回鍋肉・エピソード
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回鍋肉のエピソード
落ち着いた性格で、仕事ができる。
カラクリなど機械設計に長けていて、人となりも仕事をするにも完璧主義。
辣子鶏に救われた事で、共に機関城を建て、合理的に運営をし始めた。
少しずつ食霊を庇護する場所へとなった。
Ⅰ.非命
「先生、考えてくださいましたか?」
「考えるまでもありません」
「何ですと」
「言葉は山の如し、前言撤回などしません」
巻き尺が手から離れ、地面に落ちた。
「作れません」
「先生きちんと考えましたか?これは玄武神君の頼みですよ。神君のお手伝いをする機会など、普通の人は一生に一度もめぐって来ません!まして、たかだか機関の一つや二つ、貴方にとっては朝飯前ではないですか?」
「天命良心に反する機械の作り方を師から教わっておりません故、作れません」
「良心?神君こそ天ではありませんか?神君の意に沿う事こそが、天命に従う事です!これこそが天命です!」
「もし本当にそうなら、私は天命に逆らいましょう」
「貴様!」
目の前にいた人は瞬時に鬼と化し、まるで私を腹に入れようとする程に凶悪だった。
「下手に出ていれば良い気になりやがって!神君に逆らって、どうなるのかわかるのか!」
「なら、貴様の生徒ら、いや、町中の子どもらを、山河陣のためにその命を捧げて貰おうか!」
その凶暴な顔つきを見て、私はやっとわかりました。心が通じ合えていないのなら、何を言っても無駄だと。
幸い、今日この場に生徒はいません。
何気なく右腕を垂らし、袖の間に隠していた震天雷を勢いよく掌の中に滑らせた。
これは師匠が生涯で最も満足した作品であり、それを与えられた時、彼は官吏に逆らったため投獄されていた。
その時、彼は暗やみの中から青白い顔を出し、二本の鉄の欄干の狭い隙間から、身体を震わせながら呟いた。
「非命、非命」
命令に従うな。
その言葉の意味を思い出した瞬間、私を捕まえようとしている軍隊を待ちかねて、震天雷を発動させた。
瞬く間に、光が目を突き刺し燃え上がり、目の届く範囲の生と死を全て焼き尽くした。震天の轟音の中、右腕全体の感覚がなくなった事に気付いた。
「非命」
非命。
呪文のように呟きながら起き上がり、ふらふらと煙をくぐり抜け、三途の川から抜け出した。
力なく敷居に足を取られ、私は炎の中に倒れた。しかし炎の中で炎よりもっと熱い朱色が見えた。
その赤色は私に近づき、私を掬い上げた。
暗い牢獄の中、暗い微笑みを浮かべながら呟くあの声に合わせて呟いた。
非命、非命。
今ここで死ぬのは私の天命ではない。
その後私は長い眠りに落ちた。ある日、突然ある感覚が訪れた、まるで私は別の肉体から目が覚めたかのようだった。
高温はまだ治っていないようで、四肢には耐えられない痛みが、呼吸をしていても熱く疼いた。
地府の極刑よりも辛いものかもしれない。
「スー……スー……」
浅い呼吸音が耳に届き、私は目を開けた。
寝台の傍に伏している青年はぐっすりと眠っていた。赤い痕が顔に浮き彫りになっていても、目を覚まそうとしていない。
彼の足元には私の知らない奇問木盤、陰陽八卦が散らばっており、陣法が掛かれた機械のような物もあった。
察するに、彼はこれらの物を使って、天命に逆らってくれたのだろう。
「うっ……あ、起きたのか!」
青年は赤い痕だらけの顔を上げて、まだおぼろげな目を光らせた。
「命を救ってくださって、感謝致します。このご恩をどう返したら良いか……」
「お前は起きたばっかなのにそんな事を考えてるのかよ?」
「全ての物事には理由がございます。私と公子は初対面故、公子が私を助けてくださったのは、きっと機械のためでしょう……」
「人を馬鹿にするな!お前を治す事なんて。俺様にとってどうって事ない!」
その真っ赤な衣装と同じように、青年の性格もとても熱かった。ただ私にはわからない、彼がどうして急に怒ったのか、まるで火に焼かれたように飛び上がって、手を高く持ち上げ、広い袖から木の鳶を放った。
「見たか?飛べる木の鳥も、泳げる木の鶴も、俺様が欲しい物はなんでもあるし、なくても自分で作れる、お前のボロい機械になんて興味ないぜ!お前こそ全身傷だらけで、ボロボロになってんだろう。恩返しの事を考える前に、まずは自分の面倒を見ろ!」
「では……何故私を救ったのですか?」
「顔が綺麗だから」
私は怪訝そうに真っ赤な両目を見つめた。目からは冗談の気持ちを探ろうとしたが、それは失敗に終わった。
その両目に広がる炎に焼かれるのが怖いのか、私は黙って俯いた。
この天命に……
従わないのも難しい。
Ⅱ.良木
助けてくれた青年の名前は辣子鶏(らーずーじー)、私がしばし身を休めているこの場を機関城と言うそうだ。
それは傑作だった。
初めて部屋から出て、自分が雲の上に立っていると気付いた時、もし師が機械で作られたこの素晴らしい城を見たとしたら、きっと子供のように笑うだろうと思った。
手を伸ばせば空が届く、光耀大陸全体が眼下にあった。私は風に吹かれ乱れる雲を眺めて、傍の燃えるような真っ赤な瞳と栗色の髪を見た。これが絵のように美しい風景なのかと悟った。
ただ……
機関城は突然揺れながら降下し始めた。辣子鶏が私の状態を確認した後、私は服を直してもがきながら寝台へと戻ったため、振り回されずに済んだ。
機関城は空を飛べるが、規模が大きいため、時折降下したり、大きく揺れる事があるそうだ。辣子鶏は慣れた様子で、椅子ではなくあぐらをかいて床に座り込んだ。
「ふー、なんとか霊力の漏出を抑える事が出来た。後でゆっくりお前の手を改造してやるぜ。だけど、一体何があったんだ?どうして共倒れになるまでやり合ってた?」
そう言われて、私は少し前の事を思い出した。それはまるで遠い昔の出来事のようにも思えた。
ありとあらゆる生霊を贄に山河陣が作られる事を、沈んだ口調で彼に知らせた。
いつも爽やかでそして自由奔放な両目は、この話を聞いて突然暗くなり、その後すぐに強烈に燃え盛った。
真っ赤な姿は風のようにこの場から離れ、私の目の前からしばらく姿を消した。
辣子鶏を欠いた事で、大きな機関城は静寂に包まれた。
私は窓の外の乱雑に作られた住宅街を眺め、右手で拳を握ってからまたそれを開いた。
腕がなくなる前と比べれば、天と地の差はあるが。
使えないわけではない。
恩返しを求めないのは彼の言い分だ。
恩返しをしたいというのが私の気持ち。
彼が投げ捨てていた工具などを拾い上げ、機関城が傾く原因となる場所を探した。
幸いにもこれらの工具との付き合いは長い、右手を失くしたとしても唇と歯がある。二本の足が、肉が、骨がある。この天空の城を改善するための千万の方法がある。
「どうしたんだ?まさか誰かが機関城に来て暴れたのか!?」
数日も姿を消していた辣子鶏が機関城に戻ると、開口一番に私に問い質してきた。
「来ていません」
「来てない!?ならその全身の怪我はなんだ?!あとその口!」
「掌に刺さった棘を咥えて取ろうとした時に、切ってしまいました」
「は?じゃあ手は?!」
「右手の感知能力がまだ弱く、制御できない事があり、間違えて叩き壊してしまいました」
「なんだって?!俺様がせっかくつけてやった右手だろうが!」
「大丈夫です、左手を使いますので」
足元の余分な木材を拾い上げ立ち上がった、大分落ち着いた機関城から、弱弱しく力のない自分の右手に視線を移した。
「これは鉋の鉋台のように、刃物を固定するためだけの道具に過ぎません」
「……この木偶!」
木偶?
辣子鶏は口に出していない私の疑問には答えず、一目散に離れて行った。
手に持っている木材をいくら眺めても、彼がどうしてそれ程残念そうな顔をしながら言い捨てて行ったのかわからない。
鉄鋼には敵わないが、この木材は天空の城の支えにはないっているだろう?
木偶などではない、良木こそが正しい。
Ⅲ.瓊据(けいきょ)
「どうだ?」
「ああ……」
「前と比べたら?」
私は五本の指を折り曲げ、拳を作った。顔を上げると彼は期待した目で私を見ていた。
「違いはありません」
「ならなんでそんな険しい顔してるんだ?本当に一生右手を鉋台にするつもりか?」
「いえ……」
言い終えると辣子鶏は私の口角をつついた、私は仕方なく苦笑いを一つ浮かべた。
彼は私の右手の義肢を以前とほとんど変わらない程に完璧に改造してくれた、勿論感謝している。
ただ。
古には「我に投ずるに木瓜を以てす、之に報ゆるに瓊据を以てす」という言葉がある。
彼は先に瓊据を私にくれた。
このようなご恩を、どのようにして返せば良いのだろうか……
彼は生活する術がない生徒らや、手に職をつけられない女性や子どもらではない。彼は私から機関術を教わる事も、私の庇護も必要としていない。
故に、恩返しをするには、方法は一つしかない。
それ以来、私は定規や鋸を手放さず、機関城の家屋を修理して毎日を過ごした。
辣子鶏はたまに思いつきで飛び降りたりはするが、以前のように数日姿を消す事はなくなった。代わりにより多くの時間を私への悪戯に使った。彼は手あたり次第木で作ったコオロギを私の頭の上に置いて、それが落ちた時に大声を出して私を驚かそうとした。
これらの悪戯を、彼はいつもこの上なく楽しんでいた。
しかし、遊びだけではなかった、彼は私に注意してくれる事もある。どこが長く、どこが短いのか、どこをもっと綺麗に出来るのか、など。その後、床に寝転び夕食の前までに直せと催促してくることもある、彼は私の作業のせいでお腹を空かせたくないようだ。
このような面白いとは言えないが、つまらない訳ではない些細な事に背中を押され、時間は進んで行った。色んな種類のコオロギが梁の上に一杯並んだ時、やっと機関城は本当の意味での城となった。
連なる家屋を見て、私はやっとホッとした。そして彼に拱手した。
「では、これにて失礼致します」
「なんだ?ここから出たいのか?」
彼の顔は私のそれよりも驚いているように見えた。
「機関城をこんだけ色々付け加えて、家を直したり、石畳を敷いたりしたのは、これからもっと快適に住むためじゃないのか?」
「……いいえ」
「じゃあ何のためだ?暇なのか?」
「こうすれば、他の人はもっと快適に住めるかもしれません」
「他の人?そうだ!こんなに広い機関城に、俺たち二人だけで住むのはつまらないだろう!待ってろよ、すぐに連れを探してくるぜ!」
「こんな巨大な機関城を建てたのは、多くの人を住まわせるためではないのですか?」
と彼に聞こうとしたが。
聞く前に、彼は飛び下りてしまった。
何故か、その後ろ姿は、壮烈に見えた。
私はとうとう機関城を離れられなかった。
辣子鶏は所謂「連れ」を連れて帰ってきた。
機関城も二人から二十人、四十人、八十人、人数は何倍にも膨れ上がった。機関城自体の規模もますます大きくなり、全ては順調に変わっていったが。
彼の自由奔放な笑顔だけは何も変わらない。
「まったく変わっていないようじゃのう」
からかうような声が部屋の中まで飛んで来た。振り返ると、各地を巡り尽くした東坡肉(トンポーロー)が我が物顔で椅子に座った。
どこからともなく探してきた美味を机の上に置いた彼は、私が作業している物を仕舞うよう目配せしてきた。
「ありがとうございます」
「なんだその眉間の皺は、礼をする顔ではないぞ」
「こういう顔ですので」
「お主と甥弟子はのお、一人は冷めすぎて、一人は熱すぎる。吾がやって来た時、其奴は死にかけの者を抱えながら、マオシュエワンと口喧嘩をしていたのじゃ。あの時は騒がし過ぎて、耳が破けるかとも思うた」
東坡肉はそう言って、今まさにあの口喧嘩の声を聞いているように耳を揉んで、嫌そうな顔をした。
「そう言えば、その右手はもう慣れたか?」
……話が変わるのが早すぎる。
一瞬呆気に取られ、私はすぐに頷いた。
「いつもふざけているように見えるが、其奴はやろうと決めた事は成し遂げてしまうのじゃ。お主に本物同様な右手を付けた事も、吾にお主と玄武との関係を隠した事も」
「隠す?」
「はぁ、お主ら若者の事に首を突っ込みたくない。しかし、この機関城は世間ではめったにお目にかかれない桃源郷じゃ。弟弟子の心血が注がれておるしな、吾もここを荒らされるような事が起きて欲しくはないのじゃ」
「仰る通りです、私も同感です」
東坡肉は突然探るような視線を私に投げてきた。
「仇を討とうと思った事はないのか?」
「仇は既に死んでいます、討つ相手がおりません、しかも……」
「回鍋肉!見ろ、何を持って来てやったと思う!」
噂をすればーー辣子鶏は私の言葉を遮るように、勢いよく飛び込んで来た。手には何かを持っているようだ。
「ほぉ、甥弟子来たのか?見せて見ろ……なんだ、ただのボロいのみを見せびらかしに来たのか?美味しい物でも持ってきたのかと思うたわ」
「ボロいとはなんだ?!これは鳳の紋様を彫ったみのだ!」
「不格好じゃのう」
「不格好?!俺が彫った鳳の紋様が不格好だと?!回鍋肉!こののみはどうだ?!綺麗だろ?!」
「良い……」
「良い具合に不格好じゃのう」
語尾は東坡肉に持っていかれてしまい、私が慌てて辣子鶏が投げてきたのみを受け取ると、二人はじゃれ合い始めた。
しばらくかかりそうな様子だった。
そこで私は二人を置いて、一人で奥の部屋に戻り、のみを寝台のそばにある木箱に仕舞った。
私のものではない物が箱を圧迫してしているのを見て、思わずため息をついた。
しかも……
憎しみは苦く役に立たないものだ、腹を満たす事も風雨を遮る事も出来ず、風に乗って飛行する事も出来ない。
故に、無駄な事を考えるよりも……
むしろ、何を返したら箱一杯の瓊据に勝る事が出来るか考えた方が良いだろう。
Ⅳ.不酔
昨日作り掛けていた機械を準備している最中、冰粉(ぴんふぇん)が真っ青な顔で部屋に入って来た。
機関城の近日の出費で、また悩んでいるようだった。
冰粉が分厚い紙束を持っているのを見て、すぐに話は終わらないと気付き、向かいの椅子を指した。
「とりあえず座ってください」
「はい……先月の出費はいつもとあまり変わっていません、多くは機関の修理と……城主が使った分です」
「収入はどうでしょう?」
「どうにか赤字にはならない程度です」
「そうですか……新しい機械の設計図を急ぎます」
「ありがとうございます……先生が作った機関はもちろん素晴らしいです。城の百姓に多くの便利をもたらしてくれますし、地上で換金も出来ます。しかし機関城をお一人で背負わせるわけにはいきません、このままでは、いつかきっと倒れてしまいますよ」
「大丈夫です」
「修繕費はともかく、城主の出費は……」
「彼は城主です。好きな物を見付けても好きにお金を出せないなんて、笑われてしまいます。それは、この機関城の品位にも関わる事です」
冰粉の憂鬱な顔を見て、私は仕方なくため息をついた。
それに、辣子鶏が買ってきた珍しい宝物の大半は私の木箱に押し込まれている、どう彼を説教できるのだろうか?
「彼を少しでも大人しくさせられるのなら、その出費には価値があります」
「仰る通りですね……では、先生が今作っているのは?」
「木彫りの麒麟です」
「それは……城主にあげる物ですか?」
「はい」
冰粉はまだ何かを言いたそうにしていたが、突然上から飛んで来た光によって遮られた。その後、砲火が飛び交う戦場のような騒ぎが続いた、それを聞いて彼の顔は余計に暗くなっていった。
「バカ野郎!俺の弾薬箱を投げるな?!」
「ははははは、弾薬箱がなんだ、投げるのは俺の勝手だろう!」
「待て!雪玉――!あっ!この野郎!あんたを殺してやる!!!」
ドーンッ、バーンッ!
「バカ!あれは回鍋肉の家の庭だ!」
「それはお前の弾薬で破壊したもんだ!マオシュエワン!一人で逃げるな!」
声だけで誰なのかわかった。
彼らが来てから、機関城は以前よりも賑やかになったが、以前よりも多くの出費を彼らによって爆破された城壁に使っている。
冰粉は先生として、多くの者を教えてきたが、彼らの話になると、頭を抱えてため息が止まらなくなる。
「……申し訳ございません、某のしつけが足りていなかったようです。今からしっかりと二人を教育して参ります」
「お疲れ様です」
「いえ、貴方様が機関城の人々のために払った苦労には、誰にも及びません」
これを聞いて、無言で首を振ったが、冰粉は既に慌ただしく立ち去った後だった。
私は作業を続けた。
月光がぼやけ、本当に見えなくなってから、やっと手を止めた。
部屋に戻ってろうそくを取ろうとした時、庭の門が突然蹴り飛ばされた。
帳簿を管理しているせいか、このような大きな機関城で、私に無礼を働く者はたった一人しかいない。
その人影は燃え盛る炎のように慌ただしく入って来て、座って足を組み、豪快な姿を見せた。
「酒飲むぞ!」
勢いよく酒壺を机に置くと、透明な雫が完成間近の木彫りにかかった。
私は無意識に眉をひそめ、木彫りの麒麟を遠ざけた。
「飲みません」
「ダメだ!」
「まだ用事があります」
「なんだ!俺様の話が聞けないのか?!」
「……」
「それとも、酒が飲めないのか?一口飲めば酔うのか?ははははは、回鍋肉まさかそんなに弱いとはな!」
彼の嬉しそうな様子を見ていると、今夜は思いっきり酔わないと許してもらえないのだろうと悟った。
麒麟はあと少しで完成する。わざわざこんな時に邪魔をしにくるなんて、もしや読まれていたのだろうか?
まあ良い。
辣子鶏がまだ下戸であるという幻想から抜け出す前、私はお酒を奪って、思いっきり飲み干した。
「おいっ!お前!酒はこうやって飲むもんじゃねぇ!もったいねぇ!おいっ……お前!回鍋肉!」
辣子鶏が怒って顔を真っ赤にしている姿を見る前に、私はその強いお酒のせいで眠ってしまった。
眠りにつく前、頭に浮かんでいた事は――
もし彼がお酒を愛していなければ、絶対にこの高価で体に良くない物を禁じていた。
Ⅴ.回鍋肉
機関城のある一味は、裏でこっそりと回鍋肉を一番怒らせてはいけない人として見ていた。
そしてその一味はマオシュエワンを筆頭としている。
理由としては、回鍋肉が機関城の財政を握っているからだった。
彼らにとっては殺生権を握られているとも言えるのだ。
冰粉に説教されたマオシュエワンは隅に縮こまっていた。多くの物を壊した後だから、自分は今月美味しい唐辛子をお腹いっぱい食べられるのかについて心配していた。
色々考えた後、彼はやはり我慢出来ず、城主に見えないあの城主に助けを求めた。
どうして辣子鶏はマオシュエワンと同じように毎日暴れても、無駄なガラクタばかり買って来ても、回鍋肉は怒ったりしないのだろうか。その上、どうして辣子鶏の印を見ただけで、あっさりと伝票を通すのか。
「酒だ!」
「酒?」
「知らないのか?回鍋肉のやつは酒が好きだ。酒を飲ませておけば、それまでの事をさっぱり水に流してくれるぜ!」
「なるほど!」
そこで、初めて酔っぱらった回鍋肉が昏睡して目覚めた朝、マオシュエワンから強い酒をたんまりと貰う事になった。
彼は刺すような痛みがするこめかみをそっと押さえ、顔も上げずにただ外に向かって手を振った。
「置いておいてください」
その様子を見たマオシュエワンは、ナンバ歩きで回鍋肉の部屋から退散した。
マオシュエワンは「なんでまだ何も言っていないのに、回鍋肉の顔色はあんなに悪いんだ」と悩み始めた。
もしかしたら、酒をあげても水に流せない程怒らせてしまったのか?
マオシュエワンは辣子鶏に弄ばれた事を知らずに、生きた心地がしないまま数日間過ごした。
だけど回鍋肉はわかっていた。
彼は酒に酔いやすいが、一度も理性が飛ぶ程酔った事はない。
彼は聡明だ、奇抜で複雑で精巧な仕掛けを見抜く事は彼にとって朝飯前だ。故に、辣子鶏の企みを見抜く事も簡単だった。
しかし彼は理性を飛ばした事はないが、心はどうだろう。
彼は半生を全て機関術に費やして来た。一心不乱に、よそ見せず。時間が経つにつれて、義理人情を綺麗に忘れてしまっていたのだ。
礼は往来を尊ぶ、これこそ人が守るべき道理である。
だけど、必ずしも相手の瓊据に勝らなければならない訳ではない。
回鍋肉はどうしても辣子鶏が言っていたように木偶であった。頑固で粘り強く、与えられた善意に対して、命を懸けて恩返ししてしまうのだ。
辣子鶏が彼の命を救えば、彼は揺れのない安定した機関城を返さなければならなかった。辣子鶏が自由自在に動かせる右手をあげれば、彼は辣子鶏が思い描いた派手な図面通りに機関城を修理改造しなければならなかった。
この二人は競争をしているように、一人が美しい玉を相手にあげれば、もう一人は最新の機械を相手に返す。日々それを繰り返し、留まる事を知らない。
回鍋肉を永遠に機関城に留まらせるには、いつまでも恩を感じていてもらわなければならない。この彼の気持ちを辣子鶏が知っているからか、それともただ遊び飽きた物を機関城の帳場に投げ捨てているだけなのか。これは一旦置いておこう。つまり、回鍋肉という良木は辣子鶏の無私の善意を信じ切っているから、機関城のために力を尽くしているのだ。
勿論、彼も全く文句がない訳でもない。
少なくとも辣子鶏が自分に新たなのみを送ってから二日も経たないうちに、マオシュエワンが壺いっぱいの酒を運んできた時、流石の彼も疲れ果ててしまった。
前日の酔いで手が回らず、完成が遅れた木彫りの麒麟を見て、彼は深いため息をついた。
彼はこの時、もし自分が辣子鶏のように、何も気にせず、思うがままに、自由に生きられたら良いのにと思った。
しかし、俯いてまるで本物の腕のように改造された義手を見て、彼はさらに深いため息をついた。器具を黙々と拾い上げ、木に向かってうっぷんを晴らすように、彫ったり削ったりし始めた。
木彫りの麒麟を作り終えると、回鍋肉は慌ててマオシュエワンのために弾薬箱を作り出した。
実用性のために、彼はめったにやらない錬鉄も行った。
彼は自分の作品には自信があった、だけどこのお返しを受け取った時のマオシュエワンの表情は言葉で言い表せない程に険しい物だった。
功なくして禄を受け取れない。ましてマオシュエワンは功績がないだけではなく、過失があった。
このような状況で、わざわざ新しい弾薬箱を贈って来たのは、死ぬ前最後に豪華な晩餐を食す死刑囚のようだと、マオシュエワンは思った。
「俺が……間違ってた……もう二度としない……」
マオシュエワンの言葉を聞いた回鍋肉はその意味をわかりかねていた、彼は一体どこを間違えたのだろうか。
彼が自分の家に入ろうとすると、聞きなれた大声が響いて来たーー
「回鍋肉!マオシュエワンのやつに鉄箱を作ってやる暇はあるのに、俺様と酒を飲む時間はないのか?!」
彼は少しぼんやりしたまま振り返り、真っ赤な色が近づいてくるのを眺めた。まるで初めて見た時のように鮮やかで熱かった。
彼は足元に投げつけられた扇子を眺めて、首を傾げた。
一体どこを間違えたのだろうか?
冰粉は黙々と機械を制作している回鍋肉の手を抑え、黙って首を横に振った。
冰粉もまさか、聡明で毅然としていて、どんな機械も作れて、天下にその名が轟き、天命に逆らい、生き残った回鍋肉が人の心の機微については、子どもにも及ばないとは。
冰粉は長年教育に携わってきたが、こんなに難しい相手は初めてだった。
(まあ良いでしょう)
回鍋肉は、何の心配もいらないかもしれない。
未来はまだ長い、義理人情を、心の機微をもっと深く研究するための時間ならある。
冰粉は他の誰も信じなくとも、ただ回鍋肉一人だけは無条件で信じられるのだ。
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