東坡肉・エピソード
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東坡肉のエピソード
食い意地が張っている、食いしん坊、食べるのが好き、世界が終ろうとも食べていたい。争い事に飽き飽きしたため機関城という桃源郷を選び、中に引きこもって子どもに勉強を教え、詩を書いたり田植えをしたりしている。時々旅にも出かける。しかし大事な時は頼れる人。機関城での立場は上の方である。機関城城主の師叔である。色んな事を経験してきたから達観している。
Ⅰ 雅
「先生、よく来てくださいました!今日、私たちはいくつか詩を書いたので、どうか先生に見て頂きたいです!」
「待たせてしまったな、途中で旧友と会ってしまって、つい話が弾んでしまったのじゃ」
笑顔の公子は扇を開いたり閉じたりしている。晩秋の雨上がりの肌寒い日に、ゆらゆらと風を送っていて、寒さを感じないのか。
これが、其奴がいう風雅という奴なのか。
どこが雅なのかわからないが、公子が鳥肌を立てている事だけはわかる。
「詞書を読み尽くし学を為すと、才能や品格が自ずと外に溢れ出るようになる」と言っても、人それぞれの気性は違うものだ。
真冬に氷菓子を食べたがる者、三状に熱々の火鍋を食べたがる者、全てはそれぞれが選んだ事だ。
勿論……身体を壊さなければ良い。
「ハクションッ!」
見ろ、風邪を引いてしまうと厄介だ。
扇子に書かれた文豪の字を自慢しているその小童を笑っていると、枯葉が風に吹かれ落ちてきた。何片の玉桂の葉が風に乗って杯に落ち、桂の香りを添えた。
ほら、この甘い香りに満ちた秋の日は、本に書いてあるような淋しさはないであろう。
淋しいのは、人の気分に過ぎない。
酒の匂いを纏った微風が頬を掠める。耳に届く詩文は難しい物もあれば、単調な物もある。
雨上がり、遠くで揺蕩う水光と山色を覆う空。この湖畔はあまりにも美しく、まるで綺麗な水墨画のようだ。
心地良い風と、うっとりする酒と、何千回見ても飽きない景色。
ああ……飽きない。
飽きるはずがない。
うっとりしていると、忙しない足音が近づいてくるのが聞こえてきた。
どこの小童がこんなにも急いでいるのじゃ。
「先生、先生、貴方への招待状です」
「招待状?」
最近は詩会も何もないのに、招待状はどこから来たのじゃ。
「何軒かの酒楼が、美食勝負をするそうですよ。どの酒楼も看板料理人に料理を作ってもらい、先生を審査員として招きたいそうです!」
「いつ?」
「今です!」
「こんなに良い話があるのか?今すぐ向かおうじゃないか!」
見ろ、この悠々自適な日々が、煩わしくあるものか。
Ⅱ 盗
「どうしたのですか、先生?なんだか元気がないみたいですね」
「はぁ……」
今時の若い人たちは……
毎日毎日、同じ事の繰り返し……
こんな事に何の意味が?
なあ?なんの意味があるのじゃ?
「先生はさっき、美食勝負に向かったのでは?どうして……落ち込んでいるのですか?美味しくなかったのですか?」
「ああ……美味しいことは美味しかった……だが……全て精進料理だったのじゃ」
「ええ……」
背後のぼやきを気にする事なく、吾は自分の腹を揉んだ。
もちろん美味しくない訳ではなかった。
だが……
肉がないのに、あえて他の素材で肉の味を出すとは。
こ、これは如何にも……
はぁ……
お腹はいっぱいになったが、しかし口は淋しいままだ。
まあ良い、家にはまだ肉が残っている。家で肉を煮て、ご飯を食べようじゃないか。
黙って計画していると、何かがぶつかってきた。
吾の腰の高さしかない小童が胸に飛び込んできたのだ。その無鉄砲ぶりは、小童らしい活発さがあった。
ただ……吾の銭袋に入っているその手だけは、見逃す事は出来ない。
「まだ幼いのに、どうして泥棒なんてしているのじゃ?」
逃げようとする小童の襟を掴んだ。この小童は強情のようで、襟を掴まれても怖気づく事なく、更には振り返って、吾の脛に蹴りを入れてきた。
ぐいっと小童を高く持ち上げ、手足をバタバタさせているその子を見た。
顔がわからない程に薄汚れていて、背中も丸まっている上に、髪は完全に手入れされておらず広がっていた。
何よりも気になったのは、まるで灰色に染められた生気のない目だった。
年頃の他の小童たちのように明るくはない。何かを耐えているようだった。
しかしその灰色の向こうに、光っているものがある気がした。
「おや、返事をしたらどうだ?答えてくれなければ、お主を役所に突き出してくるぞ」
「フンッ!やれるもんならやってみろ!この貧乏人!銭袋に銅幣一枚もねぇし!俺は何も盗んでない!誰も俺をどうにか出来ない!」
「うむ……そうじゃな。なら、お主を野外の堕神たちの餌にでもしてやろうか?」
吾の言葉に驚いたのか、小童は更に抵抗した。
「お前、書生のような顔して!このひとでなし!!!!!」
手の中でもがいている小童を見て、吾は冰粉がいつも機関城で小童たちを教育している顔を思い出して、機嫌よく笑った。
「それもそうだな。それならお主をあの屋敷に召使いとして売ってやろう。何しろ、吾だってそこまで悪い奴じゃないからな」
「…………」
小童と睨み合っていると、背後から雷の如く爆風が飛んできて、小童共々驚いてしまった。
「おい!東坡!ここにいたのか!金を返せ!この前どの部位で東坡肉を作るのが一番うまいか実験してた時、豚丸々一頭使いやがって!早く金を返せ!」
「あーそれは……手元に少しだけあるが、近々……」
「嘘つき!こいつの銭袋の中には銅幣一枚もねぇよ!」
チッ……この小童が。
Ⅲ 肉
借金取りから辛うじて解放され、吾は小童を抱えて自分の根城に戻った。
小さな庭には草花、果物や野菜が咲き乱れていたが、昨日の雨で屋根の藁が多少散ってしまっている。
「ここで待っていてくれ、屋根の修理をしてくる」
「フンッ、お前が上に行ったらすぐに逃げてやる」
「じゃあ、お主の銭袋は我の物だな」
「銭袋……?ちょっ!いつのまに持ってったんだ!」
目を見開く小童に、吾は思わず声を出して笑った。なんと、吾のよりも確実に重いではないか。
「小童め、知るが良い。上には上がいるという事を」
藁を屋根に広げ終わった時、既にかなり時間が経っていた。思わず額の汗を拭い、顔を上げると、思いもしなかった景色が目の前に広がった。
金色のお盆のような月が、白いシルクのような雲が空に丘を描き、星々の煌きは銀河で輝く燐光のようだ。
不意に小童の声が聞こえてきた。
彼は汗を拭いながら其奴何人分もある高い梯子を登って来た、彼を引っ張り上げると、彼は吾の横に座った。
「この貧乏書生、こんな所によく住めるな?お前、有名人じゃないのか?皆先生って読んでいるし、塾の先生か?」
「吾は教師などではない。それに、こんな所とはどういう意味じゃ?」
「壁は穴が開いて風が漏れてるし、扉は壊れてるし、家具は何もないし、屋根は水漏れしてるし」
「お主の目からはそう見えるのか」
吾がのほほんと両手を頭の後ろに回して屋根で横になった。小童が好奇な視線を吾に向ける。
「じゃあ、お前の目からはどう見えてんの?」
「そうだな。四季を通して換気出来、採光も良い、空間も広く、夜は部屋から月見も出来る住処なぞ、世の中にはそうそうないぞ」
「……」
小童は黙り込んだ、吾も大人しく月見をする。
やがて、この静寂は腹の音によってぶち壊された。
「ぎゅるるる__」
「腹が減っているのか?」
痛いところを突かれたようだ。小童は勢いよく立ち上がり、急いで屋根から降りた。
「まあ、ゆっくりすると良い。落ちたら大変じゃ」
「この貧乏書生!早く銭袋を返せ!餓死しそうだ!」
玄関で跳び跳ねている小童の顔は、少しだけ赤色に染まってい。
冰粉には及ばないが、少なからずこういう時は絶対指摘してはいけない、という事は知っている。
「すまぬすまぬ、時間を忘れていた。すぐに料理をしよう」
屋根から下りて、ついでに梁の上に置いた最後の肉を取った。
「はぁ、これからは簡単に肉を手に入れられないな……小童、実に運が良いな。火を点けてくれ」
「フンッ」
薄汚れた小童は不満そうにしながらも、大人しく座って食事の支度と、火を点けてくれた。
その流れるような動作は、吾よりもよっぽど熟練のものだった。
……この歳にしてこんなに慣れているとは、きっと沢山苦労をしてきたのじゃろう。
「そう言えば、何故金を盗んだのじゃ」
「そりゃ金がねぇからだろ!何くだらないことを聞いてんだ」
「正直に言うと良い」
「正直に言っている!」
意地っ張りな彼を見ていると、どこぞの小童たちを思い出す、彼らは今何をしているのだろう……
「正直に言わないと、肉はお預けじゃな」
「……ぎゅるるる……」
小童のぎゅるると鳴るお腹の音と共に、吾は鍋の蓋を開けた。
鼻に肉の香りが一気に押し寄せてきた。今日一日、酒と精進料理しか口にしていない事を思い出し、肉の味を思い浮かべただけでよだれが止まらなくなった。
肉を一口噛み、更に白飯を一口。
こういう日々は、神仙しか過ごせないだろうな。
キラキラと輝く肉の塊は濃厚な香りを漂わせる。箸でつまむと、その柔らかさが伺える。
しかし完全に解ける事はない、慎重に持ち上げると、それは少し揺れた。
小童の前で肉を軽く揺らし、自分の口に放り込む。
「どうだ?言わんのか」
「ゴクンッ……」
「なんとも美味しい肉じゃ。吾の料理は知る人ぞ知る。料理人として雇いたいという者もいたぐらいじゃ」
「言う、言うから!」
フンッ、ほら、吾の言う通りじゃ。
美味しい肉を拒否出来る人はいない!
いないのじゃ!
Ⅳ 骨
「美味しい!こんなに美味しい肉は食べたことない!!!」
「はははは!そうだろう、そうだろう!じゃあ、どうしてお金を盗んだ?重病の老母がいるのか、それとも弟妹がいるのか?」
「俺は……勉強がしたい」
「……勉強?」
「他の子どもたちは皆、塾に入る時期だし……俺も塾の前で盗み聞きをしてみたんだけど、追い出されちゃった。勉強出来るのは金持ちだけだって言われて……」
「……勉強するのに……理由が必要なのか?」
目の前に垂れ下がった髪は薄汚れている、先程まではハリネズミのように尖っていた髪も、落ち込んでいるからか崩れている。
「そうか……しかし、どうしてお金を盗んだのじゃ?」
「だから勉強がしたいからだって!」
話している内に小童の目は光った、ピンと伸びていく背筋を見ていると、吾の心も幾分明るくなって、手を伸ばして小童の髪を撫でた。
予想通り、機関城の小童たちのように柔らかくもなく、地府の小童のように滑らかでもない。
手ざわりはザラザラとしていた。
しかし、イヤではない。
「それはお金が必要な理由であって、盗む理由ではない」
「……俺は……」
「お主の心には、それが正しいと自分を納得させる百通りの理由があるはず。しかし、一つだけ質問させろ。盗んだ金で勉強したいか?」
「嫌!!!嫌に決まってるだろ!」
「じゃあ、寝るのじゃ。明日になれば、なんとかなる」
七日後、酔香楼。
ここは、望京で1番の酒楼である。
名士がこぞって訪れる店でもある。
望京で一番美味しい酒があるだけでなく、川辺に位置しているため、望京で一番美しい景色が見れる。
「東坡よ、あれは良い子だな」
店主は金持ちの中年で、娘が三人、息子が一人いる。驚くほどに性格が良い金持ちだ。
この酒楼を建てたのは、金儲けのためというより、夫人への贈り物のようなものだった。
「養子にして、勉強の援助をしたいくらいだよ」
「彼に聞いてみるがいい、納得しないと思うがな」
「しかしまだ幼い」
「幼いが、施しを受けようとはしていない。自らの努力でここまでやってきた」
家の前の小川で体と髪を洗い、綺麗に一つ結びにした。灰色だった目付きも、まだ仕事に慣れてないが努力している店員の目付きになっている。
「店員さん、落花生をくれ」
「東坡先生!いらっしゃいませ!」
雀のように飛んでくる小童を見て、吾は笑って彼の一つ結びを撫でた。
「最近どうだ?」
「店主と相談したんだ!これからは昼間は塾に行って勉強して、休憩時間に店の手伝いをする。店主も学費を貸してくれると言ってくれて、先生も学費自体を安くしてくれるって言うんだ!しかも店主は更にお金を貸してくれて、これまで盗んだ人たちに返してくれるように言ってくれた。皆とても良い人で、俺の事を責めなかった」
小童は指を折りながら最近の事をあれこれ話してくれた。その姿を見るのがなんとも楽しい。
「しかし、疲れるだろう?」
「全然!どうしてかわからないけど!前はもっと楽で、もっと儲かってたのに、今は泥棒よりも全然疲れてない!」
小童の目にあった灰色はすっかり消えた。その伸びた背中を叩き、吾は背中の間を指で突いた。
「それはお主の背中のここにある骨が生えてきたからじゃ」
「骨?」
「この骨は、お主の全身を貫いて、背筋を伸ばして歩かせてくれる。重荷を背負ってくれたり、踏ん張る勇気をくれる。だから、曲がってしまうような事は絶対にしてはいけないのじゃ」
Ⅴ 東坡肉
望京には伝説的な人物がいる。
お金持ちのお坊ちゃんではない上に、親もおらず一人ぼっちだが、自分の力で塾の夫子たちに認められ、酒楼の店主に目をかけられた。
勉強の傍ら、酒楼の中でも忙しく働き、全ては彼自身の努力の結晶だ。例え普通な服装であっても、彼が着ると綺麗に見え、如何なる絹にも負けない。
幼い頃から酔香楼で雑用していたため、文豪たちが詩を詠んでいる間彼は静かにそれを聞いていた。子どもらしい幼稚な質問をした事もあるという。
酒楼の人々も彼が意味を理解出来ない詩を親切に解説してくれる者が多く、塾の宿題を教えてくれる者もいた。
貴人に助けられた事で、ごく普通の店員から、望京に名を轟かせる大文豪へと成長したのだ。
ところがこの文豪は、日頃は清貧な生活を送っているり有名になってからも、贅沢をする悪癖もなく、変わらず町の外れにある小さなボロ家に住んでいた。肉だけは好物だ。
「肉はな、豚の体の一番良い部位を選ばないといけない、大きな火で煮込まなければならない。脂がのってら柔らかくて、香ばしくて、食べ飽きないものこそが上等だ」
「先生先生!あの望京の文豪の最新詩集を手に入れたぜ!読むか?」
ご飯時、外から詩集を抱えて飛び込んで来たマオシュエワンは興奮していた。それを見た機関城の人々も慌てて彼を囲んだ。
「詩集!?本当にあの文豪のか!?見せろ!」
「見せろ!見せろ」
「へへっ、長蛇の列に並んで、やっと交換出来たんだ!」
「邪魔だどけ!」
いつも騒いでいた人々の話題は、やがて詩集の事から今日の夕飯の事になった。
詩の話になると研鑽が止まらなくなる東坡肉だが、この時は機関城の屋根に登って、じっと雲に乗って後ろへ流れる月を見ていた。
突然、赤い影が彼の傍に落ちた。他の人にとっては美しい青年であるが、東坡肉にとっては彼が握っている鶏肉の方が魅力的だった。
「おやおや、お主を可愛がってきた甲斐があったな、豚足や角煮はあるか?」
東坡肉の反応が赤い影は気に入らなかったようで、遠慮なく白目をむいて鳥の手羽元を一口齧り、煽った。
「……チッ、小童が」
「今日は何故詩集を読まないんだ」
「もう読んだ、だから皆と取り合わなかったのじゃ」
「……そうか。あの大文豪は望京で名を轟かせているそうだな、お前の時と負けず劣らず。肉を食べる癖もあんたに似てるみてぇだけど、まさか弟子か?」
「ハハハハッ、ただの小童だ!お主たちと同じように、手間が掛かる小童じゃーー」
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