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タコわさび・エピソード

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タコわさびのエピソード

争い事に参加したくない、それと同時に他人に邪魔される事を嫌い、強い領土意識を持っている。自分の壺の中で静かに眠りたいだけ。しかし、桜の島の特別な事情により、誰もが縄張り争いをしているため、行動せざるをえない。この時彼は初めて自分が凄い戦闘力を持っている事を知る。そして自分が毒舌である事にも気付いた。


Ⅰ呪い

「あいつらを呪ってやる」

「求めている安寧が永遠に来ないように!」

「貧しさに苦しむように!」

「最終的に何も得られないょうに!」

「自らの悪意によって蹂躙されるように!」


怨念というのは女性の特権じゃない。


俺は少年の呪いから生まれた。堕神によって少年の皮膚は引き裂かれ、少年の体から流

れ出た血が海水を赤く染めた。


あの堕神たちは強いとは言えなかった、俺の触手なら簡単に引き裂く事が出来た。


俺は息も絶え絶えな少年を連れて海面に上がり、周囲を見回した。少年を陸地に連れて

行こうとした時、弱弱しい力によって袖が引っ張られた。


「俺......ゲホゴホッ......帰りたく......ない......」


俺には逆らう気持ちはなかったから、逆側の小島に連れて行った。


そこは堕神に占拠された島、その上にはごつごつと重なっている巨大な石が立っていた。


堕神を追い払って、今にも息絶えそうになっている少年を見つめた。


「何か願いはないか?」


俺は少年の呪いから生まれた、せめてーつぐらい報いなければならない。

俺に少年の命は救えない、だから願いを叶えて報いるしかない。


「あいつらの望みが全部叶わず、絶望の中で死んでいって欲しい!」


少年も自分の身体の事がどうなっているのかわかっていた。口から出た言葉には血が滲み、張り詰めた目は悪鬼よりもおどろおどろしくなっていた。


俺は静かにその蒼白の顔を見つめた。少年は弱弱しい手をゆっくりと上げて、空に向かって伸ばした。


しかしすぐに力が抜け、呪いの言葉だけを残して、その目からは光がなくなった。少年は死んだ。


死とは、俺のような存在にとっては存在しない概念だ。


少年の見開いた両目は空を凝視したまま、歪んだ顔には亡くなる人が持つべき穏やかさはなかった。

その強烈な憎しみによって最後の平静を奪われた。俺は屈んで、少年の両目をそっと閉じた。


少年が生前生活していた村落に行った。


そこは普通の村落となんら変わりはなかった。


むしろ普通の村落よりも裕福で繁栄しているように見えた。


全ての人が堕神を避けて生活している時代では長年の風習である祭祀によるもの。

このように穏やかに生活できるのは、全てただ祭祀で捧げる供え物は、村落で身寄りのない者を選んで生贄にしている。


やつらは少年を騙し、子どものいない貴族が幼い子どもを引き取りたいとのたまい、少年の幼い弟たちを一人ずつ奪っていった。


可哀想な人が皆生贄にされた後、少年が次なる標的にされた。


少年には身寄りはもうないので、一番良い人選だった。


そしてその時になって、少年はやっと真相を知る事に。


この海には、巨大な力が眠っている。


やつらは古い伝承に従い、同胞を生贄にし庇護を得た。村落そのものを外界から、堕神から見えなくさせた。


少年に会った海底で、小さな蜃海楼を見つけた。


枯れ果てた骨の上にある平穏なんて。

俺が手を下すまでもない。


必要ない人らが全員いなくなった時、やつらは知り合いから生贄を選ばざるをえなくなるから。


やつらは少年が望んだ末路に辿り着くだろう。

ーー自らの悪意によって自らの退路を断つ事この空っぽな島に棲みつき、静かにやつらの結末を待っていた。

Ⅱ 酒

生賛は一人ずつ海に入っていった。そのほとんどが強いられた者たちだ。


自ら生贄に志願した人間は一人しか知らない処に揺やかだった。それは少女だった。海に投げ込まれた時、好奇心から、彼女が死の苦痛を経験しても穏やかでいられるのかどうかを、海底に沈んで確認しようとした。


しかし彼女はあの少年同様、虚空の中から俺と同じ存在を召喚した。その存在が彼女を救い岸に上がった。


やつらの伝承は本物だったようだ。海底にある力が彼らの願いを叶えてくれた。


少女に召喚されたやつは俺の存在に気付き、彼女らに近づいて行く俺を警戒して見ていた。


「貴方が.....海神様ですか?」


俺はやつの背後に隠れている少女の疑問に答えず、自分の質問をぶつけた。


「どうしてやつらのために命を差し出した」

「私の命で家族が助かるなら、命を差し出すのなんて構いません」


答えを聞いて、その場を離れようとした俺はやつに呼び止められた。

「あの.....御侍様とこちらに住みつこうと思うのですが、宜しいでしょうか?」

「好きにしろ」


その少女は酒造りを生業に生活し始めた。彼女によると、彼女の家で造られた酒は祀るために、神に飲ませるために造った物、敬虔な気持ちを持っていなければ造る事はできないと。彼女は怯えながらも俺が普段休んでいる岩穴の近くに酒を持ってきてくれていた。


俺はそこで初めて酒の味を知った。

美味しい、この味は好きだった。


この時初めて人間という存在を喜ばしく思った。


その後、彼女が召喚した海苔というやつは海底から次々と人を救った。その中にはその少女の家族もいた。


しかし全ての人が海苔の助けが来るまでに持ちこたえられる訳ではなかった。

少なくとも彼女の妹は恵まれなかった。


少女は引きつった笑顔を見せた。

そして、彼女の目尻からは涙と呼ばれている物が流れ落ちた。


見ろ、例え命を代価にしたとしても、やつらは反省したりはしない。

人間は悲しむ時、涙を流すらしい。俺を召喚したあの少年も.....涙を流した事があるのだろう。ただ彼の涙は全て海水に呑み込まれ激しい恨みと化した。


この日以来、少女は村人たちを助けるよう俺を説得しなくなった。海苔に堕神を退治するようお願いしなくなった。


見ろ、どんなに善良な人間も恨みを持つようになる。


その後、この小島にある青年が漂流してきた。

少女はしばらく躊躇った後、彼を救った。


二人は食霊にとっては短すぎる歳月の中で愛し合い、守り合った。


彼女らは酒造りの方法を海苔に教えた。

海苔は必死で全ての工程を覚えたが、彼女たちと同じ味を造り出す事はできなかった。


彼女の夫は彼女より早く亡くなった。彼女がこの世を去ろうとした時、俺は彼女の顔を見に行った。


彼女は淡い笑みを浮かべながら、酒を造る方法が描かれている冊子を俺の手の上に置いた。


絵でいっぱいになっている冊子を見て俺は困惑したが、すぐに気付いた。

そうだ、忘れていた。彼女は字が書けない。


この土地の人々にとって、字を習う事、勉強する事は貴族の特権だった。ましてやつらに物扱いされていた少女が書ける訳がない。


「海神様.....今になっても貴方様のお名前を存じ上げませんが、貴方様が私のお酒を気に入ってくださっている事だけはわかっています.....申し訳ありません、今後はもうお酒を造って献上する事は出来ません。今後、もし私のような運の良い娘が助かる事があるのなら、これをその娘に渡してください。その娘はきっと、もっと良い酒を.....造ってくれます......」


彼女は老いた。痩せて骨ばっていて、白髪だらけ。しかし顔には出会った頃と同じような笑顔を浮かべていた。


そして、彼女は死んだ。

あの少年と同じく死んでいった。


あの少年と違って安らかに。


人間というのは本当に変わっている。


Ⅲ 蜃海楼

彼女らが死んでから、この島には俺と海苔しか残っていない。俺たちは島を半分に分けた。俺の方は日陰になっていて心地が良く、静かで涼しい。


海苔はたまに酒を造って飲ませてくれる事はあるが、俺の邪魔をしに来る事はない。


俺もこの島を離れた事もあったが、外の騒々しい環境は俺を苛つかせた。


やはりここみたいな静かな場所の方が良い。


島を離れた時、俺がいたあの島はいつからか人間によって八岐島と呼ばれるようになっていた事を知った。


堕神は人間から「怪物」と呼ばれ、そして俺たちは「妖怪」と呼ばれた。


これを蔑称だと感じる者もいたが、俺からすると人間に束縛されている「食霊」より、よっぽど良かった。


まあ全部俺には関係のない事だ。俺の生活には静かな睡眠さえあれば良い。


ただ海苔は今でも時々海底から生贄にされた人を救いあげている。生き残る者があれば、死んでしまう者もいる。生き残った者はこの島を出る者もあれば、この島に住みつこうとする者もいた。


俺にとって、俺の方の生活を邪魔しないのならどうだって良かった。


しかし救われた人全員が海苔に感謝している訳ではなかった。生き残って海苔によって島の外に送り出された人が、「怪物」を撃退できる海苔を使役しようとして、他の人間たちを連れて島に上陸しようとして来た事もあった。


うるさかったから、俺はやつらを罰して、ここから追い出した。

生き死に関わらず。


その後、海苔は頻繁に俺の傍に来ては彼が造ったお酒を差し出してきた。

そして敬虔に俺の事を「八岐様」と呼ぶようになった。


まあ良い.....好きにしたら良い.....

ただ彼が造った酒はどんどんうまくなっていった。


人間は本当に変わってる、弱いくせに絶滅しない。


俺が待っていた結末は一向にやってこない。


百人にも満たない小さな村落、そこにいたどうでも良い人間たちが全員死んだ後、やつらはよそ者をたぶらかすようになった。その後は、村落にいる女子や男手にまで手を出すように。


人がいくら減っても、やつらは消えたりしない。


やつらの体は俺たち「妖怪」よりも遥かに弱い、俺たちのような力も持たない。弱すぎて「怪物」に引き裂かれてしまう。


しかしやつらは依然としてしぶとく、あらゆる手を使って、生き延びてきた。


俺はこのような日々は、海面のようにずっと穏やかに過ぎていく物だと思っていた。


しかしある日、村落を守ってきた力が完全に弱まった。


そうだ、やつらの祭祀には何の意味もない。

人間ごときの弱い霊力で、例え命を祀ったとしてもあの力を永遠に維持する事は出来ない。


逆に彼らの願いがあの力の中の霊力を吸い取り、本来召喚される事のない俺と海苔を召喚した。

その霊力が再び吸い取られた時、霊力を失ったそれはようやく俺たちの前に正体を現した。


俺は遂にあの人間たちを庇護してきた小さな建物に触れる事が出来た。「蜃海楼」と読み取りづらい字でその名が刻まれていた。

もしかしたら、俺は遂にあの少年へ報いる事が出来るのかもしれない。


Ⅳ つまらない日常

どうして蜃海楼が突然全ての力を失ったのかはわからない。


村落の近くで逃げ隠れている、命を宿したような長髪を持った怪物を発見した。


ソイツは直接人間を引き裂く力を持っていながら、やつらの非難、罵り、攻撃に耐えた。


俺はソイツを連れて帰った。


海苔のように、ソイツを八岐島に置いた。


俺たちは「妖怪」だ。俺たちは人間を理解する事は出来ない。


あの少年はどうしてあのような強い恨みを持っていたのか、あの少女はどうして自分の恨みを捨て置く事が出来るかを、俺が理解できないように。


俺が唯一知っているのは、人間という存在はいつも代価を払わず何かを得たいと思っていて、そして永遠に教訓を得る事が出来ない。


やつらは蜃海楼の力が消えた後も現実を見つめ直す事は出来なかった。

むしろ狂ったように、やつらが「怪物」と呼んだ堕神に生贄を供えるようになった。


やつらは「怪物」たちが満腹になれば傷つけてこないと思っていたのだ。


見ろ。

やつらは決して過ちを認めたりしない。


本当に......もう見飽きた.....


こんなつまらない日々がずっと続いていた。

やつらは過ちを繰り返し、かえって酷くなっていった。


この島の外にある桜の島にも徐々に天地がひっくり返るような変化が見えるようになった。


「怪物」はより一層猛威を振るうようになり、人間に駆逐されていた筈の「妖怪」たちも新たに地位を確立した。


やつらは俺を探しているようだが、俺は参加する気はなかった。


「紅夜」だけじゃない、どんどん増えていく堕神も、荒れていく海面も。


これら全てが俺に告げた、きっと面倒な事になると。


だから、俺は蜃海楼を使ってハ岐島を隠した。


こうする事で、全ては元の穏やかな日々に戻るだろう?


俺は穏やかな海面を眺めた。

気が付くと岩穴の近くまで歩いていた。中で酒を造っている海苔中華海草は俺の存在に気付いた。


彼らは驚きながらも俺に向かって嬉しそうに手を振った。


どうしてあんなに喜んでいるかはわからなかったが、まあ良い、これで良い。


Ⅴタコわさび

タコわさびは冷たい。


彼の冷たさは.....残酷とまで言えるだろう。


彼は他人からの評価を、目の前で起きたどんな出来事も気には留めない。


全ての出来事は彼にとって「起きた事」に過ぎない。


彼は他の食霊のように生まれ持って人間に善意を持っている訳ではない。そしてある食霊たちのように人間に対して強い悪意を持ってる訳でもない。


彼はまるで傍観者だ。ただ静かに、冷静に目の前の全てを見ていた。


彼を奮い立たせられるのはお酒だけかもしれない。


神に捧げるために造られたお酒の中には、お酒を造った人の心血以外に強烈な敬意が含まれている。


神様に相対した時の畏敬の念が。


しかし、とある赤い少年が爆弾の如く、海底のように起伏のない彼の生活に入り込んだ。

全ての者はその時やっと気付いた。彼らが知っているタコわさびは、彼の全部ではないと。


騒がしくそそっかしい明太子の手によって彼を八岐島から連れ出せるとは、誰も思いもしなかった。


タコわさびが初めて「百鬼夜行」に顔を出した時、普段落ち着いている月見団子も驚きを隠せなかった。


まさか何に対しても動じる事のないタコわさびが、明太子が彼の仲間を助けたから、ここに現れるとは思わなかった。


その恩に報いるために。



騒がしい雲丹は、タコわさびが冷たく中華海草に接している事がずっと気に食わなかった。珍しく中華海草はそれについて反論を述べた。


「八岐様は......凄く優しいですよ」

「はっ?!アイツが?!アイツが優しいならアタシなんて大和撫子と言われても過言じゃないわ!」

「うぅ.......」


口下手な中華海草はそれ以上反論出来ず、俯いて大人しく地面に引きずっている自分の髪をいじる事しか出来なかった。


同様に、中華海草の話に興味を持ったホッキガイは、姉御として雲丹の頭を軽く叩いて彼の過剰反応を咎めた。彼女は優しい声で中華海草に尋ねた。


「海草、どうしてそう言うんだ?」

「うっ.....八岐様は.....彼は.....自分から人間に手を出した事はありません!」

「それは理由にならないわ!」

「う.....うぅ.....彼は僕と海苔を救ってくれました!」

「.....」


中華海草は口下手の自分ではタコわさびの冷血無情な印象を拭えない事に気付き、動揺して自分の髪を数本ちぎってしまった。


「海草?」


ゆっくりと歩いて来たタコわさびは海草の表情に気付いた。純米大吟醸が新しく買った壺に入り込むか、自分の弟分に何があったかを確認するか、数秒悩んだ後口を開いた。


「どうした?」

「......なっ、なんでもないです」


タコわさびは彼の異変を気にする事なく、頷いてから庭にいた純米大吟醸の方へと向かっていった。


「見て!海草の事全然心配してないわ!どこが優しいんだ!」

雲丹

「うっ.....姉御......」

「表に出ている優しさだけが、本当の意味での優しさではないよ」

「......う、わからない」

「大丈夫、色んな事を経験すればいずれわかるよ」

「だけどタコわさびのヤツーー」


部屋の中の喧騒は庭にいた純米大吟醸とタコワサビに影響を及ぼす事はなかった。お酒を温めに行っていた月見団子はお酒を置いて腰を下ろした。


「やつらはぬしが優しいか優しくないかについて話してるらしいじゃないか。八岐様、何か言いたい事はないのかい?」

「うん?」

「ふふっ、相変わらず口数が少ないでありんすな」

「他人の意見に過ぎない」

「八岐様、私は長い間ずっと気になっていました。貴方は人間をどう見ているのですか?貴方は自分から彼らを傷付けたりしてこなかったが、助ける事もなかった。恨んでいるのなら誰も八岐島になんて住めません。しかし好んでいるなら人を見殺しにしたりはしませんよね」

「重要か?」

「重要ではないのですか?」

「好まないから動じない。恨んでないから傷付けない。俺はあんたらの計画を邪魔したりしない、但し助ける事もない。蜃海楼が欲しいなら、勝手に取りにくればいい」

「.....八岐様は海神と呼ばれるだけありますね。本当に.....誰の味方にもならない方ですね」

「俺が求めるのは、穏やかな生活だけだ」



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