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誰も知らない・ストーリー

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誰も知らない


第一章-惨劇

協会の惨劇が再び

……

機密文書 

No.1130

……

8月14日

複数の誘拐事件に関与した疑いで、「黒い黎明」のリーダー・クロウリーを逮捕。本件の担当者はセロ町保安官・ダンキ。

8月15日

証拠不十分のため、クロウリーを釈放。

……

8月17日

アムビエル教会にて、「黒い黎明」が秘密の儀式を行った際に火事が発生。

所属メンバー✗✗人、全員の死亡を確認。

同日、教会内や周辺にて✗✗✗体の遺体を発見。

検視した所、遺体のいずれも届出のある行方不明者のものであることが確認された。

第一発見者はクロウリーの食霊――ハギス

取り調べに応じず、更に過剰な反応を示したため、一先ず収監することが決定された。

8月18日

セロ町の住民✗✗✗人を殺害し、極悪非道な行為を行ったとして、被告人ハギスをタルタロス大墳墓重刑監房0013号室に拘留。

終身刑に処す。


三年後――


タルタロス大墳墓

応接室


シェリー:……三年後、壊滅した筈の「黒い黎明」は蘇り、セロ町に舞い戻って犯行を続けている……三年前の惨劇の際、他に共犯者がいたかもしれない……

カサッーー

シェリーは分厚いファイルを閉じると、まるで羽根で出来た扇子をあおぐかのように、それを揺らした。

シェリー:どうしてセロ町で起きた失踪事件を「黒い黎明」の仕業だと想ったの?あの組織の唯一の生き残りは今監獄にいるし、他は全員三年前に死んだじゃない。まさか怨霊の祟りだとか言わないわよね?

ポロンカリストゥス:私がこう書いたのには、確固たる理由があるからだ。

 青年は笑いながらシェリーからファイルを受け取り、持ち歩いているプレゼントボックスの中に仕舞った。すると、その赤いボックスは魔法が掛けられたかのように、ポケットに入る程の大きさにまで縮んだ。

シェリー:貴方のそれ便利ね……

ポロンカリストゥス:お褒めいただき、ありがとうございます〜コホン、話を元に戻すね……セロ町で「黒い太陽」、つまり「黒い黎明」のシンボルが刻まれた装飾品を持っている者を発見した。そしれこれ以外にも……

ポロンカリストゥス:最近起きた失踪事件の被害者宅からキャンディを見つけた。幻覚作用のあるそれは、三年前の事件現場に残された物と同一の物と思われる。「黒い黎明」が複数の誘拐事件を起こす際に使っていたキーアイテムだ。

シェリー:本当にあいつらの仕業だとして、折角三年も雲隠れ出来ていたのに、どうしてまた同じシンボルを使ったり……同じキャンディ同じ手口で事件を起こすの?目立ってしまうじゃない……

ポロンカリストゥス:カルト徒の考えなんて、我々のような普通のひとには見当も付けられないよ。

シェリー:普通のひと……?まあいいわ……貴方の性格上、きっともう誰かをセロ町に派遣して徹底的に調査させてるでしょう?

ポロンカリストゥス:ああ、もちろん。現場で特殊なキャンディの包み紙を見つけた。

ポロンカリストゥス:包み紙の出所を探った結果、ある手作りキャンディ屋に辿り着いた。でも、あの店主はかなり慎重なようで、まだ何も掴めていない……もしかすると……

シェリー:その店主が共犯者じゃないかって疑っていて、私に話を聞き出して欲しいってこと?わかったわ、とりあえずあのハギスに探りを入れてみるわ。もし共犯者が本当にいたら、情報を聞き出せば良いのね?

ポロンカリストゥス:その通りだ〜

シェリー:フフッ、珍しく簡単な任務じゃない。急いで犯人を取り調べて、私のシャンパン陛下に報告してくるわ〜

 一時間後ーー

シェリー:……

ポロンカリストゥスシェリーちゃん、貧乏ゆすりは体に悪いよ〜

シェリー:チッ、ブランデーの縄張りであるタルタロスに来ているのに会えないってどういうこと?!

ポロンカリストゥス:まあ……典獄長だし、忙しいんだろうね。

シェリー:忙しい?しょっちゅう陛下の所に行ってお酒を飲んでいる癖に……ああー!もう待てないわ!どうせ取り調べの申請はもう通ったんでしょう、どうしてあいつを待たなきゃいけないの?取り調べしてくるわ!

 ポロンカリストゥスの返事も待たずに、我慢の限界だったシェリーは応接室を飛び出して、重刑監房の方へと向かった。


シェリー:……0013……0013……見ーつけた。

シェリー:わざわざ私に頼むなんて、一体どんな極悪非道な犯人なのかしら、顔を見せてやるわ!

ハギス:……お姉さん?僕に何の用?

 目の前に現れた無邪気な子どもを見つめ、シェリーは瞬きを繰り返した。改めて何度も監房の番号を確認したが、彼女の開いた口は塞がらない。

シェリー:……これがあの惨劇を引き起こした……殺人犯?見た感じ、普通の子どもにしか見えないけど……

ハギス:へへッ……一緒にゲームでもしない?お・ね・え・さ・ん〜


第二章-脱獄

容疑者脱獄?

タルタロス大墳墓

監房0013

 ガサッーー

シェリー:取った!フンッ!今度こそ私の勝ちよ!

ハギス:ええー!

シェリー:フフッ、ハギス、私が一回勝ったら質問を一個答えてくれるっていう約束だったわね、約束は守ってもらうよ〜

 三分後ーー

ハギス:よしーーチェックメイト!また君の負けだよ!

シェリー:なっ……!

ハギス:自信満々だったから、チェスが得意なのかと思った!こんな簡単なのに……

シェリー:……

ハギス:十七回連続で負けるなんて……期待して損しちゃった……

シェリー:可愛くないわね!もういいわ!もう遊んであげない!

ハギス:えっ、行かないで、僕が悪かったよ……

シェリー:触らないで!

 ゴトッーー

 シェリーはいじけたフリをして、少年が態度を和らげた所で情報を引き出そうとした。しかしハギスを振り払った勢いで、チェス盤をひっくり返してしまった。

 チェス盤がひっくり返ると、穏やかだったハギスは突然豹変した。

ハギス:僕のチェス盤!!!!!

シェリー:それは……貴方のだったの?タルタロスの備品なのかと……

ハギス:壊れた!!!チェス盤!!!お前!!!!!

シェリー:落ち着いて、たかがチェス盤でしょう、そこまで怒らなくても……新しいの買ってあげるから、ね?

ハギス:いらないっ!!!!!いらないっ!!!!!

 少年は跪き、怒りに身を任せて叫び続けた。まるで地面に落ちたのはただのチェス盤ではなく、かけがいのない宝物だったかのように。

シェリー:どっ、どうしたの……あれ、これは?

 地面に落ちたチェス盤は、予め切れ目が入っていたかのように、真ん中から綺麗に割れていた。その中から放たれている微かな青い光が、シェリーの視線を奪う。

ハギス:離れて!!!触らないで!!!先生言ってた!誰も触っちゃダメ!誰も!!!

シェリー:……このクソガキ……

シェリーハギスごめんなさい、わざとじゃないのよ、手が滑っちゃったの……お姉さんに少しだけ見せてくれない?もしかしたら直せるかもしれないよ。

ハギス:……嘘だ……嘘つき嫌い……

シェリー:安心して、お姉さんは嘘なんかつかないよ〜

ハギス:……はい……

 ハギスからチェス盤を受け取ったシェリーは、直せるかどうかを確認するフリをしながら、裂け目から何かを取り出した。

シェリー:これは……ペンダント?

 ペンダントには三つの小さな飾りがぶら下がっていた。飾りの中には暗い青色の液体が入っていて、怪しげな光を放っていた。そしてシェリーを一番驚かせたのは、わかりづらいが飾りには小さな黒い太陽が刻まれていたのだ。

シェリー:「黒い黎明」……

ハギス:先生!先生のペンダント!

シェリー:これは貴方の物じゃないの?

ハギス:先生のだよ!

シェリー:(「黒い黎明」にはやはり生存者がいた。つまり、ハギスの「先生」こそ共犯者だった可能性が高い……)

シェリー:コホンッ、ハギスちゃん、貴方の言う先生って誰のことかしら?

ハギス:君の負けだから答えないよ!約束は守らないと!

シェリー:……はぁ……このチェス盤は不思議ね、見たこともないパーツが使われているわ……これは持ち主に聞いてみないと、直せないかもしれないね。

ハギス:そんな……ここから出られたら……ここから出れば、先生に会いに行けるのに……

シェリー:フフッ……ハギスちゃん、今日お姉さんに出会えて本当にラッキーだったわね〜

ハギス:うん?

シェリー:脱獄しましょう!

ハギス:えっ?!


第三章-セロ町

日常のその裏には……

昼間

セロ町

 他の町同様、昼間のセロ町は車や人で溢れ活き活きとしている、かつて惨劇があった町には到底見えない。

 シェリーはそんな日常にはまったく興味はない。彼女は馬車を降りて路地に向かった。周囲に誰もいないことを確認した後、コートのポケットから小さな赤いボックスを取り出し、地面に向かって投げた。すると、見る見るうちに箱が大きくなっていき、気づけば誰かが箱から出てきたのだ。

ハギス:ねぇ!!!チェス盤!!!チェス盤返して!!!!!!

シェリー:落ち着いて!

ハギス:チェス盤!早くチェス盤!

シェリー:(タルタロスがチェス盤を監房に入れることを容認するわけだわ、少し離れただけでこうなるなんて……)

シェリー:……安心して、この箱に入れておけば自分で持っているより安全だわ。

ハギス:……

シェリー:はぁ……酷いわ、苦労して連れ出してあげたのに、ありがとうの一言もないなんて。

ハギス:……ありがとう……

シェリー:……あら、外の世界が好きじゃないみたいね、お姉さんが責任もって送り返してあげようか?

ハギス:えっ!イヤだ!閉じ込められるの!イヤ!

シェリー:からかっただけよ、そんなに驚かなくても……よし、早く貴方の先生の所に連れて行ってくれないかしら?チェス盤を直したいんでしょう。

ハギス:でも、今先生がどこにいるかわからない……

シェリー:…………

シェリー:(なんですって、騙されたわ……はぁ……少しずつ警戒心を解いていこう、どうせあの鹿はもう近くに潜伏しているだろうし、この子は逃げられないわ〜)

シェリー:仕方ないわね、後回しにしましょう……折角出て来れたんだから、やりたい事をやりましょう?

ハギス:うーん……キャンディ!キャンディが食べたい!閉じ込められる前に一回食べたことがあるんだ、でももう味も思い出せないんだ……

シェリー:キャンディね……フフッ、良い店を知っているわ、そこに行きましょう〜

ハギス:うん!

 シェリーは自分の任務を完遂させて早くシャンパン陛下に報告したい一心で動いていた、そのため彼女はハギス以上に事を急いでいる。例のキャンデイ屋の調査に向かうため、彼を連れて足早で向かった。

(明転)

 彼らが遠ざかっていくのを確認した後、二つの人影が路地から現れた。

???(制服の男):どうだ?

ポロンカリストゥス:離れていった……しかし、こんな簡単にタルタロスから脱獄出来たというのに、ハギスは何も疑わないんだね。

???(制服の男):ハギスは単純だ。他人を、特に彼に良くしてくれている者を簡単に疑ったりはしない。彼の本質はまだ子どもだ。

ポロンカリストゥス:流石タルタロス典獄長・オイルサーディンだ、囚人とも仲が良いなんて。何が起きても気にもとめないし、約束も守らない誰かさんと違って、ね。

オイルサーディン:……自分の責務を全うしているだけだ。

ポロンカリストゥス:脱獄を協力してくれるなんて、典獄長の責務とは言えないんじゃ?

オイルサーディン:俺の役割はタルタロスから犯罪者を逃さないことだ。そして、罪のない者に冤罪を着せないこと。ましてあの子どもは……多くの人を殺すような奴じゃない……

ポロンカリストゥス:だから捜査に協力してくれたのか……流石典獄長、凄い覚悟だ〜

オイルサーディン:……

ポロンカリストゥス:でも、ブランデー典獄長の方は……

オイルサーディン:……後できちんと説明する、とにかく今は後を追おう。

ポロンカリストゥス:はーい。


第四章-キャンディ屋

手がかりはどこを示す?

しばらくして

キャンディ屋

シェリー:(鹿が言っていたのはここかしら……)

ハギス:わぁ……キャンディがいっぱい!シェリー!どれが良いと思う?!どれっ?!

キャンディ屋店主:ハハッ、そこの坊や、気に入った物はあったかい?シャリーン、ほれ、一番売れてるあのキャンディを持って来てくれ!

おかしな少女:…………

キャンディ屋店主:チッ……シャリーン!

 シャリーンと呼ばれている女の子は、呼ばれても反応がない。店主が声を上げて呼び直した後、ようやく彼女はゆっくりと後ろを振り返って、嫌そうに倉庫の方へと向かった。

シェリー:その女の子は……

キャンディ屋店主:シャリーンは新人でして、まだ仕事に慣れていないんです、気にしないでください。おや、お二人は見ない顔ですね、旅行ですか?

ハギス:旅行……って何?キャンディを食べに来ただけだよ。

キャンディ屋店主:そ、そうか……おや?坊や、首に下げているのは……

ハギス:これは先生のペンダント、綺麗でしょ?でも……見るだけだよ、触っちゃダメだからね。

キャンディ屋店主:そのペンダント……!まさか……!

おかしな少女:キャンディ。はい。

ハギス:じゃあ……いただきます!

キャンディ屋店主:ままま待ってくれ……えっと、そうだ……!それは期限が切れているようだから、私と一緒に倉庫に行こうか!新しいのを出してあげよう、もっと美味しいのをな!

ハギス:わかった!

シェリー:どうしました?

 親切な様子でハギスを倉庫に連れて行った店主を見て、シェリーは思わず勝ち誇ったような笑顔を浮かべた。しかし、彼女が彼らについて倉庫に入ろうとした瞬間……

???(鎖の少年):彼が渡したキャンディを食べるな。

シェリー:!!!

 突然、冷ややかな少年の声が耳元で響いて、シェリーは鳥肌が立った。彼女は素早く振り返ったが、キャンディを持って嬉しそうにしている子どもがいるだけで、異常は見られなかった。

シェリー:……まさか幻聴……でも一体誰が……

ハギス:えっ……な、なにしてるの?!

 シェリーがキャンディ屋の中を詳しく調べようとした瞬間、倉庫から叫び声が聞こえてきた。彼女は声の主を調べることを諦め、急いで倉庫へと駆け込んだ。

シェリーハギス

ハギス:たつ、立って……シェリー、ねぇこの人何してるの?

 倉庫に入ると、キャンディ屋の店主が大きな体を丸めてハギスの前に跪いているのが見える。ハギスに何かあったのかと思っていたシェリーは、その光景を前にすぐには反応出来ず、きょとんとしていた。

キャンディ屋店主:そっ、そのペンダントを一度だけお見かけしたことがあります!先生の物で間違いありません!先生の物に違いない!いつ帰って来てくださったのですか?!私は、もう準備が出来ています!大祭司の要求に従って準備してきました!見てください!生贄をこんなにも用意しました!

ハギス:せっ、先生の物?先生って僕の先生?!

キャンディ屋店主:先生は儀式を執り行うために帰って来てくださったのですね?儀式は遂に完成するのですね?早くお教えください、この日を待ち望んでおりました!お願いします、お願いします!

シェリー:……親愛なる教友よ、「黒い黎明」は信徒一人一人の声に身を傾けてくれますよ。まずは立ってください。

キャンディ屋店主:ああっ!使者様!使者様お願いします、先生に会わせてください!私は……もう待てません!リサはもう待てないんです!

シェリー:リサ?

 パンッーー

 シェリーが言葉の意味を理解する前に、店の方から急に大きな音が聞こえてきた。それを聞いた店主は、顔色を変えて急いで倉庫から出て行った。

キャンディ屋店主:また来たのか!この前全部調べただろ!うちは、お前たちが言っていた件とは何の関係もない!

ドーナツ:前回は運が良かったようですね。今回は確実な証拠を掴んでいます、逃しません!

ドーナツ:あなたは重大な誘拐事件に関与した疑いがある。この事件を捜査するために、神恩軍はあなたを逮捕する権利が与えられた、共に来い!

ハギス:ダッ、ダメ……キャンディのおじさんは先生のことを知ってる、先生にチェス盤を直してもらわないと!ダメ……捕まえないでっ!!!

第五章-生贄の儀式

かつての信徒

しばらくして

セロ町の路地

ドーナツ:店主は?!

神恩軍兵士:……あちらに向かって逃げたようです……

ダダダダッーー

シェリー:ふぅ……

 神恩軍と余計な争いをしないため、シェリーは突然暴れ出したハギスを気絶させて連れ出すしかなかった。その結果、彼女は片手でハギスを引きずりながら、キャンディ屋の店主を抑えて身を隠す羽目になってしまった。

ハギス:うぅ……閉じ込めないで……イヤ……

シェリー:!

 こんな時にハギスが寝言を言うとは思わなかったシェリーは、慌てて彼の口を塞いで物陰に隠れた。物陰の方をじっと見つめる神恩軍軍団長は明らかに物音に気付いている様子だった。

急いで走ったためまだ呼吸が整わないシェリーは、皿に冷や汗が止まらなくなった。どうにか息を殺し、拳を握りしめ、相手が早く離れることを祈った。

ドーナツ:……行こう、あちらを見てみましょう。

神恩軍兵士:ハッ!

 気付かれていた筈だったのに、神恩軍は路地から出て行った。遠のいていく足音を聞いて、シェリーはやっと胸を撫で下ろした。

***

キャンディ屋

 彼女は物陰から出て周りを見渡し、ポロンカリストゥスがいないか確認しようとしていた。

キャンディ屋店主:どっ……どうしたんですか……

シェリー:いえ……ただ、神恩軍が突然このような暴挙を行うとは思いませんでした。他の信徒に危険が及ぶのではないかと心配しているだけです。

キャンディ屋店主:安心してください……大祭司は他の信徒を隠して、絶対に見つからないようにしています。

シェリー:大祭司……

キャンディ屋店主:なので早く先生に儀式をお願いしましょう!儀式が完成すれば、全ての教徒に永遠の命が与えられる、もう何も恐れることはありません!

シェリー:(先生?……どうやらこの店主は共犯者ではないみたいね)

 自分をカルトの幹部だと勘違いして、哀れな程に卑屈に振る舞う店主を見て、シェリーは目を見開いて、ある案を思いついた。

シェリー:……これが貴方の願いですか……しかし……

キャンディ屋店主:使者様、使者様!大祭司は私の望みを優先してくださると仰ってました!私はもうこれ以上待てません、待てないのです。命の危機を冒してまで、組織から言い渡された任務を遂行したのもこの願いのため……どうか、お助けを……

シェリー:……しかし大祭司は、先生にこの事を報告したことはないようです……

キャンディ屋店主:!!!どうして……

キャンディ屋店主:使者様!私はこの二年間、大祭司の言いつけ通り、町民たちに「聖なるキャンディ」を売り、皆のために「生贄」を作ってきました。一切命令に背くことなく……リサは……リサはもう待てないんです……先生が私のことを忘れているなんて、そんな!

シェリー:(「聖なるキャンディ」?幻覚作用のあるキャンディのことかしら?……なら生贄というのは……失踪した人たち?)

シェリー:……安心してください。先生は慈悲深いお人です、決して貴方のことを忘れたりしませんよ。

キャンディ屋店主:ありがとうございます!ありがとうございます!私は他に何も求めません、ただ私の娘に、リサに最初の儀式の洗礼を受けさせてください……彼女の体はもうもちません……

シェリー:わかりました、では大祭司に確認して参ります……

キャンディ屋店主:お願いします……

シェリー:もちろん、大祭司が先生に隠し事をしていたのであれば、儀式が始まる前に彼を処分しなければなりません。

キャンディ屋店主:仰る通りです!あいつ……先生と連絡が取れるのは彼だけなので、彼はいつも偉そうな顔をしていました……にもかかわらず、彼は一日中オペラハウスで公演を見ているだけで、儀式を気にもしない……使者様……お願いします、リサをどうか、本当にもうもたないんです。

シェリー:(オペラハウス……)

シェリー:……フフッ、信徒よ、安心してください。私は必ず、しっかりと彼を懲らしめてみせますよ~


第六章-新たな目標

見知らぬ邪魔者

昼間

セロ町通り

 ひっそりとした小道には、時折猫の鳴き声や鳥のさえずりが聞こえる以外、シェリーの呼吸音と、愚痴しか聞こえない。

シェリー:さすが……五年連続……学生に最恐教官と……評された……鹿だ……私が苦労してるのを見てるだけで……手伝おうともしない……

ポロンカリストゥス:おや?シェリーちゃん、何か言った?声が小さすぎて、聞こえなかったよ。

シェリー:ハァ……ハァ……私たちが神恩軍に追われていた時、どこにいたんだ?

ポロンカリストゥス:そんな目で見ないでくれ、サボってないよ、結構な情報を手に入れたんだ〜

シェリー:情報?どんな情報?

ポロンカリストゥス:セロ町についての情報だよ。例えば、長い間放置されていた教会があって、いつも夜になるとそこから不気味な歌声が聞こえてくるらしい……

シェリー:どこにでもある怪談じゃないの、子どもでもあるまいし……

ポロンカリストゥス:ちゃんと最後まで聞いてよ。あの教会は、三年前惨劇が起きたアムビエル教会だ。

シェリー:…

ポロンカリストゥス:それから、これから行くオペラハウスについての噂もあるようだよ。公演を見た後行方不明になる観客が後を絶たないらしい。

シェリー:……三年前も、誰かが突然行方不明になった後、教会の近くで死体が発見された……

ポロンカリストゥス:だから、あの大祭司はオペラハウスで公演を見てるだけじゃない筈だから気をつけてね〜

シェリー:……考えれば考えるほど、情報収集の方が楽じゃないの……ムカついてきたわ、どうして私にやらせてくれなかったの……

ポロンカリストゥスハギスは前に私の顔を見たことがあるからねり今私の顔を見られてしまったら、彼の信頼を得るのにシェリーちゃんが今までしたことが全て無駄になってしまうよ〜

シェリー:うるさい!前の取り調べできちんと調書を取れたら、こんな面倒な事にならなかったじゃないの!

ポロンカリストゥス:私のせいにしないでよ、取り調べを担当したのは私じゃないし……でも、取り調べと言えば、これまで裁判記録にも妙な点が多い。

シェリーハギスの反応のこと?

ポロンカリストゥス:うん……裁判記録にあるハギスの発言は「知らない」の一点張りで、そして……「彼らは、幸せだ」……この一言しかない。

シェリー:ほとんどの犯罪者は簡単に罪を認めない。言い訳をするよりも、自分は何も知らないとしらばっくれた方が無難だもの。

ポロンカリストゥス:でもハギスは、嘘が得意なタイプではないと思う。

シェリー:……確かな証拠を掴むまで、憶測はやめよう……オペラハウスに着いたし、怪しまれないように隠れてなさい。

ポロンカリストゥス:わかった、頑張ってね〜

 ポロンカリストゥスは一旦シェリーたちから離れ、オペラハウスの近くに待機した。そして、シェリーハギスを背負ったままオペラハウスに入って行った。

***

オペラハウス

 金属が空気を切り裂く音が耳を掠めた。シェリーは自分の髪が切られていることに気付き、一瞬にして目つきを鋭くさせた。

シェリー:誰だ?!

スコーン:公演はまだ始まっていません、オペラハウスはまだ営業時間外です、お帰りください。

シェリー:警備員?こんな対応、乱暴すぎやしない?

スコーン:早く出て行ってください。

シェリー:チッ……また邪魔者が……ハギスハギス起きて!

ハギス:うぅ?いつの間に寝てたの……

シェリー:先生を探していたでしょう?中にいるみたいよ!

ハギス:えっ!本当に?先生ー!

スコーン:とっ、止まれ!

シェリー:あら、ごめんなさいね、今すぐ連れ戻して来ますから!

スコーン:……入ってはいけない

シェリー :?

スコーン :今入れば、死ぬかもしれない。

 パンッーー

 少年の冷ややかな声が響いた後、オペラハウスから轟音が響いた。シェリーはすぐに反応出来ず、ただぼんやりと半透明の窓の向こうで燃ゆる炎を見つめ、三年前の亡霊の恐怖と絶望を感じていた。


第七章-火事

暴走した人々と火花

オペラハウス

 黒い煙が黒い廊下に溢れ、シェリーの視界を奪った。彼女は咳をこらえて、前にいる少年の真似をして、服で鼻と口を隠し、ホールの中に入っていった。

 まだ開場時間になっていないから、人はいないはずなのに、不思議なことに客席には頭を抱えて泣いている人々で溢れていた。

シェリー:ど、どうして……

スコーン:暴走した後、何かに触れてしまって火事になったのかもしれない。

シェリー:暴走?一体どういうことなの?!

スコーン:……時空を逆転させるエネルギーを持つ神器があるんだ……その欠片一つで、ある一定範囲内にいる者を一番印象深い過去へと誘うことが出来る。苦しい思い出や楽しい思い出に浸らせて、抜け出せなくさせる。

スコーン:最期は二通りある……軽ければ精神が崩れて狂人になる、重ければ……

シェリー:死ぬ……ってこと……?

(明転)

シェリー:……ハギス!どこにいるの!

ハギス:あれ?誰かに呼ばれているみたい……先生?

ハギス:あれ……頭がクラクラする……なん……で……

???(男性):チッ、ただのガキじゃねぇか、どこが悪魔だ!

ハギス:あれ?し、知っている声……ここは、どこ……

???(男性):こんなゴミは組織にはいらない……どけ!

ハギス:うぅ!もっ、もう死んじゃったんじゃないの?どうして……

クロウリー:この野郎!私を呪うつもりか?また閉じ込められたいのか!

ハギス:い、イヤ!閉じ込めないで!

クロウリー:お前は私の食霊だ、私に逆らう資格はない!

ハギス:イヤ……イヤー!

ハギス:暗い……僕しかいない……どうして……怖い……

(明転)

???(鎖の少年):手を掴め!

ハギス:えっ?誰……?

???(鎖の少年):キミを救いに来た。

ハギス:助けて……僕を助けて!

(明転)

???(鎖の少年):……どうしてここに閉じ込められているんだ?

ハギス:僕の御侍様は……僕のことが、嫌いだから……

???(鎖の少年):……急用があるんだ、とりあえずここに隠れていてくれ、すぐに戻る。

ハギス:イヤ……一人にしないで……そうだ、先生、先生を探さなきゃ!

(明転)

 フゥーー

ハギス:火……火がついた……人がいっぱい、みんな……

ハギス:こ、これが先生が言っていた、輪廻転生する方法……?

ハギス:ハハハハハッ!そうだ!みんな転生して、幸せを得たんだ!

治安官:悪魔!殺人犯!

ハギス:え?僕は違うよ、悪魔じゃないよ……

治安官:逮捕する!

ハギス:逮捕……ヤダ、やめて!閉じ込めないで!

ハギス:イヤだ!

(明転)

シェリーハギスの声が聞こえる……!

スコーン:そこだ!

ハギス:僕は……悪い事なんて、してないのに……閉じ込めないで……イヤー!

シェリーハギス

ハギス:アザゼルー!


第八章-人助け

カルト教団の痕跡

シェリー:ケホッ……まずいわ、火がますます回って来た……

ポロンカリストゥスシェリー

シェリー:早くハギスを連れ出して、彼が死んでしまったら、あの時何があったかもう誰にもわからないわ!

オイルサーディン:彼を連れて行け、ここは俺たちに任せろ!

シェリー:貴方は……気を付けて!

(明転)

 保安署の取り調べで余計な時間を取られないため、シェリーハギスを連れて近くの路地に隠れ、ポロンカリストゥスからの連絡を待った。

 二十分程経った頃、制服を身に纏った者たちが路地の前を通り、オペラハウスの方へと向かって行くのが見えた。その後すぐ

ポロンカリストゥスが路地にやって来た。

シェリー:……オペラハウスの方はどう?

ポロンカリストゥス:火の手は止まったみたい、今のところ死者は出ていないそうだ。女の子が通報してくれたおかげで、保安署と神恩軍が駆け付けて後処理をしている。

シェリー:女の子……?

ポロンカリストゥス:それと、オペラハウスで暴走した人たちは……全員届出のある行方不明者たちだった。

シェリー:やっぱり「黒い黎明」のやつらの仕業だったのか……!

オイルサーディン:……ハギスの様子はどうだ?

シェリー:意識がないわ、だけど軽い外傷だけだから大したことはないと思う。それにしても……

シェリー:典獄長はどうしてここに?

オイルサーディンハギスは我がタルタロスの囚人だ、捜査協力で今外にいるが、タルタロスの者が監視していなければならない。

ポロンカリストゥス:典獄長は協力者だ、ハギスを無事に連れ出せたのも、彼が助けてくれたおかげだよ。

シェリー:つまり……彼が監視していることを知っていたの?

ポロンカリストゥス:ふふっ、私たちの計画に影響はないし、気にする必要はないよ?

シェリー:……道理でずっと貴方以外の気配も感じていたわけだ……あっ、そうだ!大祭司!

スコーン:彼はもうここにはいない。

シェリー:どうしてわかるのかしら?

スコーン:彼は神器の欠片を設置するためにここに来た。キミたちが来る前にはもう彼は帰ったよ。

シェリー:……これだけの人を発狂させて、彼には何の得があるの?

スコーン:彼にとって、あの人たちは儀式の生贄だ。

シェリー:!

スコーン:三年前と同じ……まさか、新しい欠片を見つけていたなんて……

シェリー:貴方はこのオペラハウスで何が起こるかを知っていたってこと?だったらどうして止めなかったの!

スコーン:神器の力はオレでは止められない……オレに出来ることは、他の人をオペラハウスに入れないようにすることだけ。あとは、専門家に任せるしかない。

シェリー:……

ハギス:うん……

ポロンカリストゥスハギスちゃんが目を覚ましたみたいだ。典獄長、一旦身を隠そう。

オイルサーディン:……わかった。

ハギス:痛い……

スコーン:……手当してあげる。

ハギス:あっ、ありがとう……こんなに親切にしてくれたのは君が初めてだよ……

スコーン:これくらい何でもないよ。

ハギス:君は……君の声、どこかで聞いた気がする……なんだか懐かしい……

スコーン:……長い間、待たせてごめん。

ハギス:うん?

シェリー:良い雰囲気のところ悪いけど……

 カチッ――

 背後から突然銃のセイフティを解除する音が聞こえた少年は、一瞬身体を硬直させた。すぐに本能的に反撃しようとしたが、背後からの強いプレッシャーによって動けずにいた。

スコーン:……どういうつもり?

シェリー:いや、ただちょっと質問したいだけよ。

シェリー:キャンディ屋にいた怪しい奴は、貴方でしょう?

第九章-潜入

保安署に潜入

シェリー:キャンディ屋にいた怪しい奴は、貴方でしょう?

スコーン:キャンディを食べないように注意した者のことを指しているのなら……そうだ。

シェリー:貴方は何者?私たちの正体も、やろうとしている事も、大祭司の行方まで知っているなんて……まさか、貴方自身が大祭司だったりして?

スコーン:……

シェリー:さっき「三年前と同じ」って言っていたわね……三年前のことは機密事項よ、多くの詳細は私も把握していないのに、貴方はどうして知っているの?

シェリー:それはつまり……三年前、貴方も現場にいて、目撃し……全てに関与しているからよ!

ハギス:シェ、シェリー、何を言ってるの……

シェリー:共犯者は黙りなさい!

ハギス:…………

スコーンハギスに八つ当たりする必要はない。オレが誰なのかを知りたければ、ついて来て。

スコーン:自分の目で確かめた方が早いから。

セロ町保安署

 保安署の門を見た時、シェリーは一瞬きょとんしたが、スコーンは驚く彼女を気にせず、慣れた様子で曲がりくねった廊下を抜け、奥にあるドアの前で立ち止まった。

ハギス:資料室……権限が必要……部外者立ち入り禁止……

 ピッーー

 普通に見えて実は頑丈なドアが開いた。スコーンがドアを開けるためのカードを仕舞い、目でシェリーを促して、ようやく彼女は我に返った。

シェリー:……もしかしたら盗んだカードかもしれないし、その手には乗らないわ……

治安官:あれ?スコーン

スコーン:……お久しぶりです。

治安官:三年ぶりだな……その二人は?

スコーン:事件の関係者。

治安官:事件?はぁ……三年も経つのに、どうしてまだ諦めきれないんだ……

スコーン:どれだけ時間を掛けても、生き残った者には真実を見つける義務がある……これは彼がオレに教えてくれた事です。

治安官:フンッ、本当にあいつとそっくりだな……部外者をここに長居させるな、いいな?

スコーン:ああ。

 スコーンのやりやすいようにするためか、保安官は資料室を出て行った。そしてドアから出る前、スコーンの肩を軽く叩いた。

シェリー:……貴方、本当に保安官なの?

スコーン:正確に言えば、三年前までは、だけど……行こう、キミに見せたい物が中にある。

シェリー:……ハギス、外でお姉さんのことを待っててくれないかしら?

ハギス:えーじゃあ、あんまり待たせないでね……

シェリー:良い子ね、もちろんよ〜

 シェリーは笑いながらハギスを資料室から送り出した。振り返るとスコーンが複雑そうな顔をしていた。

スコーン:一人にさせて大丈夫なのか?

シェリー:私はまだ貴方を完全に信用していない。口裏を合わせないように、貴方たちを離れさせておかないといけないわ。

シェリー:だけど、その質問をしてきたということは、ハギスの正体を知っているのね?

スコーン:この数年、オレは当時の事を調べてきた、当然知っている。

シェリー:そう?じゃあ、調査結果を言ってご覧なさい。

スコーンハギスは、犯人じゃない。

シェリー:……証拠はあるの?

スコーン:オレが、証拠だ。


第十章-真相

かつての事件の真相

三年前

セロ町保安署

ダンキ:あれ……おかしいな……

スコーン:どうしたの?

ダンキ:この店のクレープ、味が変わったみたいだ……

スコーン:……前の店の店主が行方不明になったから、別の店から買って来たんだ……

ダンキ:また誰かが行方不明になったのか……

スコーン:「黒い黎明」の捜査を続けるのか?リーダーのクロウリーを捕まえても、何の成果も得られなかったし……

ダンキ:あいつらと話をした感じ、神隠しのような誘拐事件を起こせる程頭は切れていないように思ったんだ。

スコーン:やっぱり、あの錬金術師がキーマンだと思う。

ダンキ:そうだな、彼がセロ町に来た時期と最初の失踪事件が起きた時期が近すぎる。それに、町には滞在せずわざわざ郊外に一人で住んでいる所も怪しい。

スコーン:なら、彼の滞在先を調査してくるよ。

ダンキ:ああ、私は教会に行って、昨日の報告書にあった奇妙な器具を見てくる。なんとなく、おかしい気がするんだ……

三年前

セロ町郊外

 ダンキと別れたあと、スコーンは先を急いだ。ダンキは彼の御侍で、何年も一緒に暮らし、仕事をしてきたので息はピッタリだ。いつも一緒に行動していた良きパートナーと、手分けして捜査していることに、彼は微かな不安を覚えた。

スコーン:今度こそあいつから何か手掛かりを見つけないと……うん?あれは……

ハギス:うぅ……先生……先生……

スコーン:クロウリーの食霊?今までクロウリーはずっと彼を閉じ込めていたはずだ、どうして今日は……

 クロウリーを調べていた時、スコーンハギスに会っていた。相手は食霊だが、色々な面で放っておけない存在だった。ハギスの様子が気になった彼は、後をついていった。そしてすぐに、彼らが向かっていた場所が同じであることに気付く。

ハギス:先生……いないの?みんな……どこに行ったの?イヤだ、一人はイヤだ……

スコーン:先生?あいつはハギスの先生だったのか?やはり「黒い黎明」の関係者か……

ハギス:あれ?これは……キャンディ?キャンディだ!前に誰かが嬉しそうに食べてたのを見たことがある!きっと、美味しい……

スコーン:……

ハギス:うっ……一個だけなら、先生は怒らないよね……パクッ……

ハギス:おっ、美味しい!これが「甘い」なんだね!うぅ……これ以上食べちゃダメだよね……早く先生を見つけよう!チェス盤を持って行こう、今度こそ先生に勝つよ!

(明転)

スコーン:……そして、オレはハギスを追って教会まで行った……オレたちが到着した時にはもう火の手が上がっていた、ハギスに犯行する時間はない。

シェリー:アリバイがあるってことね……

スコーン:彼があの時食べていたキャンディは、多分幻覚作用のある物だった。

シェリー:……それで、教会の外にいた彼の様子がおかしかったのね……その後は?錬金術師を追っていたんでしょう?結果は?

スコーン:……火事になった教会の裏門から、彼が出て行くのを見かけた。

シェリー:!やっぱり……やっぱり彼の仕業だったのね!

スコーン:あの時は犯人を捕まえるのに必死で、ハギスの異常に気付けなかったんだ、まさか三年も牢に入ることになるとは……もっと早く気付いていれば……

 スコーンは拳をぎゅっと握り締め、明らかに後悔している様子だった。

スコーン:今回帰ってきたのは、犯人を捕まえるためだけでなく、ハギスの無実を証明するためでもある。

シェリー:つまり、あの錬金術師……三年前の惨劇を引き起こした真犯人は、今セロ町にいるってこと?

 バンッーー

 資料室の外で突然大きな音がした。シェリースコーンは顔を見合わせ、すぐに音がする方へと走っていった。

(明転)

おかしな少女:イヤ、来ないで……助けて!

ハギス:悪い人だ……悪者だ……返してーー!


第十一章-少女

追いかけてきた少女

ハギス:ハァ……ハァ……悪い人……悪者……お前たちみんな悪者だ……

スコーンハギス、落ち着いて!

おかしな少女:…………

シェリー:キャンディ屋にいた女の子?どうしてこんな所に?

おかしな少女:……びっ、尾行してたの。

シェリー:尾行?!キャンディ屋から?全然気付かなかった……

おかしな少女:私の、唯一の才能が、目立たないことなの……

スコーン:……ハギスの物を返して。

おかしな少女:私は……私は何も……

シェリー:じゃあ、貴方の手にある物は何?

おかしな少女:イヤだ!

シェリー:これは……ハギスのペンダント?

スコーン:目的は?早く言わないと、強盗罪で逮捕する。

おかしな少女:い、言います!私は……お店で貴方たちの話を聞いたの、このペンダントが大事な物だって……だから、だからこれを使って友だちを助けようと思って……

スコーン:友だち……もしかして「黒い黎明」に捕まっているの?ペンダント一本なんかであいつらを騙せると思った?

おかしな少女:だ、だって!もう他に方法はないの、あいつを止めないと、リルは生贄として殺されてしまうの!

スコーン:生贄……あの忌まわしい儀式はまた……

シェリー:あいつらは今どこにいるの?

おかしな少女:わっ、私も知りません、教えてくれないです……

スコーン:……三年前、儀式はアムビエル教会で行われた。

シェリー:教会?鹿も言っていたわ、深夜この町の教会から変な物音がするという噂を聞いたって……

スコーン:行くぞ!アムビエル教会に!


第十二章-教会

叫びが夜を切り裂く

アムビエル教会

 三年が過ぎた今も、炎に侵された痕跡を残したアムビエル教会は、夕闇の中まるで燃えているようにそびえたっていた。

 三人はシャリーンに案内されて教会に忍び込んだ、そして奥に行けば行く程不気味さが増していく。

ハギス:……ここ好きじゃない……シェリースコーン!早く帰ろう!

ドーナツ:今ならまだ間に合いますよ、神恩軍が外で控えていますから。

シェリー:!!!

ドーナツ:安心してください、鹿に呼ばれてここに来ました。

シェリー:なるほど……これが段取りってやつだったのね……

ドーナツ:彼らは顔を出せないみたいなので、わたしが協力します……どうしますか、ここから出たいですか?

ハギス:うん……

スコーン:いや、あいつがどこにいるかわからないのに、単独行動させるのは危険だ。

シェリーハギス、しばらく我慢してくれない?全ては……もうすぐ終わるから。

ハギス:……わかった……

おかしな少女:ここに隠し扉がある!

(明転)

 ギシッーー

 シェリーが反応するより先に、シャリーンは隠し扉を開けた。一瞬にして全員の緊張が高まり、身を屈めて素早く扉の中へ入り、それぞれ遮蔽物を探して身を隠した。

 隠し扉の向こうには大きな空間が広がっていた。その中で一際目を引くのは、高い段差の上にある祭壇。祭壇の中央には杯に似た奇妙な金属器具があり、その両脇には黒いマントを羽織った男がいて、興奮しながら何かを叫んでいた。

大祭司:……敬虔な信徒たちよ、ついにこの日が来ました!誰も私たちを傷つけることは出来ません……何故なら、私たちは永遠の命を与えられているからです!

信徒:永生ーー!永生ーー!

シェリー:……狂ってる……スコーン、貴方が言っていた錬金術師はここにいる?

スコーン:いや、狡猾なあいつは簡単に顔を見せない。

ハギス:えっ?あれはキャンディ屋のおじさん?キャンディーー

スコーン:シーッ……儀式が、始まる。

 狂った歓声の中、黒い服を着た二人が、猛獣を閉じ込められる程の大きな檻をいくつも担いできた。しかし、その中に猛獣はいなく、眠っているような人々が入っていた。

 一人の少女が現れた時、落ち着いていたシャリーンが急に目を丸くし、飛び出して行った。

おかしな少女:リル!

シェリー:!!!

おかしな少女:この悪人!早くリルを返して!

大祭司:……何人たりともこの神聖なる儀式を止めてはなりません……誰か!

 大祭司の命令で、黒い服を着た数人がシャリーンを取り囲んだ。小さな女の子は途方に暮れながらも、強気で背筋を伸ばした。

おかしな少女:リルを……返して!

ドーナツ:……彼女を手伝いに行かないのですか?

シェリー:任務がある、今はまだダメよ。

ドーナツ:武器を持たない子どもが身を挺しているのに、力を持つわたしたち食霊が隠れたままで良いのですか?

シェリー:貴方は……

 シェリーが驚いているのを見て、ドーナツは思わず笑った。遮蔽物の後ろから立ち上がり、女の子とほぼ同じ体格の彼女だったが、その気概は一つの軍隊にも匹敵するものだった。

ドーナツ:神恩軍だ!異端共よ!手を上げろ!

大祭司:神、神恩軍?!フンッ、たかが小娘一人を私たちが恐れると思っているのか!

シェリー:……このバカ……動きを止めなければ反抗と見なし!武力での鎮圧をさせて頂くわ!

大祭司:チッ、食霊が二人も……ハハッ、お二人は何か誤解しているのではないでしょうか?私たちは通常の宗教活動をしているだけですよ、お二人が思っているような事はなにも……

シェリー:とぼけるな!大勢の人を閉じ込めることが必要な活動って何?小さな女の子にまで手を出そうとしていたじゃない!

大祭司:勘違いですよ。子どもにいたずらされるのが怖かったので、この場から遠ざけようとしただけです。彼らについてですが、彼らの魂は穢れていて、今から浄化しようとしているだけですよ。ご覧の通り、私は彼らを傷つけていません!

シェリー:彼らは全て届出のある行方不明者だわ、彼らを連れ帰って調査するためにご協力を。

大祭司:待っ……

 大祭司の同意を得ずに、シェリードーナツは檻の錠を壊した。扉が開くと、シャリーンは待ちかねたようにリルを抱えて外に向かって走って行った。

キャンディ屋店主:待て!生贄を連れて行くな!

おかしな少女:!!!

キャンディ屋店主:儀式は続けなければならない!その子どもは……その生贄は!死ななければならないんだ!

 そう言いながら、店主は懐からナイフを取り出し、血眼でシャリーンとリルの方に向かって走って行った。

キャンディ屋店主:貴方が動かないのなら、私がやります!

大祭司:こ、この愚か者!

キャンディ屋店主:死ねーー!

第十三章-待ち伏せ

陰謀は必ず成功する?

 カラン――

 ナイフが地面に落ちて、地面に小さな傷が出来た。キャンディ屋の店主は、落とされたナイフを睨みつけ、驚いた顔をしていた。

キャンディ屋店主:放せ!彼女を殺さなければ!そうすれば儀式は実行され、私の娘が助かる!

ドーナツ:どうしてあいつらの言葉をそこまで信じられるんですか、あの女の子を殺しても、あなたの娘が救われない可能性もあるのですよ?

キャンディ屋店主:……た、試してみないと、そうじゃなければリサは……リサは……

シェリー:なら、娘に使っている正体不明の薬をやめてみたら?

キャンディ屋店主:?!

シェリー:「黒い黎明」は幻覚作用のある薬を作れるのなら、なかなか治らない難病に掛かっちゃうような薬を作るのも、難しくはないだろうね。

大祭司:なっ、我が教を冒涜するつもりか!

シェリー:あら?テキトーに言っただけなのに、どうしてそんなに興奮しているの?まさか……本当に店主の娘に毒を飲ませ、言う事を聞くように仕立て上げたのかしら?

大祭司:私は……

キャンディ屋店主:こっ……この野郎!殺してやる!

ドーナツ:殺した後は?残りの人生を監獄で過ごし、娘を孤児にするつもりですか?

キャンディ屋店主:リサ……私は全てリサのために……

ドーナツ:そんな事をする前に、血に染まった両手を持つ父親を欲しいかどうか、娘に聞いてみてください!

キャンディ屋店主:!!!

ドーナツ:あなたが罪を犯すのは構いません、しかし娘のリサを殺人犯の子どもにはしないでください。

キャンディ屋店主:…………

 それを聞いた店主は、ふと目が覚めたかのように動きを止め、地面に座り込んで大人しく捕まった。

ドーナツ:……どうして店主の娘に毒を飲ませていた事を知っていたのですか?

シェリー:その場のノリよ、仲違いさせようとしただけなのに、まさか本当だったとはね。

ドーナツ:……まあ、良いでしょう。後始末は、神恩軍に任せて……

 ギシッ――

ウイスキー:申し訳ありませんが、それは叶わないでしょう。

ドーナツ:!!!

 隠し扉は再び開かれ、トランクを持った眼鏡の青年が部屋に入って来た。一同の驚く視線、そして一部の嬉しそうな視線の中、彼は淡々と笑っていた。

ドーナツ:……神恩軍が外で待機しているのに、どうして……

大祭司:先生!先生の帰りをお待ちしておりました!

ウイスキー:大祭司、外の連中は始末しておきましたよ、儀式を続けてください。

大祭司:ハッ!

シェリー:……そんな事、私が許すと思う?この人殺し!

ウイスキー:運命の輪が回り始めた瞬間、全てはもう止められない。

シェリー:何をごちゃごちゃと……いつまでも笑っていられると思わないで!

 シェリードーナツが青年を捕まえようとした瞬間、誰かが飛び出してきた。

ハギス:先生!やっと会えた!

 ずっと会いたかった先生を見つけて、ハギススコーンの制止を振り切ってウイスキーの元に駆け寄った。明らかに嬉しそうなハギスとは違い、青年の反応は平淡なものだった。彼は優しくハギスを見つめ……正確に言えば、ハギスの首にあるペンダントを見つめていた。

ウイスキー:……やっと、私の元に戻って来たみたいですね。

ハギス:先……生?

ウイスキー:このペンダントがあれば、虎に翼ですね……

スコーン:ウェッテ!

ウイスキー:お久しぶりです、スコーンさん。正直に言わせて頂くと、その表情は保安官の貴方には似つかわしくありませんよ。

スコーン:復讐をするため、とっくに全てを捨てた……ウェッテ、今日こそ、その命で償ってもらう!

ハギス:やめて!先生を傷つけないで!


第十四章-起動

地獄の門を開く祭壇

ハギス:うぅ……やめて、先生を傷つけないで……先生は、僕に一番良くしてくれたんだ……

スコーン:……あいつは死ななければならない、ハギス、放せ!

ハギス:イヤ……

ウイスキー:フフ、ハギス、時間稼ぎをしてくれて、ありがとうございます。

シェリー:この野郎、あんなに多くの人を殺した上に、貴方を一番信頼していたハギスまで利用しようとしているなんて、少しも後ろめたさは感じないの?!

ウイスキー:……後ろめたさ、ですか……

大祭司:先生、彼らは放っておきましょう、早く始めてください!ずっと待っていたんです、やっとこの日が来た……不老不死は私の生涯の夢なんです!

ウイスキー:……ええ、始めましょう、今すぐに。

 シェリーたちが動くより前に、ウェッテと呼ばれた青年はペンダントの飾りの中に入っている青い液体を祭壇中央の器具の中に入れた。しばらくすると、器具は揺れ始めた、続いて祭壇も、そして空間そのものが、立っていられない程に激しく揺れ始めた。

大祭司:先生!これが永生の感覚ですか!私はついに永遠の命を手に入れた!

シェリー:まずい!走って!

大祭司:?


 激しい揺れに伴い、祭壇の上で切れ目がゆっくりと開いて行った。切れ目はどんどん開いて行き、まるで誰かによって引き裂かれているかのよう。最終的に地面に大きな黒い穴が出来、そこから無数の堕神が這い出て、見境なく攻撃をし始めた。

 祭壇の周りにいた信徒たちは一目散に逃げ始めた。人々の慟哭と怪物の咆哮が交じり合い、地獄絵図が広がっていた。

シェリー:何でこんな事に……

ポロンカリストゥスシェリー!この人たちをプレゼントボックスに入れて避難させるから、犯人を追って!

 緊急事態が発生したため、ポロンカリストゥスオイルサーディンは姿を現し、堕神に抵抗出来ない信徒たちを急いで助け始めた。シェリーはすぐさま祭壇の方を振り返った。ブラックホールと化した穴の傍には大祭司がいた、足がすくんで動けなくなっているようだ。

大祭司:そんなはずは!ありえない!永生……私は永遠の命を得たのだ、この世の全てを享受するつもりだ!私は人々に畏怖の中生きていくんだ!

大祭司:永生!私はっ……

 彼の演説の途中、ある堕神が彼に飛びつき首にかじりついた。死ぬ間際となっても、彼は口を大きく開き、声なき声で悔しさと絶望を叫んでいるようだった。


第十五章-崩壊

狂気の源

ウイスキー:また失敗ですか……三年前と同じように……

ウイスキー:良いでしょう、時間はたっぷりありますから……

シェリー:……逃げられると思ってるの?

ウイスキー:おや?そう言えば、ハギスを連れ出してくれた事、そして貴重な失敗体験をさせてくれた事について、感謝を述べなければなりませんね。

シェリー:ハッ、頭が切れるのは確かね。わざと「黒い黎明」という消えた筈の名前を使って、私たちに再捜査させて、ハギスを連れ出すように仕向けた……

シェリー:だけど私には理解できないわ、どうして貴方みたいな賢いひとが、こんな事をしているのか……単純に人殺しを楽しんでいるわけ?

ウイスキー:残念ながら、私にそんな低俗な趣味はありませんよ……全ては……

ウイスキー:実現すれば、地獄の業火に焼かれても良いと思える程の……「夢」のためです。

シェリー:夢?

スコーン:オレの御侍も、友人も、罪のないセロ町の町民たちも、全部「夢」のために犠牲になったって言いたいのか?

 ハギスに牽制されて動けなくなっていたはずのスコーンが突然シェリーの背後に現れた。その落ちついた表情と、冷たい口調に彼女は胸を締めつけられた。

シェリースコーン、落ち着いて。

スコーン:オマエに生贄として選ばれた人たちの中には、年老いた親の世話をしなければならない人、父親になったばかりの人もいる。更には自分の人生を歩み始めたばかりの人も……無限の可能性があったはずなのに、オマエの夢なんかのために全てが絶たれた!

ウイスキー:そして貴方は、彼らのため、正義を貫くこと、平和を守ることを諦めた……この世に、罪のない者なんていませんよ。

シェリー:狂人め、全ての元凶は貴様だ!

スコーン:……もういい。

シェリースコーン

スコーン:……どうして保安官をやめたと思う?

ウイスキー:……

スコーン:いつかこの手で……オマエをブッ殺すためだ!

 シュッ――

 スコーンが伸ばした鎖は、ウェッテのトランクに絡んだ。穏やかな笑みを絶やすことのなかったウェッテの表情は一瞬固まり、真紅の瞳から暴虐さが滲み出た。

ウイスキー:……何かに執着する者は好きですよ、しかしスコーンさん、貴方は執着し過ぎているようですね。放してください。

スコーン:オマエが死ぬまで、オレは放さない。

ウイスキー:……しつこいですね……

 二人は同時に各自の武器を繰り出した。熾烈な戦いを繰り広げ、殺気が漲っている。しかし互角だったため、いつまでも勝敗はつかない。膠着状態が続いていると、ふとウェッテが微かに笑みを浮かべた。

ウイスキー:これで終わりですよ。

スコーン:!

 突然トランクから暗器が飛び出した、スコーンはすぐそれに気付いたが避けることはしなかった、むしろ異様な程に冷静な表情を浮かべた。

スコーン:一人で生き残ろうとは思っていない……一緒に地獄に堕ちよう!ウェッテ!

ハギス:やめてーー!


第十六章-新生

仲間と使命

 復讐に染まったスコーンは、自分の安否など顧みず、暗器が心臓に刺さる直前、なんと笑っていた。


 スコーンが宿敵と相討ち出来ると思ったその瞬間、突然ある人影が割り込んできた。ウェッテの代わりに刃を、スコーンの代わりに暗器を受けた。

スコーンハギス

ハギス:うぅ……痛い……

 スコーンは驚愕した表情で、自分の鎖によって胸元を貫かれ、自分を救うために暗器で手が血まみれになったハギスを見つめた。

ウイスキーハギスに感謝してくださいね。彼が割り込んだおかげで、貴方は倒れずに済みました。

スコーン:このっ!!!!!

ウイスキー:また会いましょう。

シェリー:逃げるな!

 全てを失った元凶である仇が目の前にいるのに、スコーンシェリーのように彼を追うことが出来なかった……


スコーン:クソッ……ハギス、動くな!まず刃を抜く、我慢しろ。

ハギス:怪我しなくて、本当に良かった……だって、僕は、手当てが出来ないから……

スコーン:黙って……

ハギス:うぅ……い、痛い……これが……死……?

スコーン:黙れ!

ハギス:この感覚を知るのは、もうちょっと後のが良かったな……

ハギス:だって、僕たちは、友だちになったばっか……

オイルサーディンハギス

 わずか数分で、ハギスの顔から血の気が引いていった。スコーンは黙って彼を見つめ、地面から何かの破片を拾い上げ自分の腕に切りつけた。

オイルサーディン:お前、何をしている?!

スコーン:ウェッテを確実に殺すため、刃の先に毒を塗り込んだ、オレの血でしか解毒出来ない。

オイルサーディン:……そんなに多くの血が必要なのか?

 ハギスを助けたい一心で、スコーンは力加減を見誤って、多くの鮮血がハギスに注がれた。ひとの生死を見慣れているオイルサーディンですら、眉をひそめるほどに酷い光景だった。

 スコーンは自分の血をハギスの口に注ぎ、垂れ流したまま、ハギスの反応を伺った。息も絶え絶えであるその様子を見て、彼は亡くなった友人と御侍のことを思い出していた……

 しかし、何か違うような気もした。

スコーンハギス、絶対に死なせたりしない。


数日後

タルタロス大墳墓


オイルサーディン:「黒い黎明」の大祭司は堕神に襲われその場で命を落とした。その他の生存者は軽傷で済み、現在神恩軍に処置を任せた。そしてあのウェッテとやらは……シェリーシャンパンに報告しに行った、その後ホルスの眼に調査を依頼するだろう。

スコーン:ああ。

オイルサーディン:……ハギスの様子はどうだ?

スコーン:食霊の回復力は強い。毎日薬を塗り直せば問題ない、だけど……

スコーン:痛いものは痛い。目が醒めたら、これを彼に渡してくれ。

オイルサーディン:キャンディ?

スコーン:彼が好きな物だ。

オイルサーディン:……もう行くのか?

スコーン:ここは長く滞在するべき場所ではない。

オイルサーディンハギスが目覚めるまで、ここにいるのかと思っていた。

スコーン:これ以上待っていたら、ウェッテがまた何かをしでかすかもしれない。

オイルサーディン:やはり、復讐を諦めていないんだな……

スコーン:オレはとっくに覚悟が出来ている、例えウェッテのように罪を犯してでもやり遂げる。例えオレのした事も、犠牲にしたものも、誰に知られなくても……

スコーン:それがオレの運命だ、オレがやるべき事だ。

 監房から出る前、スコーンはベットに横たわっているハギスを振り返った。苦難を経験しても、天真爛漫なままでいる彼は、復讐に囚われたスコーンの心にさす最後の光だった。

スコーン:……元気で。

 ……


誰も知らない」完


エピソード-サブストーリー

壊れた監視カメラ

脱獄成功の裏

タルタロス大墳墓

典獄長室


プルルル――

ブランデー:出ない?珍しいな……

 トランシーバーを下ろしたブランデーは、同僚がサボっていることに不満を感じている様子はなく、むしろ嬉しそうな顔をしていた。

ブランデー:我が自ら巡回しなければならないのか……


タルタロス大墳墓

監房


ブランデー:……

ジン:……

ブランデー:隣の者は?

ジン:?

ブランデー:……

ジン:わかりません、オイルサーディン典獄長が既に巡回しております。隣の監房に何か問題でも?

ブランデー:いや……0013号が脱獄に失敗した後、確か監視カメラが付けられたな。

ジン:そうですね。

ブランデー:……これか?

 バンッ――

ブランデー:なんだ、ここの監視カメラは壊れているようだな。

ジン:?

ブランデー:これは大変だな、今日の映像を早く調べてみなければ、何も映っていなかったらまずいな。

ジン:……

 典獄長が指先に炎を灯したせいで煙が上がっているのを見て、ジンは思わず眉をひそめた。

ジン:(監視カメラを壊すのが、そんなに楽しいのだろうか……)


タルタロス大墳墓

監視室


ブランデー:今日の監視カメラの映像は……おや?

 画面には小さくなる赤い箱に入ったハギスを、シェリーによって監房の外に連れ出されている様子が映っていた。すると微笑んでいたブランデーは一瞬だけ固まった、警報システムをオフにしている自分の同僚を見かけたからだ。

ブランデー:はは……ファイルを削除。

 「削除済み」という文字が表示されたのを見て、ブランデーは満足そうに笑った。

 監視室から出ようとした時、画面の脇に貼られたメモが目に入った。そこにはブランデーが処理すべき書類によく書かれている筆跡があった。その上、監視室の鍵は彼以外は一人しか持っていないのだ。

ブランデー:……まさかあいつの退職願じゃないだろうな……

 珍しく緊張しているブランデーは、メモを丸めて捨てようとしている衝動を抑え、それを読み始めた。

「酔い覚ましのスープを用意してあります。急用で席を外していますが、お許しを。――オイルサーディン

ブランデー:急用があるのにキッチンで酔い覚ましのスープを作る時間はあったのか……帰って来たら、懲らしめてやらなければ。

ブランデー:悪い事をしたなら、証拠を隠滅しないと。


幽霊騒ぎ

セロ町の幽霊騒ぎ

セロ町通り


町民A:聞いたか?隣の町でまた誰かが行方不明になったそうだ!

町民B:また?どういう事だよ……

町民A:こんな事になってるのに、オペラハウスは明日も公演をやるらしい、ほんと怖いもの知らずだな。

町民B:オペラハウス?噂によると、オペラハウスで公演を観た後に行方不明になるらしいじゃないか?

町民A:そうらしいな、あんなに高いチケット代を払っといて……あいつら、金が有り余ってるのにどうしてアムビエル教会の再建を支援しないんだ?

町民B:はぁ?金があっても、あのボロ教会を直そうとしねぇよ!

町民A:教会がボロボロになっているから、あの惨劇の怨霊が成仏できないんだ……もしかしたら、再建したら幽霊が出なくなるかもしれねぇじゃねぇか!

町民B:やめろよ……セロ町で幽霊騒ぎが起きてるなんて……

ポロンカリストゥス:お二人さん、この町で幽霊騒ぎが起きているのは本当かい?

町民A:うわああ!妖怪だ!!!

ポロンカリストゥス:え?

町民B:逃げろ!鹿の妖怪が出た!!!

ポロンカリストゥス:……

オイルサーディン:フッ……

 途方にくれて角を押さえる青年の姿は、いつもの彼とあまりにもかけ離れていて、それまで真面目な顔をしていた典獄長もこらえきれずに声が出てしまった。

ポロンカリストゥス:お見苦しい所を……普通の人と話すのは私には向いていないみたいだ、代役をお願い出来ないか?

オイルサーディン:!

 十分後――

町民A:助けて――!

オイルサーディン:……

ポロンカリストゥス:コホンッ、私たちの問題ではないようだね、この町にあまり食霊はいないみたいだ。

オイルサーディン:……他の人にも聞いてみようか……

ポロンカリストゥス:とりあえずキャンディ屋に行ってみよう、これだけ情報があればもう足りるね。

オイルサーディン:足りているのか?ではどうして俺に代役を……

ポロンカリストゥス:顔を赤くする典獄長様なんて、珍しいですからね~

オイルサーディン:お前っ――!


世間話

それぞれの信仰

セロ町通り


ハギスシェリー、キャンディは全部美味しいって聞いたけど、本当なの?

シェリー:そうね……必ずしもそうではないわ、いまいちなキャンディもあるよ。私に言わせれば、やっぱりお酒の方が美味しいわ~

ハギス:お酒?お酒は良くないよ……

シェリー:フンッ、貴方のようなお子様にはまだお酒の良さは理解できないわ。お酒に酔った陛下は、いつもとは違った魅力を見せてくれるのよ~

シェリー:あー!早く陛下とお酒を飲みたいわ~

ハギス:また陛下……でも……

ハギス:お酒を飲んだら、殴るでしょ。

シェリー:殴る?

ハギス:お酒を飲むといつも殴られる。彼が欲しかった食霊とは違うって言って、殴って来るの。それは僕が決めたことじゃないし……どうして僕を責めるの?

シェリー:食霊が人間にイジメられるなんて、勝てないなら逃げれば良いじゃない?

ハギス:でも僕の御侍様なんだ、しかも……逃げたらもう先生に会えなくなる……

シェリー:そんなに先生が好きなの?

ハギス:うん!教会のみんなは僕のことを嫌っていたけど、先生だけは僕とお話をしたり、一緒にチェスをしてくれたんだ……

シェリー:先生も教会の人かしら?

ハギス:ううん、先生はビジネスしに教会に来てたんだ。先生は何でも出来て、みんな先生のことを尊敬してたんだ!

シェリー:ビジネス?教会に必要な物って……聖水?

ハギス:確か……薬とかなんとかだった気が……

シェリー:薬……?

ハギス:もうっ!薬なんてどうでもいいよ、美味しくないし!

シェリー:……タルタロスでお腹いっぱい食べられてないの?食べ物の話しか頭にないのかしら……

ハギス:君だって陛下の話しか頭にないじゃん!

シェリー:このクソガキ!食べ物なんかと陛下を同列にしないでちょうだい!

ハギス:うわあ!シェリーが怒った!怖いよーあはははは……!

シェリー:待て!止まりなさい!


試練

王からの試練

シャンパン執務室


フォンダントケーキ:ジーッ――

シャンパン:…………

フォンダントケーキ:ジーッ――――

シャンパン:はぁ、なんだ?ずっと睨み続けて疲れないのか?

フォンダントケーキ:でははっきり言わせて頂きます……シャンパン、どうしてシェリーをタルタロスに行かせたのですか、貴方はご存じですよね……

シャンパン:何をだ?このシャンパンの配下に、軟弱な者が存在していることか?

フォンダントケーキ:……ジンも、タルタロスに閉じ込められています。こんな時に姉弟を鉢合わせるなんて、流石に……

シャンパン:お前が心配しているような事は起きない。シェリーは過去にこだわるタイプではないし、今回は鹿もいる。

フォンダントケーキ:……私に、何か隠し事をしていませんか?

シャンパン:はぁ?このシャンパンがしたいと思う事はすぐに実行する、お前に隠す必要がどこにある?

シャンパン:では何故タルタロスの鬼教官を行かせないのですか?今日は学校が休みで、彼は教師を連れて鍛錬に行っているそうです。皆さんからクレームが来ていますよ、特に医務室から……ベッドが先生方でいっぱいになっているそうです……

シャンパン:……シェリーを学校に残しておけばクレームが来ないとでも?彼女はこの前教師の飲み物をお酒に変えて、学校中が大騒ぎになっただろう。

 あの日を思い出したのか、何も恐れないシャンパン陛下が一つ身震いをした。そして次の瞬間、もっと恐ろしいものを見た。

シャンパン:それはどういう目だ?俺に意見でもあるのか?

フォンダントケーキシェリーを試しているのですか?

シャンパン:承知しました。

フォンダントケーキ:……貴方に信頼されていないと知ったら、彼女は悲しむでしょうね……

シャンパン:帝国のためだ。

フォンダントケーキ:……

シャンパン:そして、シェリーのためでもある。

フォンダントケーキ:?

シャンパン:彼女は俺や他の者からの信頼を勝ち取るべきだ。これは彼女への試練であると同時に、彼女の名声を正すものでもある。見せかけだけではなく、このシャンパンの臣下として相応しい強者であると。

フォンダントケーキ:……申し訳ございません。今回は、感情的になってしまいました。

シャンパン:気安く謝罪の言葉を述べるな、お前はそんな奴じゃないだろう。いつものように騒がしくしていろ……

フォンダントケーキ:?

シャンパン:なっ、なんだ?

 少女は名高い一国の王をじーっと見つめた後、曇り空を晴らす程の愛らしい表情を浮かべた。

フォンダントケーキ:ふふっ、なんでもありません。

フォンダントケーキ:ではこれにて失礼します。シャ・ン・パ・ン・陛・下、今日もしっかりお仕事してくださいね。

 少女が去っていくと、シャンパンはようやく我に返ったように、口元に弧を描いた。

シャンパン:おかしな女だ……


おかしな方向

かわいい誤解

キャンディ屋の入口


 昼間の町は慌ただしく動く人でごった返している。しかし、キャンディ屋の前を通りかかると、誰もが例外なく入口の方をちらりと見ていたのだ。

 何せ、見目麗しい青年二人が、キャンディ屋の入口でこそこそとしていたのだから。それは実に珍しい光景だ。

オイルサーディン:……俺たちはどうして入らないんだ?

ポロンカリストゥス:典獄長様は、男二人がキャンディ屋に入っても怪しまれないと思っているの?

オイルサーディン:……今の状況も大分怪しいと思うが……

女の子:お兄ちゃんたち、何してるの?

オイルサーディン:!

女の子:わかった!キャンディが食べたいのに、恥ずかしくて入れないんだね!お母さんが言ってたの、大人が食いしん坊だと笑われるって!

女の子:でも、お母さんの言うことは違うと思う!大人は背の高い子どもでしょ、キャンディ食べても良いと思う!

オイルサーディン:えっ……いや……

女の子:どうしたの?お兄ちゃんたちのお父さんとお母さんは、キャンディを買ってくれないの?

オイルサーディン:父と母はいない。

女の子:えっ?!

オイルサーディン:数年前まで戦場にいた、あの時はこんな精巧なキャンディなんて見たことも……おいっ、どうして泣いているんだ?!

女の子:ううう……お兄ちゃんにはお父さんもお母さんもいない……キャンディも食べたことない……可哀想!

オイルサーディン:なっ、泣かないでくれ……俺は可哀想じゃない!お前は……その……

女の子の母親:そんなに泣いて、どうしたの?

女の子:うぅ……お兄ちゃん……お兄ちゃんが……うああああん……

女の子の母親:あらあら……この子、急にどうしちゃったのかしら……

オイルサーディン:い……いや……俺のせいでは……

女の子:うああああ――

女の子の母親:はいはい、泣かない泣かない……ごめんなさいね……この子は本当にどうして急に……

女の子:ううう、このお兄ちゃん、可哀そう……お父さんもお母さんもいない……お母さん……このお兄ちゃんにキャンディを買ってあげようよ……ううう……

女の子の母親:もう泣かないで、わかったから……お兄さんのためにキャンディを買ってくるからね。ほらもう泣かないで……あの、本当にごめんなさいね。

 女の子を慰めながらも、微かに同情の視線を送ってくるご婦人を見て、何か言いたげだったオイルサーディンは伸ばした手を引っ込めた。傍で一連の出来事を見ていた青年は、遂に笑い声が抑えきれなくなった。

ポロンカリストゥス:ぷっ……オイルサーディンのお兄さん~キャンディを買ってあげようか~?


姉弟

姉弟の絆

セロ町通り


ハギス:うん……

シェリー:何をそんなに真剣に考えているの?

ハギスシェリーがこんなに助けてくれるのは、本当にチェス盤を直すため?

シェリー:えっ……そっ、そうよ、それを壊したのは私だし……

ハギス:でもシェリーは、誰かのために面倒な事をするようなタイプには見えなくて……

シェリー:(子どもは恐ろしいって言うけど、こういうことだったのね……他の事はともかく、ひとを見る目はあるみたい……)

シェリー:コホンッ……実はね、貴方は私の弟に似ているの、貴方の顔を見ると彼を思い出すのよ。

ハギス:弟?

シェリー:彼はジンって言うんだけど、貴方と同じでタルタロスにいるわ。

ハギスジン?!だからシェリーのことなんか見たことある気がしたのか……あのむっつりは君の弟だったんだね。

シェリー:むっ……つり?

ハギス:そうだよ、僕の隣の部屋にいるのに、話しかけても返してくれないんだ、むっつりだよ!

シェリージンは貴方の隣の監房にいたの?どうして気付かなかったんだろう……

ハギス:彼の部屋はちょうど角にあって、近づかないと見えないんだ。壁に穴が開いてなかったら、隣に誰かがいるなんてわかんなかったよ。

シェリー:……ジンは、いつも静かな子だったわ。

ハギス:仲が悪いの?

シェリー:!どうしてそう思うのかしら?

ハギス:弟じゃなくて、僕の脱獄を助けてくれたから。僕たちは初めて会ったのにね。

シェリー:……彼は間違いを犯したから、罰を受けなければならないの。

ハギス:うぅ……でも中にいる時は毎日食べて寝ての繰り返しで、御侍様みたいに殴ってくるひともいないよ……

シェリー:食霊にとって、果てしない歳月の中自由を奪われることが、最大の罰よ。

 ハギスの無邪気な笑顔を見て、シェリーは無理やり口角を上げた。自分と似ているけれど雰囲気の違う顔を頭に浮かべていて、小さくなっていくハギスの声に気付くことはなかった。

シェリー:(ジンは隣にいたんだ……じゃあ、きっと私の声が聞こえていたはず……)

シェリー:(ジン、貴方は今何を考えているの?)


協力

要請と協力

セロ町通り


ポロンカリストゥス:典獄長、タルタロスにはジンという囚人がいるよね?

オイルサーディン:……そんなことを聞いてどうするつもりだ?

ポロンカリストゥス:そんな怖い顔をしないでよ~脱獄は一回しかやらないよ、何回やってもつまらないからね~

オイルサーディン:つまらないってなんだ……ジンは重刑監房の囚人だ、そこまで知らない……

ポロンカリストゥス:あれ?でもシェリーちゃんたちを逃がすために警報システムを落としてたよね、重刑監房に詳しいのかと思ったけど。

オイルサーディン:……

ポロンカリストゥス:ふふっ、誤解しないで。ジンはかつて陛下の臣下だった、陛下が彼のことを心配しているんだ。

オイルサーディン:……あまり口数が多くないこと以外は普通だ、だが……

オイルサーディン:彼は、自分は無実だと言っていた。

ポロンカリストゥス:そう?犯人はみんなそう言うだろう?

オイルサーディンハギスの件もある、お前たちの仕事をもう信用することは出来ない。

ポロンカリストゥス:あぁ……これは困ったな、ここからは典獄長の協力がないといけないのに。

オイルサーディン:……どういう意味だ。

ポロンカリストゥス:つまり、全てをシェリーに任せ、不測の事態にならない限り、顔を出さないということ。

オイルサーディン:……監視か?

ポロンカリストゥス:監視は人聞きが悪いな、陰でサポートするってことさ~

オイルサーディン:人聞きが良くても、良い事をしているとは限らない。

ポロンカリストゥス:本当に噂通りの真面目なひとだね……でも堅物は嫌われやすいよ~

オイルサーディン:どうでもいい、好かれる必要はない。

ポロンカリストゥス:ふふっ……本当に面白いひとだな。

オイルサーディン:?

ポロンカリストゥス:いや……これから、楽しく協力出来れば幸いですよ。

オイルサーディン:協力ではない、自分の責務を果たすために泳がしているに過ぎない。

ポロンカリストゥス:はいはい、典獄長の仰る通りでございます~


不意な出会い

道端での可愛い出会い

セロ町通り


ハギス:スーハー……これが本当の空気だよ!大墳墓の中の空気なんて毒ガスみたいだった!

シェリー:そうね、寒いし湿気もすごいし、陛下の指示がなかったら行ったりしないわ!

ハギス:鎖も重いし、動けない!

シェリー:そうよ、児童虐待よ!

 楽しそうに冗談を言い合いながら歩いている二人は、彼らを尾行しているタルタロスの関係者が顔を黒くしていることに気付かない。

オイルサーディン:………………

ポロンカリストゥス:ぷっ……典獄長様、ステキな笑顔を浮かべているね。

オイルサーディン:……俺がいることを知っていて、わざとそう言っているんじゃないのか?

ポロンカリストゥス:いや……タルタロスみたいな場所を好きになるのは、君ぐらいだろうね……

 タルタロスの汚名を晴らそうとあぐねている典獄長は、傍にいる教官の囁きに気付かない。シェリーハギスについて進んで行くと、猫の鳴き声によって前にいる二人が足を止めた。

ハギス:猫?!猫がいるのかな?!

シェリー:あそこね!でも……なんだか怒っているみたい。

 二人は声を辿って路地に隠れていた子猫を見つけた。可愛らしい鳴き声を発しているが、全身の毛は逆立っていて、猫の前でしゃがみ込んでいる少年に向かって「シャー!」と威嚇していた。

子猫:シャー!

???:よしよし、悪いひとじゃないよ……食べ物をあげたいだけ……

子猫:シャー!

???:……よしよし、大丈夫、オレは悪い人じゃないから。

子猫:……ニャ……

子猫:シャー!シャー!

シェリー:……ハギスちゃん、外の世界は自由だけれど、危険もいっぱい潜んでいるのよ……おかしな奴が多すぎるわ、ちゃんとお姉さんの後についてきてね。

ハギス:……シェリーは僕が守る!

シェリー:良い子ね~さあ、行くわよ。

 二人が離れていくのを確認して、青年たちも路地にやってきた。目の前の光景を見て、どうして良いか戸惑っている。

ポロンカリストゥス:……怪しい奴を見かけたら、通報するべき?

オイルサーディン:野良猫を捕まえて売りさばく売人だったらまずい、まず猫を助けよう。

子猫:ニャ……ニャン……

???:あれ、効いてる?!ニャン……ニャン……あれ?

 怯えて隅で縮こまっていた子猫は突然走り出し、声のトーンもなんだか変わった。しかし子猫の前にいた少年が喜ぶより先に、子猫は彼を横切って、真っすぐ先へと走った。

ポロンカリストゥス:あれ?オイルサーディン~気に入られたみたいだね~

オイルサーディン:なっ……く、来るな……

子猫:ニャ~ン、ニャ~ン。

ポロンカリストゥス:ぷっ……もしかして、君の匂いが好きなのかな?魚の……コホンッ、海の匂い?

オイルサーディン:突っ立ってないで、早く犯人を捕まえろ!

ポロンカリストゥス:おや?逃げられたみたいだね……逃げ足が早いな。

子猫:ニャウ~ニャ~ン~

オイルサーディン:来るな……お、俺は猫アレルギーなんだ!!!


矛盾

とっくに生まれた矛盾

キャンディ屋


 小さな店に甘い香りが広がっていた。近所に住む子どもたちが遊びに来るほか、客の多くは子どものためにキャンディを買いに来る大人たちだ。その真剣な態度は、まるでキャンディを選んでいるのではなく、何かもっと価値のある物を選んでいるようだった。

キャンディ屋店主:安心してください、うちの店のキャンディは美味しい上に健康に良いんですよ、値段も高くありません。

町民:そうか……しかしうちの子の歯はまだ成長中なんだ、甘過ぎやしないか?

キャンディ屋店主:ちょうど良かった、新しい商品を仕入れたばかりでして、成長途中の子どものために作られた物なんですよ。

町民:そうだ、友人からそのキャンディの噂を聞いて、わざわざ買いに来たんだ!

キャンディ屋店主:おやおや、そうだったんですね。シャリーン!倉庫に行って、一番売れ行きの良いキャンディを持って来ておくれ!

おかしな少女:…………はい。

キャンディ屋店主:さあ、これがその噂のキャンディですよ。是非試食して見てください、味を確認してからご検討を!

町民:なら、試してみようかな……確かにあまり甘くないな。

キャンディ屋店主:ははっ、このキャンディは大人にも人気なんですよ、一缶いかがです?

町民:いや、二缶貰おうか。

キャンディ屋店主:ありがとうございます!

 しかし、キャンディ屋の店主が缶を持って倉庫から出ようとした所、女の子によって道を塞がれた。

おかしな少女:…………

キャンディ屋店主:なんだ、忙しいのは見ればわかるだろ、邪魔をするな!

おかしな少女:彼女はどこ?

キャンディ屋店主:何の話だ、早くどけ!

おかしな少女:言わないと、貴方がしていることを皆に告発するわ!

キャンディ屋店主:……

 キャンディ屋の店主は振り向いて、客に女の子の脅し文句が届いていないことを確認した後、女の子を店の隅まで引っ張って行った。顔から優しい笑みは消え、獰猛な表情を浮かべていた。

キャンディ屋店主:これ以上デタラメを言ったら、永遠に会えなくさせる!

おかしな少女:…………

キャンディ屋店主:見てんじゃねえ!早く仕事をしろ!

 女の子は店主が持っているキャンディの缶を、仇のように睨みつけた。三十分後、何かを決心したかのように店を離れた。

酔い覚ましのスープ

酔い覚ましスープの間違った作り方

タルタロス大墳墓

キッチン


 見た目も雰囲気もキッチンには合わない青年がコンロの前に立っていた。鍋の中にあるのりのようにドロドロとした物体をボーっと見つめていたが、ついに蓋を閉じてしまった。

ブランデー:酔い覚ましのスープ……と言うぐらいだから液体だろうに、どうして固まっているんだ……こんな物……

ブランデーオイルサーディンのやつ……作ったんなら最後まで作れ……

ブランデー:はぁ……

 ブランデーはぶつぶつと愚痴っているが、二日酔いのせいで寝坊し、朝食と訪ねて来た客人を逃してしまったことは紛れもない事実、少しは反省して自らキッチンにやって来たのだ。

ブランデー:そうだな……スープを温めるということは、火が必要だな?

 フゥ――

 指先から青い炎が飛び出すと、その瞬間コンロ全体が燃え盛り、すぐに灰と化した。

ブランデー:……オイルサーディンを呼んで後処理をしてもらうか……いや、彼は「サボっている」んだったな……

 やがてブランデーは何事もなかったかのように身を翻した。はためいた裾によって起こされた風はコンロがあった場所に吹き付けられ、見事「証拠隠滅」に成功した。


***


 自分の執務室に戻っても仕事をする様子のないブランデーは、指図出来る相手もいないため、暇を持て余していた。色々考えた結果、囚人たちに酔い覚ましのスープの作り方について色々話を聞こうと決め重い腰を上げた。

ブランデー:…………

ジン:…………

ブランデー:お前は……酔い覚ましのスープの作り方を知っているか?

ジン:?

ブランデー:まあ、お前みたいな坊ちゃんは、わからないだろうな……

ジン:???

 寂しげな典獄長の後ろ姿を見て、ジンはどうしてかため息をついた。

ジン:(タルタロスの安全のためにも、オイルサーディン典獄長、早く帰ってきてくれ……)


***


オイルサーディン:ハックション――!

ポロンカリストゥス:典獄長?火災現場でくしゃみなんて、綺麗なお姉さんが噂しているのか?

オイルサーディン:……少し鼻が痒くなっただけだ……冗談はよせ、早くハギスを見つけろ!

ポロンカリストゥス:承知しました。


失われた欠片

盗んだのは誰?

オペラハウス


 公演前のオペラハウスは閑散としていた、ベールが落ちた音すら聞こえるぐらいに静かだ。この静けさは逆にひとを緊張させる。

シフォンケーキ:ふぁ~

ヌガー:!ビックリした!

シフォンケーキ:うぅ……あくびしたぐらいで大げさな……朝一に引っ張り出されたから、眠いんだ……公演までまだ何日もあるし、なんでわざわざオペラハウスなんかに……

ヌガー:プロのデザイナーは、場所によってデザインを変えるものですよ!貴方たちの衣装を作るのは簡単な事だと思っていたのですか?

シフォンケーキ:……ごめん、俺の知識不足だ……ヌガー様が一生懸命俺たちの衣装をデザインしてくれたことを感謝しています……だけど、どうして俺を連れて来たんだ……

ヌガー:だ、だって……貴方は私の専属モデルですもの!

シフォンケーキ:あれ?でもなんか様子がおかしいよ……あっ、まさか一人で来るのが怖かった、とか?

ヌガー:バ、バカ!怖がってなんか……

シフォンケーキ:ここは、幽霊騒ぎが起きてるらしい……

ヌガー:黙って!変な事言わないで!

シフォンケーキ:おっと、本当に怖がってるみたいだな?

ヌガー:……シフォンケーキ、次回の公演はどんなドレスを着たいですか?

シフォンケーキ:だから冗談だって!次は俺がヒーローだ、めちゃくちゃカッコよくしてもらわないと!前回のオペラよりも何百倍……何千倍も!

ヌガー:黙っていればカッコいいのに……


***


 会話しながら二人はホールの入口までやって来た。しかしドアを開けると、先程までの和やかな雰囲気は消え失せ、代わりに不気味な程の静けさが広がった。

シフォンケーキ:今日は公演がないんだよね、どうしてこんなに人が……

ヌガー:うぅ……頭がクラクラする……この感覚はまさか……

 脳が危険をはっきり認識していても、身体はそれに反応出来ず、二人は暗闇の中に落ちて行った。


***


ヌガー:うぅ……どういうこと……シフォン?シフォンどこにいるの……

シフォンケーキヌガー!なんだこのデザイン!身体に絡まる!

ヌガー:シ……フォン?


***


 聞き覚えのある声の方に目をやると、少女は暗闇の中で光を見つけた。急いで駆け寄ると、光が強くなったため目を閉じるしかなかった。そして再び目を開けると、彼女はすでに暗闇を離れ、訳がわからないままオペラハウスのバックスペースに辿り着いた。

ヌガー:さっき……何があったの?

シフォンケーキ:ほら早く!ボーっとしてないで、早く解いて、もうすぐ出番が来ちゃう!

ヌガー:……貴方ね!その衣装はそうやって着る物じゃないのよ!私の完璧なデザインを踏みにじっているわ!引っ張らないで、手を放しなさい!

シフォンケーキ:うぅ……絞め殺される……

ヌガー:バカ……

 ドンッ――

 シフォンケーキの衣装をどうにか解こうとした時、大きな音が聞こえて来た。ヌガーが振り返ると、黒い影が過るのが見えた。しかし瞬きの後、その黒い影は消えてしまった。

ヌガー:目の錯覚?

オペラ:大変だ!時空の輪の欠片が、なくなった!

ヌガー:!!!時空の輪……

ヌガー:そうだ……時空の輪の欠片がなくなったから、それを見つけるためにセロ町にやって来た……これは全部、幻だ……

ヌガー:誰が……一体誰が欠片を盗んだの……そしてその欠片で……一体何をするつもり?

 まだ思考はまとまっていないが、少女は再び暗闇の中に迷い込んだ。彼女は危険を感じているが、心の中の声が彼女にこう囁いていた――「大丈夫」と。

 普段は頼りないが、肝心な時に彼女のために身を挺してくれる少年は、きっと助けに来てくれる。

 必ず。


炎の中の絶望

オペラハウス


ハギス:先生!先生どこにいるの?先生!先生……いない……

ハギス:ううん!シェリーは嘘なんて言わないから、きっと、きっとどこかにいる……


***


 オペラハウスの構造は単純だ、ハギスはすぐにホールのドアを見つけた。しかし中でこの様な惨状が広がっているとは、思いもしなかっただろう。

町民A:あああああーー!!!

町民B:いやー!いやだー!!!

 誰もいないはずのホールには数十名の町民が座っていた、意識を失っている数人以外は、全員頭を抱えて泣き叫んでいた。

ハギス:……あの時と、一緒だ……みんなおかしくなってる……

ハギス:儀式……先生は儀式だって言ってた……儀式が終われば、みんな幸せになれる……

ハギス:先生……先生!

 ガタン――!

 苦しそうに壁に頭をぶつけている人がいれば、ライターを出してタバコに火をつけようとした人は誰かにぶつけられて床に倒れてしまった。オペラハウスには燃えやすい物がいっぱいあったため、ライターの火はあっという間に広がり、ハギスの前で燃え盛った。

ハギス:火……

ハギス:あははははは!!!火!火だ!!!!!

ハギス:御侍様はもういない……あははは!御侍様はいない!みんな……みんな……

ハギス:みんないなくなっちゃった……どうして……みんな……先生……先生もいない……僕だけ……

ハギス:また……一人ぼっちになっちゃった……

ハギス:どうして……どうしてみんな僕を見捨てるの……どうして……

ハギス:僕は……そんなに嫌われているの……

 狂い、笑い、叫んだ後、少年は疲れ果て床に座り込んだ。生を受けた時から感じて来た苦痛と共に、絶望の暗闇へと堕ちていった。

 目尻からこぼれ落ちた涙は、高温の中に一瞬にして蒸発した。

 この全てを、誰も知らない


燃える

それぞれの目的

 オペラハウスの火は燃え広がっていた、窓の外からも濃煙と火花が見える。しかし全ては丸い屋根によって閉じ込められ、隠された。

 青年は屋内の炎を見つめた、その視線は妙に落ち着いている。

スコーン:今入れば、死ぬかもしれない。

シェリー:……そう言われても、行くしかないわ。

スコーン:止めるつもりはない、警告しただけだ。

シェリー:?

スコーン:中の状況はわからない、一緒に行動した方が安全だろう。さあ、ついて来て。

シェリー:……どうして助けてくれるの?

スコーン:誰かを助けるのに、理由はいらない。

シェリー:……


***


 二人は前後に並んで火事が起きたオペラハウスに突入した。急いでたためか、誰も物陰に隠れていた小さな人影に気付いていない。

おかしな少女:あいつら……何の準備もしないで入って行ったじゃない!こんなに燃えているのに、死ぬのが怖くないの?!

おかしな少女:何でこんな事に……

 公演がないオペラハウスの周りは閑散としていた、火の勢いが天井を突き破らない限り、火事が起きていることに気付かない。しかし天井を突き破った時にはもう、全てが手遅れになっているだろう。

 そう思いながら、女の子は立ち上がり、反対方面へと走って行った。


***


ドーナツ:……食霊を見つけましたか?

神恩軍兵士:いえ……しかしある女の子が私にこれを渡してきました。

ドーナツ:これは……

 それはどこかのポスターから千切ったくしゃくしゃな紙切れだった。赤いインクで走り書きがされてある。少女はそれを近づけて文字を読み取ろうとした時、顔色が変わった。

ドーナツ:これは、血の匂い……

神恩軍兵士:どういうことですか……血文字ですか?!

ドーナツオペラハウス……早く!確認しに行きましょう!

 少女の命令に従い、神恩軍は迅速にオペラハウスへと向かった。人気がなくなった後、痩せ細った小さな人影が現れた。

 指先から血が滴り、地面を赤く染めた。しかし少女はそれに気付かない、或いは気にしていない様子だった。彼女は強い視線でオペラハウスの方を見つめ、こう呟いた。

おかしな少女:貴方たちは……絶対に死なせない……


決心

人を救うという決意

オペラハウス


 数日後に控えた公演の準備のため、ヌガーシフォンケーキは一足早くオペラハウスにやって来た。しかし、入口に着くとすぐに異様な気配を感じた。

シフォンケーキ:何かが……おかしい……

ヌガー:何をボーっとしているんですか?早くドアを開けてください。

シフォンケーキ:待って!


***


 シフォンケーキの制止は届かず、ヌガーはドアを開けた。身に覚えのある感覚が襲い掛かって来て、少年の思考を蝕み、虚無の闇に引きずり込まれそうになった。

シフォンケーキ:えっ……頭がクラクラする……これは一体……

ブルーチーズ:……時空の輪の欠片は、彼らによって盗まれたのかもしれません。


***


シフォンケーキ:えっ?ブルーチーズ?!

ブルーチーズ:また話を聞いていなかったのですか?わかりました……もう一度説明します……

シフォンケーキ:ままま待って……どうしてここにいるんだ?いや……ここはオペラハウスじゃない!なんで……俺はヌガーと一緒に会場の確認に行ったんじゃ?

 辺りの景色が急に変化した、シフォンケーキブルーチーズの向かいのソファーに座り、ケーキを待っていた。ブルーチーズは彼の慌てようを気にすることなく、淡々と説明を続けた。

ブルーチーズ:セロ町のカルト組織「黒い黎明」、彼らによって時空の輪の欠片が盗まれたのかもしれません。

シフォンケーキ:「黒い黎明」……?

シフォンケーキ:(思い出した、これは一週間前の出来事だ……きっと欠片のせいで、俺は今自分の記憶の中に……)

ブルーチーズ:その組織について簡単に調査しましたが……欠片が彼らの手に落ちてしまったのならまずいです。シフォン、危険が潜んでいます、気を付けて行動してください。

ブルーチーズ:もし僕に何かありましたら……ヌガーのことを宜しくお願いします。

シフォンケーキヌガー……そうだ!ヌガーが危ないっ!


***


ヌガー:危ないって何が?また言い訳して試着から逃れようとしているのでしょう?

 思い出の中の少女は明るいままだった、彼女に無理やりモデルにされる恐怖ですらあの時の同じ。しかしシフォンケーキははっきりと認識していた、ここは過去であって、留まるべき場所ではないと。

ヌガー:ねぇーーどこに行くつもりですか?

シフォンケーキ:俺様はヒーローだから、ピンチの時は俺様がお前を助けてやる!


***


 少女が驚いていると、周囲の景色は割れた水晶玉のようにひび割れ、隠された現実が露わになった。そして、再び目の前に現れた現実は濃煙に包まれていた。少年は探し人が見つからず、大声で叫ぶしかなかった。

シフォンケーキヌガー

 少年の必死の呼びかけは烈火と人々の悲鳴をすり抜け、眠っていた少女を呼び覚ました。まるで誰かが自分のことを助けに来てくれると知っていたかのように、少女は目を開いて、勇敢に少年の呼びかけに答えた。

ヌガー:バカ、叫んでいないで、早く助けに来て!


誘い

輪廻と永生……

三年前

オペラハウス


 終演後のオペラハウスは妙に静かだった、ステージ上でポツポツとついている照明以外、暗闇が広がっていた。

 闇の中から痩せ細った人影が現れた。彼の足取りは重く、自分の傷を抑えながら観客席の方を見て、何かを探していた。

ハギス:……御侍様……行っちゃった……

???:ハギス、ですね?

ハギス:?!

 少年は不意に聞こえた声に驚き、無意識に後ずさり、微笑みながら近づいてくる男性を怯えながら見上げた。

ハギス:君は……誰?

???:その傷、痛そうですね。

ハギス:…………うん…………

???:痛いのが嫌なら、どうして御侍の言うことを聞かないんですか?大人しく言うことを聞いていれば、怪我なんてしませんよ。

ハギス:でも……御侍様は、他人の物を盗んで来いって言うんだ……これは良くないことだから……

???:それは儀式を行うために必要不可欠な物です。そして儀式は、皆を幸せにする、良い事なんですよ。

ハギス:うっ、嘘だ……人が死んでるのを、見たんだ……儀式は、人を死なせる……

???:ハギス、輪廻という言葉を聞いたことはありますか?

ハギス:りん……ね?

???:輪廻転生を繰り返せば、人々は不死の身体を得ることが出来ます。二度と痛みを感じることなく、永久の幸せを手に入れることが出来るんですよ。

ハギス:もう痛くなくなるの……痛いのは、イヤだ……輪廻は……本当に、本当に痛くなくなるの?

???:もちろんです、しかしその前に……

???:死こそ、輪廻へ通ずる唯一の道です。

ハギス:死……だ、だけど……あの人たちは死ぬ前、すごく苦しそうにしていた……死ぬのは、痛いことだよ!

???:貴方は死んだことありますか?

ハギス:えっ?も、ちろん、ないよ……

???:では、体験してみましょう。

ハギス:?!

 白い光が閃いた。少年は無意識に目をきつく閉ざしたが、想像していた痛みが訪れることはなかった。しかし、何か生暖かい物が手の上で流れているのを感じる。

ハギス:……血が……血!血が出てる!

 少年は目を見開いた、どうして青年がナイフで自分を刺しているのか理解できなかった。ただその光景を見た彼は自然と痛みを連想して、本能的に震え出した。

ハギス:君は……死んじゃう……痛そう……どうしよう……僕……

???:大丈夫です、ほら、まったく痛くありませんよ。

 少年は震えながら顔を上げた、目の前の者は失血によって顔色が悪くなっていたが、依然として柔らかく笑っていた。血に染まっていない方の手を少年の肩に置き、太陽のようなあたたかさを彼に伝えた。

ハギス:本当に……痛くないの?

???:何故なら、私は輪廻に入る方法を知っているから。

ハギス:輪廻に入る……方法?

???:ただの死では入れません、神器、生贄、儀式が揃わないといけません……世の人にこれ以上苦しい思いをさせないために、永久の幸せを得られるように、私は努力してきました……

???:この世の誰もが身体の痛みを、死による悲しみを感じなくなる……そんな素晴らしい未来がいつか実現するまで……

???:ハギス、私を手伝ってくれませんか?

ハギス:えっ?僕が?僕……本当に、痛くないの?本当に……幸せを得られるの?

???:もちろんです。

 獲物を見つめる毒蛇のように、真紅の瞳が光っていた。少年は本能的に危険を察知していたが……

 彼はこの世界に生まれ落ちてから、殴打と罵倒しか受けたことがなかった。その優しい言葉と、血まみれだけど強く繋げてくれる手は、彼が渇望してきたが手に入れることのできない宝物だったのだ。

ハギス:わかった……

 そして少年は、迷わずに心の神様に自分の全てを差し出した。


生贄

暗闇の真実

オペラハウス


 公演前のオペラハウスの周辺は人気がない。そのため、鳥が止まったことで揺れる木々の音すら目立ってしまう。

 そして、オペラハウスの裏口から現れた黒い人影は、この静かな絵のような景色の中で最も目立った存在だった。

大祭司:……後は、もう待つだけ……

信徒:大祭司様、入口に食霊がいるみたいです、何か手を……

大祭司:食霊?問題ない、神器がある、私たちの邪魔は出来まい……行こう。

信徒:えっ?待ってください!大祭司様、ウィルがまだ出て来ていません!

大祭司:彼は自分の使命を果たした。

信徒:ど、どういう意味でしょうか?私たちの使命は……祝福を世の人に送り、永久の幸せを得られるよう助けることでは……

大祭司:そうだ、私たちは神聖で重要なことをしているんだ!だから……

大祭司:当然、小さな犠牲はやぶさかではない。

信徒:ち、小さな犠牲?ウィルを犠牲にするおつもりですか?人一人の命ですよ!

大祭司:一人ではない。

信徒:え?

大祭司:貴方に連れらてきた町民全てが、必要な犠牲だ。

信徒:?!言っていた事と……違います!

大祭司:違う?古臭いポエムを毎日詠むだけで本当に永生を得られると、世の人に幸せをもたらすことが出来ると思っているのか?甘いな!強欲で!無知だ!

大祭司:永遠の時間を手に入れたければ、他人の時間を奪うほかない……この世界はそんな風に出来ている、長く生きてきて、そんな道理すらわからないのか?

信徒:それは……人を殺めるということでは……私は、私は……

 シュッ――

 信徒の言葉を遮るように、大祭司のナイフは彼の腹を貫いた。彼は怯えた表情で地面に倒れ込んだ。

大祭司:フンッ、我々を理解出来ない愚か者に、永生を得る資格などない。


記憶

記憶が蘇ったら……

オペラハウス


 静かな廊下に煙が充満していた、まるで宿主を探す寄生虫のように、我先にと身体の中に潜り込んで来ようとする。

シェリー:本当に……イヤな感じ……

 煙に広がる強烈な不快感によって、不愉快な記憶を呼び起こされたシェリー。彼女は顔を横に振って、その記憶を忘れようとしたが、そううまくはいかなかった。

シェリー:(よりによってこんな時に……いや、記憶だったとしたら、あまりにもリアル過ぎる……)

シェリー:これは……!


***


 煙が立ち上る廊下は突然、炎に包まれた家屋となった。記憶の中にある、熱に焼かれる痛みさえも完璧に再現されていた。

シェリー:まさか……どうして……

女性:助けてーー!助けてくださいーー!

シェリー:!!!

女性:助けて!お願いだから、助けて!!!

シェリー:ふっ、助ける?何の冗談かしら……

シェリー:死人は、死人らしくしていなさい。

女性:人殺し……この人殺しっ!

シェリー:…………

女性:怨霊になって、必ず貴方を地獄に引きずり下ろしてやるっ!!!!!

シェリー:貴方の境遇を不憫に思うけれど、私にはやらなければならないことがある……だから、私のためにもう一度死んで……

シェリー:例え怨霊になっても、私の邪魔はさせないわ!


***


 自然を超越した脅威を前に、シェリーの気概は悪鬼をも上回るものだった。彼女の叫びの後、燃えていた家屋と泣き叫んでいた女性は、跡形もなく消えた。

 現実に戻ると、シェリーオペラハウスの長い廊下を見つめ、意志を固めていた。

シェリー:(待っていてください、陛下……貴方の悩みは……全てこの私が解決してあげるわ!)


取引

欲望の取引

三年前

オペラハウス


 ホールの中、人々は舞台上で繰り広げられている華麗な演出に集中していて、暗がりに紛れて客席のへと忍び込む人影に気付かない。

クロウリー:先生、指示通り準備が整いました。

???:ご苦労様です……どうぞ座ってください。

クロウリー:……先生、貴方様の言う儀式で本当に……私の願いは叶うのですか?

???:フフ、今更その確認ですか、少し遅くはありませんか?

クロウリー:…………

???:儀式が偽物だったとしたら、私は何のためにこんな事をしているのでしょう?

クロウリー:仰る通りですね……先生にそう言って頂けて、安心しました。

???:安心してください。永生を得た後、貴方を踏み台にし、尊厳を侮辱してきた貴族たちは、必ずや貴方の足元に跪き許しを請うでしょう。

クロウリー:フンッ、あの獣たちが!私は彼らが最も渇望している物を必ず手に入れなければならない、この目で彼らが代々落ちぶれていく様子を見たい!

???:……貴方は、自分の食霊への扱いを変えるつもりは?

クロウリー:あんなゴミを召喚するなんて、一生の恥です!彼のせいで、私はあいつらにバカにされて……

???:子どものように見えても、食霊ですよ。きちんと教育すれば、きっと役に立ってくれます。

???:それにこれからもっと生贄が必要になってきます、食霊の力があればもう少し楽になる筈ですよ。

クロウリー:しかしあれは馬鹿者ですよ!私はあいつの御侍ですが、まったく私の言う事を聞きません!人を殺すのは怖い、神器を奪い返すのは「盗み」になるか良くないなどとほざくんです、本当に愚かだ!

???:そうですか……ならば、彼に私たちがして欲しい事は全て正しい事だと、わからせてあげれば良いんじゃないでしょうか?

クロウリー:そっ……それは確かに一理あります、しかしどうやって?

???:フフ……でしたら、私にお任せください。

協力

利益の天井

一週間前

神恩理会


ドーナツ:捜査要請?神恩軍もあの陛下の配下になったとはね、わたしは知りませんでした。

ポロンカリストゥス:誤解ですよ、要請ではなく協力です~

ドーナツ:聖潔で独立していることこそ神恩軍の誇りである、誰かと協力する必要なんて……

アールグレイ:まして、名を馳せているシャンパン帝国は、我々のような小さな軍隊の力は必要ないでしょう?

 軍隊長が困っているのを見て、ソファーに座って話を聞いていた青年は立ち上がり、二人の会話に加わった。

ポロンカリストゥス:いえいえ、神恩軍のお力に代わるものはありませんよ。そして今回は状況が特殊でして、共に国民の安全を守りましょう。今我々の助けになれるのは貴方方しかおりません。

ドーナツ:国民の安全?

ポロンカリストゥス:神恩軍も最近「黒い黎明」というカルト組織を調べているんでしょう?あいつらは三年前の事件に関わっていて、私も捜査を命じられています。

ドーナツ:……情報が欲しいんですか?

ポロンカリストゥス:ふふっ……私はこれでも情報課の先生です、それだけのためにわざわざ訪ねるのは、あまりにも情けないではありませんか。

ポロンカリストゥス:私が欲しいのは……貴方の片目です。

アールグレイ:何の冗談ですか?

ポロンカリストゥス:焦らないでくださいよ~これからの動きで私たちは正体がバレるのはまずいんです、そのため「権威」が必要となります……もし今後神恩軍が私たちが行動しているのを見かけても、見逃してくださると助かるのですが~

アールグレイ:簡単なお願いなのにそんなに回りくどく言えるんですね。鹿教官から言い回しの極意を学ばないといけませんね。

ポロンカリストゥス:伯爵様も中々の腕前で~

ドーナツ:……つまり、見逃せば良いのですね。

ポロンカリストゥス:その通りです~もちろん、タダ働きはさせません……神恩理会は最近資金難だそうですが……

ドーナツ:国民を守ることこそ神恩軍の使命です。やるべき事をやるだけなので、報酬はいりません。

ポロンカリストゥス:軍団長様は噂通り頼りがいがありますね……では宜しくお願いいたします。


 回りくどいのは神恩軍らしくない、双方はすぐに協力関係を結んだ、しかし……

 今少女は火事で荒れたオペラハウスを見て、思わずため息をついた。

アールグレイ:私たちが来たのを見て、後始末を押し付けてどこかに行ってしまいましたか。流石テ・キ・パ・キしてますね。

ドーナツ:……こんな事になると知っていたら、手伝いをよこしてもらうんだった……

神恩軍兵士:報告します!オペラハウスの中を確認しましたが、死者は見つかっていません。生存者の確認も終えています、負傷者は病院に送りました。現在負傷していない生存者から聞き取りをしています、そして……

ドーナツ:?

神恩軍兵士:負傷者の処置、物資の費用についてですが……その……

アールグレイ:神恩理会の支援金が底をついたみたいですね、軍団長様。

ドーナツ:…………

アールグレイ:流石シャンパン陛下の腹心ですね、初めて共同作業でこんなにサプライズをしてくださるなんて……

アールグレイ:しかし軍団長、安心してください。帝国のこの「ご恩」は、後日また改めてお返ししなければなりませんね。


強行突破

保安署の厳重警備

保安署


 セロ町の保安署には建物が二棟ある。低い棟は被害届の処理を担当し、高い棟は各種機密文書を保管庫となっている。保管庫は保安署内部にある建物のため、部外者は簡単に入ることは出来ない。

 タルタロスの警備システムにはかなわないが、この地の最大の公共安全機構であるため、無断侵入することは基本的に不可能だ。

 しかしそんな情報は、この町以外の者は知る由はない。

オイルサーディン:……本当に入れるのか?

ポロンカリストゥス:保安署は町民のために開放しているから、入れない道理はないはず……

オイルサーディン:……はず?

ポロンカリストゥスシェリーちゃんたちも入れたし、安心して、きっと大丈夫~

 飄々と笑っている青年を見てオイルサーディンは不安を感じていた。しかしこれ以外方法がないため、彼は青年の後に続いて保安署に入ろうとした。

治安官:止まれ!ここは部外者立ち入り禁止だ。

ポロンカリストゥス:誤解しないでください、被害届を出しに来たんです。

治安官:被害届?被害届はあちらに出してください。

ポロンカリストゥス:なるほど、ありがとうございます~

保安官:…………

 二人は保安官の指す方へと向かったが、背後から視線を感じ振り返ることすら出来ずにいた。

オイルサーディン:これからどうするつもりだ?

ポロンカリストゥス:正面突破が無理なら、頭を使うしかないね~

オイルサーディン:?


 二人は遠回りして、やっと保安署の裏に回り込んだ。裏口を見つけることは出来なかったが、二階にある窓が開いていることに気付いた。

ポロンカリストゥス:典獄長、少し手伝って、上を見てみる。

オイルサーディン:……これが頭を使う方法か……

ポロンカリストゥス:早く、見つかってしまうよ!

オイルサーディン:…………

 窓から侵入する行為を良しとしていないが、状況が状況なため典獄長は仕方なく壁に手をついて、青年が上りやすいようにした。しかし青年は肩に乗ると動かなくなったため、流石のオイルサーディンもイラつき始めた。

オイルサーディン:何をグズグズしている!早くしろ……

治安官:何を早くしろって?

オイルサーディン:!!!

 頭上から貫禄のある声が聞こえてきて、オイルサーディンは冷や汗をかいた。現状入ることも逃げることも出来ず、肩の痛みを我慢して立ち尽くすことしか出来なかった。

治安官:窓を開け換気してたら、まさか仕事が舞い込んで来るとはな。サボるのも大変だ……

ポロンカリストゥス:あの……保安官さん、誤解ですよ。被害届を出しに来たのですが、ちょうど私たちの荷物を盗んだ強盗がこの建物に入って行くのを見たんです!

治安官:おや?そうなのか……安心しろ、関係者以外この建物から出入りする事は出来ない、入って来たのなら出られないだろう。それにしてもお二人さん……

治安官:被害届を出しに来たのだろう?じゃあ、書類を作ってやるから来な。

 目の前の保安官はにこやかに対応してくれたが、拒否できない雰囲気を醸し出していた。これ以上言い訳を言ったら余計怪しくなるため、青年は仕方なく頭を縦に振った。

ポロンカリストゥス:セロ町の治安管理は流石ですね、これは安心だ……あはは……


楽しさを取り戻して

少年の考え

ハギス:……どこの部屋も開かないし……見た目は一緒だし……つまらない、本当につまらない!

 資料室の外に追い出されたハギスは、その棟を全部回った。見知らぬ場所への好奇心はあったが、すぐに飽きてしまったようだ。我慢も限界に近い、不機嫌そうな顔をしていた。

ハギスシェリーたち遅いな……つまんないよ……

治安官:……オペラハウス?わかりました、すぐに応援を派遣します……

ハギスオペラハウス……そうだ!先生を探さないと!

保安官:誰だ?!

ハギス:あれ?スコーンと仲の良いおじさんだ!

保安官:君は?君はどうしてここにいるんだ?

ハギス:おじさん、さっきオペラハウスって言わなかった?

保安官:……これは我々保安官の仕事だ、君は心配しなくて良い。

ハギス:でっ、でも僕の先生はまだオペラハウスにいるんだ!

保安官:先生?安心してくれ、死者は出ていないそうだ、君の先生もきっと無事だよ。

ハギス:先生を見つけてくれたの?!早く会わせて!

保安官:保安署の聴取に付き合ってもらわないといけないから、しばらくは無理だ。

ハギス:聴取って、何?

保安官:誰が彼らをオペラハウスに連れ込んだのか、目的はなんなのか……ほら、私は仕事に戻らないといけない、君も早くスコーンの所に戻りなさい。

 保安官はハギスの頭を軽く叩くとその場から離れて行った、そのため事件を解決するための重要な手掛かりを見逃すことになったのだ。

ハギス:……儀式に使う生贄を作るため……先生は、儀式を成功させて、人々を新たな輪廻に連れて行って、永久の幸せを与えようとしているんだ……

ハギス:だから、その人たちは必要な犠牲……

ハギス:先生すごい、ハギスも先生みたいになりたい!みんなに新しい生を与えて!一緒に新しい輪廻に行きたい!

 自分が執着している存在を思い出して、少年の目に熱い光が灯った。彼は静かな廊下を走り回って、狂った交響曲を奏でた。

ハギス:ははははは……きっと面白いね!!!!!


幽閉

暗闇の奥……

三年前

アムビエル教会


クロウリー:長官殿、礼拝のためにやって来た訳ではないようですね?

スコーン:これは捜査令状です、どうかご協力ください。

クロウリー:セロ町の一員としてもちろん協力致しますよ……しかし私の所で気の毒な行方不明者を探すのは時間の無駄かと。

スコーン:それは保安署が判断致します、心配には及びません。

 スコーンの言葉を聞いたクロウリーは、肩をすくめただけで不満を示すことはなかった。落ち着いた様子で若い保安官を連れて教会に入る彼は、確かに誘拐事件の犯人には見えなかった。

クロウリー:教会のメインホールには誰も隠せませんよ、そこには行かなくて大丈夫でしょう……こちらは私の寝室……そしてこちらは倉庫……

 ドンッ――

スコーン:何の音ですか?

クロウリー:……お恥ずかしい話ですが、私の食霊が倉庫にいるんです。

ハギス:だっ、誰かいるの?助けて!僕を出して!!!

スコーン:?!

クロウリー:お見苦しい所を……彼は私の食霊ですが、言う事を聞かないんです。礼儀も知らないため、罰を与えているのですよ。

スコーン:罰?

クロウリー:安心してください、言う事を聞かない食霊に体罰を加えるなんて馬鹿なことはしませんよ。一時的に彼の自由を奪っているのみ……自分の食霊をしつけるのは公共の治安を妨害しているとは言えませんよね?

 若い保安官はクロウリーを一瞥して、無言で物音のする部屋へと向かった。

クロウリー:この部屋は狭いため、多くの人を隠せませんよ。ドアの外から見てみてください。中に入っても構いませんが、貴方を傷つける可能性があるのでおすすめできません。

スコーン:……結構です。

クロウリー:では、裏庭の方へとお連れします。

スコーン:ああ。


 人が遠ざかっていく音を聞いて、部屋の中に居た食霊はそれ以上あがくことをやめた。そして、また深い絶望に陥った。

 光のない狭い空間の中、傷だらけの体を丸めた小柄な食霊は、自分がどんな悪い事をしたのかわかっていなかった。そして、どうすれば今の苦境から脱することが出来るのかもわからず、苦しみを耐え続けることしか出来なかった……

 カサッ――

ハギス:!!!

 暗闇の中に長くいたせいで、淡い月明かりですら眩しく見える。食霊は眩しさに耐えながら顔を上げると、木くずが金色の雪のように舞っているのが見えた。そして聖なる光の中、誰かが自分に向かって手を差し伸べていた。

スコーン:はぁ……早く、オレの手を掴んで!

ハギス:誰……?

スコーン:キミを救いに来た。

 目の前の手を見つめていると、ハギスは突然目が熱くなった。彼は木くずのせいだと思ったが、長期にわたって御侍の暴力を受けて来たことで涙はとっくに枯れていたはずだった。

 「救う」、ハギスは御侍の口から何度もこの言葉を聞いてきた、この時初めてその身をもって救われる感覚を感じた。それと同時に彼は幸福も感じた。嬉しそうに笑い、必死で血まみれの手を掴んだ。


スコーン:……彼は犯人ではない。

 三年経っても、若い保安官はあの手の感触を覚えて居る。彼は掌を、三年間の後悔を握りしめた。

スコーン:オレは……もう二度と無実の罪を着せられた彼を、狭い檻に閉じ込めさせない!


すれ違い

意図的な誘導ミス

三年前

保安署


スコーン:ダンキ!

ダンキ:えっ?教会に行ったんじゃ?どうして……

スコーン:知らせを受け取って急いで来たんだ、大丈夫か?

ダンキ:私?大丈夫だ、何の問題もない。

スコーン:おかしい……

ダンキ:ちょうど良かった、良いニュースがある。オペラハウスで行方不明者の一部が見つかったそうだ。

スコーン:見つかった?つまり……誘拐事件はクロウリーたちの仕業じゃない?

ダンキ:それはまだ断定出来ない、被害者は精神的に問題があるみたいだから、聞き取りも出来ない……教会で何か見つけたか?

スコーン:そうだ!早く戻らないと!彼がオレを待ってる!

ダンキ:彼?おいっ!はぁ、最後まで話てから行け……


 御侍と別れた若い保安官は、すぐにアムビエル教会に戻った。教会の近くには、クロウリーから逃がした食霊を隠していたから。

スコーン:(食霊は御侍の命令に逆らうことは出来ない、クロウリーにもう捕まってはいけない……今までは閉じ込めるだけで済んだけれど、もしかしたらもっと酷いことに……)

スコーン:ハァ……おいっ、どこにいる?おーい!

 急いで教会に戻ったが、どこにも少年はいなかった。彼は落ち込んだ、 悔しさと後ろめたさが押し寄せたため、探し人が木陰の後ろから見ていたことに気付かない。

ハギス:先生……どうして隠れなきゃいけないの……

???:ハギス、そのひとは保安官ですよ。

ハギス:保安官……

???:ハギスはこの前オペラハウスで物を盗みましたよね。

ハギス:盗んだ?いや……盗んでない、御侍様が……

???:でも保安官たちはそんな事知りませんよ。だから、彼は貴方を助けに来た訳じゃありません、貴方を捕まえに来たのです。

ハギス:いや……もう閉じ込められたくない……先生!早く逃げよう!

???:フフ……ちょうどいいですね、新しい事を教えようと思っていたのです、行きましょう。

 男は恐怖で震える少年を支え、マントで彼を包み、暗い影の中彼を現場から連れ去った。


再び訪れる

放浪商人を自称する青年

シェリー:……三年前、何があったか知っているの?

スコーン:三年前、オレは「黒い黎明」の調査をしていた、そして……オレの御侍こそ、あの時クロウリーを逮捕した保安官、ダンキだ。

シェリー:……ハギスに先生がいることは知っているかしら?

スコーン:先生?

シェリー:このチェス盤は、その先生の物らしいわ。

 シェリーはチェス盤を取り出して少年の前に差し出した、すると相手の表情が暗くなっていくのが見えた。

スコーン:……オレは確かに、このチェス盤を知っている……

三年前

セロ町郊外

ダンキ:家に着いたら、変な事を言うなよ。

スコーン:?

ダンキ:忘れたか?この前取り調べで何も聞き出せなくて、そんな自分に腹を立ててただろ?

スコーン:……わかった。

 ダンキは笑いながら食霊の頭をなでた。食霊もスキンシップに慣れていたようで、どう御侍の役に立てるか考えていた。

 コンコンーー

ダンキ:失礼します、保安署の者です。

???(青年):すみません、何か事件でも起きたのですか?

ダンキ:事件ではありません、外から来た方に簡単に住民登録をしてもらおうと思いました。失礼ですが、長く滞在する予定ですか?

???(青年):私は旅の商人です。しばらくここに滞在し、旅の費用が貯まったらすぐにここを離れる予定です。

ダンキ:そうですか……おや、チェスが好きなんですか?

???(青年):フフ、暇つぶしのための物ですよ。

ダンキ:相手がいないと出来ませんよね?買い物客と一緒にするんですか?

???(青年):自分とさすのも楽しいものですよ。

スコーン:それは何ですか?

ダンキ:おいっ!人様の物を勝手に触るな?!

ダンキ:……すみません、私の相棒は少しせっかちでして、気にしないでください。

???(青年):いえいえ……それは私の実験道具です。万が一もありますので、あまり触れない方が良いですよ。

スコーン:実験?

???(青年):錬金術を聞いたことはありませんか?まだ研究段階ですが、いつか実用化したいと思っているんです。

ダンキ:錬金術?ゴミを金に変える法術ですか?

???(青年):それだけではありませんよ……錬金術に精通すれば、死者を復活させることだって出来ます。

ダンキ:それは……大げさではないですか……

???(青年):フフ……この世界に、ありえない事なんてありませんよ?お二人の大切なひとが突然亡くなった時、何に代えても復活させようとするでしょう?

スコーン:しない。

???(青年):ほう?

スコーン:バタフライエフェクトというのを聞いたことがある。わずかな変化で、世界に影響してしまうかもしれない……私欲のために、誰かを陥れるようなことをしたりしない。

ダンキ:コホンッ……まあまあ、ではこれで失礼いたします。行くぞ。

 客人が帰って行くのを確認した後、部屋の主はやっと握り締めていた青いペンダントを置いた。既に閉じられたドアには、先程まで立っていた正義の心を持つ少年がチラつく。

???(青年):……実に興味深い……いつか、貴方がその選択をする日が来るのを楽しみにしています……


火災現場

災害後の定住

オペラハウス

 軍団長である少女はステージの上から神恩軍を指示していた。火災が起きた現場だったため、彼女は大粒の汗をかいていた。声も絶えず叫んでいたことで枯れて来ている。しかし彼女の顔から疲れは見えない。

神恩軍兵士:報告します!二人の負傷者の意識が戻っていることを確認しました、聞き取りが可能です!

ドーナツ:どこにいる?

神恩軍兵士:えっと……

ヌガー:このバカ!

 兵士が答えようとした瞬間、どこからともなく怒号が飛んで来た。軍団長が声の方を見ると、観客席である少女が少年の頬をつねって、説教しているのが見えた。

ヌガー:叫ばないでって言ったでしょう!喉が潰れたらどうするんですか?!

シフォンケーキ:ゴホッゲホッ……俺……

ヌガー:口答えする気ですか!次の公演を楽しみにしていたのでしょう?せっかく素敵な衣装を用意したのに、ステージに上がれなくて後悔するのは貴方ですからね!

シフォンケーキ:……公演より、お前を助ける方が大事だったから……

ドーナツ:お二人、少し宜しいでしょうか?神恩軍の聞き取りにご協力願います。

ヌガー:彼は喉の調子が悪いみたいです……私がお答えいたします。

ドーナツ:今日は公演がないはずですが、どうしてこちらに来たのでしょうか?

ヌガー:数日後ここで公演する予定だったので、前もって会場の下見に来ました。新しい衣装を作るためでもあります。

ドーナツ:では……お二人はここに着いた後に起きた事を覚えていますか?

ヌガー:……発狂した人がいました。その人はライターを出して何かをしようとしていた所、誰かにぶつかって転んでしまい、火事を引き起こしました。

ドーナツ:発狂?

ヌガー:具体的なことは私にもわかりません、途中酸欠で一回意識を失ったみたいなんです。意識が戻った時には、既に貴方方が到着していました。

シフォンケーキ:?

ドーナツ:……ご協力ありがとうございます、ゆっくり休んでください。公演の成功を祈っています。

 少女が離れて行くのを確認して、ヌガーはやっとホッとしたように溜息をついた。

ヌガーオペラハウスの損傷が大きくなくて良かった。急いで補修すれば、公演が出来るかもしれないわ。

シフォンケーキヌガー……ゴホッ、ど、どうして嘘をついたの?

ヌガー:バカ!彼女に「時空の輪」の欠片のせいであの人たちが発狂したって伝えたら、欠片は凶器になって、私たちはそれを持ち帰れなくなるでしょう。

シフォンケーキ:そっか……

ヌガー:もう口を閉じてなさい……欠片を手に入れた、薬を作ってその喉を治してあげます!

シフォンケーキ:おうっ!ゴホゴホッ……

ヌガー:うるさいっ!これ以上話したら、口を塞ぎますよ!

シフォンケーキ:…………


強奪

計画された略奪?

保安署


 保安署は閑散としているため、ハギスはしばらくぶらぶらしても、数人しか見かけなかった。ついイライラして足早に歩いていると、最終的に走り出してしまった。

 タタタッ――

ハギス:捕まえた!

おかしな少女:!!!

 ハギスは急に足を止め、彼を追っていた女の子は反応できず危うく彼にぶつかるところだった。

おかしな少女:貴方は……

ハギス:君は?

おかしな少女:……

ハギス:あれ?ここはスコーンのカードがないと入れないじゃなかったの?どうやって入って来たの?

おかしな少女:……入る方法があったのよ。

ハギス:でも……キャンディ屋の方が楽しいのに、どうしてこんなの所に来たの?

おかしな少女:…………

ハギス:何か話してよ。

おかしな少女:貴方は……「黒い黎明」のひと?

ハギス:また「黒い黎明」!どうしてみんなこれを聞くんだ!

おかしな少女:嘘をつかないで、「黒い黎明」を知らない訳がないでしょう!

ハギス:嘘はついてない!噓つきは大嫌いだ!

おかしな少女:なら、どうして「黒い黎明」のペンダントをつけているの?

ハギス:ペンダント?これは……これは先生のだ!

おかしな少女:違う!これは「黒い黎明」の物よ!

ハギス:先生のだ!

おかしな少女:……「黒い黎明」の物なら、黒い太陽のシンボルがあるはず……ペンダントを見せてくれない?

ハギス:ほら、見せれば良いでしょう!

 ハギスは無防備にペンダントを差し出すと、なんと女の子はペンダントを奪って逃げだした。

ハギス:ペッ……ペンダント!あああああ!!!!!返して!!!!!

おかしな少女:!


モノローグ

命についての独白

……

この世界はつまらない。

人々は毎日忙しなく過ごし、苦難とつかのまの幸せで自分を満たす。

そしてまた時間に追われ、全てが無に帰す。

私は死に触れたことがある。それは冷たく、硬く、絶望を覚えるもの。

すぐそばにあるのに、何も出来ない苦痛。

あの苦痛を体験したから、それを永久に埋葬すると決めた。

もし貴方の死は、覆すことの出来ない既定事実なら。

じゃあ、私は「死」を長い歴史の中から、徹底的に抹殺しよう。

貴方は無罪だ。

無知のまま忙しなく過ごす人々よりも、価値のある命だ。

賎しい、卑しい人々は、貴方の再生のため、自分を捧げることはべきだ。

それこそが彼らが一生のうち、最も輝くの瞬間だ。

あの世界は、寒いですか?

もう少しだけ、待っていてください。

夢の中の全てを実現させます。

貴方の笑顔、貴方の幸せ、貴方が愛した全て……

どんな対価を払おうと、必ず再現してみせます。

執務室

若い国王の日常

シャンパン執務室


遠くの鐘が鳴る。若い国王は顔を上げ、窓の外の夕焼けを見つめ、ゆっくりと一つ舌打ちをした。

シャンパン:チッ……今回は少し遅いな。

フォンダントケーキ:応援要請も受け取っていませんし……心配です……

シャンパンシェリーと鹿の実力なら、こんなに掛からないはずだ……しかし、今夜何も連絡が無ければ、ホルスの眼をセロ町に派遣しなければ。

フォンダントケーキ:では、ザッハトルテたちに連絡だけしておきます。

シャンパン:ああ……

いつも意気揚々としている国王は、珍しく眉をひそめていた。少女はその姿を見つめ、思う所があるようだ。

フォンダントケーキ:(陛下がこんなにも彼らのことを心配しているなんて……ふふっ、天邪鬼なのですね)

シャンパン:はぁ……タルタロスに向かおう。

フォンダントケーキ:え?しかし、タルタロスに行くのは面倒だと、いつも言っていたではないですか?

シャンパン:仕方ないだろう。ブランデーの奴、いつまで待っても来ないから、もう来るつもりがないのだろう。

フォンダントケーキ:?

シャンパン:フンッ、どうせ昨日飲みすぎて、起きれなくなったんだろう。うわばみとかほざいていたが、その程度で俺に挑むなんてな。

フォンダントケーキ:……陛下、タルタロスに向かうのは……

シャンパン:あ?もちろんあいつと酒を飲むたべだ。

フォンダントケーキ:陛下!

ドンッ──

突如書類の山がシャンパンの目の前に積まれ、彼を飲み込むほどの勢いだった。唯我独尊な帝王は顔を顰めた。

シャンパン:なんだこれは?

フォンダントケーキ:緊急書類です、全て今日中に目を通してください。

シャンパン:全部お前に任せただろう……

フォンダントケーキ:これはこの国、そして連邦の未来を決める重要書類です。私の一存では決められません、陛下が自ら判断していただく必要がございます……では、先に失礼しますね。陛下、頑張ってください!

シャンパン:おいっ!

フォンダントケーキは明るく柔らかな笑顔を浮かべ、足早に部屋から出て行った。執務室に残ったのは、大量の書類とシャンパンだけ。夕陽に照らされたことで、幾分の哀愁が漂っていた。

シャンパン:…………クソ…………


儀式

全てを消し去る儀式

三年前

アムビエル教会


相棒に別れを告げた後、ダンキは教会の調査に向かった。いつも人でごった返しているアムビエル教会は、この日不思議なことに誰もいなかった。

ダンキ:まあ……この機会にきちんと捜査してみよう。

確かな証拠を見つけていないが、ダンキは彼らは見かけほど単純な連中ではないと思っていた。保安官の勘は確かで、すぐに教会の隠し扉を見つけた。

ギシッ──

クロウリー:……忠実な信徒たちよ、夢が叶う日が来ました!偉大なる先生への感謝を述べましょう!彼が我々に永生の法を授けてくださったのです!

???:感謝する必要はありませんよ。私がしてきたこと全ては、より良い世界を作るためのものですから。

ダンキ:(あの錬金術師は……やはり彼の仕業か)

クロウリー:そしてこれらの生贄……美しい新世界のために自らを捧げてくれた彼らに感謝を!

ダンキ:生贄?

ダンキはその時ようやく密室の中には祭壇の下の信者たちの他に、隅の暗がりに何十人も立っていたことに気付いた。彼らが届出のある行方不明者であることは瞬時にわかったが、彼らは何故か目が虚ろで様子がおかしかった。

ダンキ:(まずい、応援要請しなければ……)

???:少し有頂天になっていたようですね、まさか客人が来ていることに気付かないとは。

ダンキ:!!!

クロウリー:おや、保安官ではありませんか、貴方もこの儀式に参加したいのですか?

ダンキ:ははは、ちょうど通りかかってな、野次馬に来たのさ。今まで貴方たちの活動に参加したことはないし、横入りは良くないだろう?だから私はこれで……

???:貴方の食霊はここにはいないみたいですね……

ダンキ:えっ……彼は外で私を待っている……

???:嘘ですね。

シュッ──

ダンキ:!

ダンキは驚いた顔で自分の腹に刺さったナイフを見ていた。その錬金術師の強いオーラを前に、彼はクロウリーの殺意にまったく気づいていなかったのだ。

???:食霊は御侍の命の喪失を感じ取れるものです、すぐに突入して来ないということは……どうやら、本当に嘘をついているみたいですね。

ダンキ:こ……こんなことをして、無事でいられると思っているのか?

クロウリー:ははっ、私がどうして無能な食霊を飼っているのに、彼を儀式の生贄にしていないか、わかりますか?

ダンキ:ま、まさか……

???:ひとは他人を犠牲にして、自分にとって大切な存在を救うことが出来るのだろうか?貴方の食霊はどうするのでしょうね、私はもう待ちきれませんよ。

言い終えると、二人は引き続き儀式の準備を進めた。ダンキだけが一人息も絶え絶えに倒れたまま、愚かな野望のために命を投げ捨てようとする人々を見つめていた。

ダンキ:お前ら……そんなことさせてたまるか……

しばらく考えた後、彼は歯を食いしばって自分に刺さったナイフを抜き、それで自分の腕を切りつけ始めた。

傷口は広がっていった、爛れた血肉の間から白い骨が見えた。「錬金術」という言葉まではっきりと聞こえて来た時、彼は傷だらけの腕を抑え、呼吸を止めた。

しかし、最終的に火事によってすべての証拠が灰となった、その時起きた事は誰も知らない。もし人に魂があるとすれば、幽霊となったダンキは、それを残念に思うことはないだろう。

若くて純粋だが、誰よりも正義を貫くパートナーが、必ずや真実を見つけ出してくれることを知っているからだ。

必ず。


誤解

誤解と解放

一時間前

保安署


治安官:二人の証言は……

治安官:犯行時間、場所、対象、全てが食い違っている!詳細なんてもってのほか!正直に言え、何者だ?何がしたいんだ?!

オイルサーディン:…………

ポロンカリストゥス:…………

オイルサーディン:(これがあんたの考えた方法か?シェリーたちを監視するどころか、俺たちが監視されてるじゃないか!)

ポロンカリストゥス:(典獄長様こそ、どうして私のサインを無視したのですか?)

オイルサーディン:(……)

ポロンカリストゥス:(まあ、とにかくどうやってここから逃げるかを考えましょう~)

治安官:目配せするな、早く言え!こそこそと何をしていた?!

ポロンカリストゥス:(言っても、信じてくれるかどうか……)

青年は言葉に詰まった。証言を編み出せない訳ではない、何を言っても信じてもらいえないと思ったからだ。最早この保安官はひとの心を見透かす力を持っているのではと考えているらしい。

手錠で椅子に繋がれたまま、頭を高速回転させ、どうにか打開策を見つけようとした。幸い、すぐに救世主と呼べるひとが現れた。

ポロンカリストゥス:伯爵様?やはり貴方でしたか、早く説明してください、こちらの保安官は何か誤解をしているようなんです。

アールグレイ:?貴方は……

ポロンカリストゥス:保安官、そちらは神恩軍の伯爵様です、私たちは旧知の仲でして、どうか……

アールグレイ:保安官、私は彼らのことを知りません。

ポロンカリストゥス:???

アールグレイ:私はオペラハウスの火災の件で引継ぎに参りました、責任者はどちらにいらっしゃいますか?

治安官:あちらへどうぞ。

ポロンカリストゥス:伯爵様、もしや貴方もオペラハウスの何かで頭がおかしくなったのですか?私のことを知らないだなんて、私たちは……

アールグレイ:あぁ、思い出しました。

ポロンカリストゥス:ですよね~

アールグレイ:そこの二人は現場で秩序を乱しました、神恩軍に多大なる迷惑を掛けたため、どうか厳罰を加えてやってください。

治安官:フンッ!やっぱりこいつらはおかしい、特に髪の長い方な!

ポロンカリストゥス:………………

ポカンとした青年の表情を見たアールグレイは、彼にこっそりと耳打ちをした。

アールグレイ:鹿教官、これおを神恩軍の報酬にしましょう、良いでしょう?

ポロンカリストゥス:…………

アールグレイ:お二人とも安心してください、軍団長は既に教会に向かっています。シェリーを監視する任務は、彼女にお任せを。

ポロンカリストゥス:ふふっ、このご恩は必ず覚えておきます。これから、協力することも増えるでしょうしね~

アールグレイ:では、お待ちしております~

わざと軽薄な笑顔を見せたアールグレイは、貴族の優雅な姿勢でこの場を離れて行った。

ポロンカリストゥスアールグレイ……やはり……

治安官:二人とも、ここでボランティアをしてもらう!仕事が終わるまで、ここから出てはいけないぞ!

オイルサーディン:………………

ポロンカリストゥス:………………はい………………


独居房

怪獣と少女

三年前

アムビエル教会の独居房


痩せ細った少年は暗闇の中蹲っていた。カビている天井と隙間だらけの地面以外、彼は何も見えないし、何も出来ない。自分は虚無の中に溺れ死ぬのではないかという感覚だけが広がり、窒息しそうになっているのにどこにも逃げられない。

カサッ──

部屋の高い所には板で塞がれている窓がある。誰かがその隙間から何かを投げ込んできたようだ。それは長い沈黙を破った。

ハギス:これは……キャンディ?

???:怪獣!怪獣を殴る!殴るよ!

ハギス:かっ、怪獣?

???:臭い怪獣!死ね!

五、六歳の女の子が窓の中に向かって何かを投げ込んでいるが、最初のキャンディ以外は、全て木の板によって塞がれていた。

おかしな少女:リサ、暴れるな、もう帰るぞ。

リサ:フンッ、怪獣!明日やっつけてやる!

ハギス:……怪獣?僕、のこと?怪獣じゃないよ……

少年は蹴られた頬を無意識にさすりながら、御侍も自分を怪獣扱いしているから殴られているのではないかと考えた。

ハギス:だけど御侍様はキャンディで殴っては来ない……うっ……これは、食べて良いよね、まだ食べたことない……

???:イヤだ!

ハギス:!

包み紙が半分剥かれたころ、突然響いた声でキャンディは地面に落ちてしまった。少年はキャンディを握り締め、窓の方を向いた。

おかしな少女:リル、食べ物を探しに行くだけだよ、もう三日も何も食べてないじゃない……

リル:イヤだ!私から離れないで!お父さんが死んでから、もう貴方しかいないの、貴方しかい……私から離れないで!

おかしな少女:はいはい……行かない、行かない……はぁ……

ハギス:えっと……あの……

おかしな少女:!

ハギス:こっ、怖がらないで……怪獣じゃないよ……

おかしな少女:怪獣?

ハギス:僕が、ここに閉じ込められているのは、みんなが僕を嫌っているからで……怪獣じゃないよ……

おかしな少女:貴方は……

ハギス:そうだ、何をしているの?その子は妹なの?

少女:違う……友だちだよ。

ハギス:友だちって……何?

おかしな少女:友だちは……自分のお腹がすごくすごく空いている時、パンが一個しかなくても、友だちにあげちゃうような、相手。

ハギス:……さっき、あの子はお腹空いてるって言ってたね、これあげる!

少年は頑張って背伸びして、持っていた物を隙間から窓の外に出した。

おかしな少女:……キャンディ?

ハギス:うん!はやく食べさせてあげて!キャンディは食べたことないけど……美味しいって聞いたから!

おかしな少女:ありがとう!ほら、リル……

外で何が起きているか見えないため、少年は壁に耳を付けて、キャンディの包み紙が剥かれる音を聞いていた。そしてキャンディの味を創造して、思わず唾を飲み込んだ。

ハギス:どう?美味しい?

リル:……お……お父さん!行かないで!私を置いていかないで!

おかしな少女:リル?どうしたの?リル!!!!!

ところが窓の外の女の子がキャンディを食べた後、気が狂ったように叫び出した。少年は走って遠ざかっていく足音を聞いただけで、最後まで自分が欲しかった答えは帰ってこなかった。

ハギス:……あのキャンディ、美味しいといいな……

ハギス:はぁ……またひとりぼっちになっちゃった……

ハギス:今度こそ……友だちが出来ると思ったのに……

束の間の賑わいの後、世界は再び暗闇と静寂しかなくなった。少年はやる事がなく、また身体を丸めて、光が差す日を待ち続けた。


深い眠り

悪質な手段

アムビエル教会の外


神恩軍兵士:ふわぁ……眠い……

神恩軍副官:しっかりしろ!軍団長様はここで待機するよう言ったんだ、休息じゃないぞ!

神恩軍兵士:……しかし、やる事がないのも辛いですよ……どうして軍団長様と一緒に入れないんですか?もしくは、伯爵様と一緒にオペラハウスの後処理をした方がましです。

神恩軍副官:バカ、中はスペースが限られていて、この人数で入っても役には立たない。それに動きがバレて、軍団長様に迷惑をかけるかもしれない。

神恩軍兵士:……わかりました。しかし軍団長様が入ってしばらく経ちますが、どうして何の連絡もないのでしょう?

神恩軍副官:もう少し待とう……軍団長様の言いつけ通り、一時間後まだ連絡が来なかったら、突入しよう。

神恩軍兵士:かしこまりました!

???:残念ながら、皆さんはその時まで待つことは出来ないでしょう。

神恩軍副官:誰だ?!

神恩軍兵士:動くな!!!

???:お勤めご苦労様です。

神恩軍副官:???

副官が反応する前、黒い服を着た男性は手を上げた。袖口から青い霧が飛び出ると、十数名の兵士は全員地面に倒れて、意識を失った。

???:人生は短い、眠りたい時に眠らないと。それに……

???:これから起きる事は、貴方たちでは止められませんから……


任務

確固たる信仰と決意

一日前

シャンパン執務室


シェリー:三年前の事件?どうして今さら再捜査を?

シャンパン:当時セロ町は帝国領ではなかったから、俺も事情を把握してなかった……しかし今、新たな手掛かりを発見した。

シェリー:新たな手掛かり?つまり……誤判の可能性があるということでしょうか?

ポロンカリストゥス:殺人事件の誤判は帝国の威厳を損なう、事件が風化する前に早く真相を究明しなければならない。

シャンパン:重要な任務だ、直前に言い渡すことになってすまない。

シェリー:いいえ、帝国のために力を尽くす事こそ、このシェリーの望みです。

シャンパン:なら、よろしく頼む。

シェリー:承知しました。

ポロンカリストゥス:承知しました。

執務室のドアが閉じられた瞬間、シェリーは仮面をが外れたように、長く息を吐いた。自分の胸元を抑えながら、手を振って顔の温度を下げた。

シェリー:あぁ~陛下と直にお会いして言葉を交わすなんて、心臓に悪いわ~

ポロンカリストゥス:ふふっ、シェリーちゃんは本当に陛下のことが好きだね。

シェリー:もちろんだわ。この世に、陛下以上に完璧な方なんていないでしょう?

ポロンカリストゥス:私も我らの陛下を尊敬しているけれど……完璧、か。

シェリー:完璧よ!陛下は歴史上はじめての食霊の国王だわ!それに……

シェリー:陛下だけが私を見てくれた。彼だけが、あの時の何も出来ない私を認めてくれた……

シェリー:だから、陛下のために、私の陛下のためなら、私は何でも……何でもするわ。

思い出を銀色の光で切断したシェリーは、小さく鋭利なナイフを強く見つめた。

シェリー:陛下に認められること、それこそが私の存在価値、私の生きている意味!ごめんなさい、シャリーン、リル……

シェリー:私は陛下から与えられた任務を遂行しなければならない!


恐怖

信頼を奪われたとき……

三年前

アムビエル教会


広大な教会の中、数十人が集まっていたが、物音一つしない。皆が息を潜めて、壇上に立つ二人を見ていた。

???:ハギス、教えたことを覚えていますか?

ハギス:……死は、輪廻の前奏曲……そして輪廻は、永遠の予言であり、幸福の始まりである……

???:では、人々に幸せを与えるには、どうすればいいですか?

ハギス:……彼らを……殺す……

???:そうだ、頭の良い子ですね。

ハギス:でも……

???:どうしました?

ハギス:彼は、怯えているように見える……

自分の足元に横たわりがっちりと縛られている男を見た少年は、その恐怖と絶望の表情を見て、独居房に閉じ込められていた自分を思い出した。

???:野良犬は人間が叱っているのは保身のためか、それとも挑発のためか、わからないのですよ。彼は死の良さを知らない、だから抗うんです。ハギス、貴方が彼に教えてあげないといけません。

ハギス:でも……人に無理やり、嫌なことさせるべきじゃない……そんなの嫌だ……

???:だから、ハギスは先生を悲しませるのですか?先生はハギスのためにわざわざ人を連れてきたんですよ。

ハギス:僕は、先生の役に立ちたい。先生は僕に親切にしてくれたから。でも……

ハギス:だからって、他の人を悲しませる訳にはいかない……ご、ごめんなさい……

???:……ハギス、先生はがっかりしました。

ハギス:先、先生!僕は……僕は……

???:貴方を助手にしたかったんですけど、どうやら……貴方にはその才能はないようですね。

ハギス:僕は……僕はゴミだ……先生がそう言うなら、僕はきっと……そうなんだ……

???:…………

ハギス:先生も御侍様も僕が嫌い、僕を認めない。僕はこの世界に相応しくない……

少年の顔には死を求めるような絶望と静けさがあったが、それを見ていた青年は珍しく心が煩わしくなり、視線をそらして去っていった。

???:死こそ幸福の始まりです。貴方に相応しくないのは死です。

ハギス:先生!先生、行かないで!僕を置いていかないで!先生!先生……

青年が去ると、他の信者たちも去っていった。あっという間に教会には少年だけが取り残された。

ハギス:存在する価値がない……死ぬ価値もない……幸福にもなれない……じゃあ……僕は……どうすれば……

ハギス:先生……教えて……一体、どうしたらいいの……


仲間が与える力

ナイフを持った男が少女に突進してくるのを見て、保安官の本能によって少年は無意識に制止しようとしたが、足を踏み出そうとしたところで、自分で止めた。

スコーン:(ダメだ、あいつがまだいない、ダンキを殺した野郎はまだ現れていないんだ!)

スコーン:(ずっとこの日を待っていた。保安官を捨ててまで、やっとこの日を。こんな事で台無しにしてはいけない!ダメだ!絶対に!)

スコーン:(でも……)

ハギス:怖がらないで。

スコーン:?!

突然手の甲に温もりを感じた少年はぎょっとした。その時初めて自分が震えていることに気付く。隣の少年を振り返ると、相変わらず気弱そうな顔をしていたが、それと同時に驚く程に明るかった。

ハギスシェリーはとてもすごい、彼女があの子を守るから、怖がらないで。

スコーン:…………

子どもじみた無邪気な口調で話す少年を見て、彼は一瞬意識を彼方へ飛ばした。ルーズだけど頼れるパートナーを思い出し、あの静かで淡々とした忘れられない午後を思い出した。

ダンキ:……貴方は食霊として生まれた、その強さは何のためにある?

スコーン:世界の正義を守るため。

ダンキ:ははははっ、そんな台詞どこで覚えたんだ?

スコーン:?

ダンキ:世界の正義を守る、それは神の仕事だ。

ダンキ:私たちがすべきことは周りの人を守る事。

スコーン:それは……簡単すぎない?

ダンキ:いや……多くの場合、得るために犠牲が必要だ……人は一生、何にも恥じることなく生きていけば立派なもんよ。

スコーン:恥じることなく……

ダンキ:貴方は特殊な存在だ、この世界が良い方向に向かうかそれとも悪い方向に向かうかをある程度決められる……これだけはわかっていて欲しい。

ダンキ:守ることは、どんな時も破壊することよりも強力な力を必要とする、そしてどんな時も破壊よりも意味があるんだ。

御侍の言葉が耳に響くと、少年は急に何かを悟ったように、笑ってそっと手を握り返した。

スコーン:じゃあ、オレにやらせて、守ってやるよ。

彼は目を輝かせ、毅然とした表情で、罪のない少女を男の手から救う準備をしていた。例えそれで自分が露見し、これまでの努力が水の泡になってしまっても、ダンキはその選択を応援してくれることを彼は知っていた。

見えない未来よりも、今を守ることの方が大切だから。


前兆

暗闇が訪れる前に……

三年前

アムビエル教会


キャンディ屋店主:えっ、教会は……どうして?

かつて華やかで荘厳だった建物は、今は焼け跡をところどころに残し、夕陽の下にひっそりと不気味に佇んでいた。

リサ:お父さん、ここ怖い……早く行こう……

キャンディ屋店主:お父さんがいる、何も怖くない……良い子だ、クロウリー神父を見つけないと。

リサ:いっいや……いやだ!

キャンディ屋店主:良い子にしろ!クロウリー神父が貴族との伝手を作ってくれるらしい。すぐにお前は貴族のお嬢様になる、もう二度と地主の娘って呼ばせない!

リサ:嫌だよ……

大祭司:失礼、お二人は……

キャンディ屋店主:こんにちは、この教会の神父さんから来るよう手紙を頂いたのですが……ここで何かあったのですか。

大祭司:残念ながら、貴方は間に合いませんでした。一月前、ここで火事があって、その神父も……

キャンディ屋店主:それは……何と言えば……

大祭司:しかし……その神父の意志を継いでおります故、お役に立てるかもしれません。

キャンディ屋店主:大丈夫です、私の問題は祈って懺悔すれば解決出来ることでもないので……

大祭司:「黒い黎明」は今私を筆頭に動いております。クロウリーが約束したことは、私にも出来ますよ。

キャンディ屋店主:!

大祭司:いかがですか?中に入って、詳しく話してくれませんか。

リサ:いやいや!中に怪獣がいる!

大祭司:怪獣?

キャンディ屋店主:デタラメ言うな……私は数ヶ月前にセロ町に来た時、彼女を連れてきたことがあるんです。その時に何か見たのか、ずっとこんな事を言っているんですよ。

???:フフ……子どもは臆病ですから、無理強いはよしましょう。私が面倒を見て上げましょうか?

キャンディ屋店主:……こちらは?

???:私は商人です、大祭司の個人的な知り合いです。

礼儀正しく、誠実そうな背広姿の青年だが、何故かどこか危険な感じがする。

キャンディ屋店主:……いや、また日を改めます。

???:お嬢さん、驚かせてしまって申し訳ございません。お詫びとして、このキャンディをどうぞ受け取ってください。

リサ:うん……

キャンディ屋店主:受け取るな、ほら、リサ行くぞ。

女の子は青年の優しそうな笑顔を見て、なんだか懐かしさを感じた。彼女は綺麗な包み紙で包まれたキャンディを持って、スキップしながら父親と共に教会を出て行った。

青年は去っていく父と娘の姿を眺めながら、余裕のある笑みを浮かべた。

???:フフ……またのご来訪を、心よりお待ちしております。



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ゲーム情報
タイトル FOOD FANTASY フードファンタジー
対応OS
    • iOS
    • リリース日:2018年10月11日
    • Android
    • リリース日:2018年10月11日
カテゴリ
  • カテゴリー
  • RPG(ロールプレイング)
ゲーム概要 美食擬人化RPG物語+経営シミュレーションゲーム

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