ヌガー・エピソード
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ヌガーのエピソード
彼女はとても甘やかされているので、時々わがままだが、実際には傲慢ではなく、可愛らしいお嬢様である。通常はやさしくべたつくが、限界に触れると恐ろしい表情になる。彼女は愛への執着を持っており、心を奪われる真の愛に出会うことをお楽しみにしている。食霊としては簡単ではないかもしれないが、情熱的で常に期待に満ちている。
Ⅰ.死亡
時間は人を唯一無二の芸術品として作り上げるのなら。
どうして最後には作り上げた全てを奪うの?
私はジャッキーの肩に注がれた灼熱の夕陽を眺めた。その真っ赤な光は彼女の赤い髪と一体になり、まるで彼女が熱い炎の中に沈んだかのようだった。
私はその光景に夢中になった。
彼女は相変わらず美しく、私の心を動かす。
「ヌガー、泣かないよね」
「泣く?どうして泣くの?」
「私がもうすぐ死ぬから」
「死?それは何?」
私は首を傾げ、ジャッキーの冷たい手を握り返した。
「貴方に話したスリーピングビューティーのお話は覚えてる?死とは、王子が彼女を助けに来なかった事よ」
「だからずっと眠ったままなの?」
「そうね」
「じゃあ、綺麗なスカートで外に出られないし、美味しいデザートも食べられないの?」
「そうね、そう考えるとちょっと残念だね」
私は突然、死は恐ろしい物であると気付いた。
「ダメダメ!死なないで!」
「ごめんなさい、これだけはどうにもならない」
「王子がいないから?わかった!あの画家が帰ってきたら、貴方は死んだりしないよね?」
「ヌガー、ちょっと待って!」
ジャッキーはいきなり私を掴んだ、まるでホタルが手の甲にぶつかったかのような小さな力で。
「待てない、早く帰って来てもらわないと!」
「貴方には出来ないよ」
「私の事を信じてくれないの?」
「いや、貴方を信じているよ、ただ……」
ジャッキーの目を見ると、澄んだ瞳がまるで鏡のように見えて、狼狽している私が映し出されていた。
「私は彼の事を良く知っているわ」
「彼はもう帰って来ない」
教会で目を輝かせながらいつまでもジャッキーの傍にいると誓っていたのに、病気の妻を捨て家から出て行った男を思い出した。
私はジャッキーの言葉に反論出来なかった。
「ヌガーおいで、話をしましょう」
私は少し気落ちして、ジャッキーの足元でしゃがみこんだ。
なんだか目が痛くなってきた。アイメイクに失敗して、目に入っちゃったのかもしれない。
でも今はメイクの心配をしている暇はない。ジャッキーの目はまどろんでいて、もうすぐ眠りに落ちそうになっていた。
「時間症?」
私の声は震えていた、それによってジャッキーの目には後ろめたさが浮かんだ。
彼女は頷いて、私の手を優しく撫でた。
彼女の指先に焼き付けられた硬い繭は、今ではすっかり柔らかくなったけど、美しいバイオリンの音色が余計懐かしくなった。
時間が余計憎くなった。
お兄さまは私に教えてくれた、ジャッキーが患っていたのは「時間症」。万物は時間には勝てないから、治す方法がないと。
時間は本当に悪い奴だ。それはジャッキーの愛を朽ちさせ、そしてジャッキーを私の傍から連れ去って行く。
「ヌガー、私のために悲しむ必要はないよ。死ぬ前に、全てを受け入れたから」
「時間は多くのものを奪ったけど、そんな事はどうだって良いわ。恨みも悲しみもない」
「時間というものは、私を傷つける事は出来なかった。だから……」
ジャッキーはゆっくりと目を閉じた、まるでもう開ける必要がない石門のようだった。
「私は負けていないよ」
ジャッキーは眠った、茨と薔薇で満ちた城の中で。
彼女はやっと安眠する事が出来た。もう二度と心変わりをする王子が彼女の邪魔をする事はない。
Ⅱ.時間
ジャッキーが目を閉じた数分後、彼女を癒す方法を探しに行ったお兄さまが帰ってきた。
しかしこのたった数分間のせいで、彼の努力と全身の傷は全ての意味を失った。
私はお兄さまの綺麗な青い瞳を見た。その中で静かに流れる悲しみを見た。抑えられない気持ちが赤く腫れた目から溢れ出てきた。
だけど、時間は私たちを待ってくれない。
私はジャッキーのバイオリンをお兄さまに渡し、彼が再び旅に出るのを見送った。
彼には自分の使命と追求したいものがあった。
私も同じ。
私はジャッキーの結婚式で、幸せに呼応して召喚された。
真っ白なウェディングドレス、満天の鮮花、そして美しい感情を表現している人々、その全部が私の虚ろな世界に押し寄せてきた。
この世には美しい結婚式以上に素敵なものはないだろう。
私は悲しく辛い目を擦り、元気を出した。
結婚式を挙げましょう。
「結婚式?多分無理だと思う……」
難しい顔をしている青年を見て、私は全く理解できなかった。
青年がこの家の水道と電気の修理を担当してもう長い。彼に恋人がいると知ってから、彼が来るたび、私は彼に彼らの恋愛の話を教えてもらってきた。
前回も彼からプロポーズの時は緊張しすぎて「嫁になってください」を「嫁にしてください」と言い間違えて肝を冷やしたと教えてくれた。幸い、彼の恋人は彼が少しおバカでも気持ちは変わる事はなかった。そして、来週には本当の夫婦になる。
「あら?やっぱり貴方がおバカさんだから結婚を……」
「ちっ、違う!」
青年は慌てて私の話を否定した後、少しきまりの悪い顔をした。
「実はウェディングドレスを買うお金がなくて、結婚式すらできない。精々家族と友人を集めて食事をするぐらいかな」
「それはダメよ!」
私は怒って彼の話を中断した。ウェディングドレスも結婚式もない花嫁なんて、信じられないわ!
「ウェディングドレスと結婚式の事なら私に任せてください」
「長い間お世話になってきましたし、ジャッキーが部屋の中で自由に動けるように色々工夫してくれたでしょう?」
私の話を聞くと、彼は顔を赤くして、階段の手すりに固定された椅子を見てから、私の提案を受け入れてくれた。
今はもういらなくなったけれど、歩けないジャッキーにたくさんの喜びをもたらしてくれた。
ジャッキーの最期を思い出した。やつれているけど依然として光り輝いていた笑顔。
私はあの美しさを守りたい。
あのような美しさがもっと必要だ。
青年を見送った後、私は部屋に閉じこもった。
画家に捨てられたキャンバスに自分の理想的なウェディングドレスを描いた。そして、ジャッキーがバイオリンの弓を修繕する時に使っていたハサミで布地を裁断した。最後に隣のおばあさんが貸してくれた針で裁縫をして完成。
どれぐらいかかったかはわからない。私は食霊だから、疲れを感じないばかりか、どんどん楽しくなっていった。
特に青年の恋人がウェディングドレスのサンプルを受け取った時の様子をみてから。
少女の顔には鮮やかな赤みが浮かび、緑の目にはさらさらと星が流れているようだった。
その美しい姿を見て、私は大きな声で歌って、裸足で踊りだしたくなった。まるであの時の結婚式と同じような気持ちになった。
ああ、ジャッキー、愛は悪くない。私をこんなに幸せにしてくれる。
もし時間がどうしてもそれを傷つけようとするなら、私が対抗する。
人間は結局時間に勝てないのなら、簡単には死なない食霊なら必ず出来る。
ジャッキーの命を奪った怪物。
私が貴方を打ち負かしてあげる。
Ⅲ.愛情
ジャッキーが私に残してくれた家を、結婚式を挙げる場として貸すとあの恋人たちに約束した後、花嫁はウェディングドレスを直す時間をくれた。
舞い散る綿、糸を引く薄絹、逃げていく真珠、うっかりアイロンでつけてしまった皺、そして私の肩に飛び散った金色の粒、その全てが天国のように美しい物を描き上げてくれた。
ウェディングドレスが完成した日、私は雪のような白を抱いて、嬉しそうに青年の家のドアをノックした。
私は花嫁の幸せそうな顔を見るのが待ち遠しかった、早くあの時の楽しい気持ちを呼び起こしてほしかった。
しかし、ドアを開けた青年は、結婚式はなくなったと言って来た。
「何でですか?もう彼女を愛していないの?」
「テリウェル家の子爵、彼が彼女を愛している」
「だから貴方は彼女を譲ったの?」
「他にどんな方法が?あれは貴族だ、彼の意志に反したら、俺も、俺の家族も大変な目に遭う事になる!」
青年は吠えた後、地面いっぱいの酒瓶と私を置いて、部屋に戻っていった。
俯いて手の中のウェディングドレスを見た。
その生まれたての美しさは、結婚式がキャンセルされた事で霞んではいなかった。
「このまま引き下がれない!」
青年の真似をして大きなお声で叫んだ後、私は怒りながら彼の家を離れた。
あの子爵には少しだけ覚えがある。
ジャッキーから何度断られても、彼のためだけに演奏するよう招待状を送り続けた、
私は招待状の住所すら覚えている。
何日か会わないうちに、花嫁は随分痩せた。しかも顔には見たこともないような悲しい表情を浮かべていた。
ダメ、こんなのいけない。
私のウェディングドレスを悲しい花嫁には着せる事なんて出来ない。
私は彼女に聞いた、例え子爵が青年のように彼女を愛しても、彼女は子爵に対して少しの愛情も持つ事はないのかと。
「彼が私を愛している?」
花嫁の顔には皮肉と寂しい表情が浮かんでいた。
「私たちは一度しか会っていないし、彼は私に向かって一言しか言わなかった……綺麗な髪だ。これが私を愛していると言えるのですか?もしそうなら、彼が愛しているのは私の髪だけでしょう」
彼女は突然興奮しだして、怒りで顔が真っ赤になっていた。顔の赤みが目にまで届き、透明な涙が溢れ出た。
「それなら簡単な話よ」
「どういうことですか?」
花嫁が答える前に、私は彼女の後ろに回って、ハサミを取り出し、彼女の金色の長い髪を切った。
「何をしているんですか!」
彼女は驚いて自分の頭を覆った、鏡に映る不揃いな短髪を見て、目から再び涙が溢れた。
「彼が貴方の髪が好きなら、髪をあげたら良い」
「し、しかし、髪は……」
「髪は伸ばせる、だけど愛する人は一人だけですよ」
彼女は呆気に取られたまま私を見ていた。目の中には複雑な感情が流れている。それが何なのかわからなかった。とにかく、彼女は私にその長い髪を全部切る事に同意してくれた。
子爵は彼女の様子を見て、慌てて結婚をキャンセルした。私は嬉しそうにハサミをおさめて、彼女を連れて夜の街に飛び出た。
私たちは雨の中を走り、雨音で隠れることをいいことに大声ではしゃいだ。草木の間から喜びの味が染み出た。私たちは両手を広げて、疾風の中で自由を、幸せの前兆を抱きしめた。
最後に私たちは青年の家の前までやってきた。彼女のためにドアを叩いて、背中を押した。
「安心してください、もう邪魔する人はいませんよ」
彼女は私を見て感激した、私に頭を下げてから、振り向いてドアの方を見つめた。その強い姿は、前世で血を浴びて戦った勇敢な戦士を彷彿とさせた。
青年はドアを開けると驚いた顔をした。彼の恋人が涙を流しても、彼の両手を握って自分の潔白を証明しようと努力しても、彼は彼女の言う素晴らしい結婚式にはまったく反応せず、手を振りほどくまで後退を続けた。
「結婚式はない」
「どういう……」
「君が捕まってから、農夫の家の娘がよく訪ねてきた、彼女は美しくはないが、綺麗な長い髪を持っていた」
彼女は青年にドアの外に放り出されて、信じられないような冷たい顔をしていた。
「どうしてこんな事が出来るのですか?」
「俺がどうかしたのか?」
青年はドアのすき間から鋭い視線を送ってきた、ウェディングドレスを着た彼女を見てから、どうしたら良いかわからない私の方を見た。
「もともと俺は君たちが考えているような奴じゃない。ヌガー、俺がジャッキーさんのために椅子を作ったのは善意からじゃない。ただ電気メーターに細工をする時間を稼ごうとしただけ、お金のためだ」
「君たちの幻想に俺を当てはめるな」
ドアはキツく閉ざされた。私が首を傾げて青年の先程の話を考えた、そして最後に震えの止まらない隣の人の肩を叩いた。
「彼も貴方の髪だけを愛していたみたい」
Ⅳ.浪漫
「その後は?」
「その後、青年は農夫の娘と結婚した。彼女は私のウェディングドレスを着て、彼らの結婚式でハサミを自分のお腹に突き刺したらしいよ」
私は淹れたての花茶を遠路はるばる帰ってきたお兄さまに渡して、ふわふわの抱き枕を抱いて彼の傍に座った。あの花嫁の姿を真似しながら、抱き枕をお腹に押し付けた。
「残念、自分を愛していない人のためにこんなバカな事をするなんて」
「意外ですね」
お兄さまの青い目を見た。そこに映っているのは、自分の手で設計して一から作ったウェディングドレスたち。
あの件は私がウェディングドレスを作る事に影響を与える事はなかった。そしていつしかウェディングドレスデザイナーと呼ばれるようになった。
時々「ミドガル随一」という言葉が付けられる事もある。
「あの青年は単純で親切な人なのかと思っていました」
「そうよ」
私は甘い花茶を一口飲み、満足げにお兄さまの肩にもたれかかった。
私たちはそのまま静かに座っていた。お兄さまは突然私に、相変わらず愛情に憧れているかと聞いて来た。
「もちろんよ」
「しかし、君は愛の移り気を目の当たりにしました」
「あれは本当の愛じゃない、彼らは髪が好きなだけよ!世の中には永久不滅の愛がある筈」
「どうしてそう言い切れるのですか?見た事あるんですか?」
「私よ」
「なんて?君はブルーチーズと同じ食霊だろ?」
目の前の金髪の食霊は口を開けるとすぐに本性を現した。上辺の優雅な様子はまったくない。
彼の名前はシフォンケーキ。お兄さまの幻楽歌劇団の一員。この歌劇団が出来てから、私は彼らのために衣装をデザインする事になった。
この時、私は彼の腰に巻いていたメジャーを締めた。わざといつもより力を入れて。
「食霊がどうしたの?食霊は愛情を持ってはいけないの?」
シフォンケーキは私に絞られて言葉を発せず、一生懸命首を振ってきた。
私はメジャーを仕舞って、紙にデータを記録した。
食霊だからこそ、「永遠」という言葉を証明する力がある。
人間は脆すぎる、生老病死、どれだって「愛さない」言い訳になりえる。
だけど食霊は違う。私は十分な時間を使って、私が変わらない事を証明できる。ウェディングドレスも愛も、一度認めたものには、私は情熱を注ぎ続け、永遠に愛し続ける。
そして、いずれ私だけの真実の愛を見つける。人間でも、食霊でも、種族や性別に関係なく、彼も私と同じように、永遠に恋人を愛してくれる人。
シフォンケーキは私の話を理解できないみたいだった。次の公演の衣装を見ると、親指を立ててくれて、応援してくれると言ってくれた。
彼にどんなスカートを作ってあげるかを心の中で計画しながら、笑顔で他のメンバーの部屋に向かった。
オペラは時間通りに待っていてくれた。彼に声を掛けると、テーブルの上に置かれている物が見えた。
「時・間・罪・歌……これは何ですか?」
「以前所属していた劇団の台本だ」
「見てもいいですか?」
「どうぞ」
これはとある王国で起こった物語。ティナ姫は凶獣と同じ兆候を持っていたため、自由を奪われ、屋根裏に隠されていた。そして彼女は悪魔に惑わされ、見舞いに来た姉を捕らえ、姉に代わって王国の王女となった。
ティナ姫の派手で乱暴なやり方はたちまち民衆の反発を買ったが、しかし最後に民衆に魔女として裁かれたのはティナの姉だった。
ティナはついに悟った。彼女が悪魔を殺したから、呪いを受け、不老不死となり、永久に時の檻に閉じ込められたのだと。
私はこの話に夢中になった、それと同時に深く憎んだ。
オペラに、どうして誰もティナ姫と彼女の姉を愛してくれないのかと聞いた。
彼はしばらく黙り込み、答えずどうしてこの質問をしたのか私に聞いて来た。
「姉は妹を愛していたから、妹の邪悪な計画は成功した。妹はその悪魔を愛していたから、彼を信じて、彼の嘘も信じた、しかし……どうして誰も彼女たちを愛さないんですか?」
「……これは台本に過ぎない。脚本家が配役を忘れて、彼らに出番を与えなかっただけかもしれない」
「しかし、もしこんな人がいたら、姉を死なせ、妹に永遠の呪いをかける事を許したりしないと思います」
「もし本当にそんな人がいたら、彼の愛も決して真の愛ではない。或いは彼は気が弱くて無能な人だろう」
私はジャッキーを、お兄さまを、楽しい時間と悲しい過去を思い出した。
「私なら絶対に彼女を守り抜いてみせます。夢の中で笑っても意味なんてありませんよ?私なら現実で安心して笑えるようにします」
私は自分の意志の強さを知っている。
「例え命の代価を払っても」
「命?」
「そうですよ、これこそ究極のロマンですから」
Ⅴ.ヌガー
他の食霊と比べると、ヌガーの存在は至って単純だ。
彼女は愛情の中で生まれ、生涯を掛けて愛情を追い求めている。
彼女は人間のような複雑な考え方を持っていない。ただ単純に頑なに、愛し合っているなら絶対一緒にいなければならない、永遠に共にあるべきだと思っている。
彼女は壁にぶつからないと振り向かないタイプではない。
壁にぶつかったとしても、その壁を突き破ってまで進もうとするタイプだ。
彼女は愛情のせいで鬱々とした日々を過ごす人を見たくはない。彼女は自分の力を尽くして、世の中の美しい愛を全て守ろうとしている。
それ以外の人や事は、彼女とは関係ない。
それと同時に、彼女は自分にとっての真実の愛を得ようとしている。
この願いは、食霊にとっては手の届かない物であるが、彼女は決して落胆したりしない。
努力さえすれば、いつか夢が叶う日が来ると信じている。
そして今、彼女にはもう一つ願いがあった。
幻楽歌劇団のメンバー全員が、世界で一番美しい衣装を身に纏う事。唯一無二で、誰からも称賛される事。
「ヌガー!なんで俺の衣装はまたこんななんだ?」
「ふわふわのレース、ピンクのリボン、そして太陽の光の下で七色に変化するスパンコール、これらは今一番流行りのファッションアイテムですよ!」
「でも、俺は男だよ!」
「おかしいですね、貴方はリボンが好きだとパエリアお姉さまが言っていましたよ?」
このような会話は彼女に笑顔をもたらし、そして彼女が守りたい日常となった。
彼女は兄と共に生活する事が好き。性格は違うけれど、それぞれの長所がある友人たちが好き。そして、自分の仕事も好きだ。
花嫁が着ているウェディングドレスも、団員が着ている衣装も、彼女が人間に幸せと喜びをもたらそうとしている努力の象徴だ。
彼女が少しずつ時間を倒している証だ。
彼女は「時間」は不敗の神ではないと信じていた。彼女に自信が、揺るぎない愛があれば、必ずそれを打ち負かす事が出来ると。
例えどんな代償を払っても。
幻楽歌劇団の名声が広がるにつれて、ヌガーの仕事もますます忙しくなっていった。
ウェディングドレスをデザインする仕事のオファーも絶えず、衣装の需要も殺到していた。更には、とある美しい貴婦人が歌劇団の公演を見た後、どこからか情報を得て、直接ヌガーの仕事場を訪ねてきた。
「私が服をデザインしているのは、お金のためではなく、愛のためです」
「報酬を支払うとは言っておらん」
「なら、私はどうして貴方のために服をデザインするのですか?」
「勝負欲のためよ」
貴婦人は顎を上げ、白い羽根の扇子で耳のそばに垂れ下がった金色の髪を煽り、それと同時にヌガーの負けん気も煽った。
「お嬢さんがデザインした服が、このお眼鏡に適うとは限らんよ」
そして彼女は初めてイブニングドレスのデザインを引き受けた、まさかこの仕事で何回も挫折するとは思いもしなかった。
送った設計図は幾度となく突き返されたが、まともな理由は一つもなかった。これによっていつも大人しいヌガーも珍しくドレスの裾を持ち上げて、怒って貴婦人の家を訪ねた。
意外にも彼女はそこで、オペラの脚本よりずっと分厚い『時間罪歌』という本を見つけた。その中でこの物語の真相を見付けた。
そして、悪魔の足跡も垣間見た。
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