていた。


「強くなりたい」

 なんとか敵を打ち負かせたものの、やはり己の力不足を実感して、俺は嘆息する。

「十分、貴方は強いですよ」

 御侍がそう柔らかな声で告げた。

「役に……立ってるか、俺」

「役立たずを連れて行くほど、私は優しくありません」

 軽やかに御侍は笑って、そっと俺の肩を叩く、その温かさに、俺は少しだけ不安が拭われる。


厚揚げ豆腐の望む『強さ』とは、なんですか?」

 不意に湯葉あんかけから訊ねられる。

「何って……」

 わからず聞き返すと、湯葉あんかけはまっすぐに俺を見た。


「どれくらい『強く』なれば、良いと考えていますか?」

「どれくらい?」

「質問を変えましょう。どのくらい強くなりたいですか?」


俺はその湯葉あんかけの質問に何も言えなくなってしまう。

そんなこと意識したことがなかった。


「ただ、俺は……誰にも負けたくないんだ」

そんなことを呟いて、それはすぐに無謀な願いだと気付く。


 もちろん、どんな敵にも負けない食霊になれたら、いいと思うけれど。

 俺は幸か不幸か、自分より強い存在というのが身近にいなかったのだ。


 この場合の『強い』は、戦闘能力が高いこと。俺には師匠と呼べるような人はいなかったし、強さの指針になる存在はなかった。


湯葉あんかけの周りにはいたか?」

「強い者ですか?いましたよ」

「おおお!それはどんなヤツだ!?」


 俺は期待に胸を膨らませる。


「彼は……いい奴でしたよ。腹立たしく思うこともありましたがね」

 その顔は若干の不快さと心地よさを兼ねていた。そのような湯葉あんかけの表情をこれまで見たことがない。俺はその男が俄然気になってしまった。


「そいつとは友達だったのか?」

「友……そうですね、どちらかというと『悪友』という方が相応しいでしょうか」

「悪い奴だったのか」

「若りし頃、まだ己の制御ができず、彼とは何度もぶつかり合いました。その分気を許せたし、だからこそ憎いと思うこともありました」

「へぇ……」

「彼は、私にとって特別な『友』です。それは間違いありません」


 その男の名は『湯葉の野菜春巻き』と言った。彼が戦い、湯葉あんかけがサポートする――今でいう、俺と湯葉あんかけのような関係だったようだ。


「俺とそいつはどっちが強い?」

湯葉の野菜春巻きですね。仲間たちも彼がいると安心して戦えました」

「剣でばっさばっさ敵を切っていくようなタイプなのか?」

「彼は前線で戦うタイプではなく、策士的な立ち位置でした。力だけでは彼に勝てない。だからこそ、仲間であることに安心を覚えます。敵にはしたくない相手ですね」

「へぇ……」


 それは、俺が湯葉あんかけに感じているような感想だった。だから、その湯葉あんかけがその男にそのような感想を抱いていることが、とても不思議だった。


「やめてください。あいつに似てるなんて!冗談でも……耐え難い」

 その顔からはあからさまな嫌悪感がにじみ出ていた。他人に対してこのように感情をむき出しにする湯葉あんかけを俺はこれまで見たことがない。


「じゃあ、とりあえずそいつを目標にしてみるか。仲間に頼られる男って、強そうだし」

「まぁ……強さだけを目指すのであれば、悪くはないでしょう」

 少しだけ言葉を濁して、湯葉あんかけは呟いた。


***


 それからまた暫く経って。

 俺は変わらず寺を手伝いながら鍛錬を重ねていた。

 もっともっと強くなるために――顔すら知らない『湯葉の野菜春巻き』のように、頼りになる男になれるように。




 そんなある日、あずき寒天がこの寺に遊びにくるようになった。

 彼女は、町で旅館を営んでいる御侍の食霊で、彼女の御侍とこの寺の住職である今の御侍は仲が良いようであった。


俺から彼女に自ら話しかけることは殆どなかった。それは、ここに来たら彼女のほうから声をかけてくれたからである。


 彼女のことは嫌いではなかったが、何を話していいかわからず、少しだけ苦手に思っていた。


 すると彼女の御侍からあずき寒天をどう思っているか尋ねられた。


「もしあの子のことが苦手だったらと、気になってね」

 その言葉に俺は慌てて答えた。

「き、嫌いじゃねぇよ!ただちょっと……照れ臭いだけだ」

 最後のほうは殆ど掠れるような声になってしまった。そのことが俺は恥ずかしくなってふいとそっぽを向いた。


「そうか、それならよかった。安心したよ」


***


 程なくして、あずき寒天の御侍は亡くなった。そして、彼女はこの寺へとやってくる。


「これから、あなたと一緒にこの寺のお手伝いをすることになったの」

 まっすぐな大きな瞳を彼女に向けられて、俺はどう答えていいかわからなかった。


「これから、よろしくね」

 すると彼女はふわりと微笑み、そっとその小さく柔らかな手を差し出してきた。その手を取らないのはなんだかひどく悪い気がして――俺は彼女の手に自分の手を伸ばす。


 すると、その手は少しだけ冷たい。そのぬくもりに俺は僅かに動揺し、たまらずその手を振り払った。


 俺の態度に、彼女は目を見開いてきょとんとする。


「あ……いや、その。少し驚いただけだ」

 慌てて俺がそう答えると、彼女は目を細めて、ほっとした様子で息をついた。


「そう、良かった」

 彼女が笑ったのを見て、俺は胸を撫で下ろす。何故か、彼女の悲しい顔は見たくなかったから。


 またそれから長い時間、俺はこの寺にいることになる。

 何度も住職が代替わりし、そのたびに俺は新たな住職の食霊として契約を交わして。


(俺の目指す『強さ』ってなんだ?)


 その疑問を抱えながら、俺はこの後もずっとこの寺で過ごしていた……。


Ⅲ.剣を手に

 日々が過ぎていく。

 あずき寒天を召喚した御侍が亡くなって、彼女を任せられた寺の住職も亡くなって……何年が過ぎただろうか。


***


 俺は、まだ日が昇らぬうちに布団から出てひとり外で剣を振るう。

 寺の朝は早い。だから朝の練習は僅かな時間だった。

 けれど、そうした努力はきっと実を結ぶと俺は信じている。


「例え目に見える強さにならずとも、貴方の心を鍛えてくれます」


 そう言ったのは、俺にこの剣をくれたこの寺の住職だ。

 当然俺は、彼とも食霊として契約し、その死を見送った。もう何人目だろうか、さすがにもう最初の御侍のように泣かなくなった。

 これは、食霊の運命である。


「今日も早いね」

 そう声を掛けてきたのはあずき寒天だ。

「ごめん、うるさかったか」

「ううん。少し夢見が悪くて、起きただけ」

 彼女は柔らかな笑みを浮かべる。俺はその言葉を素直に受け取ることにした。




 俺はまた剣を振り始めた。あずき寒天は、縁側に腰かけて、俺の様子を見ている。

 僅かな居心地の悪さを感じ、俺は振り上げた手をゆっくり下ろして剣を収める。


「ケガは大丈夫?」

 そう声を掛けられ、俺はまっすぐに前を見たまま呟いた。

「あの程度のケガ、寝たらすぐ治る」

「すごく血が出てたよ」

「そんなの。堕神と戦っていたら普通のことだろ?」

 そう言ったあと、俺は強く柄を握った。

「うん。でも、ケガをしたら痛いから。やっぱり心配だよ」


 俺はそこで剣を止める。

「……俺がもっと強かったら、あんなケガすることなかった」

「それは私も同じだよね」

 彼女は縁側の下に置かれた下駄をつっかけて、俺の傍にやってきた。

 そしてぱしっと軽く俺の肩を叩き、笑顔で目を細めた。

「お互い、強くならないとね」

「……そうだな」

 俺の言葉には「うんうん」と頷く。

「これからも、一緒に御侍様のために、強くなろう!」

 それは、とても励みになる言葉だった。

 一人ではないということが、これほど心強いとは。


湯葉あんかけあずき寒天が居れば、俺は大丈夫だ)


「悔やんでる暇はねぇな。もっと、強くならなきゃ」

 きっと俺はまだまだだ。

 腕どころか、心すら全然育っちゃいない。


「早く元気になって、また私たちと一緒に、頑張って戦おう!」

 ガッツポーズをとって、その手を俺に向かって差し出してきた彼女に、俺は自分もこぶしを作って突き出した。


 こつん、と当たったその手が、少しだけくすぐったい。


――もっと、強くなりたい。心も体も。


 俺は、新たにそう決意を強くした。


Ⅳ.絆

 ――湯葉あんかけがおかしい。

 そのことに気づいていたのは、俺だけじゃない。あずき寒天も当然気づいていた。

 三人が御侍の元で堕神退治をするようになって、長い時間が経った。

 今の御侍も、もうすぐその命が尽きようとしている。

 既にこの寺は、彼の息子が継ぐことになっているから、俺たちはまた同じようにこの寺で過ごすのだろう。

「代わり映えのしない、日常だ」

 そう、湯葉あんかけは呟いた。


***


 そして御侍が亡くなって、俺はその息子と契約をした。

 これからも変わらず、また同じような日々を過ごすのだろう、と俺は思っていた。


 朝早くに起きて剣を振るった。そのあとは寺の住職たちと一緒に寺の仕事と修行をし、御侍に頼まれたら共に堕神退治に出ていく。そのときは、あずき寒天湯葉あんかけも一緒だった。


 だから俺は彼らも俺と同じように御侍と契約したものだと思っていたし、これからも湯葉あんかけの言う『代り映えしない日常』が続くものだとばかり思っていた。




 そんなある日、夜遅くまで湯葉あんかけはまた御侍と話し込んでいる。ここ数日、毎日だった。

湯葉あんかけは、まだ御侍のところか?」

「そうみたいだね。いろいろお話してることがあるみたい」

「そっか。俺たちにも話してくれたらいいのにな」

 不服そうに言った俺に、あずき寒天は肩をすくめて息をついた。

「きっと湯葉あんかけは話さないだろうね。彼は、そういう人」

あずき寒天は、気にならないのか?」

「気になるなら、聞けばいいんじゃない?」

「それができたら、そうしてる」

「うん、それが厚揚げ豆腐だよね」

 彼女は深く頷いて、目を細めて笑った。

「んだよ、バカにしてるのか」

「違うよ、『らしい』なって」

「『らしい』ってなんだ?」

「自然ってことだよ」

 そこで彼女はポンと俺の肩を叩く。そこに蔑むような感情は見えなかった。

「おやすみ、厚揚げ豆腐

 でもちょっとだけ面白くなくて、俺は視線を逸らして呟いた。

「……おやすみ」




 そして自室に戻って、布団に潜り込む。


 ――きっと、彼女の言う通り。


 湯葉あんかけは、聞けば教えてくれるだろう。けれど、話してくれないことを無理に聞き出すのは、どうにも座りが悪い。


「どうしたもんかな」

(彼は、湯葉の野菜春巻きにはこうした悩みを話すだろうか?)


 わからない。湯葉あんかけのことを、俺は思った以上に理解してないらしい。

「くそっ!」

 やり場のない憤りに、俺はそうひとり毒づいて、布団を頭から被って眠った。


***


 ――翌日。

 湯葉あんかけから「話がある」と声をかけられる。

 あずき寒天も一緒だった。いったい何の話かと、俺はまるで見当もつかなかった。


「冗談だよな?」

 驚いて俺がそう聞くと、湯葉あんかけは表情ひとつ変えずに答えた。

「これは、御侍と話して出した結論です」

 その瞳に迷いはない。

 俺は、慌ててあずき寒天を見る。彼女は落ち着いた様子で、お茶の入った湯飲みを手に取り、それを飲んでいる。彼女は、この話を平然と受け止めているようだ。


「……ここを、本気で出て行くのか。それでどこに行くつもりだ?」

 だから、俺は慎重にそう訊ねた。

「決めていません。それが決まらないから、今日までなかなか決断ができませんでした」

「だったら、決まるまでここにいたらいいだろ」

「それでは、何も変わらない」

 きっぱりと彼は告げる。

「私は変えたいのです、この日常を……そして、私自身を」

 その声には強い意志が感じられた。


「何を変えたいっていうんだ?お前は、何を悩んでるんだ」

 これまで、こんなことを彼に言ったことはなかった。彼はいつも冷静で、十分に成熟していると思ったから。

「私は、ずっと湯葉の野菜春巻きに囚われている。それを、変えたいのです」

 苦い顔で、湯葉あんかけはそう言った。


「囚われている?」

「……私は、彼と対等でありたい」

「対等じゃないのか?」

「私の心が彼に囚われている限り、対等にはなり得ないでしょう」

 ずっと、彼に劣等感を抱いている――そう湯葉あんかけは言った。

「悩みました。けれどこの気持ちはどうしても拭えない。私は、この気持ちと向き合わなければなりません」


「それが、ここから出て行くことなのか?」

「ここにいて変われたら良かったのですが、そうはならなかったので」

 だからここから出ていく、と……それは、決別の言葉だった。彼の心はここにはない。

「だったら勝手に行けばいいだろう! なんで俺たちにそんな話をするんだ!」

「ふたりは私の大切な『友』だからです」

 俺の激昂とは反対に、彼はひどく冷静にそう告げた。


「貴方たちと共にした時間は、私にとって代えがたい経験で想い出です。これからも貴方たちとの絆は無くしたくない」

「勝手なことを……」

「そう思ったので、私は話をしてから出て行こうと思いました」

 たとえ、ふたりにその気がなかろうとも。自分にとってはずっと『友』であると。

 ああ、彼の決意は変わらない――もう、これは決まっていることなのだ。




「既に伝えたけれど。私にとって貴方は、たとえ距離が離れようとも、その心まで離れるとは思っていません。ずっと『友達』です」

 あずき寒天が言った。

「……知ってたのか、あずき寒天

「聞きましたから。貴方は聞かなかったみたいだけど」

「お、俺に聞ける訳ないだろ!」

「そうね。私は聞いた――それだけ」


 また冷静にそんなことを言われて、俺は口をへの字にして湯葉あんかけに向き直る。


「きゅ、急にそんなこと言われたって、どうしていいのかわかんねぇよ」

「出て行くまで、数日あります。何かあれば聞きますよ」

 湯葉あんかけが言った、その言葉に、その場は一旦お開きになった。




 俺は考える――今、ここで俺ができることはなんだろう?


 湯葉あんかけを見送るのか?

 それとも……一緒についていく?


 まるで考えてなかった新たな選択肢に、俺は怯んでしまう。


(俺は弱い。こんな状態で、湯葉あんかけについていってどうなる?)


 結局、俺は湯葉あんかけが出て行くまでになんの決断もできず、何も聞くことができなかった。

 結局、湯葉あんかけを黙って見送ることとなった。


***


 旅立ちの日。彼はどこで手に入れたのか、洋装に身を包み、帽子を深く被っている。

「また、どこかで」

 手を差し出され、俺は一瞬躊躇するも、その手を取った。

 そうして彼は寺を後にした。


「ふたりになっちゃったね」

「そうだな」

「いつか、厚揚げ豆腐も出て行くかな?」

「そう……かもな」


 そう答えつつも、俺にはまだ未来なんて見えなかった。

 ただ強くなりたいと――誰も、傷つかないような強い男になりたいと、そんな願いしかなくて。


 湯葉あんかけの旅立ちをきっかけに、これから自分はどうしていくべきか、俺は深く考えるようになった。


(考えよう、これからのこと)

 後悔しないように――


 強く、そう願った。


Ⅴ.厚揚げ豆腐

 厚揚げ豆腐は、桜の島に住むとある寺の僧に召喚された。


 彼はその僧が最後に召喚した食霊だったこともあり、沢山の愛情を注がれて成長した。


 厚揚げ豆腐は、湯葉あんかけあずき寒天という仲間の傍で、強くなることを望んだ。


 『強さ』のイメージは、湯葉あんかけから聞かされた、会ったことのない湯葉の野菜春巻きという者であった。


 湯葉の野菜春巻きは、同じ御侍に召喚された湯葉あんかけの兄弟食霊である。


 厚揚げ豆腐が召喚されたとき、彼の御侍は他の食霊とは既に契約を解除しており、彼にはそのような存在がいなかった。


 厚揚げ豆腐はそんなふたりを少しだけうらやましいと感じていた。


 しかし、湯葉あんかけは、その兄弟食霊に『囚われている』と、その呪縛から逃れるため、寺から出ていった。


 それを不幸に思うと同時に、やはり若干の羨ましさをその心に残した。


 厚揚げ豆腐には、それほど心を焦がす存在がなかったからだ。


 湯葉あんかけを見送って、厚揚げ豆腐あずき寒天と共に御侍を助けるため、寺の手伝いをしながら、今日も剣を振るっていた。


 ――少しは強くなれただろうか?


 心も体も、まだ彼の満足には至らない。厚揚げ豆腐は、焦りを感じ始めていた。


 このままここにいたら駄目なのではないだろうか……そんな焦りを。


***


 厚揚げ豆腐は、朝は誰よりも早く起き、剣を振るい、戦闘になればストイックに技を磨く。勉学にも励み、日々研鑽に努めていた。


 彼の見た目から、最初は侮った態度を取る人間もいるが、次第に彼を敬うようになっていく。それが、この寺の日常となっていた。


(俺は……変わっただろうか?)


 厚揚げ豆腐はそんな疑問を抱くも、どこかで『代わり映えしない日常』だと感じていた。


 服装を変えてここから出て行った湯葉あんかけの居場所は不明だった。たまに届く手紙だけが、かろうじて彼の『今』を知ることができる手段だった。


 しかし、いずれこんな手紙は届かなくなるような気がする。

 ここと繋がっていることは、彼の『変われない』要因のひとつな気がして。


 同じように感じているのか、湯葉あんかけからの手紙の頻度は減っているように思う。


(俺の望む『強さ』とは、ここで得られるものなのだろうか?)


 いつの頃からか、厚揚げ豆腐はそんな疑問を抱くようになってきた。




「初めまして、私、湯葉の野菜春巻きと申す者です」


 そんなある日。

 厚揚げ豆腐あずき寒天のいる寺に、湯葉の野菜春巻きと名乗る食霊が現れた。


「ああ、急に押しかけて申し訳ありません。私は湯葉あんかけという食霊がこの寺院にいたと伺いまして訪れた次第です」


 唖然として言葉が出ない厚揚げ豆腐に代って、湯葉あんかけについて、わかっていることをあずき寒天湯葉の野菜春巻きに話して聞かせた。


 彼は腰まで伸びた髪をバッサリ切って、洋装に身を包み、ここから出て行ったこと――

 そして、今は料理御侍ギルドの世話になって、津々浦々で堕神退治をしていること。


 湯葉の野菜春巻きは黙ってその話を聞いていた。そして、厚揚げ豆腐が話し終えると、ゆっくりと茶を飲み干し、小さく嘆息した。


「そうですか。まさかもうここにいないとは……けれど彼の現状を聞けたのは朗報です。料理御侍ギルドの世話になっているならば、すぐに見つかりそうですね」


 サラリとそう告げた湯葉の野菜春巻きに、厚揚げ豆腐は大きな目を更に丸く見開いた。


「お前、湯葉あんかけのところに行くつもりか!?」

「ええ。そのつもりですが、何か?」

「何かって……ううっ」


 厚揚げ豆腐あずき寒天を見る。しかし彼女は落ち着いた様子で厚揚げ豆腐の入れた茶を飲んでいた。


「おいお前、俺と勝負しろ」

「はい?」


 きょとんとして湯葉の野菜春巻きが首を傾げた。


「お前は強い食霊だって湯葉あんかけが言っていた。だから、その腕を試させろ。剣で勝負だ!」

「ちょ、ちょっと厚揚げ豆腐!?」


 止めるあずき寒天の声を振り切って、厚揚げ豆腐は客間から出ていく。


「す、すみません!厚揚げ豆腐ったら」

「いえ、何か事情がありそうですし。ただ、私はそんなに剣の扱いに長けてないんですよねぇ……」


 厚揚げ豆腐が持ってきた剣で、ふたりは戦った。全力で立ち向かった厚揚げ豆腐だったが、その勝負はあっという間についた。


「なんでだよ……!」


 決して厚揚げ豆腐の剣筋が劣っていた訳ではない。『読み』の点で、明らかに湯葉の野菜春巻きが勝っていただけだ。


「こんな……手も足も出ないなんて」

 唖然として厚揚げ豆腐は地面に膝をつく。


「貴方の戦闘スタイルは『まっすぐ』過ぎますね。腕は悪くない。ただ、頭を使った戦い方ではない」

 けれど、本能に任せて勝てるほどの才能もない――と湯葉の野菜春巻きは、穏やかな口調の割に手ひどく厚揚げ豆腐を評価した。


「くそっ! 湯葉あんかけの言う通りだ……お前は強い、俺よりも。だから、俺を弟子にしろ」

「はい? なんですって?」


 驚いて湯葉の野菜春巻きは丁寧に弟子入りを断る。自分はこれから湯葉あんかけを探しに行かねばならないし、戦闘を他の者に教えられるほど、強い食霊ではないから、と。


「勝ち逃げは許さねえ!俺は――お前に勝たなきゃならねぇんだ!」

「よくわかりませんが……」


 まるで引く気のない厚揚げ豆腐に、湯葉の野菜春巻きはこめかみを数回、指で叩く。


「では、こうしましょう。私と共に、湯葉あんかけを探す旅に出ませんか?」

「あ?」


 一瞬何を言われたか、厚揚げ豆腐は理解できなかった。


「こうして彼を探しているものの……少しだけね、彼と再会するのが怖いのですよ」

「俺を保険にするつもりか?」

「その理解で結構ですよ。どうします?」

「俺は――」


 そこで厚揚げ豆腐あずき寒天を見る。彼女は黙って縁側に腰かけてふたりの様子を観察していた。


「自分の思った通りに。それが厚揚げ豆腐らしいから」

「俺『らしい』か……」


 その言葉に、厚揚げ豆腐は背中を押された気がした。

 闇雲に強くなるよりも、目標が欲しい。

 湯葉あんかけに、「湯葉の野菜春巻きより強い」と認められたら、そのときこそ強くなれたと思えるような気がして――


***


「じゃあ、行ってくる」

「うん。良かったら、手紙を頂戴」

「お前は、いつまでここにいる?」

「出るべきときだと思ったら、そのときは出ていくよ」

「そう……か」



 彼女を止める権利など、厚揚げ豆腐にはなかった。けれど、きっと離れても、どこかで再会できる気がしていた。


「またみんなでお茶を飲もう。厚揚げ豆腐の入れたお茶は、おいしいから」

「おう。腕を磨いておくぜ」


 厚揚げ豆腐は手を握って、あずき寒天に差し出した。彼女はにっこり笑って、その手に自分のこぶしをコツンと当てた。




 そうして、厚揚げ豆腐湯葉の野菜春巻きと旅立った。

 その道中に何度も彼はイライラしつつ、けれども湯葉の野菜春巻きをどんどん好きになっていった。


 そしてふたりは道中で、湯葉あんかけがナイフラストの料理御侍ギルドの世話になっている、という情報を掴んだ。


「よっし!行くぞ!ナイフラストへ!」

 その掛け声に、わずかな溜息と緊張を含んで、湯葉の野菜春巻きが答える。

「覚悟を、決めましょうか。彼には、どうしたって、会わなければなりませんからね」


 ――ふたりが、湯葉あんかけに再会するまで、あと少し。


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  • 最終投稿日時 2020年10月08日 18:09
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