クレームブリュレ・エピソード
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クレームブリュレのエピソード
メイドとしてホルスの眼に潜伏している監視官。メイドとしてはどんくさいけれど、戦闘は手慣れている。情熱的で朗らか、はっきりしていて、上司のミスも指摘できる。全ての人を思いやる優しいお姉さん。
Ⅰ.メイド
「おい、娘!スポンジケーキは出したか?」
「スポンジケーキ……?うわっ!すっかり忘れていました!」
「さっさと取りに行ってこい!いつまでお客さんを待たせるつもりだ?!」
「たっ、ただいま!あっ……シェフ様、これはまだ救いようがありますでしょうか?」
命がけでオーブンから取り出したトレーをシェフに差し出したあたしは、ぎゅっと目を閉じて横を向いた。焦げたケーキを見るのも、その匂いを嗅ぐのもなんだかいたたまれなかったから。
ガランッーー
「早く捨ててやり直せ!」
「はっ、はい!」
大きなお玉で叩かれた後頭部をさすりながら、真っ黒になったケーキをゴミ袋に入れ、涙目でそれを厨房の裏口から運び出した。
はぁ、これがメイドの悲しい宿命かな……
シェフは美しくて、美味しい料理と相思相愛なのに、あたしはゴミに囲まれて生きていくしかない……
残飯に混じったそのケーキを見ながら、重たい気持ちで手を組み、ゴミ箱の前で項垂れた。
「ケーキとして人生を歩ませてあげられなくて。ごめんなさい……」
「どうか安らかに!」
「ブリュレちゃん、久しぶりー」
「ヒッ!」
厨房の裏口は路地の奥にあるから、ここで野良猫以上の大きい生き物を見たことがなかった。ゴミ出しの時にしかここに来ないし、突然男の人の声が聞こえてきて、一瞬で鳥肌が立った。恐る恐る振り返ってみると……
「先生?!」
「シーッ……お静かに」
「ごめんなさい……でも、どうしてこんなところにいるんですか?
ここで知り合いに会うなんて、しかも毎日忙しくしている先生に会えるとは。もしあたしの手にバターがついていなかったら、興奮した気持ちに任せて先生の手を掴んで回っているところだった。
「私の可愛い生徒が、仕事に励んでいるかどうかを見に来たに決まっているだろう」
「うっ……」
「またやっちゃった?」
「うぅ……」
「ふふ、予想通りだね」
「ぐっ……」
「はいはい、拗ねてないで。まだ仕事が残っているんでしょう?」
「あっ!しまった!こんなに長く厨房を離れていたら、シェフ様に怒られちゃう!先生、仕事に戻ります!また!」
「頑張ってねー」
ドンッーー
「何サボってんだ!このケーキをお客様のところに持って行け!」
厨房に戻るとすぐに頭にシェフのげんこつが飛んできた。フラフラするけど、どうにか涙をこらえながら体勢を立て直した。
シェフはもういい年なのに本当に元気だな、いたたたた……
「えっ?どうしてケーキ二つ残っているんですか?シェフ様、もしかして間違え……」
「いつまでもぐずぐずしていると、二つとも俺が食っちまうぞ」
「一つはあたしの……シェフ様、万歳!うわぁっ!」
「足元をよく見ろ!」
「安心してくださいな!すぐに戻ります!」
あたしはケーキを手に取ると、興奮したまま厨房を飛び出し、客室のドアを一つずつノックしていった。そして、あたしに驚いてしまったお客様に一人ずつ謝った。
お辞儀のし過ぎで腰が痛くなってきたけど、もうすぐシェフのケーキが食べられるって思っただけで、すぐに笑顔に戻った。
わーい!いよいよ最後の客室だ、さあ、勝利は目前だ!
軽快にドアをノックした後、お客様が応えるより前に、あたしは我慢出来ずに火炎放射器を取り出して、ドアを派手に爆破した。
「お客様、失礼いたします!お休みのところ申し訳ありません!しかし、あたしはもう我慢が出来ません!すぐに情報を教えてもらえませんか?」
持っていた炎ちゃんもあたしに同調しているかのように、銃口から熱風をビュービューと噴き出していた。
だけど、お客様は炎ちゃんに怯えているのか、部屋の隅に隠れて固まっていた。こんな風になっても口を噤んだまま、絶対に話すまいと決心している様子だった。
「早く終わらせたいんです……ねぇねぇ、早く教えてくださいな」
「困りましたね、誰も傷つけたくはないんですけど、任務はこなさなければならないんです……」
「ごめんなさい!どうやら眠って頂くしかないようですね!」
「待ってくれ……全部言うから!」
「ありがとうございます!」
あたしはいそいそと炎ちゃんを仕舞って、お客様の前にしゃがみ込んだ。手渡された資料を丁寧に確認して、ショックを受けているお客様が見つめる中、満足した表情で部屋を後にした。
「先生!ミッションコンプリートです!」
「流石だね、ブリュレちゃん。でも……本当に任務完了しているのかな?」
こんな時の先生の笑顔は、いつも怖く見える。
「もっ、もちろんです!資料は全部ここにありますよ!」
「しかし、私がブリュレちゃんに教えた事を忘れたのかい?情報をゲットした後、ターゲットとターゲットがいた場所を、事故を装って全て処分しなければならないと……」
「それは違います!」
「ほお?」
先生の声は沈んだ、アクアマリンの目から探究と光が輝き始める。
それは、彼が尋問の時によく見せる表情で、何度も見たことのあるあたしでさえ、思わず心臓がバクバクしてしまう。
「情報は手に入りましたし、どうして炎ちゃんにそんな大変なことをさせる必要があるんですか?それに……」
緊張しているあたしは唾を飲み込み、彼の所謂「愛のムチ」に抵抗する覚悟を決めて、彼を見つめながら言った。
「このホテルのケーキはとても美味しいですし、潰してしまうのは勿体ないですよ!」
「そうは言っても、先生がホテルにいる無関係の人員を退避させるのに、どれだけの時間と労力を費やしたか、知っているかい?」
「え……待ってください……先生?!待って!うわあああー!痛いよー!!!!!」
Ⅱ.プレゼント
「いたたたたっ!サルミアッキ、もうちょっと優しくしてくださいよ」
「ダメ」
「えっ、うわっ!」
砲火に打たれているぐらいの痛みを感じているのに、あたしの背中に乗っている女の子は気にせず力を込め続けている。あたしはもがくのを諦め、手足の力を抜いて、ふかふかの枕に顔を埋めることしか出来なかった。
先生はあんなに優しそうに見えるのに、どうしてこんな酷いことが出来るんだろう……いたたたた……
「力加減、とても大事……どうしたの?」
「ここで死んだら、幽霊になってサルミアッキに復讐します……」
「あぁ、貴方は幽霊が一番好きってことを忘れていました。痛っ!誰か助けてー!」
魂が抜けそうになった時、世界最強の拷問とも思える程のマッサージはようやく終わった。
「おしまいですか?」
「うん」
「あー超痛かったけど、終わったらめっちゃ気持ち良いですね、本当にありがとうございます!」
コンコンーー
「ブリュレちゃん、終わったー?」
背後から聞こえてくる声に、思わず体が固まってしまった。
まさか!これ以上の罰があるというの?!
深呼吸をしながら冷静を装ってベッドから下りて、靴を履いてからサルミアッキの方に向かって深々と一礼をした。
「それでは、お先に失礼します……」
「おや?わざわざ会いに来てくれた先生を置き去りにするのかい?ブリュレちゃん?」
「うぅうううう……呼吸、が、出来ません……」
先生が首を絞めてくるから、余計な事をする気力がなくなった。首をさすりながら、大人しく先生について医務室を出る。
「良い天気ですね、明日もこんな……」
「残念ながら、明日は多分曇りだよ」
「あっ……」
「ついたよ」
「え?どうして教室じゃないんですか……」
あたしの質問を聞いて、先生は首をかしげて笑い出した。綺麗なはずなのに、何とも言えない不気味な笑顔に、全身鳥肌が立った。
「さあ、もう少しワクワクした顔をしてよ!今からブリュレちゃんが一番欲しかった”プレゼント”を見に行くんだからね」
プレゼント?
ドアノブを握る先生の手を見つめていると、急に緊張してきた。
彼はあたしに準備をする時間を与えてくれず、すぐにドアを押し開けた。
「ブリュレちゃん、これは入学一周年記念のプレゼントだよ!君がずっと欲していた答えがここに……」
目の前にいたのは、全身白い包帯で巻かれ、顔の半分しか見えない人。
慣れ親しんだ感覚に襲われ、動揺が止まらない。
「ヘ、イン……」
Ⅲ.ヘイン
ヘインは、あたしの御侍だ。
彼女には大きな家があった、そこには戦争で何かしらをなくした子供たちがたくさん住んでいた。彼女はあたしに火炎放射器の改良を教えてくれた。炎ちゃんをより持ち運びやすくしてくれて、より強力にしてくれた。
彼女は子どもたちの前では決して大人ぶることをせず、雪のように白いシャツにいたずらっ子の小さな黒い手形がついても決して怒らなかった。屈んで泥だらけの子どもを抱き上げて、太陽の下でくるくると回りながら笑顔を振りまくような人だった。
彼女は太陽のようにあたたかい人。
あたしの家族だ。
あの日、あたしたちがあのクルーズ船に乗るまでは。
「見つけましたよ、ヘインさん。ちょっと座ってお話しませんか?聞きたい事がたくさんあります」
背筋から首の後ろに悪寒が伝わる。
「誰?!」
とっさに振り向くと、銀髪に青い瞳、頭から鹿の角を生やしている男がいた。ヘインに向ける目を見て、なんだか嫌な予感がした。
彼はヘインを傷つけようとしている!
あたしは本能の赴くままに彼を撃ち、炎で身を隠しながら、ヘインの手を握って彼女と客室に逃げ込んだ。
「あいつは誰ですか?どうして追ってくるのですか?」
「何か危険な事をしていませんか?なぜ教えてくれないんですか?どうして手伝わせてくれないんですか?ヘイン、教えて下さい!」
彼女はあたしの言葉を聞くと、部屋の隅にある箱に向かって歩き出した。白く細い指で蓋を開けると、中には真っ黒な銃が並んでいた。
「これらは……私から戦争への贈り物よ」
熟睡している恋人の寝顔を撫でるように、彼女は銃身に指先を滑らせる。
「ブリュレ、私は武器商人よ」
「戦争に火を注ぐ者」
「戦争は余剰人口を連れ去り商機と富をもたらしてくれる」
「”平和”のままだと、子どもたちは救えない。子どもたちの未来を奪うのは”戦争”ではない」
「”貧困”よ」
「何も持たない事こそ、私たちの罪」
船体が波に打たれる音は、銃弾の雨のように聞こえた。
それは、雷や稲妻のようにあたしの心を貫いた。
「し、知りませんでした……ヘインは……あたしを……信じていないのですか……?」
彼女はあたしの目尻の涙を拭うために手を上げた。その冷たい手は少し震えていたけど、顔にはどこか青白い笑みが浮かんでいた。
「ええ、貴方を信じていないわ」
「……どうして?」
バンッーー
銃弾の音によって、あたしの疑問は床一面に砕け散った。
あたしたちが別れてしまうまでに、答えを得る事が出来なかった。
今、銃弾も波音もない、どこからともなく銃弾が飛んできてあたしたちの会話が遮られてしまうこともない。
ベッドのそばに立って、あたしはぶら下がっている彼女の手を見つめた。躊躇いながらも、結局それを握る事にした。
あたしはずっと心に残っていた疑問を口にした。
「ヘイン、どうしてあたしを信じてくれないんですか?」
「あたしたちは、家族ではありませんか?」
「あたしは貴方様のために生まれた、貴方様のために死ぬことも出来る……なのにどうして……あたしを信じてくれないのですか?」
「ブリュレ……」
彼女は突然あたしの名前を呼んだ、掠れたその声はヘインとそれとは思えなかった。
あの日を境に、彼女に一体何があったのか。
「私たちは、家族よ……」
「あたしには、分かりません……」
「家族よ……貴方は優しくて、単純で……」
あたしは首を振った。
分からなかった。
「貴方は、私のためなら、何でもするのでしょう……私、のような人のために……」
「貴方は、自分の進むべき道を、選んで、自分のために生きて……」
「わたし、なんかの……ためじゃ、なくて……」
突然、彼女の声が止んだ。
どこからともなく風が吹き込み、カーテンが揺れ、花の香りが漂ってきた。
この時、初めてヘインとの契約が切れてしまっていることに気付いた。
花の香りが消え、風が止むまで、先生はずっとあたしの後ろにいてくれた。
発見された時既に瀕死状態だったらしい、あたしと再会するまで生き延びたのは奇跡だって聞かされた。
過去にこだわるのは好きじゃないけど、あの時もう少し早く或いはもう少し遅く登場したら、全員があのクルーズ船から脱出できていたかもしれないと、彼は言った。
ヘインの死については、「最後の悲劇にしたい」と、彼は語った。
最後に、彼はあたしに向かって「お悔やみ申し上げます」と一言を残してくれた。
Ⅳ.学校
ヘインがあたしを信じていないって初めて知った時、どんな気持ちだっただろうか。
ーーケーキを台無しにした時の百倍は最悪の気分だったと思う。
あたしの心の中では、彼女はずっとあたしの家族だ。
ずっと、ずっとそうだ。
料理も掃除も何も出来ない「メイド」を傍に置いてくれるご主人様なんて、彼女以外いない。
彼女はあたしが何かを壊したりしても怒らないし、読み書きを教えてくれたり、難しいけど肝心な時に命を救える事をたくさん教えてくれた。
彼女はよくあたしの好きなケーキを持って帰ってきてくれた。仕事で忙しくても、あたしがどの味が好きかを忘れることはなかった。
彼女はあたしの姉のような存在で、あたしと失敗や無茶を許し、いつもあたしの成長を楽しみにしてくれた。
だけど、あたしに何かをしてくれと求めてくることは全くなかった。
彼女はいつも言っていた。
「ブリュレ、貴方の笑顔を見ているだけで私は幸せよ」と。
見返りを求めない……
大切な人をただ喜ばせたい気持ち……
これが……家族というものでしょう?
嵐で揺れるあのクルーズ船に乗っていた時も、彼女はあたしを救命ボートの最後の空席に押し込んだ……
これが家族でしょう?
でも、どうして彼女はあたしを信じてくれないの?
家族は、お互いに信頼しあうものじゃないの?
あたしは、最初から最後まで、彼女をずっと信じていたのに……
背後から悲鳴が聞こえる中、あたしはクルーズ船に戻って、必死でヘインの手を掴んだ。
しかし、彼女は笑顔のまま、波に攫われていった。
火炎放射器を掲げて、事故に乗じてデッキに上がろうとした堕神に向けた。
「ヘイン!ここに来て!!!早く上がってきて!!!あたしが守るから!!!」
波が豪雨のように降ってきても、あたしの炎が消えることはなかった。
船がもうすぐ沈みそうになっていても、あたしはデッキで戦い続けて、彼女の答えを待った。
しかし静寂な海面から、返事が返ってくることはなかった。
脱力してデッキから落ちた数秒間、海面に浮かぶ白い海草や茶色いサンゴを見て、急に後悔の念が湧いてきた。
ああ、心の中に秘めた言葉を、普段から伝えるべきだった。
あたしの心の中では、ずっと家族だって。
あたしにとってあの幸せな日々は、全て現実なんだって。
だから、信じてもらえなくても、何千何万回繰り返しても、あたしはきっと自分の全てをヘインに捧げるって。
「白い海草?茶色いサンゴ?」
「うっ……比喩ですよ。あの時のあたしは死にかけていたんです、助けてくれたのが先生だってわかる訳がないじゃないですか。先生は海に落ちて溺れている人に、理性が残っているとお思いですか?」
あたしの言葉を聞いているのか聞いていないのか、彼は真剣な顔で自分の髪と角を触り始めた。そして、今まで見たことのない目をしていた。
まるで、自分のレストランの看板メニューを食べている時に、大量の砂が入っていた時のような……
口を尖らせて、あたしは地面に寝っ転がり、柔らかな芝生の上で大の字になった。
「でも、なんであの時先生はあたしを助けてくれたんですか?」
「誇りに思える学生に育てたいと思ったからだよ」
「えぇ……」
あたしが信じられない気持ちでいっぱいになっても、彼の顔に何の変化もなかった。
「あの日、どうしてヘインを探していたんですか?」
「情報のためだよ、他に何がある?え、もしかして悪いことを考えているの?」
「は?違いますよ!」
「どうだか」
あたしは寝転んだまま、空で淡々と泳ぐ雲を見つめた。
「じゃあ、ヘインにもルールを適応させたんですか?」
「ん?」
「だから、情報を入手した後は、その対象を処分するっていう……」
「はぁ、先生はあの船に乗っている人たちを助けるために、わざわざ大量の救命ボートを集めたんだ。そのせいで、自分のメインターゲット見失って、あいつらに笑われたんだよ。こんな私を疑うだなんて、傷ついちゃうなー」
「でも、先生が本当のことを言った回数と、あたしが試験に合格した回数はほぼ同じですか……」
「おや、ブリュレちゃんにはちゃんと自覚があったんだねー」
あたしは先生の顔に視線を移した。先生の笑顔はいつも誠実だけど、本当のことを言っていようがいまいかは、全部同じ顔だ。
「ブリュレちゃん、学校を信じないと」
「我々がやっていることは、些細なことに見えるかもしれないけど、その影響は大きい。この世界のバランスを保つために努力しているんだ」
「君も感じているだろう、我々は確かに、正しい事をしていると」
学校の芝生は、雨の後の湿った匂いがした。
顔に当たる草の冷たさが、体力トレーニングの疲れを吹き飛ばしてくれた。
その上、久しぶりに先生に挑戦してみたい錯覚さえ覚えさせた。
「先生!あたしと手合わせをお願いします!」
……
「うああああ!助けて!あたしの負けです!!!!!」
「サンちゃんの訓練はまだ甘いようだね、結構元気じゃないか」
「サッ、サンちゃん?って誰ですか?」
「おかしいな、手を縛っただけで、君の思考まで停止しちゃったのかい?サンちゃんは君の教官だよ」
「なっ?!あの悪魔教官を?!サン……サンちゃんって?!」
「うん」
先生、本当に怖いよ!
「ブリュレちゃんの心の声聞こえているよ」
ーー本当に怖いよ!!!!!
「ブリュレ、今日の栄養剤、打ってないのあとあなただけ……」
突然背後に現れたサルミアッキの手には、注射器が輝いていた。
「逃げられないよ」
学校って怖いよ!!!!!
Ⅴクレームブリュレ
クレームブリュレが病床から目覚めた時、全身に包帯が巻かれていた。
白髪の少年は、彼女の目が開いたのを見て一瞬ガッカリした後、彼女の好奇に満ちた視線を躱してすぐに部屋の外に飛び出していった。
銀髪の少女は、無表情のまま彼女の体に注射器を突き刺し、ここは「学校」であると伝えた。
鹿の角が生えている青年が病室に入ってくると、彼は冷静にクルーズ船での出来事を説明し始めた。
「海の底から君を救い出したのは私だ。もし変える場所がないなら、ここに残ってもいいよ。でも、君を救うために何日も寝ずに看病してくれたサルミアッキに感謝することを忘れないでねー」
「ここは帝国連邦の"学校"だ、我々によって戦争が駆逐された平和の地」
「学校から無事卒業した後は、私が出した任務をこなしてくれたら、学校が何でも好きなプレゼントを与えてくれるよ。な・ん・で・も、だよー」
「ああ……まだ話せないよね、同意するならまばたきをしてくれ」
アクアマリンの目を見つめていたクレームブリュレは、思わず瞬きをした。
気がつくと、彼女は戦争のない、でも毎日騒がしい学校で傷を癒すことができた。
そして、悪魔のような教官の悪魔のようなトレーニングに苦しめられ、痛めつけられることになった。
肉体的なトレーニングよりも、クレームブリュレが頭を悩ませていたのは情報に関する授業だった。
(秘密を覗いて、情報を得る?)
(ある人がある場所で言った言葉を、何人も通して伝言ゲームをしなければいけないなんて、直接新聞に載せれば誰でも見ることが出来るのに、どうしてこんなに苦労しなければならないのだろう)
(どうして、こんなに秘訣と注意事項で頭を悩ます必要があるんだろう?!)
クレームブリュレにとって、狂いそうになる生活の中、行方不明だったヘインだけが心の支えだった。
どんなに大変なことでも、彼女を見つけるためならなんでもやった。
いつもあと一歩足りないけど。
ドアが開いたその日から、彼女の人生にはもうヘインはいなくなってしまった。
「これから何のために生きていればいいのですか?」
「新しい理想のために生きればいい」
墓地の外の芝生には淡い紅色の花が植えられている、それは風に吹かれて左右に揺れていた。
クレームブリュレはポロンカリストゥスの目を見て、少し戸惑っていた。
「新しい、理想のため?」
「ああ、新しい理想だよ」
「何のために生きればいいかわからないのなら、新しい理想のために、一生を尽くせばいい」
「ヘインさんにしたようにね。かつての君の理想は"家族"を守ること、今は私たちと共にこの"世界"を守ろう」
「何も考えなくていいよ、学校が道を示してくれるから。いつものように自分の心だけに耳を傾けるんだ」
「これでどうかな?」
(何も考えなくていい?楽そうでいいかも)
「よし!先生!これからも、どうか宜しくお願いします!」
そうして、ある晴れた日に、クレームブリュレはトランクを持って学校を出た。長い道のりを経て、ようやく目の前の別荘にやってきた。
「クリスティーン様、初めまして!あたしはレイナ、今日から貴方様のメイドになります!どんな仕事も安心して任せてくださいな!」
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