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極光神境・ストーリー

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極光神境

第一章-計画

荒れ果てた大地は、新世界による浄化が必要だ。

――純粋な闇を見たことはありますか?

――それは深淵よりも物寂しく、夜よりも深い。

――まるで神様が常闇の帳を下ろしたかのように、一縷の光すら差し込まない。

――その場所の名前は。

――無光。


 無光の森の境目、奇妙な噂が書かれた手帳を下ろした羊かんは、目の前でニコニコしている少年を見た。

羊かん:無光……この場所を知られるのは、確かに少し困る……しかしこれとお前が言っていた計画と、どう関係があるのかな。

水無月:もちろん関係はある。それは僕が苦労して「記録者」から集めた物だ。世界中を走り回っているあの連中は、自分たちが経験した全てを記録している。

羊かん:それは知っている、要点を言え。

水無月:ハハッ、うちの首領には壮大な計画があるじゃないですか――神子様。

羊かん:くだらない呼び方で私を呼ぶな。私はただ苦痛のない世界が欲しいだけ。今の世界は浄化する必要がある。

水無月:その通りだ、だから巫女の力を借りる必要がある――

水無月:二人の巫女の神力で新しい土地を創ることが出来るのなら、穢れたこの大地を浄化するよりも、新しい世界を創った方が良いだろう?そうすれば、首領も本当の意味での神子になれるよ。

羊かん:巫女の神力なんてどこにあるんだ。

 羊かんは冷静な様子で水無月に手帳を返した。相手の弾んだ気持ちに影響された様子はまったくない。彼は生まれながらにしてあらゆるひとの感情を受け取ることが出来るが、長い年月のおかげで制御出来るようになった。

水無月:ハハハッ、すぐそこにあるよ。「記録者」たちは、無光の森の中に願いを叶えてくれる場所があることを証明してくれた。

水無月:双子の巫女は願いを叶えてくれる八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)を持っていたという古い伝説があるんだ……

羊かん:願いを叶えてくれる……無光の奥で聞こえるあの声のことか。

 羊かんは自分の願いを叶え、森から光を失わせた柔らかな女性の声、自分の兄を呼び続けるその声を思い出していた。

羊かん:彼女はなぜ兄のことを呼び続けているんだ……まさか……

水無月:首領?何をブツブツ言っているんだ?

羊かん:いや、気にしないで続けてくれ。

水無月:コホンッ。「記録者」の言うことが本当なら、次の「心災」は無光の近くで起きるらしい、そして「心災」には巫女様の執念が宿っているとか……

水無月:ここで「黄泉」と「現世」の巫女の力を合わせることがもし出来れば、首領の望む新しい世界が開けるかもしれない。

 羊かんは頷いた。「心災」とは、大巫女が玉砕し神社が破壊された後、少しずつ桜の島に現れた現象で、人間はこれを「天災」とも呼んでいる。その正体は、巫女の力の暴走と残された巫女の執念がぶつかり合って生まれたものだ。

水無月:先日の落雁の発見と合わせて、実行可能な計画を思いついたよ。

落雁:は、はい!見つけました……大巫女様のお墓を……見つけたんです。

落雁水無月さんによると、神力は巫女様に引き寄せられるそうです。しかしあの場所は結界で守られていて、わ、私は近づくことが出来ませんでした。

羊かん落雁……いつの間に……

 羊かんが口を開くまで、存在感のない彼女のことに気付いてなかった。

落雁:あっ、ずっ、ずっといました……ごごごめんなさい……

水無月:その話は置いといて。どうすれば二つの力を交わせられるかずっと悩んでいたけど、落雁が大巫女様のお墓を見つけてくれたおかげで、これで問題は全部解決だ。

水無月:結界を解くことが出来れば、彼女の力は自然と引き寄せられる。

羊かん:結界を破るのは得意じゃない。

落雁:わ、私もやってみました、全力を使って……でも、ダメでした……ごめんなさい……

水無月:大丈夫、巫女の力の噂を知っているのは僕たちだけじゃない。どっかの専門家がきっと「お手伝い」に駆けつけてくれるはずだ。

 羊かんの脳裏には、結界を破るのが得意な占星術師の姿が自然と浮かんだ。

 水無月は考え込む羊かんを見て、思わず口角を上げ意味ありげな笑みを浮かべた。

水無月:あいつ以外にも何とかして大勢の食霊を引き寄せておくから、その時、みんなから巫女の力をどうにか奪ってくれよ、我らが首領。


第二章-終結

無光の森の噂は、多くの者を引き寄せる。

数ヶ月後

無光の森


最中:私の計算では、ここは確かに無光の森のはず……しかし、この極彩色の極光はどういうことだ……まさか私の正確無比な占い結果が間違っているのか!

 目の前に広がる無光の森を見ながら、最中は足を止め躊躇っていた。入口を何度もうろうろしながらブツブツと独り言をつぶやく。

最中:これが「心災」がもたらした変化か?

最中:何だか、何かがおかしい……だけど何がおかしいかがわからない。

納豆:あれ、最中さん?!

最中:ん?納豆抹茶も?どうして貴方たちまでここに……

抹茶:僕たちは今回、重要な依頼のために来ました。

りんご飴:ええ……とても重要な依頼よ、私がいないと出来ない依頼がね!

納豆:僕は……スノースキン月餅に誘われたからです……

トッポギ:そうよ。無光の森でとんでもない事件がこれから起きるから、私とキムチ姉様に見届けて欲しいという手紙を受け取ったのよ。

キムチ:実は少し疑っているのです。少し前に受け取ったスノースキン月餅の手紙には、彼女は光耀大陸にいると書かれていました。もしやこの手紙は偽物なのでは……

ホットドッグ:偽物?!遠路はるばる駆けつけて来たのよ!でも~ここのオーロラは本当に美しいわ、早く絵筆でこの瞬間を記録したいくらいよ!

最中:この無光の森が急にこんなにも賑やかになるのはおかしい……他に誰かと会わなかったか?

抹茶最中さんよくご存じで……先程深夜食堂のおでんラムネたちに会いました。

りんご飴:あの食いしん坊たちは、何か珍しい食材を探しに来るために全員出動したらしいわ。

最中:そこも全員来ているのか……ここに来る道中、紅葉の館の前を通ったら、彼らも来ようとしていた……どうにか私の方で来ないよう説得しておいたんだ。

抹茶:つまり、桜の島の全食霊をこの地に誘き寄せている者がいる、ということでしょうか?

最中:この状況を鑑みるに、そうだろうな。

納豆:でも……どうして、ここに集めているのでしょう……

最中:もしかしたら、これから起きる事は桜の島の存亡に関わる可能性がある。出る直前に観測した天象では危機を示していた、そしてその過程は非常に険しく、長く、無事ではいられないだろう……

 最中の話を聞き終わると、その場にいる者たちは不安そうに議論を交わした。最終的に抹茶最中を見上げ、丁重にこう尋ねた。

抹茶:失礼ながら、この後ここから離れる予定ですか?それとも、その危機を確認するため、進み続けるおつもりですか?

最中:私か?私には行かなければならない理由があるんだ……実を言うと、ここの変化には私が大きく関係しているかもしれない、だから残らなければならないんだ……皆はまだ後戻りが出来る、早くここから離れた方が良いだろう。

納豆:しかし……最中さんの言う通りなら、とても大変な事が起こるという事でしょう?では……僕もここに残ります、最中さんのそばで、何かの役に立てるかもしれませんし……

りんご飴:そうよ、こんなやりがいのありそうな案件、引き受けるに決まっているわ!

最中:これは別に依頼じゃないから……この極光の近くの星空は歪んでしまっているから、私の占星術も影響を受けて正確な観測が出来ない……このまま進むと危険な目に遭うかもしれない!

りんご飴:ねぇ、私たちを見くびらないで!危険なんて怖くないわ、真相を解き明かすのはこの名探偵の役目よ――そうでしょう!?

納豆:あの、僕……僕も残って、この一部始終を記録しておきたいんです……ダメですか?

ホットドッグ:ねぇ、もっとはっきりしなさいよ!残りたいなら残ればいいし、帰りたいなら帰ればいいわ!無駄話はやめましょう!

りんご飴:その通りだわ……決まりね、じゃあ一緒に行きましょう!

最中:……

 一同の士気が上がり、互いに励ましあいながら、森の奥へ進んで行った。むしろ取り残された最中が部外者のようだった。

 一行の姿が密林の中に消えていくと、隅にある目立たない茂みの中から、二つの小さな姿が現れた。

つじうら煎餅:わあ!やっと入って行った!

落雁:シーッ、気付かれてしまいますよ。

つじうら煎餅:大丈夫よ!さっきおみくじを引いたら、帰って来ないって出たからー

落雁:わかりました。では……早く帰って、水無月さんに報告しましょう……

つじうら煎餅:やったー本当に良かったー!これからは遊んでくれるひとがいっぱいだー!

落雁:わ、私は少し……緊張します……

つじうら煎餅:緊張する必要なんてないよーあいつらこそ、あなたの力に怯えるかもしれないよ!

落雁:……


第三章-残影

水晶玉の中の残影は、どこを指すのだろう?

 ジリッ――ジジジッ――ブゥンッ――

 手の平に青紫色の電流が走るがすぐに消えてしまった。まるでまだ光ってもいないのに嵐によって吹き飛ばされた微かな火花のよう。

最中:やはりダメか。

 最中は手を振って、思わず苦笑いした。彼は念入りに極光によって染められた夜空と明るく照らされた森を観察した。

 長い間光が差し込まない「無光」で育った木々は、光に向かって成長することを諦め、四方八方に向かって枝を伸ばしているため、全てが歪な形をしていた。

 星空を観察するのが好きな最中にとって、こんな環境の中一人でいる不安よりも、星空から啓示を得られないこの状況の方が問題だった。

最中:あぁ、また失敗した!やはりここの異常気象は、天象だけでなく、時空すらも歪ませている……どうにか一人きりになったから、約束通り鯛のお造りに連絡して相談しようとしたのに……

 ため息を一つついて、最中はいつも通りの表情を浮かべた。近くに誰もいないことを確認した上で、両手で印を結び、呪文を唱えると、実体のない水晶玉が彼の手の平の上に現れた。

最中:こんばんは、鯛のお造り。ここは桜の島「現世」、無光の森だ――いや、今は極光の森と言った方がいいか……

最中:私は最中だ。時空が歪んでいるため、うまく連絡が取れない。幸いにも代替案を思いついた……まあ、成功するかわからないが、試す価値はある。

最中:貴方が……この……この……何と呼ぼうか……

最中:では、残影と呼ぼう。この残影を受け取った時、私は既に瓊勾玉を探すため、極光の森の奥にいるだろう。

最中:森に近づけば近づくほど、貴方が送ってきた瓊勾玉がここにあると、確信が深まっていく。

最中:しかし状況がおかしい。「無光」の者たちも、瓊勾玉を発見したようだ、その上彼らは「現世」にいる食霊を全員ここに集めようとしている……

最中:そもそも「無光」と私は因縁がある。彼らの首領である羊かんは、とても凄い食霊だ。しかし、何かしらの理由で、彼は人間は全員排除するべきだと考えている……

最中:そう、まるで貴方たち「黄泉」にいる百鬼のようだ。

最中水無月は大巫女が皇室に裏切られたあの日から、おかしくなった。あの頃既に、彼らと私の運命はいつか交錯する結果が見えていた、まさかここでそうなるとは……

最中:とにかく、探している途中もし敵襲にあっても、時空の歪みが回復したら、この残影だけは貴方の方に届くだろう……今はこれぐらいしか出来ない。

最中:よし、もう行かなければ。何かわかったらまた連絡する……お互い再び出会えるよう、星空の導きがあらんことを。

 最中はそう言いながら複雑な模様を空に描いた。光を集めた水晶玉は先ほどの最中の姿と声を再現し、そしてゆっくりと空気に溶け込んでいった。

最中:よし、これで大丈夫だろう……

最中:簡単に解決出来る問題じゃないとわかっていたのに、もう少し念入りに計画すればよかった……

最中:まさか「黄泉」でずっと大人しくしていた神器が、「現世」に来たら自分の意志を持った上、逃げてしまうとは……

最中:異変が起きるのは占いでわかっていたが、こんな異変だとは考えもしなかった。はぁ、どうやら私ですら運命の暗示を完全に解読出来ないようだ……

最中:しかし、これも占いの魅力だ!

最中:うん、本当に出発しなければ、立ち止まっていると余計不安になってくる。ここで、何かが目覚めようとしているような……

 暗闇を灯し、夢幻の如く絢爛多彩に変化する極光の根源は見えない。森の奥から出ていることだけわかっている。

最中:そこに行ってみよう……

 最中は早足で密林の奥深くに向かって走り始めた。


第四章-向かう

同じ目標を持つ者たち、これは偶然かそれとも?

 最中は開けた場所を避けて進んでいた。静寂が広がっているこの森の中、何故か前方から物音が聞こえてくる。

 彼はここに来るまで既に「心災」のせいで生まれた堕神を退治している。更に「黄泉」の地へ数え切れないほど連絡を試みているため、元々それほどない体力を消費し、疲れがたまっていた。

お好み焼き:あれ――ここに人がおるよ!みんなはよ来て!

最中:?!

お好み焼き:ハーイ!うちはお好み焼き。お兄さん、うさ耳が生えたおっきなピンク色のキノコを見てへん?

最中:ピンク色の、大きなキノコ?

お好み焼き:グルイラオで流行っとるキノコらしいで。美味しくてな、スープにするとひとを幸せな気持ちにしてくれるんやって!

ラムネ:そうそう!桜の島だと無光の森にしか生息していないらしいよーでも、探しても探しても見つからないんだ。

最中:なるほど、わかった。深夜食堂の一行だろう?私は最中、占星術師だ。抹茶からいつも話を聞いているよ。

おでん:お初にお目にかかります、あたしたちも抹茶から話を聞いてるよ。あたしは深夜食堂の店主――おでんだ。しっかし、厄介な事に巻き込まれたみてぇだな……

お好み焼き:あれ――抹茶とは知り合いなんや?

最中:ああ、抹茶はよく占いしに来るんだ。実は、私のおかげでたくさんの案件が解決出来たんだ……コホンッ、それは今重要じゃない。おでんの言う通り、ここは厄介だけでなくとても危険な場所だ。

ラムネ:だから言ったでしょ、桜の島にそんなキノコがあるなんて聞いたことないって。

お好み焼き:ちぇーそもそも呼んどらんし、自分から来たいって騒いどったやろ。

ラムネ:だってりんご飴も来るって言うから、別に一人で店番したくないとかじゃ……

おでん:すまねぇ――久しぶりの遠出だから、みんな興奮しちゃってんだ。

最中:えーと、少し落ち着いてくれ、今の状況は本当に危険なんだ。抹茶たちは既に森の奥に向かっている、一刻も早く合流しないと……貴方たちは、一刻も早くここから離れた方が身のためだ。

お好み焼き:だけどまだピンク色のおっきいキノコ見つかってへんし……

ラムネ:そうよ、りんご飴と約束したの、キノコスープ、キノコ焼き、キノコ炒め、キノコチャーハンを一緒に食べるって……

最中:だから論点がずれてるんだって……

ラムネ:そうだよ、大事なのはりんご飴もここにいること、彼女と一緒に探せばいいのね!

お好み焼き:ちょうどお兄さんも抹茶たちを探しに行くんやろ、ウチらも一緒について行くで。

最中:もっと真剣に考えてくれ、本当の本当に危険なんだ!それにこの森は広い、抹茶たちを探すことすら至難の業……

 偶然か運命の悪戯か、最中の言葉を遮るように、後方の密林から二つの人影が飛び出して来た。そして一行の前を横切り、ある方向へと向かって行った。

 続いて、大勢のひとが密林から走って来た、その勢いで木々がザラザラと揺れている。一番前で走っているのは、ちょうどラムネが話題にしていたりんご飴だった。

ラムネりんご飴?!やったー!見つけた!

りんご飴:ふぅ……皆ここにいたのね、早く一緒にあいつらを追って!

ラムネ:さっきの二人を追いかければいいの?じゃあ――誰が先に追いつけるか競争だ!

りんご飴:なら早くおいで。でも気を付けてよ、堕神がたくさんいるわ!

お好み焼き:なんや!ウチも混ぜて!いっくでー!

最中:は?ちょっ、ちょっと待て!

 事件の中心人物であると自負している最中は、何故かまた置いて行かれてしまった。心の中で妙な違和感が湧き上がる。本来真面目で危険な探索だったのが、いつの間にか遠足のようになってしまっている……

最中:これは……良い事なのか、それとも悪い事なのか……忘れよう、とにかく追いかけなければ。堕神もどんどん増えているし、激しい戦闘になるだろう……


第五章-説得

未知なる最奥にあるのは真相それとも罠?

 最中の予想通りに事が進んでいた。二つの陣営の距離が縮まると、最中は先程の二人組が水無月と「無光」の落雁という少女だと気付く。

 追いつけそうになった瞬間、堕神が大量に現れた。全員でなんとか堕神を倒すと、二人組との距離はまた離れてしまった。

りんご飴:フンッ!小賢しいわね!

お好み焼き:逃げられてしもうたー!

ラムネ:このまま追いかけようよ。

抹茶:いや、追いかけない方が良いでしょう。

ラムネ:えっ、どうして?

りんご飴:バカね、罠かもしれないじゃない。

抹茶:その通りです。ここに導かれてしまったのは偶然ではないかもしれません。もしかすると、森の奥まで誘導して――そこに罠が仕掛けられているかもしれません。

お好み焼き:じゃあ、このまま何もせず帰らんといかんの?

抹茶:いいえ――僕たちに出来るのは、より多くの情報を集める事です。念入りに彼らの計画を推理し、準備を整えてから向かいましょう。

 最中抹茶の分析を聞きながら、心の中で頷いた。しかし、彼は事前に鯛のお造りと連絡を取り、ある事を確認している。今は罠だと知っていても、森の奥へ行かなければならない。

最中:まあ良い、これで皆を中心部から遠ざけることが出来る。流石に危険すぎる……

抹茶最中さんはどう思いますか?

最中:コホンッ。では二手に分かれましょう。抹茶たちは森の外周で手掛かりを探して、おでんさんたちはそのまま来た道を戻り、「無光」の外にいる者に状況を伝えて欲しい。

ラムネ:えっ?じゃあうさ耳キノコは……

りんご飴:そんな物ある訳ないじゃないの、おバカ!

お好み焼き:せや、まず状況を伝える方が大事や、帰るで!

たこ焼き:大丈夫やで、もともとピンク色のキノコなんかに興味なかったんや、はよ帰るで。

かき氷:私も意義ないよ、ここから離れる方が正しい選択だと思う。

おでん:ああ、そうしよう。ピンク色のキノコがなくても、あたしは美味しい出汁を作ってみせるさ。

 おでんは穏やかな笑顔を見せる。まだ少し拗ねているラムネの頭を撫でた後、最中たちにこう忠告した。

おでん:あたしたちはここから立ち去る。すぐに状況を外に伝えてくるから、ここの事は任せた。どうか気を付けてくれ。

最中:安心しろ。

 おでんたちが離れた後、抹茶たちは心配そうに最中の方を見た。

抹茶:貴方は僕たちと共に行動するつもりはないようですね……

最中:ははっ、流石は探偵社の社長だ……私はやはり、あの二人について行こうと思う。

抹茶:中心部はとても危険かもしれません、僕たちには何の情報もないんですから。

最中:心配するな、気を付けるさ。戦って勝てなくても、どうにか逃げ切って見せる。

抹茶:……わかりました。僕たちも手掛かりを集めたら中心部に向かいます。どうか無茶をしないように、僕たちの到着を待ってください。

最中:……わかったよ。

 最中は笑顔で頷いた。


第六章-連絡

言霊の術

 森の中心部に近づくにつれ、極光はますます魅力的になっていく。その鮮やかな色彩は、周囲の草木や石にまで染まり始め、極光に満ちた森は幻想的で混沌としていた。

 最中の顔も、極光に照らされ色彩豊かになっていた。彼はそれを気にする事なく、位置を変えながら、神秘的な呪文と印を繰り返した。

鯛のお造り:ジジッ──も──ジーッ──もなか、き──こえる?

最中:聞こえる、だが不明瞭だ。私の声は聞こえるか?

鯛のお造り:はっきりと──ジッ──そちらは──どう──?

最中:少し待て、調整する……

 最中の水晶玉は点滅していて、声が途切れ途切れに聞こえてくる。彼はあごをなでて考え込むと、突然自分の頭をはたいた。

最中:やっぱり、私に解決出来ない問題はないなー!

 ──シュッシュッ。

 ──しばらくすると、最中はある大木の頂点に立っていた。

 ──頭上には極光が広がる星空があった。遠くない中心部であろう場所には何故か極光が覆われておらず、綺麗な空が見える。

最中:こんにちは、鯛のお造り。今は聞こえるか?

鯛のお造り:声はハッキリと聞こえる、ただ姿はぼんやりとしか、問題ないだろう。

最中:よし、じゃあ手短に済ます。

最中:我々の予想通り、神器に近づけば近づく程、「現世」と「黄泉」の繋がりは強くなっていく。森の中心部には必ず神器の力が存在する。

鯛のお造り:とは言え、「現世」と「黄泉」の繋がりは不安定だ。必ず私たちが知らない何か原因があるはず……相手の罠かもしれない。

最中:だからこそ、早く駆けつけなければ。遅れたら瓊勾玉は羊かんたちの手に入ってしまうかもしれない……あのちびっこたちは、人間を救うことに興味はないだろうから。

鯛のお造り:……

 最中も微笑みながら感慨の気持ちで水晶球を見つめた。その時、画面の中の鯛のお造りが急に立ち上がって、和室から出て行く姿が見えた。

 念入りに手入れした中庭には満開の桜があった。鯛のお造りが手を上げ風を呼ぶと、花びらがこぼれ、雨のように、地面に美しい模様を描いた。

最中:「黄泉」の季節は「現世」と少し違うんだな。しかし、どうして急に桜なんか見に行ったりして……え?まさか……

鯛のお造り:桜は空飛ぶ燕のように散った……我が道は険しい、長い旅路となるだろう。花びらは意味のある形を作れていない、心念を乱され、惑わされるだろう。心を守れば、自分を見失わないでいられる。

最中:やっぱり、これが「黄泉」の陰陽家に伝わる桜占いか……文献でしか読んだことがない……本当に美しいな……貴方たちが「現世」に戻れたとしたら、どれだけ賑やかになるんだろうな!

鯛のお造り:美しいのは肉眼で見えている表象だけ、占いの結果は少し不安になるものが出たよ。

最中:まさか鯛のお造りとあろう者が先の事を心配するとはな。何が起きてもダラ──いや、のんびりと、自信満々にしているのかと。

鯛のお造り:「黄泉」にいる者は、まるで水面の中央に浮かぶ落ち葉のように、いつ岸にたどり着けるかわからない。どうにか瓊勾玉を「現世」へ送り、役目を果たしたと思っていたのだけれど……

最中:なら、心配することはない。瓊勾玉は既に「現世」にある、百鬼の野望など今はどうやったって完遂出来ない。少なくとも「黄泉」が神器によって崩壊される心配はないだろう。

鯛のお造り:その通りだ、厄介な神器を手放すことが出来たから何日も祝ったよ。しかし……貴方が瓊勾玉を諦めて今すぐそこを離れても、構わないよ。わざわざ首を突っ込まなくても。

最中:……ありがとう、鯛のお造り。しかし、出発前我々は幾度も試算しただろう、今回の旅路で二つの世界を繋げる道が開けると、そして貴方たちをそこから連れ出す唯一の機会でもあると……

最中:コホン、別に貴方を助けるためだけに動いている訳じゃない。あまり考えすぎるな。桜の島を立て直すために、貴方を呼び寄せようとしているだけだ!

鯛のお造り:とにかく、貴方のいう極光は双子の巫女が再会を示す異象かもしれない。瓊勾玉は「現世」巫女に引き寄せられそこにあるのだろう。必然的に近くに「現世」巫女関連のもの、もしくは神力そのものがあるかもしれない。

最中:確かな記憶ではないが、大巫女を支えた最後の陰陽家の血脈はこの近くに隠れていたかもしれない。待て、水無月を見つけた。

鯛のお造り水無月……「無光」の者か?

最中:ああ。高い所に登って正解だった。よし、何をしでかそうとしているのか見てやろうじゃないか!もし何か思いついたことがあれば残影にして送ってくれ。

鯛のお造り:わかった、気を付けて……少し、待って欲しい──

 鯛のお造りとの通信を切ろうとしていた最中だったが、呼び止められてしまった。桜の下で姿勢を正し、真面目な表情をしている鯛のお造りは、確かに「黄泉」観星楽首座の威厳があった。

 指先まで綺麗に伸ばし、独特な印を結び、口元に近づけた。彼の口が開くと、ある呪文を唱え始めた。

鯛のお造り:落花の如く 雲水の如く 星月の如く 雨雪の如く 風雷の如く 真を現せ 言霊の術だ、覚えておくといい。危ない状況に陥った時、引き返せるよう意識を取り戻してくれるはずさ。

最中:ああ、ありがとう!良い知らせを待ってろ!


第七章-罠

封印されし木箱が今解き放たれる……

 極光が無光の森を照らしているため、高い所から見下ろせば密林の中も良く見える。そのおかげで最中水無月に追いつき、彼が小川を渡り、ある幽谷に入って行った所を目撃した。

最中:地形が複雑すぎる、登れる木も少ないし……気を付けて尾行しなければ。

 最中は気を取り直し、慎重に尾行を続けた。占星家特有の勘なのか、彼は警戒する水無月の視線を幾度も躱し、幽谷最深部にある樹木に覆われた洞窟の前まで辿り着いた。

 水無月は左右を見渡した後、素早く洞窟の中に入って行った。最中はしばらく様子を見た後、慎重に水無月の後に続いた。洞窟は思っていたより短く、数十歩で反対側に出ることが出来た。

 洞窟に入ると、すぐに話し声が聞こえてきた。彼はすり足で反対側の出口まで行き、影に身を隠し外を見た。

 そこには開けた平地があり、中央には祭壇、そして正面には石の鳥居があった。しかもここの空は澄んでいて、先程見つけた極光の切れ目がある場所だ。

最中:これは……「無光」の奴らは既に瓊勾玉を手に入れたんじゃ……わざわざ祭壇まで作って、何かをしようとしているんだ!

 最中は複雑な感情を押し殺し、軽率な動きをしないように努めた。祭壇の前にいる水無月落雁を見つめ、耳を澄ましていると、二人の会話が聞こえてきた。

水無月:僕はわざと遠回りして連中を撒いた、だけど最中の奴を見ていない。あいつは一日中星象を見ているから、もしかしたら見れないからどっかで迷子になっているかもな。

落雁:おおお疲れ様です、み、水無月様。

水無月:大した事してないよーどうだ、準備出来てるか?まずはここを封印して、見つからないようにしないとな。それから、あいつらと遊んでやろう。

落雁:はい、じゅっ……準備出来てます!

水無月:ハハッ、これは古書で見つけた方法だ、例えブツブツ呪文を唱えるあいつが来たとしても、解けないだろうな──落雁、洞窟の方で見張っていてくれ、こういう時こそ油断しちゃダメだ。

落雁:わっ、かりました。

最中:あの小娘、なんだか話し方が不自然だな、恥ずかしがり屋なのか?あっ、しまった。

 落雁が真っすぐ洞窟に向かっているのを見て、最中は二対一では勝てないと判断し、すぐに洞窟から出て、近くの茂みの中に隠れた。

 緊迫した状況のためか、最中落雁の不自然さをすぐに忘れてしまった。

 すぐに、洞窟から強い光が漏れ出た。その後満面の笑みの水無月が出て来て、身体を強張らせている落雁の肩を叩き、一緒に森の外周の方へと向かった。

 頃合いを見計らって最中は洞窟に忍び込み、祭壇の前にやって来た。案の定、非常に複雑な古い結界が張られていた。

最中:「現世」の陰陽家は途絶えている、こんなにも古い結界もとっくに失われている、解くには時間が掛かるだろう……鯛のお造りならわかるだろうか、連絡してみよう。

 ジジッ──ブンッ──

最中:ここに来ても失敗か……星空は正常なのに、まさか封印のせいか?

 最中は頭を抱えた、簡単に鯛のお造りに残影で状況を説明した後、そのまま祭壇に近づき結界の前であぐらをかいた。頭の中で演算し、幾度も印を組み直すと、時々光が放たれた。

 どれ程の時間が経ったのだろう、結界を見ていた最中はふと立ち上がり、手を上げ何もない空間を押した。まるで一滴の墨が水に落ちたように、結界に青色が広がる。

 その青色は炎のように結界を焼き尽くすと、祭壇の上に封印されている木箱が現れた。

最中:これは……中に瓊勾玉が入っているのか。

 その軽い木箱を持った最中は、何か嫌な予感がした。警戒して、それを開けるか否か躊躇った。

水無月:やめろ!開けるな!

 いつの間にかやって来た水無月は、慌てた様子で最中を制止しようと走って来た。彼の背後には冷静な羊かんが立っていて、落雁つじうら煎餅もいるが、俯いていて表情が読めない。

羊かん:開けちゃダメだよ。

 突然、か細い声が聞こえてきた。それはまるで最中の耳元で響いている、しかしその声の主はすぐにわかった──最中は自分の方に走ってくる水無月すら見えず、彼を通り越して羊かんを見つめた。

羊かん:ダメだよ。

 羊かんの空っぽな目には炎が灯っているように見えた、それは最中の心の内の猜疑心に火をつけた。敵がダメと言っているなら、従ってはいけない、つまり──

 最中は一瞬だけ意識を失い、無意識に木箱の封印を解いた。

 その瞬間、時が遅くなったように感じた。木箱の中には何もなかったが、開けた瞬間、外界の空気と交じり合い、眩い光を放った。

水無月:ハハッ、どうやら僕と落雁の演技は上手くいったようだな。封印を解いてくれてありがとうございまーす。

最中:しまった!騙された!

 「心災」の歪んだ力が引き寄せられたかのように木箱の中に押し寄せ、その歪な力が周囲を変化させ、大量の堕神が光の中から生まれ、木箱の中へとなだれ込む。


第八章-創世

双生の巫女の力は創世の力へ。

おでん最中さん、大丈夫か!

最中:ふぅ……大丈夫だ、助かった。だが……どうして全員いるんだ?!

おでん:出口が封鎖されていたから引き返してきた、そしたらさっきの光が見えたんだ。

納豆:僕たちは森の中を歩き回った後……先程の光を見て、来たんです……

抹茶:……僕たちも異変に気付いて駆けつけました。

最中:結局、全員罠にハマってしまったってことか……羊かん水無月、一体何をするつもりだ?

水無月:あらら、バレちゃったか。しかし、最初から罠だとわかっていただろう?自分から罠にハマろうとするなんて、変わった趣味の持ち主だなー

水無月:でも僕たちも別に悪者ではないよ。皆をここに招待したのは、ある夢を見届けて欲しいからだ。

最中:夢?

水無月:そう、夢だ。結界と封印を解いてくれたおかげで、夢を実現出来るようになったんだよー

 羊かん水無月の話を聞きながら、淡い光を放つ小さな勾玉を取り出した。

羊かん:あなたが探しているのはこれだろう、願いを叶えてくれる瓊勾玉。これを使って何をするつもりだ?

最中:どうして瓊勾玉は貴方の手に……じゃあ、この祭壇は……

羊かん:わからないのか……ここは大巫女の墓だ。あなたの手にある木箱の中には、大巫女が残した最後の神力が入っていた。さて、私はあなたの質問に答えた、次はあなたの番だよ。

最中:……「現世」と「黄泉」の噂は知っているだろう。簡単に言えば、それらの伝説は事実だ。星象を見ていた時、偶然瓊勾玉が現世に現れたのを知った、そしてそれを探しているのは好奇心からだ。

 最中羊かんたちのことを信用していないため、鯛のお造りと連絡していることを伏せた。

最中:それに「心災」とは「現世」の物ではない瓊勾玉が現れたことで、均衡が崩れたために起きた現象だ。それを私に渡してくれれば、全てを解決して、事を元の軌道に乗せる。

羊かん:元の軌道?今の桜の島に、軌道なんて存在すると思っているのか?

最中:……だからこそ、努力して現状をより良くしなければならないんだ、これ以上悪くではなくな。羊かん、瓊勾玉を私に渡すんだ。それは希望の証でもある、もう方法もわかっているんだ、私を信じろ!

羊かん:信じる、か……なら、まず私のことを信じてもらおうか──

 羊かんの表情は神々しく、そして慈悲に満ちており、瓊勾玉を眉間に当て、真剣に願いを告げた。

羊かん:煩悩も苦痛もない神国を、一切苦しむ必要のない新世界を創りたい。神国の民には全ての煩悩を忘れ、俗世の絆を消し、永遠に幸せに楽しく生活してもらう。

 羊かんの言葉と共に、瓊勾玉の光はより一層明るくなった。まるで生きているかのように激しく震え、最後には羊かんの手から離れ、封印が解かれた箱の方へと飛んで行った。


黄泉巫女:兄様──早く目覚めてください。私には貴方が必要です、共に新たな世界を創りましょう。

現世巫女:新たな世界?私たちは既に「現世」と「黄泉」を創ったではないか、それでは足りないのか?

黄泉巫女:わかりません、ただ……私は願いを叶えるために生まれた存在、世界を創るのは我々の特技ではないですか。兄様、私を手伝ってくださいますか?

現世巫女:私の力は既に衰えている、貴方も完全ではない……しかし……この森の限られた範囲でなら、「黄泉」にも「現世」にも属さない新世界を創ることは可能だろう。

 瓊勾玉と木盒の力が出会った時、二つの虚影が立ち上がった。「心災」の異常現象の中で徐々に実体を持ち、長い時を経て、双子の巫女はまさかの再会を果たした。

水無月:巫女様!本当に巫女様だ!

納豆:えっ?双子の巫女様の片割れ……まさか男性だったとは……早く記録しなければなりません……しかしどうして……

羊かん:まさか、本当に成功するとは……

最中:まずい!さっきの願いが実現したら、私たち全員が影響を受けることになる、早く阻止しなければ……

水無月:もう間に合わないよー君が封印を解いてくれたおかげだ。大占星術師様よ、思っても見なかっただろ?今回の計画はずっとあたためてきた物だ、絶対に成功すると思った。今回は、僕の勝ちだろ?

羊かん:あぁ……神国からの召喚を感じる!

 皆が途方に暮れていると、双子の巫女は両手を組み、強大な力が万物を溶かすような光となって現れた。

 祭壇の前にある鳥居に突然おかしな渦が現れ、その場にいた全員が吸い込まれていった。空に広がる極光と、羊かん本人までも。

 おかしな光はしばらく続くと、無光の森は再び常闇を取り戻した。



第九章-神国

夢見た純粋で幸福な地。

 神社の広い庭園は、何十人が立っていても窮屈には感じない。羊かんがゆっくり目を開けると、既に起きている水無月が見えた、しかし最中をはじめ、抹茶つじうら煎餅たちはまだ眠っていた。

 実体化した双子の巫女も庭園にいたが、なんだか体調が芳しくないのか、弱々しくお互いを支え合いながら、あたりを警戒していた。

水無月:本当に成功した、巫女様たちもいる!

羊かん:彼らは瓊勾玉によって具現化されたにすぎない、我が神国にしか存在できないんだ。「現世」の巫女を天沼(あまぬま)、「黄泉」の巫女を瓊子(けいこ)と名付け、神使とする。

水無月:これで十分だ……で、今はどんな状況だ?首領の構想は完全に実現したのか?

羊かん:少し残念ではあるが、彼らの記憶を消去することに成功した。そして、私はこの神国の中に限り、万物を創造することが出来る。

水無月:すごい!でも、もし「現世」の奴らがやってきたらどうするんだ?

羊かん:「現世」の者たちも、私たちのことを忘れてしまうだろう。かつて巫女様にそうしたように、残された物事や記録だけを見て伝説だと思い込む。

水無月:首領が残念に思っているのって……

羊かん:全ての食霊を救うことが出来なかった事だ。そして、神国そのものにも私が知らない仕様があるようで、外界の者は特別な時機にここに入ることが出来るようだ……

水無月:まー何しろ巫女には七つの神器がある、瓊勾玉はその中の一つに過ぎない、それなのにこんな浄土を作ることが出来るなんて、十分幸運だろう。

羊かん:幸運……水無月、お前の気持ちにも微かに変化を感じる。今のお前は、前とはかなり違うようだ。

水無月:えー?そう?首領が成功したってことは、僕の願いが叶ったってことだろう?他の問題は、少しずつ解決していけばいい。どうせ巫女様たちがいるんだから。なあ巫女様よ、そうだろう?

瓊子:巫女様……私たちのことでしょうか?

天沼:私の使命は神子の願いを叶えること、それしか覚えていない……つまり、私たちは神子に仕える巫女なのか?

 双子の巫女は顔を見合わせた後、羊かんを見つめた。存在の意味を見出したのか、先程まで感じていた戸惑いは安心に変わっていく。

羊かん:そう理解してくれても、構わない。

水無月:わっ!首領……運が良すぎるだろ!この方が良いか、全ての悩みを忘れて、楽しく生きて行けるし、良い結末を迎えられたんじゃない?

落雁:は、はいっ……私も、なんだか自分の……帰る場所を、見つけたような……

水無月:あれ?落雁も起きていたのか、ビックリした。つじうら煎餅は狸寝入りをしているのか?

羊かんつじうら煎餅は過去を忘れているようだ。

水無月;それで良かったかもな。彼女のことだから、すぐに口を滑らせてしまうだろうな。どうせいつもヘラヘラしてるし、楽しくないことを忘れて過ごせるのも良いんじゃない。

羊かん:では、全員を呼び覚ます──さあ、起きなさい。

 羊かんの声が止むと、眠っていた者たちは目を覚ました。彼らの目は澄んでいて、まるで生まれたての赤子のように、周りの全てに対して好奇心を持っていた。

羊かん:神国の民たちよ、私はあなたたちの神子・羊かん。ようこそ私の神国へ。ここでは苦痛を、裏切ることを禁じる、だからあなたたちが傷つくことはない。

羊かん:ここでは、自分のやりたいことをやればいい、楽しく過ごせばいい。

羊かん:何か必要なことがあれば、私に言うといい。私はこの神国で、あなたたちの願いを全て叶えてあげられる。もし私がいない時は、天沼、瓊子、水無月落雁、この四人の神使のいずれかに伝えるといい。

最中:神子様、あの、私たちは……誰なんでしょう?自分の名前が最中であること以外わかりません。私はどんな人物ですか?私たちはどうしてここにいるんですか?

羊かん:あなたたちは食霊で、神様の寵児だ。しかしこれまでずっと人間のせいで苦労してきた。神様はあなたたちを憐れみ、人間から遠ざけるために、今の神国を創ってくれた……

羊かん:思い出せないものこそ、苦しみの根源である。

 この時の羊かんの声は心の底から直に響いているようだった、純粋な食霊たちはすんなりそれを受け入れた。最中は周囲を見ながら、心の中で違和感があったが、それが何なのかはわからなかった。

 記憶を消されてしまっているが、かつての技や習慣が残っているためか、最中は決断出来ないままでいた。無意識に空を見上げ、あっという間にそれに惹かれてしまった。絢爛な極光の先で星々が燦燦と煌めいていたのだ。

最中:綺麗な星空……

羊かん:気に入ったのなら占星館を建てると良い。そして他の皆も、ここで自分の夢を実現させ、永遠に幸せに楽しく過ごすと良い……

 その穏やかな語り口は、見知らぬ環境に身を置いている不安を素早く癒し、新たな喜びに浸らせた。最初の疑問を忘れ、皆は次にやるべきことの熱弁を始める。

 そんな期待のこもった心地よい雰囲気の中で、羊かんはかつてない安定を感じ、これまでの自分の計画への確信を深めていった。

羊かん:悪いのは私ではない、私を苦しめたやつらだ。これから私がするべきことは、現状維持。

 羊かんは人混みの中で楽しく笑う水無月を見て、口角をピクリと動かした。


第十章-重なる

神国に迷い込んだ少女、何を示している?


数年後

神国


 魂とは唯一無二のもので、たとえ記憶を失っても、本能に従って似たような選択をする。最中は自分の占星館を設立し、納豆らは探索と記録に熱中した。

 記憶を失ったつじうら煎餅は、やはり賑やかなことが好きで、皆と一緒にいるのを好んだ。

 抹茶りんご飴たちも探偵社を立ち上げたが、依頼が来ないため、テーブルゲームを遊ぶ場となった。彼らは頭の中にある物語を書き出し、様々な役を演じてテーブルゲームの上で冒険を始めた。

 その一見荒唐無稽な冒険譚は意外にも人気があった。

 おでんは昔と変わらず、深夜営業以外もしている深夜食堂を開店した。新しい見聞があるたび、皆ここに集まって、新しい話を共有した。


午後

深夜食堂


ラムネ最中兄さんが新しい食霊を連れてきたみたいね?

お好み焼き:あら?ホンマに?前は人間が入って来たことはあったんやけど、今度は食霊か。

ラムネ:この世界の食霊がラムネたちしかいない訳がないじゃん。りんご飴が言っていたんだ、最中兄さんが新しい食霊を神子さまのところに連れて行ってるんだって。早く神社の方に行こうよ、もしかしたら会えるかもしれないよー

お好み焼き:ええやん、たこ焼きも連れていこうや!


午後

神社の庭園


最中:彼女は花びら餅、神国北部の幽谷で見つけた。私が彼女に出会った時、彼女は道に迷っていたようだった。

水無月:神国に迷い込むことが出来たのは、きっと運命に導かれたのだろう、道に迷ったわけじゃないよ。こんにちは、花びら餅、僕は水無月。これから、君は僕たちの新たな仲間だ、どうぞよろしくー

花びら餅:……あっはい、宜しくお願いいたします!

 花びら餅は真顔を貫いているが、頬は明らかに赤く染まっていた。ここに来る道中、最中は既に高嶺の花のような花びら餅の本質が実は妄想少女であることに気付いていた。彼は仕方なく首を横に振り、それをバラすことはしなかった。

最中:「現世」には「心災」という災いがあり、彼女の御侍はそのせいで行方不明になっていると、彼女が教えてくれた。神子様、御侍とは何ですか?私たちにも御侍がいたのですか?

羊かん:御侍?ああ、裏切り者の偽装にすぎない。花びら餅、「現世」で「無光」について言及している者はいるか?

花びら餅:「無光」?どこかで……聞いたことはあります。それは「日暮探偵社」、「深夜食堂」のような噂話のようなもので、誰も見たことがありません。

羊かん:そう……良いだろう、これからあなたは我が神国の一員となる。ここに俗世の煩悩はない、今までの苦しみを忘れ、ここで新たな生活を始めるといい。

最中:しかし……神子様、人間はそこまで悪いのですか?ここ数年、時折迷い込んで来た人間たちは、必ずしも極悪人ばかりではないようでした。花びら餅の話では、「現世」は今紛争や戦乱が多く、とても荒れているという、もしかしたら……

羊かん:人間は偽装が得意だと、前々から言っているであろう。「現世」の苦痛は、人間が自ら招いたものであり、彼らは私たちを奈落の底に引きずり込むことしか出来ない。

羊かん:さて、花びら餅を連れて一先ず環境に慣れてもらうといい、その件はまた後で話そう。

最中:……わかりました、また後ほど。

 羊かんと、その隣でのんびりと笑っている水無月を一目見て、最中花びら餅を連れて庭園を後にした。


夕方

神社の庭園


 神国の夜は、極光と銀河が舞うため、空はとても壮麗だ。しかし毎日がそうであると、皆はその美しさに慣れていく。

 羊かんは全員が注目する中現れた、巫女である天沼と瓊子は彼の両側に控えた。

 普段羊かんの傍にいる水無月落雁は、今回は傍にはおらず、こっそり庭園に現れ、一同と並んで立っている。

羊かん:神国の民たちよ、皆をここに集めたのは、新たな仲間である花びら餅を歓迎するためであり、そしてある説明をするためでもあった……

 羊かんが黙って一同を見ていると、沈黙が返ってきた。彼はその無言から、彼らの疑問を敏感に感じ取った。

 軽くため息をつくと、羊かんは迷うことなく静かに語り続けた。

羊かん:近頃、皆は様々な疑問を抱えているそうだね。良く考えてみて欲しい、神国に侵入してきた人間たちに触れたことで、色んな感情が湧き上がって来たのではないか?

羊かん:多く説明したくない、浄化の儀式を行えば、きっと皆わかってくれるだろう。

羊かん:始めよう──

 羊かんが双子の巫女に用意していた儀式を始めさせた。天沼が龍笛を吹き、瓊子が神楽鈴を持って舞を始める。

 皆はどこからともなく風が吹いて、心の奥にあったモヤモヤした感情が吹き出て、庭園に集まったような感覚がした。

 不安、疑惑、焦りなどの負の感情が、次第に塊となり、まるで生きているかのように、目に見えないものから目に見えるものへと、異なる色を持つ怪物となった。それらは獰猛に皆に襲い掛かって来る。

羊かん:戦え、神国の民よ。この堕神たちは、これまで人間に惑わされたことで蓄積されてきた負の感情から生まれたものだ。堕神を斬れば、あなたたちの心身は新たに浄化されるだろう。


第十一章-浄化

浄化された過去と思い出。

 神国の夜空に月がないのは、真昼に太陽がないのと同じだ。極光だけが永遠に存在する、昼を明るく照らし、夜は暗く、それで昼と夜を区別している。

 食霊たちは神国に来てからの第一戦を終え、魂が漂白されたように、全ての葛藤と疑問は堕神の消滅と共に消え去った。

羊かん:民よ、堕神に勝利したことを称えよう。しかし、油断をするな、神国の外からも堕落した力が虎視眈々とここを狙っている。これからは定期的に浄化の儀式を行い、穢れを消し去る。

羊かん:また、体の中に穢れが増えると、自然と堕神が出てきてしまう。どうかそれを斬って、神国を守って欲しい。

 羊かんの言葉を聞いていた一同は、皆一斉に頷いた。水無月はボーっとした顔できょろきょろしながら、いつものように笑ったが、その笑顔は少し間の抜けたものだった。

水無月:あのー皆さん、僕を見て欲しいんだけど!

羊かん:……

水無月:色々と忘れたみたい……?自分の名前が水無月ってことしかわからない……この名前に聞き覚えはある?誰か僕について教えてくれない?

つじうら煎餅:あれー本当に楽しくない事を忘れちゃうの?でもどうして昨日とっても酸っぱい果実を食べたことを忘れていないんだろう?

おでん:多分、辛い思い出じゃねぇと、忘れられねぇんだろうな。

りんご飴:あら、とても大変みたいねーじゃあ……私が教えてあげるわ、水無月!君はね……とても人助けが好きなひとなんだ、特に皆のために働くのが好きで、私の手伝いも大好きだったんだー本当だよ、嘘じゃないわー

つじうら煎餅りんご飴、いじめちゃダメだ!過去を忘れただけでもう可哀想じゃない!水無月が一番手伝ったのはこのあたしなんだから、ヘヘッ。

水無月:なるほど、僕は人助けが大好きなんだね、とても良いね。これから何か手伝って欲しいことがあったら、是非呼んでねー

りんご飴:おもしろーい、他に過去を忘れたひとはいないのかしら?

落雁:あの……わ、私も、何か忘れてしまっているようです……ででも、皆の傍にいられて、とても……安心します。

りんご飴:あら、落雁も過去を忘れちゃったのねー神使はやっぱりプレッシャーがすごいのかしら、だから辛い思い出ばっかなの?

落雁:神使?わ、私は神使なのですか……何をするべきなのでしょう……うまくやれるかどうか……

りんご飴:え?それは君たちの仕事なんだから、私にはわからないわ!

つじうら煎餅:まあ、それは神子さまに直接聞くと良いよー

 淡々と目の前の出来事を眺めていた羊かんは、感情はなくただ憐れむように首を振った。

羊かん:神国は安定したため、神使の任務も完了した。水無月落雁、あなたたちは自分の心に従い、未来の生活を自由に選択することが出来る。神使のことを考える必要はない。

お好み焼き:良かったなー落雁は深夜食堂においで、美味しいもんたくさんあるで。

りんご飴:私たちの日暮テーブルゲーム社に来るべきだわ、楽しいゲームがたくさんあるから好きなだけ遊ぶと良いわ!私と一緒にテーブルゲームで冒険しよう!どう?テンション上がらない?!

花びら餅:……

最中:コホンッ、花びら餅、貴方は私と一緒にここに来たことを覚えている。もし興味があるなら、私の占星館に……今は私一人しかいないけれど、これからどんどん増えていくはずだ!

花びら餅:私ですか?ええ……わかりました。

最中:え?何だその顔……貴方まさか、自分のことを覚えていないのか?待て、何を考えている?!またヘンテコな妄想を繰り広げるな!!!

花びら餅:……いっ、いえそんな!貴方は夢を見ているんです、貴方は夢を見ているんです、貴方は……

最中:おかしな力で私を眠らせようとしないでくれ、それは私には効かないんだ……

 極光の下、全ては元の美しい姿に戻っていた。



第十二章-輪廻

繰り返される日常。

──神様、あなたがもし本当に存在しているのなら、きっと私のした事を認めてくれるでしょう。

──この世の万物は新陳代謝を繰り返すべきだ。食霊は、その長い歳月の中、その身では抱えきれない程の痛みを蓄積してきた。

──よって、忘却させ救済しなければならない。いや──必ずや忘却させ、過去を断ち切らせ、魂を浄化するべきだ。

──そしてこの全ては、神国の永遠の安寧のためである。


 敬虔な祈りを終えると、羊かんはゆっくりと目を開けた。神国の静かな歳月の中、時はその意味を失ってしまったように思えた。全ては昨日の事のようにも、数百年が過ぎてしまったようにも思えた。

 忘れて、思い出して、また忘れて……同じような物語が、繰り返されている。神国の食霊たちは、人工の夢に浸り、目が覚める前に再び安眠につく、真実が明らかになる前夜に永遠に留まるのだ。

 今日も穏やかで美しい一日だった。


早朝

海辺


 朝日に照らされた海岸で、納豆は枝を持って砂の上に文字や絵を描いた、そして放置されたそれたは波にさらわれ、痕跡が残らない。

 少し離れたところ、最中は砂浜の上に寝っ転がり、打ち寄せる波の音を聞きながら、水平線に立つ鳥居をうっとりと眺めた。彼の隣に座っている抹茶は、空をぼんやりと眺めていた。

最中:何だか、何かがおかしい……だけど何がおかしいのかがわからない。

抹茶:ええ、パズルに必要なピースが欠けているような、物語に主役が欠けている気がします。

納豆:或いは……同じ時間が繰り返されているのに……僕たちは気付きもしない……

最中:おっ、納豆も来たのか、もう描かないのか?

納豆:いや……砂浜に何を描いても、波にさらわれてしまう。

最中:……それもそうだ……あのさ、海水はあの門を通ると思うか?

抹茶:水平線にある近づけない鳥居のことですか?あれは門なんですか?

最中:ああ。あれこそが「現世」に通ずる門だと思うんだ。私はそれに名前を付けた、「現世の門」とな。

 最中が首を振ると、その鳥居は少し沖合に立っているようで、近づこうとすると、どんなに海岸から離れても、鳥居との距離は永遠に縮まらない。

梅酒:おーい、最中兄さーん!

 三人の沈黙を破るように、梅酒は手を振りながら走って来た。いつも静かな彼女にしては珍しく興奮していて、何か良い事があったように見えた。

最中梅酒か?どうしたんだ、なんだか嬉しそうじゃないか。

梅酒:はぁはぁ……良かった、皆さんここにいたんですね。おでんさんが帰って来ましたよー

最中:おっ!やっと帰ってきたか、良かった!ここ数ヶ月、美味しい物をまったく食べれていなかったからな……でもどうしてそんなに嬉しそうにしているんだ、何か良い事でもあったのか?

梅酒:ええ、おでんさんがある町を見つけたそうです。特定の時間にしか入れない場所らしいんですが。だけどそこには私たちと同じような食霊がいっぱいいるそうです、だから皆で一緒に行かないかと誘いに戻って来たんだとか。

最中:もちろんだ!

抹茶:行ってみましょう。

納豆:はい……一緒に行きます。

 最中抹茶納豆の三人はほぼ同時にこう答えた。


夕方

歌舞伎町


 夜がやって来た、月のない純粋な夜が空を覆う。灯りがポツポツと灯りまるで星々のよう、光は夢のように煌めき、絶望の闇を灯した。

つじうら煎餅:見て、ここの空には極光がないみたいよ。

りんご飴:わあー本当ね、真っ黒で、なんだか不思議だわー

お好み焼き:たくさんお店と美味しいもんがあるらしいで!誰かウチと一緒にぶらぶらしに行かへん?!

おでん:……もしここにお店を開けたら、きっと賑やかになるだろうねぇ。

つじうら煎餅おでん兄さんはここに支店を出したら良いよ。この神仙ちゃんが占ってあげようかー?

最中:あっちは……古本屋か。花びら餅、行ってみよう、もしかしたら面白い本が見つかるかもしれないぞ。

花びら餅:……私はりんご飴たちとお店を巡って来ます。

りんご飴:そうよ、本屋なんて見ても面白くないでしょう、美味しい物を食べにいこうー

最中:……

おでん:じゃあ、各自店を回った後、あとで大通りで合流しようか。

最中:おうっ。


第十三章-目覚め

無垢なる夢境は静かに破れていく……


歌舞伎町路地


 本屋、錬金雑貨店などを巡っていた最中は、いつの間にか辺鄙な路地に辿り着いていた。事前におでんから聞いていた情報によると、この歌舞伎町の物は全てお金で買うか、物々交換しなければならないという。

 懐には占いや星象に関する本が十何冊も増えた彼は、既に持ってきた交換材料を全て使い切っていた。

 大通りに戻って皆と合流しようとした時、最中は突然体内で霊力の波を感じ、無意識に水晶玉を作り出した。

 普段、戦闘や星象の観測にしか使わない水晶玉は、この時、光が流れ、内部で映像が作られていく。


歌舞伎町大通り


 最中は薄い冊子を閉じ、懐の中にある古書間に挟んだ。そこには彼が聞いた真相と、複雑な星占いの知識が書き記されていた。

 先程鯛のお造りに会ったばかりだったが、最中は色んな事を理解した。そして相手に最も愚かで、簡単な、そして直接的な計画を提案した。

最中:例えまた記憶が消されても、星空に対する愛が変わらない限り、私はきっと真相を見つけるだろう、しかし──

最中:この全ては、羊かんが私たちに夢を追い求めるのを禁止しない前提にある……ある意味、これが穴になったんだな。

最中:理想を追い求める羊かんのバカがしそうなことだ……彼にとっては、私たちを守っているつもりなんだろうな……ただ、私たちの許可を得ずにだが……

りんご飴:もーなーかーにーいーさーん!どーこー!

最中:あっ……りんご飴の声だ、大声で名前を呼ばれるのはなんだか恥ずかしいな……

りんご飴最中兄さん、ようやく帰ってきた!とても綺麗なおじさんが私たちを「極楽」の出し物に招待してくれたんだ、後は兄さんが来たらもう行けるわ!ほら早くー

最中:綺麗なおじさん?極楽って?貴方たち一体何に引っかかったんだ……


しばらく後

歌舞伎町大通り


最中:……ああ「極楽」という店か、出し物って劇のことか?あと綺麗なおじさんって、あのいなり寿司とか言う食霊か……心配して損した。

りんご飴:シーッ、静かに!劇が見たいわ!

 りんご飴に一喝された最中は、少しだけホッとした。舞台の上で繰り広げられている独特な劇を見て、ボーっとして、密かに鯛のお造りが来るのを期待した。

 二度とない好機であるため、鯛のお造りは真相を暴きに来ると決めた。先程話し合った結果、最中はまだ事情を知っていることをバレてはいけないため、鯛のお造りによって全てが明らかにされる。

 具体的にどのような方法を使うかは、鯛のお造りにはもう考えがあるようだった。しかし時間に限りがあるため、最中は深追いしていない、実をいうと彼自身も真相に興味があった。

鯛のお造り:落花の如く 雲水の如く 星月の如く 雨雪の如く 風雷の如く 真を現せ

最中:?!

 最中の良く知っている声が舞台の方から聞こえてきた。新たに舞台に上がった演者は恐ろしい悪鬼の仮面を被ったまま、観客の方を向いた。

鯛のお造り:皆さん、夢の中にいたままでいいんですか?貴方たちはここにいるべきではない。

りんご飴:えっ?

つじうら煎餅:なに!!!

草加煎餅:はやり……

羊かん:……

 驚きの声を上げる一同の間から羊かんが出てきた。彼は鯛のお造りと対峙したまま、喜びとも悲しみとも言えない表情で、衆生を憐れんでいた。

羊かん:あなたは食霊、神の眷属にもかかわらず、同胞を惑わすとは。その妄言を続け、我が神国の民たちを誑かすつもりなら、あなたを浄化しなければならない。

いなり寿司:あら、面白い子ね。鯛のお造り、手伝いは必要かな?

鯛のお造り:いなり、気持ちだけ頂くよ、貴方が手を出す必要はない。

いなり寿司:そう。じゃあ、安心してこの劇を見届けるとしよう。


第十四章-真相

真相と夢境。

 戦闘の後、戦場と化した「極楽」の舞台は、あちこちが黒い雨に腐蝕されていた。

 対戦している双方は特に消耗した様子はない。鯛のお造りの服の袂にある黒い雨で腐蝕された跡、羊かんの頬の切り傷だけが、この戦いの激しさを物語っていた。

羊かん:……

いなり寿司:まさかこんなに強いとはね、君とほぼ互角じゃない。鯛のお造り、油断しすぎよ。

鯛のお造り:お恥ずかしい限りだ──しかし私は別に誰かを傷つけるつもりはない、ただ話す場が欲しいだけだ、腹を割って話せる場がね。きっと手を出していない皆さんは、同じ考えを持っているのだろう。

羊かん:あなたの考えは間違っている。

鯛のお造り:間違っているかどうかは、それぞれ自分で判断するべきだ。

抹茶:神子様、彼の言葉にも一理あります、まずは彼の言い分を最後まで聞きましょう。

納豆:そうですね……神子様、実は僕もずっと色んな疑問を持っていたんです……

りんご飴:そうよ。もし彼の言っていたことが間違っていたら、皆で追い返せばいいわ!

羊かん:……

いなり寿司:あらら、おチビちゃん、君の民たちは君とは異なる考えを持っているようねー

羊かん:…………

鯛のお造り:もし私の話に何か失礼な点があったら、いつでも中断してもらって結構だ。しかし、せめて皆に真相を知る機会と選択の機会を与えてあげて欲しい。

 羊かんは、自分を見るいくつもの目を見て、これ以上止めることはしなかった。

鯛のお造り:全てはある伝説から語らなければならない……

 鯛のお造りはある席に優雅に座り、話し始めた。最初に桜の島の怒涛の歴史を語り始めると、皆の注意は全て引きつけられた、そして物語はより一層波瀾に満ちていく。

鯛のお造り:……先程も言ったように、桜の島の二つの土地は「黄泉」そして「現世」で入れ替わり続けていた。しかし現世巫女が亡くなり、入れ替わりの儀式も廃れたため、本来二つで一つだった土地は、完全に位置が固定されてしまった。

鯛のお造り:それから「黄泉」は月を、現実に戻る機会を失い、永遠に暗闇の中に留まることとなった。「黄泉」の巫女も人々のために、自分の魂を燃やし、太陽と化した……

鯛のお造り:しかし、巫女の魂には限度がある。いつか燃え尽きる日はやってくる、その時「黄泉」は真の永夜に落ちることになるだろう。

つじうら煎餅:え?じゃあ、「黄泉」に残された人たちは死を待つしかないの?

鯛のお造り:その通りです、座して死を待つだけの日々はひとを狂わせた。「黄泉」にいる食霊たちは世界を壊し、通路をこじ開ける方法を見つけた……それは成功するとは思えない。

鯛のお造り:そのため、私はその方法に必要な神器の一つである瓊勾玉を「現世」に送り、時間稼ぎをしようとした。まさか羊かんさんによって瓊勾玉が使われるとは思いもしなかったけれど……新たな希望が見えた。

羊かん:私は誰一人我が「神国」を通し「現世」に戻らせたりはしない。

鯛のお造り:……つまり、帰れるが、羊かんさんが拒否していると?ご存知だろうか、貴方の言う「神国」とやらは、神器の力を借りて創られた幻境に過ぎない、永遠に存在するものではないということを。

羊かん:幻境と現実はなんの違いもない、どうして自分勝手な奴らに救いを与えないといけないのか。奴らは我が「神国」を汚すことしか出来ない。双子の巫女は幾度となく奴らを救ったにもかかわらず、何か返してくれたか?

羊かん:それに、「神国」はそのように多くの者を受け入れることは出来ない。瓊勾玉の神力を全て使わねばならなくなる。そうすれば、瓊勾玉によって造られた瓊子と天沼が犠牲となるだろう。

羊かん:皆は本当にそうしたいのか?恩知らずの者たちを救うよりも、私たち自身を救うべきではないのか?

水無月:巫女様……僕たちの巫女様たちが所謂双子の巫女なのか?ダメだ、彼らを犠牲にすることは出来ない!

鯛のお造り:結論付けるのはまだ早いよ。最悪の方に向かうだけじゃないと思う、皆で考えればいい。

つじうら煎餅:そうだよ、神子さま!何とかしようよ!この神仙ちゃんも占いで手伝えるよ!

 羊かんは様々な感情に引っ張られ、我慢の限界に達した。

羊かん:何人たりとも我が「神国」を汚すことを許さない。瓊子、天沼、全ての者を神国に連れて帰り浄化の儀式を始めよう。

 羊かんは瓊子と天沼の方を見つめ、淡々と指令を下した。


第十五章-種

希望の種は植えられた……


現世の門

神国


 現世の門がある砂浜で、羊かんは昏睡状態に陥った一同を見つめた。自分ではない様々な感情が消え、少し歪んだ表情もおさまり、元の神々しい輝きを取り戻した。

天沼:貴方は……本当に全員の記憶を消すおつもりですか?本当に、そうして良いのでしょうか?

羊かん:あなたたちが覚醒していることは知っている。しかし、この「神国」の主は私だ、ここではあなたたちは私の指令に従うべきだ。

羊かん:今回は、感情に任せて自分を傷つけるような間違った決断をさせたりしない。

瓊子:我々は、他人を救うことで自分が傷つくとは思っていません……

羊かん:しかし、あの者たちは救うに値しない。

天沼:羊かん、我々も認めるべきです、人間の中には確かに悪意に満ちた存在がいると。しかし、多くの人間は善良な心を持っています。少数の悪のために、大多数の善を否定するべきではありません。

瓊子:貴方が出会ってきた人間は僅かしかいないのに、大きな傷が残ってしまった。そんな貴方に理解を求めたりはしません。しかしどうか彼らに機会を与えてください。完全に否定するのではなく。これが「黄泉」にとっての唯一の希望かもしれない……

天沼:私たちが犯した過ちを償う唯一の機会でもあります。

羊かん:例えその代価が自分自身でもか……

天沼:別の角度から考えてみたらどうでしょう、私たちはエネルギーへと戻るだけです。異なる形にはなるが、永遠に存在し続けますよ。

 瓊子と天沼は顔を見合わせて微笑んだ。それは羊かんが今までに感じたことのない感情だった。満足していて、安心感があって、吹っ切れているような感情。

 羊かんは双子の巫女の化身を憧れの目で見つめた。そして理解が出来ないまま、また揺るぎない元の表情に戻った。

 それと同時に、庭園の角にいる最中は、他の者たちのように昏睡してはいなかった。彼の意識は身体を離れ、あるおかしな空間に来ていた。

最中:ここは……

鯛のお造り:ここは私たちが初めて出会った場所、貴方はそれを水晶球の中に隠した……思い出せたかな?

最中:時空の狭間か……思い出した……あの時私は書籍を読み漁り、「現世」と「黄泉」を繋ぐ方法を見つけ、そして貴方に出会った。

鯛のお造り:ええ、先程羊かんが突然貴方たちを全員連れて行った。私も急いでこの方法を試したらまさか本当に「黄泉」を離れることが出来るなんて。もしかするとこの方法で「現世」に戻れるかもしれない。

最中:しかし羊かんは今、貴方の考えに同意したりはしないだろうな。あいつは頑固すぎる、頭が痛くなる程に。例え巫女様たちが覚醒したとしても、この羊かんの「神国」にいる限り、彼の言う通りに行動しなければならない……

鯛のお造り:機会が、あるかもしれない。

最中:機会?

鯛のお造り:時空の狭間にいれば、全ての影響が消え、貴方は全てを思い出せる。

最中:それに何か意味はあるのか……たとえ思い出したとしても、羊かんは何度も私の記憶を消すだろう。

鯛のお造り:植えたばかりの種で収穫することは出来ないよ。待たなければならないことは多い。それに、巫女様たちなら既に覚醒しているようだ!

最中:つまり……

鯛のお造り:静かに機会を伺うんだ。

最中:貴方は?どうするつもりだ?

鯛のお造り:ここは長居出来る場所ではない、私は戻らなければならない。しかし帰る前に、私は「神国」に印を残しておこう。更に、私たちで芝居を打っておこう。もし私のことを倒すことが出来れば、羊かんの信頼を勝ち取ることができるんじゃない?

最中:常に数手先を読むのか……尊敬するな……流石最古の陰陽家出身だな……


現世の門

神国


 鯛のお造りが現れた時、神国は既に黄昏を迎えていた。極光は輝いていて、海面は実に穏やかだ。現世の門はまるで鏡面の上に立っているかのよう。

 現れた瞬間、鯛のお造りは現世の門に惹きつけられた。彼はあの門こそ「現世」に帰る希望であると、彼は微かに感じ取っていた。

羊かん:ここまで来たのか……しかしちょうど良い、我が民を呼び起こす時間だ、貴方を素材にしよう──瓊子、天沼、神国に属さないそれを封印しろ。

鯛のお造り:封印?極光の力を使って私を隔絶するつもりか……確かにそれは良い方法だ、そうすれば私が再びやって来ても深入り出来なくなる……

羊かん:今のあなたはまるで怪物のようだ、きっと我が民たちは正しい選択をしてくれるだろう。目覚めよ、神国の民たち、神国のために戦え。

天沼:……はい。

瓊子:……

ホットドッグ:あら?どういう状況かしら?どうして突然歌舞伎町から戻ってきたの……まだ回りたかったわ……

りんご飴:あれは何?新しい堕神?さっき会ったお兄さんに似ているように見えるけど!

納豆:彼は確か……鯛のお造りと自称していた方……まさか彼も神子様の言う裏切り者、嘘つきですか?

りんご飴:手を出して良いの?いけないの?悩むわ!!!

 目覚めた者たちの中で、最中は極光に侵され、体が幻想的になった鯛のお造りを見つめた。そして軽く笑って、立ち上がってこう言った。

最中:貴方を倒すべきは、この私だ。陰陽家と最強の占星術師の戦いだ!

 夕日で赤く染まった海面で、一触即発の戦いが始まった。


第十六章-未完

未完の使命を、果たそうとする者がいる。

 神国の黄昏。

 意外な展開、また合理的な対決は、海の上空で繰り広げられた。

 橙色の夕陽がその場にいる者たちの目を眩ませた。

 一体どちらが優勢なのか見分けがつかない程に。

鯛のお造り:勝ったのは、貴方だ──

 神力の加護があったからか、戦闘はそう長くは続かなかった、最中の複雑な視線の中、鯛のお造りは頭を振って負けを認めた。

 この時、鯛のお造りの体は完全に極光化し、肌の表面はおかしな光が輝いていた。立ち止まったまま、動けずにいる。それでも、彼は羊かんの方に顔を向け、最後の言葉を残した。

鯛のお造り:これが桜の島にとっての最後の希望かも知れない、本当にこれで良いのか?

羊かん:人間を──あの裏切り者たちを救えと?災いと負の感情をもたらす以外、何が出来る?奴らを我が神国に入れるなど、断じて許さない。

鯛のお造り:……ただの幻境に過ぎないのに?どうして、現実と向き合わないんだ?

羊かん:現実と向き合いたくないのはあなたの方だろう?人間に救う価値などない。あなたがくだらないこだわりを捨てるなら、その封印を解いて、この神国に留まることを許そう。

鯛のお造り:もし私が拒否したら?この空間が私を拒絶しているのを感じる、私が抵抗さえやめればここから離れることが出来る、貴方は私を引き留めることは出来ない、だろう?

羊かん:あなたを引き留めるつもりはない。もしあなたが私の提案を拒絶するなら、例えいつの日か「黄泉」と「現世」が繋がり、誰もが自由に行き来出来るようになっても、あなただけはこの瞬間に留まることになるだろう。

鯛のお造り:ふふっ──怖いね?それなら──やっぱり拒否させてもらおうか。

羊かん:愚かな選択だ。

 鯛のお造りは微笑もうとしたが、うまく笑えなかった。最後に「現世の門」を一目見て、抵抗するのをやめ、極光と化し、少しずつ神国の空に消えていった。

 羊かんが手を上げると、一同の感情と記憶が綺麗に抜かれ、様々な色の堕神が生まれた。

羊かん:さあ、戦闘の後、全ては最初の単純で美しい姿に戻るだろう。

輪廻の中、時間はまるでその意味を失った。

 長い長い、金色の夢の中……数百、数千、はたまたそれ以上の神秘的な力が、四方から伝わって来た。力強く何度も何度も最中にこう呼びかける。

???:「「「目覚めて……貴方にはまだやるべき事がたくさんある!早く目覚めて……!」」」


 最中はその声によって呼び起こされた。まどろみの中飛び起きると、目の前には午後のあたたかい太陽の光が降り注いでいる。

 良く知っている声だ、一体誰なんだ?どうやったって思い出せない。

 最中はしばし考えた後頬杖をついて、ぼんやりと外の空を見上げた。突然散歩がしたくなって、ふらふらと庭園にやって来ては、目的なくぶらついた。

最中:今日の空は、相変わらず魅力的だ、だけどなんだか……心に何かが欠けているような……

天沼:落花の如く 雲水の如く 星月の如く 雨雪の如く 風雷の如く 真を現せ

最中:誰だ?!ああ、瓊子様、そして天沼様……

天沼:思い出しましたか?

最中:え?私は……待て、どこかで、それを聞いたことが……鯛の……お造り?

瓊子:良かったです、本当に思い出しましたね。貴方が冊子に書いてあった通りです。

 最中も頷き、全てを思い出した。彼は瓊子が言っている冊子のことを知っている、歌舞伎町で自ら真相を書き記した冊子だ。

天沼:私たちがこれから話す事は、貴方にとっては少し迷惑なことかもしれません。

天沼:ここ数日、私たちは幾度も計算しました。「黄泉」はもう救う事が出来ない、全員をそこから救い出すほかに方法はありません。

瓊子:しかし、全ては羊かんの同意がなければいけません。更に、「現世」にいる者に、外界から開けてもらう必要があるようです。

天沼:残念ながら、「現世」ではここについての全ての記憶がありません。もし祭壇を見つけたとしても、神力がなければ開けることは難しい……そのため、外界から助けを求めるのは至難の業です。

瓊子:私と兄様は限界が来ております、羊かんの指令のまま動いてしまう日もそう遠くないかもしれません。

天沼:我々は貴方が「黄泉」と連絡が取れることを知っています。申し訳ありませんが、皆を救うには、貴方の力が必要不可欠です。

瓊子:これを受け取って下さい──

最中:勾玉?

天沼:瓊勾玉の本体を持っていてください、これを持っていれば幻境の影響を受けず、二度と忘れたりしません。

最中:しかし、貴方たちは……

瓊子:いつか我々の力は失われます、力があるうちに出来る事をしておきたいんです。

天沼:「黄泉」と「現世」は我々が作ったものですから、私たちが責任をもたなければなりません。

瓊子:ここで再び出会えただけで嬉しいのです、そうでしょう?

 最中は勾玉を受け取り、水晶玉の中にある時空の狭間に隠した。頭の中で様々な記憶が戻り、少し頭痛がした。

つじうら煎餅最中兄さーん!あれ?部屋にいないの?

最中つじうら煎餅だ。

瓊子:行ってください。そしてどうか皆を救ってください。

最中:わかった。ここにいる!すぐに行く!

 最中は表情を整え、歩き出した。一先ず疑惑を置いて、終わらない幸せと快楽へと向かった。


エピソード-サブストーリー

仕掛け人

「黄泉」と「創世」の伝説。

水無月:首領、誘き寄せた食霊たちはもう無光に来ているみたいだ。ところで、首領はもしかして「記録者」のことを覚えていないのか?

羊かん:関係ないだろう。

水無月:……へへっ、彼らは面白い事をたくさん記録しているらしいよ。

羊かん:それがどうした。

羊かん:それより、お前がどうやって食霊たちを誘き寄せたのかについて知りたい。

水無月:首領はどんどん我慢がきかなくなっているようだね……ハハッ、彼らを誘き寄せた方法に必要不可欠な事だから、もう一度説明してあげよう。

──伝説によると、人間が神の怒りを買ったため天罰が下され、桜の島は半分の土地を失ったという。

長年神に仕えてきた双子の巫女は天機に通じているため、力を合わせて土地を創った。こうして人間たちは新たな土地を耕し、再び生活出来るようになった。

「黄泉」の全ては「現世」とまったく変わらないように見える。しかし「黄泉」の地はまるで孤島のように外界と連絡を取ることは出来ない。その上、島の人々は空高く懸かる月を失っている。

そのため、双子の巫女は五十年を一区切りとし、神楽を舞うことを合図に、二つの地を「黄泉」と「現世」の間で入れ替えた。

しかし、人間の歴史の中では月を失ったという記述はなく、双子の巫女が創った島を見た者もいないことから、「黄泉」についての事柄は全て伝説として語られるようになった。

水無月:この伝説は、全ての計画の土台だ。

羊かん:それはかなり前にお前から聞いている。

水無月:いや、これは伝説なんかじゃない、事実だ。真相は伝説の中に隠されてしまったんだ──皮肉な物だなー

 快活に笑う水無月だが、羊かんは彼から悲痛と怨念を感じ取った。時間が経つにつれ、その感情は次第に沈殿していった。

水無月:「黄泉」と「現世」は単なる伝説ではない、少なくとも大巫女は実在していたし、桜の島を本当に守っていたんだ……

羊かん:だから……

水無月:だから、首領以外にも、たくさんの食霊が興味を持ってくれている。

羊かん:私の知る限り、全ての食霊がこれに興味がある訳ではない。

水無月:ああ、そんなの簡単だ。最中は呼ばなくてもどうせ自分からやって来る、日暮探偵社も少し手掛かりをバラ撒いておけば釣れる……とにかく、誰であろうと、興味を持つ物はあるという事だ。

水無月:残念なことに、紅葉の館と鳥居私塾の連中は最中の奴に止められたようだ。彼らを誘き寄せるのに、僕がどんだけ苦労したか……

羊かん:わかった、もういい。

水無月:首領が聞きたいって言ったんだろー

羊かん:そこまで具体的に言わなくてもいいだろう……

水無月:ヘヘッ、わざわざつじうら煎餅に占ってもらったんだー結果は大吉だった、今回の計画は必ずうまく行くよー

羊かん:……

水無月:皆が真相に気付く時、一体どんな状況になっているんだろうね?楽しみだなー

 無光の暗闇の中、低い声で呟かれた水無月の言葉は、風に乗って遠くまで飛ばされた。まるで誰かの嗚咽のように。

記録者たち

三千世界の可能性が記録されている。

数日前

無光の森の外周

ホットドッグ:あら~やっと見つけたわ、この手紙が偽物なのかと思ったわ!

 光と闇が交わる場所、無光の森の外周。長身の美しい食霊は集まっている者に向かって走っていった。

トッポギ:大きいわね!

キムチ:綺麗ですね。

納豆:あっ……ホットドッグですか、貴方も来られたんですね……紹介します、こちらは天才画家であるホットドッグ、我々「記録者」の一員でもあります。そしてこちらは……

トッポギ:私はトッポギよ。ホットドッグ姉様、貴方は美しいわね。あら、もしかしてホットドッグ兄様の方がいいかしら?

キムチ:コホンッ、トッポギ、失礼な事を言わないでください……こんにちは、私はキムチです。

ホットドッグ:こんにちは、スノースキン月餅はどこかしら?歴史を変える大事件を見届けるよう私たちを呼んだのは彼女でしょう?

納豆:僕たちも……長いことここで待っていました、もしかしたら……既に無光の中にいるかもしれません。

ホットドッグ:ここがあなたが記録したあの一縷の光も差し込まない場所?でも見た感じ……そんなに暗くなさそうだけど。

トッポギ:暗いどころか、非常に明るいわね。

納豆:「心災」がもたらした変化かもしれません……

ホットドッグ:「心災」?それって?

納豆:これまでに記録してきた事件によると、「心災」というのは桜の島特有のもので、それも毎回違った形で現れるとか……しかしどんな形であれ、迷い込んだ者には災いが降りかかるそうです。

梅酒:あの……実は、前回皆さんにお送りした記録に載っています。

ホットドッグ:あら~文字よりも、絵が付いている記録の方が好きなの!だけどその「心災」とやらはとても恐ろしいみたいね、本当に入らなければならないの?

納豆:ええ……食霊にとって「心災」そのものは怖いものではありません。ただ……毎回形が異なるため、うっかりしていると吞み込まれてしまいます。まるで誰かの心のままの幻想が形になったようで、そのため「心災」と呼ばれているのです。

納豆:僕は無光の近くで、別の噂も聞きました……森の奥には願いを叶えてくれる勾玉があるとのことです。もしかしたら……「心災」と勾玉が重なったことで、無光に異変が起きたのではないでしょうか。

梅酒:それに……スノースキン月餅はもう入ってしまっているかもしれません。

ホットドッグ:ならここに突っ立ててもしょうがないわ、早く入って探しましょう!

トッポギ:そうね、危険があるなら尚更助けにいかないと。

タピオカミルクティー:失踪したメンバー、神秘的な伝説……小説の書き出しに最適ね。行こう、新作のためにネタ集めもしたいしね。

名探偵の悩み

森の奥深くには一体どんな秘密が隠されているのか……

 極光に包まれた森は、光の変化に応じて色づき、時間をぼやけさせ、昼なのか夜なのか、朝なのか正午なのか、まったくわからなくさせる。

りんご飴:ブサイクな木以外、小動物すらいないわ!

かき氷:静かすぎて、なんだか怖いね。

りんご飴:私たちと空で移ろうオーロラ以外、生きているものはないみたいね。

抹茶:すぐに引き返して、最中や他の者たちを見つけ、共にここから離れましょう。

りんご飴:えっ!どうして?!せっかくここまで来たのに。

かき氷:……前と同じで、誰かの罠かもしれない。

りんご飴:違う、あれとは違う!

抹茶:……

かき氷りんご飴、少し落ち着いて、抹茶さんの言う事も正しいよ。あたしたちが「心災」について調査している事は別に秘密にしていないし、ずっと進展がなかった。なのに突然誰かが手掛かりを持ってくるなんて、いくらなんでも都合が良すぎる。

りんご飴:そんなのどうでもいい、前までは皆の言葉を聞いて、ゆっくり調べようとした……だけど御侍さんを死なせた沼が消えたのよ?せっかく「勾玉」に関する手掛かりを掴んだのに、このまま手放してしまったら、もう永遠に自分を許せなくなる。

 りんご飴の毅然とした表情を見ていた抹茶は、相手を説得出来ないことを察し、心の中でため息をついた。思わず、亡くなった旧友から日暮探偵社を任された時のことを思い出した。

 彼の親友で、りんご飴かき氷の御侍は、もともとグルイラオの学者だった。桜の島の怪奇事件、怪異の噂を調査するためにやって来て、あの探偵社を設立した。

 最後はとある怪奇事件を調べていた時、巻き添えを食らって死んでしまった。あの事件で、「心災」の影響を受けた沼は引き金に過ぎず、「勾玉」こそが本当の原因らしい。

抹茶:やっぱり……貪欲に突っ込むと理性を失ってしまうようだ、前回もそうでした、今回も……申し訳ない、ここに来ると決めたのは僕です、僕が間違っていました。

りんご飴:え?抹茶さん、何を言っているの?

かき氷:……この前の七勾玉の事?

抹茶:ええ、あの時は最終的にあの勾玉が偽物であると証明は出来たが、そのせいで貴重な調査時間を潰され、あの沼が消えてしまった。

抹茶:今回の事件と以前情報を流してくれたのは、かなりの確率で同一人物だと思います。薬師を装い、勾玉が願いを叶えてくれるという情報を流し、被害者を「心災」の範囲内に入れようとしていたのかと。

りんご飴:なら、私たちは尚更きちんと調査するべきでは?

抹茶:僕もそう思っていました、しかし……よく考えてみると、彼らの本当の目的は僕たちをここに誘き寄せる事なのかもしれません。

りんご飴:もうっ!汚い手を使う奴らなんて一番大嫌いだ!

抹茶:調査を諦める訳ではありませんよ、ただまず一度後退しておきましょう。出発する前、カツ丼には玉子焼きに助けを要請するようお願いしておきました。もしかするとあの者の情報が掴めるかもしれません。

抹茶:先程まではまだ確信が持てなかったのですが、今はほぼ断定出来ます。流言をバラ撒いていたのは無光の水無月でしょう。

りんご飴:どうりで今回カツ丼が来ていない訳だ、そんなに前から準備していたの?

かき氷最中さんはあたしたちと一緒に帰ってくれるかな?

抹茶:最善を尽くしましょう。

 抹茶とそれまで黙っていた草加煎餅は目を合わせた、事の重大さを再確認しているようだ。りんご飴は森の奥を見たまま、秘密を見透かそうとしていた。

星空の繋がりを越えて

障碍を乗り越え、星の指す方へ。

 時間が経つにつれ、密林上空にある極光はより一層輝きを放っていた。最中は「黄泉」と連絡を取る方法を探るため、一行から離脱せざるをおえなかった。しかし未だに収穫はない。

 ジリッ──ジジジッ──ブゥンッ──

最中:はぁ、また失敗か……もう一回場所を変えて試すか。

 最中の手の平の中で青紫色の稲妻が走っていた、しかし灯ることはない。

同時刻

観星落

 「黄泉」、観星落。首座がいる庭は、いつものように閑静だった。鯛のお造りは怠け者だ、お赤飯の他に、中庭のありふれた木戸を叩く者はいない。

 鯛のお造りはいつもと違って、木の下に寝そべってのんびり花を見ながらお茶を嗜んでいなかった。和室の中に真面目な顔で正座し、眉間にしわを寄せながら微かに点滅している神棚を見つめている。

 これは鯛のお造りが数年前に何日もかけて、編み出した外界と連絡を取る方法だ。外界にいる食霊は最中と自称し、桜の島の有名な占星術師だという。

 最初はただ遠距離の連絡方法を見つけただけだと思っていたが、まさか星空と時空を超えて、二つの世界を繋げていた。

 鯛のお造りは占星術師という言葉を聞いたことがなく、最中の世界では陰陽家は没落している。しかし同じ地理と文化を持っていることが判明した。話せば話すほど、二人は互いのいる世界の類似点と違いに気づいていった。

 最終的に鯛のお造り最中は文献から、「現世」と「黄泉」の概念を見つけこれでお互いの世界を区別した。

 そのことについては、最中は誰にも話していない。鯛のお造りも、お赤飯以外には伝えていない。

お赤飯:首座さま、近頃少し様子がおかしいですよ、何かありましたでしょうか?

鯛のお造り:……お赤飯にまでバレてしまったか、ずっと眉間に皺を寄せているから?

お赤飯:そうではありませんよ。今までは「不精さや掻き起されし春の雨」でしたのに、近頃は毎日早起きをして、何かを待っているではないですか。

鯛のお造り:……おや、これは気を付けなければな。

鯛のお造り:そうだな……この間貴方に話した「現世」の事だが、「瓊勾玉」を「現世」へ送った後逃げてしまって数年経つが、最近居場所が掴めたようなんだ。

お赤飯:あら、それはおめでたい事ではないでしょうか?

鯛のお造り:おめでたい事ではあるんだけど、あの者と連絡が途絶えてしまってね……

お赤飯:首座さまはあの方をとても心配してらっしゃるのですね。

鯛のお造り:いや……ただ「瓊勾玉」が心配なだけさ、この「黄泉」の未来が懸かっているからね。

お赤飯:ふふっ──

鯛のお造り:どうかしたか?

お赤飯:「瓊勾玉」を送り出した日、首座さまは自由の身になったかのように、思うまま飲んだくれていたではないですか。その時は「黄泉」の未来について考えておられなかったんですか?

鯛のお造り:コホンッ。ひとまずは生きる事を求め、発展はその次さ。「瓊勾玉」を送り出す事は計画の第一歩だ、祝うべきだろう?

お赤飯:仰る通りです。

 お赤飯の唇の端が、皮肉ではなく、全てを物語っているかのように穏やかな弧を描いていた。ただの雑談なのに、沈んでいた空気が一変した。

最中:ジジッ……こちら最中、きっ……聞こえるか?

鯛のお造り最中?!ああ……聞こえる、今どこにいる?

 神棚が急に光りだした、途切れ途切れの言葉と、ぼんやりした姿が名が荒れてくる。お赤飯は笑みを絶やさないまま、鯛のお造りに会釈をし、黙って和室を退出した。

  庭を出て扉を閉める前、お赤飯は思わず和室の方を見た。丹念に植えられた庭木が視線を遮ったが、彼女の思いを遮ることはできなかった。

お赤飯:もしかすると「黄泉」が再び「現世」に戻るきっかけが、あそこにあるかもしれませんね。

 そう思いながら、お赤飯は変わらぬ穏やかな笑顔で、そっと庭の扉を閉めた。

忘れられた巫女

神様が創った大地は、命を貪っている。

つじうら煎餅:えーっ!

 驚いたつじうら煎餅はパッと落雁の方を見ると、落雁は反射的に身を隠した。

つじうら煎餅:あたしたちの巫女様が──男?!不思議だね!ならどうして巫女って呼ばれているの?巫女は女の子しかなれないんじゃないの?

つじうら煎餅落雁姉さん早く出て来てよーお願いだから、あたしの質問に答えてーこんなビックリ仰天なお話を聞いちゃったから、自分の声量を抑えられなくなっちゃったの。わざとじゃないから、早く出て来て!

落雁:……ごっ、ごめんなさい……気付いたら……隠れていました……

つじうら煎餅:ううん、大丈夫だよ、あたしの声が大きかったからだね。早く説明して欲しいな、本当に不思議でしょうがないの、姉さんにはわかる?なんでだろう?不思議だ!

落雁:えっと……御侍様が昔、こっそり教えてくれたことがあります……

つじうら煎餅:ほんと?

落雁:うぅ、でも……私が知っているお話も、御侍様の推測でしかありません……事実では、ないかもしれません。

つじうら煎餅:あたしにはさっぱりわからないから、推測でもいいから、教えてくれない?

落雁:わかりました……御侍様も秘密にしてとは言っていなかったので……でも、出来れば他のひとには言わないでくださいね。

つじうら煎餅:絶対に、絶対に、誰にも言わないよ!本当だよ!

落雁:わ、わかりました……「黄泉」と「現世」に関する伝説は、もう知っていますよね……

つじうら煎餅:もちろん!知らなかったけど、水無月兄さんが毎日言ってくるから、覚えちゃったよ。だからすごく不思議なんだ、あたしたち「現世」の大巫女様は女の子だと思ってたから!

つじうら煎餅:っていうか普通はそう思うよね?!話が逸れちゃった、早く理由を教えてー

落雁:え、えっとですね……

落雁:ただ、ほんの僅かな……人たちは知っていたんです、巫女様は男女の双子だって事を。

落雁:御侍様は言っていました……最初はお二方は遊びに出掛けるために、身分を入れ替えたんだと。

落雁:それから、巫女様たちは入れ替わりながら島を視察した……民たちの本当の状況と願いを見るために……

落雁:神罰が下された後、土地を失った民たちに……生きる空間を与えるため、巫女様は神様の目を盗み……天沼矛で新たな大地を創りました。

落雁:しかし、神様はこの世界に……自分で創った大地の存在しか……許せなかったんです。そのため、二つの大地の内一つを隠して、神罰から逃れなければならなくなりました。

落雁:巫女様たちは離れ離れになるしかなくなりました……それぞれ別の土地を守りながら。隠された方の土地を……「黄泉」、現実に浮かび上がっている方を「現世」と。

つじうら煎餅:あれ?じゃあ、隠されていた「黄泉」はとってもかわいそうじゃない?

落雁:はい……水無月さんが言っていました……「黄泉」と「現世」の入れ替えはもともと、五十年に一度と決められていたと。

落雁:そうすると……どの土地にも「現世」に戻る期間がある……巫女様も入れ替わりの時に……束の間だけど対面できると……しかし……

つじうら煎餅:あっ!この後のことは知ってるよ!貪欲な悪者たちが大巫女様を殺しちゃった……でも、なんで巫女様が男なのかについての説明は結局ないね。

落雁:それは、民たちを思ってのこと……神様を騙し通すため、巫女様たちは同じ格好をしていたんです……しかし最愛なる民たちによって……

 落雁の声は次第に小さくなっていき、最後まで口にすることはなかった。

極光-幕

極光のもと、誰に呼ばれたのか……

 無光の森の奥深く、隠れた山谷の中。

 「心災」と「勾玉」が化した力が交わり、奇妙な均衡を保っていた。

 中心にあるのは祭壇の跡地、その前には石の鳥居が立っていた。

 純粋の色が海に交わるかのように、空には極光が現れた。

 見えないはずの結界に衝突し、そこだけ極光の切れ目があった。

???:兄様、ここにいらっしゃるのですか、兄様……

???:感じます……貴方がここにいるのを……

???:兄様……

 儚げに重なり合う声が、どこからともなく聞こえてくる。

 まるでその声に応えるように、祭壇の前の鳥居は水鏡のようになり、波打った。

 すると何もなかった祭壇の中央に、素朴な木箱が現れた。

???:兄様……やっと見つけました……

 箱が現れると、先ほどの声は突如大きくなった。

 結界も激しく揺れる。しかし、木箱に変化はなく、結界も再び静まった。

???:どうして……会いに来てくれないんですか……兄様……

 悲しげな女性の声が山谷の中に広がる、それに答えてくれるものはいない。

心災Ⅰ

真ろ幻の感情が交錯する。

 歪な木々が生い茂り密林を形成している。極光に照らされていても、光が通らない場所があった。そこはまるで誰かによって木で作られた通路のようになっている。

 歩いていると、奇妙な風の音が聞こえてくる。耳を傾けると、それはまるで誰かの囁きにも聞こえた。

???:夢を見るのは好きか?

???:もし、ここは自由に夢を見れる空間だと言ったら、どんな夢を見たい?

???:思いつかない?じゃあ質問を変えよう。

???:あなたが夢見てきた中で最も美しい景色は何?

???:そこに誰がいる?

???:目を閉じて、よく考えてみて……

???:ああ、良い夢だね、そうだろ?

 よく知っている声だが、口調がおかしい。まるであの者の声だけを別の者にすり替えたような、違和感があった。

???:私が誰なのか、気になるだろう?

???:私はね、羊かんだ……実は、感情をもっていないんだ。

???:私は生まれながらにしてそれが欠けていた。しかし私は、他人の感情を感じることが出来る。

???:まるで鏡のように、誰かの感情を映し、増大し、操ることが出来るんだー

???:だけど、私はs誰かの感情をこんな風に受け入れたくはない……まるでごみのように私に投げられた感情は、私を苦しくさせるんだ。

???:出来ることなら、正直にあなたの気持ちを私に伝えて欲しい。

???:私も、自分だけの複雑な感情をもちたい。

???:だけど、私は誰かの感情を模倣することしか出来ない、それを理解することは出来ないんだ……

???:しかし最近、この世界を浄化するよりも、私だけの新たな世界を創った方が良いと思い始めた。

???:苦痛も、痛みも、裏切りもない世界。

???:皆はやりたいことをやりたいままにやることが出来る

???:あれ?信じられないの?つまんないな、本当の事しか言っていないのにー

 羊かんは無表情のまま、言葉を話す不思議な通路を見ていた。隣には笑っている水無月がいて、彼は楽しそうに先ほどまでの言葉を聞いていた。

羊かん:面白いか?

水無月:ああ、面白いよ。ハハッ、首領のその顔はどんな気持ちなんだ、ただの「心災」の現象だよ。僕の口調で君の心の内を話しているだけ、良いことじゃないかー

羊かん:処分しろ。

水無月:あー冷たいなーもう少し君の心の声が聴きたかったな!

???:口うるさい奴らを全員懲らしめてやりたい。とくに今目の前でベラベラ喋っている奴とか!

水無月:懲らしめる……僕の口調だけど……やっぱりちょっと怖いね……

???:お前のことだよ!張り付いたような笑顔をしているお前だ!私なんかよりも、お前の心の方が病んでいるだろうな。でも大丈夫、神国に行けば、全ての苦痛は消え失せるからー

???:お前のような陰気臭い奴も、同じように接してあげる!

水無月:……黙れっ!

羊かん:残しておいても良いだろう、行こう。

水無月:えっ……ちょっと首領、やっぱり処理しようよ、この通路を残したら君の秘密がバレてしまうかもしれない……って、待ってよ!おいっ!

美食への探求

不思議なキノコの噂。

ラムネ:本当にここに美味しいキノコがあるの?こんな薄暗いところに?!

お好み焼き:キノコは確かに暗くてジメっとした所が好きやからな、もしかするとほんまに美味しいもんに出会えるかも!

たこ焼き:うーん、それは微妙やと思うなぁ……おでんはどう思う?

おでん:……

お好み焼き:店主は美味しいもんにこだわりがあるおひとや、きっともっと良いもんを見つけてくれるはずや!

たこ焼き:そもそも、あのキノコはどないな見た目なん?

お好み焼き:確かうさ耳があって、色はピンク色やって聞いたんやけど……

ラムネ:だけどそんなキノコ聞いたこともないよ、店主はどう?

おでん:それは……

お好み焼き:店主は色んなこと知っとるから、きっと見たことがあるやろ。前にグルイラオの雑誌で読んだんやけどな、流行っとるキノコの品種やって。

おでん:随分前に輸入市場で見たことはあるけど、こっちでは確かまだ確認されていないはずだけどなぁ……

お好み焼き:つまり、もしウチらが見つけられたら、これから気軽にこの新しい品種のキノコが食べられるってことやな!

おでん:そうだね、お好み焼きの言う通りだ。皆にこの美味をお届け出来るなら、良いね……

ラムネ:よしっ!やる気出てきた!急いで探そうよ!

たこ焼き:うん!

幕が上がる

全ては計画通り。

落雁水無月さん……ここに来た、全ての者は……全員予定していた範囲に入りました。

つじうら煎餅:今はいるけど、すぐに逃げちゃうかもしれないよ。

水無月:そう……待っていられない奴らはもうここから出ようとしているみたいだね。それは困るな、お芝居は役者が揃わないと始まらないからな。

水無月落雁つじうら煎餅、まずは全員を一か所に集めてくれ。

つじうら煎餅:だけど全員仲間じゃないよ?最初は一緒に行動してても、ちょっとしたらきっと分かれちゃう!

水無月:おっ。煎餅ちゃんは小さいけど、色々知ってるじゃーん。

つじうら煎餅:当たり前でしょ!神仙ちゃんなんだから、ちょっと占えばすぐにわかるよ!

水無月:じゃあ、僕たちの神仙ちゃん、ちょっと前に占ってくれただろ?その時は大吉だったんだけどなーまさか君の占い結果に矛盾が生じたりするの?

つじうら煎餅:あっ!それは……

水無月:ハハハッ。安心して奴らを誘き寄せれば良い、きっと神子様がどうにかしてくれるよ。

水無月:僕たちが大変な思いをして作り上げた舞台だ、来たんならちゃんと演出を最後まで見てってもらわないとなー最低限の礼儀ってもんでしょ!

落雁:はい……しかし……どうやって誘き寄せれば良いんでしょう……

水無月:一番簡単なのは、りんご飴にちょっかいをかければいい。「勾玉」についてテキトーに話題を投げれば、きっと全員に情報を流して追ってきてくれるだろうね。ね、簡単だろう?

落雁:ご、ごめんなさい……

水無月:なに?どうしたんだ、僕の手伝いが必要なのか?

つじうら煎餅:ふん!もちろんいらないよ!こんな簡単な仕事、あたしがちょちょいとやっつけてやるんだからー

落雁:しっ、しかし……

つじうら煎餅落雁姉さん、行くよー!

水無月:頑張ってねー

リハーサル

静かに芝居が始まる。

落雁水無月さん、わ……私は下手だと思います……やはり、つっつじうら煎餅に代わった方が……

水無月落雁ちゃんには演技の素質があるよ。それに素朴な演技であればあるほど、信じ込ませやすいんだってー

落雁:ほ、本当ですか……では……一体どうすれば……

水無月:ハハッ、簡単さ。ここに張ってある結界は僕が設置したものだと、最中に信じ込ませるだけで良い。

水無月最中は星象観測に頼り過ぎな面があるからね。極光によって星空は隠されている、彼に観測は不可能だから、判断力は自ずと落ちているはずだ。

水無月最中を連れてきたら、わざと煽って警戒心を下げるよ。そして結界を張るフリをする。

水無月:この時、君はただ僕の言いつけに従って、外を守って、仕掛けている過程を見られないようにしてくれたらいいよ。

水無月:彼が勝手に想像を膨らませて、結論を出してくれるだろうから。

落雁:しっ……しかし台詞をもし忘れてしまったら……どうしましょう……

水無月:大丈夫大丈夫、もとからそんな感じだからさ。

落雁:あぁ……ごめんなさい……

水無月:もー謝らなくていいって、自分らしくしているだけでいいから、ね。

水無月:さあ準備出来た?観客を待たせるわけにはいかないからね。

願い

神器の力。

 光が差さない奥深い幽谷の中、儚げに重なり合う女性の声は絶え間なく、兄を呼び続けている。しかし、返事はなかなか帰ってこない。

???:兄様……貴方がここにいることは知っています……貴方の気配を感じます……

???:私は……貴方が恋しいです……兄様……

水無月:おーもう長い文章が言えるようになったのか!予想通り、「心災」と「勾玉」の力は交じり合い、強くなっているみたいだねー

羊かん:……

水無月:首領、勾玉の位置はわかる?

 羊かんが手を伸ばして虚空を無造作に掴むと、極光を放つ勾玉が現れた。

 それまでの儚げに呼びかける声は急に消え、結界にぶつかっていた極光が弱まったように、羊かんの手に集まってきた。

水無月:やっぱり、首領にしか勾玉の位置はわからないのか……

羊かん:以前、この声に願ったことで、この「無光」が生まれた。

水無月:それで君を主として見ているのか……ああ、首領……時々妬ましく感じるな……

羊かん:……

水無月:ハハハッ、冗談だから、本気にしないでよー

水無月:じゃあ、これから何度か試して欲しいな。願いが叶って、全員を閉じ込められるかをね。

水無月:そんなに緊張しないで……首領はきっと緊張しないってわかっているけどね。とにかく、願いが叶わなかったとしても、奥の手があるからー

羊かん:失敗はしない。

羊かん:この地に入った全ての者の位置を教えてくれ、そうすればこの森を変えて見せる。

 羊かんは喜びとも悲しみとも言えない表情で、勾玉を眉間にあて、願いを唱えた。

 羊かんが願うと、すぐに二人がいる場所が盛り上がり、周囲は彼らを囲むように高い木が生えてきた。

水無月:こんな簡単に……成功するの?!

羊かん:感情がない、欲もない、最も敬虔だからだろう。

水無月:首領……本当に君が妬ましいよ……

帰れない

帰り道は封鎖されてしまった。

 極光の下、一行は密林をさ迷っていて、雰囲気は少し落ち込んでいた。

ラムネ:あーあ、悔しいな、このまま帰るだなんて……

たこ焼き:うさ耳キノコが見つからんかったから?

ラムネ:ううん……何も手伝えなかったから……

おでんラムネ、それは違うねぇ、あたしたちにも任務があるだろう。

ラムネ:でも、逃げているようにしか……

おでん:早く外に情報を伝えられれば、最悪の事態を回避出来るかもしれねぇだろ。

お好み焼き:せやで、ウチも悔しいけど……せやけど一回決めたんなら、突き進むしかないねん!

ラムネ:うん……わかった。

たこ焼き:……ねぇ、なんだかおかしない?

お好み焼き:正常なところなんてないやろ、どこもかしこもおかしいよ!

たこ焼き:そうやのうて、来た時はこないに歩いたやろか?

お好み焼き:あっ……確か分かれ道があったはず、せやけど全然見あたらんな……

たこ焼き:えっ?これはさっき印をつけた木ちゃう?ここはもう通ったはずやけど!

おでん:しまった、帰り道を塞がれてしまったようだ!

ラムネ:えっ?!どういうこと?!

お好み焼き:つまり、もうこっから出られへんってことや!!!

ループ

全てはループしている。

りんご飴:またここに戻ってきた……

抹茶:さっきから、僕たちはずっと同じ場所を歩いているようですね。

かき氷:……七回。ループしていると気付いてから数えてみたけど……同じ木の横をもう七回は通り過ぎている。

抹茶:はい、例え前進しても、後退しても、どう方向を変えても、同じ道に戻ってしまうようですね。

りんご飴:じゃあ……ここら辺の木を全部切って、道を作る?

抹茶:例え新たな道を切り開いても、相手によって対処されてしまうでしょう。

りんご飴:相手って?

かき氷:誰かに操作されてるってこと?

抹茶:ええ、ここに来ると決めた瞬間から、僕たちは操られていたんです。

りんご飴:ごめんなさい……私が突っ走ったから……でも今回を逃したら、もう真相を突き止められなくなるんじゃないかと思って、本当に怖くて……私が皆を巻き込んでしまった、ごめんなさい!!!

抹茶:……りんご飴、ここに来ると最終的に決めたのは僕です、僕に責任があります。しかし、事態が最悪の状況にまで至っているとは思えません。

かき氷:そうだね、こんな大がかりなことをして皆を騙そうとしているのは、きっと別の目的があるはず。

草加煎餅:……

抹茶:相手は明らかに時間稼ぎをしているようです、何かを待っているのかもしれません。

抹茶:先程みたいに、誰かを寄越して僕たちを導くように。

りんご飴:じゃあどこにも行かず、このままここに留まるのは?

抹茶:向かうべきではあります、ここに閉じ込められたままですと余計に不利です。

りんご飴:もうっ!行くのもダメだし、行かないのもダメ!ムカつくわ……捕まえたら、絶対……

かき氷:絶対、なに?

りんご飴:えっ……まだ思いつかない……

かき氷:……じゃあ捕まえた時に考えよう。

結界

結界を破れるのはあの者しか……

水無月:あぁ、複雑な構造をしているな、頭が痛くなるー

落雁:これは、最も高度な……結界です。当時の陰陽家が……巫女様のために独自に作ったもので……材料だけでも、とても貴重だそうで……

落雁:御侍様が言っていました、当時は巫女様のお墓には……宝物があると噂されていて……多くの人たちが……お墓を探していたらしいです。

落雁:巫女様が何者にも邪魔されず……安眠できるようにと……最後の陰陽家の方たちは……桜の島を探し回って、ありったけの資材をつぎこんで……この結界を作ったとか。

水無月:なるほどねー少し不思議なんだけど……首領は森を自由に操作することが出来るんでしょ?結界は解けないの?

羊かん:結界のせいで祭壇の空間とこの森は隔てられていて、操作することはできない。

水無月:そうなのか。こんなに複雑な結界、もし最中にも解けなかったら……笑えるなー

つじうら煎餅:でも結界が解けないと、計画は失敗になっちゃうじゃん!

水無月:そうだねー

つじうら煎餅:なんでまだ笑えるの?他に何か方法があるの?

水無月:いや、結界を解くのは得意じゃないんだ。

つじうら煎餅:じゃあどうして……

水無月最中にも解けないなら、誰にも解けないということだ。だから、焦ってもしょうがないよー

 水無月は笑いながら、そばにいる羊かんを見た。

羊かんは先程の会話を聞いてはいないようだ。結界の中の祭壇を見つめ、揺るがないようで揺らいでいた。

羊かん:彼はきっと結界を解いてくれる。

心災Ⅱ

苦痛と葛藤。

 ここには無光にはなかった青い草地があった。草木は好き勝手に成長し、葉や枝を伸ばした。中心には池があり、極光に照らされ、キラキラと輝いていた。

 踏みしめると、黒焦げた足跡が残った。周囲数メートルの草木も萎え、黒色に枯れていく。

 一歩ずつ歩くたび、大地から怒りの声が響いてくる、まるで誰かの心を代弁しているかのように。

第一歩──

焦土「外見は鮮やかだが、中は真っ黒である」

第二歩──

焦土「この目障りな繁栄を滅ぼしたい」

第三歩──

焦土「偽善なんかより、純粋な悪の方が嫌われない」

清泉「本当にそうなの?何を期待しているの?」

 隣の泉が唐突に声を上げると、大地の低い声を聴いていた者は足を止めた。

 足音が止んだことで、全ては静寂に戻った。すると彼は再び歩き出した、今度は一層熱心に耳を傾けた。

焦土「羊かんの発想は実に甘い!この世の汚れは永遠に浄化することはできない」

清泉「でも君はずっと彼に協力して、離れようとは思わなかったでしょう?」

焦土「僕は彼の力を借りて、背信者たちに罰を与えようとしただけ……」

清泉「でも罰を受けるべき人は皆もう罰を受けたんでしょう?」

焦土「僕は……」

清泉「認めなよ、心の中では期待しているくせに」

焦土「いや、皆嫌いだ!」

清泉「でも、君の大好きな巫女様も、人間なのよ」

清泉「君もこの世界が明るいものであって欲しい、君の思うような暗いものではなく、でしょう?」

焦土「黙れ」

清泉「ハハハッ、強がるなよ。僕は君だ、君のもう一つの顔、自分にしか自分はわからないよ」

清泉「本当に甘いのは僕たちの方なんだ」

 池から溢れ出た水は草地を覆った、すると黒焦げた跡から幼い芽が生えてきた。水が来た者のあしを覆うと、言葉も止んだ。

羊かん:これがあなたの心の中の声か……水無月……

羊かん:甘くても、辛くても、全ての苦痛も葛藤も、私が終わらせてあげる。

 羊かんは言葉に出来ない表情を浮かべた、まるで全ての感情を表しているように見える。口元に弧を描いて、衆生を俯瞰した。

観客の入場

幕が上がる。

ループ

無光

りんご飴:どういうこと?!堕神が増えていく……

かき氷:オーロラが強まるにつれて増えていくようね。

抹茶:しまった……ここは狭すぎる、我々に不利です。

りんご飴抹茶さん、早く来て、こっちの道が出来た!

草加煎餅:どうやら相手はもうじっとしていられないようですね……

抹茶:さあ、この道を辿って、あの者たちの本当の目的を見てみましょう……

密林

無光

りんご飴:ふぅ……同じような木が生えているけれど、ようやくあの奇妙なループから抜け出せたみたいね!

かき氷:他のひとたちはどこにいるんだろう……

抹茶:推理が正しければ、僕たちは必ずすぐ彼らに会うことになるでしょう。

抹茶:大方水無月は我々を同じ時間、同じ場所に集めようとしているのでしょう。さもなければ繰り返しこのような面倒なやり方をする必要はありません。

草加煎餅:……何しろ、舞台で一芝居するには、観客がいなければなりませんから。

草加煎餅:ただ、今日は一体どんな芝居をするつもりでしょう……

りんご飴:よくわからない話をしていないで、一緒に道を探しましょう、また出られなくなったみたいだわ!

抹茶:急がなくても大丈夫です、もうすぐでしょう。大人しくその時を待ちましょう。

第三の目

傍観している第三の目。

 「黄泉」、観星落。静まり返った和室の中、神棚が点滅しているだけで、他は全て止まっているように見えた。

 鯛のお造りは少し不安そうに神棚──正確には神棚の中で広がる幻の光景を見ていた。

 光の中途切れ途切れに映るものは、別の世界からのものだ。「黄泉」の者には手の届かない世界。

鯛のお造り:まさか、切れたと思っていた通信が完全に途切れている訳ではないとは。ただ見れるだけで、聞くことも話すことも出来ないけどね。

鯛のお造り:しかし最中の同意もなく、見ていいものかどうか……

 鯛のお造りはあれこれ考えながら、「現世」を観察する機会はめったにないため、葛藤することをやめた。

鯛のお造り:見られたくないことがあれば避ければいいさ。

鯛のお造り:残念ながら、最中が今いる場所は自然に出来た場所ではないこと。極彩色の極光は、神器の力がぶつかって生まれたものだろう。

鯛のお造り:あら?あれは……

 映し出された景色はとても広い、角度のせいで最中は見えないが、斜め後ろに勾玉を持つ羊かんの姿があった。鯛のお造りはそれを鋭く捉えた。

 「瓊勾玉」を長年保管してきた彼は見間違えるはずがない。

鯛のお造り:まさか先を越されるとは……

鯛のお造り:しかしこれはまだ最悪な状態ではない。最悪なのは、最中がそれを知らずに、誰かが用意した罠に飛び込んでしまうこと。

鯛のお造り:しかし……残影を飛ばす方法しかないみたいだ。

 鯛のお造りは、先程の映像を残影にし、最中に送った。しかし彼がいつそれを受け取れるかはわからない。

 最中の背後にいる羊かんは思いもしていないだろう、第三の目が彼らを見つめ、起こったことを忠実に記録していると。

 しかし、この時を超えた「証拠」は、いつ役に立つかはわからない。

新世界の夜明け

夜明けの光。

むかしむかし、この大陸が生まれた頃と同じくらい遥かむかし、ある予言の噂が広まっていた。

その予言は「記録者」たちの手帳に記された。

しかし、遥かなる時を経たことで、再び忘れ去られてしまった。

何年後、誰もいなくなった大地は暗闇に落ちた。

悪念から生まれた恐怖の堕神が、旧世界の幕を切った。

極彩色は満身創痍の傷口から青白い世界に染み込んでいく。

それは新しい世界の光だった。

光が救世主を導いた。

救世主は小舟を持ってやってきて、大地の霧を破り「黄泉」から全ての者を救った。

羊かん:この話、何が特別なんだ。

水無月:ハハハッ、僕はただ、あの救世主は、首領のことかなと思っただけー

水無月:ほら、無光の闇もある。

水無月:極彩色もある。

水無月:そして堕神も。

水無月:どう見ても、予言そのものじゃないか。

羊かん:小舟はない。

水無月:細かいことは気にしないでよーこの先、桜の島の外から誰かがやってきて、この大地を救ってくれると思う?

羊かん:それは私には関係ない。

水無月:それもそうか、首領が神国を築けば、救世主なんてどうでもいいね。

羊かん:行こう、最中が結界を解こうとしている。どうなるか、すぐに答えがわかるよ。

仲間

変わらない仲間。

午後

神国の深夜食堂

 この日は快晴で、風もよく吹いていて、旅行日和であった。

 お好み焼きラムネは店の中にいて、窓の外で揺れる木陰を、木のテーブルに太陽が一寸ずつのぼっていくのを見ていた。

お好み焼き:ふわー誰もいひん、寂れとるな、皆どこに行ったんやろ……

ラムネ最中兄さんは取材に出ていて、抹茶さんは探偵小説を書いている、納豆たちは外回りでいつも帰ってこないし、おでんさんは新しい料理を開発している……そして誰もいなくなった。

お好み焼きつじうら煎餅は?あの食いしん坊は今日来てへんね?

ラムネ:神使さまか、巫女さまのところじゃない……どうしてそんなに神使さまのところに行くのが好きかわからないけど、なんだか二人とも変な感じがする。

お好み焼き:そんなことないやろ。落雁サマはおもろいけど、水無月サマは……確かにちょっと相手するのは大変そうやね。

ラムネ:相手する必要なんてないよ、仲間じゃない?

お好み焼き:えっ?あれ?せやな!とにかく、みんな仲間やし、つじうら煎餅が誰のところに行ってもおかしくないってことや。

ラムネ:そうね、ここにいるひとたちみんな仲間、みんな良いひと……でも……

お好み焼き:でも、なに?

ラムネ:少しひとが少ない気がする、たまに寂しく思う時があるの……ここに来る前からそうだった?

お好み焼き:さあー変なこと考えるのやめて、おでんが新しく開発しとる料理を見学しに行こうや!

ラムネ:そうね!

海面にある鳥居。

南の海辺

神国

ホットドッグ納豆納豆早く来て、すごいものをみつけたわ!

納豆:はい!何か新しい発見があったのですか?

ホットドッグ:ここはきっとタピオカミルクティーが人間を見つけた場所よ、ほら足跡が残っているわ。

トッポギ:でも、タピオカミルクティーの足跡かもしれないよ?彼女は?

キムチ:新たなアイデアが浮かんだので、抹茶のところへ行って探偵小説の続きを書いているようです。

トッポギ:そうか、じゃあ足跡をたどってみよう。

ホットドッグ:ええ、行きましょう!

トッポギ:わあ!あれは何?

ホットドッグ:えっ?どこ?!

トッポギ:そっちじゃなくて、海の方を見て、あそこに門みたいなもの見えない?

ホットドッグ:……あら、本当だわ!門じゃないわ、鳥居よ、海面に鳥居があるわ!

キムチ:鳥居は独特な光を放っているみたいですね、どこに通っているのでしょう……

ホットドッグ:行ってみるわ!

 ホットドッグはそう言いながら、邪魔なジャケットと靴を脱いで海に飛び込み、さほど遠くなさそうな鳥居に向かって泳いだ。

 奇妙な話だが、遠くは見えないのに、いくらホットドッグが泳いでも鳥居との距離はまったく縮まらず、同じ距離を保っている。

 浜辺にいる者もその問題に気付いた。ホットドッグは浜辺から遠く離れているのに、鳥居に近付く気配はない、その鳥居はまるで明月のように永遠に海に浮かんでいるようだった。

キムチホットドッグ、戻ってきてください!あの鳥居は少し様子がおかしいです。

納豆:そうですね……最近変なことが多くて……一先ず記録しておきます。

納豆:帰ってからまたみんなで議論しましょう、もしかしたら……違った考え方が閃くかもしれません。

新たな仲間

新たな仲間の加入。

北の谷

神国

 生い茂った木々が空を覆っているため、山谷は暗い。最中は一番高い大樹の頂きに立って、星空を観測した。

最中:やはり……特殊な災いが起きると示された場所と、人間が現れる場所はかなりの確率で重なっているようだ。

 最中は頭痛を抑えながら木の下を見た。

最中花びら餅、あんま余計なことを考えるな。この木が支えられる重さは決まっているんだ、貴方と一緒に枝に並んで夕日を見るなんて出来ないよ……

花びら餅:……そんなことなんて考えていませんよ……

最中:本当か?なら私を眠らせようと力を使うな、私は今木の上にいるんだ、眠って落ちたら痛いだろ!

花びら餅:あれ……効かない……前までは眠らせることが出来たのに……

最中:だから余計なことを考えるなって!とりあえず私と神社に戻ろう、新しい仲間が加われば、みんなも喜ぶだろう。

 地上に戻ってきた最中は、高嶺の花のように見えて、妄想大好きなその少女を見つめ、彼女がりんご飴たちと出会った時のことを想像して、噴き出しそうになった。

最中:早く行くよ。

占星術

隠された星空。

最中:昨晩星象を見たところ、ここ数日は快晴だそうだ。

ラムネ:ほんとに?最中兄さんまた騙すつもりでしょ。この前は冷えるって言ってたから、厚着して出掛けたら、熱中症になりそうだったよ。

ラムネ:それに、前々回だって、外に出ちゃいけないって言うから、皆が楽しそうに遊びに行くのを見ているしかなかった……

ラムネ:しかも、家に座っていたら、隕石にぶつかりそうになってたよ!

ラムネ:もう信じないんだから、占星術なんて、当たった試しがないもん!

最中:あれはたまたま、たまたまだ!占星はきちんとした科学だから、法則さえ見つかれば、現実と対応しているんだ。今度こそ計算し尽くした、間違いない!

ラムネ:うぅ……じゃあ、傘は持たなくてもいいの?

最中:ああ、絶対に、晴れ渡る。

つじうら煎餅:うわーラムネ本当に信じるの?傘は持って行った方がいいよ……

ラムネ:う……つじうら煎餅じゃない。もしかして、占ってくれたの?じゃあその言葉を信じよう、外れたことないからね。

最中:……

つじうら煎餅:ううん、占ってないよ。

ラムネ:じゃあどうして……

つじうら煎餅:だって自分で見てみなよ、もう降りそうだよ。晴れ渡るどころか、雷雨が降るかもしれないよ。

ラムネ:ねぇ……最中兄さん、別に信じていない訳じゃないんだけど……ただ、本当に占星術って、全然当たらないよね……

ラムネ:もう行くよ。やっぱり、趣味を変えたほうがいいと思う!

最中:……

つじうら煎餅:へへーこの神仙ちゃんが占いを教えてあげようか?きっと今の百倍当たるようにするから!

最中:いや、きっとどこかで計算を間違えてしまったんだ、もう少し研究してくる……

つじうら煎餅:ええ?行かないでよ……

水無月:どうした、彼はまだ占星術を諦めていないのか?

つじうら煎餅:そうよ、本当におかしなひとね。この神仙ちゃんから学べばいいのに、あたしはすごいんだから!

水無月:もちろん、煎餅ちゃんが一番すごいよーでも、ひとはそれぞれ好みがあるからね。

水無月:気の毒だなー今まで信じていたものが崩れていく感覚を味わっているんだろう……何しろ、彼が知っている星空とはまったくの別物だからね。

つじうら煎餅:星にも違いはあるの?みんなキラキラしてるでしょ?

水無月:ハハッ、そうかもね……

忘却と選択

檻の中の孤独。

水無月:今の状況は少しまずいかもしれないよ。ここ数年、皆色んな事に気づいて、色んな疑問や疑惑がたまっているらしいよー

水無月:ところで首領は今でも瓊勾玉の力を操れるの?

羊かん:お前まで忘れっぽくなってしまったのか。巫女の実体は瓊勾玉だ。私は神国の主でありながら、神国の一部を操ることは出来るが、その力の本質を変えることは出来ない。

水無月:通りで人間が迷い込んでくる時、大体が「現世」の心災と重なっているんだね。神器の力の一部は「現世」に残っている訳か。

水無月:しかも、特定の時間に必ず出現する場所を発見した。そこの風景や人は「現世」とは全く違う、きっとそこが所謂「黄泉」なんだろうね。

水無月:思うに、ここと繋がっているのは、神器の力が引き合っているからだ。

羊かん:それは巫女と神器の力の間にある繋がりだ、私にはどうも出来ない。

水無月:なら却って悪い話ではないってことか、これからもっと多くの食霊を呼び込めるかもしれない……

水無月:だけど「黄泉」の地は、はじめに消した記憶の範疇じゃなかったはず。「黄泉」を探し当てられないように、何かするべきか?

羊かん:……ここは私の神国だ、制限をつけてしまったら、ただの織と何の違いがある。

水無月:ハハハッ、神子様のお言葉はますますありがたく聞こえてくるねー確かに、楽しく過ごせれば、織の中にいたとしても自由に思えるからね。心の中に不安があったら、例え広い世界にいても閉じ込められているように感じてしまう。

水無月:僕はね、巫女様たちを見ると嬉しくなるんだーもう長いこと「現世」の憎たらしい奴らのことを考えていない。

水無月:だから、巫女様を脅かす可能性のあるものは、根本的に排除しなければならない。

羊かん:もう考えはあるのか。

水無月:あるよーだけどこの方法を使うと、僕と落雁の記憶にも影響して、全てを忘れてしまうかもしれない。その時、首領は独りぼっちになっちゃうよ。

水無月:神様は孤独だ、そうだろう?神子様?

落雁:わ、私は……問題ないです……居場所を見つけたので……過去を忘れても、大丈夫……です。

水無月落雁ってほんといつも音もなく現れるね。

落雁:ごめんなさい……

 落雁で遊ぶ水無月を静かに見つめた後、羊かんは目を閉じた。真剣に彼の提案を考えているようだ。しばらくすると、彼は目を開き、水無月に向かって頷いた。

実験品

剥がされていく記憶。

羊かん:本当に、そうするつもりか……

水無月:もちろん!辛いことを全部忘れるなんて最高だろ。でも、これからは神子様に苦労をかけちゃうけどね。

羊かん:しかし、この試みが成功しなかったら……

 水無月がこれから全てを忘れてしまうかもしれない、そう思った羊かんの空っぽの胸はより一層空っぽになったように感じた。無意識に失敗すればいいと思うほどに。

水無月:失敗したら、君の神国は永遠に存在することは出来ないだろうね。蓄積された不満はいつか爆発する。だから、成功すると信じよう。

羊かん:……わかった、始めよう……

 羊かんは目を細めて笑っている水無月を見つめ、双子の巫女に合図し儀式を始めた。

 儀式を通し、負の感情と辛い記憶を抜き出し、人工的に堕神を作るという方法だ。

 こうすれば、堕神を退治すれば、負の感情と辛い記憶は全て消えてなくなる。

 しかし長い歳月の中で、負の感情は思い出を侵食するものだ。そのため、このような方法を使うと、負の感情に染まった全ての記憶が消えてしまう可能性がある。

 羊かんはわかっていた、爽やかに笑う水無月はまさにこういう類のひとだと。

 儀式はつつがなく進んだ、生まれたばかりの堕神の体は大きいが、羊かんには敵わない。

 多くの記憶が抜かれたからか、水無月は堕神が消える前に意識を失った。

 堕神を抑え、羊かんは最後の一撃を打ち込もうとした。その時、彼は振り返って双子の巫女を見た。

羊かん:もしこの苦痛の記憶で形成された堕神を壊してしまったら、彼は──水無月は、全てを忘れるのだろうな……

瓊子:……ええ、この子は、きっと自分の名前すら忘れてしまうでしょう……

羊かん:記憶は、永遠に消えるのか?

天沼:神子様が何を躊躇っているのですか?

羊かん:……

 躊躇う羊かんを見て、双子の巫女は目配せをした。

瓊子:神子様、勾玉で堕神の力を吸い取りましょう。そうすれば、少しずつ失われていく神力も補充出来ますし、彼の記憶も保存できます。

羊かん:…………

天沼:心配しないでください、この方法は確実です。貴方の同意がなければ、彼の記憶は戻ったりしません。

羊かん:……わかった、ではそうしよう。

瓊子:かしこまりました。

孤独の守護者

浄化と守護。

神社の庭園

水無月:巫女様!おでんさんが面白いところを見つけたみたい、「歌舞伎町」って言うんだって。

水無月:一緒に行こうよ、なんか楽しそうだよー

天沼:おでんが歌舞伎町を発見したのですか?

水無月:そうだ。僕たちみたいな食霊もいっぱいいるらしくて、きっと面白いよ!

天沼:「黄泉」の歌舞伎町ですか……

瓊子:兄様!

 天沼と瓊子、二人の巫女は顔を見合わせた。二人の目には希望のようなものが見える。

瓊子:面白そうですね、では一緒に行きましょうか。

水無月:やったー!じゃあ、神子様も呼んでも良い?

水無月:神子様いつも皆と一緒にはいないけど、皆を大事にしているのはわかっている。もしみんなで行って、一人だけ残したら、きっと寂しがると思うよ。

瓊子:……もちろんです、水無月も神子様を大切に思っているのですね。神子様もきっとうれしく思っているはずです。

 瓊子は気配を感じ、顔を上げていつの間にか玄関に立っている羊かんを見た。すると、彼は淡々と笑った。

 羊かんはこの和やかな瞬間を壊すことはしなかった、まるで何も聞こえていないかのように、この場を離れた。

羊かん水無月……あなたの本来の姿はこうなのか。例え過去を忘れると知っていても、方法を試すように言ってきた……それがあなた……

羊かん:「黄泉」の歌舞伎町か……結局「黄泉」と出会ってしまったのか。でも大丈夫、楽しく遊んで来るといいよ。そして、素敵な思い出だけを残せばいい。

羊かん:楽しくないものは、全て私が浄化してあげる。

羊かん:何があっても神国の安寧を守る。皆が永遠に幸せでいられるように……

覚醒

力が集まる時。

瓊子:兄様……このような形で再会してしまって、申し訳ありません。

天沼:謝ることはない、また会えたことには感謝しています。

瓊子:しかし……

天沼:言いたいことはわかります。貴方も私も、残留した執念に過ぎない。勾玉があるから消えることは出来ないでいる、この世界の主の意志に逆らうことは出来ない。

瓊子:しかし、私は毎日のように「黄泉」と「現世」で起きた災いを感じることが出来ます、依然として苦痛に身を置いている民たちを手放すことは出来ません……

瓊子:私たちが誤った選択をしたことで、「黄泉」と「現世」をこのような状況に陥らせてしまったのではないかと、恐ろしくなりました。

天沼:立てた計画が万全であることは誰にも保証出来ない。私たちにできるのは、間違いを見つけた時にそれを修正することだけです。

天沼:幸い、私たちは目を覚ましました、まだ機会はあります。皆も徐々に目が覚めてきていると感じています。もっと外界に触れさせることで、より早く目覚めさせることが出来るでしょう。

瓊子:しかし神子様はすぐにあの方法で皆の記憶を消してしまいますよ……

天沼:心配しないでください、皆の記憶を勾玉の中に入れておけば、いつか転機が訪れるかもしれません。

瓊子:それは……あの「救世主」の予言のことでしょうか?

天沼:それが予言に関係していようといまいと、きっと誰かが立ち上がってくれると信じています……その方こそが、私たちの「救世主」なのです。

瓊子:もしかしたら、良いきっかけなのかもしれません。

天沼:きっかけ?

瓊子:神国は「黄泉」と「現世」を繋げることが出来ます。もしかすると、いつか「黄泉」の人間を「現世」に連れ戻すことができるかもしれません。

天沼:……今の力ではこれだけの人間を神国に入れるのは難しいでしょう。もし「黄泉」の神器の力を集め、そして我々の力も加えることが出来たなら……

瓊子:これが唯一の希望なのかもしれません……

身に覚えがある

輪廻の中……

夕方

深夜食堂

りんご飴:あれー珍しく皆いるみたいね!何か美味しい物を作ってお祝いしないとー

おでん:問題ないよ、今すぐ用意するから待ってな。

りんご飴:あれ──なんだか既視感が……なんかおかしい感じがしないかしら?

つじうら煎餅:そう?前も一緒にこうやって過ごしたことがあるからじゃないの?

りんご飴:……そうかもしれないね。

草加煎餅:私も似たような感覚を覚えます。

りんご飴:煎餅先生?

草加煎餅:何かを忘れているような、しかし思い出せない。というより、記憶の一部が失われているような気さえします……

つじうら煎餅:神子さまがイヤな感情を整理してくれたからじゃないの?

草加煎餅:そうかもしれません……でもなんだか、大切な思い出がなくなったような気がするんです。

つじうら煎餅:まあ、どうせすぐには思い出せないし、早く新しい仲間を紹介してよー

ラムネ最中兄さんはどこで彼女を見つけたの?

つじうら煎餅:そうだね、不思議!今までなかったよね。新しい友達がたくさん欲しいから、あたしも探しに行ってもいい?

最中:私は……確か天象を観測して、あの山谷で見つけたらしい……

ラムネ:ちぇっ、最中兄さん嘘はよくないよ。占星術、全然当たらないじゃん。

最中:いや、私の占星術は、外部から入ってくる者に関しては一貫して当たっているんだ。ただ神国の中の事だけは当たらない……もしかしたら私たちはここの住人じゃないのではないかとも考えた。

りんご飴:あら、それもどこかで聞いたような気がする……

つじうら煎餅:脱線しないでよ、新人さんはまず紹介をどうぞー

水無月:あの、僕も新人だよね?儀式が終わってから、何も覚えていないから真っ新だよ。

つじうら煎餅:あはは、可哀そうだしなんだか笑えるね……

お好み焼き:あはは。

おでん:気を付けて、すき焼きを持ってきたよーあと玉子焼きさんまの塩焼きだ。

つじうら煎餅:わー美味しそう!難しいことは忘れようよ!まずは美味しい物を食べよ!

りんご飴:あれ?すき焼きもなんだか聞き覚えがある気がしない?

ラムネ玉子焼きさんまの塩焼きの方が聞き覚えがある気がする。

つじうら煎餅:美味しい物だから聞き覚えがあって当たり前じゃん!

水無月:あははは……

闖入者

同じ闖入者。

夕刻

極楽

いなり寿司:鯖はどうしたんだ?

純米大吟醸:なんだあちきだけでは物足りぬのか?久しぶりに来たのに、口にするのは別の男の名前だなんて悲しいでありんす。

いなり寿司:うるさい。それとも、喧嘩をしたいのか?

純米大吟醸:まったく、相変わらず冷たいでありんす。鯖がいないからって、あちきをいじめるだなんて。折角一番上等ものを出しておもてなしをしているのに。

いなり寿司:大吟醸、わかっているとは思うが、私は殴ると言ったら本気で殴るからね。

純米大吟醸:まったく、本当につまらないでありんす。

いなり寿司:それより、来た時に面白いひとたちを見かけたよ。

純米大吟醸:ほお?

いなり寿司:見覚えのない顔だった。

純米大吟醸:この鳥かごのような小さな場所に、まだ見知らぬ者がいるとはな。確かに面白いでありんす。

いなり寿司:あら、君の人魚ちゃんが帰ってきたようね。

 スッ──

鯖の一夜干し:ただいま戻りました。

純米大吟醸:流石狐だけあって鼻がいい。鯖よ、あの連中の素性はわかったか?

鯖の一夜干し:三年前の闖入者と同じかと、しかし人数は増えています。

鯖の一夜干し:ただ……彼らには以前の記憶がないようです。

いなり寿司:正体を探らせているのに、知らんぷりをしていたのか?君こそ狐だろうね。私の稲荷神社まで一緒に帰らないかい?

いなり寿司:でも、狐と言えば、もう一人いつもニコニコしている者を思い出すね、見知らぬひとがいるかどうか気にかけてくれと頼まれたの……誰だと思う?

純米大吟醸:誰だ?

道場破り

忘れられた記憶。

つじうら煎餅:はぁ……新鮮で美味しい物が食べられると思っていたのに、やっぱり……おでんさんの料理が一番美味しいね。

りんご飴:そうだね……味は薄いのにお客さんは多い、皆よく食べられるわね。

つじうら煎餅おでんさん、早くここで店を開こうよ!絶対毎日満席になるよ!ここの料理はあなたの腕とは比べものにはならないよ!

おでん:コホンッ、皆……声をもう少し小さくしな、他のお客さんの迷惑になるだろ……

店員:おいっ!お前たち、また荒らしに来たのか!

つじうら煎餅:えっ?

店員:何をとぼけてるんだ!前と同じこと言いやがって、わざとうちの店長を怒らせに来たのか!!!

店主:皆さん、前回は確かに私の技術不足でした、私も認めます。三か月後にまた来てくださるといってたのに、二年以上も待ちましたよ。

店員:そうだそうだ!絶対にわざとだろ!うちの店長は新しく店を開いたばっかなんだ、常連も増えて来たのに、そしたらまたお前らかよ?!

店主:やれやれ、来てくださったのはありがたい事です。前回そちらのおでんさんに負けて、自分の技術はまだまだだと知りました。自分を顧みて、たくさん修行を積み、ようやく新たな店を開くことが出来たんです……

店主:え?いや、違う……まさか、おでんさんはわざわざ私に教授するために来たのか……

 四十を過ぎた店主は、そう言って考え込んでしまった。神国の一行は、驚きを隠せない。

花びら餅:……この店主は、私よりもよっぽど……

りんご飴:それは別に今はどうでもいいのよ!

りんご飴:私たちはここに来たことがあるのに全く覚えていないなんて!

つじうら煎餅:何か悪い思い出があって、神子さまに消されたんだろうね……

草加煎餅:その過去を忘れる感覚が、何故か一番馴染のあるものになっています……

つじうら煎餅:でも苦しくないよ!でも、神子さまにちゃんと聞いてみないと!

抹茶:もしかしたら、神子様にはまだ伝えない方がいいかもしれません……

抹茶納豆に伝えておきます。後で忘れても痕跡が残るように、記録者たちの特別なやり方で記録してもらいます。

 話をしているうちに、皆の心の底に埋もれていた疑惑の種が、ひっそりと根を下ろしていった。

待つ

好機を待て。

同時刻

観星落

 静かな和室、全てが手入れされ整然としていて、見るからに居心地の良さそうな清雅な部屋だった。

 しかし神棚に映された映像は混沌としていた。点滅し、この雅な空間に幾分の古めかしさを加えた。

鯛のお造り:鉄のような心を持っていると思っていたが、やはり心配で乱れるのか……

鯛のお造り:偶然映った微かな光を見て、既に事が進んでいて、早く対処しなければ大変な事になるとわかった。

鯛のお造り:今、彼とはまったく連絡が取れなくなっている……

 鯛のお造りの囁きはさざ波のように、淀んだ空気を破った。その口調には、これまで人前で出したことのない程の落胆があった。

 しかし、しばらくすると、混沌を見つめていた鯛のお造りはふと息をつき、いつもの自嘲するような、のんびりとした微笑を浮かべた。

鯛のお造り:しかし、やるしかないんだ。いつまでも待っているだけじゃ、何にもならない。

鯛のお造り:こんなに待つのを苦痛に思っている私をお赤飯に知られたとしたら、笑われるかもしれないな。

鯛のお造り:これでも「吉兆」だ、運の加護がある。

鯛のお造り:この混沌の中に造化が宿っているのかもしれない……

 すると、近くで白い影が浮かんでいた。近づいてみると、それは紙で作られた精巧な狐だった。

紙狐:首座様、主が「極楽」へとお招きしています。

画策

状況を破る方法。

 ジジ…ジッ……

 奥まった路地で、最中は手の平に走る電流を怪訝そうに眺めた。

 すると、最中の手の平でぐっと炎のような、ゆらゆらとした光の玉が現れた。それは水晶玉の形に固定されていき、その中にはっきりとした像が見えてきた。

鯛のお造り:……最中!本当に会えた、貴方は「黄泉」に来ているのか?どれくらい経ったかわかるか?

最中:これは……これはどういうことだ……貴方は誰だ?どうして私の水晶玉に映っている?

鯛のお造り:取り乱してすまない。その場を離れないでくれ、私は既に歌舞伎町に向かって出発した。もしかすると、面と向かって説明できるかもしれない。

最中:失礼、知り合いなのか?一体誰なのかまず教えてくれないか。

鯛のお造り:すっかり忘れているようだね……まずは言霊の術を試してみよう……落花の如く 雲水の如く 星月の如く 雨雪の如く 風雷の如く 真を現せ──どうだ?何か思い出さないか?

最中:……鯛のお造り?私、本当に貴方に会ったことがあるような気がする……ほんの断片的なものだが……私の記憶はなんだかおかしい、どうしてかわかるか?

鯛のお造り:私もあまり多くは知らない、そうしたのはきっと「無光」の羊かん水無月だ。私の推測が正しければ、羊かんには貴方の記憶を消し去る方法があるはずだ。

最中:それは確かに……そうかもしれない……

鯛のお造り:では、今から行ってもその術を破ることは出来ないだろうな。

最中:……一つ考えがある。

鯛のお造り:話してごらん。

希望

神国の希望。

羊かん:私は前回来なかった、まさかここが「黄泉」だったとは。しかし、あなたたちは最初からわかってたでしょう。

瓊子:……はい。

羊かん:あなたたちも私の考えを認めないのか。

羊かん:私はただ、皆がいつまでも幸せでいられる、苦しみを忘れられるような浄土があることを願っているだけだ。

瓊子:苦痛は本来命の一部であるのに、完全に切り捨てることは出来ません……

天沼:結局は幻を創っただけにすぎません。ひとは自分の宿命から逃げるのではなく、背負っていくものです……

羊かん:ならば、どうして二つ目の大陸を創ったのだ?

天沼:……

瓊子:だから、私たちは取り返したいのです……

瓊子:新しい希望を勝ち取るためであって……今のまま、閉じ込めることではない……

羊かん:これ以上議論はしたくない。二人の方法は失敗だと事実が証明してくれた。

羊かん:二度と取り返しのつかない決定をしないで欲しい。

羊かん:もし本当にやむを得ない場合になれば、あなたたちも眠らせるまで。

天沼:……

羊かん:ただ……彼らが神国を破壊しない限り、私は「黄泉」を封鎖したりしない。

羊かん:適任者がいれば、「神国」に入る機会を与えよう。

羊かん:あなたたちの考えとは違う。封鎖することではなく、新しい希望を創り出すんだ。

一杯のラーメン

あたたかな味。

 目の前にあるラーメンは、一見するとたいしたことはないが、よく見るとその精妙さが伺える。

 おでんもどうして突然今の状況になったのかわからない。さっきまで子どもたちを連れて街をぶらつき、食べ物を食べていただけだったのに。

 それが今、ラーメン屋の店主と対決することになるとは。

 ただし、そのラーメンは店主が作ったのではなく、通りすがりの娘が作った物だ。

豚骨ラーメン:まさか散歩に出ただけで、旧知に会うとはな。

豚骨ラーメン:旧知に頼まれたからには断れないが、ただ対決は御免だ。

豚骨ラーメン:こんラーメンに満足しとってくれるなら、今後もうこん店にちょっかいば出さないでいただきたか。

おでん:……そんなつもりは……

つじうら煎餅:ちょっかいなんて出してないよ!店主に腕がないからって、応援を頼むなんて、恥ずかしくないの?!

うな丼:お嬢ちゃん、可愛いのに言葉はキツイでござる……この店主は二年も待ったと言っていただろう、先に約束を破ったのはそちらではないのか?

店主:兄ちゃんありがとう。私の腕は確かにまだまだだ、しかしどうしてもここの美味しいもんを食べていって欲しかったんだ。だから嬢ちゃんにお願いして、作ってもらったのさ。

つじうら煎餅:だけど……

おでん:煎餅ちゃん、約束を忘れたあたしたちに非がある、店長は無実だ。

つじうら煎餅:ふんっ!おでんさんのために言ってるのに!あなたより美味しいラーメンを作れるひとがいるなんて、信じられない!

うな丼:ほら、美味しいかどうか、食べてみたらわかる。

つじうら煎餅:食べない!

うな丼:おや、ビビっているのか?

つじうら煎餅:……

 しばらくして、ラーメンをスープごと完食したつじうら煎餅は、何とも言えない表情を浮かべていた。

うな丼:どうだった?美味しかったか?

つじうら煎餅:確かに美味しかった……だけどうちのおでんさんは何を作っても美味しいんだよ!

 カランッ──

豚骨ラーメン:お嬢ちゃん、美味しい物は競うためにあるんじゃない、食べるためにあるんだ。

豚骨ラーメン:美食ば愛するもん同士、これからは仲よくしよう。

豚骨ラーメン:いっぱい作ったから、皆も食べてくれ。

 緊張していた雰囲気は、湯気の中に溶けていく。おでんは次々とラーメンを出してくる女性とふと目が合った。

 激しい滝が広い湖に落ち、飛沫を上げた後静けさを取り戻すかのように、二人はお互い笑顔を浮かべた。

 おでんが笑いながら視線を逸らすと、横で彼の前に置いてあるラーメンをじーっと見て葛藤しているつじうら煎餅に気付いた。

おでん:どうした?

つじうら煎餅:きょ……今日はいっぱい歩いたから、お腹が空いたの……も、もう一杯食べてもいい?

引き伸ばし

依然として繫華綺麗なまま。

 歌舞伎町の景色がいくら賑やかだとしても、所詮一つの大通りに過ぎない。

 神国の食霊たちは一通り見て回った後、集合して帰ろうとしていた。

 その時、街角から悠遠な曲が流れて来た。その独自な旋律が一行の興味を引いた。

 すると、正装した人々が、灯火を掲げて出てきた。

 人々の後ろ、美しいひとがまるで流星が流れるように、花火が咲くように、皆の前に現れた。

りんご飴:わあ、綺麗なおじさんね!

純米大吟醸:……

 純米大吟醸は口から出そうになっていた言葉を呑み込んで、笑顔を取り繕った。

純米大吟醸:ここにいる者たちは皆よく知っている、しかしぬしらは見ない顔だな。

抹茶:貴方は……

純米大吟醸:あちきは純米大吟醸、「極楽」の主人でありんす。

純米大吟醸:来た者は皆客でありんす。もし時間があるなら、是非うちの「極楽」に寄っていくといい、招待してやろう。

伝説

気の小さい女の子。

極楽中庭

 純米大吟醸と自称する綺麗な食霊は、神国の民たちを「極楽」へと招いたが、何故か「能」という演目を見せていた。

 舞台には興味がないつじうら煎餅は皆が見入っているのをいいことに、こっそり抜け出した。中庭を通る時、隅で毬を持って、ブツブツと呟いている人影を見た。

つじうら煎餅:一人で遊んでて楽しいの?

 つじうら煎餅が声を掛けると、その人影の姿はなくなった。残された毬はぽんぽんと弾んだ後、廊下の影にまで転がっていった。

つじうら煎餅:あれ?さっきまで誰かいたはずだけど……

つじうら煎餅:早く出て来て、一緒に遊ぼうよ。

つじうら煎餅:出てこないと……この毬を持ってっちゃうよ!あれ、全然出て来ないね……かくれんぼってこと?得意だよ!

つじうら煎餅:じゃああたしが先に鬼をやるね、捕まえてやる……へへっ、楽しいなー落雁姉さんと遊ぶより楽しいかも。

 つじうら煎餅は地面に落ちている毬を拾い上げると、細長い紙を一枚取り出した。それを見た後、ニヤニヤしながら花壇の近くまで行き、突然しゃがんで草花をかき分けた。

つじうら煎餅:みーつけたっ!

???:うわっ!

つじうら煎餅:えっ、逃げないで逃げないで、噛んだりしないよー隠れてもしょうがないんだからね、あたしは神仙ちゃんなんだから、どこに隠れても見つけられるよー!

???:そっ、そうなんですか?

つじうら煎餅:あれー話し方まで落雁姉さんにそっくりだー名前はなんて言うの?あとで落雁姉さんに紹介してあげるよ!

???:だ、大丈夫です……怖がりなので……

つじうら煎餅:えっ?こんなに小さい子がここで働いているの?あの綺麗なおじさんは、良い人じゃないのかな?

???:いいえ……大吟醸様はわたしと御侍様の命の恩人です。そのお返しをするためにここで働いているのです。しかし、お客さんとお話が出来なくて……

???:なのに、大吟醸様はわたしを見捨てず、ここにいさせてくれています……もっと頑張らなきゃ……でも、たくさんの人を見ると本当に怖くて……

???:ちゃんとしたいのに……身体が言うことを聞かない、隠したくなるんです。大勢のお客さんを見ただけで、緊張しちゃいます……

???:わたしもどうしていいかわかりません……

つじうら煎餅:一回落ち着いて!……落雁姉さんとの違いをやっと見つけたよ、姉さんあなたみたいにどばーって喋らない!

つじうら煎餅:きっと、知り合いが少ないからひとが怖いんだね!あたしはつじうら煎餅!これから一緒に遊ぼうよ!いっぱいお友だちを紹介してあげる!

???:いっぱい……ひと……いや、やめて……

つじうら煎餅:えっ?どうしてまた隠れてるの!

交換

報酬と交換。

極楽

鯛のお造り:彼らはどこにいる?

純米大吟醸:これはこれは珍客でありんす。我らが観星落の首座さまを、このように慌てさせる者がいるとはね。

鯛のお造り:腹の内を探るのはもうよそう、単刀直入に言おうか。

いなり寿司:あら、狐だと思ったらまるでどこかの坊ちゃんみたいじゃない。どう返事したらいいのやら。

鯛のお造り:いなり、天下が乱れるようにとばかり望む性分は、変わりないようだね。

いなり寿司:ふふっ、いつも嘘か誠かよくわからない言葉ばかり言っているのに、ちょっと変わったようね。

純米大吟醸:腹を割って話すつもりなら、もう回りくどい話はやめよう。首座さま、あやつらは既に引き留めてあります。しかし、あちきに何の報酬をくれるつもりだ?

純米大吟醸:欲しいものは特にないでありんす。ただ情報は気になる、例えば「瓊勾玉」の在り処とか。きっと前に言ったみたいに壊れたとかではないでありんしょう。

鯛のお造り:やっぱり知っていたのか。

鯛のお造り:桜の島を壊滅させる狂気の計画よりも、私には新しい方法がある。

いなり寿司:それは部外者たちと関係があるのか?

鯛のお造り:話が長くなる……

純米大吟醸:ではゆっくり聞くとしよう、あちきの店の酒は美味しいからね。

鯛のお造り:酒に酔ったら変な事を言いかねない。

純米大吟醸:まさか、こんなに面白い事とこんな面白いひとたちに、また何度も会いたいでありんす。

純米大吟醸:まあ、日が経てば、情報は勝手に舞い込んでくるでありんしょう。誰の耳に入っても、あちきは対処しない。

鯛のお造り:それは、問題ない。

鯛のお造り:希望なんて、月のように触れられないものなのかと思っていた。

鯛のお造り:今、本当に触れられると言ったら?しかし、もしかするとぬか喜びの可能性もある、本当に知りたいのか?

純米大吟醸:希望ね……ますます面白くなったでありんす。

いなり寿司:こんな面白い事なら、首を突っ込まなきゃもったいないよ。


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タイトル FOOD FANTASY フードファンタジー
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  • RPG(ロールプレイング)
ゲーム概要 美食擬人化RPG物語+経営シミュレーションゲーム

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