高麗人参・エピソード
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高麗人参のエピソード
高麗人参は自分自身を巨大な法陣の中に固定していて、法陣によって力が増幅され、世界中に向けて根を伸ばしあらゆる情報を収集する事が出来る。彼自身が情報処理の役割を果たしているため、基本的にはいつも眠っている。そして自分の出来る範囲内で弱っている「山河陣」の修復を試みている。穏やかで頼りになる食霊。普段は殆ど法陣の中にいて人前に出ないが、用がある時には猫耳麺が代わりに伝言をする。
※誤字と思われる部分も現文のまま載せております。必要な場合適宜修正をよろしくお願いします。
Ⅰ.少陽山
「辣子鶏が先に召喚された!あいつが兄弟子だ!」
「馬鹿な!人参が先だろう!」
師父の部屋の前まで来ると、彼と師叔が言い争っている声が聞こえてきた。
吾の記憶では、二人の喧嘩は吾が召喚された日から始まっていた。
吾を召喚した後、師叔は辣子鶏ーーあの派手な赤い服を着た、性格も派手な青年を召喚した。師父はいつも怒りながら吾にこの事を話す。
しかし、師叔は少陽山の弟子たちに向かって、自分が辣子鶏を召喚した後に師父が吾を召喚したんだと主張している。
吾は彼らの喧嘩の意味を理解出来ない。しかし師父は気づきにくい笑みを浮かべ、彼らの喧嘩をいつも見ている。それを見ると、吾は思わずこう思った……もしかしたら……争うこと自体に意味があるかもしれないと……
「うちの人参を見てみろよ!落ち着いていて、しっかりしている!今では異術もほとんど身につけているし、少陽山はあいつが頼りだと祖師も言っていた!」
「フンッ、大人びたフリをしているだけだ!うちの鶏小僧こそ!弟子に慕われているし!自信家で利口だ!奇門遁甲陣法機関全てに精通している!」
今日も、無意味な一日かもしれない……
そう思いながら、吾は身を翻して、安らぎの場所を探そうとしたその時。
ドンッ__
くじ筒が机に叩きつけられて大きな音がした。見物していた弟子たちと一緒に戸惑いながら入口を見つめていると、鮮やかな赤が入って行った。
そしてすぐに苛立った声が奥から聞こえてきた。
「ジジイ共、本当にうるせぇな!もうくじ引きで決めればいいだろ!」
くじ……引き?
彼の意図がまだつかめないまま、彼は部屋から顔を出して、吾の方を睨んだ。
「鬼蓋、いいな?」
「……」
吾は袖の中で掌を拳にしていたが、それを解いた。モヤモヤした気持ちを振り払って、ゆっくりと頷く。
呼び名に過ぎない、争うほどの事ではない。
全ては天命、結末はとっくに決まっている、祖師はいつもそう仰っている。
少陽山にいる吾らも、大勢の人間と同じようにどんな事をしてと、既に全てが決められているのだ。
しかし可笑しいのは、天命を知っている吾らは、なんとかして決められた天命を破ろうとしている。
結局はただの悪足掻きなのかもしれない。
自分では気にしていないと思っていたのだが、結果が出るまで、ずっと筒を見つめていたことに気がついた。
天命が定められていると知りながら、なぜ期待をするのか。
何を期待しているのだろうか、定められていない未来を望んでいるのか。
それとも、来ることのない「もしも」に期待しているのか……
「おっ、俺様が兄弟子だ、ハハハハッ!」
籤筒を揺らす赤い服の青年は楽しそうに笑った。
「鬼蓋!今日から俺様がお前の兄弟子だ!さあ、兄弟子と呼んでみろ!」
彼の要求は決して無理ではなかったが、吾は何故か声に出せなかった。
これが、どういう気持ちなのかはよくわからない……
ただ、その青年の曲がった眉毛と、周囲の人々の好意的な笑みを前にして、吾は気づいた。
「兄弟子」という簡単な言葉によって、吾の心が揺れ動いていた。
吾がまだ子どもだからだろうか?
そうでなければ、どうして「天命」の中の「もしも」を、期待するのか……
Ⅱ.天命
少陽山は永遠に俗世から離れたまま、例え生死が決まっていても、吾らは平然と生きていくものだと思っていた。
しかし、玄武族の子どもの誕生は、少陽山という浄水を掻き乱した。
彼は生まれながらにして一族を滅す罪を背負わされていることも、人々がこの天地の安穏の為、心を鬼にして彼を殺そうとしていることも……祖師は彼のために、寿命を削って祈り、天命に逆らおうとしたことも……全て知っている。
天命に背くことは難しいと言っていたのに、何故この子どものために自身をすり減らすのか、吾には理解出来ない。
まさか……これも天命か?
祖師の病床に行って質問すると、祖師は笑った。
「鬼蓋よ、貴方はこの世の中の理に何を感ずるか」
「天命に従うべし」
「鬼蓋、貴方は子どもらの中で、一番しっかりしていて、落ち着いている子だ。だが、貴方はこの天命に従う理を本当に理解しているのか?」
「……」
「鬼蓋、貴方はまだ目を開けていない。世間が見えていない。そのあたりは兄弟子である辣子鶏の方が、貴方よりもよく知っているかも知れない 」
「……はい」
「鬼蓋、焦ってはいけない。貴方はきっとその奥深さを理解出来る日が来ると、祖師は信じている。少陽山をより良くするために、頼れるのは貴方だけだ」
「……はい」
疑問を抱きながら、吾はゆっくりと祖師の家を出て、あてもなく荒れ果てた静かな郊外に出た。
息をすると、肉の香りと微かに香辛料の匂いがした。
厨房から離れた所にどうしてこんな……焼肉の匂いがするのだろうか?
「鬼蓋!またジジイに叱られたのか?まあまあ、焼肉を食え。捕まえたばかりの山鶏だ。手羽元を一本お前に分けてやるよ」
目の前に差し出された手羽元と、顔が油まみれになっている兄弟子を見て、受け取るか躊躇った。
「どうした?見てないで、早く食べろ。冷めたら美味しくないぞ」
兄弟子には妙な力があるらしい、彼の隣にいる者は、皆悩みを一旦置いてしまう。
吾も例外ではなかった。
「……鬼蓋?俺を見つめたままボーっとして、どうしたんだ?」
「……世間の理とはなんでしょう」
「ん?世間の理?ああ、またジジイの道理か」
指を舐めながらこちらを見る兄弟子の姿はどう見ても子どもだったが、こちらを見る目は妙に真剣だった。
「まあ……人にはそれぞれの道理があると思うが、俺様の道理は……俺様が愉快に暮らすことかな。俺様が気に入らないものは全部叩きのめす!」
「……」
無茶苦茶な答えに、吾は呆気に取られた。
「世間の理は人それぞれだ、定説なんてあるもんか。本を読んで勉強ばかりしているお前は、執着がないのか?」
「執着?」
「そうだ、天地から生まれこの世にいるのに、執着もなく、世間の理を知っていると言っても、お前が知っているのは他人の世間の理だけだ」
……他人の……世間の理?
Ⅲ.世事
その日、夜遅くまで吾は兄弟子の言葉を完全に悟ることが出来なかった。
しかしその言葉は、穏やかな湖に打ち込まれた石のように吾の穏やかな心の底がわずかに波立った。
小さいけれど、自分の世間の理を探ろうとする、十分すぎる感情を与えてくれた。
吾は自力で答えを探さなければならなくなった。
しかし、災厄は吾の都合で止まることはない、全ては天命によって決まっている、変わりはしない。
ただ一つ変わったのは、占いをする度に、天命を破る「もしも」があるのではないかと期待するようになった。
だけど「もしも」が現れないなら、毎回の努力は無駄に終わり、「天命」という二文字をますます強固にするだけだ……
「罪」を抱えて生まれてきた彼に再会するまでは。
自分の「天命」に押し潰されるどころか、自分の「天命」を破ろうと声高に叫んだ。
「フンッ!神とやらが俺はこの大陸にとんでもない災厄をもたらすと言うなら、絶対そんな事はしない!必ずや、この土地を更に良くし、この土地にいる全ての人を守って見せよう!」
その両目には、自信の光が輝いていた。
これは子どもの「傲慢」に過ぎないと思っていた。
しかし、あれ程の「天命」に抗い、「天命」にかき消されてしまうはずの「もしも」を、現実のものにした彼を、吾は見た。
揺れ動いていた天命が、吾の心に塵を落とし、初めて細い裂け目を作った。
「俺は悔しい。必ずこのクソみたいな天命を打ち破ってやる。俺の天命だけじゃない。この天地の天命もだ!どうしようもない運命なら、一度だけでも良い。俺と共に狂妄の限りを尽くそうじゃないか。」
あの時、目の前にある最後の霧が消え、吾は本当の意味で目を開いて、この世の中と自分の内心がはっきり見えた。
最高の日だった。
いつまでも忘れられない思い出だ。
争いはあるが、笑いもある。
それでも皆目標に向かって頑張っていた。
全てが望む方向に進んでいた。
戦乱も、苦しみもない。
国家泰平、民の安心、高望みではないかもしれない。
誰もが笑顔を浮かべていた。
どれだけ疲れていても、天命を破る方法を見つけたんだと、あの時の吾はそう思っていた。
しかし結局、すべては鏡花水月に過ぎなかった。
Ⅳ.天命に従う
また一つの血に染まった戦報が遠くから吾の手に届いた。
血まみれの戦死者名簿を見ながら、吾は拳を握り締めた。
傍にいる玄武はちらっと視線をやっただけで、すぐに自分の手にある天に向けられた祈りの言葉に視線を戻した。
「フンッ、毎年大勢の人間を動員して祭天大典をやっているが、日照りと洪水が少なくなっているようには思えない」
——狂妄。
玄武はいつものように生意気で、まるで天下の衆生が終局に至っても、彼の盤上の一手に過ぎないかのように。
この時、吾は心の中でわかっていた。碁石は、彼の手の中に落ちたことは一度もない。
まだ天命に楯突こうとしている男に、感慨のあまりため息をついた。
彼の傍で補佐してきた短い歳月の中、吾が学んだ事は、少陽山で学んだ事よりも遥かに多い。
目を開けて、世界を見せてくれたのは彼だった。
吾は彼に従って、この愛しい大地を一歩一歩、秩序を再建し、生気を取り戻そうとした。
全てが最善の方向に向かっているようだった。
吾らはこの地が栄える事に喜び、民の安寧に満足する。
__しかし、吾らの狂妄と希望は、全て目の前のあまりに残酷な現実に打ち砕かれた。
堕神が襲来し、反乱が起こった。平和と安寧の美しさは一瞬にして失われ、人々は苦難の中で生を求めた。
当然、「祭天」するだけで全てが落ち着く訳はない。しかし、民衆にとって意味のない儀式は必要だ。それによって初めて希望というものが見える。
「祭天大典」は予定通り始めた。吾は玄武の傍で、一歩一歩、天壇に足を踏み入れた。天命の結末に向かうように。
案の定、天壇の上には天地から生まれた祟りのようなものが押し寄せて来た。吾らは抵抗し、血塗れになって、「天命」の前での自分の小ささを再認識した。
しかし、彼は不服だった。
吾も……不服だ。
吾らは既にこの茫々たる蒼生のために多くの「もしも」を求めて来た。ここにきて終わらせられる訳がない……
もしそれらの「もしも」が別の天命であるならば、この天地にも、必ず別の終局がある。
彼の望んだ通りの、吾の望み通りの終局が……
そのためなら、全てを惜しまない。
Ⅴ.高麗人参
「助けて……助けて……」
「お母ちゃん!」
「助けてーー誰かーー助けて!」
数え切れない程の声が光曜大陸のあちこちから聞こえてくる。人の喜怒哀楽も酸甜苦辣も全て耳に入ってくるが、大陣中に鎮座している青年の顔つきは少しも変わらない。
「コツ、コツーー」
穏やかな足音がした。
青年はゆっくりと目を開けた。
玄武の巨門がゆっくり開くと、さほど明るくもない光が門を通して大陣の中に入ってきて、白い青年に光を照らした。
「何事ですか」
「あっ!あの!八宝飯様と溯回司様が、西で十数人の悪徳役人を殺戮した無常鬼をお連れしましました」
「諦聴、ご苦労様です。彼らを連れてきてください」
すぐに、良く知っている足音が近づいてきて、重い玄鉄の門が再び開かれた。
幼子はおそるおそる門の隙間から地宮の中へ入って行った。いつも自分を庇っている巨大な猫も、その後に続いて少し滑稽な姿で入って来た。
その後ろにはリュウセイベーコンと八宝飯に連行された、極悪非道を犯しながらも血の涙を流す「無常悪鬼」がいた。
苦しみも、悔しさも、高慢も、迷障となって目を眩ませる。地獄とは何か、人間とは何かを忘れさせる。
目の前にいる「無常悪鬼」もまた、鎖につながれて苦しんでいる。
「何故殺したのですか?」
「生きる資格がないからだ!あのような連中は、地獄に堕ちるべきだ!」
絞り出すような声は獣のようで、青年の目は血走っていて、鬼のような形相をしていたが、血の涙を流していた。
一体……
悪鬼はどっちだ?
辺境の街にいた八百十五人を殺戮し、生まれたばかりの赤子さえも見逃さなかった悪徳役人か。
それとも、悪徳役人を殺した目の前の青年か。
地府中にいる天地の霊たちは、顔を見合わせ、ついに大陣中にいる者に視線を向けた。
小さなため息の後、大勢に見守られていた青年はゆっくり目を開けた。
「では、彼の過去は全て消して無常としてここに置き、正義を執行させながらゆっくりと罪を償わせましょう」
陣から伸びる白い髪は植物の根のように、狂ったように伸びて、悪鬼の体に絡みつく。その体から湧き上がってくる黒い気配は、糸を通して大陣にいる青年の体に流れ込んだ。
体内の黒い霧が消えていくと、悪鬼の緋色の瞳は、次第に正気を取り戻していった。
彼の目は相変わらず怒りに満ちていたが、狂う事はなくなり、最後は静かに皆の後を追って地宮を退出した。
足音が遠ざかると、大陣の中正座していた青年はようやく力を抜いた。表情は相変わらず淡々としていたが、額には汗が滲んでいた。
「彼にそれ程の価値はありますか?」
闇の中で、誰かが言った。
「価値はあるのですか?誰もそなたがどんな人を待っているのか、何をしてきたのか、どんな犠牲を払ったのか、知らない。知っている人はいないのです……」
「そなた一人でこの大陣にいて、全ての霊力でこの大陣を守っていてもどうにもなりません!あの悪獣は!人間の悪意から生まれるものです!身から出た錆なのです!」
どこか聞き覚えはあるけど、聞き覚えのない声だった。
青年はふと、それが自分の声だった事に気付く。
「ここで光曜大陸の声を聞いてどうする!人間は結局自分たちのせいで死んでしまった!少陽山は人間を守るために亡くなった!なのに覚えている者は誰もいない!」
「そなたや兄弟子が山河陣を修復し続けても、何の意味があるのか!天地は結局天命のもとに崩れ落ちる!全ては徒労、徒労に過ぎない!」
はっ……天命……
「さあ、手を取るが良い。さあ、全てを捨てよ、無意味な執着を捨てるが良い……」
その声は、鬼のように遠ざかっては近づいてくる。暗闇の地宮を満たし、骨を這って、彼を呑み込んでいく。
次の瞬間、大陣の中央に月のように白く濁った光が現れた。その優しい白い光は青年の穢れをゆるやかに洗い流し、闇を払い、青年の曇夜が晴れたかのような清らかな笑顔を照らした。
「ここは吾の故郷、光曜大陸。その名の如く、何時までも光に照らされ、手の届かぬ闇はなく、希望に満ちていて欲しい」
「その為なら、いつまでも闇の中からお守りしましょう」
「いつの日か、皆と約束したーー」
「ーー天下泰平を見てみたいです」
大陣に囚われている青年は、顔を上げた。その明るい両目は闇を通り越し、未来を見ているかのようだった。
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