ベーグル・エピソード
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ベーグルのエピソード
美しい歌声の持ち主。聖歌隊のメンバーとして、福音を伝えるために頑張っている。神への賛美をより多くの人に聞かせたいと願っている。一人で歌を練習することが好き、たまに曲を作ることもある。性格は天使のようだが、腹黒い一面もある。
Ⅰ.始まりの旋律
コンコンッ。
「御侍さま、お薬の時間だよ」
毎日の日課になっている薬の時間。あたしは煮詰めた薬湯を持って御侍さまの部屋のドアを叩いた。
「ベーグルか……入って」
御侍さまの返事を聞いて、あたしはそっとドアを開けて中に入った。
御侍さまの顔色は相変わらず蒼白なまま。あたしに見つめられて大人しく薬を飲み込んだ。
「御侍さま、気分はどう?」
「うん……まあ、少しだけ疲れているかな……」
「疲れているなら、あたしの歌を聞く?」
「ありがとう、ベーグル。でも良いわ……今日は授業があるじゃないの?」
「御侍さまが望むのなら、いつでも歌ってあげるわ!」
「ふふっ、いいから……授業に行きなさい。私は大丈夫だから」
御侍さまが薬湯を飲み終わって、機嫌も良い事を確認して、あたしは鼻歌を歌いながら部屋を出た。
あたしと御侍さまは教会の近くの町に住んでいる。
御侍さまはとても優秀な聖歌隊の一人で、あたしがここに来たばかりの頃、よく歌を聞かせてくれた。
御侍さまの歌声はとても綺麗で、その影響であたしも歌に興味を持った。
だけどあの時は御侍さまの前でお披露目するのが怖かった。
あんな立派な御侍さまに、敵う訳がないから。
御侍さまが聖歌隊に通っている間、あたしはよく教会の外の芝生の隅に隠れて、彼女が歌った旋律を思い出していた。
踊り出す音符は、目の前で鮮やかな絵を描いていた。
あたしはその音符に合わせて口ずさんだ。
ある日、御侍さまが歌った旋律に浸っていると、早めに授業を終えた御侍さまと鉢合わせしてしまった。
恥ずかしくなって、しばらく言葉が出なかった。だけど御侍さまは嬉しそうに笑顔の花を咲かせた。
「ベーグル……あなたは、歌が好き? 」
「まったく、どうして教えてくれなかったの?私がベーグルに教えるわ!」
肯定されて嬉しかった。それからあたしは御侍さまからもっと多くの歌を学ぶようになった。
御侍さまは、いつも勇気を出して思いの丈を歌に乗せるよう励ましてくれた。
「歌声を使って力と感情が伝えられる、だから声を出して歌わなきゃダメよ」
「ベーグルの声は透き通っているから、聖歌隊にもきっと合うよ」
御侍さまに励まされたおかげで、あたしは少しずつ恥ずかしさを克服した。旋律を、心を込めて歌えるようになった。
「信じてくれてありがとう、御侍さま!」
でも、何年か前から御侍さまの喉に問題が起きた。
最初は少しかすれていただけだったのに、症状は好転しないまま、時間が経つにつれて重い病気になっていった。
御侍さまは、もはや歌う事が出来なくなった。
「どうしよう……ベーグル、私はもう歌えない……」
あたしは慰める言葉すら出てこない。御侍さまにとって歌を歌う事がどれだけ大切な事か、あたしはよくわかっている。
御侍さまも昔から、人を幸せにしたい気持ちで歌ってきた。
歌う事が出来ないという残酷な事実は、御侍さまにとってはまさに青天の霹靂だった。
「生きる意味がなくなった」と、彼女はいつもあたしにこう言った。
それから御侍さまは落ち込んで、何にも興味を示さなくなった。
また御侍さまの顔に笑顔が戻って欲しい。
そこで、御侍さまの願いを継ごうと、あたしは聖歌隊のメンバーになった。
Ⅱ.情熱の旋律
皆と一緒に歌う度、あたしはこの上ない喜びを感じた。
この楽しさは、御侍さまの願いを継ごうとした当初の切迫感とは違うものになっていた。
御侍さまが言っていた「幸福な歌」を、少しずつ理解出来るようになったかもしれない。
幸せそうに心の喜びや祝福を歌って、他人にも伝わるように……
教会の裏庭はあたしの秘密基地、そこで練習をするのが好きだ。
午後になると、木の葉の合間から光が差し込まれる。とても気持ちが良い。
その日の夕方、練習を終えて帰り支度をしていると、少し離れたところに人が座っていた。
ううん、正確には食霊が座っていた。
彼女は幸せそうな顔であたしを見ていたけど、あたしが彼女を見つけたと気付かれると、彼女は飛びはねながら近づいてきた。
「素敵な歌声!貴方の歌声がとても好きです!」
「えっ、そう?ありがとう!」
「あたしはベーグル、あなたは……」
「メープルシロップです!本当に素敵な歌声でした!」
メープルシロップという食霊は軽くまばたきをして、それからあたしの両手を握った。
「歌声からパワーを感じました!」
ひっそりとした夕方を、いつもとは違ったものにしてくれたメープルシロップの情熱が、あたしにも伝わってきた。
「気に入ってくれた?ありがとう、とっても嬉しい!」
「そうだ、これからも貴方の歌声を聞きに来ても良いですか?ベーグルの歌が聞きたいんです!」
「いいよ、でもーーここはもう、あたしだけの秘密基地じゃなくなっちゃうね」
「あはは!ここは貴方の秘密基地ですか?では、お邪魔します!」
メープルシロップの愛らしさに思わずからかいたくなったあたしは、真面目なフリをして彼女を見てこう言った。
「うん、気軽にお邪魔出来る場所じゃないよ?」
「えーー?!」
案の定、メープルシロップはあたしの豹変ぶりに驚いた。あたしはそんな彼女を見て思わず笑ってしまった。
「ふふ、冗談だよ。あたしは毎日、聖歌隊の授業が終わったらここに来るよ」
気付けば、あたしとメープルシロップは何でも話せる友人になった。
でもまさか、明るくて気さくなメープルシロップが、神恩軍の長官だと思わなかった。
あたしの住む町は、彼女が率いる軍隊が守ってくれている。
彼女はいつも食べ物を持ち歩いている。あたしの練習が終わった後、あたしたちは一緒に座って食べ物を食べながら、メープルシロップから彼女が外で遭遇した様々な出来事を聞いた。
「でも、長官なのにこんなに遊び回っちゃ、ダメだよね?」
練習を終えて、のんびり幸せそうな笑顔を浮かべるメープルシロップを見て、またからかってしまった。
「ええっ!ベーグルは大人しそうに見えるのに、意外と厳しいところがあるんですね!」
「私は剣術が得意なんです、いつかベーグルに見せてあげますね!」
メープルシロップと友だちになれてとても嬉しい。
歌う事が、幸せな事だと思うようになった。
だけど御侍さま……あたしは……これからどうしたらいい……?
Ⅲ.激戦の旋律
この平和な町が、まさか堕神に襲われとるは誰も思っていなかった。
御侍さまに薬湯を飲ませた後、不意に外から大きな音がした。
御侍さまは何か話しかけてきたけど、考えている暇はなかった。町には何の罪もない住民がいるから、急いで助けに行かなきゃ。
町を襲ったのは得体の知れない堕神たちで、驚いた近隣の住民たちは逃げ惑っていた。
メープルシロップの気配を感じ取れない、もしかしたらパトロールに行っているかもしれない。そう思いながら、霊力を放出して堕神の方へと向かった。
騒ぎを聞きつけて神恩軍はすぐにやってきた。状況はとても混乱していたから、出来る事をしようと、あたしは怪我をした神恩軍の食霊の手当に急いだ。
ところが、家に帰ると、いつも優しい御侍さまに怒られた。
「どうして行ったの……?」
「行かないと、御侍さまも危険な目に遭う事になる」
「御侍さま、どうして怒っているの?」
御侍さまは口ごもりながら答えた。視線はあたしから逸らしながら。
疲れているのか、彼女の声は少しずつ小さくなっていった。
「……私は……私は……ベーグルが心配よ、ベーグルには戦って欲しくない……ベーグルを失いたくないわ……」
その後、あたしたちはいつも通りの生活を続けた。
御侍さまは歌を歌う事は出来ないけど、時々一緒に聖歌隊の歌を聞きに行きたいと言ってくれる事がある。
でも、御侍さまは裏庭での稽古をやめるように言ってきた。
聖歌隊に行く回数もだんだんと増えて。
夜眠れない時は御侍さまから歌をお願いされる事もあった。
「続けて、ベーグル」
「御侍さま、もう遅いよ、明日にしよう……」
御侍さまの冷たい表情を見て、あたしは歌を続けた。
歌っていると、どんどん気分が悪くなった。
機械のように繰り返される単調な旋律に、悲しくなった。
「……御侍さま、続きは明日に……」
「誰が止めろって言った!聞こえなかったの?続けなさい!」
日々はこうして過ぎていった。
裏庭に行けなくなった事で、メープルシロップと会う回数が減った、彼女は最近どうしているのだろうか。
面白い話を、また聞きたいな。
Ⅳ.離別の旋律
ある日、御侍さまが昼寝をしている隙に、あたしは教会の裏庭にやってきた。
そこで、メープルシロップはぼんやりとどこかを見つめていた。
あたしはそっと歩み寄り、彼女の肩を叩いた。
「わあ!ベーグル!久しぶりですね、どうして最近来なくなったんですか?」
メープルシロップに近況を話した。胸の中に仕舞っていた事を全部話し終えると、スッキリした気分になった。
だけど、いつの間にか御侍さまが、あたしとメープルシロップの後ろに立っていた。いつもの笑顔はそこにはなかった。
あたしは何故か緊張していた。御侍さまの目にはあたしへの失望と非難が満ちていたから。
そんな視線に耐えられず、あたしは急いでメープルシロップに別れを告げ、御侍さまと共に裏庭を後にした。
そして、御侍さまはあたしを部屋に閉じ込めた。
「どうして言う事を聞かないの?ベーグルは歌を歌うだけだいいわ!私のために歌って、私の代わりに歌いなさい!」
「他の事は……もうどうでもいいわ、全部どうでもいい!!!」
御侍さまがどうしてそんな事をしているのか、あたしにはわからなかったり。
知らず知らずのうちに歌はあたしを縛り付ける物になってしまったり。
人を幸せにしたり、元気にするために歌ってきたのに。
今、歌う事に何の意味があるのだろう。
それからしばらくすると、ある朝、窓の外から騒がしい物音が聞こえてきた。
騒ぎの後、人々の悲鳴が聞こえてきた。
堕神だ……!!!
部屋を出ようとしたが、ふと御侍さまの命令を思い出した。
御侍さまは、あたしに戦って欲しくない、だけど……
部屋に閉じ込められているあたしは、他の人たちが堕神に傷つけられているのを見ている事しか出来ない…
「ベーグルの歌声はこの世で一番綺麗な声なんです!」
「歌は力を与えてくれる、ベーグル自分を信じて!」
メープルシロップの言葉が耳に蘇る。
ここに閉じ込められて以来、あたしはもう長いこと歌ってこなかった。御侍さまの変わりように、歌うべきかどうか迷ったから。
でも、メープルシロップの力強い声には力がこもっていた。
彼女があたしの熱意にされたように、あたしは正しいことをしなければならないと思った。
「ごめんなさい、御侍さま」
御侍さまに謝罪し、あたしは窓を開けて、混乱している町の中心へと急いだ。
霊力を解き放ち、あたしは懐かしい旋律を歌い、その中に霊力を注入した。
祝福の歌はきっと全てを浄化して、皆の心の中の恐怖を軽減する事が出来る……
その時、あたしはふと御侍さまとの繋がりが消えたような気がした。
そこで、あたしは歌うのを止めた。
わずかに残った気配を辿ると、メープルシロップの姿が目の前に現れた。
「ベーグル!!!」
「良かった!無事だった!」
挨拶している場合じゃない、今はもっと大事な事がある!
慌ててメープルシロップに手を振ってこの場を立ち去ろうとした時、腕を引っ張られた。
「行き先はわかっているよ。ベーグル、ごめんなさい……彼女を、助けられませんでした……」
Ⅴ.ベーグル
堕神は二つの方向に分かれて現れたのだ。
町の西側でも一足先に騒動が起こり、続いて東側でも堕神が現れた。
東は教会がある方角で、そこにベーグルの御侍がいた。
ベーグルが知らなかったのは、自分が閉じ込められて以来、御侍が毎日聖歌隊に通うようになった事だった。
しかし、御侍はただ教会の門の外にいるだけで、人目につかないよう用心していた。
メープルシロップが部下を率いて助けに駆けつけた時、ベーグルの御侍は自分が来た事を知られないように一人で逃げ出してしまった。
これが最期になるとは思ってもみなかった。
最初、ベーグルは御侍の影響で歌を好きになった。
その後、御侍の願いを叶えるため、ベーグルは御侍の夢を継ぐ道を選んだ。
それから次第に、ベーグルは歌い続けた事で、心から楽しめるようになった。
御侍の夢のためだけでなく、人を幸せにするために聖歌を歌う。
しかし御侍の変化に、ベーグルは歌うべきかどうかわからなくなった。
戦う事を許されなくても、部屋に閉じ込められても、とにかくベーグルは御侍の事が心配だった。
ベーグルは気付いていた、御侍はもう歌う理由を覚えていないという事を。
契約が消え、ベーグルは町を離れようか迷った。
だけど、メープルシロップに止められた。
「どこに行くつもりですか?」
「わからない……ただ、ここにいても意味がないような気がしているの」
「もう歌いたくないのですか?聖歌隊には貴方が必要です!」
ベーグルはゆっくりと頷いたが、すぐに素早く首を振った。
「もうわからない、御侍さまもあたしもあんなにも歌が好きだったのに……」
「歌う事は幸せな事だし、人を幸せに出来るはずなのに、あたしは……」
「そんなの、あたしが知ってるベーグルらしくないですよ!」
赤毛の食霊少女は迷わずベーグルを遮った。
「そうであればあるほど、自分の信念を貫くべきじゃないですか?ベーグルに出来る事は、いくらでもあるでしょう!」
「じゃあ、神恩軍に入るのはどうですか?」
ベーグルは何かを悟ったのか、動きが止まった。
幸せな歌を歌い続け、皆に幸福をもたらすために。しばらく考えた後、ベーグルは綺麗な笑顔を見せた。
「貴方の言う通りだね。歌声は消えない……良かったら、入らせて」
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