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ゴスペルリトルデビル・ストーリー

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ゴスペルリトルデビル

プロローグ


深夜


 月のない夜空の下、暗い人影が街の家屋の影に溶け込み、猛スピードで走り抜けていく。


黒トリュフ:どうしてまだついてくるのよ……


 角を曲がった所で、黒トリュフは背後をチラリと見た。家屋から漏れているロウソクの光を借りて、小さな姿がついて来ているのが見えた。ゆっくりとした歩幅だが、執拗に追いかけて来て離さない。


黒トリュフ:どうしようかしら……


 ウーーウーー

 高らかなラッパの音が教会の方から聞こえて来た。それは神恩軍から夜間外出禁止令の合図だ。


黒トリュフ:神恩軍……そうだわ!


 黒トリュフの視線は少し離れた教会の建物に定め、最上階にある小さな窓から微かな明かりが漏れ出ていた。そこは神恩軍の軍団長の部屋だ。


黒トリュフ:お嬢ちゃん、またね~


 彼女は近づいてくる追跡者の姿を見て口角を上げた。くるりと向きを変えて前方の屋根に飛び乗り、そのままあの窓に向かって走って行った。


女の子:行かないで!


 後ろから女の子の声がする、足音もどんどん大きくなっていったが、あっという間に黒トリュフは彼女の視界から消えた。

 黒トリュフを追いかけていた女の子は、突然跳んで行った人影に驚き、夜の闇に消えていくのをただボーっと見ている事しか出来ない。やがて彼女は我に返り、消えた方向を見ながらこう呟いた。


女の子:あそこは……教会?


ストーリー1-2


早朝

教会


 主よ、私たちに陽光と雨露を授けて下さった事に感謝を……自然と友愛にも感謝を……


ベーグル:はい、そこまで。

ベーグル:皆さん、よくできました。次はーー


 ギィーー

 ベーグルが聖歌隊の子どもたちと次の歌詞の練習をしようとした時、彼女の言葉はドアが開く音によって遮られた。

 彼女は少しだけ腹が立った。聖歌隊の授業時間はそもそも短い、中断されると大切な練習時間が一層短くなってしまう。しかし、本当に大事な用だとしたら……


ベーグル:ごめんなさい、今は取り込み中で……あれ、子ども?ねぇ……、もしかして道に迷ったの?


 ベーグルは聖歌隊のリーダーとして、堂々と相手をしようとしていたが、ドアの隙間から見えた来訪者に困惑した。

 10フィート程の高さを持つ重厚な茶色の木のドアの僅かな隙間から、小さな頭と透き通った薄い灰色の瞳が現れ、教会の中の全てを探るように見ていたのだ。


女の子:こんにちは、私は工匠の家のベーナーです。人を探しに来ただけで、道には迷っていません。

ベーグル:ベーナー?偶然!あたしたちの名前少し似ているね、あたしはベーグルだよ。聞いてもいいかな、誰を探しに来たの?

ベーナー:悪魔を探しに来たの!

ベーグル:悪魔?!


 その言葉を聞いた途端、ベーグルはヒヤッとした。堕神なのだろうか?メープルシロップからそんな話は聞いていない……


聖歌隊A:ベーグルお姉さん、教会にも悪魔がいるの?

聖歌隊B:ううう……家に帰りたい!

ベーグル:みんな良い子だからね、大丈夫だよ、教会に悪魔なんていないから。

ベーナー:この目で見たもん!彼女は教会で消えたの!


 うわああん!

 ベーナーは腰に手を当て、威勢よくそう言い放った。彼女の勢いのせいか、それとも「この目で見た」と言ったせいか、子どもたちは盛大に泣き出し、ベーグルも慌ててしまった。


ベーグル:……ちょっ、みんな落ち着いて。よーく聞いて、悪魔が教会で消えたって事は、教会には悪魔はいないって事でしょう?

聖歌隊B:そっ、そうかも……


 一人の子どもがしゃくりをあげながらこう答えた。幸い、涙は収まってきたようだ。

 しかし……教会に悪魔が現れた件は早急に解決すべきだ。ベーグルはすぐにこの事を軍団長に報告しようと考えたが、もし本当に堕神がいるとしたら、まず子どもたちをここから離れさせなければならない……


ベーグル:ふぅ……みんな、怖がらないで、聖歌がみんなを守ってくれるよ。ビックリしちゃったね、じゃあ今日は早めに家に帰ろうか?ね?


 ありがとう!ベーグルお姉さん〜さようなら〜

 別れを告げる言葉が鳴りやまない、子どもたちはそれぞれの楽譜を抱えて教会から出て行った。泣きべそをかいていた子どもたちの頬はまだ涙で濡れていたが、ベーグルによって宥められた事で、なんとか笑顔で家路に着けるようになっていた。


───

ベーナー⋯⋯

・ちょっと一緒に来てくれない?

・みんな帰ったし、あたしたちも出よう。

・一緒にここから出ようか?

───


 子どもたちが全員帰ると、ベーグルも自分の楽譜を閉じて、ベーナーに近づいた。


ベーナー:いいよ!悪魔の所に連れて行ってくれるの?

ベーグル:違うよ。さっき言ったでしょう、教会に悪魔はいないって。それに、ここには神恩軍がいるから、ベーナーは心配しないでね。

ベーナー:心配なんかしてないよ!昨日の夜、ずっと彼女を追い掛けたの、そしたらあそこで消えるのが見えたんだもん!


 そう言って建物の最上階を指したベーナー。ベーグルは彼女の指した方にある部屋を見て息を呑んだ。


ベーグル:ベーナー、早く家に帰って!


 説明をする暇もなく、他の人を呼ぶ事も出来ずに、ベーグルは急いであの部屋の方へ向かって走り出した。

 建物の最上階は、神父が神恩軍に一時的に居住スペースとして貸している場所。そして、ベーナーが指していたのは、まさに軍団長であるドーナツの部屋だったのだ。


ストーリー1-4


最上階の部屋


ドーナツ黒トリュフ

黒トリュフ:軍団長サマ、そんなに構えないでよ〜ほら、着てみて?

ドーナツ:いい加減にしてください。こんなおかしな服、一生着ません。

ベーグル:軍団長さまー!あ……くま?


 ドーナツが一晩中自分に付き纏っている黒トリュフにうんざりして、逃げる方法を考えていると、部屋のドアがベーグルによってタイミングよく開けられた。


黒トリュフ:悪魔?お嬢ちゃん、誰の事かしら?お姉さんの名前はね、黒トリュフって言うの、覚えておいてちょうだい。


 初対面の女の子がどうして顔をしかめて自分を見つめているのかと思い、黒トリュフも顔をしかめて見つめ返した。

 ようやく隙を見つけたドーナツは、少し乱れた身だしなみを手早く整え、ベーグルに近づいた。


ドーナツベーグル、どうかしましたか?

ベーグル:あ?はっ!はい!人間の子どもが……悪魔がここに来たのを見たと言っていたから、てっきり……


 話が不自然に途切れた理由は、その「悪魔」とやらは明らかに目の前にいる奇妙な服を着ている食霊だったから。それに、軍団長様とも知り合いのようで、余計な心配だったのかもしれない……


黒トリュフ:えっ?!ここまで追いかけて来たの?!

黒トリュフドーナツ〜お姉さんを助けて、ね?

ベーグル:あの……一体何があったの?どうして人間にそんな誤解をさせたの?


 黒トリュフがあの変な衣装を持って軍団長に近づいてくるのを見て、ベーグルは思わずドーナツを背後に庇った。


黒トリュフ:実は……大した事じゃないんだけど〜お姉さんがね、昨日の夜イヴァカンスで堕神を殺していた時、おバカな人間たちに見られてしまってね、殺人犯にされちゃったのよ〜

ドーナツ:深夜で月明かりもない、人間は状況を正確に把握出来ていないのだろう、今からでも説明すれば問題ないでしょう。

ベーグル:そうだね!じゃあ、あの子に両親も連れて来てもらった方がいいかな?

黒トリュフベーグルちゃん、それはダメよ。人間はね、真相が知りたい訳じゃないの。彼らはね、デマが好きなんだよ〜

ベーグル:じゃあ、どうするつもり?

黒トリュフ:簡単よ、アナタたち神恩軍の者が声を上げれば、悪魔が教会に押し入ったっていう誤解はすぐに解けるはず。森で人を殺す悪魔がいる噂についてなら、放っておけばいいわ〜

ベーグル:それは……まずいんじゃない?


 ベーグルは小さく呟き、思わずドーナツに目をやると、相変わらず協力を拒む表情をしていた。


黒トリュフ:あら?よく見ると、アナタにも似合いそうね?ベーグルちゃん、どう……うかしら?


───

なっ、何が?

・イヤ、来ないで……

・軍団長さま、助けて!

・どうって……何が?

───


ドーナツ:確かにベーグルの方が説得力がある、街の子どもや大人からも好かれていますし。

ベーグル:何?


 ドーナツが真剣に黒トリュフの提案を検討しているのを見て、ベーグルはドキリとした。


黒トリュフ:ウフフ〜軍団長サマ、今回ばかりは気が合うみたいね〜ほら、ベーグルちゃん〜

ベーグル:イッ……イヤッ!


 抵抗虚しく、ベーグル黒トリュフに引きずられて更衣室に入って行った。一しきり騒いだ後、ドーナツの前に黒トリュフと同じような格好をしたベーグルが現れた。


ベーグル:……

ドーナツ:良いでしょう……ベーグル、昨夜はこの衣裳を着て聖恩祭の歌劇の練習をしていたと、子どもたちに言って来なさい。これは命令です。

ベーグル:でも……

黒トリュフベーグルちゃん、お姉さんのこのトラブルを解決して〜お願いね〜

ベーグル:……こっ、今回だけだよ……


ストーリー1-6


早朝

石畳


 ベーグルはのそのそと階段を下りていった。建物から出る前に、振り返るとそこには目をキラキラと輝かせている黒トリュフがいた。


黒トリュフベーグルちゃん、早くいってらっしゃい〜

ベーグル:……


 ベーグルは教会と建物の間の空き地で待機しているベーナーを見て、複雑な気持ちになった。


ベーグル:嘘は苦手なのに……だけど、軍団長様は命令だって……


 ドーナツの事を考えると、彼女は自然と背筋が伸びた。自分を納得させながら、ゆっくりとベーナーの方に向かって移動した。


ベーグル:ベーナー……

ベーナー:悪魔は貴方だったのね!

ベーグル:せせせ、説明させて欲しい……


 ベーグルを見た瞬間、ベーナーはどういう訳かさっきまでの威勢が一瞬にして消え、甘い笑顔で彼女に抱き着いて来た。


ベーナー:やっと見つけた!やっぱり見間違いじゃなかったんだ!


───

うぅ、ねぇ⋯⋯とりあえず放してくれない?

・ちょっと痛い……

・説明するから……

・話を聞いて。

───


ベーナー:ベーグルお姉さん、貴方が「悪魔」だったのね!えへへ!


 ベーナーはまだ楽しそうな顔をしている。彼女は手を放して、顔を上げてベーグルを見つめていた、さっきとはまるで別人のようだ。


ベーグル:いやいやいや、違うの……えーと、これはただの服で……違う、衣装って事!そう、衣装……ベーナー、あたしは、その、聖恩祭の歌劇の練習で……うわっ!


 涼しい風が吹いて、石畳の上で餌を啄んでいたハトたちが一斉に飛び立った。それを避けようとしたベーグルは、靴に足を取られてしまい、またベーナーに抱き着くチャンスを与えてしまった。


ベーナー:ありがとう!ベーグルお姉さん!

ベーグル:ええっ?ありがとう?

ベーナー:そうだよ、昨日森で私を助けてくれなかったら、あの怪物に殺されてた!感謝してもしきれないよ!でも、昨日ずっと追いかけたのに、全然立ち止まってくれなくて……

ベーグル:うん?


 「悪魔」が善人だという事を知っていたのか……


ベーグル:じゃあ、どうして……

黒トリュフ:お嬢ちゃん、お礼しに来たの?本当に?


 ベーグルの頭の中には疑問符が浮かんでいたが、それを口にする前、どこからともなく黒トリュフが飛び出して来た。ベーグルもベーナーも彼女に驚いて、一歩後ずさる。


ベーナー:貴方は……?

黒トリュフ:お姉さんはね、黒トリュフだよ〜アナタが探していた命の恩人は、このワタシだよ〜

ベーナー:じゃあ、ベーグルお姉さんは……


 ベーナーの小鹿のような大きな目の中にはハテナがいっぱい書かれていた、目の前の二人の「悪魔」を見て、誰の言う事を聞くべきかわからなくなっていたのだ。


ベーグル:ベーナー、嘘をついてごめんね、あたしは偽物なの……

黒トリュフ:ウフフ、小さな誤解があっただけよ、そんなの重要じゃないわ。ベーナーちゃん、アナタの感謝の気持ちはきちんと受け取ったわ。これからは一人で森に行かないでね?森って、危ないからね〜

ベーナー:うん……でも、もうすぐ聖恩祭だから、七面鳥を捕まえて、お父さんとお母さんに食べさせてあげたくて……

ベーナー:黒トリュフお姉さん、ベーグルお姉さん、私が七面鳥を捕まえたら、絶対お姉さんたちにもあげるね!

ベーグル:どうして農場に行かないの?

ベーナー:お金が、足りなくて……


 金属がぶつかる音と共に、ベーナーはポケットからこまごまとした銀貨を取り出した。同じように財布が薄いベーグル黒トリュフも自分のポケットから銀貨を取り出す。


黒トリュフ:なんて事かしら、全部合わせても七面鳥一羽すら買えないなんて。

ベーナー:お父さんとお母さんが言ってた、足りていたとしてもお姉さんたちのお金は使っちゃいけないって!じゃあ行って来る!今日は暗くなる前に帰るから!


 ベーナーは丁寧に強調しながら、自分の銀貨をポケットに仕舞い、帰ろうとした。そんな彼女を引き留めるかのように、黒トリュフが口を開く。


黒トリュフ:ベーナーちゃん、ちょっと待って。森みたいな危険な所に行くなら、お姉ちゃんたちも連れてって〜

ベーグル:えっ?!どうしてあたしまで?!


ストーリー2-2


早朝


 何も準備していないベーグル黒トリュフに引っ張られて教会を出て、そのままイヴァカンスの森の方へと向かった。


───


 黒トリュフの足取りは速く、三人はほとんど苦労せずすぐに街の出口に到着した。


ベーグル黒トリュフ、やっぱり……森に行くのはやめよう?


 一台の馬車を避けている隙に、ようやくベーグルは声を掛ける機会を見つけた。考えれば考える程、この件をこのまま進めてはいけないと思ってしまう。


黒トリュフ:どうしてかしら?

ベーグル:野生の七面鳥は食霊にとっては美食だけど、人間にとっては良くない病気をもたらすかもしれない……

黒トリュフ:ああ、一理あるわね〜でもベーナーちゃんはお金が足りないから、養殖の七面鳥なんてどこで手に入れられるのかしら?

ベーナー:……実は、隣のおばあちゃんも同じ事を言っていたの。でも、焼いて食べたら大丈夫じゃないかな?

黒トリュフ:アナタたちの安全のためにも、養殖の七面鳥を食べた方が良いわ〜

ベーグル:あたしに……一つ提案があるの。


 長い馬車の列はようやく遠ざかっていった。ベーグルは俯きながら、躊躇いがちに口を開いた。声は小さいが、耳を澄ましている二人にはちゃんと聞こえたようだ。


ベーグル:ねぇ……そんな目で見ないでよ……

黒トリュフ:焦らさないでよ、早く続きを言って。

ベーナー:そうだよ、ベーグルお姉さん、どこに行けば良いの?


───

そこは⋯⋯郊外の農場で⋯⋯

・農場主が知り合いなの。

・農場主が言っていたの、神恩軍はいつでも歓迎するって……

・神恩軍はかつて農場主を助けた事があるの。

───


ベーグルメープルシロップが手伝いに行った時、卵を一カゴもくれたそうよ。あたしたちにも出来るんじゃないかって……

黒トリュフ:出来るかどうか、行ってみればわかるわ。

ベーナー:だけど……そこまでしてもらうのは……

ベーグル:大丈夫ヨ、神恩軍はみんなを守るために頑張っているの。だから、あたしも何か力になりたい。

黒トリュフ:ウフフ……じゃあ、行こうか。

ベーグル:うん!ベーナー?

ベーナー:わかった!ベーグルお姉さん、黒トリュフお姉さん、ありがとう!


正午

農場


 彼女たちが農場へ到着した頃、既に正午になっていた。眩しい太陽が稲穂を同じぐらい眩しく照らし、目が眩む。彼女たちは眩い金色の光の中、農場主を見つけた。


農場主:ベーグル様、お久しぶりです!今日は友人を連れて来たのですか?

ベーグル:うん……オーナー、ちょっと相談したい事があるんです。

農場主:そうですか……どんな事でしょう?

ベーナー:おじさん、こんにちは、私はベーナーです。ベーグルお姉さんが連れて来てくれたのは、農場でお手伝いをする代わりに、七面鳥を一匹譲って欲しいと、お願いしに来ました!


 ベーグルが説明しようとした矢先、意外にもベーナーが率先して、礼儀正しく話を始めたのだ。

 黒トリュフは二人の女の子を見て、思わず口角を上げた。

 (このベーナーちゃんは、本当に真っすぐね。悪くない、気に入ったわ)


農場主:それは……


 ベーグルとベーナーは思わず手をつないで、口を噤み、それ以上言葉を発せないでいた。


農場主:ベーグル様、ご存じの通り、我々は七面鳥レストランも営業しているのです。この頃は聖恩祭が近くて、注文もいつもより多い。

農場主:厨房には今はシェフが一人しかいない。厨房でシェフと一緒に今日の注文を全て捌いてくだされば、七面鳥三羽を報酬に出しましょう。

ベーグル:本当ですか?!ベーナー、これで良い?


 ベーグルは喜んだ、すぐさま承諾しようとしたが、これはベーナーが決めるべき事だと気付いて、振り返ってベーナーの意見を求めた。


ベーナー:ベーグルお姉さん、冗談を言っているの?

ベーグル:うん?


 ベーグルが言葉の意味がわからずベーナーを見つめると、彼女の目はキラキラしていて、言葉とは裏腹にまったく不機嫌そうにしていなかった。不思議に思っていると、次の瞬間ベーナーが歓声を上げた。


ベーナー:良いどころか、最高だよ!


ストーリー2-4


厨房


農場主:業務は以上となります。具体的にどう手分けするかは、シェフにお聞きください。今日の注文は、貴方方にお任せしました。

シェフ:オーナー、ご安心を。手が六本も増えましたから、きっと時間通りに終わらせてみせますよ。


 オーナーはシェフと簡単な挨拶をした後、安心したように厨房を後にした。


シェフ:お嬢さんたち、貴方たちの仕事はとても簡単だ。この大きなカゴに入っているタマネギ、セロリ、ニンジンをみじん切りにして、全部大皿に盛るだけ。後は全て私に任せろ!


 コンロの向かいの壁際に置かれた大きな三つのカゴを指して、シェフはこう言った。


ベーナー:じゃあ……ニンジンを切る!

ベーグル:セロリを切るよ!

黒トリュフ:え?タマネギはワタシ?

シェフ:宜しくお願いします!


 シェフはそう言うと、コンロの脇にある巨大な鍋の前に戻り、スパイスの仕込みを始めた。

 気付けば、香辛料が混ざったようなほのかな香りが立ち上ってきた。だけど、働いてる彼女たちは、その香りを味わう余裕はなく、仕事を早く終わらせる事だけを考えていた。

 数時間後。


黒トリュフ:出来たわ。


 日がゆっくりと沈んでいる、斜陽が黒トリュフの横顔を照らした時、彼女はちょうど背伸びをして、数時間にも及ぶ機械的な作業を終えた。


ベーナー:私も終わった!ベーグルお姉さんももうすぐみたい!

シェフ:良かった、七面鳥の下味も全て終わったよ。貴方たちが切ってくれた野菜を七面鳥のお腹に詰め込めば、いよいよ焼きの作業だ!

ベーグル:出来たわ!シェフ、詰め込むのも手伝いましょうか?

シェフ:手伝ってくれるのなら、大歓迎だ!


 終わりが見えて来たからか、シェフの口調も楽しそうになっている。


シェフ:一度手本を見せてやろう……まず大皿の野菜を均等に混ぜ、その後大きなお玉ですくって……全部流し込む……


 シェフの丁寧な説明のおかげで、四人はすぐに二十羽の七面鳥の準備を終わらせ、壁に埋め込まれた大きなオーブンに入れた。


───

なんか⋯⋯やる事なくなっちゃったね。

・今から何をすればいい?

・他に何か手伝える事はない?

・次にやるべき事は……?

───


 オーブンの扉が閉まると、ベーグルは皆の手が空いている事に気づき、落ち着かなくなったようだ。


シェフ:良い香りが厨房に充満したら、七面鳥の完成だ。あれ?お嬢ちゃん、何を書いているんだ?


 シェフの言葉を聞いて、ベーグル黒トリュフは初めてベーナーがどこからかペンとくしゃくしゃの紙を拾って、真剣に何か書いている事に気付いた。


ベーナー:七面鳥を焼く手順だよ!シェフのおじさん、七面鳥を焼いてお父さんとお母さんにあげたいから……

シェフ:ハハハハッ!問題ない、きちんとメモを取ると良い。貴方みたいなしっかりした子はなかなか見ないからな。街で見たあの夫婦の子どもとは違ってね……はぁ……

黒トリュフ:夫婦がどうかしたのかしら?

シェフ:聞いていないのか?今朝子どもがいなくなった家があるみたいで、街中を探し回っているそうだ。

ベーグル:子どもがいなくなった?すぐに軍団長さまに報告して来ます、もしかすると探すのを手伝えるかもしれない。

黒トリュフベーグルちゃん、神恩軍に声を掛けていないのなら、少なくとも堕神とは関係ないと思うわ。個人的な出来事に、神恩軍がいちいち手を出していたらきりがないわよ。

シェフ:はぁ……そうだな……


 シェフはため息をついて頷いた、彼も呆れた顔をしている。


ベーナー:良い匂い。


 三十分が過ぎた頃、ベーナーは突然目を輝かせ、壁に埋め込まれた大きなオーブンをじっと見つめていた。


シェフ:ははっ!七面鳥が焼けたぞ!お嬢さんたち、真ん中の長机を片付けてくれ、七面鳥を出すぞ!

ベーグル:うん!


 しばらくすると、二十羽もの七面鳥が、パチパチと音をたてながら、長机を埋め尽くした。


ベーグル:今日の注文はこれで全部?

シェフ:ああ、早くオーナーの所に行ってきな、これから注文を届けに行って来る。

ベーグル:良かった!シェフ、ありがとう!

ベーナー:ありがとう!

黒トリュフ:ありがとうね〜


 黒トリュフはシェフに目配せをし、笑顔でベーグルとベーナーを連れて帰ろうとした。ところが、厨房から離れようとした時、よく知っている声が入口から聞こえて来た。


ドーナツ:ここにいたのですね。


ストーリー2-6


ベーグル:軍団長さま?!どうしてここに?


 入口に立っていたドーナツはすぐには答えず、目の前にいる三人と、彼女たちの背後で香る七面鳥をチラっと見て、彼女たちがここに来た目的をぼんやりと察した。


ドーナツ:あなたの名前はベーナーで、工匠の家の子ですよね?

ベーナー:……はい……

黒トリュフドーナツ、怖い顔をしないで〜お嬢ちゃんがビックリしているでしょう〜ベーナーちゃん、怖がらないで、そのお姉さんは神恩軍の軍団長よ、悪い人じゃないわ〜

ドーナツ:……

ベーグル:軍団長様、ベーナーに何か用事でも?


 ドーナツの顔が曇っていくのを見て、ベーグルは急いで話を元に戻した。軍団長が黒トリュフに弄ばれて形無しになっていく様子を、彼女はもう見たくなかったのだ。


ドーナツ:あなたたちが出てからすぐ、工匠夫妻がやって来て、子どもが家出をして、昨夜悪魔が殺人をしている現場を見たと言って来た。

シェフ:家出した子どもは貴方だったのか?!

ベーナー:違う!家出なんかしてないもん!ただ……私はただ……


 何故か家出少女になってしまったベーナーは、慌てふためいた、うまく言葉が見つからない。ベーグルはその様子を見ていられず、代わりに口を開いた。


ベーグル:軍団長さま、ベーナーは聖恩祭に両親に七面鳥を贈ろうとして、家を出ただけよ。

ベーグル:安心して、必ず家まで送り届けるわ。

ドーナツ:はい。

黒トリュフ:ベーナーちゃんじゃなくて、アナタのお父さんとお母さんがワタシを悪魔に見間違えたのね?


 黒トリュフは舌打ちをしながら首を振り、ベーナーに近づいた。


ベーナー:二人に、貴方は、悪いひとじゃないって、説明した……だけど……

黒トリュフ:もー!わかったわ、そんなに怖がらないでよ〜


 黒トリュフはベーナーを落ち着かせようとしたが、余計に緊張させてしまったみたいだ。


ドーナツ:帰宅して連絡を待つように伝えてあります、早めに帰ってください。まだやる事があるので、先に失礼します。


 ドーナツは彼女の考えを見抜いていたが、特に何も言わず、小さくため息をついた。


ベーナー:うん!すぐに帰る!軍団長のお姉さん、ありがとう!

黒トリュフベーグルちゃんと一緒にちゃんと彼女を家まで届けるわ、軍団長のお姉さん。

ベーグル:軍団長のお姉……

ドーナツベーグル

ベーグル:軍団長さま、お疲れさまです!


 ドーナツに一喝され、ベーグルはハッとしたように黒トリュフに引き起こされた悪戯心を消し、大人しく敬礼をした。

 ドーナツを見送って間もなく、ベーグル黒トリュフとベーナーを連れて農場主のところに行き、約束していた七面鳥を三羽を受け取ると、ベーナーの家に向かった。


───


夕方

工匠の家


黒トリュフ:どうして入らないの?家を間違えたの?


 一行は工匠の家の前まで来たが、何故か一番前にいたベーナーはドアをぼんやりと見るだけで、なかなか中に入ろうとしない。


ベーナー:怖い……お父さんとお母さんがすごく怒っていたらどうしよう?


───

怖がらないで。

・あたしたちがそばにいるから。

・きちんと説明すれば怒ったりしないよ。

・あたしたちがいる。

───


ベーナー:……うん。フゥ……


 ベーナーは頷いて、思わず深呼吸をしてから、ゆっくりと手を上げてドアを叩いた。

 コン、コンコンッ--


ベーグル√宝箱


 コン、コンコンッ--


ベーナー:ベーグルお姉さん、お父さんとお母さんに嫌われたのかな……

ベーグル:そんな事ないよ、聞こえていないだけかも。もう少し待とう?


 ベーナーはしばらくドアを叩いたが、ドアが開く気配は一向にない。


黒トリュフ:街を見てくる、まだ帰って来てないのかも。見つけたらすぐに連れてくるから。


 黒トリュフは昨晩ベーナーが堕神に殺されそうになっていた情景を思い出し、夫婦が心配になった。ドーナツが彼らに家に帰るよう言ったが、両親は自分の子どもがまだ見つかっていないのに安心して家に帰れる訳がない……

 彼女はそう思いながら、イヴァカンスの森の方へと急いだ。


ベーグル黒トリュフ、気を付けて!


 黒トリュフの姿はすぐに夕闇に紛れ、消えた。


ベーグル:……聞いてた?

ベーナー:ベーグルお姉さん……

ベーグル:ベーナー、安心して、きっと大丈夫だよ。

工匠の妻:ベーナー?ベーナーだ!


 背後から興奮したような女性の声が聞こえて来た。振り返るより前に、質素なワンピースを着た女性が真っすぐ彼女たちの方に向かって来て、ベーナーを強く抱きしめた。


ベーナー:お母さん、お父さん、ごめんなさい……

工匠の妻:ベーナー、帰って来たらそれでいい……帰って来てくれて良かった……

工匠:そうだな……帰って来てくれただけで十分だ、謝るな。


 その光景に感化されたのか、ベーグルは目頭が熱くなった。心の中では喜びが溢れていた。


ベーナー:お父さん、お母さん、彼女はベーグルお姉さん。今日は彼女に連れられて、郊外の農場の手伝いをして、七面鳥を譲ってもらったの。聖恩祭の日に、一緒に七面鳥を焼こうね!

工匠の妻:ベーグル様、ありがとうございます!

工匠:ありがとうございます!本当に助かりました!そうじゃないと、この子はまた森に行っていたでしょう。


 それを聞いて、ベーグルは首を横に振った。


ベーグル:ううん、あたしこそベーナーに感謝しないと。聖歌隊だけじゃなく、みんなのためにもっと色んな事がしたくなった……ありがとう。

ベーグル:日も暮れかけているし、料理を作る時間はないよね。ベーナーのおかげであたしたちも七面鳥を手に入れたんだ、もし良かったら一緒に教会で七面鳥パーティーをしない?

工匠の妻:それは……良いんですか?

工匠:ベーナー?

ベーナー:ヤッター!これでまたベーグルお姉さんと遊べる!

ベーグル:行こう、まず黒トリュフを呼び戻さないとね。

ベーナー:うん!


黒トリュフ√宝箱


黒トリュフ:街を見てくる、まだ帰って来てないのかも。見つけたらすぐに連れてくるから。


 ベーナーはしばらくドアを叩いたが、ドアが開く気配は一向にない。

 黒トリュフは昨晩ベーナーが堕神に殺されそうになっていた情景を思い出し、夫婦が心配になった。ドーナツが彼らに家に帰るよう言ったが、両親は自分の子どもがまだ見つかっていないのに安心して家に帰れる訳がない……

 彼女はそう思いながら、イヴァカンスの森の方へと急いだ。


ベーグル黒トリュフ、気を付けて!


 ベーグルの声が耳に届いた黒トリュフは、ベーグルの事が本当に面白く思っていた。

 そして、彼女がイヴァカンスに到着する前に、神恩軍の者たちに止められた。工匠夫婦が帰ってきた事を告げ、ベーグルが教会で七面鳥パーティーに招待した事を伝えに来た。

 ぎゅるる--

 「七面鳥」と聞いて、黒トリュフは思わずお腹を鳴らした。しかし、ベーナーの両親が自分を悪魔扱いしている事を思い出し、すぐに誘いを断った。


黒トリュフの家


黒トリュフ:また教会で騒いだら、ドーナツが本気で怒るかもしれないし、やめとくわ~


 家に帰ると、黒トリュフはそう自分に言い聞かせた。彼女にしてみれば、騒ぎを起こしてしまうぐらいなら、美食は諦めた方が良い。

 コンッ、コンコンッ--

 突然、ドアをノックする音がした。黒トリュフは元気を取り戻し、ソファーから起き上がり、足早にドアの方へと向かった。


黒トリュフ:こんな時間に誰かしら?ワタシの可愛い妹かしら?あれ、どうしたの?


 「騒ぎ」、「悪魔」…重厚な木製のドアが開いた瞬間、黒トリュフの頭にはその二つの言葉しかなかった。


───


 ドアの前の暗いランプが風で二度揺れたがやがて落ち着き、少し黄ばんだ光が黒トリュフに降り注いだ、前の晩のように屋根に飛び乗りそうになっている。


ベーナー:黒トリュフお姉さん、お母さんとお父さんに貴方が悪魔じゃないって言ったよ。

工匠:黒トリュフさん、昨夜はベーナーを助けてくれて本当にありがとうございます。誤解して本当にすみません。

工匠の妻:本当に誤解してしまって、申し訳ありません。これは私たちのほんの気持ちですが、どうか受け取ってください。


 ベーナーの母が差し出したのは切ってある七面鳥だ。埃を防ぐために布で覆われていたが、カゴからほのかな香りが漂い、黒トリュフの食欲をそそる。


工匠の妻:これは私たちが焼いた物です。教会に行っていないので、だから……

黒トリュフ:う〜ん、良い匂い、ありがとう。一緒に食べる?

工匠:私たちは教会で食べました、黒トリュフさん……実は貴方を訪ねたのは、もう一つ頼みがあって来ました。

黒トリュフ:うん?聞いてあげるわ。


 何か言いづらい事なのか、工匠は躊躇って中々口に出せないでいた。それを見た黒トリュフは軽く笑った。


黒トリュフ:何か言いにくい事かしら?

ベーナー:あの……黒トリュフお姉さん、お父さんとお母さんが私にお姉さんから剣を教えて欲しいって、自衛出来るように。


 ベーナーは戸惑いながら両親を見て、彼らが何を心配しているのかわからない様子だった。


黒トリュフ:ベーナーちゃん、良いわよ。これから毎朝、ワタシの所に来て、2時間練習するのはどう?

工匠の妻:本当ですか?!良かった!貴方は本当に良い方ですね!定期的に授業料をお支払いします!

黒トリュフ:いらないわ。ワタシはベーナーちゃんみたいな素直な子が大好きなのよ〜

黒トリュフ:早く帰りなさい、遅くなってしまうわ。

工匠:はい、わかりました!ベーナー、黒トリュフのお姉さんに挨拶しなさい。

ベーナー:うん!黒トリュフお姉さんさよなら!あっ、おやすみなさい〜!


 黒トリュフは笑顔でベーナー一家に手を振り、彼女たちの影が街灯によって長く伸び、街角に消えて行く様子を見送った。そして、もらった七面鳥を見て、笑みを浮かべながらこう口にした。



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ゲーム情報
タイトル FOOD FANTASY フードファンタジー
対応OS
    • iOS
    • リリース日:2018年10月11日
    • Android
    • リリース日:2018年10月11日
カテゴリ
  • カテゴリー
  • RPG(ロールプレイング)
ゲーム概要 美食擬人化RPG物語+経営シミュレーションゲーム

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