ブランデー・エピソード
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ブランデーのエピソード
貴族よりも貴族、悪役よりも悪役に見える。しかしやっている事は正義の味方、たとえ残忍な事をしていても優雅な笑顔を崩さない、少しだけ鬼畜。敵に対しても、自分に対しても平等に残忍である。自分が求めている物に対して常人の理解を超えるほど守り抜こうとしている。いつも冗談めいた笑顔を浮かべ、親やすさを出している。オイルサーディンをからかう事が好き。
Ⅰ.典獄長
食霊を収監するタルタロス大墳墓の典獄長になる事で得られる、最大のメリットとはなんだろうか。
おそらく、宴会でグラスが空になることはないということだろう。
わざと薄暗くした照明の中、お腹が出ている新興貴族がワインのボトルを抱えながら寄ってきた。こびへつらうその声はなんだか裏返っていた。
「これはこれは、我らタルタロスの典獄長様ではないですか!就任のお祝いに一杯いかがでしょうか?」
彼は、まだ半分程中身が残っていた我のグラスに丁寧にワインを注いだ。ボトルを卓上に置いた後、自分のことを話し始めた。
「憎たらしい食霊が今裁判を受けている最中なんです。もうすぐタルタロスに連行されると思いますが、その……どうか面倒を見てやってください……」
面倒を見る?
我は彼に向かって微笑んだ後、彼が持ってきたボトルを持ち上げ、驚いている彼の前で良い値段のするワインを床にぶちまけた。
半透明のボトルを傾けると、ワインに沈んでいるキラキラとした金塊が見え隠れしていた。
我はボトルを振って、金属がボトルに打ち付ける音を聞きながら彼を見上げた。
「当然のことだ」
我の言葉を聞くと、一気に顔色が良くなった彼は自分の大きなお腹を抱えながら去って行った。その後すぐ、伯爵夫人がまたボトルを抱えてやってきた。
「わたくしの食霊は昔から穏やかで、決してあのような真似は致しませんわ、きっと誤解なんです……」
「公爵家のお嬢さんは、きっとあの食霊に殺されんですよ……」
「……何卒宜しくお願い致します……」
「……絶対に彼を見逃さないでください!」
手元にある会場を照らせる程の金塊たちを一目見て、微笑みながら頷いた。
「当然のことだ」
我の笑顔を見て、この場にいた者たちも笑顔になった。グラスを掲げ、お互いに祝福の言葉を送っている……我のそばに佇んでいる青年を除いて。
オイルサーディンはテーブルに置かれたボトルたちに嫌悪した視線を送っている。
こいつは本当に怖いぐらいに真っ直ぐだ。
「こんなに要求を聞いて、覚えていられるのか?」
「心配するな、覚えるつもりはないからな」
「は?」
次にボトルを持ってきた貴族を制止し、我は驚きを隠せない彼に向かって言った。
「それに、我は別に彼らの要求を了承してはいないだろう?」
我は肩を竦め、ボトルを置く場所を確保するため、テーブルの上に置かれたワインを飲み始めた。
「自分の要求が受け入れられたと勘違いして得た、束の間の喜びは我からの褒美だ。この愚かな貴族たちに、これ以上何かを与える必要があると思うか?」
我の言葉を理解出来ないで居るオイルサーディンは、黙り込み一つため息をついた。
彼のその素直さに我はまた笑った。
「タルタロスの建設は皆の責務だ、彼らにも協力してもらわないとな」
この時、宴はもう終盤に近づいていた。灯りはより一層明るくなり、ピアノとバイオリンの音色が聞こえる。酔いと共に、少しだけ眩暈がした。
フフッ、やっと来たか……
「外の風に当たってくる、次のスポンサーの対応を頼んだ」
「なっ……おいっ!」
最初は大きな声で我を呼び止めようとしていたが、すぐにその声は止んだ。
彼がいれば何も心配することはない。
だから、意識が完全に奪われる前、我はわざわざ綺麗そうな芝生を選んだ。
地面に倒れると、草についている夜露が耳元に落ちた。
それを拭うよりも前に、我は目を閉じた。再び目を開けた時に、どんな景色が見えるのかを期待しながら。
Ⅱ.罠
正直に言うと、少しガッカリしている。
貴族たちばかりの宴で、新任の典獄長に罠を仕掛ける度胸のある人物なら、もっと工夫してくると思ったのだ。
まさか目覚めたら、ごく普通の黒い部屋の中でごく普通の椅子に縛られているだけとは……
ありきたりすぎる。
周りを見渡しても、目新しい拷問器具も見つからない。我は首を傾げて、炎で手を拘束していた枷を焼き切ろうとした。
ん?
指先に炎が灯らない。枷はビクともしないし、何故か食霊の力が使えないようだ。
なるほど……
面白い。
「凡人となった気分はどうですか?ブランデー典獄長」
声がする方に目を向けると、おそらく誘拐事件の首謀者が暗い隅にいるのが見えた。わざとらしくマスクをつけ、ゆっくりと歩み寄ってきた。
「既に凡人となった我の前で、これ程までに細心の注意を払い、マスクまでつけているとは……その弱い心を、我は一生理解出来ないだろうな……カイル子爵?」
彼は一瞬固まった後、マスクを外して険しい表情を見せた。
「いつまでその態度でいられるかな?」
「フフッ、お気に召してくれるまで」
バンッーー
銃声が鳴り響く、左腿に開けられた銃弾の穴は、大動脈を綺麗に避けているため、出血はそれほど酷くはないが、それでも強烈な痛みが生じた。
数分経過しても、出血は止まらず、傷もいつものようにすぐには治らず、凡人と同じく痛むだけ。
「食霊である貴方は、この感覚に慣れていないはずだ」
「確かに……弾丸に何かを仕込んでいたか……それともこの手枷……?」
カイルはようやく満足そうに、枯れた枝のような絵を伸ばして、我を縛っている鎖をそっと撫でた。
「これはナイフラスト全ての研究者の心血から生まれた新素材。ブランデー典獄長、貴方を殺すために作られたものだ」
「それはそれは光栄だ。研究者の方々に宜しくお伝えください」
「……そう笑っていられるのも今のうちだ。この素材は貴方の力を打ち消す。抜け出すことも出来ず、傷も治らず、死ぬのを待つことしか出来ぬ」
彼は二歩下がり、力強く言葉を発した。まるで自分にそれを言い聞かせているかのように。
「だが貴方が死ぬまで待つ必要はない。新典獄長が数ヶ月、いや、数週間姿を消すだけで、タルタロスは機能しなくなり、閉鎖せざるを得なくなるだろうな。そうすれば、あのろくでもないシャンパンも失脚するに違いない!」
「なるほど……悪くない」
我の言葉に驚いたのか、カイルは見るにも耐えない顔色になった。
ふと、自分の表現が悪かったことに気付き、少し申し訳なさそうに笑ってこう続けた。
「すまない。食霊対策としてはこれは悪くない素材だと、褒めているんだ」
少しずつ感覚がなくなっていく足、大量に失血していることで我は震えが止まらなくなってきたが、笑いも止まらない。
「タルタロスの檻に使うのにちょうどいいな」
「そっ……そんなバカな!」
彼の目の前で枷を引きちぎると、先程まで意気揚々としていたカイルは死んだ魚のような目で我を見つめた。
可哀想なカイルよ。我が食霊の力だけで、ここまで上り詰めたと思っているのか?
我が仕掛けた罠にハマってくれるのも仕方がないな。
「フフッ、ワインに何か仕込んでいると気付かないとでも?あんな酷い匂いをさせておいて……」
カイルは力抜け地面に座り込んでしまった。絶望したその目から、自分の運命を受け入れた様子がうかがえる。
我は彼の前に立ち、新生児に洗礼を受けさせている神父のようにそっと、血みどろになっている手を汗ばんでいる彼の額に置いた。
「さて、あのまずいワインで台無しにされた夜をどう弁償してもらおうかな?」
Ⅲ.狂人
弾丸で貫かれた太ももの痛みが十だとすると、オイルサーディンに椅子に押し付けられ、手当されている痛みは百と言えるだろう。
チラッと深い皺を眉間に寄せている彼を見て、我はため息をついた。
「囚人なんかよりも貴族の相手をする方が嫌なのか?」
彼は頷いた後、すぐに首を横に振った。最後は辛うじて優しく包帯を結んでくれた。
「無茶し過ぎだ」
「そうだな……良いハンターになる秘訣は、自分がまず獲物になることだ」
「……しかし、ここまでしなくともいいだろう」
力づくで枷を外したため、両手は包帯でぐるぐる巻きにされて動かせない。
酒を飲むのに不便以外、特に支障はない。
どうせすぐに元通りになるし、気にする必要はない。
しかも……
「……狂人の相手をするには、もっと狂っていなければならない」
オイルサーディンは我の言葉を聞き流しながら、包帯を薬箱に仕舞った。彼は血で真っ赤に染まった新素材を見つめながら、気持ちを抑えているのか少し震えていた。
「噂の新素材が本当に食霊の行動を制限出来るかどうか、これを試すために自分の手を犠牲にしたのか?」
「我よりもこの実験に適している者がいると思うか?」
彼は口を噤んだ。不満を持っているが口に出せない表れだった。
こんな気持ちにさせるのは、我の本意ではない。
「怒っているのか?」
彼はまた首を横に振った。タルタロスに来たばかりの頃とよく似た、どうしようもない表情を浮かべながら。
「自分の身を危険に晒すべきではないと思う……タルタロスにはお前が必要だ」
「それは違う、必要なのはお前の方だ」
枷の束縛がなくなると、傷は異常なスピードで治っていく。
指先に灯った炎で幾重にも巻かれた包帯を焼き、我はまだ赤が滲む手を彼に向けたーー
「さもなくば、我は暴走してしまうぞ」
囚人への罰として、タルタロスには綺麗で乾燥した空気はないし、明るくあたたかい光もない。
あるのは窒息感と抑圧。
この死んだような静寂の中、我は血が付いた自分の手を見た……
昔の記憶がよみがえる。
数多の亡霊がもがき、泣き叫び、神を地獄に引きずり込もうとしているかのように、空に向かって手を伸ばしていた。
しかし、そんな事が出来るはずはないから、お互いを踏み台にし、絡み合って、やがて全ては燃え尽くす炎の中に堕ちて行った。
烈火が空を覆っても、極寒を追い払うことは出来ない。
絶望には耐えられるが、寒さは憎い。
あたたかいものが欲しい……何か……炎まで冷たく感じるのなら……
人間は、きっとあたたかいのだろう。
雨は、全てを押し流すほど凄まじく降り注ぎ、冷たい炎と亡霊の叫びをかき消した。
赤色の世界で、我はやっとあたたかさを手に入れた。
しかし、それだけでは足りない、まだまだ足りない。
鮮血の温もりを抱きながら、我は目を閉じた……
「ブランデー、目を覚ませ!」
目を開けると、オイルサーディンが我の肩を力強く掴んでいた。
何故か、彼の顔には赤い痕があった、鮮やかであたたかい。
思わず指先でそれを拭き取り、見つめた。
ああ、これは我の血か。
「言ったじゃないか、ここはお前がいないとダメなんだ」
血の味が口の中に広がり、我は宥めるように彼の手を引っ張った。
「我を起こすのはお前の役目だ、さもなくば……」
「タルタロスは本当の地獄になってしまう」
Ⅳ.地獄
食霊を制御出来る不思議な新素材を手に入れてから、典獄長の教務は大分楽になった。
重刑監房にいる何名かの厄介者を除けば、他の食霊たちを管理するには、彼らを一緒に収監し、たまに見回りするだけで十分。
しかし、軽犯罪者が収監されている場所に足を踏み入れた途端、嫌な気配に襲われる。
タルタロス大墳墓はその名の通り、暗く湿っていて、まるで死体を入れる棺のような所だ。
心の中で溜息をつきながら、入ってきたドアに鍵を掛けた。
さっさと終わらせて、飲みに行こうか……
「サーディン典獄長、おはようさん!」
「今日はいつもより遅いな、ははっ、典獄長も遅刻したりするのか?」
「へへっ、サーディン典獄長。俺は海底空気アレルギーなんだ、別の監獄に移してくれないか?」
暗闇での視界が制限されているためか、軽犯罪を犯した囚人共は我を彼らの典獄長だと勘違いしているようだ。
大胆にも「監獄を変えてくれ」と言ってきた囚人の監房に寄り掛かり、笑って彼をからかった。
「アレルギーか、それは大変だ。体を一から作り直すのはどうだ?」
「ひぃいいいい!」
「しっ、しまった!ブランデーだ!!!」
見回りしている者の正体が我だと気付き、彼らは光を見たゴキブリのように監房の隅に散っていった。
面白い。
そこで、指に炎を灯しながら、監房のドアを開けた。
「それか……我がアレルギーを治してあげようか?」
十分後、単純な典獄長をいじめることに慣れていた囚人共は、地面の上で苦しそうに呻き声を上げていた。
「シーッ、騒ぐな。声を一回上げる度に一回殴ってやる」
口を塞いで震えている様子を見ると、急につまらなくなってきた。
今のタルタロスにいる囚人たちは、直接処刑できる主がいない食霊だ。
彼らは、人間と食霊の間の見かけ上の平和と安定を維持するため、また、食霊が人間がコントロール出来ない存在ではないということを証明するために、ここに投獄された。
これが彼らの価値の全てだと言える。
象徴、漠然とした概念、言い換えればタルタロスに幽閉されている瞬間にしか価値はない。
それだけならまだしも、彼らが少しでもマシな監獄生活を送れるため、オイルサーディンは彼らのために特別な規則を作った。
その結果は?
もったいない。
弱者なら賢くなれ。頭が悪い上に強くもない者は、大人しくするのが上策だ。
さもなくば、死しかない。
しかし、彼らに何かお仕置きをしようとした時、突然後ろから鍵を回す音が聞こえてきた。
珍しく休暇を取ったオイルサーディンは、予定よりも早く戻ってきた。我の足元で転がっている囚人たちを、驚愕の眼差しで見つめている。
ここで何があったか直ぐに理解した彼は、しかめっ面で我の前にやってきた。
「ブランデー典獄長、俺の代わりに見回りをしてくれたのは感謝する。しかし……状況の説明を求む」
「そうだな……囚人が一斉に脱獄しようとして、我が現行犯で捕まえたとか?」
「……彼らはお前の前でそんなことをする勇気はないと思うが」
その目は、初めて彼の前で炎を使った時のような、勝ち目がないとわかっていながらも、いつものように正義感に満ちたものだった。
とても面白い。
「フフッ、だから見回りの仕事に向いていないと言ったじゃないか、サボろうとしている訳ではないぞ……」
我は彼の肩を軽く叩き、体の中で暴れる暴虐因子を抑え込み、のんびりと監獄から出た。
「タルタロスは、やはりお前がいないとだな」
そうでなければ、遅かれ早かれ、退屈しのぎにこの場所を地獄に改造してしまうだろうな。
「サーディンも戻ってきたことだ、我も仕事に戻るとしよう……」
邪魔されないよう、自室は監獄から一番離れたところにした。自室に戻った後は、もう滅多に出ない。
ところが、部屋のドアを閉めた途端、外で警報が鳴った。
我の部屋に届く警報は、オイルサーディンの警報だけで、それが最後に鳴ったのは彼が就任したばかりの時だった。
無神経で愚かな食霊たちは、オイルサーディンに躾られるのが嫌で、規則に縛られることにも不満を見せ、彼に攻撃を仕掛けた。
我が現場に到着した時、目に映ったのは死にかけた囚人を抱きかかえ、血まみれの傷を見ておろおろとしているオイルサーディンの姿だった。
さて、今日はどんな面白いことが起こるのだろうか?
我は鳴り響く警報が消える前に、彼の部屋のドアを押し開けた。
そこにいたのは、オイルサーディンを壁に押し付け首を絞めている青年だった。その青年は口元に弧を描き、悠然とした表情を浮かべていた。
我は思わず眉をひそめた。
「おや、邪魔したな」
「いや、ちょうどいい所に」
見知らぬ青年は爽やかに微笑み、オイルサーディンを締める手はより一層強くなったように見えた。
「さて死刑囚のブランデーさん、制裁を始めましょうか?」
Ⅴ.ブランデー
ブランデーはかつて死刑囚だった。
彼は自分の御侍がいつ、どこで、何のために死ぬのかを知っていた。
実際の所、人間は死の運命から逃れられない。ましてや彼の御侍は自ら命を絶ったのだから、彼は恨む相手も、文句を言う相手もいない。
それでも彼は、あの日の悲劇を防ごうとした。
御侍が自殺を決意した日に彼を拘束したり、気絶させたり、婚約者が殺されたことを知らせないようにしたり、試行錯誤を繰り返した。
しかし、常に様々なハプニングが生じ、青年を死の結末へと導いていく。
そこでブランデーは、その青年の可愛らしい婚約者に目を向けることにした。彼女を守るため、ボディーガードを一日担った。
しかし、彼女はいつも何らかの理由でブランデーのそばを離れ、そして次の瞬間には死んでしまう。
ブランデーの行動なんかでは、結末は左右されない。
彼は強い食霊だ、食霊の中でも最も強い存在の一人だ。
権力、財力、欲しいものならなんでも容易に手に入れられる。
しかし、彼は一人の凡人の結末を変えることが出来なかった。
ブランデーは急に退屈になった。何度も何度も時を繰り返すうちに、自分が何故この運命を変えようとしているのかすらわからなくなっていた。
そこでブランデーは来るあの日、御侍の前で彼の愛する婚約者を自らの手で殺した。
すると、奇跡が起きた。
婚約者は死んだが、御侍は自殺しなかった。
婚約者の小さな死体を抱きしめながら、憎しみがこもった目でブランデーを睨んだ。
やはり、憎しみは悲しみを打ち負かすことが出来る。男は仇の前では決して自殺したりはしない。
御侍は怒り狂い、「殺してやる」と叫びながら、形振り構わずブランデーに立ち向かった。
しかし、自分の食霊に傷一つ与えられない。
その様子を見て、ブランデーは吹き出した。
永遠に終わることのない輪廻の中、同じ光景を退屈な光景を何度も見てきたが、今回ようやく初めて見る光景を目にすることが出来た。
ブランデーを逮捕するための兵士はすぐにやってきた。彼は何の苦労もなく逃げ切れることが出来たが、大人しく監獄に入った。
彼はその狭く湿った冷たい檻の中で、御侍の死を知った。
彼は笑った。理由もなく、狂ったように笑った。
何者かに邪魔されていることを彼ははっきりと感じたのだ。
その何者かは、自分の思い通りに世界を動かそうとしていて、ブランデーの介入を許さない。
しかしブランデーは介入を続けた。
彼はすぐに新しい計画を立てた。監獄の中にいる凶悪な囚人たちを全て解放し、わざとこの世界の崩壊と滅亡を加速させようとした。
次に自分の手で御侍を殺せば、違う結末になるかどうかを確かめようとしたのだ。
彼は自分に重くのしかかっているもの、自分の運命を抑え付けているものをひっくり返そうとした。例えそれが神であっても、世界であっても。
しかし、彼が計画を実行しようとしたその夜、死にかけの老人が彼を見つけた。
「わしは貴方を救い出せる」
「わかっているだろう、我に助けは不要だ」
「知っている。わしが言いたいのは、無罪放免だ」
ブランデーは老人を見上げた。
「何が目的だ?」
「わしは新世界を創る」
ブランデーは首を傾げ、月光は彼の顔の輪郭をなぞるように、老人の目に光と闇を映し出していた。
「食霊と人間が真に手を取り合い共存出来る世界。誰しもが当然の報いを受ける、意味のない苦痛がない、心が砕ける結末もない……新世界」
「我とは関係ない」
老人は窓の外の狭い世界を眺めた後、ため息をつきながら笑った。
「わしは貴方にこの世界の監督者になって欲しい」
「我は死刑囚だ」
「悪人にしか悪人を成敗出来ない」
老人はブランデーと御侍の本当の死因について語り始めた。そしてタルタロス大墳墓計画と、彼の志と引退についても。
夜明けになった。
ブランデーは突然、自分の計画が水の泡になってしまったことに気付いた。
彼は肩を竦め指先に炎を灯し、いとも簡単に檻を溶かした。
「つまり、その大墳墓とやらは、全ての罪人を地獄に陥れるための計画か?」
ブランデーは振り返らなかったが、老人が頷いていることはわかった。
そうして檻の外に出てみると炎が全てを焼き尽くしていた。
「ちょうどいい、ずっと前から地獄に行きたかった」
その後、タルタロスという巨大な海底監獄が建設され、そこで囚人たちよりも凶悪な典獄長が誕生した。
たとえ実現不可能なことであっても、ブランデーは世界をひっくり返す機会を待っている。
そして、彼の一生は、怯むことはないだろう。
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