聖なる夜のお話・ストーリー・虚妄の国17~24
17.舞踏会
アールグレイはジンジャーブレッドたちと何かの約束をしたように見えたが、同じ方向に向かわず、ジンジャーブレッドたちは別の方向に去っていった。
マドレーヌは三人が去った方向に目を向け、そして、ゴールデンアップルを持っているアールグレイを疑わしそうに見た。
マドレーヌ:彼らも舞踏会に行くのでは?どうして私たちと一緒に行かないのかしら?
アールグレイ:彼らはとても重要な仕事をしているのです。グレーテル魔女さん、私がパートナーではまだ足りないのですか?
マドレーヌ:さっきの二人も悪くないけれど、二人がかち合うとバカっぽくなるから耐えられないわ。
アールグレイ:フフッ。
マドレーヌ:さっきから聞きたかったけれど、ずっと「別の世界」とか言って、何を企んでいるのかしら?
アールグレイ:何を企んでいるかは魔女にとってそれ程重要なんですか?
マドレーヌ:私が楽しみにしていたダンスを台無しにしたら、誰だって許しませんわ。
アールグレイ:安心してください、これはきっと世界一の舞踏会になるでしょう。私の命をもって誓います。
マドレーヌ:そう?
アールグレイ:魔女さんもう少しだけ好奇心を抑えて待っていてください。貴方とシュトレンちゃんのために用意したこの舞踏会はきっと、この世界で類を見ない、素晴らしい演出になります。
マドレーヌ:そこまで言うなら、私たちを無視していた事を許してあげてもいいかしら。
アールグレイ:申し訳ありませんが、雰囲気を盛り上げるのが私の仕事です。
マドレーヌ:フンッ、あなたはあの子の言った通り、耳触りの良い言葉しか言わない。そうよね、シュトレン!
シュトレン:あ、あ……は……はい……
アールグレイ:……何があったのですか?
マドレーヌ:あなたたちの会話の後から、シュトレンはぼんやりしていましたわ。
アールグレイ:大丈夫です。原因はなんとなくわかっています、心配する必要はありません。
マドレーヌ:あら?どうして?
アールグレイ:しばらく秘密にしておきましょう。では次に、世界を救うため、二人のお嬢さんをお誘いしてもよろしいでしょうか?
18.馬車
アールグレイはシルクハットを脱いで軽く回してから、シュトレンとマドレーヌに向かって手の込んだお辞儀をした。その後、シュトレンとマドレーヌの不思議そうな視線を浴びながら、ゴールデンアップルとマドレーヌのキャンディーを、自分のハットの中に放り込んだ。
アールグレイ:現実でもこういった能力があったら良いのですが……
シュトレン:ん?
アールグレイ:いいえ。瞬きせず、見ていてください。
アールグレイがハットを空中に放り投げると、それは物凄いスピードで空中をぐるぐると回った。小さなハットはなんと、どんどん大きくなっていき、気付けば人一人分の大きさになり、そしてシュトレンのそりを覆うほどの大きさになった。
落下後、シュトレンのそりを覆ったハットの中で何かが暴れているように見え、次々と奇妙な突起が現れていた。マドレーヌはドレスの裾を持ち上げ、ハットの中の音を聞こうとしたが何の物音もなかった。
怪しい動きの後、帽子は再び空中に舞い上がり、アールグレイの手に戻った。この時、シルクハットは普通の大きさに戻っていた。
シュトレン:私のそり?!これ……これは私のそりですか?!
驚いたシュトレンの叫び声を聞いて、アールグレイは優雅に、金色の蔓に包まれ、金色の果実が実っている豪華なそりに近づき、チョコレートで出来たドアを開けた。
アールグレイ:美しいお嬢さんたち、これは私が創り出した魔法の馬車、今夜の十二時に元に戻ります。その前に、魔法王国の最大の舞踏会に、お誘いしても宜しいでしょうか?
シュトレン:えっ、わ……私も?
アールグレイ:勿論です。今夜の舞踏会のハイライトは、マドレーヌの以外、貴方の助けがないといけません。
シュトレン:……
マドレーヌ:何のつもりかしら?
アールグレイ:シ――少し落ち着いてください、マドレーヌ。最も盛大で、忘れ難い舞踏会を約束したでしょう?
19.来場
チェス兵:三月お茶会の魔女閣下たちがご来駕――
クッキー:グレーテルちゃんはまだ来ていないの?
チェス兵:魔女閣下、申し訳ありませんが、グレーテル魔女はまだ到着していません。
フルーツタルト:焦らずとも、すぐに着くだろう。
マルガリータ:ああ――神様も来ました――
クッキー:まぁ……この子ったら、どうしてガンマンを見た途端に行ってしまうのか……
フルーツタルト:ふふっ、これこそが若者なのかもしれぬ。
チェス兵:ハート王国のエリー様と摂政大臣のチェシャ閣下がご来駕――
ローストターキー:エッグノッグ、クロワッサンたちは?赤ワインが探しに行ったんじゃないのか?どうしてまだ見つからない?
エッグノッグ:陛下、今はまだ舞踏会の時間です。いくら僕たちはトラブルを起こしに来たとしても、見せかけぐらいしといたほうが良いですよ。
ローストターキー:大丈夫だろう、どうせ彼らは余とエッグノッグの事など覚えていない……あ奴は!!!うううう!!!
チェス兵:ハート王国Dr.レイドのご来駕――
ブラッディ・マリー:から~カワイらしい陛下と陛下のカッコいい護衛は、深い眠りから目覚めていたのね~あらゆる呪いを解く力を持っているみたいだ。
ローストターキー:貴様!!
ローストターキー:……フンッ、貴様は後で片付ける。
チェス兵:深海王国の王子殿下、魔法使いのナイチンゲール、ハーメルン閣下のご来駕――
オペラ:ハーメルン、君は……あの三人が言っていた事は本当だと思うか……
ブルーチーズ:もし本当でしたら、僕たちは放っておくわけにはいかないでしょう……
スフレ:フンッ、どうしてこんな煩わしい舞踏会に来たんだ。やっぱり海の方が良い。アリエルの歌に勝る物はない……
オペラ:……
ブルーチーズ:一先ず、三人の言う通りにして、様子を見ておきましょう。
隣人:あれ、今年はどうしたんだ、大物たちが一斉に来るなんてね?
隣人:そうよそうよ、今まで着てくれなかった王子や魔女たちも来てるんだよ、もしかして今年は姫の戴冠式だったり?
隣人:あ――見て!ウラ閣下まで来たぞ!!!
チェス兵:深海王国のウラ魔女閣下、白チェス王国王子殿下ご来駕――
一同の驚きの声の中、数え切れない珊瑚や真珠で飾られた馬車が海馬に引かれ、舞踏会のホールのレッドカーペットの前にゆっくりと停車した。馬車から先に降りてきたのは、金髪の王子ではなく……
シュールストレミング:ダーリン、恥ずかしがらないで、早く下りてきて。
フィッシュアンドチップス:俺……俺……離して!離してください……ふ、触れてます……
シュールストレミング:うん?どこに触れたって?ああ……そうここね、大丈夫、私は貴方の物だから、触れても……さあ、一緒に行こう~
フィッシュアンドチップス:はいはいわかりました、あ、あなた、俺の体にくっつかないでください!
真っ赤な顔をしたフィッシュアンドチップスの腕に絡みながら、シュールストレミングはのんびりとレッドカーペットを踏みしめた。彼女のドレスの裾がレッドカーペットに触れると、無数の泡が立ち上がった。その七色の泡沫は、舞踏会の雰囲気をますます幻想的にさせた。
シュールストレミング:あら、グレーテルちゃんはまだ来てないの?
フルーツタルト:ウラ、そのドレスは似合っておるな。
シュールストレミング:フフッ、私のドレスがどんなに良くても、彼には及ばないわ。そうよね、私の王子~
フィッシュアンドチップス:お、お、俺は、あなた、もうキスしないでください!
フルーツタルト:ああ、来たようね。
20.勝負
フルーツタルトの声と共に、皆の視線は会場の前にある長いレッドカーペットに向いた。
チェス兵:三月お茶会のグレーテル魔女閣下とハート王国のマッドハッター閣下、そして……あの……あの……
ゴールデンアップルと金の蔓、色とりどりのキャンディーで飾られた馬車はホールの前にとまった。ホワイトチョコレートのドアは複雑で豪勢な模様が彫られていた。貴重なゴールデンアップルとキャンディーは完璧な融合していた。ドアが押し開かれた後、最初にドアから出たのは、ブーツを履いた長い脚だった。
驚きの声の中、アールグレイはゆっくりとその華麗な馬車を降りた。そして、ドアの方を向いて、手を差し出した。
彼の手に細い手が軽くのせられ、そして、透明なキャンディーで作られたガラスの靴がレッドカーペットの上を踏んだ。その瞬間、レッドカーペットに落ちた足の先から、クッキーやキャンディー、綿菓子などで作られた道が延びた。
馬車から降りてきた魔女は、少女より大人っぽいが、少女ならではの美しさを保っていた。二つのオーラを交えた魔女の、危うく神秘的な雰囲気に、皆は驚倒した。甘い香りのするドレスにも、女の子たちは羨ましくて目を丸くした。
それは女の子が憧れるドレスだった。魔法のお菓子で出来たドレスは、綺麗だけでなく、その上のスイーツも太らない絶品だ。
フルーツキャンディーで作られた扇子を開き、顔を覆ったが、それでも目の端から挑発的な笑いは感じられた。
本人だけでなく、そばにいる優雅に微笑しているアールグレイも大いに注目された。
彼女の挑発に気づいた三月お茶会の魔女たちは、フィッシュアンドチップスにお菓子を食べさせようとしているシュールストレミングに視線を向けた。彼女は視線を感じて顔を上げた。
シュールストレミング:あら、素敵な男ね、でも、どんな男も私の王子には及ばない。王子、来て――――
皆の羨やむ視線の中、マドレーヌはシュールストレミングに壁まで追い詰められて冷や汗だらだらになっているフィッシュアンドチップスを見て、そして自分の横にいる優雅なアールグレイに視線を向けた。
マドレーヌ:フンッ、やっぱり私の勝ちですわ。
アールグレイ:……
いつも女の子に媚びているアールグレイは、なぜあんな簡単に一目で自分が勝ったと分かった理由を問わなかった。なぜなら、時に話しすぎると、命に危険が及ぶ可能性があるから。
マドレーヌは、誰もが想像していたように、側のアールグレイを引いて、目の前の華やかで魅力的なレッドカーペットを歩くはずだったが、彼女はぐるりとその場を見回した。間もなく、彼女は一人でやってきたある公爵閣下を見つけ、その人と腕を組んだのだ。
ラムチョップ:……クソ女?!あの二枚目と行くんだろう?!
マドレーヌ:フンッ、あなたの愛人が来てないんですから、あなたが笑われないように、このマドレーヌ様がわざわざ付き合ってあげますわ、感謝しなさい!
ラムチョップ:いっ、俺を踏みやがって!!
チェス兵:え、あ!!ハート王国のブルー・ビアード公爵閣下とグレーテル魔女がご来駕――
ラムチョップと腕を組んでいるマドレーヌを見て、アールグレイは少し感謝の気持ちをこめて、この聡明でさっぱりとした魔女に視線を向けた。
アールグレイ:ありがとうございます。
マドレーヌ:私を勝たせた貴方に免じて、私に最も素晴らしい芝居を見せて欲しいわ。それでは次の舞台を今日の本当の主役に渡しましょう。
アールグレイはマドレーヌの媚びるような目つきを見て、思わずちょっと笑った。
アールグレイ:今回は貴方と一緒に踊る事が出来ず……本当に残念ですね。
マドレーヌ:フンッ、このマドレーヌ様は世界で最も偉大な魔女よ、一般人のようなものには目もくれないのよ。
マドレーヌとラムチョップを見送って、二人が舞踏会のホールに入っていった後、アールグレイは振り返り、再び馬車の方に手を伸ばした。
白い手袋をした手が躊躇いながらも、慎重にアールグレイの手のひらに重ねられた。
皆の前に現れたのは、普段の地味な装いから一転し、ドレスに着替えた白髪のシュトレンだった。
チェス兵:ハートの王国のマッドハッター閣下と……と……と……追放された姫さま!!!
シュトレンは顔を上げ、城のテラスを眺めた。目にしたのは、既に華やかなドレスに着替えていたブラッドソーセージだった。
シュトレン:お母様、ただいま帰りました……
21.姫
シュトレンの到着と同時に、全てのチェス兵は騒々しくなった。
チェス兵:駆逐!死刑!!!駆逐!!!死刑!!!!
チェス兵に囲まれたシュトレンとアールグレイは後退りをし、観客まで状況が把握できず混乱に陥ってしまう。
混乱を避けたローストターキーは剣に手を掛けるが、頭を横に振るエッグノッグはそれを阻止し、剣を鞘に戻した。
シュールストレミング:グレーテルちゃん、貴方の王子様を助けに行かないのかしら?
マドレーヌ:彼は私のために最も素晴らしい舞台を見せてくれましてよ。これしきのことも乗り越えられないようなら……ボロボロになっていく姿でも堪能するしかありませんことね~
シュールストレミング:あら、酷い人ね。
マドレーヌ:愛しのウラ、あなたってば私たち魔女に何を期待してらっしゃるのかしら?
シュールストレミング:ふふふ。
ささやき合う群衆も次の瞬間、暫く動きを止め黙り込む。
チェス兵:皇后陛下並びに白雪姫のご来駕――
甲高い音が鳴り、混乱していたチェス兵たちは突然手にしていた武器を天に向け、真っ直ぐに整列すると、舞踏会のホールにある華やかな王座に目を向ける。
ブラッドソーセージ:あら……かわいそうな我が子。やっと帰ってきましたね。ずっと探していたんですよ……
チェス兵:陛下!姫様は――
ブラッドソーセージ:静かになさい!ずっと探していたと言ったのが聞こえなかったの!
ブラッドソーセージの怒りがこもった叱咤に、少し興奮していたチェス兵の頭は宙に高く舞い、ドスンという鈍い音と共にダンスフロアに転がり落ちた。
ブラッドソーセージ:まぁ……ごめんなさい……白雪は自分のお姉さまが戻ってきたのを見て興奮しちゃったのね。早く、掃除して。大切なお客さんたちを驚かせちゃダメですよ。
群衆は静まり返り、横たわっている頭のないチェス兵がズルズルと引きずられていくのを見守っている。やがてブラッドソーセージの背後に隠れて、恥ずかしそうに彼らを見ている可愛い女の子に目を向けた。
ブラッドソーセージ:白雪、早くお姉さまとお客さまに挨拶をしてくださいね。
スターゲイジーパイ:こ、こんにちは。わたしは白雪、白チェス王国の姫。わたしは女王になりますわ。もしわたしの言うことを聞かなかったら、え~と……あなたたちの頭をちょん切っちゃいますわよ~
可愛くも背筋がゾッとする挨拶の後、ダンスフロアの中央にアールグレイとシュトレンは押し出される。華やかなゲートはズシリと重く閉まり、スターゲイジーパイはちょこんと頬杖をついた。
スターゲイジーパイ:ねぇねぇブラッドソーセージ見て見て!こんなに多くの人たちがわたしの誕生日会に来てくれてますわ!
ブラッドソーセージ:何度言ったらいいのかしら……わたしはあなたの母上ですよ。
母の優しい言葉もダンスフロアを落ち着かせることはなかった。静かなホールに長い沈黙が続く。
フィッシュアンドチップス:……あなたたち、一体何のつもりですか?
ブラッドソーセージ:あれ?言ってませんでした!白雪の誕生記念舞踏会と、白チェス女王の戴冠式に招待したのよ。この日のために各地からフェアリーや魔女たちを招いてね。みなさんのあたたかい祝福は白チェス王国を幸せな未来へと導いてくれると信じています!
ブラッドソーセージの堂々とした態度に招待客たちは少しほっとした表情を浮かべた。だが誰一人動こうとする者はいない。
アールグレイ:さぁ、早く舞踏会を始めようではありませんか。皇后陛下、私と踊っていただけますか?
ブラッドソーセージ:あら?シュトレンと踊らなくていいのです?
アールグレイ:貴方にはお聞きしたいことがたくさんございます。
奇妙な静けさの中で、音楽が流れ始める。アールグレイはゆっくりと王座へ向かい、ブラッドソーセージに手を伸ばした。ブラッドソーセージは目の前のスターゲイジーパイを横にやり、王座からゆっくりとダンスフロアに降りる。
音楽と共に、周囲で目をギラギラさせるチェス兵の脅威を横目に、舞踏会にやってきた人々は音楽にあわせギクシャクと踊り出した。
アールグレイ:どうしてですか?
ブラッドソーセージ:何がですか?
アールグレイ:どうしてこんな事を?茨の魔法で全ての者を眠らせ、永遠にこの世界にいさせるつもりでしょう。
ブラッドソーセージ:マッドハッター閣下ったら、一体なんのことかしらね?
アールグレイ:私の目が傷ついていなかったら、貴方を信じたかもしれません。
ブラッドソーセージにはわからなかった、この時のアールグレイには、彼女が黒い気配に包まれているのが見えていた。彼女を包むそれは、以前空中の温室で見たミネストローネのものより酷いものだ。
ブラッドソーセージ:……
アールグレイ:なぜ皆をここに残そうとしているのですか?
ブラッドソーセージ:……外の世界に、思い残すことなんてあるの?
22.世界
ブラッドソーセージ:……外の世界に、思い残すことなんてあるの?
ブラッドソーセージから溢れんばかりの笑顔は消え、ゾッとする冷酷な表情が浮かんでいる。
アールグレイ:……
ブラッドソーセージ:ここの人間はみんなわたしたちの虜。この世界こそ神からわたしたちへのプレゼントですよ。もう誰からも束縛されたり、傷つけられたりすることはないんです。
ブラッドソーセージ:自分たちだけの暮らし、欲しいもの全てが手に入る。もう敵なんていないし、危険と共に生き、人間から認められる必要もないんですよ~
ブラッドソーセージ:こここそが、わたしたちの世界。ねぇ、違いますか?
???:――ここにいて。
???:――この夢は、わたしからのプレゼント。
???:――ここにいて。ここに苦痛はない。やりたいことをなんでもできる。
アールグレイ:……
ブラッドソーセージ:うふふ、もう人間のために殺しあうこともなく、危険もない。ここはわたしたちだけの世界……
ブラッドソーセージ:茨の魔法で、みんな眠っちゃいました。次に目を覚ます時、もうあなたたちを苦しめてきた記憶は消えちゃいます。ここは、わたしたちだけの世界。
ブラッドソーセージ:もう恩知らずの奴らを守らなくていいの。もう彼らに傷つけられることもない。わたしたちは……自分がなりたい姿になれる…
ブラッドソーセージ:ほら、優雅なお茶会、楽しいおしゃべり、綺麗なドレス、素敵な舞踏会。ここでなら全てが簡単に手に入る……
ブラッドソーセージ:何かに怯えて暮らす必要もないのです。ただただ、すご~く楽しい毎日を過ごせる……
アールグレイ:それは、本当に皆が望むことなのでしょうか?
アールグレイ:本当に欲しかった世界なのでしょうか?
ブラッドソーセージ:そうじゃないって……あなたには言えますか?
一曲目が終わった。ブラッドソーセージはアールグレイの手を軽々と解き、クルっと一回転し片手でドレスの裾を上げて優雅にお辞儀をした。ふと我にかえると、アールグレイの目の前には依然として麗しい女王がいた。
ブラッドソーセージ:あなたが何を知っていようと、もう遅いですよ。本物の白雪を探し出したとしても、もう「白雪」はわたしの愛しい姫のもの。記憶をなくしちゃった奴らを説き伏せるのは難しいんじゃないかな?安心して、あなたたちは一番素晴らしい思い出をあげます。偽物だとしても。
ブラッドソーセージはドレスを持ち上げて王座に向かった。優しく凛々しい笑顔と、微かに上がった口元は、彼女の自信を誇示していた。
ブラッドソーセージ:皆さん、もうダンスは終わったようですし、これから可愛い娘の戴冠式を始めたいと思います。皆さんから白雪姫に祝福を。
ブラッドソーセージの自信に満ちた笑顔を前に、何人かは焦った表情を浮かべる。エッグノッグは今にも人混みから飛び出していきそうなローストターキーを抑えつけた。
エッグノッグ:落ち着いてください。
ローストターキー:ぐっ……止めるな……もうすぐ祝福の儀式が終わってしまうではないか!
エッグノッグ:そう焦らずに、これはその世界の法則なのです。あなたがハートの国王だとしても覆せるものではありません。
人だかりの中、拳を握り締めたエッグノッグの額に浮かぶ汗に気づく者はいない。ブラッドソーセージの進行に伴い、幾つかの人影が人だかりから前へと出てきた。
B-52カクテル:森林の名のもと、「白雪」に危険を解決できる勇気を授けます。
ウォッカ:氷雪の名のもと、「白雪」が吹雪の中でも生きる希望を探し出せる幸運を授けます。
タピオカミルクティー:書籍の名のもと、「白雪」に白チェス王国が永遠に繁栄するための知恵を授けます。
フォンダントケーキ:ランプの神の名のもと、白チェス王国に三つの願いを授けます。一つ目の願いは、白チェス王国が豊かであること。二つ目の願いは、白チェス王国が幸福に満ちること。三つ目の願いは……
ドゴォオン――
ジンジャーブレッド:やめろーっ!!!!!
23.呪い
巨大な音とともに、全員の視線は突然押し開けられたゲートに向いた。ゼェゼェと大きく呼吸をしているジンジャーブレッドは王座の前にいる数人に目をやると、口元をヒクヒクさせた。
その隣には、最後のチェス兵を蹴り飛ばした赤ワインとビーフステーキが寄り添っていた。三人は少し浮き足立ってはいるものの、勝利を手にしたであろう自信に満ちた表情を浮かべていた。
ブラッドソーセージのそばを離れたあと黙り込んでいたアールグレイの口元にも、自信に満ちた優雅な笑みが浮かんでいる。
ジンジャーブレッド:おーい!ハット野郎!彼女たちを見付けた!
ジンジャーブレッドと赤ワインにビーフステーキは少しだけ体をずらした。三人が目の前にやってくるとアールグレイは安堵の表情を見せた。
メープルシロップ:意地悪な皇后!私たちが夢に入った途端閉じ込めたんですね!シュトレン!!わぁシュトレン、そのドレスすっごく似合ってます!
少女はみんなが驚く間もなくアールグレイの隣にいるシュトレンに抱きついた。シュトレンは困惑した表情を浮かべる。
シュトレン:……私……あ……あなたは……?
メープルシロップ:シュトレン!私たちの事、覚えてないのですか?!
ブリオッシュ:メープルシロップ、そう焦らないで。この世界では、侵食されていない者に外の世界の記憶がないことをお忘れですか……?
メープルシロップ:あぁ、そうでした…あっ!アールグレイさんもここにいたんですね!どこに行ったのか心配してたんですよ!
周囲の混乱した視線の中、アールグレイは咳ばらいをし、顔色が豹変したブラッドソーセージの方向へ振り向いた。
アールグレイ:どうやら私の予想通りですね。やはり貴方が白雪の護衛たちを森の小屋に閉じ込めた。そして白雪の名を取り戻せるはずのゴッドファザーも、無実の罪を着せられて監禁された。
ブラッドソーセージ:あなたたち…わざと。
アールグレイ:私たちが舞踏会に現れなかったら、貴方は予定を早めて舞踏会に出てくる事はなかったでしょう。私の三人の友人は、頼りになる傭兵ですからね。
ビーフステーキ:騎士だ!ううぅ――
ジンジャーブレッド:こういう時は黙っててくれないかな……
アールグレイ:貴方はメープルシロップの願いを叶える七色の花を恐れていた。だからうまく彼女に七つの願いを使い切らせ、彼らを白チェス王国のマッチを保管していた小屋に閉じ込めたんです。そして白雪に呪いをかけて彼女の記憶を奪った。
ブラッドソーセージ:今さら、邪魔な奴ら三人を救出してなんになるのかな? 今「白雪」の名は、もうわたしの姫にありますよ。彼女の護衛たちを助け出してももう遅いのです。
アールグレイ:いいえ、まだ遅くはありません。姫を本当の白チェス女王にする最後の願いはまだ唱えられていません。ランプの神のお嬢さんは事情をわかっていらっしゃるはず。
ブラッドソーセージ:……
全員の視線が自分に集まっているのに気付き、フォンダントケーキは思わず唇を噛み締めた。
フォンダントケーキ:私と白チェス王国の約束は、真の王者に王国を率いる力を授けるというものです。貴方が言っていることは真実だとどう証明するというのですか?
アールグレイ:真実の愛はこの世界の全ての呪いを解くことができると教えてくれた魔女がいました。私たちの白雪は、本当の身分を忘れたとしても、この世界への愛は忘れてはいません。
アールグレイ:白雪。
シュトレンはずっと自分の首に飾られていた、ドレスに相応しくないマッチを握り締めた。今でも、アールグレイたちが言う「もう一つの世界」について思い出せないし、呪いのせいでどれだけの記憶を失ったのかわからないまま。
でも……ずっと自分を守ってくれていたハッタ―さんの言うことが……本当だとしたら……
シュトレン:私は、魔法王国の皆さんが、呪いから解き放たれて、故郷に戻れることを祈ります……
するとシュトレンがギュっと握り締めていたマッチから眩しい白い光がパッと放たれる。光はだんだんと広がっていき、マッチはどんどん大きく、長くなり、王笏への化した。
シュトレンは両目を見開き、自分と時を共にしてきたマッチが華やかな王笏になる様を驚きの表情で見つめる。スターゲイジーパイの頭の上にあったクラウンも彼女の頭へゆっくり舞い降りる。先程よりもずっと鮮やかな輝きを放ち。
シュトレンだけでなく、白チェス王国の民の体からも黒い気配が消えていく。黒い気配の出どころは不明だが、最終的に王笏の元に集まり優しい白い光の中にスーッと吸い込まれる。みんなが皇后を見つめる視線にはもう迷いも狂気もない。
フォンダントケーキ:……どうやら、呪いは本当に解けたようですね。
アールグレイ:えぇ、彼女のおかげでね。では、ランプの神のお嬢さん?
フォンダントケーキ:ランプの神の名のもと、白チェス王国の真に仁愛なる「白雪」女王に、全ての困難と呪いを倒す力を授けます。
七色の光はフェアリーたちの体を流れ、シュトレンを囲んだ。優しい光は彼女を覆い、やがて放射線状に拡がり全ての者を包み込んでいく。
24.乾杯
暖かい白い光の中で、アールグレイはゆっくりと目を開けた。彼は少し驚いた様子で手を上げ、先ほどまで痛みが止まらなかった目を撫でた。
霊力を阻んでいた黒い霧は一瞬で跡形もなく消え、くすんでいた視界は霊力のおかげですぐに元に戻った。
異様な感覚に彼は眉間にシワを寄せる。立ち上がり、夢と現実に目眩がした彼は、杖に支えられ倒れずにすんだ。
彼はあの小さな庭に向かう。王に急いで駆け寄る少女が彼の足を止める。
彼はシャンパンの頬を掴んで前後左右確認しているフォンダントケーキを見て、思わず笑い出した。
その夜
創世日祭典舞踏会
小さな野外舞台の上で、アールグレイは空を仰ぎながら、月を眺めぼーっとしていた。
ローストターキーたちとひと騒ぎしたシャンパンは、顔に貼られた付箋を剥がして、窓を押し開けバルコニーに出た。
シャンパン:待たせたな。お前たちを悩ませていた問題は……突然解決したらしいな。
アールグレイ:ええ。あの夢は私たちにとって悪い事ではありませんでした。みんながずっと抱えていた瘴気が夢で現れたかと思ったら、一目散に消えたのですから。
シャンパン:めでたい、という事で良いのか?ならやっと今回の創世日を楽しめるようだな。
アールグレイ:そんな話をしに来たのではありません。
シャンパン:もちろんだ。どうした?またあの事か……?
アールグレイ:ええ、今回夢と現実の狭間で……聞こえたんです……あの声が……
シャンパン:……
アールグレイ:外の世界で夢の入口を閉じた者として、貴方も感づいているでしょう…
アールグレイ:あの存在の一部がある。
シャンパン:……
アールグレイ:その表情からすると、彼女を逃がしたんですね?
シャンパン:フン、ちょっとした手違いだ。
アールグレイ:貴方みたいに女性の心がわからない人に、あの女を捕まえることは無理ですよ。
シャンパン:ん?あの女を高く評価しているようだな。何があった?
アールグレイ:いいえ、ただ、彼女と、アレとの次の出会いに期待しているだけです……
シャンパン:大丈夫なのか?
アールグレイ:私たちには、貴方という不敗の神がいるんですよ。何を心配する必要があるのです?
シャンパン:お世辞として受け取ろう。乾杯?
アールグレイ:本心からの褒め言葉ですよ。お世辞を言うタイプではありませんから、我が陛下。乾杯!
Discord
御侍様同士で交流しましょう。管理人代理が管理するコミュニティサーバーです
参加する