つじうら煎餅・エピソード
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目次 (つじうら煎餅・エピソード)
つじうら煎餅のエピソード
天真爛漫でいたずら好きな女の子。世事に疎いため、自由気ままにやらかしては、小さなトラブルを引き起こすことがある。彼女の占いは百発百中のため、一部の人々から崇拝されており、誇らしげに自らを「神仙ちゃん」と名乗っている。
Ⅰ 日常の驚き
春には何があるのかな?
うーん……
色とりどりの花たちが視界いっぱいに広がる。地面からも、木の枝からも、花の香りが漂って来て満たしてくれる。そしてひんやりとした花びらがあたしたちの頬を撫でる。
こうして春はあたしたちの体の中に残るんだ。
「チュンチュンーー」
……
残念だけど、無光の森に春はない。鮮やかな花も、風の音すらも聞こえてこない。昼も夜も同じくらい真っ暗でひっそりとしている。
もしかしたら人間のお墓よりもつまらないかも、少なくとも虫が鳴く声ぐらいは聞こえるし。
でも今日は不思議だ、扉の外から鳥の鳴き声が聞こえる。
夢の中でちょうど大樹よりも大きな飴を食べようとしていたのに、まさか鳥に邪魔されるとは……
飴は食べられたかったし夢の続きも見られないなんて……
(もうっ!お喋りな鳥さんに飴を弁償してもらわないと!)
そう思いながら、あたしは起きて部屋から出て、声を頼りにやつらを探し始めた。だけど、鳥たちの声は東から聞こえてくると思ったら、今度は西から聞こえてくるようになった。どう探しても見つけられない。
「水無月兄さん、落雁姉さん、外で騒いでる鳥さん見てない?あたしと一緒にーー」
「……あれ?またいないの?」
「あたしと一緒に鳥さんを退治したくないから、隠れているのかな?」
あたしは肩をすくめてから一つため息をついて、静かに水無月兄さんの部屋から出た。
水無月兄さんも落雁姉さんと一緒にあの憎たらしい鳥さんを退治したいのに、今度は彼らのことすら見つからなくなった……
(この時間は、いつもなら家にいるのに……)
(これってもしかして……何かの凶兆?!)
「ダメダメ!変なこと考えちゃダメ!とにかく占ってみよう!」
「チュンチュンッ!」
そうと決めて、自分の部屋に戻ろうとした。
だけど水無月兄さんの部屋を出たばかりで、下駄すらまだ履いていないのに、また鳥の鳴き声が聞こえてきた。
そしてすぐに、鳴き声が止んだ。
いつもの静寂が戻ってきた……
さっきの声は庭の方から聞こえてきた。
顔を上げると、黒い雨が庭の方で降っている様子が見えた。
(羊かんが……庭にいるのかな?まさか鳥さんたちは……)
庭の方に行くのをためらっていると、背後から聞き慣れていない、いつもあたしを驚かせてしまう声が聞こえてきたーー
「ここで何をしている?」
「怯えているのか?小鳥のせいかな?外から飛んできたんだ。うるさかっただろう」
「うわあ!こっち来ないで!」
Ⅱ 災い転じて福となす
(うぅ……でも、これからはどうしたらいいんだろう……)
振り返って遠くにある無光を見つめる。今は羊かん一人で留守番していることを考えたら、怖くてビクッと震えた。
足元から延びていく泥の道を見ると、長年踏まれたことで道が出来ていた。これを辿って歩けば、町の方へ遊びに行けるかも知れない。
(そう言えば、人間に会うのなんて久しぶりだ!)
「決まりね!じゃあね、花々と木々たちー」
自然に向かって手を振って、あたしは歩き出した。羽織には草の匂いや朝露がついている。
("災い転じて福となす"ってやつだ!)
整備された道じゃないから結構歩き辛い。
回りくねった道を通って、青い空と白い雲を映し出した丸い大きな湖を越えて、出会った人間たちの馬車に乗せてもらって、やっとの思いで町に到着した。
「お嬢ちゃん、ここが一番近い町だ。今日は春祭りの最終日だから、楽しんできな」
馬車隊のおじさんはあたしを馬車から下ろすと、笑いながらすぐに馬車に乗って別の場所へと向かった。
人間がいっぱいだ、春祭りとやらがやっているからだろう。結構面白そうだ。
だけど……人が多すぎる……
人混みに巻き込まれて、足元が見えない。
通りの両側に色んな屋台が出店しているからか、元々三、四人しか歩けない狭い通りが更に狭くなった。大柄の人がいたら、全く通れなくなってしまうかも。
「ありがとう!まさに本物の神様だ!」
(本物の神様?ここには、神様もいるの?!)
(生まれてから、神様に会ったことはない!今日はやっぱり吉日だ!)
Ⅲ 本物の神様
人混みをかき分けて、「本物の神様」がいる方へと向かった。そこを覗くと、奇妙な格好をしている男が人々に囲まれて麻布の上に座っているのが見えた。
麻布には、卵や石みたいな歪な円が二つ描かれている。その円の中には、あたしの頭よりも大きな「占い」という文字が書かれている。
(ますます興味が湧いた!あたしの本業じゃない!)
占ってもらおうとしている人間が続々と集まって来て、あたしはどんどん前に押されていく。
あたしよりも背の高い人たちばかりだから、影に包まれてまるで無光にいる時みたいだった。
「神様、私の孫は明日商売をするために出掛けるんです。無事に旅立てるでしょうか?」
あるおばあちゃんが、文字の書かれた紙切れを神様とやらに手渡した。
神様はその紙切れ(手に取ると、目を細めたままよく見ずに、すぐに自分の筒に入れた。
そして、ブツブツと意味のわからない言葉を呟きながら、さっきの紙切れに包まれたくじを一本筒の中から引き出した。そして、眉をひそめながら言葉を発したーー
「どれどれ、これは……大凶ですね」
周りにいる人々は驚きの声を上げた、まるでこんな結果になるとは予想していなかったかのように。
(人間ってやっぱりおかしい!)
占いの結果に良し悪しがあるのはあたりまえのことなのに、良かった時も悪かった時も、どんな結果だろうといちいち大げさに騒ぐ。
未来というのは、ずっと前から定められているものなのに。
だけど、人間はそれをわかっていない。もちろんさっきのおばあちゃんもだ。
彼女は神様の前に膝をついて、何度も頭を下げた。孫に降りかかるであろう災いを払う方法はない、懇願した。
「この絵馬を持っていれば、災いを振り払えますよ」
これもおかしい。定められた災厄を回避したとしても、すぐに倍返しにされるのに。
人間がそれを知らなくても、本物の神様も知らないなんて……
それに、あの絵馬……どう見ても普通の絵馬にしか見えない。
「ほら、おばあさん、小判三つですよ」
おばあちゃんがその絵馬を受け取ろうと手を伸ばすと、神様は絵馬を引っ込めた上に指を三本伸ばしてお代を要求し始めた。
「待って!騙されないで!」
神様は人々を守るためにいるんだ。お金を貰うはずがない。
思わず囲いの中心に出て、お金を払おうとしているおばあちゃんの手をそっと押さえた。
「おいっ!どっから来た小娘だ?シッシッ、商売の邪魔をするな!」
「神様は商売なんてしないっ!」
「このガキ……」
怒りのあまり、彼に近づいて更に文句を言おうとした時、彼がさっき使っていた筒の中が見えた。
ーーくじの全てに、「凶」という字が書いていたのだ。
あたしは彼が反応するより前に、手を伸ばしてくじを全部引っ張り出した。
「みんな見て!全部のくじに”凶”って書いてあるよ!」
Ⅳ 神仙ちゃん
あたしの声に気付いた人たちは、みんな寄ってきてくじを見つめた。「凶」だらけのくじに怯えたからか、さっきまでいた大勢の人々は全員散り散りになった。
人々は遠くからさっきの詐欺師を指さして、こそこそと何かを話していた。
「おばあちゃん、お孫さんの運勢を占いたいんだね?」
あたしはおばあちゃんの方に向かって、話を聞きながら羽織の中からおみくじを一枚取り出した。
「そうよ……お嬢ちゃんはーー」
「大吉だよ!」
「おばあちゃん、安心して。お孫さんはきっと無事帰って来てくれるよ!」
おばあちゃんが持ってきた紙切れと取り出したおみくじを交互に見てこう伝えると、あたしも少しホッとした。
言い終わるとすぐに、おばあちゃんを安心させようとおみくじを手渡した。
おばあちゃんはあたしの頭を撫でると、満面の笑みで帰っていった。
(ほら、みんなは良い結果が聞きたいだけなんだ。)
昔占った時にわかったことだ。人間は占いで悪い結果が出るといつもあたしを睨んだ。
「詐欺師は逃げるつもりだ!」
突然誰かが叫んだ。
振り返ると、さっきのエセ神様が騙したお金を持って人混みの中を縫って逃げようとしていた。
「この嘘つき!あなたのことも占ってあげる!うーん……歩く時は足元に注意して!」
「うあっ!どこの犬のしわざだ!!!」
「ははははっ」
あたしの占いの結果を叫んだ瞬間、彼は犬のフンを踏んでしまった。情けない声を上げながら、お金の入った袋を投げ出した。その様子を見た周りの人々は大きな笑い声を上げた。
詐欺師は痛い目の遭って、青い顔で逃げて行った。
みんなも騙されたお金を取り戻せて、めでたし、めでたし。
「神仙ちゃん、神仙ちゃん、私にも占ってくれないか?」
「そうだ!俺にも占ってくれ、いくらでも出すぜ!」
「いいよ!占ってあげる、お金はいらないよ!」
「みんなちゃんと並んでね!」
お天道様がお空の真ん中から西の方に沈み、雲が橙色になった頃、急ごしらえで作ったあたしの屋台にはお礼の品と人でいっぱいになっていた。
(お天道様も疲れたみたいだし、あたしも疲れたよ。でもまだ人がいっぱい並んでくださいる……)
心の中でため息をついて、気を取り直そうとした時ーー
「ここを潰せ!」
その声に驚いたのか、集まっていた人々は一気に散ってしまった。人がいなくなったことで、声の主が見えた。さっき追い返した詐欺師が、背の高い男たちを連れて戻って来たのだ。
詐欺師はものすごく怒っているようで、高く積み上がっていたあたしへのお礼の品を、足で蹴っ飛ばした。
コロコロッーー
すると一番高いところに積んであった飴が入った綺麗な箱は、詐欺師の足元に転がっていってしまった。
「いたっ!」
飴を取られてしまうかもと思って、箱を拾いあげようとしたら、あの詐欺師に押されて尻餅をついてしまった。
「何するの!ヒドイ!」
落雁姉さんにもう喧嘩しないって約束したけど、あまりにも酷すぎる。
あたしはすぐに立ち上がって、おみくじをたくさん召喚して彼らに向かって飛ばした。
「な、なんだこれはっ!」
一瞬の内に、あいつらは全員地面に倒れ込んだ。
「フンッ!人を騙した上に、暴力を振るうなんて、許さないっ!」
「うわああああーー」
顔中あざだらけになった男たちを睨むと、彼らは大きな声を上げて一目散に逃げていった。
「失礼じゃないっ!……もういいっ、飴の方が大事!」
潰れて原型がわからなくなった箱を拾い上げて、丁寧に開けて中から飴を取り出して、羽織の中に仕舞い込んだ。
屋台は潰されちゃったし、次はどうしようか。
飴を拾いながら悩んでいると、優しい声に呼ばれたーー
「煎餅ちゃん、帰りますよ」
Ⅴ つじうら煎餅
水無月と落雁が駆けつけた時、つじうら煎餅の前には傷だらけの男たちが何人も倒れていた。見慣れたおみくじもあちこちに落ちている。
いつも好き勝手しているこの少女が、また延々と人間のために占いを始めるのかどうか、水無月は見守ろうとしていた。
しかし、男たちが去ると、落雁はすぐに彼女に声を掛けた。
つじうら煎餅は大きな声で答えると、飛び跳ねながら彼らの方に近づいてきた。彼女の背後にはまだ数枚のおみくじが飛んでいる。水無月はおみくじのおかげで彼女と出会えたことを、まだ覚えている。
当時、彼はとある村の酒場に寄った。噂の占いのために生きている食霊を探すためだ。
(占いが百発百中の食霊か……)
しかし、色んな所を見て回ったが、痕跡は一つも見つけられなかった。目的地に近いこの大きな村でも、食霊の気配は感じなかった。
「チッ!ただの嘘つきじゃねぇか!」
悩んでいる水無月を遮ったのは、ある酔っぱらいだった。
その酔っぱらいは怒り心頭の様子で、手に持っていたおみくじをくしゃくしゃに丸めて地面に捨てた。
水無月はそれを無視しようとしたが、目についたそのおみくじから、微かだが霊力を感じ、足を止めた。
おみくじを拾うと、彼は笑みを浮かべた。その霊力は弱いというより、ほぼ無に近い状態だった。
(占いのために生きる食霊が……今にも消えかけている?)
(面白い)
彼はおみくじを握りしめ、酔っぱらいの支払いを肩代わりする代わりに、食霊の居場所を笑顔で聞き出した。
雨風に打たれてボロボロになっている小屋に辿り着いた時、入り口には泣いている村民でいっぱいだった。
そして小屋の中を覗くと、体が半透明になってほぼ霊力が残っていない状態のつじうら煎餅を発見した。
村人たちから話を聞くと、つじうら煎餅という天真爛漫な少女は、皆を喜ばせるために昼夜を問わず占いをしていたという。
(霊力を……使い果たしたのか……)
瀕死の状態に陥ったつじうら煎餅を見て、彼は胸の中で何かが激しく鼓動するのを感じた。
それは、計画が実現することへの興奮であり、運命の天秤が再び自分の方に傾いた感覚だった。
「僕が彼女を救おう、だけど彼女は連れて行く」
水無月の声は人混みの間を通って、倒れ込んでいるつじうら煎餅の耳にも微かに届いた。これが彼らの出会いだった。
つじうら煎餅の声を聞いて、水無月は彼女の方に顔を向けた。すると彼女が透き通った飴玉を持っているのに気付いた。
「水無月兄さん、飴食べる?」
「ありがとう」
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