落雁・エピソード
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落雁のエピソード
怪力を持つ気が弱い少女。見知らぬ人間と接触することを恐れ、あらゆるものを警戒する。人見知りなため、彼女が入る程の密閉容器が周りにあると、思わず中に入ってしまう。実のところ、彼女は大きな岩を素手で叩き壊せる程の力の持ち主だが、彼女自身は意識していないため、いつも自分は弱いと思い込んでいる。
Ⅰ 鳥居
むかしむかし、とある小さな村に鳥居が現れた。
鳥居は突如として現れたため、それは神様が起こした奇跡だと皆が言っていた。
人々は奇跡だと信じ、「神域の入口」として鳥居を祭り始めた。
すると、村の生活は以前にも増して静かで穏やかになった。人間の手の届かない鳥居の奥の神域に、神様が住んでいると言われた程。
誰もそこを離れようとは思わなかった、あの巨大なものがその日々を打ち壊すまでは……
これが、御侍様から何度も聞かされた話だ。
彼女はかつてそこの村人で、神様を信じてきた。病気で身動きが取れない今も、信じ続けている。
「貴方一人で出かけさせるのは心配だけれど……落雁、私の代わりに神様にお供えしてきてくれない?」
御侍様が寝たきりになってから、初めてのお願いだった。私には躊躇っている暇はない。
ーー例え召喚されて以来、めったに外に出たことがなくても……今御侍様のお側には私しかいないから、私が支えてあげなければならない。
「行ってまいります、御侍様」
私はかつて一度だけ、御侍様と共に行ったことがある。
大きな鳥居の横には小屋があった。
そこが御侍様の言う「神様の住処」らしい、だけど彼女が言う程華やかではなかった。
もちろん、噂の黒髪白装束の少女のような神様にも会えていない。
あそこはここから遠くはないけれど、どうしたってたくさんの人に会ってしまう……
自分が準備したたくさんのお供え物を見ながら、考えあぐねた。
御侍様が眠りについた夜更けに出発しよう……
そうすれば、誰にも会わなくて済む。
夜が更けると、私は家を出た。
澄んだ夜空には星が輝いていた。夏風さえ涼しく感じられた。
思ったよりも道のりは遠く感じた。もしかしたら御侍様が傍にいないからなのかもしれない。
でも、鳥居はもう目の前だ。
そのまま先へ進もうとした時、不意に「サラサラ」とした音が聞こえてきた。
音のする方へと目を向けると、白い影が目の前を過った。
(……ゆっ、幽霊っ?!幽霊ですかっ?!)
突然の出来事で慌てふためいてしまった。
一先ず心を落ち着かせて周囲を観察しようとしたら、私は既にお供え物がぎっしり詰まった箱の中に隠れていたことに気付いた。
密閉空間の暗闇は安心する。
(ふぅ……今日も大きな箱を持ってきていて良かったです)
「サラサラ」した音がどんどん近づいてくる。これが木々の揺れる音なのか、それとも幽霊の仕業なのか、私にはわからない……
不安で、心臓の鼓動が加速する。
トンーートントンッーー
何かを探るように、箱の蓋を叩いていた。
そして、鈴のような美しい女性の声が聞こえてきた。それは心地良い笑みを帯びた声だった。
「あらーーこれは誰かの落し物かな?さんまの塩焼きに聞いてみようか」
話し声に気を取られていたら、いつの間にか隙間から光が差し込んできた。
気が付いた時にはもう遅かった。
「えっと……こ、こんにちは」
「ふふ、こんにちは。まさか可愛らしい女の子が落ちているとはね」
Ⅱ 小夜
柔らかな笑顔を見て、私は警戒心を解いた。
目の前の少女を見つめる。
純白の着物に、墨のように黒くて長い髪。
噂に聞いていた神様の容姿と変わらないその姿に、神様にも会ったのではないかと思った。
でも彼女は……自分の名前は小夜で、神様ではなく、この辺りに住んでいる人だと言った。
(噂の神様は、彼女じゃないんでしょうか?)
確かに、こんなに簡単に神様に出会える訳がない。
「……えっと……貴方は落雁って言うの?じゃあ、何をしに来たの?」
「わ、私は御侍様の代わりに、神様にお供えに来たした」
「貴方の御侍様はどうかしたの?」
「うぅ、御侍様はお年を召しているため、もう遠出は出来ないんです」
「あぁ……そうなのね。それなら、貴方は彼女のそばにいなくてもいいの?」
「おっ……御侍様は鳥居の奥に神様が住んでいると、ずっと信じているんです……神様を蔑ろにする訳にはいかないので……私が代わりに参りました」
「そう……会えると良いね!」
小夜さんは、私の話を聞いて何だか嬉しそうにしていた。
「そうだ、荷物重いでしょ?助けを呼んでくるわ!」
「大丈夫です、持てます」
「……」
箱を頭よりも上に持ち上げると、小夜さんがこちらを見て驚いた顔をしていた。
「落雁、すごいね……その箱とても重そうなのに!」
「重いんですかね……多分、私は食霊なので……」
「そうなのね……それでも落雁はすごいわ!」
小夜さんと色んなお話をしながら歩いていると、直ぐに噂の「神様の住処」に辿り着いた。
小屋の横には小さな神棚があるけれど、お供え物はほとんど置いてなかった。
「今は閑散としているけど、昔は賑わっていたの……」
私は箱を開けてお供え物を供えながら、小夜さんの話をじっと聞いていた……
彼女は言った、元々ここはたくさんの人が住んでいて、数ヶ月ごとに祭りをやっていたという。
彼女は言った、祭りの夜になると花火が打ち上げられ、祭りの終盤では神様を祭るための舞を踊る人もいたとか。
彼女は……
小夜さんが語ってくれた過去は、御侍様が教えてくれたものと一緒だった。
その臨場感ある語り口は、まるで彼女が御侍様と一緒に経験してきたかのようだった。
「小夜さん、よくご存じなんですね……」
「そうね!私の大好きな光景だから、本当……忘れられないんだ……」
どういう訳か、その時の小夜さんは、さっきと同じように笑っていたのに、泣いているようにも見えた。
「小夜さん……私の御侍様に会ってみませんか?」
お供え物を全て神棚に並べた後、私は勇気を出して小夜さんを誘った。
小夜さんが、本当に御侍様の言う神様かどうかはわからなかったけれど……
でも、彼女がそうでないという確証もない……
御侍様のためにも……
出来る事は全部……やりたい……
「いいよ……約束する」
Ⅲ 水無月
「御侍様、こちらの小夜さんは、私の……」
「友人……友人か……良かった、今まで生きてきて、こんなに嬉しいのは初めてだ」
御侍様は、私の隣にいる小夜さんを見て、皺だらけの目尻に涙をいっぱいためていた。
「おばあさん、きちんと休んでくださいね」
小夜さんはそう言って、そっと御侍様の手に自分の手を添えた。
「貴方の痛みを少しでも和らげられたらいいのに……」
小夜さんの呟きが聞こえてきた。御侍様もそれ以上何も言わず、いつもの優しい顔で小夜さんを見つめた。
小夜さんには伝えていないけれど、御侍様は彼女が会いに来てくれたからこんなにも喜んでいるんだ。
小夜さんが言ってくれたように、私と彼女は友人になった。
彼女が御侍様のお見舞いに来てくれることの方が多いけれど、私も時々彼女の所に行って、御侍様の代わりにお供えを続けた。
あの日、私は小夜さんに花火大会が開催される事を伝えに行こうとした。
きっと彼女はあの景色をまた見たいと思っている。
そしてあの日、私は彼に出会ったーー
「ちょっとごめんね、そこに神様が住んでいる場所があるって聞いたんだけど」
「……」
「僕は噂の神様に会ってみたいんだ、お嬢さん案内してくれないかな?」
(誰?!どうやって急に背後に現れたんですか?!)
「あらら……怖がらないで、僕は水無月。噂を聞いてやって来たんだ……おっと!隠れちゃった……」
(御侍様が言っていました、ニコニコしている人が一番怪しいって、絶対に近づけさせちゃダメです!)
「しょうがないなぁ……おいっーー中にいて息苦しくないのか?僕は本当に悪い人なんかじゃないんだけどな……」
(やっぱり御侍様の言う通りです!悪い人は悪いって認めたりしないって!どうしてまだここにいるんですか!怖いです!ずっと鳥居のことを聞いてきますし、まさか小夜さんにちょっかいをかけるつもりなんでしようか?ダメです、遠ざけないといけません……)
暗闇の中、私は箱の中に入れてある護身用の木の棒を握り締めた。箱が開けられそうになった瞬間、目をつむって思いっきり棒を振り回した。
(彼は……きっと避けてくれるはずです!ひょいっと、避けてくれるはずです!)
ゴツッーー
予想外の手応えに驚いて目を開けると、彼は地面に倒れて、頭から血を流していた。
握りしめている棒にも同じような鮮血がついているのを見て、やっと事の重要性に気付いた。
「どっ、どうしましょう……ごごごめんなさい、貴方を傷つけるつもりはなかったんです……あっでも、わざとじゃないという訳でもなく……ああごめんなさい、どうして避けてくれなかったんですか……」
混乱して、わたしはどうしていいかわからなくなった。
「いって……お、落ち着いて……っ、見た目と違ってなんて力だ」
「ごごめんなさい、大丈夫ですか……」
「大丈夫そうに見える?ははっ、じゃあこれを塗ってくれると……」
彼はまるで冗談を言っているかのように、ニコニコと薬を取り出して私に手渡してきた。
「君が殴った所、僕には見えないからね」
(くっ、薬を塗って欲しいのですね……)
「あ、あ、はい!」
「君に殴られたのは僕だったからまだ良かったけど、普通の人ならとっくに三途の川に向かう船に乗っていたと思うよ」
彼は私の行動に怒っている様子はなく、ずっと軽口を言っていた。
「さて、これで落ち着いて話を聞いてくれるかな?」
「貴方は……ここの神様を探しているのですか?」
「なんだ聞いていたのか、それなら話が早い。ここの噂に興味があって、来ただけだよ」
「本当ですか?」
「もちろんだ」
「落雁、大丈夫?全然姿が見えていから……あれ?こちらは?」
ちょうどその時、小夜さんが現れた。
遅れた理由を彼女に説明しようとしたら、水無月という人がいきなり私の前に立ちはだかった。
「巫女……様……?」
「なに?」
この人は何を言っているんだろう……小夜さんも困っているみたい。
「小夜、気にしないでください。多分ふざけているだけです……」
「こんにちは、僕は水無月。少し突然だけど、お兄さんはいたりしない?」
この時の水無月の表情は真剣そのもので、さっきまで私に軽口を言っていたそれと全く違った。
「いないよ!兄なんていないよ……人違いじゃない?」
「ああ、そうみたいだね。君は彼と本当によく似ているから……」
「貴方の友人なの?」
「ふふっ……そうなるかな、ただもう会えないけど」
水無月の穏やかだった声は急に沈んだ。
彼は小さくため息をついてから、また声の調子を元に戻した。
「じゃあ、お二人に噂神域まで案内してもらってもいいかな?」
「良いよ私と落雁も行こうと思っていたところだし」
「そう?それは良かった」
(ああ……やっぱりこうなってしまいましたか……)
急に力が抜けてしまった、しかし彼は……悪い人じゃないと思いたい……
Ⅳ 約束の夜
でも……私は間違っていた……
「落雁ちゃん、どうしていつも箱の中に入っちゃうんだ?君は猫かな?」
安心できる暗闇はまたもや打ち破られた。
水無月さんは箱の中に隠れている私を見つけるのが好きらしい。
「私は猫じゃないです……も、もうそんな風に探さないでください」
「それは出来ないよ。そうしないと君の顔が見られないでしょう?ほら、これは今日の分の薬だ、おばあさんに持っていってあげて」
水無月さんはあの日から、私の家に住み着いた。
彼は薬についての知識があるようで、御侍様の体調を見て時々薬を作ってくれた。
彼は本当におかしな人だ。気になっていた神域はもう見たのに、なかなかここから出て行かない。
私が殴った怪我を癒すための場所が欲しいと、ずっと居座っている……
「そう言えば、君が前に小夜ちゃんと話していた花火大会は明後日だったよね?」
「えっ?!どうしてその話を?!」
「あの日、あんなに大きな声で話していたのに、聞こえてない方がおかしいだろう?どこで落合うつもりだ?」
「以前小夜さんと一緒に見つけた、とっておきの場所があるんです……秘密の場所が」
あっという間に約束の日がやってきた。期待と共に夜色も濃くなっていく。
水無月さんは私と一緒にある高台にやってきた。ここの空は林に遮られていない。
ピューーーー
「あっ!!!花火大会、もう始まってます!」
「君がもたもたして、なかなか家から出ないからだよ」
私たちの会話を他所に、花火は夜空にどんどん大輪の花を咲かせていった。
「ここが君の言う秘密の場所?」
「はい、そうです。小夜さんはもう一人友人を連れてくると言っていました。しかし私はまだ小夜さんに貴方を……」
水無月さんに、小夜さんに彼も連れてきてしまったことを伝えてから現れてくださいと言おうとしたら、彼が声を上げて私の言葉を遮ってしまった。
「あっ!ほら、小夜ちゃんはそこにいるよ!」
そう言いながら彼はするっと私の腕を握ってきたけれど、私はすぐに反応出来なかった。
だけど彼が歩き出そうとした途端、急に足を止めた。
「どうしたのですか?」
視界を遮る彼を避けて前方を見ると、小夜さんの体からぽつぽつと光の粒が現れていることに気付いた。
煌びやかな花火の下、蛍火のような光の粒はあまり目立たない、だけど彼女を丸ごと侵食しているように見えた。
この時の私は、彼女の傍にいる刀を持つ青年に気付くことは出来なかった。
「小夜さんーー」
彼女の名前を呼びながら駆け寄ろうとした瞬間、突然体に激痛が走った。
(ど、どうして……)
この感覚が何を意味しているのかわかっていた、ただどうしてこんなにも突然……
御侍様との契約が消えてしまったようだ……
私が出掛ける前、彼女は微笑みかけてくれたのに……
涙がポロポロと零れ落ちて、全身から力が抜けていった。
「大丈夫か……まったく、昼夜問わず御侍の世話をするのもいいけど、限度ってものがあるだろう?君が倒れてしまったら、元も子もない」
(おばあちゃん……小夜さん……私は……一人ぼっちになったのですか……)
水無月さんの軽口が聞こえてくる、だけど私の目の前は真っ暗になっていく……
「おいっ!!!おい、どうした!!!」
Ⅴ 落雁
召喚されてから、落雁は滅多に他人と交流しなかった。
彼女はとても臆病で、臆病すぎて一日中密閉された大きな箱の中にいないと安心出来ない。
少しの物音がするだけで、彼女は驚いて箱の中に逃げ込んでしまう。
そんな時、彼女の御侍は箱の蓋を軽く叩きながら、笑ってこう言う。
「落雁、怖がらないで、風が強くなっただけだよ」
その優しい口調はいつも彼女を安心させた。
しかし今はもう、あのあたたかい声を聞くことは出来ない。
落雁は御侍を弔いながら、大粒の涙を流していた。
髪を編んでくれたあの優しい手つきが、慈愛に満ちたあの瞳が恋しくて⋯⋯
御侍は色々な事を彼女に教えたが、これから彼女はどうやって生きていけばいいかだけは、教えてはくれなかった。
あの花火の夜、彼女は大切な御侍だけでなく、
せっかく出来たたった一人の友人も失ったのだ。
落雁はどうしてこんな事になったのかわからず、心まで空っぽになってしまった。
しかしーー
「僕と一緒に行く?」
「行く?どこへ行くと言うのですか?」
「真っ暗な所に一人でいるのが好きなんだろ?それならいい場所を知っているよ!」
落雁は差し出された手を見て、少し躊躇った。
だが⋯⋯結局、その手ぎゅっと掴んだ。
彼が言ったように、そこに一縷の光すら差し込んでこない。
「水無月、誰を連れてきたんだ?」
暗闇の中微かに炎が灯っている、そこには凛々しい少年が座っていた。
「森に入った時に手を出さなかったということは、彼女のことを嫌っていないということだろ?」
そう言って水無月はゆっくりと少年の方へと歩いて行った。少年は特に何も言わず、少し苛立ったように顔を背けた。
「おや、そんなに拗ねるな」
「来るな!」
「こっ、こんにちは、落雁です。べ、別にすごい力は持っていませんが、家事は出来ます」
空気を読んだのか読んでないのか、落雁は小さな声で自己紹介を始めた。
「ほら、お世話係に良いだろ?それにこう見えて、力は結構強いんだ⋯⋯」
「⋯⋯」
羊かんは水無月のふざけた笑顔には慣れているものの、その無神経なところは相変わらず気に障るようだ。
「よしっ、僕たちの首領が了承したようだ!」
「え?しかし⋯⋯」
「大丈夫大丈夫、しかしも何もない。これからあの坊ちゃんの世話は君に任せた」
「わかりました⋯⋯」
最初は落ち着かなかったけれど、落雁はそのままずっと「無光」に残ることとなった。
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