Gamerch
フードファンタジー攻略wiki

月影海歌・ストーリー

最終更新日時 :
1人が閲覧中
作成者: ユーザー
最終更新者: ユーザー

イベントストーリーまとめへ戻る

月影海歌へ戻る

月影海歌

“月の影は空にあり、世界の裂け目を照らし出す。

深海に埋もれた秘密が再び現れると…

それはどんな物語をもたらすのでしょうか?”

月影海歌

1.千引

むかし、むかし……

天地は、二つにわかれていた。

「黄泉」と、そして「現世」に。

「黄泉」には無数の妖魔が封印されていて、そして彼岸の毒霧は、全ての生霊を恐ろしい妖魔に変える。

妖魔となった生霊は理性を失い、満たされない食欲だけを残し、紛れもない化け物となってしまう。

女の子:えー!じゃあ、化け物が出てきちゃったらどうしたらいいの?どうやって逃げたらいいの?

???:心配しないでください。この天地の間には、廻天の力を持つ巫女様がおります。彼女がこの地を守ってくれますよ。

甘えび:廻天の力を持つ巫女?

???:ええ、あの方は……偉大なる巫女様です……

甘えび:……あら……おじさんは彼女のことを崇拝しているみたいね。

???:……ッ、おじさん……

甘えび:それから!それから!

女の子:そうよ!続きは!!

???:それから……

???:廻天の力を持つ巫女様がこの世を去る前、彼女は愛したこの地を守るため、七つの神器を「現世」に残した。

???:全てを断ち切る宝剣、万民を守る明鏡、時を逆転させる宝箱……

???:それらの宝物には全て驚異的な力がありましたが、唯一「巨大な石」だけは違ったそうです。

???:他の宝物に比べるとみすぼらしく見えるそれは、不吉な黒い気配を纏っていました。

???:その淀みに指先が触れた瞬間、蛆のように両手にまとわりつきます。次第に全身を覆い、血を吸う虫のように、貴方の皮膚の下で蠢くでしょう……

甘えび:イヤッ!気持ち悪いわ、一体なんなのかしら?

???:「黄泉」と「現世」の間には小さな裂け目があります。その石こそ、その裂け目を守る結界石――「千引岩(ちびきいわ)」なのです。それには、黄泉の入口を封印する力がありました……


ある日

龍宮城

 揺れる海草の合間にある色とりどりの珊瑚が、海に彩りを添えた。小さな魚はカニが振り回すハサミをかわしながら、珊瑚の間に隠れた。

 カキンッ――

 刀が閃くと、赤黒い色が波に乗って広がった。それは通常の血液ではない、むしろ黒い煙のようなものに見える。それらはもがきながら、どうにか刀の持ち主に一矢報いようとした。

車海老:……気のせいか。

甘えび:だから気のせいよ!誰もここに来たりしないわ!帰ろうよ!兄さんが待ってる!

車海老:……ああ。

 海底にいる二人の人影は、陸地にいるかのように軽やかな足取りで歩いていた。よく見ると二人の周りには薄い膜が見える、気泡が彼らを海水から遮断していたのだ。

 彼らの向かう先には、水晶でできたような巨大な宮殿があった。彼らを包んでいる物と同じ気泡がそれを丸ごと包み込んでいた。脆いように見えるその気泡は揺らぎながら、海底のあらゆる危険を遮断していた。

???:フフッ……さすがは龍宮城の護衛ですね……

???:……月兎よ、あの石はどこにあるのだ?こんなに探しても、ちっとも見つからないとは。

???:……

???:なんせ黄泉の門を守る「千引石」であろう、あちきは見たこともないでありんす。

???:……フフッ、それは現在別の姿となってこの土地を守っていますよ。

???:……その表情を見る限り、土地を守ってくれている神器のことを言っているようには到底見えぬ。

???:そうでしょうか?

???:まるで、強い憎しみがあるようにしか見えないでありんす。

???:……フフッ。


2.噂

明太子:この野郎――放せ!それはオレ様のだ!

雲丹明太子頑張って!あっ、八岐(やまた)も頑張って!

中華海草:あはは……雲丹先輩、いったい誰の応援をしているんですか……

雲丹:楽しければいいじゃん!ウフフ、ほら海草ちゃんも一緒に飲もうよ!

中華海草:いえっ、いや、あの僕にはまだやるここがぁあああああー!

海苔:……雲丹、海草が酔ったら大変なことになりますよ。

雲丹:えーっ?酔ってるところ見たーい!

明太子:八岐ああぁ――待てぇええ!!!

タコわさび:うるさい。

油揚げ:いっ、いなりさま……お肉焼けました……

きつねうどん:あっ!焼肉!俺も食いたい!!!

 ようやく自分の食べ物を奪い返した明太子は、食べながら巨大な桜の木の下でわいわいと騒いでいる者たちを眺めた。

明太子:あれ……そう言えば、貝柱のヤツ最近見てねぇな。

海苔:龍宮城の皆さんは確かにしばらく見てないですね。

中華海草:それに最近、海の方であまり良くない噂が増えているらしいんです……もしかして、何かあったのでしょうか?

雲丹:よくない噂?

中華海草:はい、最近八岐さまに祈りを捧げる漁師さんも増えていますし……

明太子:お前がアイツらを助けた後、魚をあげてることが原因じゃねぇのか?お前は優し過ぎるんだよ、アイツらが調子に乗るだろっ!

中華海草:ち、違いますよ!八岐さまに言われて以来、僕はもう食べ物をあげたりしていません。ただ……彼らは本当に困っているみたいです……

海苔:……最近東の海で「怪物」が増えていると聞きました。東で漁業を生業にしている村人たちが、僕たちの八岐島の方に移住せざるを得なくなっています。

明太子:東の海?そこは龍宮城の縄張りだろ?アイツら本当に大丈夫か?もしかして助けに行った方が良い感じか?!ヨッシャー!久しぶりに暴れてやるぜ!ヘヘッ!!!

貝柱:ほお、それは悪かった。残念ながら、私は無事だ。

明太子:あっ!貝柱、来たのか……そうだ、こっち来いっ!八岐が酒を持って来てくれたんだ!

貝柱:……ああ。

 簡単な挨拶を交わした後、いなり寿司は騒いでいる面々を見回し、一際無口な貝柱に声を掛けた。

いなり寿司:……おや、なんだか元気がないみたいね?

貝柱:そうですか?気のせいでしょう。

いなり寿司:気のせいなら良いのだけれど。龍宮城は、本当に、大丈夫なの?

貝柱:もちろんです、ご心配をおかけして申し訳ありません。龍宮城には「千引石」の庇護がありますので、何の問題もございませんよ。

いなり寿司:ふふ……「千引石」……ね……


3.似非仙人

数か月後

海辺

 少女は真新しい綺麗な下駄を履いて、海辺をパタパタと歩いていた。下駄についている鈴から小気味良い音が響いてくる。彼女に蹴られた小さな貝殻と石が、空を舞っていた。

甘えび:ふんっ……もうっ……

甘えび:あああああ、もうイヤー!

甘えび:あたしってなんでこんなにおバカなの!たかが箱でしょ!どうして開けられないのよー!

甘えび:ああーーーーー!

甘えび:うぅー!兄さんもこのボロい箱の使い道教えてくれないし!使い道がわからなかったら使えないじゃない……

甘えび:なんで怒ったりするの、もうイヤッ!兄さんなんて大嫌いっ!家出してやるんだからっ!!!!!

 少女は海に向かって鬱憤を晴らしていた。まるで腹が立っていることを証明するかのように、頬をこれでもかっていう程に丸く膨らましていた。

甘えび:ああーーーもうーーーイヤだーーーっ!

鯛のお造り:そんなに怒っているなら、本当に家出したらどうだ~?

甘えび:?!

鯛のお造り:おや、ごめんなさい、驚かせてしまったかな?

甘えび:いつからいたの?!あっ!気を付けて――

 突然現れた青年が口を開こうとした時、巨大な黒い影がゆっくりと背後から青年を呑み込もうとしていた。それに気付いた甘えびは、大きな声を出して目の前の彼に呼びかけようとしたが、既に遅かったようだ……

暴食:ゴォオオオ!!!!!

鯛のお造り:どういう意味だ?

 バンッ――

 青年が襲われそうになった間一髪のところ、いつの間にか激しくなっていた波が勢い良く彼の背後から、その「怪物」を呑み込んだ。

甘えび:……それ、あっ……あの……さっき……貴方……

鯛のお造り:どういう意味だ?

 あまりにも突然な出来事だったからか、甘えびは驚いて何も言えなくなっていた。彼女は複雑な表情で命拾いした青年を見つめた。

鯛のお造り:あぁ、そうかそうか。先程危うく怪物に襲われるところだったようだなぁ。注意してくれてありがとう、助かったよ。

甘えび:あっ……いや、あたしは別に何も……

鯛のお造り:はは、そう謙遜しなくとも、危機的状況の中私を助けようとしてくれただけでもありがたいよ。私は弱そうに見えるけれど、運はとても良いんだ~

甘えび:運?

鯛のお造り:ははははっ、そうだなぁ……私を襲おうとした「怪物」は勝手に鋭い木の枝に刺さって死んだり、喧嘩している「妖怪」たちに巻き込まれて倒されたりするんだ。

甘えび:……

鯛のお造り:さて、助けてくれたお礼に、貴方を助けようじゃないか。ふむ……貴方は悩みがあるようだな、私に話してみる気はないか?

甘えび:……あたしは……貴方を助けたりしていないわ……ほら、あの怪物はあたしが退治した訳じゃないもの。

鯛のお造り:助けてあげたいという気持ちが大事なのさ。なら、貴方の悩みを当ててみよう……兄上に頼まれた事をどうしても出来ずに失望させてしまったのかな?

甘えび:……うぅ、その通りだけど……でも、貴方はずっとあたしのことを盗み聞きしていたでしょ?

鯛のお造り:はははっ、そう思うのならそうなのだろう。

甘えび:ふんっ……

鯛のお造り:似非仙人なりに、ちょっぴり助言をすることは出来るさ~

鯛のお造り:どうしても出来ない時、貴方の最も大切なひとを思い浮かべると良い。もしかしたら、そうすることで願いを叶える力を得られるやもしれんよ~


4.氷棺

状況は……悪化しているのか……

海底

龍宮城

 深い海の底にあるのは、巨大な気泡に包まれた龍宮城、それは輝く水晶の宮殿だ。透明な壁を通して、どこからでも美しい海底の景色を眺められる。

 全ての壁から驚く程の冷気が放たれていて、指先で少し触れただけで、身体が凍える程の寒気を感じる。

 ――これは水晶ではなく、氷で出来た宮殿だったのだ。

 その巨大な宮殿の最深部には、何層もの氷に覆われた巨大な氷棺が鎮座していた。

 パリンッ――

 小さな音が響き、氷棺の前に立つ少年は拳を握りしめた。

貝柱:……

車海老:……状況は……まだ悪化しているのか……

貝柱:ああ。

車海老甘えびは……玉手箱を開けられなかったのか?

貝柱:ああ。彼女には「時間」を取り出す資格はあるが、まだその力を使いこなせていないようだ。

車海老:……そうか。

貝柱:どうした?

車海老:……彼女が主上の「時間」を取ってしまうと、彼女自身が黄泉に呑み込まれてしまうのでは……

貝柱:彼女を探しあてる前からわかっていたことだろう、何を今更……まさか情がわいたのか?

車海老:長い付き合いを経て、情がわくのは貴殿の方だと思っていた。小僧。

貝柱:ハッ!兄様以外に、私にとって意味のある存在がいるとでも思っているのか?兄様を助けさえ出来れば、例えお前であっても容赦したりはしない。

車海老:(強情な小僧だ……)

車海老:……貴殿もわかっているであろう。主上が「黄泉」に完全に呑みこまれてしまう日が来たら、桜の島は最後の守りを失ってしまう。彼が「千引石」と融合した時にでも、本来……

貝柱:貴様、後悔しているのか?!

 その問いかけには激しい怒りが込められていて、龍宮城の氷壁にヒビが入るほどの霊力が溢れた。龍宮城全体に響いた貝柱の怒鳴り声を、車海老は避けることはしなかった。若き護衛はいつもの冷静な表情のまま、目に少しだけの悲しみを浮かべていた。

貝柱:貴様は兄様に言われた通り、兄様が完全に吞み込まれる前に彼を殺して、彼の亡骸をそのまま「千引石」の代用品にした方が良かったって言いたいのか?!

貝柱:兄様を永遠に光が差さない龍宮城に閉じ込め、逃げられない運命に縛り付けるつもりなのか?!

貝柱:後悔したのか?!貴様は後悔しているのか?!

 少年が暴れ出そうとした瞬間、彼の肩に刀の鞘が触れた。簡単な動作だったが、怒り狂っていた少年は落ち着きを取り戻し、よろめきながら背後の王座に座り込んだ。

車海老:……貝柱、落ち着け、黄泉の毒霧に影響されている。

貝柱:……

車海老:……主上は、こんなことを望んではいない。

貝柱:……

 ゴロゴロ――

 大きな音が沈黙を破った。場違いな笑い声が響き、二人は我に返った。

暴食:シシシシッ――これはこれは、良いモノを見つけた!

車海老:……またあの「怪物」たちか、某に任せてくれ。貴方は……ゆっくり休め。

 タタタッ――

 去っていく車海老の後ろ姿を見送った貝柱は項垂れた。薄っすらと黒い霧が滲む掌を見つめ、つぶやく。

貝柱:この土地を救うために、兄様を壊さなければならないのなら、こんな土地なんて……滅べば良い……


 一方。

暴食:ハハハハハッ――やっと出られた!!!やっと出られたぞ!!!あのクソみたいな石はようやく消えるのか!!!!!あのクソ巫女がっ!!!!!ハハハハハッ!!!!!

車海老:……

暴食:ハハハハハッ――これがたらふく食うことが出来る世界かっ!!!!!


5.難局

一番悲しいのは……

 「怪物」たちの言葉を聞いた車海老は、顔色を変えて龍宮城に戻った。

車海老:小僧……「怪物」たちが……

車海老:?!貝柱!!!

 氷の地面に広がる青い髪を見た車海老は足を速めた。先程まで氷棺の前に立っていた貝柱が倒れていたのだ。焦っている車海老は、貝柱の襟元から怪しげな紋様が広がっていることに気付いた。

車海老:……

 ビリビリッ――

 乱暴に貝柱の襟元を裂くと、おぞましい紋様が少年の胸元に広がっていた。車海老がこのような光景を見るのは初めてではなかった。彼は拳を握りしめる。

 この紋様は、初めの頃は溶岩のようなおどろおどろしい赤色をしている。侵食が進み、身体に刻まれていくにつれ、少しずつ温度が下がっていくと、怪しい紺色になる。

 かつて、車海老の目の前で侵食されていくあの者と同じように……目の前の少年は、終焉へと向かっていた……

 キツく目を閉じていた少年の眉間に皺が寄せられた、彼は何かをぶつぶつと呟いているようだった。

貝柱:どうして……どうして玉手箱を起動出来るのは……私ではないのだ……兄様……どうして貴方を救えるのは……私ではないのだ……どうして……

 いつも自信満々なその少年が、このような無様な格好を見せたのは初めての事だった。

 車海老は昏睡状態のままうわ言を呟く貝柱を氷で出来た寝台に乗せた。冷気は毒の侵入を抑え込むことは出来るが、例え骨を刺す程の冷気であっても辛うじて侵食速度を緩やかにすることしか出来ず、肉眼で確認出来ない程度に侵食は加速している。

車海老:……まさか……某はまた見ていることしか出来ないのか……


桜の島「現世」

観星落

 巨大な陰陽寮の中、白い狩衣を着た青年は熱いお茶を持っていた。お茶から立ち上る湯気によって彼の顔が隠され、一層神秘的に見えた。

 もし甘えびがここにいたとしたら、きっとすぐに目の前にいる達人のような者は、彼女が出会った頼りない「とても幸運」な彼だと気付くのだろう。

 タッ――タッ――

 足音が響いた後、柔らかい声が聞こえてきた。

お赤飯:今日のおやつは大福ですよ。

日式年糕:万歳!!!お赤飯姉さん万歳!!!!!

鯛のお造り:お疲れ様、座って。

 白無垢を身に纏った少女はその場に座った。その優雅な様はまるで婚礼に臨む花嫁のようだった。

お赤飯:お造りさま、何かお悩み事ですか?

鯛のお造り:おや……そう見えるのかい?

お赤飯:本日、まったくサボっていないじゃありませんか。いつもと違い過ぎて、心配です。

日式年糕:あははっ!!!!!

鯛のお造りお赤飯よ……

お赤飯:悩み事があるのでしたら、是非教えてください。解決出来ずとも、話すことで少しは楽になりますよ。

 少女は微笑みながら鯛のお造りを見つめる、優しい視線は少し苛立っていた彼の心をほぐした。

鯛のお造り:……大したことではない、少し感傷に浸っていただけさ。

お赤飯:感傷?

日式年糕:感傷って何?最後の大福を食べられなかったこと?

鯛のお造り:貴方たちに、一つ質問をしようか。

鯛のお造り:この世で最も誠実な感情ってのは、なんだと思う?

お赤飯:……最も誠実な感情……愛情でしょうか?

日式年糕:ぼく知ってるよ!友情!!!あと、家族愛も!!!!!

鯛のお造り:全部合っているよ……でも、知っているかな?全ての感情は、最初の頃、一瞬の感動に過ぎないということを。この一瞬の感動が永久になった時、この世で最も素晴らしいものになるんだ……

鯛のお造り:一目惚れした相手を死ぬまで愛し続けたり、兄弟愛のために自分の全てを投げうったり、更には偶然再会した肉親のためなら見返りを求めなかったり……

お赤飯:これらの感情は非常に美しいものではないですか、ならどうして感傷に浸っているのですか?

鯛のお造り:美しく、何もかも全てを凌ぐ絆ではあるが……それと同時に、それは一部の者にとっては枷となってしまうのだ。逃げようのない檻の中に自分を閉じ込めてしまうのだ……

鯛のお造り:その感情のためなら、死んでも構わないと思う程に。

鯛のお造り:最も悲しいことは……彼らを救うことが出来るのは、彼ら自身しかいないということ……


6.海神

魔を屠る者は、やがて魔になる。

桜の島「現世」

極楽

純米大吟醸:なあ……月兎よ……

月見団子:どういう意味だ?

純米大吟醸:今日の彼の世の月は、いったいどんな姿でありんしょう……満月か、それとも三日月か……

月見団子:……大吟醸、今日は鯖はいないのですね。

純米大吟醸:おや、どうしてわかったんだい?

月見団子:貴方は退屈している時、いつも彼をからかっているでしょう。私に話しかけたということは、今日彼は傍にいないということなのでしょう。

純米大吟醸:あら、わかっているならあちきに付き合ってくれてもよいではないか?

月見団子:……何の話がしたいのですか?

純米大吟醸:なら……「玉手箱」について話そうではないか?

月見団子:どうして急にその話を?

純米大吟醸:クク……玉手箱のことを考えていたのはぬしの方でありんしょう。なんだ?あのイカれた若者からそれを奪えるという勝算でもあるのか?

月見団子:……何を仰っているのですか、玉手箱は貝柱のところにあるのが一番安全だと思っただけです。

純米大吟醸:……

月見団子:どういう意味だ?

純米大吟醸:月兎、ぬしはあちきのことを顔しか取り柄のないお飾りだと思っているのか……悲しいでありんす……

月見団子:コホンッ、失礼しました。

純米大吟醸:フンッ、ただ……今回は一体何が起きるのだろうか?近頃異常な出来事が増えているように思う。

月見団子:それは私たちが気にするべき事でしょうか?結果どうなったとしても、「千引石」の存在はこの世から消えますよ。

純米大吟醸:ぬしもやはり「百鬼」が一人、心が鬼のようでありんす。あちきはあの者たちを気に入っているがな。

月見団子:とっくの昔に存在しない物であるなら、早めに無に帰した方が良いでしょう。そうでもしなければ、この異常な世界を正常に戻すことは出来ません。


月見団子:千引石には、黄泉の門を封印する力があります……

月見団子:それは「黄泉」から「現世」へと続く唯一の入口を守る結界石です。同時に、黄泉の毒を吸収する力も持っている……ただ、それには限界があります。

甘えび:えっ?

月見団子:黄泉の毒を吸収し続けていれば、必ず限界を迎える日がやってきて、毒霧の侵食によって砕け散るでしょう。

甘えび:えーっ?!!!じゃあどうしたらいいの!!!

月見団子:焦らず、続きを聞いてください。

月見団子:千引石が砕け散ったその日、天地はひっくり返り、海水は天に向かって流れました。大地は崩壊し、その亀裂から無数の妖魔が私たちの土地にやって来ました。その不気味な黄泉の毒は、全ての生霊を欲望しか持たない「妖魔」に変えました。

月見団子:そんな時……一人の海神が現れました。

 その海神は巨大な力を用いて、大地の亀裂の上に巨大な水晶宮殿を作り上げ、「現世」に向かう妖魔を抑え込んだ。

 海神がホッとしたのも束の間、亀裂から溢れ出た毒霧は依然として「現世」の者たちを襲っていたのだ。

 そこで、海神はある方法を考え、友人にそれを託した。巨大な石のカケラを彼自身と融合させることで、千引石の力の一部を得たのだった。

 彼は自らの身体を使って千引石の代わりに黄泉の毒を吸収し、千引石の力が足りず「黄泉」から抜け出した「妖魔」を自らの力を使って退治した。

 その日から、海神は黄泉の門の番人となった。亀裂から抜け出した妖魔を切り裂き、自らの身体で「現世」の安寧を守った。

甘えび:良かった……海神様はすごいね……彼さえいれば「黄泉」の心配なんてしなくていいわ!

月見団子:そうですね、海神様はすごい方です……しかし……

甘えび:しかし……?

月見団子:遥か遠い国には、このような古い言葉があります。

甘えび:古い言葉?

月見団子:魔を屠る者は、やがて魔になる。


数ヶ月後

龍宮城近くの海辺

日式年糕:ふぅ……最近「怪物」がいっぱい発生している噂の海域はここかな?

暴食:シシシシッ……兄弟たちよ、ほら……また命を捨てにきたヤツがいるぞ……

日式年糕:うわぁー!やっぱり多いね!みんなにどれだけ迷惑をかけているのか、怪物たちはわかってないみたいだねっ!覚悟してっ!エイヤーッ!


7.陥落

去れ。

日式年糕:ふぅ……ふぅ……さすがに、多すぎるよ……うわぁ!

 尻餅をついたお餅が、持っていた大槌で堕神の攻撃を防ごうとした、その時――

 カキンッ――

 鋭い光の後、目の前の黒い塊が切り裂かれた。お餅が顔を上げた時、前に立っている青年はすでに刀を鞘に戻していた。地面に三日月の形をした赤黒い血の跡を残して。

車海老:ここは貴殿が来るべき場所ではない、立ち去れ。

 お餅の返事を待つこともなく、青年武士は素知らぬ顔で海の方に向かって歩いた。それを察知したかのように海が割れ、ひと一人だけが通れる道がお餅の前に現れた。

 そのありえない光景を前に、少年はぽかんと口を開けたまま言葉が出なくなり、武士が消えた方をしばらく眺めた。そして海面が元通りになるのを見届けてから、彼はようやくゆっくりと立ち上がった。

日式年糕:なるほど……龍宮城のひとは海を割ることが出来るのって、本当だったんだね……

日式年糕:あれ……でも……龍宮城にいる海神は、もう妖魔になっちゃったんじゃないの……?


海底

龍宮城

 巨大な龍宮城はどうしてかいつもの生気を失っていた、辺りの海水も汚れた暗い色に染められている。綺麗だった宮殿は、少しずつ崩れ始めていた。

 少女は自分の両耳を塞ぎ、巨大な貝殻で出来た寝台の上で丸まっていた。彼女は恐怖に満ちた表情をしていたが、歯を食いしばりそこから逃げようとはしなかった。

 半月程前のある紅夜から、龍宮城は黒く染められていき、まるでここには彼女しか残っていないかのようになっていた。

 いつ何時も彼女のために開いていた扉は今、固く閉ざされていた。

 あの二人はずっと彼女にとっての唯一の心の支えだったが、ある日を境に姿を消した。扉をいくら叩いても、返事が返ってくることはなかった。

甘えび:……兄さんたち……どこに行っちゃったの……

甘えび:……玉手箱を開ける練習もっとするから……あたしを一人にしないで……

甘えび:……また……一人になっちゃうの……

 ゴロゴロッ――

 低い雷鳴の後、龍宮城は天井から崩れ始め、海底に大きな揺れを引き起こした。大きな音と共に、少女の寝所の外にある人影が現れた。長い髪を振り乱し、不吉な気配が漂っていた。

 少女が知っているのは、いつも綺麗な服を着て、カッコよくて美しい貝柱だった。いつもなら束ねている長い髪は、今は身体に張り付いていた。その狼狽した、陰鬱な姿は見たひとをゾッとさせる。まるで……

 怪談の中に登場する水鬼のようだった。

 冷たく生気のない視線は貝殻の寝台に座っている少女を捉えて離さない。少女は兄の異変に気付いてはいたが、本能的に親しい家族のもとへ向かって走って行った。

甘えび:兄さん!やっと出てきた!大丈夫?どうしてずっと出てきてくれなかったの!車海老もいないし!龍宮城はもうすぐ崩れるわ!怪物もどんどん増えているし、早く車海老を探して一緒にここから出よ?

 兄のいる方へと走りながら、ひたすら愚痴や心配を口にしていた少女は、兄に飛びつく寸前、その足を止めた。訝し気にまるで人が変わったかのような貝柱を見つめた。

甘えび:にい……さん?

 目の前の少年にはかつての優しさはなく、甘えびを安心させる笑顔もなかった。

 青い両目が何の感情もなく自分を見ていることに気付いた甘えびは、海底の最深部でしか味わうことの出来ない寒気を感じ、一つ身震いをした。

 指先から全身へと広がっていくその寒さは甘えびの足を止め、彼女は少年の前に立ち尽くした。彼女はそっと、少年の袖を掴んで、優しく慰めてもらおうとした。

貝柱:……

甘えび:にい……兄さん……龍宮城は……大丈夫だよね……あたしたちは……大丈夫だよね……?

貝柱:……

甘えび:痛っ!兄さん?!

 突然少年は手首が折れる程の力で少女を掴んだ。今までの貝柱なら、甘えびがどれだけ小さな傷を負っても慰めてくれた。しかし今の彼は、彼女の訴えには何の反応も示さない。

甘えび:兄さん、どこに行くの?……痛いよ、兄さん!待って!!!


 甘えびがよろけながら貝柱を追いかけていると、気付けば海辺に辿り着いていた。砂の上に座り込んだ少女は、落ちていた石によって手足をすりむいても気にする素振りはなく、ただボーっと彼女を放り投げた少年を見つめた。

 彼女はこの時、一番恐れていた言葉を耳にすることになると、何故か予感していた。

甘えび:にい……さん……どうして?

貝柱:去れ。


8.因果

自分で引き起こした災いだ。

貝柱:去れ。

甘えび:……

貝柱:ずっと龍宮城から出たいと思っていただろう。

甘えび:……あたしは……兄さん……

貝柱:ここから出ると良い。

甘えび:もっ……もう遊び回ったりしない!家出もしないわ!あたしっ……あたしは……

貝柱:去れ。

甘えび:兄さん、何でそんなこと言うの!あたしは……あの玉手箱を開けなきゃいけないわ! そうだ……玉手箱!

貝柱:もう……必要ない……

 バンッ――

 いつもなら甘えびがその玉手箱に許可なく触ると貝柱に怒られてしまうのに、この時はまるでゴミのように彼女の傍に投げ捨てられた。少女は訳もわからず半分が砂に埋まっている玉手箱を見つめた。

甘えび:……

貝柱:ここから立ち去れ、もう二度と帰ってくるな。

 少年はそれ以上説明する気はないようだった。声色は少しだけ和らぎ、先程までのように激昂することはなかった。まだ混乱している少女は、彼の長い袖の中の拳が震えていることに気付かない。

 貝柱甘えびを見つめた。何の感情も感じ取れないが、その少年の顔は綺麗すぎて目を離すことが出来ない。錯覚かもしれないが、彼女には彼の目が潤んでいるように見えていたのだ。

甘えび:兄さん……兄さん……あたしを置いていかないで……


貝柱:兄様……私をおいていかないでください……


甘えび:兄さん……兄さん……

貝柱:……

甘えび:兄上……

貝柱:さようなら、私の愛する姫。

 ふいに少年は淡い笑みを浮かべた。酷く狼狽した今であっても、その笑顔は甘えびの目には、世の中のどの絵巻よりも美しく映った。

 しかし甘えびが手を伸ばして、少年の涙を拭おうとした時、彼は立ち上がって、何の未練も残さずこの場を離れた。

 少女がボーっと見つめる先で、ある人影が彼女の傍にしゃがみ込んだ。そのひとは亀裂だらけで黒い気配を纏う玉手箱を拾い上げ、袖で優しく砂を拭い取り、彼女に手渡した。

甘えび:兄さんは、機嫌が悪いだけで……龍宮城は今もあたしたちの家、だよね……

 無理に笑みを浮かべ、藁をも縋るように青年の袖を掴んだ甘えびの目には、助けを求める気持ちが満ちていた。しかし今回だけは……彼女の護衛は、彼女が喜ぶような言葉を口にすることはなかった……

車海老:貴殿を某たちの責任に巻き込んでしまって、申し訳ありません。ここから離れ、この玉手箱を月兎に渡すと良い、彼がこの煉獄から貴殿を解放してくれます。彼が、ここよりは残酷ではない世界に送ってくれます。

甘えび:……

車海老:その世界で、自分だけの幸せを見つけてください。これが某たちが貴殿のために最後にしてあげられる事です。甘えび、これからは某もあの小僧も傍にはいません、今までみたいにわがままを言ってはいけませんよ。

 青年は甘えびが聞いたこともない優しい口調で話し終えると、振り返らずに去って行った。まるで、先程までの優しい言葉は彼の言葉ではないかのように。

 甘えびは一人ぼんやりと海辺に座ったまま、龍宮城への通路が彼女の前で次第に閉じていき、青年の後ろ姿を覆い隠していくのを見つめた。


海底

龍宮城

貝柱:……

 車海老は崩壊し掛けている龍宮城に戻ると、壊れかけている氷棺の前に座っている少年を刀の柄で軽くつついた。氷棺の中にいる者は淀みに覆われ、最後の束縛が解かれようとしていた。

車海老:おい。

貝柱:……?

車海老:どうした?辛いのか?彼女を連れ戻そうか……どうせ……主上が目覚めれば、桜の島は……

貝柱:……やけに饒舌だな。

車海老:ハッ、まさか玉手箱を彼女に渡すとは。

貝柱:無駄口を叩くな、どうして貴様はまだここにいる?

車海老:クソガキ、狂った貴殿を置き去りにしたと、主上に知られたら怒られてしまうだろう。

貝柱:……早く出て行け、これは私の責任だ。

車海老:ずっと前から貴殿に言いたかったことがある、ずっと口にする機会がなくてな。

 パリンッ――

貝柱:……

車海老:クソガキ。

 氷が割れる音が響くにつれて、不吉な気配を纏った人物の姿がはっきりと見えるようになった。しかし、車海老は何故かスッキリとした笑顔を浮かべていた。

車海老:ずっと貴殿のことを殴りたかった。だから、しっかり生き残って、殴らせてくれっ!

9.背負う

彼らと共に全てを背負いたい。

 海辺に座り込んでいる甘えびは、閉じられた通路をぼんやりと見つめたまま動けずにいたが、しばらくしてやっと我に返った。自分の綺麗な服の裾が濡れるのも、真新しい下駄の鈴が流されるのも気にすることなく、海の方に向かって走った。

甘えび:開けて!!!!!

 彼女は何度も何度も試したが、龍宮城への道は閉ざされたまま。数えきれない程の堕神が海底の龍宮城の方に吸い寄せられて行くのが見える。

甘えび:開けて……開けてよ!!!開けて!!!開けなさい!!!あたしは龍宮城の姫よ!!!早く開けなさい!!!!!

鯛のお造り:……

甘えび:兄さん、車海老、あたしはもうわがままなんて言わない!頑張るから!お願いだから、開けて……あたしの家はここしかないの……開けてよ……出てきてよ……龍宮城は……もう崩れちゃうんだよ……

鯛のお造り:……甘えび……

甘えび:……兄さん……車海老……開けて……家に帰りたいよ……

鯛のお造り:……甘えび、貴方は既に龍宮城に拒絶されている。「あの方」が作り上げた通路だ、彼らが許可しない限り貴方は入れないよ。

 青年の優しい声が何度も聞こえてくるが、甘えびはそれを全て無視した。先程までの出来事を全力で否定しようとしているようで、少女は途方にくれていた。

 叫び続けた少女は機械的に振り返り、いつの間にか現れた青年の方を見て藁をもすがる思いで話しかけた。

甘えび:……鯛のお造り……? 貴方が……来てくれたのね! あたし……家に帰れなくなったの! あたしを帰してくれない? 兄さん、兄さんたちが危ないの、堕神がいっぱいいて、龍宮城が……

 パンッ――

 頬に感じた痛みによって、甘えびは崩壊寸前の感情の渦から辛うじて抜け出すことが出来た。彼女の頬を思いっきり両手で包む青年を見つめ、口を噤んだ。

甘えび:……

鯛のお造り:……甘えび、貴方は本当にまた彼らに会いたいのか?そうすることで、貴方も危険な目に遭い、命を失うことになるかもしれないのに?

甘えび:……

鯛のお造り:安全な住まいと綺麗な衣服が欲しいだけなら、私があなたを安全な場所に連れて行こう、私が貴方を守ろう。これはかつて友人に誓った事だ、既に一度破ってしまった、もう二度と破ったりはしない。

甘えび:……

鯛のお造り:貴方の目の前にあるのは、辛く険しい道だ。おとぎ話なんかじゃない。彼らが言うように、貴方は混乱に巻き込まれただけ、ここから離れる資格はあるんだ。

鯛のお造り:貴方には義務はない、苦難を経験する必要もない……

鯛のお造り車海老が言っていたように、あの月兎に玉手箱を持って行くといい、この煉獄から離れることが出来る、もしくはどこかで身を隠してもいい……少なくとも、玉手箱を持っていれば、もう危険に晒されることはないよ。

 鯛のお造りは柔らかな声で、一言一句丁寧に重い言葉を重ねた。

 貝柱車海老に甘やかされてきた少女が、一体どんな選択をするのか彼にはわからない。しかし、彼は身勝手にも彼女により険しい方の道を選んで欲しいと願ってしまっている……

 そうしなければ、家族二人を失ってしまった少女がこの困難に向き合わなければ、苦境に立たされている二人を救い出すことは叶わないからだ。

鯛のお造り:この選択は……貴方自身にしか選べない……

 少女は俯いたまま、砂で汚れた服をキツく握りしめていた。砂が彼女の手に食い込む。鯛のお造りは黙り込んだ少女を見つめ、落胆したのか、手を下ろした。

 安定した穏やかな生活を、桜の島に住む全ての生霊が望んでいる。険しい道を選ばなくとも、それは正しい選択だ。ましてや、彼女は巻き込まれてしまっただけの被害者に過ぎない……

 彼女があの二人のために、何かをする必要はないのだ。

 しかし次の瞬間、顔を上げた少女の目はきらめいていた。弱弱しいけれど、誰もがもう一度見たくなるような、鯛のお造りの心臓が躍る程の笑顔が輝いていたのだ。

甘えび:貴方が言っていることが本当なら、あたしはやっぱり兄さんたちに会いたいわ!例えこれから綺麗な服を着れなくなっても、美味しいお菓子を食べられなくなっても、彼らと一緒に過ごしたいわ!

甘えび:ずっと知ってたの、二人はあたしの知らない苦難を乗り越えて、最初からあたしを利用しようとしていたこと。でも彼らの手を取って一緒にここに来た日のことを後悔したりしていないわ!

甘えび:目的のためにあたしに良くしてくれただけだとしても、たまに見せてくれた笑顔はきっと本物なんだって信じたいの。彼らの手を取ったあの日から、あたしは龍宮城の一員、彼らの家族よ。あたしは彼らと一緒に全てを背負いたい!

鯛のお造り:……

 貝柱車海老がいつも「甘やかされ過ぎたわがまま娘」だと愚痴っていたその少女を見て、鯛のお造りは笑い出した。そして、甘えびの頭を優しくなでた。

鯛のお造り:甘やかされすぎだと二人はいつも言っていたが、あの二人こそ「あいつ」に甘やかされていたんだろうね……

甘えび:こ、これは――

 鯛のお造りの笑顔と違って、彼の後ろに、怪物が海面からどんどん湧き出ている。しかし、彼はわからないように、あるいは知っていたが、それでも落ち着いて微笑んでいた。

鯛のお造り:月兎のもとへ行きなさい。彼が貴方の進もうとする道に連れて行ってくれるよ。そこで、貴方が求めている答えが全て見つかりますように……

甘えび:危ない!!

 カキンッ――

 怪物が真ん中から裂けた。真っ赤な体液が鯛のお造りの顔に飛び散り、彼の顔は赤く染まった。月明かりの下で、青年はまだ穏やかに微笑んだが、赤い瞳で奇妙な光を輝いていた。

鯛のお造り:ここは、任せて。


10.我儘

最後までわがままでいさせて。

崇月

和室

明太子:なあ、月見!そろそろ出発した方が良いんじゃねぇか?偵察に行った鯖が言っていただろ、龍宮城の下にある「黄泉」の封印はもうすぐ壊れるって。いつまでグズグズしているつもりだ?

いなり寿司:わざわざ八咫鏡(やたのかがみ)を持って来させといて、一向に出発しないなんて……月兎、一体何を考えているの?

月見団子:皆さん落ち着いてください。最後の欠片が、まだ見つかっていません……

月見団子:(まさか今回は……誤算をしてしまったのか……)

明太子:欠片だのなんだの、どういうことだよ……

月見団子:今向かっても、悲しい結末しか迎えられません、もう少し待ちましょう……


数時間後。

明太子:おいっ!いつ出発するんだよ!日が暮れるぞ!

月見団子:……

雲丹:それにしても、龍宮城は海の底にあるし、龍宮城のひとたちみたいに海を割れないアタシたちは、そもそも海に入れるの?

純米大吟醸:八岐様の蜃海楼がありんす。たかが海底ぐらい、簡単に入れるでしょう。

タコわさび:……ZZZzzzz……ZZZzzz……

明太子:……このタコ野郎!早く起きろ?!もうすぐ出発するぞ!世界を救う時に、オレ様がいなければ始まらないだろっ!クソッ、早く起きやがれ!!!

月見団子:……仕方ありません……見込み違いでしたか……考えが甘過ぎたのやもしれませんね。願いを叶えるために、何の犠牲も払わないなんて、フフッ……そんなのありえませんよね。

明太子:あ?何ブツブツ言ってんだ?

月見団子:いえ……では、出発しましょうか。

 準備を整え、いざ出発しようとしたその時、怪しげな商人に案内されて、甘えびが崇月にやって来た。走って来たのか、入口で息を荒くしていた。

甘えび:ハァ……ハァ……崇月……ここが崇月?

月見団子:おや……どうやら、客人が到着したようですね。

甘えび:あーっ!貴方は!おとぎ話を教えてくれたおじさん!

月見団子:ッ、おじさん……

いなり寿司:ふっ……

明太子:ハハハハハッ!おじさんだって?月見が、おじさんって呼ばれるなんてなっ!!!

甘えび:月兎さん!ここに来れば、あたしの欲しい答えが見つかるって!

 少女の表情を見て、月見は笑顔を浮かべた。

月見団子:やっと来てくださいましたか……龍宮城の姫様。私は貴方の兄上と約束を交わしました。貴方が玉手箱を持って私を訪ねて来たら、貴方をここから送り出すと。しかし、貴方は別の目的のために来たようですね。

月見団子:この玉手箱を使って彼らを助けたいですか?それとも貴方の安全と引き換えにその玉手箱を私に渡しますか?

甘えび:あたしはここから離れたりしないわ!月兎さん、あたしは……どうしたら二人を助けられるの?!

月見団子:……全てを捨ててまで何かを守るとするのですね……貴方たち龍宮城の者は、全員同じぐらい馬鹿ですね……

甘えび:兄さんたちが危ないの、怪物がいっぱいいて、龍宮城も崩れ始めてる……あそこはあたしの家なの……月兎さん、玉手箱を渡せないことは詫びます、だけどどうかあたしの家族を助ける方法を教えてください!

 その場にいた者たちが呆然としている中、狼狽してはいるがお嬢様のような気品をもつ甘えびは、突然全員の前で土下座を始めた。彼女は額を、ついた両手の上に強く押し付けた。

月見団子:立ってください!……わかりました。彼らが貴方に玉手箱をもたせたということは、彼らが既に覚悟が出来ている証拠です。こういう馬鹿は、どの時代にも大勢いるものなのですね……

月見団子:彼らと共に全てに向き合うと決めたのなら、龍宮城の姫として、最後の決断を下してください。

月見団子:彼らが貴方を送り出そうとしたのは、貴方が求める生活を送って欲しかったからです。私たちが引き起こした災難に巻き込まないためです。

月見団子:これから、貴方の理想の兄上、貴方にとっても家族はどこにもありません。貴方が信じて来た全ては、嘘だったのです。

月見団子:それでも、貴方はこの物語の結末を迎える覚悟はありますか?

 いつも騒がしい崇月の屋敷は、この時だけは静かになっていた。鹿威しのカランとした音しか聞こえない。全員の視線は、庭にいるボロボロになっている少女に向けられていた。

 甘えびは顔を上げた。彼女の服はぐちゃぐちゃになっていて、顔には泥がついているし、髪飾りも零れ落ちていた。

 だけどその瞬間、少女は月明かりのように輝いていた。服を握りしめている手は震えたままだが、その顔からは強い意志が感じ取れた。

 少女はもがきながら成長してきた、全てと向き合う覚悟をもった笑顔を浮かべた。

甘えび車海老はいつも、あたしのことをわがままだって言った。だけど、本当にわがままなのは二人の方だわ。

甘えび:勝手にあたしを巻き込んで、家族にして、そして勝手に離れて、理由も教えてくれない。彼らはいつも自分勝手に全てを決めてきた。

甘えび:でも彼らは忘れている。彼らがあたしを巻き込んだあの日から、あたしは龍宮城のお姫様になったの、龍宮城の一人で、彼らの家族だってことを。

甘えび:あたしには全てを知る資格があるし、彼らの過去も知りたい。

甘えび:あたしのことをわがままだって言うんなら、最後までわがまま言ってやるわ!だから、月兎さん、あたしの覚悟なんてどうでも良いんです。あたしは龍宮城の姫として、身勝手な兄二人の代わりに、龍宮城の物語を聞き届ける必要がありますわ。

月見団子:フフッ……では、出発しましょうか……

甘えび:出発?

月見団子:はい。円満な結末を迎えるための条件が揃ったのなら、物語の発端――龍宮城に向かいましょう。この悲劇の連鎖を断ち切りに行きましょう。

 明太子の気のせいなのか、いつも笑っている月見団子の顔には珍しく安堵の色があったように見えた。

 それはほんの一瞬しか見えなかった。そして、彼は全員がいる方に振り返り、見たことのない洒脱さを顔に浮かべた。

月見団子:皆さん、申し訳ありませんが、今回は黄泉への旅に同行してもらうことになるかもしれません。


11.犠牲

彼らを助けて。

むかし、むかし……

天地は、二つにわかれていた。

「黄泉」と、そして「現世」に。

「黄泉」の毒が「現世」を侵さないよう、海神様は門番となり桜の島を守ってきた。

しかし……魔を屠る者は、やがて魔になる……

「千引石」のように、黄泉の門を守る力を得た海神様も、同じく長い間毒に侵され、妖魔のような青色に染まっていった。それでも彼は、桜の島を守り続けた……

月見団子:……その日がくるまで。

甘えび:……侵食に耐えられなく日がやってきて、彼自身が妖魔になってしまう前に、最後に桜の島のために貢献しようとした。

月見団子:自分の身体を「千引石」の代替品にしようとしたのです。そして彼は、家族に彼のことを殺すよう頼みました……

甘えび:……だけど、二人の愚か者は海神様の言うことを聞かなかった。彼らは時間を止められる「玉手箱」を必死で見つけ、自分を犠牲にしてまで世界を救った海神を助けようとした。

月見団子:玉手箱は時間の流れを止められる神器です。巫女の悔恨と、もう一度やり直したいという願いが込められています。玉手箱と同じ願いを持つ貝柱は、玉手箱と共鳴することに成功し、海神の時間を緩やかにすることが出来ました。

月見団子:しかし、彼は玉手箱を起動出来る神女ではありません。強制的に起動させた玉手箱は膨大な霊力を必要としました、そのため彼は日が差さない龍宮城に閉じ込められることになったのです……かつての彼は……遊び回ることが好きなひとでした……

月見団子貝柱は海神の時間を取り戻そうと、様々な方法を試しました。しかし、時間をいくら取り出しても、悪化し続ける海神にとって、焼け石に水にすぎない。侵食が進む絶望の中、彼は貴方を見つけました……

甘えび:玉手箱を使ってしまうと、あたしが耐えられない程の反動を受ける。そういうことよね?

月見団子貝柱は玉手箱から発する黄泉の毒によって侵されて来ました。全ての時間を貴方の身体に移した時、何が起こるかは、想像も出来ません……

甘えび:……

月見団子:「玉手箱」を開けることの出来る神女を見つけ、神女が巫女と共鳴し玉手箱を起動させることが出来れば、海神を助けることが出来ます。しかし結局は……魔を屠る者は、やがて魔になってしまいます。ひとを助ける者も、助けたひとに呑み込まれてしまう……

甘えび:……だから……あたしが玉手箱を開けられなかったって聞くと、怒っているけど、なんだかホッとした顔をしていたのね……

月見団子:貴方の兄上は昔から独占欲の強い男でしたよ。よく車海老と喧嘩しては、海神の気を引こうとしていました……

月見団子:もし……彼自身が海神を救えたのなら、彼は決して絶望の中彼が負うべき責任を貴方に押し付けたりはしなかったでしょう……

月見団子:海神とは、命を捨てても、この世界を壊してでも、二人が守りたいと思う存在です。しかし、そんな彼らは何かを予感したのか……私を訪ねて来て……約束を交わしました……

甘えび:兄さんたちは……唯一の希望であるこの玉手箱を持って離れて欲しいと……

月見団子:海神を救おうとしている彼らの決断を、海神によって守られてきた私たちに責める資格はありません。しかし、彼らは最後の希望を捨て、妖魔と化した海神と心中することを決心したようです。

月見団子:「百鬼」の一人として、私は約束を守ります。もし彼らが死んでしまったら、私たちは龍宮城が担って来た責務を引き継ぎます。彼らの亡骸を使い、千引石の代わりとして黄泉の門を鎮守し、海神の願いを完遂させます。

月見団子:彼らは貴方に選択する機会を与えました。私には悲劇が起きるのを何も出来ずに見つめた過去があります、彼らにも海神様と同じ道を辿って欲しくはありません――自分を犠牲にしてまで皆に希望を与えるようなことを、して欲しくはありません。

月見団子:姫様、桜の島に月が懸かっていた頃を知る老いぼれとして、失礼を承知で貴方に願います。どうかご自分を犠牲にして、彼らを救ってください。


12.玉手箱

やりたいようにやると良い。

海底

龍宮城

 龍宮城に駆けつけた面々は、おびただしい「妖魔」に囲まれ戦っていた。それらは強くはなかったが、いくら殺しても湧いて出てくる怪物たちに嫌気がさしてきた。

明太子:チッ……なんでこんなに多いんだっ?!

月見団子:なにせ「黄泉」ですから……

いなり寿司:そう……黄泉か。

月見団子:……

 目の前の煉獄と化した海底の奥、数えきれない程の「妖魔」が一斉に穴から溢れ出て来た。おそろしい触手がゆらゆらと揺れ、鮮血はすぐに海水で薄められていたが、鼻を刺すような錆臭さが消えることはなかった。

雲丹:……貝柱たちは、ずっとこんなところで生活していたの?桜の島を守る責任を背負いながら、こんなところに住んでいるなんて、気が狂わない方がおかしいでしょう?!

純米大吟醸:桜の島を守るためではない。あの二人がここまでしているのは、たった一人のためでありんす。

雲丹:あら――極楽の旦那は彼らの気持ちをよくおわかりのようね?

純米大吟醸:いや、たまたま傍に同じような奴がいるだけだ。

明太子:だけど……そう言えば、甘えび!どうして付いて来たんだ、月見の野郎の話を鵜呑みにすんな!何が自分を犠牲にしてあいつらを助けろだ!きっと他に良い方法があるはずだ!

甘えび:……あたしは……

雲丹:そうよ、よくわからない大義名分のためとは言え、あの二人がアナタを騙したのは事実よ。アナタがここから立ち去っても、誰もアナタを責めたりは出来ないわ。

雲丹:アタシたちは「妖怪」なのだから、「みんなのため」だとかそういう仁義みたいなものなんて考える必要はないわ。アナタは自分の幸せを追求すべきよ、他人のために自分を犠牲にしないで!

甘えび:……わかっているわ。だけど、やっぱりきちんとこの目で見届けたいの。

雲丹:……何を?

甘えび:龍宮城に足を踏み入れたあの日から、あたしは龍宮城の姫になった。あたしはずっとお姫様の夢を見ていたの、わざと全ての暗闇から逃げて、目を閉じて、周りにいるひとたちの助けを無視して来たの。

甘えび:もし……兄さんたちの絶望にもっと早く気づいていれば……

甘えび:もし……あたしがもう少し頼りがいがあったら……

雲丹甘えび!それはアナタのせいじゃないわ!誰もそのことでアナタを責めたり出来ないわ!それはアナタ自身もそうよ!

甘えび雲丹姉さん、あたしは自分を責めてなんかいないわ。ただ、もし、もう少し早く大人になれたら、兄さんがくれた貝殻の中の姫でいることを甘んじていなかったら……もっと早く彼らと一緒に背負って、二人の手を握れたのに……

甘えび:そうすれば、今日みたいなことにならなかったのかもしれないわ……

甘えび:そうすれば……兄さんたちはこんな絶望的な結末を選んだりしないでしょ……しかも……今彼らを助けたくても……あたしはまだ玉手箱を使ったり出来ない……

 苦笑いする甘えびは玉手箱をぎゅっと抱きしめた。今この時も皆に守られている彼女は、改めて自分の無力さに気付いた。

甘えび:(例え……一度だけでも良いから……あたしは……兄さんたちの助けになりたい……)

明太子:えっ?!光ったぞ!!!

 明太子の叫び声によって甘えびの思考は中断された。その場にいた面々は、驚いた顔で甘えびが宝物のように大事そうに抱えている玉手箱を見た。

 あの貝柱が全力を尽くしても、小さな隙間しか開けられなかった玉手箱は、突如海底全てを照らす程の輝きを放ち始めた。

甘えび:こ……これは……


鯛のお造り:「どうしても出来ない時、貴方の最も大切なひとを思い浮かべると良い。もしかしたら、そうすることで願いを叶える力を得られるやもしれんよ~」


甘えび:(最も……大切なひと……)

行きなさい……

やりたいことを成し遂げると良い。怖がらないで、私のように悔いを残してはいけないよ……

甘えび:……誰っ!

私が誰であるかは重要ではない。貴方の心の底にある本当の願いが私を目覚めさせたの。行きなさい、貴方のやりたいことを成し遂げると良い。私の玉手箱は、貴方の全ての願いを叶えてくれるだろう……

 顔を上げた甘えびの目にもう迷いはなかった。彼女は心の底から「家」として大事にしている場所に向かって力強く走っていった。玉手箱の光は彼女を包んだ、怪物たちは何か恐ろしいものでも見ているかのように彼女を避け始めた。

雲丹甘えび、どこに行くの――!

甘えび:最も大切なひとの傍に行ってくる!

雲丹:なんですって!クソッ!!!邪魔だ怪物め!!!

明太子:気を付けろよっ!!!


一方。

バンッ――

貝柱:ゲホッ、ゴホッ……

車海老:小僧っ!うっ……!

???:……ハァ……ハァ……

貝柱:……兄様の動きが……止まった……

車海老:こんな時に何を言っているんだっ!!

???:早く……早く行けっ!!!余を殺せ!!!あぁあああああーーー!!!!!

 強い衝撃波によって、ただでさえ傷だらけの二人は氷壁に身体を打ち付けられた。頑丈な氷壁に深いヒビが入り、真っ赤な血しぶきが透明な氷壁を不気味に染めた。

 貝柱が吐いている大量の血の中に、黒い淀みが混じっていた。

 彼の傍にいた車海老も、この時ばかりは彼の傍に駆け寄る余裕もなかった。武士が持っていた刀も黒い淀みによって侵食され、腐り始めていた。

 しかし、それでも二人は一歩も退かなかった。

貝柱:ッ、ケホッ……兄様……安心してください……絶対に……誰にも見せませんよ……貴方のそんな狼狽した姿を……私たちは……一緒にここで死ぬのですから……ッ……

車海老:小僧……もう……終わりだ。やはり、某たちは、主上に勝つことは出来ない……

貝柱:兄様、申し訳ありません。こうなってしまったのは私たち二人のせいです。兄様を私たちと共にこの暗い場所に永遠に葬り去ることしか出来ません……

車海老:ハハッ……主上はきっとお怒りになっているのだろう……だが、これからはいくらでも説教を聞くことが出来るようになる……あのイカれた兎が約束を守ってくれると良いが……

貝柱:フンッ、あの小娘も桜の島も私には関係ない。ただ……兄様の最後の願いに背きたくなかっただけだ……

 いつもいがみ合っていた二人は見つめ合った後、遠くない所でどす黒い気配を纏っているタラバガニを見て、笑い出した。

貝柱:まさか、貴様と共に最期を迎えることになるとはな。

車海老:某こそ……まさか貴殿のようなイカレた小僧と共に最期を迎えるとは思わなかった……

 次の瞬間、二人の身体から強い白色の光が放たれた。純粋無垢なその光によって、巨大な氷棺からとめどなく溢れ出る暗闇が晴らされていく。

甘えび:やめてーーーーー


13.一員

あたしも龍宮城の一員だから。

 強い光の後、貝柱車海老は地面に倒れ込んだ。

 血まみれの貝柱は立ち上がろうとしたが、先程までの戦闘で弱った身体は、もう立ち上がる力すら残っていなかった。

 少年は、消えゆく甘えびの方に向かって、這いつくばりながら近づこうとしていた。彼が通った場所には、べっとりと血の跡が残っている。

貝柱:……クソガキ……この小娘が……やめろ……小娘……誰が助けろと頼んだ!この野郎……やめろ……

車海老甘えび!!!ッ……ッウ!


少し前

龍宮城

 龍宮城に飛び込んだ甘えびは、恐ろしい光を放っている二人を見つめていた。その光は広がり続け、黒い気配を纏う人物を縛り付けた。

 同じ「妖怪」である甘えびは、本能的にこの巨大な霊力のぶつかり合いは、たった一つの結末しか迎えられないということを理解した。彼らは、自分たちの過去のわがままの代償を払おうとしていたのだ。

貝柱:クソガキ!!!何しに来たっ!!!消え失せろ!

甘えび:……兄さん、知ってる?あたし玉手箱を開けられるようになったよ。とても優しい声が聞こえて来たの、あたしの願い全てを実現する方法を教えてくれたわ。

 甘やかな声が海底に響き渡る。甘えびは淡い微笑みを浮かべ、ゆっくりと弱り過ぎたせいで立ち上がることも出来なくなっている二人に近づき、しゃがんで二人の頬をなでた。

甘えび:兄さん、あたしは怒っているんだからね。

 その瞬間、貝柱は悪い予感がした。彼は死を決意した瞬間ですら、これほど青ざめることはなかった。彼は目の前の少女を睨みつけて叫んだ。

貝柱:とっとと帰れこのクソガキ!貴様を妹と思ったことはない!さっさと失せろ!!!

甘えび:そうなのね……でも、家族の絆は貴方みたいなおバカさんの一言なんかで断ち切れるものじゃないわ。

甘えび:あたしは、二人のことが大好きよ……あたしを騙していたとしてもね。だって、あたしが絶望していた時に、居場所を与えてくれたんだもの。これは紛れもない事実よ……

甘えび:目的があって龍宮城に連れてきたんだって、とっくにわかってたわ。でもそんなことはどうだっていいの。あたしと一緒に過ごしていく内にきっと心からあたしのことを好きになってくれるって思ってた、実際そうなったでしょう?

甘えび:でも今回……まさかあたしを一人にして、二人だけで困難に立ち向かおうとしたなんて……あたし、とても怒っているんだから!

 その言葉とは裏腹に、少女はとても優しい笑顔を浮かべていた。水晶のような涙が彼女の目から零れ、少年の頬に落ちた。

甘えび:兄さん、家族というのは、この世で一番切っても切り離せない存在なのよ。例え綺麗な服も、素敵な真珠がなくても、消えることのない存在よ。

甘えび:二人の決断に腹が立っているの。だから、この世でいっっっちばん綺麗な服をくれないと、許さないんだから。

甘えび:それと、まだ会ったことがないもう一人の兄さんに伝えて欲しいわ。彼には「甘えび」という、この世でいっっっちばん素敵な妹がいるんだってことをね!

 貝柱は、自分の頬に触れている小さな手が震えていることに気付いた。

 ――彼女は怯えている。

 貝柱にとって、甘えびは彼らに甘やかされてきた小さな女の子だった。このような惨状を前に、怯えて、逃げ出そうとするのが普通だ。

 彼女を混乱に巻き込んでしまった自分を恨んで、怒らなきゃいけないのに、彼女は何故かこの場に似つかわしくない表情を浮かべていた。

 彼女は力強く顔を上げて、涙の痕の残る顔で笑顔を作った。

貝柱:待て――

車海老甘えび!早くここから離れろっ!こんな結末を迎えるべきではない。この状況を作ってしまった元凶である某たちが背負うべきだ!某たちが背負わなければならないんだ!

甘えび:……車海老。ずっと伝えていなかったけど、おバカな貴方のことも結構気に入っているのよ。でも、「兄さん」だなんて、呼んだりしないわ。

車海老:……

甘えび:貴方たちはあたしに家をくれた。家族というのは、全てを一緒に背負う存在なんだと、絵本に描いてあったわ。だから、例え二人がどれだけの過ちを犯しても、あたしがどれだけ二人に怒っていても、全ての苦難は一緒に乗り越えよう。

車海老甘えび……何をするつもりだ……やめろ、待て……やめろ……やめろっ!!!

甘えび:二人がずっとあたしにやって欲しかったことよ。あたしはこの龍宮城の姫、あたしもこの龍宮城の一員だわ!二人になんか負けてられないわ!

甘えび:綺麗な声が、あたしの願いを全て叶えてくれるって言ってくれたわ。きっと、その人こそ巫女様なんだと思う……

甘えび:だから巫女様、玉手箱を開けさせてください。玉手箱に全ての悔恨を吹き飛ばさせて、全てを元通りにしてください。

 その瞬間、誰にも開けることの出来なかった玉手箱は、まるで少女の小さな宝石箱のように、細くて小さい手によってそっと開かれた。

 玉手箱を抱えた少女は、一歩ずつ割れた氷棺の方に向かった。龍宮城の底にある黒い淀みを溢れさせている穴、そして二人の霊力によって囚われたタラバガニを見た。

甘えび:貴方がタラバガニ兄さんだよね。初めて顔を見たけれど、お話ししたいことがたくさんあるわ、ただ……もうそんな機会はないみたい。でも、目が醒めたら、兄さんたちのことは叱らないであげてね。

甘えび:兄さんたちは、貴方のために、とても、とても頑張ったんだもの。

 少女は涙声になっていたが、微笑みだけは崩さなかった。

 玉手箱はかつての貝柱が思い描いていた通りにゆっくりと開かれ、そこから優しい光が溢れ出た。

 その月光のような光は、全ての者の傷を消し去った。崩壊寸前の貝柱車海老ですら、少しずつ霊力が戻っていくのを感じた。

 その光の中心で、笑顔のまま涙を流す少女は、震えた手で玉手箱を抱え、眷恋に近い眼差しで最も大切な家族を見つめた。

 彼女の両足は少しずつ玉手箱から溢れ出た黒い淀みによって呑み込まれていく、貝柱車海老が負ったような凄惨な傷が彼女の身体を包んでいった。

甘えび:兄さん……怖いよ……

貝柱:小娘……手を止めろ!!止めるんだ!きっと他に良い方法がある!

甘えび:怖いけど、後悔していないよ……兄さんたちと離れたくないだけ……

甘えび:ごめんなさい、あたしの最後のわがままを聞いて。


14.宣戦布告

「百鬼」の力を合わせ、「黄泉」に宣戦布告をする。

 強い光の後、貝柱はもがきながらどうにか少女の傍までやって来た。

 動揺している少年は、黒い淀みに呑み込まれていく少女を強く抱きしめた。彼はどうにか海水と共に拡散されていく彼女の霊力を繋ぎ止めようとした。

貝柱:……クソガキ……小娘が……やめろ……やめてくれ……

貝柱:この馬鹿者……馬鹿者……

タラバガニ:ッ……カハッ……

 突然、貝柱は待ち焦がれていた声を聞いて、呆然と振り返った。

タラバガニ:……かい……ばしら……

貝柱:兄……様……

車海老:主……主上!!!

 二人が振り返った先にいたのは、光に束縛されている男性だった。彼はゆっくりと身体を起こし、眩暈がするのか、手で額を押さえていた。

 突如聞こえてきた声で貝柱の目が潤んだ、信じられない様子で身体を起こす男性の方を見つめる。そして、突然何かを思いついたかのように声を荒らげた。

貝柱:兄様!!!兄様、助けてください!彼女を助けてください!!!貴方様ならきっとどうにか出来ますよね!!!

タラバガニ:……まさか……本当に見つけたのか。

貝柱:見つ……けた?

月見団子:そうです、彼らは全力を尽くし、自らが海底に囚われることになっても、最終的に最高の結末を迎える方法を見つけました。ただ、その代償はその少女が犠牲となること。

タラバガニ:……

 龍宮城に入って来た面々もボロボロで、全員大なり小なり傷を負っていた。先頭に立つ月見団子は深刻な面持ちで言葉を続けた。

月見団子:玉手箱は彼女の願いを叶えました、「彼女」の願いを叶えたあの時と同じように。故に、彼女も同じ代価を支払わなければなりません……

タラバガニ:……

月見団子:或いは……

タラバガニ:或いは?

月見団子:彼女の身に今起きているのは、霊力の流失だけではありません。貴方の身体に蓄積されてきた黄泉の毒による反動も受けています。

月見団子:貴方と「千引石」との繋がりを断ち、そして千引石の核を使って彼女を蝕む黄泉の毒を吸収し、再び反動が起きる前に千引岩を完全消滅させることがもし出来れば……

月見団子:残る彼女の霊力流失問題は、この場にいる全員の霊力を使えば、どうにか出来るでしょう。

タラバガニ:月兎、それが何を意味しているか、わかっているだろうな?

月見団子:もちろんです。千引石の消失は黄泉の門の守りの消失を意味しています。我々は黄泉と現世の間の最後の砦を失うこととなりましょう。

タラバガニ:以前まで、黄泉の毒は余が引き受けていた。しかし、千引石が消えてしまえば、余からもその力は失われるであろう。黄泉の毒は、すべての人を蝕み始めます。

月見団子:そもそも貴方お一人で背負うべき事ではなかったのです!!!

 普段冷静な月見団子が突然声を荒らげたことで、全員の視線を集めた。視線を感じた彼は、少しずつ冷静さを取り戻す。

月見団子:……取り乱してしまって、申し訳ございません。しかし、先程言ったように、貴方がお一人で背負う事ではないのです。それに、何の準備もなく訪ねて来た訳ではありませんよ。

タラバガニ:……

月見団子:この世の一切を断ち切れる「天羽羽斬」は、貴方と千引石との繋がりを断ち切れるだけでなく、千引石を完全に消滅させることも出来ます。

月見団子:八咫鏡と蜃海楼で作る結界で、時間を稼ぐことも出来ます。稲荷様、八岐様、断ったりしませんよね?

いなり寿司:長い時間稲荷神社が平和だったのは龍宮城のおかげでもある、龍宮城に借りを作るのもやぶさかではない。

タコわさび:しかし、長く持たないだろう。

月見団子:「百鬼」というのは、我々「妖怪」が誰にも縛られず、自由に生きるために作った組織です。もちろん、これ以上「黄泉」の脅威を受けないためのものでもあります。

貝柱:……脅威を受けない……

月見団子:その通りです。私共の首領は未熟ですが、私が感服するほどの勇気をおもちです。彼は言っていました、対応策は良策などではないと。自ら行動を起こして、後患の根を断たなければなりません。そうでないと、いつまでも思い描いている日々になんて戻れないと。

月見団子:つまり……?

車海老:……つまり……

月見団子:「百鬼」の力を結集し、正式に「黄泉」に宣戦布告をします。黄泉を滅ぼせる方法を探し求め、桜の島に永世の安泰をもたらしましょう。

タラバガニ:……それは、前から計画していたことのようだな。

月見団子:例え私から提案せずとも、海神様のお心もとっくに決まっているのでしょう?

タラバガニ:彼女は我が龍宮城の姫、そして余が守るべき家族である以前に、後患の根を断つという一点だけでも、この提案に賛成するほかなかろう。


 振り落とされた天羽羽斬によって千引石は砕かれ、神器の完全消滅によって天地は悲しみに暮れた。

 嵐の中、願いを叶えた玉手箱は輝きを失い、巨大な穴は神器によって一時的に封印された。嵐の後、雲間から太陽の光が差し込まれ、まるで全てが平和にもどっているかのようだった。

 しかし、黄泉と現世にまつわる物語は、今始まったばかりなのである……


15.この時

少なくともこの時だけは、団らんできている。

 紅夜賭場がまたやってきた、百鬼たちはいつものように笑い合って、怒鳴り合っていた。あの巨大な桜の木の下には、誰かの姿が消えているような……

明太子:ああああバカ八岐!!!髪の毛をちぎってやる!この野郎待て――

雲丹:えっ――大吟醸、龍宮城はこれからもう来ないのかしら――はぁ、あたしは貝柱のこと結構気に入ってたのに。

純米大吟醸:おや、どうしてそう言うんだ?

雲丹貝柱たちは本来海神様を救うためにこの百鬼夜行に参加したのでしょう、今海神様も無事だし、玉手箱も二度と稼働出来ないみたいだし、彼らがここに来る必要なんて……

貝柱雲丹姉さんに会いに来たり?

雲丹:うわー!

貝柱:ふふっ。

明太子:あっ、貝柱来たのか!!!

中華海草:お体は……大丈夫なのですか?

車海老:おかげさまで。

タコわさび:……海神は……元気か?

車海老:主上は無事です、ご心配をお掛けしました。

雲丹:あれ……

明太子雲丹?何を探してんだ?

雲丹:……甘えびは?

貝柱:ああ、皆さんに紹介し忘れていた。もう知っているとは思うが、彼女は龍宮城の新たな一員である甘えびだ。

 下駄の音がした、その方向を見ると、袴を着た少女が、月より綺麗な笑顔を浮かべていた。

甘えび:皆さんこんにちは。龍宮城の姫、甘えびです。


 少し離れた桜の木の下。

タラバガニ:……恵比寿、久方ぶりだな。

鯛のお造り:……無事で良かった、安心した。「百鬼」の皆さんは、私を歓迎してくれないようだから、先に失礼する。

月見団子:恵比寿様も百鬼に加入したらどうでしょう、歓迎しますよ。

鯛のお造り:今回は目的が一時的に一致したから協力したまでだ。貴方の目的は達成したのだろう?なら、私が参加するかどうかなんて、貴方にとって意味のないことではないか。

月見団子:千引石は既に破壊されました。私たちはただ一つの選択しかありません。私たちの世界を取り戻すのです。

タラバガニ:八咫鏡や蜃海楼は千引石のように、一時的に封印することは出来るが、桜の島の全ての者を永遠に守ることは出来ない。

鯛のお造り:……失礼する。

タラバガニ:恵比寿、他に方法があるなら言うと良い、余が助けてやろう。

鯛のお造り:綿津見、その言葉が聞けただけでも嬉しいよ。でも、そんなことを言っている場合ではない。今、貴方を待っている、もっと重要な人がいるんだろう。

 鯛のお造りの指さした方向にいたのは、百鬼たちと飲んでいる彼らと、雲丹に連れられて女子たちの輪に加わった甘えびだった。

明太子:ははははは!甘えび聞いてくれ!!!お前が助かった後、貝柱がめっちゃ泣いてたんだぜ!!!

甘えび:本当?!兄さんは本当にあたしのために悲しんでくれたの?!!!

貝柱:おいっ、明太子!何を言ってやがる!!!そんなことはない!!!あれは血だ!!!血だ!!!

明太子:はははは!!!!オレはこの目で見たぜ!!!甘えび知ってるか!!!貝柱は泣いてる時鼻水が出るんだ!!!ぐずぐずに泣きながら――

明太子:「うわああああ!甘えびを死なせたくない、でももう仕方がない、兄様うううう甘えびうううーー!」

貝柱:そんな大袈裟な!!!!!!!この野郎待ちやがれ!!!!!!!

車海老:確かに、見苦しかった。

貝柱車海老貴様!逃げるな!!!!!!!!!!

 大騒ぎしている一同を見て、タラバガニは微笑んだ。

 どれだけ険しい道が、どれだけの暗闇がこの先にあるかはわからない。しかし、少なくともこの瞬間、皆は団らんすることが出来た。

深海の夢Ⅰ

1.龍宮城

水晶で出来た宮殿。

伝説によると。

海の奥深くには、別の世界に繋がっている場所があるという。そこには水晶で出来た宮殿があった。

そこは、「龍宮城」と呼ばれていた。

雛子:えー?海底でしょ?海底にお城を作っても、海水だらけで住める訳がないわ!

偉大なる海神がいたのよ。彼は自らの力を使って海水を隔て、龍宮城を海底に存在できる唯一の巨大宮殿にした。

その結界は泡沫のように儚く見えるが、何よりも強固だった。例え嵐が吹き荒れても、脆そうに見えるその薄膜を破ることは出来ない。

雛子:んー?でも、あの海神はもう……

ふふっ、その海神は自由に行動出来なくなっただけで、今も氷棺の中で眠っているわ。彼には二人の強い仲間がいたのよ。

彼らは海神程強くはないが、自分たちの力を使って「脆い」泡沫を維持し続けた。

例え……一人が海底に縛られ自由に動けなくなるという大きな代償を払っても。

彼らは泡沫の中で美しい夢を見ていた。だが、その泡沫も結局はただの泡に過ぎない。どれだけ力を尽くしても、いつかは破裂してしまうものよ。


2.誠意

賢いひとと話すのは悪くない。

 ザァーザァー

 海辺に幾度も波が打ち付けられ、青年の裾を濡らした。海辺に座っている月見団子はがらんとした空を見上げている。

月見団子:城主様、ここの眺めは中々のものですね。

貝柱:崇月の二番手が我が龍宮城の領地に何度もやって来るなんて、宣戦布告でもするつもりか?

月見団子:城主様はもうおわかりではございませんか?私は城主様を紅夜の賭場に参加するよう誘いに来ただけです。

貝柱:龍宮城はあんなままごとには参加しないって伝えただろ。神女の調査をしてくれた報酬も、既に車海老に送らせた筈だ。

月見団子:……

貝柱:あの店主と何か企んでいるのはわかっている。これだけの「妖怪」の力を必要としている以上、貴方たちが求めているのは、人間と平和に共存したいなんて単純な話ではないだろう。

月見団子:流石城主様、よくご存じで。しかし、私たちが求めている事が、城主様の求める事と決して衝突はしないとだけ保証しますよ。

貝柱:ハッ、月兎、知っているか?

月見団子:なんでしょうか。

貝柱:世間では牙をむき出しにした凶暴な怪物が恐れられているが、私たちのように笑顔で陰謀を企てる奴の方がよっぽど本当の意味での怪物だと思わないか?

月見団子:城主様ご冗談を、陰謀を企てているなんてそんな……私が求めているのは、いつも空高く懸かる今は遠き明月だけですよ。

貝柱:もっと大事な事を為そうとしているのなら、乗ってやっても構わん。一体何をするつもりなのか、見ててやるよ。

月見団子:かしこまりました。次伺った際には、きちんと誠意をお見せしましょう。

貝柱:ほお、頭が切れる者と話すのは、確かに悪くないな。


3.困苦

生活が出来ねぇよ。

村人:はぁ……

村人:ため息なんかついちゃって、どうしたの?

村人:生活が出来ねぇよ。

村人:……そうだね……魚は減る一方なのに、怪物は増え続けているからね。

村人:最近の海面が怖くてしょうがねぇ、いつも真っ暗でよ、まるで何かが出て来そうな感じがするんだ。

村人:そう言えば、お隣の末っ子が海辺で人の肝を食らう怪物に出会ったらしいよ。

村人:その子は食われずに済んで、運が良かったみたいだな。うちの方にいた娘がな、気晴らしに海辺で散歩してから帰ると、どうしてか気が狂っていたんだよ。

村人:気が狂ったの?!

村人:そうだ。ずっと「肉が食いたい、肉が食いたい……」って呟いていたらしい。そしたら大きな口で自分の父親に噛みついたそうだよ、いくら引っ張っても引き剝がせない。あれは俺たちが見てきた怪物みたいだったよ!

村人:はぁ……私たちももう少ししたら西の方に引っ越す予定なんだ。

村人:西の方?

村人:ええ、そこには八岐島があって、八岐様が守っている島だそうよ。ここよりはましになるかもしれない……

村人:はぁ……


4.堅持

すぐに、元の生活に戻れる。

 タタタッ――

貝柱:……

車海老:黄泉から来た妖魔が増えているようだ。貴殿は……大丈夫か?

貝柱:私の心配をしているのか?それより油断して怪物に食われないか、自分の心配をしたらどうだ?この龍宮城の存在と玉手箱の維持をしているに過ぎん、これしきの事で根を上げる訳がなかろう。

車海老:なら、どうして立ち上がれないんだ?

貝柱:……

車海老:八岐様からの酒が届いている。

貝柱:そんな気分じゃない。

車海老:以前の貴殿は八岐島の酒が好きだったな。いつも飲みすぎて暴れるから、主上は多く飲ませたがらなかった……貴殿はいつも言いつけを破り、怒られてもこっそり飲んでいたな……

貝柱車海老、貴様は歳を取って、口うるさくなったみたいだな。

車海老:龍宮城には貴殿しかいない、某と話さなかったら、貴殿はもう話し方すら忘れてしまうのではないか?

貝柱:……

車海老:小僧、すぐに元の生活に戻れるはずだ……きっと、絶対にだ。それまで耐えて、耐え続けろ。主上にまた会えるその日まで。

貝柱:……また兄様に会える……その日まで……


5.家族

今日から、私たちが貴方の家族だ。

ある日

名もなき村

車海老:ここだ。

貝柱:……あの兎が言っていた「神女」はここにいるのか?

車海老:ああ。

 タッ――タッ――

 足音を聞いても藁小屋に縮こまっている女の子は顔を上げることはなかった。むしろ自分の膝を強く抱きかかえ、より一層縮こまってしまった。体中に痛々しい傷跡があり、髪は枯草のように乱れていた。

甘えび:あたし……もう霊力はありません、また明日頑張ります……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……

貝柱:……

 貝柱は訝し気に車海老の方を見ると、車海老は頷いていた。彼は目の前でうずくまっている女の子をどういう感情で見つめればいいかわからなかった。

 それは後ろめたさかもしれない、困惑かもしれない、悔しさかもしれない、強い決心かもしれない。けれどしゃがみ込んだ瞬間、彼の目に残ったのは優しさしかなかった。

 いつも傍若無人な貝柱のこんなにも優しい表情を、車海老は初めて見た。それはとても「大人」で、「あの方」みたいな表情だった。

貝柱:貴方が、甘えびなのか?

甘えび:……違います、あたしは妖怪じゃない、違うの違うの……

貝柱:こんなに怪物がいる場所で皆を守って大変だったでしょう?よく頑張った、誇ってもいいよ。

貝柱:でも、これからはもうそいつらを守らなくても良いよ。これからは龍宮城が貴方の家だ、私を兄として見ると良い。一緒に家に帰ろう、これからは私が貴方を守る。

甘えび:貴方たちが……絵本の中にいるような……一緒に全てを背負ってくれて、家をくれる家族なの?

貝柱:……ああ。

 女の子の頭をなでる手の平はあたたかいとは言えなかったが、彼女の汚れた頬に涙の跡を残した。

 彼女はおずおずと少年の袖を掴み、その光を見つめて頷いた。彼女の目の底にある喜びを見て、少年は思わず過去を思い出した。

 あの男も、こうやって彼の頭をそっとなでてくれた。


タラバガニ:ご苦労だった、良くやった。

タラバガニ:大勢の怪物を相手に生き延びるのは大変だっただろう、だが其方は成し遂げた。この事を誇りに思うが良い。

タラバガニ:今日から、私たちが貴方の家族だ。


 もう片方の手を強く握りしめた貝柱は、その指先を噛み始めた。爪が割れる痛みを感じても、止めることはなかった。

貝柱:(貝柱、何を躊躇っている……何を躊躇っているのだ?決心していただろう、何を犠牲にしようと、兄様を救い出すと……例え何を犠牲にしようとも)

貝柱:(何を犠牲にしてもだ)


6.守り人

彼らを信じている。

遠い昔のある夜

観星落

鯛のお造り:おや……お赤飯、酒は温めたのか?

お赤飯:はい、お造り様の言いつけ通り、温めました。

お赤飯:今日はなんだかご機嫌のようですね?何かおめでたい事でも起きるのでしょうか?

鯛のお造り:めでたいとはいかないが、友人が小さな友人二人をつれて来てくれるらしい。彼と会うのは実に久しぶりのことだ。

お赤飯:久しぶりなんですね。

鯛のお造り:ああ、彼は……おや、来たようだな。

 青年は話すのを止め、笑みを含んだ視線で入口の方を見た。予想通り、すぐに騒がしい声と共に、三人の人影が近づくのが見えた。

貝柱:この朴念仁!貴様わざとだろう!

車海老:……

タラバガニ:……二人ともよせ、着いたようだ。

鯛のお造り:噂をすればなんとやらだな。タラバガニよ、良く来てくれた!

タラバガニ:恵比寿、久方ぶりだな。

鯛のお造り:はぁ、どうしてあの者たちのように、その名で私を呼ぶのだ?まあ良いだろう、この二人が噂の……?

 タラバガニが振り返ると、鯛のお造りの視線の先にはまだ言い争っている二人がいた。彼は少し申し訳なさそうな苦笑いをした後、次の瞬間――

 パンッ――ドゴッ――

 二人は頭を押さえて、大人しくタラバガニの後ろに立った。小さい方の少年は悔しそうにタラバガニの袖を掴み彼の背後から、兄の旧友を見た。

タラバガニ:申し訳ない、二人を甘やかしすぎたようだ。

貝柱:フンッ、兄様が大量の霊力を消費して龍宮城から出てまで会いたかった奴がどんな奴かと思えば、大したことないじゃないか。

タラバガニ:……貝柱

 あかんべえと悪態をつくと走り去って行った貝柱を見て、タラバガニは長いため息をついた。

タラバガニ車海老、悪戯しないように見張っておいてくれ。

車海老:……かしこまりました。

 タラバガニの困った顔を見た鯛のお造りは笑顔を浮かべた。

鯛のお造り:彼らのことが気に入っているようだな。彼らこそ、貴方が選んだ次なる守り人かい……?

タラバガニ:ああ、余が最も信頼している家族だ。彼らならきっと出来ると信じている。

鯛のお造り:……彼らはまだ知らぬのだろう。黄泉の門を守り続けるため、貴方が払わなければならぬ代償とやらを。

タラバガニ:……

鯛のお造り:……良いだろう、折角再会したんだ、興が冷めるような話はなしにしよう。さあ、花見をしに行こうか~


7.良い事

もうすぐ「黄泉」から出られる。

 コンコン――コンコン――

 存在しないはずの木の扉が、軽く叩かれた。

 空き地にぽつんと立っている木の扉はそっと開けられたが、そこに入った青年は逆側から出てくることはなかった。彼はそのまま木の扉の中に消えてしまった。

雛子:あっ、毒薬師!毒薬師!月兎が来たわ!

月見団子:雛子さん、毒薬師さん。

 背中を丸めた弱々しい青年は、木の扉から入って来た月見団子を見て、毒で黒く染まった指先を上げた。

ふぐ刺し:……月兎、館主は奥でお待ちだ。

 スーッ――

月兎よ、来たか。

月見団子:館主様、お久しぶりです。お元気でしたか……

今回は、どのような土産話を持って来てくれたのじゃ?

月見団子:良いお話をお持ちしました。

良いお話、とな。

月見団子:私たちは直に「黄泉」から脱出できるかもしれません。


8.髪紐

少しだけ後悔している……

商人:さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!手編みの髪紐はいかがかしら!

貝柱:……

商人:あら、お兄さんお目が高い!これは最後の一本よ、綺麗でしょう!

貝柱:……

商人:あらま!お兄さんありがとう、包んであげるからちょっと待っていてね!


少し後

龍宮城

甘えび:兄さん、お帰り!

貝柱:ああ。

甘えび:あれ?何持ってるの?

貝柱:……なんでもない。早く休むと良い、今日は玉手箱を使って疲れただろう。

甘えび:疲れてなんかないわ!兄さんの役に立てて嬉しいの!

 跳びはねながら去って行く甘えびの後ろ姿を見つめたまま、髪飾りを渡しそびれた少年を車海老は仕方なさそうな顔で見た。

車海老:普段から贈り物はしているだろう、どうして渡さない。

 精巧とは言えないその髪飾りは、少年の手の平から出た泡に包まれ、龍宮城の外に飛んだ。そして海水に乗って、遠くに流されていく。

貝柱:ただ……最初から本当の家族になるつもりなんてなかったのに、自分の罪悪感をなくすためだけに優しくするのはもう止めようと思っただけだ。

車海老:……

貝柱:私たちは最初から良い人なんかじゃなかっただろ、彼女が求めている良い兄でもない。

貝柱:私たちと彼女、どちらか一方は必ずここから離れることになる。

貝柱:全てが儚い泡沫でしかないのなら、最初から美しい夢を見せるべきじゃなかったんだ。

車海老:……後悔しているのか。

貝柱:少しだけ後悔している……

貝柱:どうして最初から私たちを恨むよう仕向けなかったのか、どうして兄様のような完璧な兄を演じようとしてしまったのか。そうじゃなければ、来る日に私たちが味わった絶望を味わわなくても済んだというのに……


9.神器

最後の神器とは?

歌舞伎町

極楽

 三味線の音色が響く時、全ての者は悩みを忘れて酔いしれる。極楽の頂点に相応しいこの店の名は「極楽」という。

 柔肌が冷たい身体をあたため、酒が渇いた心を潤す。極楽の中にいれば、全ての悩みは吹き飛んでいく。

 赤い杯に桜の花びらが舞い落ち、幾重にもさざ波を立てた。持ち主が一向に口を付けようとしていない屠蘇器を、綺麗な手がそれを奪い取った。

 赤い欄干の上に無造作に腰を下ろしたひとは、笑いながら下の通行人に酒をかけた。

 酒を奪われた青年の衣服は相変わらず乱れており、肩に掛けられている服はいつでもずり落ちそうな様子だった。

 彼は赤い欄干に伏せたまま、酒のせいか、それとも欄干の赤のせいか、頬が赤く染まっていた。

 しかし、彼の愚痴は酒を奪った者の心には響かなかったようだ。

純米大吟醸:いなりよ――どうしてあちきの酒を奪った上、飲まずに捨てたのだ。

いなり寿司:フンッ、また二人で何か企んでいるのだろう。近頃、八咫鏡から音が響いてきて、うるさくてかなわない。

純米大吟醸:なんのことでありんしょう。もしかすると、また神器が見つかったのやもしれんよ。

いなり寿司:……大吟醸。

純米大吟醸:なんだ?

いなり寿司:フンッ、まあ良いでしょう。あの兎と共に毎日何かしらを企んで、裏で色々とやっているのであろう。

純米大吟醸:……

いなり寿司:天羽羽斬、蜃海楼、玉手箱、八咫鏡、千引石……そして既に壊れてしまっている瓊勾玉……二人とも、本当に最後の神器がなんなのか、わからないのか?

純米大吟醸:知る訳がなかろう……あちきは、か弱い酒館の店主に過ぎないでありんす。

純米大吟醸:あちきは、ただ飼っている人魚に、より広い世界を見て欲しいだけでありんす……

深海の夢Ⅱ

10.現世

彼が約束してくれたことは、破ったことはない……

つまらない――

ふぐ刺し:……

薬師よ、つまらないわ――

ふぐ刺し:……

「黄泉」は最近とても賑わっているようじゃが――どうして誰も遊びに来てくれぬのか――

ふぐ刺し:館主、僕らが「黄泉」と現世の狭間にいることを、お忘れですか。

あれ……

ふぐ刺し:はぁ……

雛子:この役立たず!逃げられちゃったじゃないの!あの肝はあたしのご馳走だったのに!

あん肝:雛子……怒らないで……

雛子:フンッ!この役立たず!

あん肝:雛子……

ふぐ刺し:……雛子、これ以上あん肝をいじめないであげて。彼は一応、貴方の人形師なんだから。

ふぐ刺し:(自分で自分をいじめていることに、ならないのかな……どうして僕の周りにはおかしなひとしかいないんだ……)

ふぐ刺し:(いいや、言ってもしょうがないし……)

雛子:フンッ!こいつが使えないのが悪いんだ!肝は取れないし、「怪物」を逃がしちゃうし!

あん肝:……雛子……ごめんなさい……

おや、雛子よ、ちょうどいいところに来た。

雛子:館主姉さん~どうしたの?

雛子よ、神器にまつわる全ての御話を崇月に届けてはくれぬか。

 精巧な人形は虚空から現れた箱を持って、訝し気に襖の向こうの闇を見た。

雛子:崇月?

そう、崇月。

雛子:館主姉さんはどうしてあの兎のお願いを聞くの!この御話は全部百聞館が代価を受け取って手に入れた物なのに、他のひとに渡したくないわ!

月兎は、いつか私を連れて「現世」に帰してくれると言ってくれたのじゃ。兄に会わせてくれると。彼が約束してくれたことは……一度も破られたことはない……


11.枷

束縛から抜け出す。

 霧が立ち込める山間、無数の痴れ人が神の助けを求めるため彷徨っていた。

 ある者は名利を、ある者は健康を。

 気まぐれな神はどんな願いを叶え、どんな奇跡を実現してくれるのかは、誰も知らない

 神はただ雲霧に包まれた神社の中静かに座り、手の中の明鏡で、この世の全てを観察していた。

 しかし、今日の尋ね人は、いつもと違っているようだった。

 山間を歩く青年は目に見えない障壁に包まれているかのように、前方の霧は彼を避けて消えて行った。いつしか、彼の前には山頂まで続く一本道が現れた。

神官:誰だっ!

タラバガニ:稲荷を訪ねに来た。

神官:稲荷様は簡単に会わせられるお人ではない!

タラバガニ:……

いなり寿司:通せ。

神官:そうだ。


 濃い霧が晴れ、タラバガニがゆっくりと神社に向かうと、祭服に包まれた巫女が顔を上げていた。金色の瞳は、深海からやってきた青年を見つめる。

いなり寿司:……海神?

タラバガニ:其方が稲荷神か……

いなり寿司:……ふふ……稲荷神か……そう名乗っておきましょう。

タラバガニ:八咫鏡をお借りしたい。

いなり寿司:……八咫鏡……

タラバガニ:そうだ。

いなり寿司:理由を知りたいけれど……その前に、私は稲荷ではあるが、彼らの傀儡に過ぎない。私が頭を縦に振ったとしても、そもそも八咫鏡は私の手の内にない。

タラバガニ:……唐突な願いで、すまない。

いなり寿司:海神様の功績は耳にしております、ただ……八咫鏡は万民を守る力はあるが、万民を守ろうとしない輩はいるものだ。この八咫鏡の在処を、私は聞かされたことはない。私のような異類によって、奪われることを危惧してのことだろう……

タラバガニ:稲荷様のせいではない、契約の縛りというのは余も身に染みている。ではこれ以上邪魔はしない、失礼する。

いなり寿司:海神様。

タラバガニ:……うん?

いなり寿司:君は私と同じ異類だ、私の枷は契約のせい……では君のは?

タラバガニ:余に枷はない、全て余自身の願いだ。稲荷様も心の置き所を見つけ、束縛から逃れられる日がくるよう願っている。


12.約束

約束したじゃないか。

 ドンドン――

車海老:……

 ドンドン――

車海老貝柱……?

 ドンドンドンドンッ――

車海老:小僧か?

 眉をひそめた車海老は、分厚い氷の扉を開けた。王座に座っている者を確認して、少しホッとした。

車海老:いるならきちんと返事をしろ。

貝柱:……

車海老:……貝柱

貝柱車海老……

 そのしゃがれた声は車海老を不安にさせた。いつも笑みを浮かべていた少年は、今は背を丸めていて、その青白い顔色はいつ消えてもおかしくない程儚かった。

車海老:……大丈夫か……?

貝柱:私たちは……本当に兄様を助けられないのか?

車海老:……

貝柱:思いつく限りの方法を試した、伝説の玉手箱も見つけた、だけど、どうして……どうして……

車海老:神女は必ず見つけ出す。

貝柱:本当に存在するのか……彼女は本当に……兄様を助けられるのか……

 バンッ――

 青年は拳で項垂れていた少年を吹っ飛ばした。青い髪が地面に広がり、髪飾りも砕けた。それなのに、少年はぴくりとも反応を示さない。

 一向に起き上がらない少年を見て、車海老はどうにか怒りを抑えながら彼の傍まで近づき、その胸倉を掴み上げた。

車海老:あの時、貴殿は某になんと言っていたのだ。

車海老:命を落としても、この土地全てを覆しても、必ず彼を連れ戻すと言ったではないか。だから貴殿と共に今日ここまで来た。

車海老貝柱!どうして貴殿が一番見下していた人種に成り下がった?!いつもの威勢はどうした?!貴殿はイカレたガキだろ?!貴殿の性格なら、この世の全てを道連れにしても彼を助け出そうとするだろう?!最初からそうするって決めていただろ!

車海老:約束したじゃないか。

車海老:貴殿と主上と我らの龍宮城を守る、そして某は龍宮城を救ってくれる神女を見つけると。どんな手を使ってでも、某は彼女に主上を救ってもらう!

貝柱:……

車海老:返事をしろ!!!口を開けこのクソガキ!!!!!

貝柱:はなせ……

車海老:……

貝柱:放せと言っただろ……

 車海老の手を振り払い、貝柱はふらつきながらも立ち上がった。彼は静かに車海老の目に点る怒りの炎を見つめ……

貝柱:……っふふ……はっ……ハハハッ……ハハハハハハハッ!!!!!

車海老:……

貝柱:貴様の言う通りだ……この世の全てを道連れにして、彼を救う……この世の全てを道連れに……この世の全てを道連れに……

 再び目に光が宿った少年を見て、青年は半歩下がった。貝柱が見えない袖の下で、青年武士は自分の刀を握りしめた。

車海老:(主上……本当にこれで良かったのだろうか……)


13.良い夢

もう遅い、寝ると良い。

甘えび:鉄仮面……

車海老:……

甘えび:……車海老……

車海老:……うん?

甘えび:あたしのこと嫌いなの?

車海老:……どうしてそう思うんですか?

甘えび:兄さんとお喋りしているところは見たことあるけど、あたしとは一回もお喋りしてくれてないじゃない。

車海老:……

甘えび:あたしは、貴方のこと結構気に入っているんだよ……兄さんみたいに女の子の気持ちがわからなくても、兄さんより綺麗じゃなくても、浪漫的じゃなくても、優しくなくてもね。だって貴方があたしを見つけてくれたんだもの……

車海老:……某はただ城主の命令に従っているだけです。

甘えび:あたしは知っているのよ、あたしを探しに来たのは、別に絵本に描かれたおとぎ話みたいな素敵な理由じゃないってことぐらい。他に何か目的があるんでしょう。

車海老:……

甘えび:まるで夢のように儚い泡みたい……この泡が、いつまでも破れないといいな……

車海老:考え過ぎですよ。もう遅い、寝ましょう。

甘えび:……ああ。

車海老:おやすみなさい。

 照明がわりの夜明珠に貝殻を被せると、巨大な宮殿は暗闇に沈んだ。車海老は静かに、女の子の寝殿を出た。

 宮殿の入口に立つ少年は遥か上にある海面を仰いだ。揺蕩う波によって彼の顔に陰影が揺らぐ。

貝柱車海老……私たちは……もう他に方法がないんだな……そうなんだな……

車海老:そうだ、彼女が唯一の希望だ。

貝柱:なら最後の日が来るまで、彼女に素敵な夢を見せ続けよう。


14.綿津見

海神も怪物に?

村人:ああ!ありがとう!ありがとう!小さな悪魔払いさん!

日式年糕:ヘヘッ!遠慮しなくていいよ!「怪物」を見かけたら観星落を訪ねたらいいよ!ぼくたちが助けてあげるから!

村人:本当に、どう感謝すれば良いか……ありがとう……

日式年糕:ヘヘッ、お礼はもういいよ!じゃあね!

村人:あの……悪魔払いさん、待ってください!

日式年糕:なに?どうしたの?

村人:……怪物を見かけたら観星落に助けを求めて良いんですか?なら、どうか助けてくださいませんか?

日式年糕:うん?何でも言ってごらん!助けられることなら、きっとどうにかしてあげるよ!

村人:お仲間と共に東の海に行ってはくださいませんか?親戚を助けてあげてください!怪物が増え続けているんです!

日式年糕:(東の海……?あそこは龍宮城の守備範囲じゃないかな?まさかなんかあった?)

日式年糕:(いけない、早く見に行かなきゃ!)

日式年糕:わかった!今から行ってくるね!

村人:東はどうなってるんだ……漁どころか、村にまで被害が広がっているらしいよ。

村人:はぁ……昔は綿津見という海神が守ってくれていたから、普通に生活出来ていたらしい。その海神は海に住んでいて、海を分けられる力をもっているそうだ。皆彼を神として祀っていた……

村人:なら、もしかしてその海神に何かあったんじゃ?

村人:さぁな……年寄りの話だと、海神はよく二人の従者を連れて海面に出ていたそうだ。彼は一払いしただけで、怪物を皆殺しに出来たんだと。

村人:しかし、いつの日からか、海神を見る人はいなくなったという。

村人:廃墟に隠れて難を逃れた人から聞いた話だが、東で怪物が大量に押し寄せた時、その人は海神も怪物になったのを見たそうだ。そして彼は二人の従者に囚われ、海に連れ戻されたとか……

村人:はぁ……神ですら自分の身を守れないなら……私たち人間は一体どうしたら良いの……

日式年糕:(…………海神さまも怪物になっちゃったの?)

日式年糕:(……もしかして、お造りさまが言ってた黄泉の毒に侵されちゃったのかな?!)


15.関係

この件は、貴方には関係ない。

貝柱:……相変わらず、開かないのか……

甘えび:……

 俯いている少女は少年を見上げることが出来ず、ただ自分の服の裾をぎゅっと掴んで、最近様子がおかしい兄の言葉を待った。

甘えび:……兄、さん?

 しかし今回、貝柱はいつものように眉をひそめることなく、ただ長いため息をついた。甘えびが顔を上げた時、彼の目に浮かぶ疲れを見て思わず半歩後ずさってしまった。

 それは甘えびが今まで見たことのない眼差しだった。彼女にはその眼差しを表現する言葉をもたない、ただただ泣きたくなった。

 突然、少年は笑った。しかし甘えびは、彼は本当は笑いたくないんだということを、感じた。

甘えび:……に、兄さん……

貝柱:大丈夫だ。最初から……貴方には関係のないことだったのだ……

 少年はゆっくりと肩を落とした、ホッとしたような、何かを諦めたようにも見えた。甘えびはどうにかして貝柱を引き留めようとしたが、車海老によって遮られた。

車海老:……貴殿には関係のないことです、部屋に戻って休んでください。

甘えび:……


16.取引

玉手箱を代価に、彼女をここから送り出せ。

月見団子:城主様、私に何かご用でしょうか?

貝柱:玉手箱を欲しがっていただろう。

月見団子:……

貝柱:だから私は取引をしに来た。

月見団子:……取引?

貝柱:「黄泉」の侵食がますますひどくなっている、玉手箱はもう兄様にとって無用の代物となった。

月見団子:……

貝柱:貴方にとって好都合だろ。

月見団子:城主様はどうしてそうお思いですか?

貝柱:しらばっくれるな、貴様は最初から私が持つ玉手箱にしか興味がないんだろう。

月見団子:……

貝柱:もしある日、あの小娘が玉手箱を持って訪ねてきたら、玉手箱と引き換えに彼女をここから出して欲しい。

月見団子:出すとは?

貝柱:わかっているだろう、「ここから出す」という言葉の意味を。

 しばらく見つめ合った後、月見団子は笑みを収め、じっと目の前の少年を見て、もっとも重々しい口調で、貝柱にとっていちばん重い約束をした。

月見団子:今この時、月兎の名において龍宮城と約束を交わします。玉手箱を手に入れた日、必ず姫様を「此岸」から送り出しましょう。これに背いた場合、月兎は二度とこの目で月を見ることはないでしょう。

貝柱:……やはり、頭のいい人と話をするのは楽だな。

月見団子:玉手箱を手放して……黄泉の門をどうするつもりですか……海神様も……

 承諾を得た少年は、真面目な顔をした月見団子を見て、いつもの笑みを浮かべた。

貝柱:私は最初から、兄様のような偉大な方ではなかったのだ。彼のように他人のために自分を犠牲にするなんてことは出来ない。私がしている全ては、自分のためでしかないのだ……

貝柱:黄泉の門も桜の島も、兄様と比べれば大して重要ではない。

貝柱:しかし、兄様が一番憂いていることを、私たちは彼との約束を守らずに成し遂げられなかった、ならばその後始末をするのは私たちしかいない。巻き込んでしまった彼女も、開いてしまう門も、私たちでどうにかする他ない。

貝柱:私と車海老の身体を使えば、黄泉の門を一時的に封印できるのではないか?そうだろう、月兎。

月見団子:……十分です。

貝柱:なら、全て貴様に任せた。

月見団子:何故私に託してくれるのでしょうか?

貝柱:貴様は玉手箱のためなら手段を選ばないだろう、どっかの魚野郎みたいに情に流されたりしない。


17.侵蝕

お互い様だ。

龍宮城

最深部

車海老:月兎のところへ行ったのか?

貝柱:……ああ。

車海老:……彼女は、結局開けられなかった、そうだな……

貝柱:……ああ。

車海老:某たちに残された時間は、もう長くない……

貝柱:……ああ。

車海老:最後まで付き合ってやる。

貝柱:……頼む。

車海老:貴殿の身体も侵蝕が進んでいるだろう。

貝柱:……気付いていたのか。

車海老:貴殿のようにバカだと思ったのか?

貝柱:兄様は知らないだろうな、貴様の本性を。

車海老:ハッ、貴殿がまさかこのようなイカれたガキだったとは、主上も思っていないだろうな。

貝柱:ハハハハハッ、お互い様か。


18.理性

もう無理かもしれない……

貝柱:ああーーー!!!!!

 悲鳴が宮殿に長く響き、少年は跪いて獣のような鳴き声を上げた。タラバガニから伝わってくる黄泉の毒が玉手箱を通って体の中で猛威を振るった。

 刀を持って宮殿の前に坐っている車海老は、宮殿に入らないままでいた。少年は狼狽した姿を他人に見られたくないだろうと、彼は知っていたから。

車海老:(これで……最後か……)

 毒の侵蝕がより一層進行し、貝柱が全ての霊力を尽くしてもタラバガニの身体に広がっている毒を止められなくなっている。そして、彼自身も少しずつその毒に吞まれていった。

 ドンドン――ドンドン――

甘えび:兄さん、あたしよ!甘えびよ!龍宮城が崩れるわ!二人とも早く出て来て!!!危ないから!!!一緒に逃げよう!!!

 ドンドン――ドンドン――

 門の前に座っていた車海老は顔を上げて、その音がする方向に視線を向けた。

 門の外には、彼らの海神のために命を捧げるはずだった生贄がいた。

 車海老はこの時の自分が一体どんな気持ちなのかよくわからなかった。

 最初は道具として見ていた彼女と、少しずつ過ごしていく内に……

 門の外に立っている、何の役にも立たなそうな弱々しい女の子は、いつの間にか龍宮城の一員となっていた……

 背後では貝柱が咆哮している、門の外では女の子が懇願している。いつも貝柱が理性を失った時、彼を我に返らせていた車海老ですら、今回ばかりは立てた両膝に自分の顔を埋めた。

車海老:(主上……某たちはもう……無理かもしれません……)

深海の夢Ⅲ

19.月

月を必ず、この土地に連れ戻す。

???:月兎に綿津見、そして恵比寿……来てくれたのは貴方たちだけなのね……

月見団子:……

???:……これから……苦労をかける……

月見団子:しかし……

???:これは、私たちが神を欺こうとしたその日から確定していたことだ。申し訳ない、私の責任を貴方たちに背負わせることになってしまって。それでも、私の代わりにこの土地を守って欲しい……

月見団子:……

???:これらの神器には、私の感情を託した。強大な力を持っているため、私に代わってこの土地を守れるよう、貴方たちを助けてくれるであろう。

???:本当に、申し訳ない……

 顔も見えない姿に、黒い悪意が蛇のように絡みついた。その方の手を掴もうとした月見団子は、たちまち自分まで巻き込まれてしまった。


月見団子:!!!!!

 突然夢から醒めた月見団子は身体を起こした。額からは汗が落ち、心臓も激しく鼓動していた。彼は手を上げて自分の額を支えた。

 夢の中で何度も繰り返し見てきた光景だったが、彼はその度に冷や汗が止まらなくなる。

 眠気が飛んだ月見団子は、柔らかな寝台からゆっくりと起き上がり、銀色の輝きのない真っ暗な廊下を歩いた。

 ぼんやりと庭を眺めていると、真っ赤な頭が突然目の前に現れた。寝ぼけて髪が乱れている明太子は、あくびをしながら庭に出てきたのだ。

 彼の周りに浮いている魚卵からあたたかな黄色い光が放たれていた、その一つ一つはまるで小さな太陽のようだった。

明太子:うぅ……?あれ、月見?どうした?お前も腹が減ったのか?

月見団子:……

明太子:ほら、さっき厨房から取ってきた水まんじゅうだ、一つやるよ。

 黄色い光がもたらした錯覚なのか、月見団子の寒気はそのあたたかさによって徐々にかき消されていくのを感じた。

 突然、頭をはたかれたことによって、月見団子は驚いて振り向いた。背伸びした明太子が彼の頭をぽんぽんと叩いていたのだ。その少年の目尻にはまだ涙が浮かんでいて、あくびが止まらず言葉も途切れ途切れだった。

明太子:ふわあ――食べたら……さっさと寝ろよ……

 目はほぼ開いておらず、自分のお腹をぽりぽりと掻きながら自室へと帰って行く少年を見て、月見団子は力が抜けた。そして、真っ暗な空を見上げた。

月見団子:……いつの日か、必ず月をこの土地に取り戻して見せます。


20.木箱

悲劇を覆せる可能性。

歌舞伎町

極楽

 焼きたての焼串を持っている月見団子は、目を細めながらまったく動く気配のない純米大吟醸の影を見つめ、憂鬱な表情を浮かべていた。

月見団子:大吟醸、鯖はそんなにも私のことが嫌いですか?

純米大吟醸:あちきの小魚は鼻が利く、ぬしのような底が見えぬ、計算高い者からは、彼の嫌いな匂いが漂っているのだ。

月見団子:しかし……

 カキンッ――

 月見団子の言葉を遮るように、刀が何かにぶつかる音がした。純米大吟醸月見団子を下がらせるようにある手が伸びてきた。月見団子がいる時は必ず影に潜っている鯖の一夜干しが突然現れ、ある一点を睨んでいたのだ。

 次の瞬間、赤い袖が静かな部屋に落ちた。

鯖の一夜干し:誰だっ!

雛子:……!!!!!!!!!!この野郎、よくもあたしの袖を!!!!!

あん肝:……ひ……雛子……おっ……怒らないで……

雛子:この役立たず!!!気付かれちゃったじゃない!!!本当に使えないわね!!!!!

あん肝:……ひ……雛子……

 突如現れた派手な少女は、彼女の後ろにいた存在感のない男性と対照的に見えた。

 二人の傍若無人に言い合いを続けていたが、鯖が刀を握りしめ、二人に飛び掛かろうとした瞬間、月見団子によって止められた。

月見団子:鯖、待ってください。彼らは私を訪ねに来たのです。

 突然制止された鯖の一夜干しは怪訝そうに青年の方を見た、しかしすぐに、いつもなら無表情な顔に嫌そうな表情を浮かべて動きを止めた。

 彼は引っ張られた自分の襟巻きを月見団子の手から丁重に外して、最後に双方を見定めてから、また純米大吟醸の影の中へと戻って行った。

雛子:フンッ、見る目のない奴め。このあたしが自ら物を届けに来たというのに、攻撃してくるなんて!持ってけ泥棒!

 少女が無造作に投げ出した小さな黒い箱を受け取った月見団子は、確認もせずそれを自分の袖の中に仕舞った。

月見団子:雛子さん、ありがとうございます。館主様にお礼をお伝えください。

雛子:フンッ、もう帰るわ!

 空気の中に消えていく二人を見届けてから、純米大吟醸月見団子の袖に近づき観察した。

純米大吟醸:それは何でありんしょう?

月見団子:……これは悲劇を覆せる可能性です。


21.託す

あの二人を託す。

 夜、庭の池には桜の花が映っているが、月は映っていない。

 微かなため息に、重みが乗っていた。

鯛のお造り:やはり、借りられなかったか。綿津見……この名前は、貴方にとっての呪いか、それとも祝福かな……

タラバガニ:なら恵比寿は、其方にとって呪いか?それとも祝福か?

鯛のお造り:私たちは最初、神器そしてこの土地を守る命を与えられた……しかしこれは貴方が自分の身を犠牲にする理由にはならない……神器の中で、最も危険な千引石を引き受けるのは私である筈だったのに……

タラバガニ:それ以上言うな、これこそ余が生まれた意味だ。余はこの土地に生まれたのはこのためた。この力があるのなら、友のために背負うことぐらい、造作もない。

 鯛のお造りタラバガニの決意を知り、桜の木の下で車海老に遊ばれて暴れている貝柱と、そんな彼を気にしていない車海老を見た。

鯛のお造り:……彼らを放っておけないのでは。

タラバガニ:そうだな……侵蝕は進んでいる、自分ひとりがそれに縛られるだけなら、悔いはない。しかしあの二人は余に巻き込まれて、この重い未来を背負わざるを得なくなった。

タラバガニ:もしその日が本当に来たら、彼らはきっと余の言う通りにはしないだろう。途方に暮れた彼らはきっと道に迷って……その時、希望を与えてやっと欲しい……どんなに小さな希望でも良い……彼らは強い。

 タラバガニの強い決意を見た鯛のお造りは、何度も笑おうとして、最終的にいつも通りの笑顔を浮かべた。ただその笑顔は、苦笑いのようにも見えた。

鯛のお造り:貴方のその性分なら、その二人もつまらない子になってしまうと思っていたのに、随分甘やかしているじゃないか……

タラバガニ:余がいなくなった後も命を果たせる者を探しただけだ……ただまさか……

鯛のお造り:頼まれなくても、私は二人を守るさ。ただ……本当にこれで良いのか?千引石と融合したら、もう後戻りは出来ないぞ。

タラバガニ:玉手箱の在処はわからない、例え二人がそれを見つけたとしても、起動させられるかどうか……しかし、目標があれば、余がいなくても取り返しのつかないことにはならないだろう。

鯛のお造り:…………

タラバガニ:玉手箱を見つけられなかった時……冷静になって、余のことを忘れ、自分の人生を歩み続けられることを願う。

鯛のお造り:……どうしてか……予感がするんだ……彼らは永遠に貴方のことを忘れることは出来ない、小さな希望だけを胸に抱え、取り返しのつかない道を進むのではないかと……

タラバガニ:その時が来たら、二人は其方に頼んだ。もし本当にその日が来たら、どうか彼らを守って欲しい。

鯛のお造り:……ああ。


22.花見

家族ですること。

数ヵ月前

海底

 揺れる珊瑚の間に、重箱が置かれていた。貝柱甘えびに引っ張られて宮殿を出た。

 海底では陸地のように鮮やかな夜桜を見ることは出来ないが、夜桜にも負けない綺麗な景色を見ることは出来る。

 色とりどりの魚が珊瑚や揺れる海草の間を泳いでいる。小さなお客さんたちは気泡を吐き出し、貝殻は少しだけ開いた。臆病な彼らは頭を出して、遠くにある巨大な珊瑚の下での宴会を見つめていた。

貝柱:……甘えび、玉手箱は……

甘えび:兄さん、今日だけ!今日だけだから!ほら鉄仮面も早く!!!

車海老:……

 刀を持って突っ立っていた車海老は、呆れた顔でわがままな女の子を見ていた。やがて彼女に睨まれて観念したのか、彼らの傍に近づいた。

 重箱が一段ずつ開けられていく、綺麗とは言えない、むしろボロボロになっているおにぎりや惣菜が現れた。女の子は自分の指を遊びながら、恥ずかしそうに口を開いた。

甘えび:……こっ、これはあたしが作ったの。あの日、村で花見をしている人間たちを見たわ。彼らが言っていたの、それは家族が一緒にやることなんだって。

甘えび:……だから……あたし……

 甘えびがしどろもどろに話していると、彼女の頭に手が伸びてきた。そして車海老も彼女の傍に腰を下ろした。

貝柱:……

甘えび:……に、兄さん……

 緊張している女の子の視線の先にいた少年は、淡い笑顔を浮かべ、ゆっくりと彼女の傍に座った。

 甘えびの料理はお世辞にも美味しいとは言えなかった、中には砂が混ざっている物もあった。

 自分で作った料理を食べてビックリしている甘えびを見て、車海老貝柱は久しぶりにホッとした笑顔を浮かべた。彼らのその様子を見て、甘えびもなんだかホッとした。

 飲み食いした三人は、巨大な珊瑚の群れの中で腰を下ろした。その時の景色はとても綺麗だった、まるでおとぎ話の中のように美しかった。

 遊び疲れた甘えびは彼らの傍で眠りについた。泡の障壁を破ってやってきた小さなカニは、自分のハサミで彼女の頬をつついていたが、彼女の寝言に驚いたのかそそくさと逃げて行った。

車海老:ぐっすりだな……もう決めたのか……

貝柱:……まだだ。ただ、思いつく方法は全部試したではないか……玉手箱ですら兄様の悪化を止められないのなら。その日はもう近いのだろう。

車海老:……

貝柱:……結局……全ては私のわがままに過ぎなかった……

車海老:じゃあ、彼女は……

貝柱:私たちの願いを、玉手箱は叶えてはくれなかった。だけど彼女の、龍宮城を離れ、平穏で安定した豊かな生活を送りたいという願いは、叶えてくれるだろう。

車海老:……命と引き換えに手に入れた玉手箱を本当にあの兎に渡すのか……

貝柱:兄様を助けて初めてそれは玉手箱と言えるんだ。そうでなければ、私にとってはゴミ同然だ。なら、彼女への罪滅ぼしとして使う他ない……これは彼女が望んでいることではないが、私たちに出来るのはもうこれぐらいしかないんだ。


23.守る

彼女が託した土地を必ず守り通す。

鯛のお造り:……タラバガニ、本当にこれで良いのか?

タラバガニ:……ああ。

鯛のお造り:……融合してしまえば、もう後戻りは出来ない、永遠にそれに縛られることになってしまうだろう。

タラバガニ:これは余が背負うべき責任だ。

鯛のお造り:……私の術式は、貴方と千引石を融合させることはできるが、毒を消すことはできぬ。貴方は黄泉の毒に侵され続けるだろう。

タラバガニ:わかっておる。

鯛のお造り:油断すれば、「妖魔」となって意識を失い、欲望しかもたない怪物になってしまうだろう。

タラバガニ:そうなる前に、全てを手配するつもりだ。

鯛のお造り:……黄泉の門は、貴方一人の責任ではない。

タラバガニ:もっと良い方法があるのか?

鯛のお造り:……もしかしたら……もう少し探れば……

タラバガニ:恵比寿よ、知っておるだろう。他に方法はない、少なくとも今はないということを。

鯛のお造り:……

タラバガニ:黄泉の門の結界石がなくなることで引き起こされる災難は、誰にも想像できぬ。余一人を犠牲にして平和を取り戻すことが出来るのなら、悔いはない。

鯛のお造り:私が……弱いせいで……あの……千引石と融合するはずだった者は……私なのに……

タラバガニ:其方のせいではない、自分の限界を知っている者しか、他人を守ることは出来ない。

鯛のお造り:……

タラバガニ:始めようか、我が友よ。其方が余の立場にあるなら、きっと同じ決断をするだろうと、信じている。

タラバガニ:彼女から託されたこの土地を全ての仲間たちを守って欲しいという願い……その中には其方も含まれておるのだ……


24.結末

素敵な結末。

 空がどんな色になっても、歌舞伎町の極楽は、いつも提灯の曖昧な赤を放っている。

 そして一番上の欄干の上に座っている青年は、歌舞伎町の赤の中でも最も艶のある赤色だ。

 足先を揺らし、下駄が落ちそうになっていた。道行く人の誰もが見上げては、何かを期待している。

 ただ、彼の背後にいる青年は、彼の魅力を感じ取ることが出来ないようだった。或いは、大勢の人が立ち止まる程の魅力があっても、手に持っている巻物には勝らないとでも言うべきか。

純米大吟醸:なあ、月見~

月見団子:どういう意味だ?

 テキトーな相槌が返って来たことに不満を持ったのか、青年は頬を膨らまし、月見団子の傍まで近づき、彼が持っていた巻物を引き抜いた。

月見団子:……どうしたんですか?退屈なら鯖を呼んだらどうでしょう?或いは、土瓶蒸しを誘って一緒に酒を飲んだらいかがです?

純米大吟醸:未だに今回ぬしが何をしようとしているのか、聞いていないでありんす。

月見団子:……これは、千引石を壊すのに必ずしなければならないことであると、教えましたよね?

純米大吟醸:ならどうして余分な準備をしているのだ。いなりや八岐に連絡し、わざわざ明太子に天羽羽斬まで持ち出させて。

月見団子:……

純米大吟醸:教えて欲しいでありんす。もし教えてくれなかったら、その巻物を燃やしてしまうやもしれん。

月見団子:たまには、一番良い結末に辿り着くことを信じたいと思っているんです。

純米大吟醸:良い結末?

月見団子:……私はこういった事を言うのは、怪しいのはわかります、しかしそんなに驚くことはないではないですか?

純米大吟醸:ゴホンッ、いや、少し驚いただけでありんす。

月見団子:私が偽善者であることは否定しません、ただ……もし目的を達成すると同時に誰かを救えるのなら、少し面倒事が増えても良いと思っただけです。

純米大吟醸:どういう意味だ?

月見団子:必ずしも良い結末に至らないかもしれません、全ては起きるべくして起きてしまいますから。しかし、それは偽善者になろうとする私を止める理由にはなりませんよ。

純米大吟醸:フンッ、また話を逸らしているではないか。

月見団子:まだ結末を迎えていませんから……ただ一つだけ言えるのは、どんな結末になったとしても、千引石はもうこの世に存在しません。

月見団子:唯一異なるとすれば、この世に龍宮城があるかどうか、という一点でしょうか。


25.嘘

其方らの傍にいる。

遥か昔

龍宮城

貝柱:放せーー!!!この鉄仮面野郎!!!

貝柱:放さねぇと噛んでやる!!!

貝柱:ガブッ!

車海老:いっ――!

貝柱:だから放せって言っただろ!兄様!!!

 車海老の拘束から逃れた貝柱は、足早に王座に座るタラバガニの背後に回った。

貝柱:兄様、あいつが!!!!!

車海老:……

タラバガニ:……貝柱、またどこに行っていたんだ。どうして長い間帰って来なかった?近くには「妖魔」が横行している、一人だと危険だ。

貝柱:……私は……ただ人間の村に行ってみたいと思っただけです……

タラバガニ:……

貝柱:兄様、人間は弱いですが、私たちの知らない事をたくさん持っています!彼らの考え方もとても面白いです!

タラバガニ:ああ、彼らは我々と違って、長い命を持っていないが、他の物を多く持っている。彼らのことが好きなら、今後彼らをきちんと守るが良い。

貝柱:……今後?

タラバガニ:ああ、今後。

貝柱:じゃあ兄様は私と共に守ってくださいますか?

タラバガニ:……ああ、勿論だ。余はずっと其方と車海老の傍にいる。

貝柱:私の傍だけで良いです!車海老の鉄仮面は放っておいてください!


貝柱:……ずっとそばに居てくれるって……

貝柱:……一緒に守ってくれるって、言ってたのに……

貝柱:……兄様の……嘘つき……


26.助ける

感謝すべき相手は貴方だ。

暴食:霊力……霊力……シシシッ……ハハハハハッ!!!ハハハハハッ……!!!!!

 赤い液体が漂い海を真っ赤に染めた。海岸には赤黒い跡が広がっていた。不吉な鳴き声を上げた鳥が海面から飛び出した巨大な獣に呑み込まれ、吐き気のする生臭い匂いが鼻腔を刺激する。

 提灯の放つ橙色が唯一安心出来る物だった。赤い魚が提灯の中で泳いでいた。青年は傍にいる少年を心配そうに見ていた。

貝柱:それは本当か?

ふぐ刺し:玉手箱の最後の守り人が死んだ後……それは煉獄の中心に落ちた……玉手箱の願いで、貴方と同じ「妖怪」たちを召喚した。百聞館の情報に偽りはない。

貝柱:そうか……しかし召喚された後、玉手箱に引き寄せられた「怪物」たちに食われたのではないか。

ふぐ刺し:そこは桜の島で一番恐ろしい地獄だ……当時、車海老タラバガニが、死に物狂いで外周にいた貴方を連れ出した。

ふぐ刺し:しかし此度貴方が行こうとしているのは、その最深部。

貝柱:これが唯一の方法なら、私は行かなければならない。

ふぐ刺し:仲間に声をかけた方が、良いかもしれない。

貝柱:あんな所、そこで生まれた「妖怪」にしかその恐ろしさはわからない。例え奴を連れて行ったとしても、役には立たないだろう。貴方も弱そうだし、餌を持って行くようなもんだ。

ふぐ刺し:……

貝柱:おいっ、薬売り。

ふぐ刺し:……

貝柱:もし私が帰って来なかったら、遊び呆けていると伝えておけ。しばらくしたら帰るとな。

ふぐ刺し:伝言はしない。

貝柱:そうだな、自分で怒られなければならないな。感謝する。

 少年は意を決して絶境へと向かった。弱弱しい薬師はゆっくりと振り返って、影を見つめた。

 影から出てきた男は、弱ったまま傍にある巨石に身体を委ねた。

鯛のお造り:……ありがとう。

ふぐ刺し:どうして彼に、この情報は、貴方が毒を試して手に入れてきた物だと教えないんだ。彼が感謝すべき相手は貴方だ。

鯛のお造り:……かつて彼の兄を苦しめた者の助けは必要としないだろうと、思っただけさ。


27.月兎

どんな代償だって払う。

甘えび:兄さん、お話を聞かせてくれない?

 小さな女の子は枕を抱えて、おそるおそる龍宮城の最深部にいる貝柱の方を見た。

 彼女は宮殿の中央に座る少年を怯えながら見つめる。

 龍宮城に来たばかりの彼女は自ら少年に話しかけることはなかった。しばらくして、彼女はこの近寄りがたい少年は、彼女の前にいる時はとても優しいことに気付く。

 そして女の子はようやくこの宮殿の奥に踏み込んで、待ち望んでいる視線で貝柱を見た。その視線を受けて、彼はゆっくりと顔を上げた。

貝柱:良いよ。

 ホッとした女の子は自分の枕を抱きながら、嬉しそうに駆け寄っていった。少年の優しい声がゆっくりと響き、女の子は枕を抱いたまま少年の傍で横になった。

貝柱:むかしむかし、空には月があった。

貝柱:月はこの世の全てを照らすために自分の光を使い果たし、ついに光らなくなった。真っ暗な夜空にはもうその存在は見えない……

貝柱:誰もが月を忘れてしまっているけれど、最初から月の光の中で生きてきた小さな小さな兎だけは、空高く懸かる円盤を覚えていた。

貝柱:あの兎はどんな代価を支払ってでも、月を空に帰そうとしていた。

甘えび:ハァ……ハァ……

 規則正しい呼吸音が聞こえて来て、少年は視線を音のする方に移した。彼は女の子の柔らかい髪を梳かしながら、呟いた。

貝柱:ごめん……貴方を巻き込んでしまって。だけど私は、後悔したりはしない。

深海の夢Ⅳ

28.執念

兄……様……

貝柱:ハァ……ハァ……あと少し……

暴食:シシシシッ――見つけたぞ!!!食い物を見つけたぞ!!!活きの良い食い物だっ!!!

貝柱:どけ!!!

もう疲れてるでしょう、休んだらどうだ……

貝柱:どけ!!!!!

暴食:へへへ、走れ、走れよ!!!お前たちの絶望する姿が大好きなんだ!!!!!

貝柱:どけって言ってんだろ!!!!!

帰ろう……誰も貴方を責めない……

貝柱:ハァ……ハァ……

暴食:見ろよはははッ、可哀そうに、誰も助けに来ない。誰もお前がここで死んだことを知らないっ!!シシシシッ!!!!!

貝柱:うるせぇ!!!!!!!

行くんだ、ここから離れて……

貝柱:黙れ!!!!!!!!!!!!

 巨大な霊力が爆発し、少年の後についてきた怪物は全部吹っ飛んだ。だが少年も倒れてしまい、もがきながら前に向かって這っていった。

 深い穴の中、少し離れたところに光が見えた。

 その光は朧げだった。少年は手で体を支えて起き上がろうとしたが、力が入らなかった。

 少しずつ……少しずつ……

 少年の後ろには血の道が出来ていた。彼はその箱を掴もうと手を上げたが、次の瞬間手を引っ込めた。

 彼はボロボロになっている服で血まみれになっている両手を拭いて、そっと玉手箱を抱えた。

貝柱:兄……様……

 目を閉じた少年は、その優しい声を聞くことはなかった。

愛する我が子よ……貴方は運命の人ではない。

しかし貴方の内にある執念は、闇の中から私を目覚めさせる程の物だ……

貴方の願いを叶えることは出来ないが、せめて私自身を媒介として、貴方と貴方の守りたい者により長い時間を与えよう……


29.後患

怯えながら生きてられっか。

 伝説によると、桜の島のもう一つの面は「黄泉」と呼ばれている。

 黄泉の中にある毒は、全ての生霊の正気を奪い「妖魔」にする。

 黄泉の食べ物ですら、黄泉の毒に染まっていることで他の生き物を同化させる。

 無数の生霊を飲み込んだ黄泉の毒は、「黄泉」に生霊がいなくなった後、少しずつ「現世」へと広がっていった。

 偉大なる巫女は、自分の民が黄泉の毒によって恐ろしい怪物にされることを許さず、更に怪物たちが人間を襲うことも阻止しようとした。そこで彼女は「千引石」という石を見つけ、「黄泉」の唯一の出口を塞ごうとした。

 だが、その途中で巫女は「妖魔」たちに囲まれてしまった。奴らは牙をむき、爪を振るって、巫女の弱い身体を破ろうとした。

 巫女は「姉妹」であった、「姉」の巫女は妖魔を止め、髪飾りで自分の腕に傷をつけた。

 「姉」の血は、黄泉の妖魔にとって致命的な魅力を持っていた。そのため、妖魔たちは一瞬にして理性を失い、「姉」に向かって必死に走り、奪い合い、噛みついた。そして、その妹の存在を忘れるのだった。

 妹は泣きながら、「姉」からもらった髪飾りをもって黄泉を離れ、千引石で黄泉の出口を塞いだ。


 三色団子をくわえた明太子の頬は団子でいっぱいになっていた。彼は竹串をくわえたまま上下に揺らしていたが、それはすぐ誰かの手によって引き抜かれてしまった。

月見団子:ボス、何度も言いましたが、竹串をくわえて地面に突っ伏してはいけませんよ、喉に突き刺さったらどうするんですか。

明太子:うっ……うごもごもご……

月見団子:口の中の物を飲み込んでから話してください。

明太子:ごくんっ――じゃあ、その黄泉の怪物たちは、隙があればまた出て来やがるってことか?あと毒も!

月見団子:……

明太子:なら!機会を探してさ!「黄泉」を滅ぼして、後患の根を断てば良いだろ!

月見団子:……後患の根を断つ……

明太子:そうだ!怯えたまま毎日過ごしたくねぇだろ。あっちが喧嘩売って来るんなら、痛い目見てもらわねぇとな!

月見団子:ボス、それは仰る通りですが……食べ終わった後、竹串を持って遊ばないでくださいとも言いましたよね。誰かに刺さったらどうするんですか。

明太子:……

月見団子:この前罰として出した課題もまだ終わってませんよね、明日提出するのを忘れないでください。

明太子:イヤだあああああ!!!!!


30.凍結

間に合った……

タラバガニ車海老……早く……もう耐えられない……

 赤い紋様がタラバガニの身体に広がり怪しげな光を放っていた。彼は激しく鼓動している自分の胸をしっかりと押さえていたが、その胸から出そうな程の大きな「悪意」が、彼の全ての理性を侵食しそうになっていた。

タラバガニ:殺せ……早く……

車海老:……

 蒼ざめた顔をした車海老は刀を握っていたが、いつものように、すぐに主上の命令に従うことは出来なかった。

タラバガニ:早くしろ!!!!!!!

車海老:……

貝柱:どけ!

車海老:……小僧……

貝柱:助けたいなら手伝え!

貝柱:何を見てるんだ!怖気づいたのか?!

 小さな箱から白い光が放っていた、その光が消えた時、戦場の真ん中にいた三人は倒れて意識を失った。

 厚い氷に覆われたその男の身にある赤い紋様は冷えて青くなっていた、他の二人も霊力を消耗しすぎたため意識を失っていた。

 全てが平静を取り戻したかのようだった。その時、今まで隠れていた青年がゆっくりと出てきた。

 彼の顔も青白く、三人とそう変わらなかった。

鯛のお造り:……良かった……なんとか……間に合った……

 青年はよろめきながらも倒れた三人に近づいた。彼は指先でまだ作動している玉手箱に触れたまま、幾重もの氷の層に覆われていく男を見た。

鯛のお造りタラバガニ、このような難題を突き付けおって。

鯛のお造り:しかし……貝柱は本当に出来たのだな……ははは……ははは……玉手箱か……百聞館の情報はやはり間違ってなかった……

鯛のお造り:……しかし、これからどうすれば……


31.手紙

全員が生き残れる方法を探す。

 庭の火鉢の中、紙を食らう火花が点々と飛び散っていた。風に吹かれて、黒い残骸のようなものが揺れていた。

 力強く書かれた文字は、あまりにも落ち着いていた。

 まるで、消えていくのは、書き手本人ではないかのように。

 鯛のお造りは火鉢の熱を感じていたが、それでも体の寒気を消すことはできなかった。

鯛のお造り:……貴方の言うことは聞かないって何だ……こんな大役を私に……

鯛のお造り:……二人を私に託して……

鯛のお造り:貴方は……相変わらず、わがままだ……

 青年は火鉢の傍にしゃがみ込んで火花をじっと眺めていた。その点々とした火が文字の全てを吞み込んだのを見届けて、彼は額に落ちた髪を撫であげ、俯いて苦笑いした。

鯛のお造り:……親友をこの手で送り、そしてあの子たちの生きていく理由を見つける……綿津見……本当に私を信用していたのだな……

鯛のお造り:私が出来ると……信じているのか……

 最後の紙は握りつぶされて皺くちゃになっていた。やがて火鉢の中に落ちて火を起こし、青年はかつてない強さを顔に浮かべた。

鯛のお造り:私は運が良い。私の運気は私自身だけでなく、傍にいる者にも影響する。

鯛のお造り:貴方も、あの二人の小童も、桜の島の者たちも、全員生きていける方法を……

鯛のお造り:必ず見つけ出して見せよう!


32.願い

絶対に諦めない。

鯛のお造り:……玉手箱は貝柱に力を貸したが、それは全ての力ではない。

鯛のお造り:まさか……神女を……本当に無実な犠牲者を出さねばならないのか……

月見団子:そんな時は、そもそも存在しないものを捨てるべきです。

 背後の影から物音が聞こえた鯛のお造りは勢いよく振り返った。影の中から少しずつ姿を現した者を見て、彼は緊張を途切れさせることは出来なかった。

月見団子:頼みましたよ、人魚さん。

鯖の一夜干し:……

 返事することなく少年は再び影に潜った。その様子を見て月見団子は不満そうにしていた。

月見団子:……何回かお酒を飲ませただけではないですか、こんなに私を嫌いになるなんて……

月見団子:おや、恵比寿様、お久しぶりです。

鯛のお造り:……月兎、やはり死んでいなかったのか。

月見団子:久しぶりに会った旧友にこのような態度をとるとは、あまりにも悲しいです。

鯛のお造り:……まだ諦めていないのか……

月見団子:私は自分の願いを叶えるまで、絶対に諦めません。

鯛のお造り:知っている筈だ、貴方の願いが叶った暁、どれだけの命が消えるのかを。

月見団子:それとこれから貴方に話すこととは、何の関係もありませんよ。

鯛のお造り:……

月見団子:私に協力してくれないことは百も承知です。しかし、今回ばかりは、私たちの目的は一致しています。

鯛のお造り:……千引石に何をするつもりだ?

月見団子:貴方も、龍宮城があの神器のせいで滅ぼされることを良しとしていないでしょう。黄泉の門は、彼らだけの責任ではない。


33.黄泉

我々は「黄泉」に追放された亡霊に過ぎない。

 蠟燭の火は風に揺られ、壁に映った影は歪んでいて、怪物のように爪を振り回そうとしているように見えた。

純米大吟醸:月見、いなりはもう行ったでありんす。

 影の中の青年は出てこなかった。うんざりした純米大吟醸は奥の部屋に入ると、月見団子は机の前に座ったまま、手元の巻物を真剣に読んでいた。

純米大吟醸:何百回も読んだであろう、まだ飽きないのか?

月見団子:……ただの暇つぶしです。

純米大吟醸:フンッ、いつもそう言う。

月見団子:「黄泉」にいて、常に思い出していないと、いつの日か私も奴らのように、全てをくださった月を忘れてしまうでしょう。

純米大吟醸:……「黄泉」か。そう言えば、今回の計画に全員が助けてくれる確証はあるのか?行く末を見たいだけのいなりはともかく、ぬしの小さな首領はこの世界の真相を知って、助けてくれるのか?

月見団子:彼に、彼が知り得る真相だけ教えれば良いのです。

純米大吟醸:……ぬしはやはり怖いでありんす。

月見団子:……うん?

純米大吟醸:あんなにぬしを信頼している明太子まで利用出来るのか……あー怖い怖い。

月見団子:我々は「黄泉」に追放された亡霊に過ぎない。

月見団子:もし、我々の中に全員を率いることの出来る者がいなければ、正義を理由に宣戦布告することが出来る者がいなければ、全員の力を合わせて恐ろしい敵に相対することなんて出来ません。

月見団子:今団結しなければ、我々はどうやって裏切り者に奪われた現世に戻れるというのですか?


34.悩み

皆この天地の中に閉じ込められている。

観星落

 庭の中の小さな池には、赤い橋が架かっている。青年は自分の靴と靴下を脱いで、冷たい水に足を浸した。泳いでいる魚は驚くことなく、行けにさざ波を立てている青年を珍しそうにそっと触れていた。

 替えの靴と靴下を持ってきた少女は、静かに青年のそばに正座した。

お赤飯:お造り様、夜は冷えます、皆さんとの会話が終わったのなら、早く部屋に戻りましょう。

鯛のお造り:……

お赤飯:お造り様?

 いつものんびりとしている青年は足元をめぐる錦鯉を見ながら、足先を軽く揺らした。錦鯉は驚いて、遠くへと泳いでいった。

お赤飯:……何か心配事でもあるのでしょうか?

鯛のお造り:黄泉、現世……

お赤飯:また黄泉と現世のことで悩んでいるのですか?

鯛のお造り:はぁ……全員がこの天地の中に閉じ込められているから、手を組むべきだ……それなのにどうして……はぁ……

お赤飯:……うん?

鯛のお造りお赤飯、皆が手を組む日が来るのだろうか?

お赤飯:……お造り様?何を仰っているのでしょうか?

鯛のお造り:いやなんでもない。夜も更けた、早く戻って休もうか。

 青年が橋からゆっくりと起き上がって、靴や靴下を受け取ることもなく、裸足のまま、部屋の方へと歩き出した。濡れた足跡が、部屋まで続き、そして消えた……


35.兄妹

本当の兄妹。

 タタタッ――

 忙しない足音の後、甘えびが巨大な宮殿に飛び込んできた。そして、氷棺の前で何を考えているのかわからない少年に突進する。

甘えび:へへっ!兄さんただいま!

 貝柱は少し呆れた顔で自分の懐におさまった女の子を見た。走ったからか彼女の髪はだいぶ乱れていた。彼は彼女の髪紐をそっと外して自分の手首に付けた。そして、甘えびを座らせ、慣れた手つきで甘えびの髪を結び直した。

貝柱:何度も言っただろ……急いで走るなと、髪がぐちゃぐちゃになっただろう。

甘えび:へへっ、やっぱり兄さんは優しいな。あたしの襟を引っ張る鉄仮面と全然違う。兄さん聞いて!今日もたくさんの人間を見たよ、花柄の手毬で遊んでたの。その手毬はとっても可愛くて、でもあの鉄仮面がせっかくくれた手毬を壊したの!

車海老:……

貝柱:ふふ、そうか。じゃあ、車海老に新しいのを買ってもらいなさい。

甘えび:フン、言ったけど、ただの護衛だから物を買ってくれたりしないんだってさ!!!

貝柱:二人は仲が良いみたいだね。

甘えび:誰がこの鉄仮面なんかと!!!

貝柱:ふふふ、よし、結び終わった。早めに休むと良いよ。

甘えび:ああそうだった!あたし紐を編めるようになったわ!見て!一人一本ずつ!

 貝柱甘えびの腕に付けられている紐と、持っていた歪んでいて綺麗とは言えない二本の紐を見つめ、眉を上げた。

甘えび:うっ……鉄仮面、これは練習の時に編んだ物だから!貴方のために編んだ物じゃないんだからね!!!

 赤くなって逃げた甘えびを見て、貝柱は水色の手編みの紐を車海老に手渡した。

貝柱:どうした?

車海老:……ただ、時々、二人が本当の兄妹に見えるなと、思っただけだ。

貝柱:……


36.天照

黄泉の中には、偽物の天照しかない。

純米大吟醸:ふふふふーん~

鯖の一夜干し:……見つけました。

 突然光が遮られた純米大吟醸は頭を上げて、後ろで傘をさしてくれている鯖の一夜干しを見て、軽く笑った。

鯖の一夜干し:……太陽。

 屋上に座っている純米大吟醸は、背後の者の注意を気にしていないのか、下駄をぶらぶらさせながら、昼間の客があまりいない歌舞伎町を通る人を眺めた。

 しばらくして、純米大吟醸は突然振り向いて、自分の後ろに立っている護衛を見た。

純米大吟醸:偽物の天照なんかで、あちきは傷つけられないでありんす。

鯖の一夜干し:……偽物……?

純米大吟醸:鯖よ、知らぬのか?黄泉の中にあるのは、偽物の天照でありんす。あちきの皮膚はこれで傷ついたりはしない。

鯖の一夜干し:……しかしここは……

純米大吟醸:これが嘘の力だ。

純米大吟醸:嘘は、この煉獄を极楽にした。嘘は、多くの人に「こここそが本当の世界」であると思わせた。

純米大吟醸:あの裏切り者たちのせいで、この土地で歩く人々は、一生本当の太陽を見ることは出来ない。

深海の夢Ⅴ

37.天沼矛

巫女の最大の武器。

 むかしむかし。

 この世界がまだ「現世」と「黄泉」に分かれていなかった頃。

 数え切れない程の神明は空で舞い、何かを争っていた。

 吐息一つで地形が変わる程の強い力を持つ神明たちの争いは、ある小さな土地に災難をもたらした。

 人々はたった一瞬で、土地の半分を失ったのだ。

 土地がなくなれば、耕作はできない、家畜も飼えない、生きていくことすらままならない。

 人々は絶望に陥った。

 その時、巨大な力をもつ巫女が立ち上がった。彼女たちは持っていた長い矛を海に刺したのだ。

 次の瞬間に、嵐が吹き荒れ、神明の争いによって消えた土地は少しずつ再生していった。

月見団子:土地を創造出来るその矛は、雨沼矛(あめのぬぼこ)と呼ばれていました。

月見団子:土地を創造出来る力を持つそれは、巫女たちの最大の武器でした。

男の子:すごいすごい!!!じゃあ、月見兄さん、もし雨沼矛がなくなったら、その土地もなくなるの?

月見団子:その通りです、先程言ったようにその土地は天沼矛によって生み出した物ですから。

男の子:それは大変だね!悪い人に抜かれないように気を付けなきゃ!半分の土地がなくなっちゃうよ!

月見団子:……ええ、抜いてはなりません。さもなければ、偽物の土地がなくなってしまいますから。


38.月待ち

「あの方」はここから離れたことはない。

鯛のお造り:……貴方の方法は、あの娘にとって危険すぎる。

月見団子:しかし、これこそ一番良い方法ではありませんか?

鯛のお造り:……もしかしたら……他の方法があるやもしれない……

月見団子:恵比寿、貴方は自分を騙しているのですか、それとも私ですか?

鯛のお造り:あの娘にそんな義務はない。

月見団子:では桜の島のために過ちを犯した龍宮城に、重い代償を払う義務があるとでも言いたいのですか?

鯛のお造り:今回は……少なくとも、彼女に選択する権利を与えなければならない。

月見団子:勿論、私にとって例え彼女がどんな選択をしても、最終的に私の目標は達成できます。

鯛のお造り:……何故助けてくれたのだ?

月見団子:私が助けたのは貴方ではありません。

月見団子:私が助けたのは、他人のために自分を犠牲に出来るバカなひとたちです。

鯛のお造り:……「あの方」が去ってから大分経つ、どうして忘れられないのだ?

月見団子:「あの方」はここから離れたことなどありません。貴方たちは大半のひとのために、「あの方」のことを忘れるように自分たちに洗脳をしたまでです。

 鯛のお造りは割れた杯に微かに眉をひそめ、月見団子の目の奥に燃えてる炎を見た。

鯛のお造り:貴方の……「あの方」に対する感情は……私たちのそれとは違うようだな……私の認識出来る感情ではない……月見、貴方は一体何に囚われているのだ?

月見団子:私に存在価値を与えてくれたのは「あの方」です。私の存在が必要であることを教えてくれました。なのに貴方たちは「あの片」の存在を忘れてしまっているなんて……私は絶対に「あの方」を探し出します……絶対に。

鯛のお造り:……知っているだろう、「あの方」はすでに輪廻の輪に帰り、誰も知らない人間になっているかもしれない……

月見団子:生まれ変わった「あの方」は。まだ私たちの記憶の中の「あの方」と言えるのですか?

月見団子:「あの方」は約束してくださいました……きっとまたここに戻ると。だから何をしても、何人を犠牲にしても、私は本当の「あの方」を取り戻します……


39.過去

いつになったら、帰って下さるのですか……

貝柱:兄様ー!一緒に行きましょう!

タラバガニ:ふふ、貝柱が色んな所に行って遊ぶの好きなようだな。

貝柱:そうですね。世界は広いです、場所によって違う景色も見れます、今まで見たことのない新しい物もたくさんあります。兄様、一緒に行きましょう……一人ではつまらないです……

タラバガニ車海老に頼んでみると良い。

貝柱:あの鉄仮面野郎なんかと一緒に行きたくありません!奴は「うん」か「フンッ」以外何も口にしません!兄様ー!見てください!綺麗な貝殻を見つけましたよ!これを持っていてください!この割れた物は車海老の奴にでもあげてください!

タラバガニ:……

貝柱:二人への記念品です!兄様持っていてくださいね!そうでなければ怒ります!

(明転)

 ふと、宮殿の入口に立っていた車海老は、氷棺の前に座っている少年を見つめたまま意識が飛んでいたことに気付く。

車海老:(……まさか、彼の言うように、年をとると……昔のことばかり思い出してしまっているのか……)

 ただ、まだ青年が宮殿に足を踏み入れる前、宮殿に座って呆然としていた少年は突然立ち上がり、目の前の氷棺にそっと手を触れた。

貝柱:……兄様、ずっと竜宮城の中に閉じ込められて……本当につまらないです……

貝柱:……兄様、いつになったら、帰って来てくださいますか……

 中に入ろうとした青年は、ふと足を止めて、自分の懐の中をまさぐると、二枚の貝殻を取り出した。しばらく躊躇ってから、また自分の懐の袋に戻した。

車海老:……安心しろ小僧、貴様のように懐が狭くない。いつの日か、龍宮城の外で大好きな貝殻を見つけようではないか。三人で。


40.故人

次の紅夜は、もっと祭酒を持ってこい。

タラバガニ:八岐。久方ぶりだな、深い眠りから目が覚めたか。

タコわさび:……綿津見……久しぶり……

タコわさび:すんすんーー

タコわさび:……その匂い……あんた……千引石……

タラバガニ:……ああ、流石に隠し事は出来ないか。千引石は黄泉からの衝突に耐え切れずに砕けた。恵比寿に頼んで千引石の欠片を余の身体に融合させてもらった。

タラバガニ:今、「黄泉」から出た毒は全て余の体に移り、余が相殺している。

タコわさび:死ぬぞ。

タラバガニ:久方ぶりに会っても、其方の話し方には慣れない。

タコわさび:死後、黄泉の門は。

タラバガニ:……長い付き合いがあるから、せめて慰めの言葉をくれるのかと思っていたのだがな。

タコわさび:決意したのだろ。

タラバガニ:ああ、これは私の決断だ。それに、後悔はしていない。

タコわさび:なら聞いても無駄だ。決意しているのなら。

タラバガニ:あの子らはまだ修行が足りていない。しかしながら、余が一番信用している者たちでもある。彼らはきっと余の言う通りにはしないだろう……

 壺の中で動くのも億劫なタコわさびは、車海老の刀を奪って砂浜に何かを描いている貝柱を見て眉をしかめた。

タコわさび:ガキは、嫌いだ。

タラバガニ:……面倒を見てくれるとは思っていなかったが、そのような直接な言葉で断られるのは悲しい。

タコわさび:……

タラバガニ:余がいなくなった後、大人になったあの子らと再会した時、余の代わりに酒を共に飲んでやってくれ、せめて一杯くらいは。

タコわさび:……面倒くさい。


41.呪い

全員で引き受けるべき呪いだ。

いなり寿司:月見、正直に言いなさい、どうして八咫鏡が必要だ?

月見団子:黄泉の門を侮ってはいけません、八咫鏡を持った方が安心できます。

いなり寿司:……そうか?

月見団子:そうです。龍宮城は深海にあります。海の中は危険が多い、頼れる物が多い方が安心して進めるかと。

いなり寿司:この世の一切の因縁を断ち切れる天羽羽斬に、万民を守る八咫鏡、そして現実に影響を及ぼす程の幻境が作れる蜃海楼。本当に、安心のためだけにこれらを携えようとしているのか?

月見団子:今回直面しなければならないのは、前代未聞の危機ですよ。

いなり寿司:……

月見団子:玉手箱が開かなければ、妖魔と化した海神に立ち向かわざるを得ません。海神の体には、これまで何年もかけて、皆が引き受けるべき呪いがありますから……

いなり寿司:……

月見団子:そして……懐かしい故人に会える機会が……あるかもしれません……


42.使命

何が使命ですか?

鯛のお造り:月見、知っている筈だ、貴方の計画通りに進めば、玉手箱を壊す絶好の機会を逃すこととなる。海神が龍宮城に戻れば、再び玉手箱を手に入れるには、私とタラバガニを相手にすることとなるだろう。

月見団子:ふふっ、恵比寿よ、神器はどのような物なのか、私たちが一番知っているはずであろう。それらの存在は、私たちの犠牲で人間に福祉をもたらし続けているだけです。

鯛のお造り:……

月見団子:千引石は既に砕けている、綿津見が自分を犠牲にして無理に続けているだけです。もし彼がいなければ、人間はいずれこの災難に遭うでしょう。いっそこの機会を使って、彼を徹底的に呪いから解放してあげましょう。

月見団子:長年の仲間であるなら、私がやろうとしていることを最初からわかってるはずでは?

鯛のお造り:……

月見団子:その黄泉の毒の影響を受け、皆が妖魔だと思っているそれを、我々は知っているでしょう。

月見団子:それは「妖魔」でも「怪物」でもない、人間の欲望から生まれた堕神であると。

月見団子:人間を守るために生まれた食霊が、人間の欲望に呑み込まれて彼らの命を奪う怪物と化しているのです。この惨劇を幾度も見てきたではないですか?

鯛のお造り:……月兎、私の前で、そのような冷血な顔をする必要はない。彼女は最初から言っていた、皆の中で一番優しいのは月兎であると。

月見団子:綿津見の堕化は、千引石の力によって悪化しています。貝柱車海老さえも、侵蝕され続けています。

月見団子:堕化というのは、まったく不可逆なものではありません。

鯛のお造り:……

月見団子:かなり前に、あの小僧は私の所に来ていました。

月見団子:もしある日、あの娘が玉手箱を持って私の所に来たら、玉手箱を代価にあの娘をこの世から救い出して欲しいと、彼はそう言っていました。

月見団子:更に、壊れた千引石の代わりに、破れた黄泉の門を自分たちの身体で守って欲しいと。

月見団子:恵比寿……おかしいとは思いませんか?

月見団子:自由の筈の「妖怪」たちは、人間のことで疲れ、人間に縛られ、遂には人間のために命を捧げています。自分らのささやかな願いさえ叶えられないまま。

鯛のお造り:……これが我々の使命だからだ。

月見団子:使命、使命だからなんですか?

鯛のお造り:……どういうつもりだ。

月見団子:何度も言っているじゃないですか……私が欲しいのは、最初からあの空の果てで、全てのひとを照らしてくれる、全てのひとに忘れられた月だけです……


43.天羽羽斬

力を貸してくれ。

 崩壊した山頂から真っ赤な溶岩が次々と吹き出ているのに、そこに立っている少年はその温度を少しも恐れていないようだった。

明太子:……天羽羽斬よ、また会ったな。

吾が出る以上、災いは付き物だ。此度は何のために吾を呼んだ……

明太子:月見が連れて行ってくれってさ。今度は、大きな災厄が起きるかもしれないから、お前の力が必要だ。

……月見?

明太子:俺が最も信頼する部下だ!すごいヤツなんだぜ!彼が言った通りに探したら、やっとお前を見つけた!

……あの兎か?

明太子:ああ、あの兎だ!

信用できぬ奴であると、告げた筈だ。

明太子:ハハッ、色んな事を俺に隠してるって知ってる!だけど、ヤツが俺をボスって呼んだ日から、俺は覚悟した、全ての後始末を引き受けるって!ヤツを信じることも含めてだ!ヤツが月を口にした時の、目の輝きを信じることにしたんだ!

……

明太子:だから!お前がオレを信じてくれたように、オレもヤツを信じて、力を貸してやりたい!目的が達成した日に、きっと全ての理由を教えてくれる筈だ!

……良かろう。

 天羽羽斬のため息を感じたのか、明太子は笑って、熱い刀身をそっと撫でた。

明太子:願いは一緒だ。お前が守りたいこの桜の島を必ず守る。だから今回も、力を貸してくれ。


44.運命

運命の人はまだ目覚めていない。

???:天羽羽斬、蜃海楼、玉手箱、八咫鏡、千引石……

???:全ての神器が見つけられた。

鯛のお造り:うん。だけど彼は、瓊勾玉が壊れていないことを知らない。

???:予想外のことがあってしばらく離れているが、すぐに取り戻せる……

鯛のお造り:……「あの方」は……どうしている……

???:……まだ眠っている。

鯛のお造り:そっちは今日、満月の夜だろう。

???:ああ、綺麗な月だ。出来れば「黄泉」の皆にも……見せてやりたい……

鯛のお造り:いつかきっと、見れるようになるさ。

???:しかし、運命の人は、まだ目覚めていない。

鯛のお造り:遠い東の国から希望を乗せた船がやってくると信じている。

???:……この全てが、月兎の計画が完了する前に来ることを望む。

鯛のお造り:私たちはいつか、また同じ土地に立つことが出来るよ。


45.双生

きっと見つける……

兄上……兄上……

……いつか……見つけるよ……

約束に背いた人間……

罪深い……

きっと見つける……

だから……もう泣かないで……

もう泣かないで……

本当に……会いたい……

兄上……どこにいるの……

全ての神器が破壊された日……

私たちはここから出られる……

兄上……

待っていて……


イベントストーリーまとめへ戻る

月影海歌へ戻る


Discord

御侍様同士で交流しましょう。管理人代理が管理するコミュニティサーバーです

参加する
コメント (月影海歌・ストーリー)
  • 総コメント数0
この記事を作った人
やり込み度

未登録

編集者紹介

未登録

新着スレッド(フードファンタジー攻略wiki)
ゲーム情報
タイトル FOOD FANTASY フードファンタジー
対応OS
    • iOS
    • リリース日:2018年10月11日
    • Android
    • リリース日:2018年10月11日
カテゴリ
  • カテゴリー
  • RPG(ロールプレイング)
ゲーム概要 美食擬人化RPG物語+経営シミュレーションゲーム

「FOOD FANTASY フードファンタジー」を
今すぐプレイ!

注目記事
ページトップへ