スコーン・エピソード
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スコーンのエピソード
見た目はクールだが、とても単純な少年。一見何事にも無関心のように見えて、実はとても優しく、感動しやすい、でもそれを認めようとはしない。強い正義感の持ち主、悪人には容赦しない。白黒はっきりさせようとするため、融通がきかない時がある。
Ⅰ.悪果
「流石署長様、一人の命が掛かっているのに、半日で解決するなんて。このセロ町はやはり、ガルシア家の天下ですなあ!」
「署長様だけじゃないですよ、我らのベンソン様も神の寵児で、強運の持ち主ですよ!」
「はははっ!良いセンスしてるじゃねぇか、それに口もうまい、署の良いポジションをやるようオヤジに頼んでおくよ」
「なんと心優しい!保安署の仕事は皆の憧れですよ、ベンソン様ありがとうございます!ありがとうございます!」
薄暗い隅にいる青年たちは、柔らかく心地良い沼にいるかのように、ぐったりとした姿勢で話していた。
しかし、彼らの高く上げた腕は助けを求めるためのものではなかった、アルコールという慢性的な毒を得た事を歓喜しているに過ぎない。
そして、これから味わうことになる悪果もだ。
凍えた手首をさすりながら、雨に濡れた泥沼に足を踏み入れる。
最も居心地良さそうにしているが最も救いようのない青年は、すぐにオレに気付き、曇った目が一瞬固まり、すぐにドヤ顔で上から下まで侮蔑的な目でオレを見た。
「おや、三年ぶりだな。あんたはまだ指名手配中だろ、そんな堂々と出歩いて良いのか保安官、いや……元保安官」
作り笑いが聞こえてきたが、オレにとってそれは道端の虫の声と変わらない。
うるさい。
オレは、まだ水が滴るフードを脱いで、彼に近づいた。
「ダンキの発信機は、貴様が取ったのか?」
「救助要請を出すためのヤツか?あれは保安官の命を守る物だ、皆しっかり隠している。俺が勝手に取れる訳がないだろ?テキトーな事を言うな」
ヤツは大げさに口を覆いながら否定する表情を浮かべたが、そのわざとらしい顔は白状しているようにしか見えなかった。
オレは拳を握りしめる。
「貴様は保安署の全ての部屋に出入り出来る権限がある、更に警報システムもきることが出来る、ロッカーからダンキの発信機を奪い……間接的に彼を殺した」
「チッ、興覚めだ……もう良いだろ、とっとと消えねぇと人を呼ぶぞ、酒を飲む邪魔をするな」
逆ギレしたヤツは、足でテーブルを蹴り倒した。酒が地面にこぼれ、片づけに来たウェイターはグラスの破片で手を切ってしまった。
更にその手は踏まれ、地面に縫い付けられて動けなくなっていた。この時耳元で懐かしい声が聞こえた。
「保安官の仕事は犯人を逮捕するだけじゃない、出来る限り困っている人を助ける事だ。署ではこんな事を教えてはくれない、だからきちんと覚えておけ」
この言葉を話している時の彼の様子を、オレは未だにはっきりと覚えている。
椅子の上でリラックスした様子で、手でペンを回しながら、まるで夕食のメニューを話しているかのように飄々と言っていた。
残念ながら、彼はもう二度と美味しい夕食にはありつけない、灰となって壺の中にいる事しか出来ないのだ。
なのに、加害者はまだ喚いている。
「ハッ!あんたらがこんな事になったのは、俺がハメようとしたからだ!ダンキの野郎がいなけりゃな、俺はとっくに副署長に……」
ドンッーー
言い終わらないうちに、彼はソファーから落ちらハンターによって地面に打ち付けられた獣の皮のように大の字になった。
「黙れ」
オレは手の中の鎖をぎゅっと握りしめ、足元の虫けらを見た。靴底で下品な喉を押し潰した。
「貴様に彼の名前を口にする資格はない」
ヤツの仲間はさっきまでおだてていた、今や瀕死の署長息子を放って一目散に逃げて行った。
セロ町は百人しかいない小さな町だ、すぐに外から懐かしい警報の音が聞こえてきた。
時間がない。
オレは鎖を持ち上げ、刃の切っ先を青紫色になっている顔に向けた。
慈悲は悔やんでいる人にしか与えられない。
自分で悪の種をまきながら、出来た果実を食べようとしない者については……
歯を折り、食道を侵し、悪の果実を硫酸で腐らせ、その汁を血肉に打ちこむ……
悪の味を完全に味わうまで。
Ⅱ.逃亡
刃が吐き気を催すヤツの皮膚に刺さりそうになった時、誰かがオレを止めた。
「私にやらせてください」
それは、先ほどグラスの破片で手を切ったウェイターだった。
「私は彼を殺すためにここに来ました」
青年は唾を飲みこみ、しっかりと前を見つめていた。だが緊張しているのか、刃を掴む血まみれの手は震えている。
その時初めて、乱れている長い髪を持つその者はウェイターではないと気付いた。
白く細長い両手、その爪の間にある鮮やかな色を見て、画家であると推測出来た。
「このクズが、どうしようもないクズが、私の妹を……妹を……」
彼は嗚咽をこらえ、刃を握る力を強めた。
「こいつは保安署署長の息子という立場を使って、好き勝手している!この世の正義が彼を裁けないのなら、私が……」
青年の目は憎しみで赤く染まり、怒りで見開かれていた。オレの手から刃を奪えそうな程の強さを持っていた。
オレは自分を落ち着かせ、刃を戻し、彼の前に立った。
「こんなヤツのために人生を棒に振るな」
手に力を入れる。顔が血まみれになっても、静かに足元から伝う泣き声を聞いた。
「罪は……オレ一人で背負えば良い」
保安官が来る前、血まみれの床を踏み越えてオレはその場を離れた。
太陽が沈み、空は消えてしまいそうな程に寂しくなっている。僅かな紺色だけが世界の端を漂い、薄暗い路地を照らしてくれた。
オレは追っ手の足音が消えるまで街角に隠れ、カラスの鳴き声に紛れて壊れているあるドアを開いた。
カビ臭さが一瞬にして襲ってくる、その匂いを嗅いだだけで絶望が骨身に染みるようだった。
幸い、ダンキはもうそんな事で悩んだりしなくて良い。
安心しろ。
ベンソンの後は、あの元凶の番だ。
あの忌まわしい悪魔共を、オレは何人たりとも逃がしたりはしない。
カランっ――
回想は、金属の音によって断ち切られた。
部屋は暗いため、隅に隠れている人が鉄棒を握りしめていると気付くのに時間が掛かった。
オレは彼の顔を見たことがなかったが、彼のような人を表す言葉は知っていた――
ホームレス。
おそらくここは彼のテリトリーで、オレはそれを侵すつもりはない、だけど今は選択の余地はない。
「弱い立場の者への対処として、慰める事は脅迫に等しい。この時、貴方も同じ弱者である事を示すと良い。だが弱すぎてはならない、相手が付け上がる可能性があるからだ」
その懐かしい声はオレの脳内で響いた、一拍置いた後申し訳なさと誇らしさが混じった声でまた言葉を続けた。
「え?わかりにくかったか?大丈夫だ、貴方ならきっと出来る、私が召喚した食霊だからな!」
……
オレはそのホームレスを見つめながら、ゆっくりと対面の隅に移動し、淡い月の光を借りてマントを脱いだ。
人間の保安官たちを傷つけないため、攻撃されてもオレは避ける事しか出来ない。
そのため、体は傷だらけになっている。
それを見て、向かいの男はようやく落ち着きを取り戻し、ゆっくりと警戒態勢を緩めた。
彼は痩せ細っていて、随分食事を摂っていないようだ。その目から警戒心が減り、好奇心と希望が増えた。
ポケットを探ってみると、粗末な包装のビスケットが出てきた。
奥さんの手作りで、ダンキが包んでオレにくれた物……
彼らがオレに残してくれた最後の物だった。
ビスケットをホームレスに投げ、まだ血が滲んでいる傷口を包み、隅っこで丸くなって目を閉じた。
もしダンキがここにいたら、よくやったと褒めてくれるだろうか?それとも奥さんが作ったビスケットを投げ捨てるなと怒るだろうか?
どっちでもいい。
彼がいれば……
どっちだっていい……
カラン――
鉄棒がそっと床に置かれ、部屋の中は再び静寂に包まれた。
褒められる事も、怒られる事もなく、
目を閉じて、聞こえてくるのは……
火の海の中、ダンキが上げた悲痛な叫びだけだった。
Ⅲ.正義
ダンキの食霊として、最初は彼に随分迷惑を掛けた。
「保安官って何?」
「保安官は、つまり……正義を守るスーパーヒーローだ!」
俺が無反応なのを見て、彼は大げさなポーズのままその場で固まった。一つ咳払いをした後、上げた腕と広げた脚をゆっくり引っ込める。
「気になるならやってみると良い、保安署の新人訓練が始まる頃だからちょうど良いな!」
保安署のドアに貼られたポスターのような完璧な笑顔で、彼は両手の親指を立てた。
どうしてそんなに喜んでいるのかわからない、そして保安官についてもわからないまま……
だけど、「正義」という二文字に興味が湧いた。
オレが頷くと、ダンキは興奮気味にオレを抱きしめ、何度も背中を叩いた。
「これからは同僚だな……いや、パートナーだな!」
表情は見えないけど、その声は実に嬉しそうだった。
ダンキのそばにいると、いつも雨上がりの太陽があたたかく照らしているような感覚を覚える。
光に満ちた未来が見える、そんな感覚だ。
だけど、オレは甘かった。
保安官になって一週間経った頃、ダンキはオレを書斎に呼び出した。
そんな真剣な表情を見たのは初めてで、オレは戸惑った。
「何故人を殴ったんだ?」
「彼が先にちょっかいをかけてきたから……」
「傘を持たないで出掛けて雨に降られたら、神様を殴るのか?」
オレは拳を握りしめて口を閉ざした。
それとこれとは話が全く違うと思ったから。
「貴方が殴った相手が誰だかわかるか?署長の息子だ!今日まで、私は功を立ててきたが一度も罰を受けた事はなかった。だけど貴方が殴った事で、署長は私を署長室に呼び出し、三時間もぐちぐちと説教してきた!貴方って子は……」
彼は怒りのあまり、テーブルに拳を打ちつけ、目を閉じて頭を振った。
その落胆した表情に、オレは胸が締め付けられた。
署長の息子がどんなヤツで、オレがどんなヤツかわかっている癖に、どうして理由も聞かずに……
「どうして一回しから殴らなかった、殴るなら思い切って殴れ!」
え?
今、なんて?
オレが驚いたのを見て、ダンキは口角を上げて、まるでさっきまでのは演技だったかのようにニヤリと笑った。
「あのベンソンってガキは昔から目障りだった。私は十歳以上彼より年上だからな、殴ったらガキをイジメている事になってしまう……」
彼は椅子に寄りかかり、保安官になった時にもらったと言っていた使い古したペンを指でくるくると回しながら、いつものリラックスした表情に戻った。
「今回は職務怠慢か?それとも私利私欲に走ったのか?」
「……俺の同期をイジメていた」
「それは一発入れとかないとだな。だけど……貴方が手を出すべきではなかった」
ダンキはオレのそばに来て、たこだらけの大きな手をオレの肩に乗せた。それはあたたかくて重たい。
「彼には直属の上司がいる、そして父親もいる。貴方は彼の後輩だ。それに食霊が人間を攻撃したら、彼がしていた弱い者いじめと何が違う」
「だけど、目の前で悪い事をしているのに見て見ぬフリなんて出来ない。こんなの正義じゃない」
「わかっている。彼が悪者だ。悪者を罰するのは当たり前の事だ。しかし、私たちは獣ではない。そう簡単に暴を持って暴を制してはいけない。暴力で解決していると、悪循環が生まれる。ハンターには、ハンターなりの解決方があるんだ」
ここまで言うと、ダンキは口を閉ざした。そしてゆっくりと口角を上げて、怪し気に笑った。
彼が何を考えているのかわからなかった。だけどある日、保安署に辿り着くやいなや、署長室から大きな声が聞こえてきた。
署長の息子は副署長への昇進を控えた大事な時期に、町民たち連名の告発書が届いたため、結果普通の保安官に降格させられたそうだ。
そして、この告発書はダンキの案だった。
「私を見るな。彼が町民に威張り散らかしていたのはここ最近の話じゃない。無実の町民たちに訴えられる手段を与えただけだ、それに……」
ダンキはオレに向かって一つウィンクをした後、こう続けた。
「彼の自業自得だ」
目尻に目立つ傷があるのがチラッと見えた。
どれだけ慎重に動いても、署長が彼を処罰しようと思えば、いくらでも理由はでっち上げられる。
オレが勝手な行動をしなければ……
オレの視線に気付いたのか、ダンキはあっさりと襟元を広げ、鎖骨の下の大きなあざを指さした。
「見えるか」
そう言いながら、何故かドヤ顔をしていた。
「正義を貫くには代償が必要だ」
オレは長い間そのあざを眺めていた、しばらく経ってから首を振って先に進んだ。
「何をするにも代償を払う必要がある」
保安官として悪人を懲らしめていると、同時に相手の恨みを買う事になる。或いはダンキのようにその家族からの不信と不満を受けなければならない。
代償を払う必要があるのだ。
「なら、正しい事をすれば良い」
「クソガキ、面倒事を引き起こしたのは貴方だ。何カッコつけてんだ!」
ダンキはオレに駆け寄り、背中に体重を掛けながらオレの髪をくしゃくしゃにした。
オレはこの「拷問」に慣れている、ただ彼のあざに触れないように気を付けた。
「薬を買いに行こう、そのあざを奥さんに見られたらまた怒られるよ」
「怖くないさ、バレたら貴方に怒られたって言っておくから」
その口調は、海から吹く風に乗って昇る太陽のように軽やかであたたかかった。
だけどあの時の一瞬見えた無力感は、今でも鮮明に覚えている。
彼は知っていたのだろう、「正しい事」というのはオレが思っている白黒つけられる事じゃないと。
あまりにも「正しい事」は許されないのだ。
私怨で上司に殴られ蹴られ、わざと難しい任務を言い渡されたり、命を守る発信機を盗まれたり、そして……
火の海に閉じ込められ、苦しみながら死んでいく事になる。
一方オレはというと、何十人もの死者を出した放火犯を捕まえるために奔走していたら、保安署によって犯人にされてしまった。
指名手配書には「生死不問」と書いてあった。オレの弁明を聞くつもりもないようだ。
これこそ、彼らの言う正義なのだ。
だから、オレは保安官にはならない。
自分の「正義」を貫き通す事にした。
Ⅳ.復讐
冷たい白い霧が体に当たり、不気味な湿り気を帯びている。
路地は陽が差さないため静寂が広がっていて、ドアの前には警備員が二人立っているだけで、もうすぐ交代の時間だからか特に疲れているようだった。
二人を気絶させ、物陰に引きずり込んだ後、オレはドアから入って行った。
薄暗い廊下の突き当たりまで進むと、背の高いドアがあった。
家の中は警備しているのに、中のドアは施錠していない。
つまり、警備員は外から人が入ってくるのを防ぐだけで、中にいる人が出て行くのを防いでいる訳でない。
オレはあまり頑丈とは言えないドアを押し開けた。
苔だらけの部屋の中、老人、病人、女性や子どもなど数十人が横たわっていた。
体力がない彼らは、生贄にするしかない。
人の命を弄ぶあの野郎……
「スコーン保安官?」
玄関を出たところで後ろから声がして、腕の中で眠っている子どもを強く抱きしめた。
「本当に君か!帰ってきたのか!」
呆気に取られたが、オレとほぼ同時期に保安署に入り、赴任初日にベンソンからいじめられた保安官である事を思い出した。
何年ぶりに会った彼は、未熟さと臆病さが消え一人前に見えた。
「昔助けてくれたのに、まだ礼を言えていなかった……その子は?」
「迷子だ……」
「相変わず親切だな……そうだ、聞いたか?ベンソンが死んだそうだ!あの野郎、やっと報いを受けたか!」
「そうか……署長はなんか言ってたか?」
「何も。なんせ記者への対応でもうてんやわんやだからな」
困惑しているオレを見て、若い保安官は声を落として説明を続けた。
「犯人を見つけたが、捕まえる前に自殺してしまったそうだ……大丈夫?辛いのはわかるが、彼の死には価値がある!」
彼はオレの肩を掴み、興奮を隠しきれないその表情に、オレは少し胃が痛くなった。
「犯人は死ぬ前に血で書いた告発書を残した。ベンソンが自分の妹を殺し、父である署長は世間体を気にして自分の息子の犯罪を隠蔽したという。その影響は大きく、本部から徹底的に調査するよう指令が出された、この親子はもう終わりだ!」
その目は悪が罰せられた喜びに満ちていた。
だけど、オレはその喜びを分かち合うことが出来ない、頭の中であの赤い目をしているけど、毅然とした青年の事で一杯になった。
これが、彼なりの復讐なのか……
なんて勇敢なバカなんだ。
「あと、ダンキを殺し……放火した真犯人も捕まったそうだ」
「なんだって?」
まさか。
真犯人が捕まったのなら、何故誰も被害者を助けに来ない?
それに、オレはずっと犯人を追跡している、どうして……
「犯人は誰だ?」
「君も知っている奴だ。アムビエル教会の神父が召還した食霊、ハギス」
「ありえない!」
ハギス?
あの御侍に監禁され、孤独を恐れてオレにしがみついたあの食霊が?
彼の御侍もあの火事で亡くなったはず、契約が切れていないのに、食霊はどうやって御侍を殺せるんだ!
それに、その時オレは彼と一緒にいた……
「……一刻も早く事件を解決するために、身代わりを探してくるなんて、これがキミたちが誇る正義なのか?」
若い保安官は、オレの怒りを前にして言葉を発する事も出来ず、居心地悪そうに二歩後ずさった。
「そんな正義なんて、いらない」
固まっている保安官を無視して、オレは子どもを部屋に連れて、元の場所に戻した。
生贄が足りないと気付けば、あの狡猾な野郎は警戒して捕まえにくくなるだろう。
この人たちを危険に晒す事になるけれど……
オレはあの悪魔を捕まえなければならない。
……
「貴方はどうして食霊としてこの世に生まれた?神が与えたその力は、何のためにある?破壊するためか?それとも守るため……これらを理解すれば、世間の正義が良くても悪くても、貴方は正しい選択をする事が出来るだろう」
「私はあなたを信じている。なんせ、このダンキが召還した食霊だからな!」
……
ダンキ、ごめんなさい。
オレもハンターのままでいたかった、獣に成り下がりたくはなかった。
だけど、罪を罰する事でどうしても罪に染まってしまう。
正義を貫くためには、代償を払う必要がある。
誰かがやらなきゃいけない、地獄の底まで追わなきゃいけない。
他の誰かが代わりにやるぐらいなら。
オレがやる。
Ⅴ.スコーン
三年前、救助要請を受信出来なかったスコーンが教会に到着した時、既に炎は燃え広がっていた。
これから数え切れないほど、火の海にいる人たちの叫びを夜に聞くことになるだろう。だけど、彼は裏口から逃げた容疑者を追いかけることに夢中で、何も聞こえていなかった。
犯人を追跡している途中、彼は契約が切れた事に気付く。
冷たい風が目を刺し、前方の道はほとんど見えない。
しかし、彼は止める事が出来なかった。
御侍はもう助からないが、未来の犠牲者はまだ助かる。
悪魔にやられる前に、罪のない人々を救わなければならなかった。
だけど、相手はとても狡猾だった。未知の手段を使って、なんと異国の王宮に潜伏したのだ。
城壁によって歩みを止められた上に、指名手配されたスコーンは、幾度となく傷つけられた。
しかし、どの傷も、毎晩のように襲ってくる悪夢ほど痛くはなかった。
彼に出来る事は、王宮の様子を伺いながら、力の限り弱者を救う事だけだった。
非常に時間が掛かったが、その分、悪魔が犯した罪について多く知る事が出来た。
御侍のため、そして罪のない人々のため、彼は犯人を裁かなければならないのだ。
「しかし、どんな証拠があるのですか?」
満身創痍になってようやく悪魔の巣穴に辿り着いた少年だったが、傷の痛みと疲れで荒い息を吐きながら、相手の問いに言葉を失った。
「いずれ、証拠を見つけ出してやる」
「ふふっ……聞き分けのない食霊を必死で捕まえるよりも、適当な身代わりを探してきた方が簡単……頭の良い保安署は、こう考えたのでしょうね」
「うるさい!」
「信じるかは、貴方次第ですよ。しかし……その愚かな正義を貫いている限り、私を捕まえる事は出来ませんよ……」
悪魔は笑った。レンズの奥に隠された血のように赤い瞳が不気味に輝いている。
「その無駄なこだわりを捨てて、獣の世界に足を踏み入れてはいかがでしょう?」
スコーンは答える代わりに、相手を掴もうと前に出た。
思いがけず、彼を止めたのは悪魔ではなく、後から来た元同僚だった。
戸惑い、怒り、しかし、結局は指名手配を前にして逃げ出すしかなかった。
逃亡生活が始まり、側溝の中、汚泥の中、灼熱の炎の中を通っても、それでも決して諦めようとはしなかった。
悪魔の思い通りにさせてはいけない。
獣のように殺し合うのではなく、ハンターのように獣を捕らえるのだ。
ハギスが逮捕されるまで。
自分が守ると言っていた人たちがまた傷ついた。その瞬間、何かによって呪縛が解かれたかのように、スコーンは変化を起こす時が来たのだと悟った。
……
火事でボロボロになったオペラハウスの前、上等な服を着た男が扇子をあおぎながら大きく息をつき、目の前の労働者にせっせと指示を出している。
「早くしろ!もたもたするな。給料が欲しくないのか?」
「あの、旦那……昨日の給料も……」
「またサボろうとしているな?仕事中は私語厳禁だ。給料を減らすぞ!」
給料が減ると聞くと、不満はあっても労働者たちは腹を空かせながら仕事に戻るしかない。
これに満足した富豪は、鼻から蔑むような呻き声を出し、涼しく快適な部屋に戻ろうとしたところ、突然足が何かで縛られたような感触がして動けなくなった。
「なんだ?」
「給料を払え」
「は?」
振り返るとそこにいたのは華奢な少年だった、富豪はイヤそうな顔をしながら虫を払うように手を振った。
「シッシッシッ、大人の邪魔をするな!いっ……何をするんだ!」
「刃には毒が縫ってある、給料を払わないなら、死ね」
富豪は子どものいたずらだと思っていたが、切られた傷口を抑えていると次第に何かがおかしいと感じるようになった。
傷口はやがて不気味な紫色になり、手足が痺れ始めた。
どうでもいいような顔をして、振り向いて帰ろうとさえしている少年を見て、急に慌て出す。
「いっ、行くな!給料を渡す!早く解毒剤をくれ!」
富豪が大金を取り出し、労働者に配るために部下に押し付けるのを、少年は冷ややかに見ていた。
そして、全ての労働者がお金を受け取った事を確認すると、すかさず小瓶を取り出し富豪に投げつけた。
富豪は解毒剤を飲み干したが、不安を感じて部下に命じて病院へと向かった。そこでようやく労働者たちはしばらくの間休息を取る事が出来るようになった。
「わ、私の事を覚えているか?」
少年が振り返ると、目の前には痩せこけた男がいた。
「もし貴方がビスケットをくれなかったら、私はあの小屋の中で死んでいただろう……まさか今日また貴方に命を救われるとは思わなかった、本当にありがとうございます!」
相手は少し興奮していた。少年が早く帰りたがっていることに気付かないまま、話を続けた。
「貴方は賢いな。あの成金を良いように転がすなんて!でも、どうやって傷口の色を変えたんだ?マジックか?」
「毒だ」
「えっ?ほ、本当に毒?」
少年は無表情に頷いた、威圧感のない顔立ちをしているが、それを見た男は冷や汗をかいた。
「もし、給料を払わないと言ったら、彼はどうなる……」
「オレの言った通り、毒で死ぬ」
男が黙ったのを見て、少年はその場を離れた。
彼は、相手の恐怖心を見抜いたのだ。
まるで野生の獣と対峙しているような感覚だろう。
しかし、自分が信じた正義を貫き通すため、獣のように扱われても何も思わなかった。
正義を心に抱いている限り、ダンキの役に立たないが尊い情熱を抱いている限り、たった一度会っただけのホームレスの男を助けるために大切なものを捨て、それでも自分の目的のために罪のない命を犠牲にする事はない。
彼はただ、自分の力を守るためだけに使わなくなった。
悪の根源を取り除かない限り、問題は解決しない。
たとえ暴力を振るう事になっても、悪魔を地獄に引きずり下ろさなければならない。
彼はもうハンターになる事に執着していないし、その結果、獣になることもない。
彼は悪魔を恨んでいる。
そして、罪深いけれど生きている全ての命を背負う事を決意した。
地獄の滅世者に。
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