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香日芳茗・ストーリー

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香日芳茗

プロローグ


午前

夢回谷


冰糖燕窩:食材がもうすぐ底をつきます、そろそろ買い出しに……

エンドウ豆羊かん:谷主、妾が!妾が行ってきてやるのじゃ!

冰糖燕窩:貴方がですか?


 呆気にとられた冰糖燕窩(ひょうとうえんか)はエンドウ豆羊かんを一瞥すると、一瞬にして彼女の気持ちを汲み取った。


冰糖燕窩:半月以上も雨が降っていたから、気が滅入ったのですね。では、お願いします。

エンドウ豆羊かん:谷主よ、感謝する!では行って来るのじゃ!


午前

城下町


エンドウ豆羊かん:へっ、へくちっ!

エンドウ豆羊かん:へくちっ!うー、この香りは……もうお香を作る時期がやってきたのか?

通行人:おや!お嬢ちゃん、良く知ってるな!もうすぐ年の半ばだからね。ここでは毎年この時期になると、伴侶との愛情が末永く続くようにと、香を焚いて月下老人に祈りを捧げるんだ。

エンドウ豆羊かん:いかんいかん、しまったのじゃ!張夫妻のお香作りを見学すると約束していたのに、雨のせいですっかり忘れてしまったのじゃ……

通行人:張夫妻って?もしかして東の市で張家茶館を営んでいる張夫妻のことか?

エンドウ豆羊かん:その通りじゃ。

通行人:おやおや、この町最高のお香職人と知り合いだなんて、お嬢ちゃんもなかなかやるねぇ!

エンドウ豆羊かん:うむ!すごいじゃろう!


ストーリー1-2

午前

茶館 入口


 東の市の河川敷に位置する張家茶館は、普段から来客が多い。更に今日は人間の半分の高さもあるお香の壺を入口に置いているためか、開店から半日も経たないうちに、その香りにつられたやって来た人々で埋め尽くされていた。

 エンドウ豆羊かんが駆けつけた時には、既に茶館の門すら見えない程に人がひしめき合っていた。彼女は仕方なく人々を押しのけながら人混みに突っ込んだ。その後「四面楚歌」の境地に追いやられるとは知りもせずに……


エンドウ豆羊かん:なんじゃ!押すでない!やめいっ!


 ガシャーンッーー

 誰かに背中を強く押されたエンドウ豆羊かんが、足元を取られて前へ倒れると、何か硬い物にぶつかった。彼女がようやく体勢を整えると、先程ぶつかった硬い物は倒れてしまった。


エンドウ豆羊かん:……


 前へ押し合うように動いていた人混みは大きな音をきっかけに、いきなり四方へと散った。壺の破片と共にさっきまで塊だったお香が粉々になっているのを見て、その場にいた全員は驚きのあまり言葉を失った。


通行人:……

張さん:こっ、これはどういうことだ?


 ほどなくすると、店の中で接客していた張夫妻が大きな音を聞きつけて慌てて出て来た。そして、目の前の光景を見て顔が真っ青になり、二人とも気絶しそうになっていた。


張夫人:これをやったのはどこの罰当たりだいっ!


 人混みの中から返事は聞こえてこない。エンドウ豆羊かんは無数の視線が自分に集まっているのを感じ、顔が一気に火照った。

 彼女はキョロキョロと辺りを見回した後、気まずさのあまり、自ら張夫妻の前に出た。


エンドウ豆羊かん:散った散った!こうなったのは妾のせいじゃ!


午前

茶館 奥の間


張さん:……

張夫人:コホンッ。


 エンドウ豆羊かんは張夫妻と、特に気性の荒い張夫人と目を合わせられないでいた。しかし、その張夫人が口ごもっている様子を見て、耐えきれなくなった彼女は、自分の腰に下げている銭袋を解いて、机に叩きつけた。


エンドウ豆羊かん:咳払いはもう止せ、見知らぬ間柄でもあるまいし、言いたいことがあるならはっきり言うのじゃ!今はそれしか手持ちはないが、このエンドウ豆羊かんは一度約束したことは絶対に守る、額を言ってくれたら必ず用意してやるのじゃ!


 そう啖呵を切っている彼女だが、銭袋を見つめたまま冰糖燕窩の冷たい視線が脳裏に浮かんだのか、思わず一つ身震いをした。


張夫人:はぁ……あんたの金なんていらないわよ。

張夫人:今一番大事なのはあんたのせいで損した金額じゃなくて、お香を新しく作り直さなければいけないことだわ!

エンドウ豆羊かん:じゃあ……どんな材料が必要なのじゃ?書き出してくれたら、買って来てやろう。

張夫人:お金で買えるならまだ良かったんだけど……今年使っている木材は、直接隣町の山から切って来た物よ。

張さん:百年に一度お目に掛かれるかわからない貴重なくすのきだったんだ!

エンドウ豆羊かん:つまり……新しく木を切ってこなければならんのか?

張夫人:そういうことよ。

張さん:しかし店は……


 生真面目な張さんが次の台詞を口に出す前に、エンドウ豆羊かんは胸を叩いて立ち上がった。


───

木材が必要なんじゃな、妾に任せてくれ!

・山で木を切って来るのなんて、朝飯前じゃ!

・隣町じゃな?すぐに行って来る!

・妾は木を切るのが得意なのじゃ!

───


張夫人:ちょっと待てーー


 この場を立ち去ろうとするエンドウ豆羊かんを、張夫人は呼び止めた。


エンドウ豆羊かん:これは……何じゃ?


 振り返ると、張夫人が真新しい服を机に置いているのが見えた。


張夫人:私たちは、こういうつもりだ。

エンドウ豆羊かん:どういうつもりじゃ……


 エンドウ豆羊かんは目の前に置かれた服をしばらく眺めていると、突然あることに気付いた。


エンドウ豆羊かん:つまり……其方らが山で木を切って、妾が……店番ってことか?!

張夫人:その通り!

エンドウ豆羊かん:断ってもよいかのう…?

張夫人:ダメだ、必要な木材がどんな見た目をしているのか、わからないだろう?もし間違えたら時間の無駄だしねぇ。ということで、これで決まりね!

エンドウ豆羊かん:妾は……えっ?!ちょっーー行くな!!!


ストーリー1-4


午前

茶館


エンドウ豆羊かん:どいた!どいた!

エンドウ豆羊かん:待たせたのう、注文の和菓子じゃ!


 エンドウ豆羊かんは両手にそれぞれお盆を持って、店中を忙しなく動き回っている。その様子を見た客人たちは、思わず眉をひそめた。


客人甲:お嬢ちゃん!こっちの茶はまだなのか!

エンドウ豆羊かん:今行くのじゃ!

エンドウ豆羊かん:お湯を持ってきたのじゃ!……あちちっ!

客人乙:うちは頼んでないよ!

エンドウ豆羊かん:其方らじゃないのか?じゃあどこなのじゃ!

???:焦らないでください……もっ、もう持って行きました。

エンドウ豆羊かん:誰じゃ?


 柔らかくか細い声が突然後ろから聞こえてきて、驚いたエンドウ豆羊かんは幻聴を聞いたのかと錯覚した。

 彼女が振り返ると、自分と同じ身長の女の子が、大きくて純粋そうな目をパチパチさせながら自分を見ているのに気付いた。


───

其方も食霊か?

・張さんたちが食霊を召喚したなんて、聞いておらぬぞ?

・なんじゃ、張さんたちも食霊を召喚したのか。

・まさか張さんたちが召喚したのか?

───


甘酒団子:ち、違います。私もあなたと同じで、手間取りです。ついさっきまでは厨房でお手伝いをしていたんですけど、客席の方の人手が足りないって聞いて、様子を見に来たんです……


 甘酒団子の声はどんどん小さくなり、最後は蚊の鳴くようなか細い声になった。よく聞き取れなかったエンドウ豆羊かんだが、「手間取り」という言葉だけは聞き取れたようで……


エンドウ豆羊かん:てっ……そうじゃな、間違いとは言えん……手間取りじゃ。


 エンドウ豆羊かんは心の中でため息をつきながら、おどおどしている女の子を見て思わず声を落とした。


エンドウ豆羊かん:妾はエンドウ豆羊かんじゃ、協力して仕事を全うしよう!

甘酒団子:わかりました!わ、私は甘酒団子です、甘酒と呼んでください!

エンドウ豆羊かん:うむ!甘酒、もう厨房に戻るのか?

甘酒団子:うっ……手伝いが必要なら、ここに残っても大丈夫ですよ。

エンドウ豆羊かん:じゃあ……接客と勘定のどちらかを選ぶのじゃ。

甘酒団子:……

エンドウ豆羊かん:なんじゃ?選ぶとよい。

甘酒団子:せっ、接客しても良いですか?エンドウ豆羊かんはあまり得意じゃないみたいでしたので……紹興酒兄さんも私に度胸をつけて欲しいって言ってました……

エンドウ豆羊かん:はははっ、良かろう!

客人丙:勘定!

エンドウ豆羊かん:今行くのじゃ!

エンドウ豆羊かん:じゃあ、これで決まりじゃ!

甘酒団子:はい!が、頑張ります!


ストーリー1-6


 甘酒団子の助けを得て、茶館の営業は少しずつ軌道に乗った。

 昼になり、茶館の客も徐々に減ってきたため、エンドウ豆羊かん甘酒団子はようやく仕事から解放され、息抜きが出来た。


エンドウ豆羊かん:勘定のやりすぎで腕が痛いのう……

甘酒団子:痛いんですか?揉んであげましょうか?

エンドウ豆羊かん:うむ……大丈夫、仕事に支障はない。これからは言動に気をつけんと……手間取りなんて、まったく妾に向いておらん。

エンドウ豆羊かん:そういえば、甘酒、其方はどうしてここで働いているのじゃ?小遣いが足りんのか?

甘酒団子:旦那さんと女将さんのお香を作る腕前がすごいって聞いたんです……わ、私にはとても大切なひとがいて……彼に贈り物を用意したくて……そっそれで……


 話の途中で言葉を飲み込んだ甘酒団子は、頬を赤く染めながら俯いた。勘の良いエンドウ豆羊かんは瞬時にその意味を理解し、笑い出した。


エンドウ豆羊かん:もしや、さっき言ってた紹……なんとか兄さんのことか?

甘酒団子紹興酒兄さんです……

???:店主を呼んで来い!

???:店主はどこだ!会わせろ!


 もう少し甘酒団子をからかおうとしていたエンドウ豆羊かんだったが、突然入口から飛んできた叫び声によって会話は遮られてしまった。


甘酒団子エンドウ豆羊かん……


 外から聞こえてきた雄叫びに、気弱な甘酒団子は怯えた。


───

待て。

・其方はここに残れ、妾が様子を見てくるのじゃ。

・妾が行ってくるのじゃ、其方はここにおれ。

・怯えるな、妾が対処してこよう!

───


午前

茶館 入口


???:店主はまだ出てこないのか!来ないならこの茶館をぶっ潰すぞ!

エンドウ豆羊かん:やれるもんならやってみるのじゃ!


 エンドウ豆羊かんが表に出ると、腰に両手を当て偉そうにふんぞり返っている男がいた。決して引き下がらんばかりの勢いで立っている。


エンドウ豆羊かん:其方は誰じゃ?名乗れ!


 エンドウ豆羊かんも男を真似るように腰に両手を当て、顔を高く上げた。


???:おめぇこそ誰だ!

エンドウ豆羊かん:妾は店主代理じゃ!

???:俺は肖鼎だ、おめぇらの店主に会わせてくれ!

エンドウ豆羊かん:会おうと思ってすぐに店主に会える訳がなかろう!早く立ち去れ!其方に会う暇なんてないのじゃ!

肖鼎:オレはーー

エンドウ豆羊かん:早く出て行け!さもないと民衛司を呼ぶぞ!

肖鼎:……待ってろよ!必ずまた来るからな!


 「民衛司」の名前に怯えたのか、それともどんどん集まってくる野次馬の視線に耐えられなくなったのか、体の大きい肖鼎はバツが悪そうに体を縮め、捨て台詞を残して去って行った。


エンドウ豆羊かん:もう十分見物したじゃろう、早く散るが良い!


 まるで疫病神を祓うかのように手を振ると、エンドウ豆羊かんは踵を返して店に戻った。


甘酒団子:いなくなりましたか?

エンドウ豆羊かん:行った行った!もう安心して良いぞ。ああいう輩は、虚勢を張っているだけで、本当は臆病者なのじゃ。

甘酒団子:そうなんですね!エンドウ豆羊かんすごいです!

エンドウ豆羊かん:はははっ、褒めても何も出んぞ!


ストーリー2-2


裏庭


エンドウ豆羊かん:張さんちの飯はうまいのう!


 昼休憩、エンドウ豆羊かん甘酒団子は厨房から昼食を貰って、そよ風が吹く裏庭の木の下に座って楽しそうに食べ始めた。


甘酒団子:足りないんですか、いります?

甘酒団子:私のを半分おすそ分けしますよ。


 甘酒団子は自分の昼食をエンドウ豆羊かんに差し出した。太陽に照らされて少し赤くなっている彼女の顔には笑みが浮かんでいた。それを見たエンドウ豆羊かんは少し呆気にとられた。


エンドウ豆羊かん:それじゃあ、遠慮なくいただくとしよう!


 エンドウ豆羊かん甘酒団子の柔らかい頬をプニッとつねった後、遠慮することなく彼女の昼食を半分頂いた。


エンドウ豆羊かん:感謝するのじゃ!

甘酒団子:お腹いっぱいになってくれたら私も嬉しいです。

エンドウ豆羊かん:はははっ、これなら絶対足りる!うん?どうかしたか?

エンドウ豆羊かん:何を見ておるのじゃ?

甘酒団子:何か……聞こえませんか?

エンドウ豆羊かん:うん?何も聞こえんが。


 甘酒団子が声を落としたため、エンドウ豆羊かんも無意識にそれにならった。それと同時に注意深く辺りを見回すがーー


エンドウ豆羊かん:何もないぞ。

甘酒団子:足音……がする、軽いけど……確かに聞こえます。

エンドウ豆羊かん:えっ?


 甘酒団子は得体のしれない音に怯えたのか、顔が少し青白くなった。

 エンドウ豆羊かんは眉をひそめ、息を殺し、周囲の音を拾うことに集中したーー


エンドウ豆羊かん:誰じゃ!

???:いった!


 ガサゴソとした音が聞こえた瞬間、エンドウ豆羊かんは声がした方向に豆を思いっきり投げつけた。するとそこから痛々しい叫び声が上がった。


エンドウ豆羊かん:甘酒、ちょっと様子を見に行ってくる、ここで待っておれ!


 言い終わると、エンドウ豆羊かんは疾風のごとく声がした方に向かった。


甘酒団子:ま、待ってください!


───

また其方か?!

・其方本当にしつこいぞ。

・まさかこうも早くまた会えるとはのう。

・正門から入れないから裏口から入ったのか?

───


 甘酒団子が駆けつけた時、ちょうど一人の男が自分の尻を押さえながら起き上がろうとしていたところだった。彼の足元にはエンドウ豆羊かんがさっき投げた豆が落ちている。


甘酒団子:彼は……今朝店主に用があって来た人ですか?

エンドウ豆羊かん:フンッ!その通りじゃ!

甘酒団子:もしかして何かを盗みに来たのでしょうか?

エンドウ豆羊かん:見た感じ、泥棒か強盗のどちらかだと思うのじゃが。


 まるで肖鼎はそこにいないかのように、二人は勝手に推測を始めた。


肖鼎:なめてんのか、おら!

肖鼎:俺は肖鼎だ!漢の中の漢!お香作りを学ぶために張夫妻に弟子入りしに来たんだ!

エンドウ豆羊かん:何だと?!

甘酒団子:お香を学びに来たんですか?!


 肖鼎の突然の告白に、まったく性格の異なる二人の少女は驚いて言葉を失った。二人は大きな目がこぼれ落ちそうなほどに目を見開いている。

 エンドウ豆羊かんが先にハッと我に返り、気が立っている肖鼎に近づき、もったいぶるように咳払いをした。


エンドウ豆羊かん:なら、何故お香作りを学びたいのか言ってみよ。

肖鼎:俺は一一

エンドウ豆羊かん:嘘を言ったら協力してやらんぞ!


 エンドウ豆羊かんがそう言うと、さっきまで胸を張って堂々としていた肖鼎の勢いが徐々に弱まっていった。二人がしばらく見つめ合っていると、彼はとうとう我慢出来なくなり、不本意ながらも自分の事情を語り出した。


肖鼎:うちの方葵は張さんのお香が大好きで、昨年買った物を結婚式の晩に焚くつもりだったんだけど……俺はそんなことを知らずに、あのお香を捨てちまったんだ……それで彼女を怒らせてしまった……

肖鼎:彼女はもう一日ぐらい口をきいてくれていないんだ。だから張さんからお香の作り方を学んで、自分でお香を作って彼女に贈れば機嫌が直るかなと……

甘酒団子:す、捨てた?

エンドウ豆羊かん:一年前のもんじゃろ、捨てちゃったもんは仕方がない。

甘酒団子:うぅ……でも張さんのお香は時間が経てば経つほど、香りが良くなります。多分……方葵さんもそのことで怒っているんじゃないでしょうか……

エンドウ豆羊かん:なるほど、そういうことなら納得じゃのう。

肖鼎:なんとか店主に会わせてくれないか?必ず真面目に勉強するから!

甘酒団子:うぅ……ではとりあえず私たちと一緒に働きませんか?何か仕事はないか、厨房のお姉さんたちに聞いてみますから。

肖鼎:働く?店で働けば学ばせてくれるのか?!

エンドウ豆羊かん:はぁ……甘酒、其方は菩薩か!お人好しにもほどがあるぞ。

甘酒団子:ウウ……

エンドウ豆羊かん:おいっ、肖鼎!こんな事で張さんが其方に教えてくれるかはわからぬ。妾たちも力になれそうにない故、自分でなんとかするのじゃ!


 甘酒団子を連れて立ち去ろうとするエンドウ豆羊かんを見て、肖鼎は焦りのあまり、サッと飛び上がり、二人の少女の行く手を阻んだ。


エンドウ豆羊かん:何をするのじゃ?!

肖鼎:俺はなんだってする!希望がないよりはましだ!具体的に何をすればいいんだ?

エンドウ豆羊かん:なんなのじゃ……本当にしつこい男じゃ!

甘酒団子エンドウ豆羊かん、厨房の皆さんに聞いてみますか?彼が役に立つことがあるかも知れません。

エンドウ豆羊かん:うむ……わかった、其方がそう言うなら。まあ、張さんが教えてくれるかどうかは、妾の知ったことではないがのう。

エンドウ豆羊かん:なら店の制服に着替えて、客席の方で待っておれ!

肖鼎:本当か?!わかった!今すぐ着替える!


ストーリー2-4


午後

茶館


 エンドウ豆羊かんは良い采配をしたと思い、余裕を持って次の仕事に取り掛かろうとした。しかし、まさか三十分も経たずに、このような酷い光景が広がるとは彼女は思いもしなかった……


客人甲:これは私が頼んだ物ではない!

肖鼎:はいっ!今すぐ交換してきます!

客人乙:そんなに大きな声を出さないで、子どもが怯えているじゃないの!

肖鼎:聞こえてないお客さんにも届くようにと思ったんですよ!

客人丙:私は確かに耳が悪いわ、それがどうしたのよ!

肖鼎:別にお客さんのことを言った訳じゃ……!

エンドウ豆羊かん:……

甘酒団子:……

エンドウ豆羊かん:はぁ……

肖鼎:あ?なんて?

エンドウ豆羊かん:聞こえているから、声を落とすのじゃ!

肖鼎:わかった!お客さんの所に行ってくるな!

甘酒団子エンドウ豆羊かん……

エンドウ豆羊かん:其方が言おうとしていることはわかる……言わずともよい。

甘酒団子:え?どうしてわかるのですか?

エンドウ豆羊かん:推測したまでじゃ。其方もきっと妾と同じ、今の店の状況に絶句しているのじゃろ……

甘酒団子:違いますよ。私が言いたいのは、肖鼎にも取り柄はあるかもしれないということですりそうじゃないと、東の四番卓にいるお客さんだけが文句を言わないのはおかしいと思うんです。

エンドウ豆羊かん:東の四番卓?あの東側の隅っこにある席のことか?

甘酒団子:はい!そこのお爺さんは、彼の文句を一言も言っていませんよ。

エンドウ豆羊かん:おじい……さん?


 エンドウ豆羊かんは目を細め、暗い隅に座っている客を見てみたが、見れば見るほど違和感を覚えた。そのお爺さんと髭は、遠くから見るとなんだか取ってつけた物のように見えたのだ……


甘酒団子エンドウ豆羊かん、どうしたのですか?

エンドウ豆羊かん:……いや、なんでもない。肖鼎、急須を妾によこすのじゃ、其方は料理を運んで来てくれ!


 エンドウ豆羊かんが声を張り上げて叫ぶと、甘酒団子が反応する間もなく、肖鼎のところに駆け寄って彼から急須を奪い取った。


肖鼎:おいっ!こぼさないように気を付けろよ!

エンドウ豆羊かん:お爺さん、お湯を足しに来たぞ!

エンドウ豆羊かん:お爺さん?どうして湯呑に蓋を置いているのじゃ?


 エンドウ豆羊かんが近づくと、そのお爺さんは何故か湯呑にキツく蓋をした。その女性のように柔らかく瑞々しい手を見て、彼女は思わず心の中で小さく笑った。


エンドウ豆羊かん:お爺さん、肌の手入れが行き届いているようじゃのう。

「お爺さん」:行こう!

エンドウ豆羊かん:おっと!……危なかったのじゃ。


 しかしエンドウ豆羊かんは一向に気にする様子はなく、逆にお爺さんの声を聞いて思わず吹き出していた。彼女は低い声でこうお爺さんに問いかけた。

エンドウ豆羊かん:もしや、其方は方葵嬢か?


 するとお爺さんはビクッと動揺した後、顔を上げてエンドウ豆羊かんをチラッと見た。しばらく迷った後、お爺さんは探るような口調で尋ねた。


方葵:貴方……肖鼎から話を聞いたの?

エンドウ豆羊かん:うむ。

方葵:……お騒がせしてごめんなさい、どうぞ座って。

エンドウ豆羊かんエンドウ豆羊かんじゃ!座るのはやめておこう、もし座ったら肖鼎が怪しむかもしれん。

方葵:じゃあ……

エンドウ豆羊かん:方葵よ、彼を探しに来たということは、もう彼を許したのか?

方葵:許すもんですか!

エンドウ豆羊かん:じゃあ、変装までしてここに来た目的はなんじゃ?

方葵:わ、私はただ……彼が恥をかくところを見に来ただけよ!

エンドウ豆羊かん:ぷっ……そんなことのために彼をここまでつけてきたのか?

方葵:貴方は……彼に言うつもり?


 彼女を見てエンドウ豆羊かんはこう思った。この二人、一人はバカ正直で、もう一人は素直じゃないらしい、どうやら二人だけでは仲直りが出来ないようだと。


───

うーん……

・其方が知られたくないのなら、妾は言うまい。

・ふふっ、彼に教えたりはせん、むしろ……

・安心するのじゃ、妾からは何も言わぬ。

───


エンドウ豆羊かん:彼の無様な姿が見たいのなら、協力してあげても良いが。

方葵:……条件は?

エンドウ豆羊かん:其方の気が晴れるまで、ここから一歩も動かないことじゃ。

方葵:良いわ!

エンドウ豆羊かん:なら、妾に任せておけ!其方は静かにそこで待っておれ!

方葵:待って!

エンドウ豆羊かん:え?

方葵:あ……あまりやりすぎないで、でないと彼は怒ってしまうから。

エンドウ豆羊かん:安心するがよい、其方もここで見ていてくれるじゃろ?


 エンドウ豆羊かんは笑いながら、手中の急須を揺らし、甘酒団子のところへと戻った。


甘酒団子エンドウ豆羊かん、あのお爺さんと一体何の話をしたのですか?さっきあなたをあしらっている様子が見えましたけど……

エンドウ豆羊かん:誤解、誤解じゃよ。

甘酒団子:誤解?

エンドウ豆羊かん:うむ!よーく聞け!肖鼎は愛のために技術を学び、娘は愛のために爺に変装し、二人共今ここにおるのじゃ。

エンドウ豆羊かん:理解したか?

甘酒団子:うぅ……わかったような……わからないような……

エンドウ豆羊かん:あぁもう!ほら……耳を貸すのじゃ!


ストーリー2-6


 エンドウ豆羊かんは秘密を隠し通すことが出来ず、こっそり甘酒団子に肖鼎の恋人が実は肖鼎のことを心配して、お爺さんに変装してまで茶館に来て彼の様子を見に来ているということを伝えた。


甘酒団子:え?つまり、あのお爺さんが……

エンドウ豆羊かん:シーッ。

甘酒団子:でも、これからどうするつもりですか?

肖鼎:何が?

エンドウ豆羊かん:うわっ!びっくりした!何故足音がないのじゃ!

肖鼎:さっきから「料理を運ぶぞ」ってずっと言ってんじゃねぇか!

エンドウ豆羊かん:さっき……どれぐらい前から声を掛けていたのじゃ?

肖鼎:甘酒が「つまり、あのお爺さんが……」って言ったあたりから。

エンドウ豆羊かん:ふぅ……なら問題ない。

肖鼎:どうしました?

エンドウ豆羊かん:いや、なんでもない、料理を運びに行くと良い。


 肖鼎が離れたのを確認すると、エンドウ豆羊かんはホッと胸を撫で下ろした。しかし目を離したそばから、また耳をつんざくような大きい声が聞こえて来たーー

 パンッーー

 出来るだけ気をつけているものの、肖鼎は急いで料理を運んでいるためか、客にぶつかってしまい、持っていた料理が全て地面にこぼれてしまった。その瞬間店中に料理の匂いが広がり、彼は慌てふためいた。


肖鼎:申し訳ございません!申し訳ございません!すぐに綺麗にします!

客人丙:そう慌てるな、大丈夫だよ。

肖鼎:いえ、そんな、べっ、弁償します!

張夫人:どうしたの?なんだか賑やかねー

張さん:これは……また何が起きたんだ?

エンドウ豆羊かん:おや!もう帰って来たのか!


 肖鼎が慌ててこぼした料理を片付けていると、張夫妻が帰ってきた。エンドウ豆羊かんはすぐさま迎えに出る。


張夫人:エンドウ豆羊かん、そこにいるでかい図体の男は?誰だ?


───

彼は……肖鼎じゃ。

・其方たちを訪ねて、お香作りを学びに来た者じゃ。

・其方らからお香作りを学ぶために、茶館に入ろうと試行錯誤していた者じゃ。

・おバカじゃが、真面目にお香作りを学びに来た者じゃ。

───


張夫人:彼は、急に学ぼうと思いついたのかい?

エンドウ豆羊かん:うぅ……実は複雑な事情があるのじゃ……


 この半日で一体何が起きたのかを出来るだけ早く知らせるため、エンドウ豆羊かんは事の一部始終を簡潔にまとめて話した。


張夫人:気が晴れるまで?そんな必要はないよ。女子の怒りというのはそう簡単に消えるものじゃないわ。

エンドウ豆羊かん:じゃあ……仲直りさせる良い方法はないのか?


 女将は東の四番卓に座っている方葵をチラッと見ると、口を抑えて小さく笑った。その後、彼女は近くにいる肖鼎に目を向けた。


張夫人:肖鼎、本当にお香作りを学びたいのかい?


 ほったらかしにされた肖鼎はずっと口を挟むことが出来なかったが、突然名を呼ばれたことで、出番が来たと思った彼は頭を縦に振りながら笑った。


肖鼎:本当だ!接客が無理でも、力仕事なら任せてくれ!教えてくれるならなんだってする!

張さん:兄ちゃん、うちの茶館に力仕事はないんだ。

肖鼎:なら、俺は……

張夫人:いや、別に仕事をして欲しい訳でないよ。

張夫人:その訛りから察するに、あんたは地元の人間だろう?

肖鼎:ハッ!

張夫人:張さんや、お香の材料を置くための倉庫が欲しいって言ってたわね?


 張夫人は振り返って張さんに目配せをした。少々呆気にとられた彼だったが、すぐその意味を理解し、首を縦に振った。


張さん:そうそう、確かそんな事を言ったな。

張夫人:肖鼎、こうしよう。あなたにお香の作り方を教える代わりに、学費としてあんたの屋敷を頂く、どうだ?

肖鼎:えっ?

張夫人:嫌なら無理強いはしないわ……出口はあっちよ。

肖鼎:そんな!!!屋敷をあげるから、その代わり……

方葵:そんな事!許さないわ!!!


 肖鼎の話が終わらないうちに、方葵は大声で彼の言葉を遮った。彼女はカツラを外して化粧を落とし、大股で一同がいる方に向かって歩いて来た。


肖鼎:方葵?いつの間に?

方葵:一日中ここにいたわよ!このおバカ!

甘酒団子:方葵さんはあなたを心配して後をつけてきたのですよ。

肖鼎:お前ら……なんだかとっくに知っていたみたいな口ぶりだけど……

エンドウ豆羊かん:みたいじゃなくて、実際に知っているのじゃ。

肖鼎:えっ?

方葵:あっ、貴方が心配で来たんじゃなくて……散歩していたらたまたまここに入ったのよ。

肖鼎:へへっ、方葵、優しいな……

方葵:……本当におバカなんだから、私が怒っているのがわかっているなら、なだめたらいいじゃない!一人で空回りして!

肖鼎:だ、だって、もしお前の機嫌が戻らなくて、そのまま俺との婚約まで破棄されたら、俺はどうすればいいんだ……

方葵:貴方は!


 顔が真っ赤になった方葵はこれ以上一言も発さなかったが、逆に周りで傍観していた客たちが大笑いを始めた。


張さん:ははははっ!喧嘩するほど仲が良いとはまさにこのことだな!実に愉快だ!

張夫人:あら?私とも仲が良いじゃない?

張さん:もちろんだよ!毎日愉快に過ごしている!今日は、そうだ、更に愉快ってことだ!

一同:はははははっ!


エンドウ豆羊かん√宝箱


 チュンッーー

 行列をなした燕が澄んだ鳴き声を発しながら、茶館の前を通っていった。


エンドウ豆羊かん:しまったのじゃ!


 燕を見た瞬間、エンドウ豆羊かんの顔から笑みが消えた。彼女にとって、まったく笑えない状況になったのだ。


張夫人:何があったのかい?

エンドウ豆羊かん:今日は食材を買うために山を下りたのじゃ、なのにまだ何も買ってない!

エンドウ豆羊かん:もう行かねば!

張夫人:あら!お香のためにわざわざ来たと思っていたのに、お香はついでなのかい?

エンドウ豆羊かん:そういうわけじゃ……ああ、もう行かないと市場が閉まってしまう。

張夫人:待って、食材ならうちの厨房から持って行くと良い、お代は結構だよ。

エンドウ豆羊かん:ダメじゃ!谷主に知られたら妾はつまみ出されてしまう!

冰糖燕窩:何故私は貴方を追い出さなければならないのですか?

エンドウ豆羊かん:谷主?!


 いつの間にか冰糖燕窩が茶館に入ってきた。彼女の平然とした一言で、賑わっていた店内が一瞬にして静まった。


エンドウ豆羊かん:谷、谷主……どうしてここにいるのじゃ?

冰糖燕窩凍頂烏龍茶(とうちょううーろんちゃ)が昼に城下町から帰る途中、夢回谷に立ち寄って、ここに来るよう勧めて来たのです。それでこちらに。

エンドウ豆羊かん:……山を下りた途端悪さをしたと、告げ口をしたのじゃな……

張夫人:悪さなんてとんでもない!エンドウ豆羊かんはねぇ、今日一日きちんと店番をしてくれたんだよ!

冰糖燕窩:店番?


 冰糖燕窩の前で気おくれしているエンドウ豆羊かんに気付いて、張夫人は慌てて彼女がこれ以上余計な罰を受けないよう、彼女を褒め出した。


エンドウ豆羊かん:そうじゃ!谷主よ!妾は今日主に勘定の仕事をしていたのじゃ、とても丁寧にやったのじゃぞ!それに肖鼎、あそこにいるでかい男とその恋人の方葵を仲直りさせたのじゃ!

冰糖燕窩:山を下りて半日も経たないうちに、色々経験したんですね。

エンドウ豆羊かん:うん!

冰糖燕窩:それは良かったです……では私と食材を買って夢回谷に帰りましょう。

エンドウ豆羊かん:うむ!皆、また会おう!

一同:さようならーー

エンドウ豆羊かん:谷主、待つのじゃ!谷主よ、聞いてくれ……


 隣でエンドウ豆羊かんが今日の見聞をベラベラと言い並べているのを聞いて、冰糖燕窩はいつも通り冷静に歩きながらも、思わず微笑みを浮かべた。

 どうやらエンドウ豆羊かんは他人の命を省みず、自分の娯楽だけが全ての小娘から、責任感のある大人へ成長したようだ……


甘酒団子√宝箱


張夫人:よし、客が少ないうちに、木材の処理をしよう。

張夫人:甘酒、肖鼎、あんたたちはお香の作り方を習いたいと言っただろう、ついて来な。

甘酒団子:……

肖鼎:えっ?


 張夫人はそう言うと旦那と腕を組みながら、肖鼎も連れて裏庭へと向かった。ふと、甘酒団子がついてきていないことに気付く。


張夫人:甘酒?

甘酒団子:……私は……

張夫人:どうしたんだい?

甘酒団子:お、女将さん……お香の配分だけ教えてくれませんか?

張夫人:それは別に構わないけど……どうして?今作りたくないの?

甘酒団子:うん……紹興酒兄さんが……もうすぐ迎えに来る時間なんです。

張夫人:あらまぁ!確かにもうそんな時間になるわね。待っていてね、今すぐ配分を書いてあげるから。

甘酒団子:あ、ありがとうございます……


 しばらくすると。


張夫人:これでよしと。ほら、持って行きな。


 甘酒団子は両手を伸ばして、張夫人から配分が書かれた紙を丁重に受け取った。


甘酒団子:ありがとうございます!

張夫人:いいってことよ!早く帰りな、でないと紹興酒が苛立ってうちの茶館をぶっ壊してしまうかもしれないからね。

甘酒団子紹興酒兄さんはそんなことしません……

紹興酒:甘酒?終わったのか?

甘酒団子:うん、今行きます!


 紹興酒の声を聞くと、甘酒は彼に見つからないように慌てて紙を仕舞った。しかし、彼の目は誤魔化せなかったようだ。


夕方

城下町


紹興酒:何を隠したんだ?


 茶館から少し離れたところで、紹興酒はそう言った。


甘酒団子:な……なんでもないです……

紹興酒:そうか?確かに見たんだがな……

甘酒団子:……張さんと女将さんから貰ったお香の配分書です。


 紹興酒は自分の見間違いなのかと考えあぐねていたら、甘酒団子は彼が細かくあれこれを聞く前に自分から白状した。


紹興酒:お香の配分書?そんなもん貰ってどうするつもりだ?

甘酒団子:そんな……

紹興酒:まあ、とりあえず今日はよく頑張ったじゃねぇか!元々張さんのとこで度胸つけば良いと思っただけだったが、まさか配分書まで手に入れるとはな!よくやった!


 紹興酒はそう言って、満足げに笑った。月光に照らされた彼の笑顔を見つめ、甘酒団子はもう少しこの秘密を胸に秘めることに決めたのだった……



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ゲーム情報
タイトル FOOD FANTASY フードファンタジー
対応OS
    • iOS
    • リリース日:2018年10月11日
    • Android
    • リリース日:2018年10月11日
カテゴリ
  • カテゴリー
  • RPG(ロールプレイング)
ゲーム概要 美食擬人化RPG物語+経営シミュレーションゲーム

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