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漆黒の白・ストーリー

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漆黒の白

1.厄介な任務

某日

ドーナツの政務室

ドーナツ:何か問題ありまして?

黒トリュフ:問題は、神恩軍がとても効率悪い組織ってこと。

 紙は床に捨てられた。

それはさきほどドーナツ黒トリュフに渡した資料。

でも黒トリュフはそれを見もせず捨てた。

 ドーナツは意外にも怒っていない。

黒トリュフのこういった自由奔放な行為に対してはすでに慣れていた。

ドーナツ:これは神恩軍がさまざまな利害を計った上で出した結果。不必要な損害を最小限に抑える為の方案です。

黒トリュフ:裏切り者に対して罰を与えるのは当たり前よ。

 ドーナツは彼女の体より大きな椅子から立ち上がる。

黒トリュフはずっとドーナツを見ている。

その視線はまるで横断歩道を歩いている一匹の子羊を見ているよう。

ドーナツ:相手は神恩軍の護教騎士。確実な証拠がなければ勝手に裏切り者として罪を着せる訳にはいきません。

黒トリュフ:証拠?直接捕まえて拷問すればいいじゃない?神聖なる神恩軍がやりたくないなら、ワタシに任せてみたら?

 ドーナツ黒トリュフの魅惑的な笑顔を見ると、護教騎士に同情を寄せる。

ドーナツ:正直な所、賢い学者を送り出したのに、死体を迎えたくありません。

黒トリュフ:嫌ねぇ〜ワタシ、そんな酷い人じゃないわぁ〜

ドーナツ:神恩軍が探しているのは裏切り者ではありません、裏切り者の背後にいる支援者です。

黒トリュフ:ほお?

 黒トリュフは押し付けられた資料を読み始める。

そして読み進めるほど、彼女の笑みは更に恐ろしいものになる。

黒トリュフ:面白いわね〜

ドーナツ:ただし……

 黒トリュフのようないつでも邪悪な発想が生まれる者に対して、ドーナツは本能的に危険を感じ、常に警戒している。

ドーナツは身を屈めて、両手を黒トリュフの椅子の肘掛けに置き、真面目な顔で彼女に詰め寄った。

ドーナツ:あなたの任務は護教騎士の裏切りの証拠を探し集めるだけです。それ以上の余計なことはしないでください。

黒トリュフ:安心していいわ、神恩軍のことなんて全然興味がないから。でも……

 神恩軍軍長の威圧的な言葉に対して、黒トリュフは微塵も臆した様子を見せない。

それどころか彼女は身を乗り出し、ドーナツのネクタイを掴んだ。

黒トリュフ:その面倒な任務を完了したら、ワタシはどんなご褒美をもらえるのかしら?

ドーナツ:……何が欲しいのですか?無理のない要求でしたら神恩軍はあなたを満足させます。

黒トリュフ:無理なことじゃないわ。特に軍長様にとっては、かなり簡単なことよ〜

ドーナツ:一体何を……

 黒トリュフによってドーナツのネクタイは少し乱されたため、ドーナツは少し不安を感じた。

彼女は黒トリュフの妖しい雰囲気から逃れようとしたが、黒トリュフに体を引っ張られているので逃げれない。

ドーナツ:あなた!

黒トリュフ:フフフ、愛しの軍長様、顔が随分赤いわね?何か恥ずかしいことでも思い出したの?

ドーナツ:いい加減にしなさい!離しなさい!

 ドーナツが言い終わるか言い終わらないかのうちに、黒トリュフはすでに手を離していた。

そのためドーナツは急にバランスを失ってよろよろと後に何歩か後退した。

そして服と髪も乱され、少し狼狽していた。

黒トリュフ:はいはい、遊びはここまで。

 黒トリュフは椅子から立ち上がり、満腹したかのように満足げな表情を浮かべた。

黒トリュフ:報酬の件は任務完了してからにしましょう。さよーなら、ドーナツちゃん〜

 黒トリュフはなまめかしい足取りですっとドーナツの執務室から去った。

ドアが閉まるとすぐに事務所の主人は冷たい仮面を捨て、力を抜いて大きな椅子に倒れた。

ドーナツ:ホント……面倒くさいやつ、あ〜疲れた。もう彼女と付き合いたくない。

2.賭け

バー

黒トリュフ:ここね。

 黒トリュフはバーの名前を確認すると、中に入る。

 ドーナツから貰った資料によると、黒トリュフが目標の人物に接近できる最も良いタイミングは、明日の学術研究会。

 しかし招待状を持つ者しかその研究会に入る事ができない。

そして招待状の配布基準は極めて厳しい為、コネクションの広い神恩軍でも取得できない。

黒トリュフは自力で手に入れるしかない。

黒トリュフ:こんなに大変な思いするなんてね、今回はドーナツちゃんを簡単に逃したりしないわ〜

 任務の報酬を想像し、黒トリュフは意気揚々とした表情を作る。

良い気分な彼女はバーの客の顔を確認し始める。

すると、ある一つの白い姿が彼女の視野に入った。

黒トリュフ:見つけた〜

 黒トリュフは隣の席に座って独酌している白い服の少女に歩み寄る。

顔は似てないが、その少女の銀髪は、大分見ていない少女のことを思い出させてくれた。

黒トリュフ:(終わったら、時間を作って白ちゃんに会いに行きましょ〜)

 黒トリュフは自己紹介せずに少女の向かい側の席に座る。

 少女は彼女を見ると、不機嫌そうな顔を見せた。

ソフトクリーム:私は君の知り合いではないはずだ。

黒トリュフ:すぐに知り合いになるわ。こんにちは、ルッコと申しますわ。

 黒トリュフは顔色一つ変えずに偽名を名乗ると、笑って少女に手を伸ばした。

しかし相手はただ彼女をちらっと見てから、すぐに何も見えなくなったかのようにグラスを持ち上げた。

黒トリュフ:無粋な人ね。こんなかわいい女の子に一人で酒を飲ませるなんて。

ソフトクリーム:これはジュースだ。

黒トリュフ:哀しみが加われば、甘いジュースでも苦い酒になるわよ。

ソフトクリーム:私は哀しい人じゃないからこのジュースも苦くない。そしてここには空席がいっぱいあるから、ここにしか座れないことはない。

黒トリュフ:ワタシが目の前にいると、アナタは冷静に物事を考えられなくなるの?

 少女は無表情に黒トリュフの接近を避けた。だが冷たい表情は少し緩和された。

ソフトクリーム:君、面白いね。

黒トリュフ:あら、ありがとう。

ソフトクリーム:でも私は君のことあまり好きじゃない。だってさあ、一日中監視されるのは、誰にとっても楽しいことではないよ。

黒トリュフ:あらあら、バレてたの?

ソフトクリーム:君の目的は何なの?

黒トリュフ:アナタから……研究会の招待状をもらいたい。

ウイスキー:お邪魔して申し訳ありません。お二人が仰るのは、明日行われる、様々な分野の専門家が集まる研究会の事でしょうか?

 声のする方へと目を向けると、スーツを着た青年が二人の傍に立っていた。

物腰は柔らかいが、どうしてか黒トリュフは何か気持ちの悪さを感じた。

 まるで、獲物を追いかける漁師の目の前で突如、白兎に他の人の矢が刺さった時のような気分。

ソフトクリーム:あの研究会がそこまで大人気だとは思わなかった。君も招待状が欲しいの?

ウイスキー:もちろん、グルイラオの最も優秀な人材たちと一緒に学術を話し合うのは極めて光栄なこと。

黒トリュフ:話は間違ってないけど……お兄さん、レディファーストという言葉を知ってるかしら。

ウイスキー:学術問題は、男女を問いません。

 黒トリュフは青年を一瞥し、テーブルの下の拳を握り締めた。

ソフトクリーム:面白いね……正直あの研究会に対して別に興味はない。そもそも仕方なく他の人の代わりに出席してあげてるだけ。だから招待状をあげても構わない。でも二人ともこれを欲しいのね……

 黒トリュフは少し緊張して少女の手の中の封筒をじろじろ見ている。

この途中で割り込んできた青年を心の中で罵り殺した。

黒トリュフ:(ドーナツちゃんの報酬を貰えるチャンスを邪魔したら、許さない!)

ソフトクリーム:じゃあ、賭けをしましょう。

黒トリュフ:いいわよ、どうやってやるの?

 少女は自分のポケットから一枚のコインを取り出し、テーブルの上に立てた。

ソフトクリーム:運命の女神はどっちを選ぶか当ててみて……この面は過去を表す、もう一面は未来を表す。さあ選んで。

 テーブルに立っているコインはグルイラオの通貨とは全然違い、記念硬貨と呼ぶに近い。

そして全体的に見れば明らかに均一なものではない。

こんな品の無いイカサマの道具を、黒トリュフは初めて見た。

 そこまで考えて、黒トリュフは水を得た魚のような笑顔を浮かべた。

 この二日間、自分はずっと少女を尾行していたのだから、目の前の女神がどちらを選ぶか十分な自信があった。

黒トリュフ:ワタシは未来に賭ける。過去はすでに死んだもの、未来は永遠に想像の中で生きている。

 少女が黒トリュフを見る視線は最初に比べてとても熱い。

ウイスキー:ならば私は……過去を選ぶ、過去が存在するからこそ未来がある。

ソフトクリーム:よし……賭け、始めるよ。

 少女の掛け声とともに、小さな硬貨が三人の注視の下で急速に回転し始める。

十数秒後、テーブルの上にペキンと倒れた。

 黒トリュフはコインの上向きの面を確認すると、青年に意気揚々な笑顔を見せる。

ソフトクリーム:未来の勝ちだね、でも……

 少女は口元から見えにくい笑顔を漏らし、封筒を青年の前に差し出した。

ソフトクリーム:招待状は君にあげる。これは彼女が私を尾行した事への罰。

3.打診

十数分後

 研究会の招待状を持って、青年はのんびりと人気が少ない深夜の街を歩いている。

 最初、彼は一時的に興が乗っただけであの賭けに参加した。相手がいるからこそ面白くなる。だが招待状の持ち主がまさか自分の気分で決定するなんて思わなかった。

 あのなまめかしい少女の悔しそうな、驚きに満ちた顔を思い出すと、彼は思わずこみ上げてきた笑みを手首で隠した。

 しかし調子に乗ったことに対して罰が当たったかのように、一つの強い力が彼の体を路地の壁に押しつける。

 続いて、鋭い刃が青年の服を貫き、青年の背後にある石で築いた壁に突き刺さる。

ウイスキー:おや、こんな早く再会するとは思いませんでした。

黒トリュフ:先生のお名前まだ教えて貰ってなかったから、とっても残念。

 黒トリュフは動けないが、全く慌てる素振りをみせない青年を見て、目の中に危険な暗い色を沈めた。

ウイスキー:確かに、これは失礼しました。まだ自己紹介をしていませんでしたね……私の名前はウェト、旅商人ウェトです。

黒トリュフ:アナタ何者なの?

ウイスキー:はて?今さっきお嬢さんに名乗りましたのに。

黒トリュフ:そんな偽名でワタシをごまかせるつもり?……ワタシを馬鹿にしてない?

ウイスキー:はてはて……失礼な事を仰いますね。これは偽名ではありません。正確に言えば、これは私の数ある名前の一つです。

 黒トリュフは至近距離でウェトの瞳を観察する。それは自分の瞳の色ときわめて近い赤で、狂気のように熱く、そして致命的な程の誘惑を持っていた。

 彼女は急に理解できてきた。この人の身分を明らかにしても意味がない。このような人は必ず自分の身分と関係ない危険なことができるタイプ。

黒トリュフ:どうしてあの研究会に行きたいの?

ウイスキー:かの偉大な学者達に会いに行くため……おっと、さっき言い忘れた事がありました。私はただの旅商人ですが、錬金術に対して興味があります。

ウイスキー:錬金術のことを知っていますか?あれを使えば、石を金に変えられ、死体を生き返らせることができる。そして全世界が術の主の命令に従う。

黒トリュフ:面白そうね、でもくだらない。

ウイスキー:ほお?

黒トリュフ:なんと言ってもさ、反抗してこない人形より、自意識を持つ獲物の方がもっとずっと面白いわ~

ウイスキー:ふむふむ、私達はとても気が合うと予感しています。私に対してお嬢さんはまだ色々と疑っているようですが、私達の間で利害が対立することはないと保証します。

黒トリュフ:アナタはワタシの利益を知ってるのぉ~。じゃあ、言ってみなさい。もし間違えたら、ワタシがちゃんと教えてあ、げ、る……

 黒トリュフの爪先はウェトの胸を触っている。まるで獅子がゆっくりと獲物の体で最も甘美な部位を探しているかのようだ。

ウイスキー:お嬢さんの利益は、楽しむ事ではないですか?

黒トリュフ:あなたは本当にズルくて悪いやつね。

 黒トリュフの手がウェトのベストの中に入る。そして甘い声で自分の恐ろしい語り口を隠す。

 指先で封筒を挟んでウェトの懐から取り出した。そして彼の耳元に一つキスをするように小さな声で言う。

黒トリュフ:縁があったらまた会いましょう、ウェト先生。

4.悪の実験

翌日

研究会会場

 入り口のスタッフは疑惑の目で黒トリュフを上から下まで何回も見回したが、彼女は無事にウェトから奪った招待状で入場した。

黒トリュフ:面倒くさい。こんな本の虫だらけな場所で、目立たないようにするなんて難しいわ。

黒トリュフ:やっぱり連れが必要ね~

 黒トリュフは人の群れの中でしばらく探した。そしてある髪が長い、全身が聖なる光で輝いている人に気づいた。すると黒トリュフの目が急に明るくなった。

 彼女はすぐその人に接近して、慣れたように相手の腕を抱く。

黒トリュフ:こんな大きな研究会まだ参加した事なかったからとても緊張しているの。ねえねえ、ご一緒しても?

マッシュポテト:ああ……こ、こんにちは、もちろん大丈夫です。お会いできて嬉しいです、マッシュポテトと申します。

黒トリュフ:(残念、顔はこんなに美しいのに、性別は男?)

黒トリュフ:こんにちは、アタシはルッコよ。

 黒トリュフマッシュポテトに最も純粋な笑顔を見せると、こっそりと、そして何の痕跡もなく彼の腕に回していた手を放した。

 二人は話し合いながら歩いている。黒トリュフマッシュポテトで身を隠しながら、大胆に資料に記載されている男を探すが、何も見つからない。

マッシュポテト:実は僕も研究会に参加するなんて初めてなんですが、どうやら昨今、植物学に対する学界の関心が高まっているようなんです。これは本当に嬉しいことです。

黒トリュフ:ふふ、そうね。嬉しいわね……。

マッシュポテト:そうだ、まだ未熟者ですけど……僕は一応植物学の研究者です。よければ、ルッコさんの研究領域を僕に教えて貰えませんか?

黒トリュフ:うんうん、そうよそうよ~。

マッシュポテト:えっ?

黒トリュフ:えっと、…ごめんなさい、何て言ったかしら?

マッシュポテト:ル、ルッコさんの研究領域……

 マッシュポテトの怪訝そうな視線を感じ、黒トリュフは少し焦った。ここでバレる訳にはいかない。

黒トリュフ:食霊の両性関係と人類の普遍性と差異性よ。

マッシュポテト:うん―、生物学に関する領域ですよね。僕はあまり知りませんけど、凄そうです!

黒トリュフ:そんなことないわよ、ほとんどつまらないものばかりよ~

黒トリュフ:(白ちゃんの研究レポートを見てればよかったのに、それ以上聞かないでよ……)

老人:皆さん!

 会場に老人の声が響き渡る。この声に反応し、会場の全員はこの声の持ち主に歩み寄る。

 黒トリュフマッシュポテトを引っ張って前に進む。

老人:……この実験は、ティアラの人類の哀しい運命を変えます!人類に永遠の命を与えます!そう!この実験が成功すれば、人類は不老不死になる事すら可能になります。

老人:でもその前に、実験材料を揃える必要があります。ご安心してください、人間を材料として使うことはもちろんございません。なので……

 数人の食霊が白い服を着ている人に押し出されて来た。細長くて硬い棒に縛られている彼らはハンガーに掛けられた服のように人間の前に展示される。

老人:まずはこの食霊らを死なせます。

 台の下の人混みから騒ぎが生じる。反対者の罵声と支持者の歓呼の中で、黒トリュフはステージの隅に寄りかかっているウェトに気づいた。

 ウェトも黒トリュフの視線に気づいた。彼は相変わらず優しい笑顔で彼女の鋭い目つきを迎え入れる。

正午

研究会会場

マッシュポテト:酷すぎる。あんな事、許されない。やめなさい……

黒トリュフ:ちょっと待って、何をするつもり?

マッシュポテト:彼らの実験を阻止しなくては。実験のために罪のない者をむやみに殺してはいけません。

黒トリュフ:どうやって阻止するの?暴力を使う気?

マッシュポテト:そ、それもダメ……

黒トリュフ:アナタの話を彼らが聞くと思う?

マッシュポテト:しかし、ここで何もしない訳には……

 黒トリュフは目の前の純真な男を見て、仕方なくため息をついた。

黒トリュフ:神恩理会を知ってる?あそこに行きなさい。髪型が羊の角みたいな女の子に事を任せればいいわ。

マッシュポテト:女の子?女の子に任せる訳にはいきません……

黒トリュフ:安心しなさい、そのお嬢ちゃんはとっても強いし、かなりの大物よ。

 マッシュポテト黒トリュフを見る。この残忍な実験を阻止するという危険の伴う仕事を、一人の女の子に任すのは良くないと思った。だがすぐに、今は黒トリュフの言葉を信じるしかないと考えを切り替えた。

マッシュポテト:ここは危なすぎます。ルッコさん、一緒に行きましょう。

黒トリュフ:あらぁ、こんな時に女の子を誘っている場合?

マッシュポテト:ええっ?い、いいえ、僕はそんなつもりじゃない!

黒トリュフ:フフ、足の速さでアナタに追いつく自信はないわ。でも安心しなさい、自分を守るくらいの余裕はあるわ。

 マッシュポテトが現場から離れた後、黒トリュフは笑顔をおさめ、隅に立っているウェトに歩み寄る。

黒トリュフ:アナタの目的は一体何なの?

ウイスキー:おや?昨日の夜すでに説明し終えたつもりでしたが。

黒トリュフ:回りくどい言い方をしないで。参加資格を持ってたのになぜワタシと招待状を取り合ったの?

ウイスキー:あの場に私が顔を出さなかったら、お嬢さんは招待状を手に入れる事ができなかったでしょう?

黒トリュフ:はあ?ワタシに招待状を手に入れさせるため、アナタは賭けをやったって意味?

ウイスキー:なんと言っても……このステージに君は不可欠な人ですから。

 黒トリュフは思わず冷や汗をかく。目の前の男は自分の想像より厄介な人物。彼は全てをコントロールするように自分を自身の罠に誘導する。

 黒トリュフは危険を感じた。だが彼女は危険にあったら避けるようなタイプではない。故に彼女は再度笑顔を作り、自信のある語気でウェトに言う。

黒トリュフ:ウェト先生は本当に凄い人ねぇ、まさか人間と一緒に自分の同胞を迫害できて殺害できるなんてねぇ。

ウイスキー:ルッコお嬢さん、違いますよ。科学の進歩にとってこれは必要な犠牲です。

黒トリュフ:フン、やれやれだわ。もし人間が不老不死の存在になったら、この世界はどれだけ可哀想な事になるのかしら……。アナタの言う「進歩」は、ただこの世界の原則に反するものでしかないわ。

ウイスキー:では、私がこんなにも心尽くして自然界のルールに逆らおうとするのは、一体どんなことのためだと思いますか?

黒トリュフ:刺激を求めているから。

 黒トリュフの答えを聞くと、ウェトの笑顔は消えてしまった。

ウイスキー:やはり、私たちは似ていますね……食霊のお嬢さん。

 ウェトは最後の言葉をわざと強調して自身の言葉を発した。「食霊」というワードを聞いた学者たちは興奮と、恐れと、狂気が入り混じった表情で黒トリュフを見る。

 黒トリュフは周りの研究者たちの小声の会話から彼らの意図を受け取った。実験の成功率を上げるため、自分も実験材料にするつもりの人もいるようだった。

黒トリュフ:ふん、身の程を知らない奴らね。その棒切れのような体でワタシを捕まえるですって?

 黒トリュフは容赦なく周りの人間を皮肉る。それを聞いて研究者たちはさらに後退する。

黒トリュフ:(研究会に参加してるのは殆どが有名人。勝手にこいつらを殺したら、ドーナツちゃんはきっとそれを口実にワタシの要求を拒否する……ああ、困ったわあ……)

 そう思考してから、黒トリュフはステージに立つウェトに微塵の優しさもない冷笑を浮かべた。

黒トリュフ:そこで待ってなさい。

ウイスキー:かしこまりました。

 黒トリュフは、もうあの気取った男を気にする事をやめた。マッシュポテトを使ってドーナツに知らせ終えた、そして目的の人物もここにはいないから、これ以上ここに残る理由はない。

 しかし彼女が会場から離れようとした時、あの老人に代わって壇上に立っていた若い学者が、突然なじみのある名前を口にしていた。

 あの神恩軍の護衛騎士の名前だ。

5.失敗

正午

研究会会場

学者:先生は他の仕事がありますため、今日の研究会に参加できませんのでご了承ください。

学者:先生に比べて私は取るに足らない存在ですが、今回の実験、私は最初から参加させていただきましたから、先生のお名前を辱めないだけの自信があります!

学者:これから、私たちの実験をご覧ください……人類の力で、食霊を絶滅させてみせます!

 若い研究者の激情的なスピーチが終わった。黒トリュフは彼の足元の直径5メートルぐらいの円と周りの色々な怪しい器具を見る。

 この感じは、科学実験というより、何か邪教の儀式という方が近い。

黒トリュフ:人類の力? 結局はこんな怪しい物の力を借りるつもりなのね。

 黒トリュフは皮肉りながら、自分の前に置かれた怪しい器に触る。微弱ながら、彼女はその物から不吉な気配を感じた。

 一体どんなものかわからないが、決して良い物ではない。

学者:触るな!

 その研究者はステージから飛び降りてきた。許可なしに器具に触れた黒トリュフを見るその目は怒りに満ちていた。

黒トリュフ:あら、怖いわね、ワタシはただ気になっただけよ。

 黒トリュフの甘えた笑顔を見て、研究者の顔はすぐ赤くなった。

学者:あ、危ないから、勝手に触らないで、わかる?

黒トリュフ:はいはい、わかりました……でも一体どんな物なのかしら? そんなにすごい物なの?

学者:凄いのはこの器具ではない、これは幻晶石と魔動炉のような媒介に過ぎない。本当にすごいのはこれで召喚されるものだ。

黒トリュフ:それはなあに?

学者:神の選択……

 黒トリュフはまだ問い詰め続けたかったが、突然あちこちから苦痛が篭ったうめき声が聞こえてきた。

 円の中心にいる食霊たちは、彼らを押し上げた白衣の人間達を恐る恐る眺めている。この時、その人間らは皆地面に跪いてた。顔色は青ざめていて、目つきはぼんやりしていて、様子がおかしかった。

黒トリュフ:なに?何かあったの?

学者:いや、こんな……こんなはずじゃない……

 実験の結末は若い研究者の予想から外れたようだ。彼は地にひれ伏して苦しんでいる人たちを見て、慌てた顔をしていた。

学者:どこが……どこが間違ったんだ……

黒トリュフ:あっちに行くな!死にたいの?!

 黒トリュフはステージに行こうとする人を後ろに引っ張っている。今一体どんな状況かわからないが、あの円に近い人間だけに異常が発生している。だから、あの円から離れる事が最も良い選択。

 彼女はその人を引いて円の反対側へ歩いている。この時、大部分の学者も会場の外に退避した。少数の科学の狂人だけがまだ前に進んでいる。

 円に近い人々は、理性を失っていた。抵抗力を失った食霊を倒し、仲間にも飛びかかり、脆弱な皮や肉を口を開けて噛み砕いて、大きな口で噛みしめる。まるで獣のようだ。

黒トリュフ:まるで堕神ね……クソカスどもが……

 そこで黒トリュフはやっと気づいた。ウェトの姿がすでに何人かの食霊と一緒に消えてしまった事に。

黒トリュフ:(あの男には聞きたいことが山ほどあるんだけど、今一番大切なのはこのごたごたを解決することね……)

黒トリュフ:そうだ、あの器具!

 黒トリュフはあの不吉なにおいのする器具を思い出した。あの器具のせいでこんな荒唐無稽な現象が起きているなら、器具を壊せばいい。

 黒トリュフは自分の長剣を出現させ、器具を全て破壊した。

 彼女の長剣はステージ上の人間達を避けなかった。白衣の人間達と器具が一緒に地面に横たわって動かなくなった。彼女はやっとナイフを片付けた。

黒トリュフ:アナタたちも化け物としての身分で生きたくないでしょう……ここで眠るといいわ。

正午

研究会会場

マッシュポテト:い……一体どういうことですか?ルッコさん、大丈夫ですか?!

黒トリュフ:あら!お帰りなさい。一人だけ?神恩理会の人は?

マッシュポテト:彼らは他の研究者たちに外で邪魔されて、しばらく入れません……何が起きたんですか?どうして……こんなに多くの人が死んでいるのですか……

 さっきまで話し合っていた学者たちの無残な死体が辺りに広がっていた。それを見たマッシュポテトは悲しい顔を見せた。

黒トリュフ:悲しむことはないわ。だって彼らはも人間ではないのだもの。

マッシュポテト:貴方、け、怪我をしてますか?

黒トリュフ:え?ああ、これはアタシの血じゃない、あいつらのよ。なあに、アタシのこと、心配してくれてるの?

マッシュポテト:まさか、彼らを殺したのは貴方ですか?

黒トリュフ:あいつらはあの怪しい実験の影響を受けて、人を喰う化け物になったから全員殺した。

マッシュポテト:で、でも、治す方法があったかもしれません……

黒トリュフ:そんな低い確率のために、他の人の命を掛け金とする訳にはいかないでしょ。

 マッシュポテトは沈黙した。黒トリュフの話は当然理解できるが、こんなにも多くの命がこの世から消えたのを目の当たりにして、思わず悲しみに暮れた。

 次の瞬間、一つの青紫色の手が急にマッシュポテトの足首を掴んだ。

マッシュポテト:えっ?

黒トリュフ:危ない!

 黒トリュフは素早く反応して、マッシュポテトを押しのけたが、マッシュポテトの足首にいくつか浅い傷ができた。

 黒トリュフは床で四つん這いの状態でいる、目が血走っている若い研究者を見ると、眉をひそめた。

黒トリュフ:アナタ……アナタを連れてあの器具から離れたのに、なぜそんな姿になってるの?

マッシュポテト:……彼は彼の指導者とこのような実験を何回も繰り返してきたから、他の人より異変が生じやすいのです。

黒トリュフ:ねぇ、まだ意識ある?この実験は一体どんなものなのか教えてくれない?

 学者は喉から呻き声を出したが、もう返事はできなさそうだった。

 黒トリュフは残念そうに一つため息をつくと、自分の剣を出現させた。

マッシュポテト:待って!僕は彼を救えるかもしれません!

黒トリュフ:おにーさん、無理しないで~。アナタは医者ではなく、ただのイケメン植物学研究者でしょ?

黒トリュフ:そして彼自身もこんな化け物の姿で生きていくより、人間として死にたいはずよ。

 言い終わると、黒トリュフは自分の剣で研究者ののどを貫いた。血が傷口から流れ出ると共に、研究者は理性を僅かに取り戻し、口を開き、何かをボソボソと口にした。

マッシュポテト:えっ?なに?

学者:気、気をつけ……

マッシュポテト:気をつける?何を?

学者:神を……直視、するな……

 ドーナツの神恩軍がこの会場に進入する前に、黒トリュフは若い研究者の今際の言葉を聞いた。

学者:ありが……とう……

6.エピローグ

ドーナツの執務室

黒トリュフ:はぁ?神恩軍の軍長様、ちょっと話が違うんじゃない?

ドーナツ:違いません、あなたは任務を果たしていませんから。

 黒トリュフは大げさに目を見開いた。

黒トリュフ:あんな恐ろしい実験があったのに、あいつの裏切りの証拠にならないっての?

ドーナツ:実験を行ったのは彼本人ではなく、彼の学生でした。

黒トリュフ:え〜?ドーナツちゃん酷いよ、ワタシは本当に悲しいよ。

ドーナツ:あなたがここで駄々をこねても無駄です。本当に報酬を手に入れたいなら、護教騎士の調査を続けてください。

黒トリュフ:じゃあ……あいつの研究レポートを読ませて。

 ドーナツは眉間に皺を寄せ、疑惑の目で黒トリュフを見た。

ドーナツ:なぜあのレポートを読みたいのですか?

黒トリュフ:研究会で色々な研究者から影響を受けたのよ、化学の方向へ自分の可能性を探したいワケ〜

ドーナツ:……

黒トリュフ:わかったわかったわ。今後、より賢明な判断をしていくために、調査対象のことをもっと知りたい。この理由なら悪くないでしょ?

ドーナツ:あなたは確かに誠実な人、自分の目的を全く隠さない……

黒トリュフ:あらあら、ワタシに惚れたの?

ドーナツ:きゅ、急にバカなことを言い出さないで欲しいですね……あのレポートは神恩理会の機密文書ですから、勝手に持ち出す事はできません。

黒トリュフ:えーー?ケチねぇ。

 ドーナツはただ肩をすくめて、自分にはどうしようもできないという意味を仕草で表す。

黒トリュフ:(ワタシにソレを教えてくれないなら、ワタシもあの面白い出来事を教えてあーげない。後になってから泣かないでよね〜)

黒トリュフ:(直視不可の神、一体どんな偉い者か?ワタシにゆっくり味あわせて。)

黒トリュフ:(そしてウェト、いつかアナタに今回の事のお返しをするわ〜)


 この時のウェトはまだ知らない、黒トリュフの黒いシナリオによって、彼は次の被害者になる事を。

ウェトは二人の息絶え絶えとした様子の食霊を連れて扉を叩く。

???:ご迷惑をおかけして申し訳ない……どうやって先生に感謝したらいいのかな!

ウィスキー:どういたしまして、私たちは協力関係にあるのですから、必要な事をしたまでです。

???:しかし……先生から実験材料と沢山の資金を頂いたのだ。どうにか恩返ししたい。どうすればいいかな?

ウィスキー:そんな心配しなくても良いですよ……私が貴方を助けた理由はただ……

 ウェトは隣の食霊を見てから、何か思い出したような顔で笑った。

ウィスキー:ただ面白いと思ったからです。

???:だが……

ウィスキー:安心してください、私たちの利害は対立するものではありません。


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