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青灯魍影・ストーリー

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作成者: 時雨
最終更新者: ういっす

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青灯魍影・ストーリー

極楽

序章ー極楽

 赤い欄干が建物の中の人々を遮っている。杯を上げている土瓶蒸し、酒を飲んだためか、彼の顔が淡く赤らんでいる。彼は軽く杯を振って眉を上げ、窓辺に座って満開の桜を眺めている純米大吟醸を見た。

土瓶蒸し「大吟醸、他の人たちがあんさんが前より元気になったと言ってはりましたよ?」

純米大吟醸「ほう?そう見えるでありんすか?」

土瓶蒸し「昔のあんさんなら、そのような顔は絶対しない。」

純米大吟醸「そうでありんすか……」

土瓶蒸し「そういえば、あの小さな飼い魚はどこにいはるんですか?」

純米大吟醸「たぶんまたあちきの影に潜んでいるでありんしょう~」

土瓶蒸し「まあ、あんさんは飲み続けていてください。私はお姫様のところへまだ用事があるから、お先に失礼。」

純米大吟醸「オヤオヤ、そこまで姫様のことに関心があるなら、あちきの嫉妬心が起こるかもしりんせんよ~」

土瓶蒸し「私のために嫉妬してくれるなら、結構嬉しいですな。」

純米大吟醸「フンッ、一寸逃れだけは上手でありんすね。」

 土瓶蒸しはこの場から離れたが、窓辺に座っている純米大吟醸はそこから離れない。彼は静かな空をじっと見て恍惚な表情を浮かべる。

純米大吟醸「……前より……元気か……ハッ……。」


 これは遥か遥か昔のこと。あの時の人間は、まだ知らない。彼らが近い将来「魑魅魍魎」に支配され、日常の安寧を失う事を。

 あの頃の純米大吟醸は、まだ何もせずにただ時を過ごしている「極楽」の店主に過ぎなかった。

 あの日、目の前に浮かんでいた月は、ずっと前から人間の世界から消え、気付けば不老不死の「妖怪」たちの記憶の中にしか存在しない。

純米大吟醸(アラ…………夢か……)

 草履を履いた子どもたちは倒れている人を容赦なく蹴っていた。

 その体は汚くて、じめじめとしている。普段なら、純米大吟醸は決して彼のそばに近寄らない。しかしあの闇に煌めく瞳は純米大吟醸の好奇心を起こした。

純米大吟醸「おい?ぬしたちよ、何をしている?」

 綺麗な声によって子どもたちは動きを止めた。彼らは振り返って、後ろにいた優しい月光に染まる青年を見る。

鯖の一夜干し「ウウ……」

純米大吟醸「ねぇ、あちきとちょっと取引をしないかい?この飴とその者を交換して欲しい……」

 子どもたちは飴を見ると、少し迷った後すぐ自分の「おもちゃ」を放した。飴を握りしめ逃げていく様子は、まるで純米大吟醸が後悔する事を怯えているみたいだった。

 純米大吟醸は青年の前でしゃがんで、指を伸ばして彼の頬を突いた。

純米大吟醸「ぬしは人間にとっての「妖怪」のような存在でしょう、なのにどうして簡単に子どもたちにいじめられているのだ?」

鯖の一夜干し「ウ――ゴホ――」

純米大吟醸「……酷い怪我、もうすぐ死ぬだろうね。」

鯖の一夜干し「助けて……お願い……」

純米大吟醸「所詮つまらない世界、なぜまだ生きたいのでありんすか?」

鯖の一夜干し「……フ……ゴホ……助けて……お願い……」

純米大吟醸「もしかして、頑張ったら何か面白いことがあると思っているでありんすか?或いは他の理由がありんす?教えてくれれば、助けてあげられるかもしれないでありんすよ。」

鯖の一夜干し「頑張れば……外に……何があるかわかる。頑張れば……いいことが……」

純米大吟醸「……」

 答えを聞いた純米大吟醸が少し驚いた。

 歌舞伎町の変わらない生活はいつも彼を張り合いのない気持ちにする。あの嘘に騙され続けた女も、あの男の言葉で彼を信用しなくなった。

 長い間、純米大吟醸は面白くないと感じていた。まるで自分が空っぽの殻にすぎないかのように、機械的で起伏のない日々を過ごしていた。

 この目の前の、狼狽している男の顔には傷口と散乱した髪しか見えない。しかし彼の瞳から、純米大吟醸が見たことのない光が見えた。歌舞伎町に住んでいる人間の目からは見たことのない光だ。

純米大吟醸(綺麗……)

純米大吟醸「……それなら、頑張りなんし。もし最後まで頑張れたら、是非あちきにいいことがあるか否か教えてくんなまし~」


鯖の一夜干し「大吟醸様!大吟醸様!もう朝です、窓辺で寝ていないで起きてください。」

 純米大吟醸が自分の記憶から呼び起こされた後、じっと鯖の一夜干しを見る。この遠い昔の事はほとんど彼の記憶の底に封じられていた。

 純米大吟醸にとって、この記憶は大した記憶ではない。この後、彼は自分の霊力で救ったこの食霊の姿さえ忘れていた。

鯖の一夜干し「大吟醸様?」

 純米大吟醸鯖の一夜干しの顔をジロジロ見ると、あの煌めく瞳を思い出した。

鯖の一夜干し「……大吟醸様?どうかしましたか?」

純米大吟醸「鯖。今日、何か良い事はあったんでありんすか?」


第一章ー飲み仲間

大吟醸の飲み仲間か?、或いは旧友か?

 夜桜はそよ風に従ってぐるぐると回って杯の中で淡く波瀾を揺り起こす。繊細な指先が杯の底を軽く触る動きと派手な外見がはっきりと異なっている。その姿は意外にも幾分のんびりしている感じがある。

 口元に沿って流れるお酒は鎖骨で少し止まって、幾重の華衣に流れると一本の清く浅い跡を残した。

 桜のような美青年が桜の木に寄りかかるが、桜の花に自分の美しさを遮られてはいない。彼が微かに顔を上げると、ほろ酔いのような表情を浮かべている。

 突然、影から誰かの姿が現れる。

鯖の一夜干し「月が見えました。」

純米大吟醸「……うん?」

 若い忍びは青年からズレ落ちた上着を掛け直した。そして、先程発した言葉を冷静に繰り返す。

鯖の一夜干し「月見が来ました。」

純米大吟醸「来たからにはここまで来させればいい、一人で飲む酒は少しつまらないでありんす~」

 青年のそばに立つ鯖の一夜干しはいつものように迅速に命令を実行しなかった。彼は眉をひそめている。いつも変わらない表情はいつになく、明らかに嫌がっているように見えた。

純米大吟醸「……鯖?」

純米大吟醸「フフ、どうしてそんな顔を?」

 純米大吟醸の突いてきた指を避け、鯖の一夜干しは酒瓶を取って大吟醸の杯に酒を注ぐ。

鯖の一夜干し「あいつは、危ない。」

純米大吟醸「フン~」

鯖の一夜干し「……彼と僕たちの付き合いは長いですが、彼は自分の目的を少しも漏らしたことがありません。僕たちは本当に彼と協力し続けるのですか?」

純米大吟醸「目的など……本当に重要なものでありんすか?」

鯖の一夜干し「……しかし……」

純米大吟醸「このくだらない鏡の中の世界を面白くしてさえくれるなら、これくらいの危険は安い代償でありんす。」

月見団子「それに、大吟醸にはあなたがいるでしょう。」

 穏やかな微笑む声が二人の後ろから響いた。危険に気づいた鯖の一夜干しがその瞬間体を強張らせる。純米大吟醸鯖の一夜干しの姿を見て笑った。

純米大吟醸「そうでありんすよ、ぬしがあちきのそばにいるし……おや!何故逃げる……」

月見団子「彼は恥ずかしがり屋です、貴方にからかわれる事に耐えられないのでしょう。」

純米大吟醸「からかったのはあちきだけではないでありんしょう。アラ、それは何でありんす?」

 いつも何も持たない月見団子は、今回小さな酒壺を持って来た。酒を嗜む人なら、遠い距離でもその芳醇を嗅ぎつけることができる。

月見団子「今回は私が奢ります。いい加減あの人魚に文句を言われてしまいます。」

 純米大吟醸はさっきのだらだらした様子から一転、すぐ月見団子の隣に行った。彼が酒の香りを嗅いだ際、先程までの酔いが一気に消えた。そして目は夜の灯火のように明るくなった。

純米大吟醸「これはこれは、どこから手に入れた?あちきでもこのような珍品をあまり見た事がないでありんす。」

 月見団子純米大吟醸に酒壺を渡す。青年が酒壺を抱いて顔をほころばせている姿は、まるで天に登る極楽にいるような様子だ。

月見団子「八岐のところで手に入れた物です。彼の島で良い酒がいっぱい出来ているが、彼自身はあまり飲まないので、もったいなくて持って来ました。」

純米大吟醸「彼のところにある物は確かすべて祭式用具でありんす。ぬしは神様を怒らせて業果を受けるのが怖くないのでありんすか?」

 月見団子純米大吟醸の皮肉に返事せず、ただ杯にお酒を注ぐ。杯の中に真っ暗な空が映っている。目をつぶって、口元を笑わせている彼の表情はますます他人が読み取れない寒さを混じえている。

月見団子純米大吟醸は、業果が怖いのですか?」

 純米大吟醸月見団子の手元の杯を奪う。冴えるお酒が青年の口に流れる。そして口から溢れ出たお酒も青年の華服で拭われた。純米大吟醸の笑いが恣意的に、艶かしくなる。まるで地獄の束縛を振りほどいた悪鬼みたいだった。

純米大吟醸「業果?誰がそれを我々に?あのおかしな神様かい?奴は最初からあちきに天罰を与えていたでありんしょう?」


第二章-夜の話

夜桜の下の囁き。

 厚い雲は空を遮る。流れる雲と共に、空もますます暗くなる。鯖の一夜干しは嫌な顔で歩きながら、足元が少しふらついているが、いつも通りの笑顔を浮かべている月見団子を見送った。

月見団子「では、人魚よ、またお会いしましょう。」

鯖の一夜干し「……」

月見団子「いつもイヤな顔をしていますが、そこまで私のことが嫌いですか?一応当時の貴方を正しい道へ導いてあげたでしょう。」

鯖の一夜干し「……」

 月見団子の予想通り、鯖の一夜干しは彼に返事をせず、「極楽」へと戻って行った。

雛子「ウサギ!何をボーっと立っているんだ?薬師がまた閉じこもってしまうだろう!」

あん肝「ひっ、雛子……」

雛子「何よ?!遅刻したあいつが悪いんでしょう!」

 看着满脸愤怒的雏子,和将其抱在怀中一脸委屈的安康魚肝,月见团子不禁轻笑起来。(原文そのまま)

(仮訳:雛子の顔が怒りに満ちているのを見て、あん肝が彼女を間違った顔で両腕に抱えているのを見て、月見団子は笑わずにはいられなかった。)

月見団子「申し訳ございません。お二人を待たせてしまいましたね。で行きましょう。」

 一方。鯖の一夜干しは店に戻り、赤い欄干の上に身体を寄せボーっと人の流れを眺め、時折彼を見て呆けているで人々に向かって手を振る純米大吟醸を見て、ため息をついた。そして、手を伸ばして起き上がらせようとしながら、こう言った。

鯖の一夜干し「今は、まだ陽射しがあります。」

純米大吟醸「鯖、ほら、もうこんな時間だけど、どうしてこんなに人が少ないでありんす……」

 今は暮方の頃、空も暗くなっている。本来は客たちが店に集まって賑やかな時間のはずが、人が極めて少ない。

鯖の一夜干し「「百鬼夜行」が始まってから、人間の客の数が減ってしまいました。」

純米大吟醸「何だい?客が減るとぬしを養えなくなるとでも?」

 既に純米大吟醸の皮肉に慣れた鯖の一夜干しはまた一瞬ぼーっとしていたが、すぐ冷静さを取り戻した。彼は外の人を見ると眉をひそめた。

鯖の一夜干し「ただ……わからない事があります。」

純米大吟醸「何の事でありんすか?」

鯖の一夜干し「「極楽」の経営に影響が出ても、彼と協力を続けている。その本当の意図がわかりません。」

純米大吟醸「ねぇ……鯖……」

鯖の一夜干し「え?」

純米大吟醸「質問がありんす、正直に答えておくんなんし~」

 純米大吟醸の体はまだ欄干に寄り掛かっている。ほろ酔いのまま笑っている。誰も彼の媚びるような目つきを拒めない。

鯖の一夜干し(……僕が質問していたはずなのに……)

鯖の一夜干し「……はい。」

 純米大吟醸が仰向けになって、雲に遮られる暗い空を見る。しかし今の真面目な態度は、鯖の一夜干しが見たことがなかったものだ。

純米大吟醸「鯖よ、もしあちきが空の雲が欲しくなったら、ぬしは取ってくれるかい?」

鯖の一夜干し「…………それは……」

純米大吟醸「くれる?」

鯖の一夜干し「……はい。」

 色好い返事をもらうと、純米大吟醸は飴をもらった子どものように嬉しそうに笑った。首を傾げてそばにいる鯖の一夜干しを見る。

純米大吟醸「じゃあ……もしある日、あちきがこの「金魚鉢」を壊そうとしたら……」

鯖の一夜干し「……たくさん人が死にます……」

純米大吟醸「そうだね、たくさん人が死ぬ。では、ぬしはあちきを助けてくれるかい?」

 鯖の一夜干し純米大吟醸の笑顔を見て、長い間沈黙した。

鯖の一夜干し「……本当に、そう願っていますか?」

純米大吟醸「ああ、これこそあちきが、今最もやりたい事 でありんす。」

鯖の一夜干し「では、代償を問わず、僕は大吟醸様の望みを叶えます。」

 純米大吟醸は自分の前に膝をついている鯖の一夜干しを見ると、珍しく呆けた。だがまた急に笑い出した。

純米大吟醸「ハハハ――」

鯖の一夜干し「……?」

 鯖の一夜干し純米大吟醸が笑っている理由がわからなかったが、それでも彼を引っ張って上げた。

 立ち上がる力がない純米大吟醸はよろめきながらも、しっかり立った。手元のキセルで鯖の一夜干しのあごを軽く持ち上げる。この笑いのない真面目な顔は、鯖の一夜干しでも慣れない。

純米大吟醸「鯖よ……時々、あちきですらぬしの本音が見えない。」

純米大吟醸「あちきの要求なら、全部従うのかい?」

純米大吟醸「ぬしはあちきに忠誠を誓う刀でありんす。しかしその忠誠心は、いつまで続くというのか?」


第三章-酔い醒め

半分夢、半分覚め。

 また夜が来た。街の灯火は暗い空を赤く染め上げる。

 この「極楽」に出入りする者たちの影は、普通の人のそれでない。ある者は優雅にしっぽを揺らす。ある者は触手をうねらせる。最も普通に見える者ですら、何歩か歩いた後、自分の長い髪の上に座って、地面から浮く。

 鯖の一夜干し純米大吟醸の影からゆっくり姿を現わす。一緒に姿を現わしたのは、おかしな匂いがする迎え酒だ。


 この迎え酒の匂いを嗅いだ瞬間、純米大吟醸の本来の得意げな表情が可哀想なものとなった。

 彼は自分の長所を生かすのが得意な男だ。

 ただ……一部の人にはあまり効かない。

鯖の一夜干し「迎え酒でございます。」

純米大吟醸「…………グェ――気持ち悪い!飲みたくないでありんす。」

鯖の一夜干し「召し上がらないから、気持ちが悪いのです。」

純米大吟醸「ぬしはあちきの酒量を信じないのか?」

鯖の一夜干し「いいえ、しかしあそこの方々の酒量もなかなかのもの故。」

純米大吟醸「…………鯖、月見の真似でもしているのか?」

鯖の一夜干し「貴方が言ったのです。もう少し奴を見習い、言葉数を増やせと。早く飲んでください、冷めてしまいます。」

純米大吟醸「飲まぬ――ぐっ――!!!」

 どうにか純米大吟醸におかしな匂いのする迎え酒を飲ませる事が出来て、鯖の一夜干しはホッとした。彼は机に突っ伏しくだを巻いているフリをしている純米大吟醸を無視して、散乱した杯を片付けた。

純米大吟醸「ぬしの心は痛まぬのか!あちきはぬしらのためにここまで働いて、こんなになっているというのに!」

鯖の一夜干し「他人をからかう回数を減らす事が出来れば、少しは楽になるのではないでしょうか。」

純米大吟醸「フンッ……まともな奴は一人もおらぬでありんす。神社と八岐はともかく、あの輝夜姫を守るクソ兎のも厄介だ。」

 鯖の一夜干しはう兎の折り紙を碁盤に置いた、隣にはまだ何匹ものかわいい動物の折り紙がある。

鯖の一夜干し「僕に任せてくださればいいものを。」

純米大吟醸「あちきの目的はあいつらを殲滅することではない。それにそんな事したら、つまらないではないか。」

鯖の一夜干し「……」

純米大吟醸「ハハハハ!!!良い顔をしておる!」

鯖の一夜干し「面白くなる代償が貴方様の身の安全なら、割に合いません。」

純米大吟醸「けれど、充分な混乱がなければ、この「金魚鉢」を壊すことは出来ぬ。」

鯖の一夜干し「……」

 純米大吟醸鯖の一夜干しの沈黙を気にせず、ゆっくりと立ち上がって、窓のそばに行き、真っ暗な空を見上げてた。

純米大吟醸「そうだ……輝夜姫は既にあちきと離れて久しい。いよいよ彼女をこの空に帰らせる時が来たでありんす。」


第四章ー刃の光

振るう刃、冷たい光。

 お酒をたくさん飲んだせいか、純米大吟醸は珍しく未明の前に寝てしまった。部屋を出た鯖の一夜干しは扉を閉めてすぐに、武器を握って後ろの招かれざる客を襲う。だが相手が彼の攻撃を止めた。

鯖の一夜干し「……どうしてまだここにいる?」

月見団子「突然用事を思い出したから戻りました。しかしお二人は何かを相談していたみたいですが」

鯖の一夜干し「どれくらい聞こえた?」

月見団子「どれくらい聞こえたと思いますか?」

鯖の一夜干し「……」

月見団子「人魚よ、どうしていつもそんな不機嫌な顔を見せるんですか?いつ貴方を怒らせる事をしましたか?もしそうなら、謝りますよ。」

鯖の一夜干し「強い実力があるのに、何故弱く見せて他人に守られる事を求めるんだ?」

月見団子「誰かに守ってもらいたいだなんて、そんな事言ったことないですよね?」

鯖の一夜干し「……」

 鯖の一夜干しは自分の武器を仕舞う。そして、冷たい視線でいつも穏やかに微笑む男を見ている。

 鯖の一夜干しはいつまでも、月見団子に初めて会った日のことを覚えている。あの頃の、謎の感情と試された事で、不安が鋭い攻撃となった。

 当たれば、致命的でないにしても、確実に酷い怪我になる。

鯖の一夜干し(!!!)

月見団子「久しぶりですが、やはり貴方は強い。」

鯖の一夜干し「……どうやって避けた?」

月見団子「運がいいだけです。」

鯖の一夜干し「一体何をするつもりだ?」

月見団子「私が何をしたいではなく、貴方方は何をしたいか、です。私は貴方方の手助けをしているのですよ?」

 手合わせを経て、鯖の一夜干し自慢の奇襲は全部無駄になった。

 そしてこのような斬り合いは、鯖の一夜干し月見団子を憚る原因になる。

鯖の一夜干し「「極楽」は準備中だ、帰ってくれ。」

月見団子「わかりました。しかし大吟醸に一つの言伝をお願いします。」

鯖の一夜干し「……?」

月見団子「私の望みは、あの明月だけです。」

鯖の一夜干し「…………明月?」

月見団子「大吟醸は知っていますよ。」

 これまでとは違い、月見団子鯖の一夜干しをからかわないまま去っていった。鯖の一夜干しは彼の後ろ姿を見ながらさっきの言葉の意味を考える。しかし最後まで結論は出なかった。

 部屋に戻ってみると、眠っていたはずの純米大吟醸がなんびりと机のそばに座っていて、歌舞伎町の子どもたちの間で流行っている本を読んでいた。

純米大吟醸「むかしむかし、月の名を持つ巫女がいました。」

鯖の一夜干し「……月ですか?」

純米大吟醸「月の名を持つ巫女は山で隠居生活をしていました。ある日突然、世界は赤い炎にのみ込まれ、巫女は命を捧げて衆生を救ってくれました。巫女の死に神は激怒し、衆生に有罪の審判を下し、罪を犯した人々を永遠に離れられない無間地獄に閉じ込めました。」

鯖の一夜干し「……」

純米大吟醸「今は……月を見たことがない人も多いでありんしょう。鯖、ぬしもまた月を見たいか?」

第五章ー初見

初見の頃。

 体が痛い、そして温度も耐え難い。

 鯖の一夜干しはまだ覚えている。自分はまだあの乱戦の中にいる。だが今は昔の頃に戻った。


 彼がまだ人類に「人魚」や「妖怪」などと呼ばれていた頃。あの空に懸かる白い円盤を何度か見たことがある。

 彼はここから離れたい。この抑圧された場所から離れ、より広い海に行きたい。

 けど、この大陸は落ちた明月に呪われていた。伝説によると、月がない夜は、誰もここから離れられない。

 また月が登る夜だがやって来た。また大きな波にさらわれて陸に帰ってきた。霊力が底を尽き、彼を見つけた子どもたちもは悪感のために彼を殴る。

 彼は災難の象徴である「人魚」だったから。

鯖の一夜干し(僕は……まだ死んでは……いけない……)

 突然、誰かが月光を背負ってやってきた。その目は綺麗だが、光がない。

鯖の一夜干し(……助……けて……)

 自分の呼びかけが聞こえたのか、その人はゆっくりとゆっくりと自分の前に来て、そっとしゃがんだ。

 鯖の一夜干しは目の前の人を見る。この美しい青年が何を言っているのかはっきり聞こえなかった。しかし青年の体から同じ「化物」の気配を感じた。そのため鯖の一夜干しは震えながら手を伸ばす。

鯖の一夜干し「助けて……お願い……」

純米大吟醸「所詮つまらない世界、なぜまだ生きたいのでありんすか?」

 青年が無慈悲な台詞を言う。けど鯖の一夜干しはこの言葉から彼の微妙な気持ちが聞こえた。

 彼は本当にこの世界は何も面白くないと思っているのだ。

純米大吟醸「もしかして、頑張ったら何か面白いことがあると思っているでありんすか?或いは他の理由がありんす?教えてくれれば、助けてあげられるかもしれないでありんすよ。」

 なぜか、このような両目に直面して、鯖の一夜干しは初めて本音を吐いた。

鯖の一夜干し「頑張れば……外に……何があるかわかる。頑張れば……いいことが……」

 その青年は長い間何も喋らなかった。鯖の一夜干しは彼が去ったと思った。しかしまたあの綺麗な声が聞こえた。彼がもう一度顔を上げると、もともとは何の輝きもなかった目が驚くほど光を放っていた。

純米大吟醸(綺麗……)

純米大吟醸「……それなら、頑張りなんし。もし最後まで頑張れたら、是非あちきにいいことがあるか否か教えてくんなまし~」

 指先から暖かい力が自分の体に伝わる。崩れそうな体も霊力が回復したお陰で少し戻った。鯖の一夜干しはやっと立ち上がる力を取り戻し、顔を上げて自分を救ってくれた者を見ようとした。しかしもう目の前には、明るくないが、優しい光を放つ明月しかない。


 それからずいぶん経った、あの月が急に空から落ち、二度と現れなかった。鯖の一夜干しも自分の目標を失った。

 彼はあてもなく歩いている。突然、あの青年の目を思い出した。

鯖の一夜干し(彼は……どうなったか……)

 どうして歌舞伎町に来たのか鯖の一夜干しはわからない。ただいつの間にか歌舞伎町に来ていた。ここでは人間でも「妖怪」でも、ほのかなおしろいの匂いを帯びた柔らかな肢体が情熱的に湧き上がり、濃厚な香気が酒の濃さを混ぜている。全てがこの少し涼しい夜に得体の知れない焦りを与えている。

 急に、夜桜を挟んだ風がこの濃い香りを吹き散らした。全ての音がその瞬間止まる。

 赤い階段を降りている人は、あの青年だ。鯖の一夜干しが彼の姿をじろじろ見ている。

 ……彼は、一体何に出会ったのか?今の姿はあの夜の月のように耀かしいが、あの頃よりもっと寂しい。


月見団子「どうです?私は間違っていないでしょう。あの日海から戻った後、彼はまるで別人になった。「人魚」さん?」

 鯖の一夜干しは夢から覚めた。体の傷口もさっきの激しい動きのせいで引き裂かれた。痛みのせいか、或いは夢に現れるあの笑顔のせいかわからないが、たくさん生汗が出た。

 よく考えれば、歌舞伎町に来たのも、月見団子が村に突然現れた男こそ新たな歌舞伎町の花魁だと言ったからだ。

 純米大吟醸に会った後、彼に過去の自分が望んだことを言った。話を聞いた純米大吟醸はこの少し怖い計画を進めようと決めた……

 自分の意志で純米大吟醸を支えているが、この図られたような感覚のせいで、月見団子に対して、彼は警戒心を持っている。

油揚げ「ウサギ!いつまでここにいるんだ!オレ様を遊びに連れて行ってくれるって言っただろ!」

月見団子「シーッ……怪我人が休養をしています……」

油揚げ「そんなのどうでもいい!この大ウソツキ!!!」

 子どもの声で鯖の一夜干しは頭が痛くなった。自分の寝台のすぐそばで人目も憚らずに言い争っている二人に、不満そうな視線を送る。

鯖の一夜干し「……うるさい……」

月見団子「あ、起きましたか?傷はまだ治っていません。そんなに興奮しないでください。」


第六章ー怪我

体の傷口は勲章ですか?

月見団子「まあ、酷すぎる怪我ではない。人間じゃないですし、二、三日休めば治ります。」

 鯖の一夜干しは隣の男を警戒しながら、彼の笑顔を見ると、何回か後ろの武器を持ち出したくなった。

月見団子「人魚よ、怪我はまだ治っていないんだから、興奮しないでください。」

鯖の一夜干し「チッ――」

月見団子「ほら、傷口がまた開いています。でも目が覚めたのなら、問題なさそうですね。」

純米大吟醸「迷惑をかけた。」

月見団子「どういたしまして。しかし私がここにいたら、彼は休めないでしょう。お先に失礼します。」

純米大吟醸「ああ、今度酒を奢る。」

油揚げ「ほらほら、早く行こうぜ!早く行かないと、朝になるだろう!」

月見団子「はいはい、わかりました。」

 純米大吟醸月見団子を見送った。今の彼の顔は珍しく強張っている、更には少し怒っているみたいだ。

 でも次の瞬間、いつもの笑顔に戻った。そのまま鯖の一夜干しを見るが、目は一切笑っていない。

鯖の一夜干し「……大、大吟醸様……?」

純米大吟醸「え?」

鯖の一夜干し「……あの……怒っていますか?」

純米大吟醸「そうね、とても、大変、非常に怒っているでありんす。」

鯖の一夜干し「……」

 鯖の一夜干しは言葉で自分の気持ちを表すことが苦手で、純米大吟醸の話を聞いたら、さらに何を言うべきかわからくなっていた。

 大吟醸は小さな机と清酒を運んできた。杯を鯖の一夜干しの手元に置いた。そのニコニコしている様子を見て、鯖の一夜干しは再び生汗が出た。

鯖の一夜干し「僕……」

純米大吟醸「ぬしはあちきのためなら何でもしてくれると言ったでありんしょう。では、この酒を飲みなんし~」

鯖の一夜干し「……うっ。」

 辛いお酒が鯖の一夜干しの喉に流れた、お酒に弱い彼は死ぬほど苦しんでいた。

純米大吟醸「どうしたでありんす?あの頃は侍従としてあちきのそばで支えたいと言っていたでありんしょう。」

鯖の一夜干し「……」

純米大吟醸「では何故そんなに死に急ぐ?後悔したでありんすか?」

鯖の一夜干し「そのような考えはございません!ゴホゴホゴホ……」

純米大吟醸「止まるな、飲み続けて~」

鯖の一夜干し「……」

 鯖の一夜干しは酒を飲み干した。酔いが回ったのか、彼は立ち上がった大吟醸を引き留める。

鯖の一夜干し「ち……違う……」

 大吟醸は不機嫌な顔して、ゆっくりと鯖の一夜干しの前にしゃがみ込んで、彼の顔を力いっぱいつねった。

純米大吟醸「あちきが欲しいのは、これくらいのことのために自分の命を賭ける愚か者ではなく、あちきのそばに立って、一緒にもっと面白い世界を見てくれる奴だ。こんなことがまた起こるようなら、あの冷たい海に戻りんしょう。」

鯖の一夜干し「僕……」

純米大吟醸「覚えてくんなまし、ぬしはあちきのものだ。死ぬ時でも、あちきのそばで死ぬことしか許さない。こんな小さなことで、ぬしが消えることは決して許さない。」

鯖の一夜干し「……はい!」


第七章ー忠誠心

理解できない忠誠と信頼。

 赤い月がなくとも、空は妖しい力で紅葉のような鮮やかな赤色に染まる。夜桜も淡い紅色に輝いている。

 人間たちは扉の後ろに隠れている。やんちゃな子ですら自分の親に目と口を遮られて、静かにさせられていた。

 灯の影が重ねられ、下駄が地面を蹴り、コツコツとした音を鳴らしている。気品高い神輿から降りた者は長い袴を引きずっている。そして、狐の尾が見える。

 全ての人、或いは「妖怪」は華麗な仮面を被っている。

 全員異類、統率する者なし、つまり強い者が勝者だ。

 強い力を身につける異類たちは、人間のように知恵と計略で互いを排斥し合う必要がない。ここでは力こそ全てだ。

 勝利すると、次の「夜行」までこの主のいない土地を支配できる。

 全員が異類であるからこそ、自分の欲望を隠す必要がない。

 鯖の一夜干しも自分の「人魚」の仮面を被って乱戦に参加した。規定によって、仮面を被らない者を襲うことは禁止されている。

 純米大吟醸はゆっくりと酒を池に注ぐ。そして現れた波紋を観察する。

油揚げ「ぐぅ……へへへっ……美味しい……」

純米大吟醸「ぬしは……いつから子狐たちのお守りになったでありんす?」

月見団子「それは……事情があったので……」

純米大吟醸「まあいい、そういう心温まる話に興味ないでありんす。」

 沈黙が続く。しばらく油揚げの訳のわからない寝言しか聞こえない。そのせいで平和な雰囲気が出来上がっていた。

 しかし、それはまやかしにすぎない。

月見団子「彼一人で行かせるなんて、本当に大丈夫ですか?」

純米大吟醸「ぬしもあの小僧一人で行かせたでありんしょう。」

月見団子明太子の生命力は強い、そして雲丹も見守っています。しかし……あの人魚がこの乱戦で死んでも、あの計画はまだ続けるつもりですか?」

純米大吟醸「彼は死なない。」

月見団子「ほう、そんなに自信があるのですか?」

純米大吟醸「あちきのそばにいたいなら、こんな小さなことでは死なないでありんしょう。」

月見団子「小さな事?……これさえ小さい事であるなら、大事とは如何に?」

純米大吟醸「今のこの金魚鉢の中にいれば、見えないのは当たり前でありんしょう。小さな金魚鉢では、大事がないのは当然でありんす。」

月見団子「貴方はいつも私に何を求めてるのですか?そして……お二人は相手に何を求めていますか?」

 特殊な「鰭」で戦場の影、土、壁の中を通り抜ける鯖の一夜干しの姿を、純米大吟醸は手元の杯を持ち上げながら見ていた。この杯は精巧であるものの、杯の底に一尾の小さな黒い魚が彫られている。その魚は酒を注がなければ見えない。

純米大吟醸「それは重要なことでありんすか?あ奴はあちきに忠誠を誓っている、あちきはあ奴のことを信じている。あちきらの望みは、今よりもっと面白い世界に過ぎぬ。」

 月見団子は珍しく呆気にとられていた。手元の杯を置いて、訝し気に純米大吟醸に尋ねる。

月見団子「大吟醸、教えてください、この全ては彼のためですか?それとも自分のためですか?」

純米大吟醸「シーッ……面白くなるなら、誰のためだとか、そんなのどうでもいいでありんしょう?」

月見団子「ハハハハハ!仰る通りです。計画がうまくいくなら、誰のためであろうと、どうでもいいことですね。」

月見団子「しかし、貴方の人魚はずっと僕を狂人だと言う。私に比べ、お二人の方がより狂っているように見えますよ。」


第八章-鳥籠

鳥籠で構築された世界。

 桜の島の歌舞伎町は、夜しかないところだ。

 ここの夜はいつも色とりどりの灯りによって、暖かで曖昧な色彩が映る。だが「百鬼夜行」が始まって以来、ここはかつてのような賑わいがなくなった。

 「極楽」だけは例外だった。他の店の営業状況が悪化しても、「極楽」だけは商売繁盛していた。

 ただ、客たちは普通の人ではないようだ。

雛子「まずい!新鮮な肝なんかじゃない!」

純米大吟醸「アラ、新鮮な肝じゃないかもしれないけど、上等なガチョウの肝でありんす。生の肝を丸呑みするより、店で上品に頂いた方がぬしに似合っているよ、雛子嬢〜」

雛子「フンッ!当たり前よ!」

あん肝「良かった……雛子……楽しそう……」

雛子「バカ!何ヘラヘラ笑ってんの!早く食べ物を詰めて、館主のお姉さんがあたしたちの帰りを待っているんだから!」

あん肝「あっ!わっ……わかった……雛子……怒らないで……」

雛子「バカ!怒ってないんかないよ!」

 他の客を見送った後も、月見団子はまだ大吟醸の店に座って酒を飲んでいる。

純米大吟醸「今日はあの小僧は来ないのか?」

月見団子明太子?昨日またタコわさびと喧嘩しましてね、その拍子に私が収集した絵を汚したので、今は庭で吊られて反省しています。」

純米大吟醸「あ奴はぬしのボスではないでありんすか?」

月見団子「ボスこそ、良い手本を示さなければならない。」

純米大吟醸「二番手であるぬしの方が本当に厳しいでありんすね。」

月見団子「あの人魚ちゃんは?また私を避けているのですか?」

純米大吟醸「あ奴には仕事を頼んだ、そうでなければまたぬしを襲い掛かっていたでありんしょう。」

月見団子「やれやれ、昔の事をまだ根に持っているんですね。お二人は相性が良さそうですけど。」

純米大吟醸「思い返せば、時々あちきを訪ねてきて酒を飲むのもわざとでしょう?」

月見団子「いえ、せっかく飲み仲間を見つけたので、時々お邪魔しに来ているにすぎませんよ。」

 純米大吟醸月見団子の笑顔を見ると、何も言えずに彼にお酒を注いだ。

 月見団子が彼を利用していることに対して、彼はあまり気にしていない。

 何といっても、ここは歌舞伎町、老若男女誰でも他人を騙して利用するところだ。逆に……月見団子の策で自分の信頼できる仲間を連れて来てくれたことに対して、少しではあるが感謝な気持ちが生じていた。

月見団子「貴方たちが出会ったのは僕の計算の結果、彼が貴方のそばに残ったことも私の想定内です。しかし、彼が本当に貴方を主として扱うとは思わなかった。だから私はずっと気になっていた。あの異常な忠誠心は、一体何なのですか?」

純米大吟醸「シーッ――ぬしに教えらりんせん、これはあちきに奥の手がなくなってしまうからね。」

 純米大吟醸はやや得意げに自分の杯を回しながら、あの日のことを回想し、そっと笑った。

鯖の一夜干し「あの、もし、この鳥籠の外に、もっとよい、もっと面白い世界が存在すれば……貴方は、もっと楽しく笑うことができますか??」

純米大吟醸「……それが本当に存在しているなら、どんな代償を払っても、あちきは絶対に鳥籠の外の世界を見にいくでありんしょう。」

 鯖の一夜干しは少し驚いて純米大吟醸を見る。この何にも興味がない青年はこんな言葉を言うと思わなかった。青年は手を高く持ち上げる。鯖の一夜干しは青年の指の隙から明るい空が見えた。青年の笑顔は月より明るくなった。

純米大吟醸「もしそんな日が本当に来たら、ぬし……あちきと一緒に見にいかない?」

鯖の一夜干し「……な、何を?」

純米大吟醸「鳥籠の外の世界だ。きっとこの鳥籠より面白いでありんしょう……」


終章ー世界

この世界に面する時に、何を求めるべきだ?

 桜の島には、数え切れないほどの伝説がある。

 例えば、人類の力を超えた「妖怪」と「怪物」。

 例えば、その「妖怪」を支配する「陰陽師」。

 例えば……

 たまに、空から優しく大陸を照らす「輝夜姫」。

 しかし、ある日地に落ちた「輝夜姫」はこの大陸に呪いを残した。

 月が再び空に現れた時だけ、この大陸の人たちはここから離れることができる。一方、月と共に現れるのは、大きな風と波だ。

 そして離れた人たちは、神様の罰を受けて、二度とこの大陸には戻れない。

 全ての人々はこれをただの古い伝説として考えている。

 神社の高貴な神鏡が割れた。その瞬間、暗空から無数の雷が落ち、まるで土地を引き裂こうとしているかのようだ。

 いくつかの人影がゆっくりと神社を出てきた。彼らは冷ややかで、薄い笑みを浮かべている。

純米大吟醸「フゥ――結構疲れたでありんすな、流石……神様の罰だ。」

月見団子「ええ。しかし、これはただの始まり、後悔しているならまだ間に合いますよ。」

純米大吟醸「はぁ……ぬしはあちきが中途半端な事をするようなひとだと思っているでありんすか?怒るわよ~」

 月見団子の笑顔を見れば、そばにいる二人が後悔しているとは思っていない事は明らかだ。彼は空を仰ぎ、消えた明月がある方を見て、狩衣に潜んでいる手を握り締めた。

月見団子「……これが一つ目。」

純米大吟醸「一つ目か……」

 純米大吟醸も空を仰ぎ、絶えず落ちる雷が桜の島の規則を破った者の空を罰している様子を見た。

月見団子「どうです、まさか一つ目でこのような仕打ちを受けるとは。満足いただけましたか?」

純米大吟醸「ククッ、こうでなければ。あちきが掛けた労力に見合わないでありんす。ここから出られないのなら、この籠を壊してしまえばいい。これは鯖が教えてくれたことだ……ねぇ?」

 純米大吟醸は返事をもらえなかった。彼は振り返って自分の後ろに立っている鯖の一夜干しを見る。

純米大吟醸「……鯖?どうした?」

 鯖の一夜干しは引き裂かれそうな海を見る。あの遠い海で、彼らの見たこともない陸地が現れた。しかし稲妻が落ちた後再び消えてしまった。不思議なことに、眩しい稲妻の中でも彼は目を離さなかった。

鯖の一夜干し「うっ?!」

 鯖の一夜干しは額を手で覆い、やっと純米大吟醸が彼にデコピンしたことに気がついた。

純米大吟醸「見惚れているのか?これから、きっと、もっと面白い事がぬしを待っているでありんす。」

鯖の一夜干し「……はい!」


歌舞伎町 

庭の一隅

竹の庭。

 豪雨が止んだ後の晴れ、鹿威しの音が飛び石の間に響く。夕方は一日中最も清閑な時のはずだが、この庭は大変忙しい。

 少し暗い赤の雲が風とともに遠いところへ行く。月見団子は温かいお茶を持っている。そばでみたらし団子がいくつか並べられている。

 他の人たちは忙しく何かを準備しているが、彼だけは離れた所で別のことをしていた。

 手持ち無沙汰な自分が気になったのか、月見団子は三色団子を持って労働中の者たちの傍に行った。

月見団子「根詰めすぎですよ、少し休憩してはいかがでしょうか?」

舎弟「月見さんこそ、座っていてくださいよ!今回の花火大会絶対勝ってみせます!ボスの顔を潰したくないんです!」

月見団子(……ただ花火を上げるだけでしょう、顔を潰すことと何の関係があるのでしょう?)

月見団子「……わかりました。では頑張って下さいね。」

舎弟「ご安心ください!!!おい!お前ら、サボるな!絶対に最高の花火を作ってあの壺に入り込んでいるタコ野郎に目に物見せてやる!」

月見団子(……誰もが貴方たちのボスみたいにおバカだと思っているのでしょうか?)

 月見団子は長いため息をつくと、部屋に戻って最近の報告をまとめ始めた。


 桜の島の昼が非常に短い。瞬く間に空は真っ暗になった。

 月見団子は机の上に置いた蝋燭を灯した。蝋燭の明かりを使って、雲の中に隠れてい月の姿を描こうとした。

 月見団子はこの光の中で絵を描いていると、突然誰かが駆け込んで来た。

舎弟「月見さん!大変です!」

 その声を聞いてびっくりした月見団子は、月が懸かる場所に黒い墨のかたまりをこぼした。

月見団子「……はぁ。何を騒いでいるのですか?」

舎弟「月見さん――あの、またボスがあの壺に引き込もっている奴と喧嘩し始めました!」

月見団子「……」

舎弟「ものすごい剣幕です!」

月見団子「やれやれ、相手に致命傷を負わせた事なんてないですし、そんなに急ぐ事はないでしょう。」

舎弟「何?月見さん何か言いましたか?」

 つい本音を吐いてしまった月見団子は口を噤み、咳払いでどうにか誤魔化した。

月見団子「コホンッ!いいえ、何でもないです、案内してください。」

舎弟「はい、こちらです!!!」


逢魔之时

赤い夜、いざ逢魔の刻。

 魑魅魍魎が百鬼夜行を行う時、それはつまり逢魔が刻だ。

 全ての人間は部屋の扉を閉じる。微かに明かりのある部屋から、たまに好奇心を持つ子どもが外のことを盗み見ることがある。

 桜の島の夜が長くなるにつれて、夜の帳が下りると、たまに怪しい煙が歌舞伎町に蔓延する。

 ここに集まるのは、闇に潜んで魂を食らう目の持ち主だ。彼らは普通の人とは違う姿姿を持ち、歌舞伎町を神秘的な色を染める。昔の賑やかだった花魁道中に取って代わったのだ。

 伝説によると、逢魔が刻に煙と共に現れる「人」は、「人」が持たない力をもっているとされる。

子ども「お兄さん!逢魔が刻に出かけると、「あいつら」に喰われるよ!」

 まだ何歩も出ていないのに、月見団子の袖は扉の隙間から出てきた小さな手によって掴まれた。

月見団子「……おや?」

 頷いた子どもの表情は、月見団子への心配でいっぱいだ。

 コツ――コツ――

 遠くないところから下駄の音が聞こえて来る、町から最後の灯の消えた。扉の隙から盗み見る人も扉をしっかりと閉じた。

 月見団子は振り返って、扉の後ろに隠れて、怖くて丸くなっている子どもを見る。

月見団子「そんなに怖がってるのに、どうして私に声をかけたんですか?」

子ども「「あいつら」にお兄さんを食べられたくない!お兄さんは弱そうだから!」

月見団子「あいつら?」

子ども「うん!母さんが「あいつら」の名前を直接呼んじゃダメだと言ってた!そうじゃないと声に合わせて探して来るって!お兄さん早く入って。」

 月見団子は子どもの好意を拒まない、彼に引きずられて部屋に入りしっかりと扉を閉めた。そして、彼は子どもの頭を撫でた。

月見団子「どうして「あいつら」が怖いんですか?」

子ども「お母さんが、言う事を聞かないと「あいつら」は僕を捕まえて食べるって!あいつらは子どもを食べるのが大好きだから!」

月見団子「こんな小さな子どもを食べてどうするんですか?」

子ども「美味しくない子どもはもっと悲惨だよ!法術を掛けられて、毎日働かされてご飯も食べられないらしいんだ!」

 痩せ細った青年がこの様な言葉を聞いたら、人形に肝を与える手が止まって固まるだろうな……こう考えた月見団子は思わず笑い出してしまった。子どもはそんな彼を見て、心配した様子で言葉を続けた。

子ども「本当だよ!お母さんは月と昼はあいつらに食べられたって言ってた!あいつらはまず月を食べて、そして少しつず昼を食べたんだって、だから昼が短くなったの。あの……月がどんなものかは知らないけど……でもおばあちゃんは月はとっても綺麗だったと言ってたよ!」

 月見団子は子供の真剣な表情を見て呆けた、子どもが彼の袖を引っ張ってやっと我に返る。

 コツ――コツ――

 ただ彼が口を開く前に、近づく足音が彼を止めた。穏やかな笑顔を見せて、子供の髪を再び撫でた。

月見団子「月は本当に綺麗ですよ。」

子ども「え?」

 子どもは月見団子の話の意味が理解出来ないでいた。そして突然子どもの目の前で扉を開けたため、子どもは驚いた。

子ども「おっ、お兄さん!何をしてるの!早く閉じて!」

 月見団子は子どもの手を振り払い、仮面を被る。濃霧の中揺れている灯火によって、この簡単な兎の仮面は妖しく見えた。そんな彼を見た子どもは驚いて、後ずさりながら地面に座り込んでしまった。

 月見団子の後ろに見える赤い目を、子どもは扉の隙間から盗み見たことがある。たった一目しか見ていないのに、彼は大いに驚いて、一ヶ月もの間ちゃんと眠れなかった。月見団子は地面に座っている子どもに優しい笑顔を見せる。しかし今の彼にとっては、この笑顔からは恐怖しか感じられない。

月見団子「私は月を取り返す。」

 月見団子は触れていないのに、扉は自動的に閉じた。地面に座っている子供が大きく口を開けて、ぼんやりと彼が離れた方向を見ていると、屋内から女の声が聞こえた。

住民「次郎――また盗み見ていたのか!悪夢を見たいのかい?早く寝な!」

子ども「……お母さん、僕、彼らが見えた……」

住民「バカなことを言ってないで、早く寝な!あれは見てはいけないものだ!」


歌舞伎町

歌舞伎町の昼

 伝説の「百鬼夜行」の日を覗けば、歌舞伎町は至って普通な町だ。

 外界が想像しているような事はない。昼が短いといっても、人々は昼のうちに用事を済ませたいため、町に出る人は多い。

 子どもは友だちと遊び戯れ、隣人同士は世間話をする、そして……

うな丼「えええ!!!おい――やめてくれ!水を撒くだなんて酷すぎるでござろう!豚骨ラーメン!!!おいっ――」

 外に逃げたばかりのうな丼は水を避けて、店内の豚骨ラーメンを見る。

豚骨ラーメン「ただ食いばっかりじゃなく、皿洗いすらまと出来んなんて、酷かとはどっちだ?今日こそ金ば払うてもらう、そうやなかと飯抜きだ!」

うな丼「おいっ!お主のために拙者が何人のチンピラを追い払ったと思う?うわっ!水を撒くな!あああああ、申し訳ないでござる……えっ?」

 水を避けていたうな丼は後ろの人の足を踏んでしまった。綺麗な靴に足跡が残されたのを見て、急いで振り返ると、月見団子だと気づいた。

うな丼「あっ!お主は!軍師殿か!!!!!お主もこの町に住んでいるのか!!!!!」

月見団子「……うっ、うな丼ですか。どうして貴方がここに……将軍は……」

 「将軍」と聞いたうな丼の表情は少し固くなったが、すぐ笑顔になって月見団子の肩に腕を回した。

月見団子「そう言えば、本当に久しぶりですね。しかし貴方がここにいるなら、先程の懐かしい声はもしかして……」

 豚骨ラーメンうな丼が肩を組んでいる者を見ると、同じく驚いて目を丸くした。

豚骨ラーメン「……軍師?!アンタもここにおったんか?!」

月見団子「気のせいだと思いましたが、本当に豚骨ラーメンだとは思いませんでした。」

 旧友に会った豚骨ラーメンは珍しく嬉しそうにしていた、表情も少し柔らかくなっている。

豚骨ラーメン「元気にしとったか?あそこば離れて以来、誰ん消息も掴めとらん……」

月見団子「まあまあですね、小さな居場所を見つけて、静かに暮らしていますよ。」

豚骨ラーメン「それは何よりたいっ!さあ、ウチで一杯どうだ?」

月見団子「また今度にします、他の友人と一緒に花見をする約束があるので。豚骨ラーメンも一緒に来るなら大歓迎です。」

豚骨ラーメン「……ウチは店番しなくちゃ。また今度な、良い酒ば用意しとく。」

月見団子「わかりました。では、お先に失礼します。」

 しかし、豚骨ラーメンの笑顔は長続きしなかった。ひょいっと店に潜り込もうとしたいたうな丼を引っ掴んだのだ。

豚骨ラーメン「アンタ、いつ入ってよかって言うたー?!」


ラーメン屋

小さいなラーメン屋

うな丼「いった……あの女はどうしてあんなにも暴力的でござるか!」

 店への進入に失敗したうな丼豚骨ラーメンによって店外に放り出された。地面に座る彼は少々きまりが悪そうに月見団子を見る。

月見団子「……大丈夫ですか?お二人は……どうしたのですか……」

うな丼「あまり大したことではない。ただ茶碗を洗う時に、茶碗6個、皿3枚を壊しただけだ。後で新しいのを買ってやるつもりでござったのに。」

月見団子「なるほど。」

うな丼「まあ、そんな事どうでもいい。誰かと酒を飲みに行くのか?拙者を連れて行ってくれ。」

 月見団子はまた肩に腕を回され、そしてうな丼の笑顔を見ると、首を縦に振って同意した。


 「極楽」、歌舞伎町で最も有名な店にして、最も良い酒がある店だ。

 値段も最も高い。

 いつでも金欠なうな丼は少し不安になった。

 恐る恐る他の客を観察して、再び月見団子を見る。

 月見団子は質素な格好をしている。億万長者のように財力があるようには見えない。

うな丼「軍師よ、今逃げればまだ間に合う!この店は値段が高いので有名でござる!何枚の皿を洗ったら払えるのだろうか!」

月見団子「大丈夫ですよ、今日は飲み放題です。おごってくれる方がいますから。」

うな丼「飲み放題?ここの酒一本で、豚骨ラーメンの店の半年分もの給料が掛かるだろう!」

月見団子「大丈夫です、今日は……」

 月見団子の話はまだ終わっていなかったが、外の声に邪魔された。二人が振り向くと、あまり姿を見せない「極楽」の店主が見えた。

 外套が彼の腕にまでずり落ちていて、息を吐くと、薄い煙が彼の体のそばをゆらゆらと巻き、彼の艶やかな外見に朧な美感を纏わせた。

 彼は人をからかうような笑顔を浮かべたある男の側に近づき、店の入り口まで見送った。

純米大吟醸「では、また今度~」

 その男の馬車が出発した後、純米大吟醸は振り返って、店内の人を無視して、月見団子を見つけた。

うな丼「えっ!あの方は軍師殿を見ているようです!確かこの「極楽」の店主でござろう!えええ!なんと!!!」


旧友

旧友との飲み会

 うな丼の驚いた視線を浴びて、純米大吟醸は彼らのそばに近づいた。顔には眩しいほどの笑みが浮かんでいる。

純米大吟醸「アラアラ、今日は何か御用ですか?もしかしてあちきの事が恋しくなった~」

うな丼「拙者?ん?んんん?!!!軍師?!!!!」

 純米大吟醸月見団子の間に挟まれたうな丼は驚いた目で両者を見渡した。月見団子は少しも恥ずかし気なく、普通の友人と話すように答える。


 他の客に見せたくないため、大吟醸は二人を連れて、「極楽」の裏庭に案内した。「極楽」の裏庭には一本の巨大な桜がある。大吟醸にとってはどう使えば良いかわからないものだが、月見団子が来る度に、いつも満開になっている。

うな丼「さすが軍師!こんな凄い友人がいるとは!!!そして酒もうまい!!!」

純米大吟醸「ほら、これこそあちきの正しい扱い方でありんす。この月見団子は、「まあまあですね」としか言わない、つまらぬ奴だ!」

うな丼「アハハッ、店主は拙者と気が合うようだ!これからここいらで店主に迷惑をかける輩がいたら、拙者の名前を出せば良いでござる。」

純米大吟醸「では、これからもよろしくね~」

 うな丼純米大吟醸の「引き止め」を聞いても、お酒を飲み続けて月見団子との昔話を続けた。月見団子はため息をつくことしかできない。

 月見団子も一杯飲むと、顔が少し赤くなった。いっぱい喋ったうな丼は既に飲み潰れたため、彼も前より少し緊張が緩んでいた。

純米大吟醸「ぬしの友人は、面白いでありんす。」

月見団子「ええ。」

 月見団子のうわの空の返事を聞いた純米大吟醸は微かに口を尖らせた。彼は月見団子が真っ暗な空を仰ぎ見る様子を見ると、再び一杯を飲み干した。

 月見団子にとって芳醇な酒は水のようなものであり、手が止まらない。三人の中で彼が飲んだ量は最も多いが、酔いは最も浅い。彼は振り向いて、今日よく「物分かり浴」彼を邪魔しなかった純米大吟醸を見る。

月見団子「どうしましたか?何か良い事でもあったみたいですね。」

 純米大吟醸月見団子にずるい笑顔を見せた。目尻がかすかに曲がって頭を揺り動かす姿は少し子どもっぽさすら感じた。

純米大吟醸「そうね、この世にはいつでも艶かしい、けど脆く壊されやすい。だからあのような姿を見せたら、彼らはあちきのために全ての問題を解決してくれるものだ。お願いする事なくね~」

月見団子「……本当に、たちの悪い。」

純米大吟醸「ぬしの借金もそういう奴らの懐から出たものでありんす。」

月見団子「……」

純米大吟醸「はははっ、気にせず飲み続けよう!」


明月

分かた友。まだ望んでいる全て

 飲み続けると、月見団子もほろ酔いになり、ふらふらと立ち上がった。

純米大吟醸「え―っ、もう帰るのか?」

月見団子「これ以上は無理です。」

純米大吟醸「ではこの「極楽」で一泊するのはいかがでありんしょう?空き部屋はいっぱいあるからね〜」

 月見団子純米大吟醸のそばの影を見ると、優しい笑顔から皮肉的な表情に変わった。

月見団子「酔い潰れるのは別にいいのですが、しかしあの人魚の前で酔って眠ってしまったら、殺される可能性が高いので。」

純米大吟醸「あちきの鯖はそんなに乱暴な事はしないよ~」

月見団子「私は騙されやすい客ではありません、あの人魚には武器を収めるよう言ってください。帰ります、毎回こんな風に警戒されたら、疲れてしまいます。」

 純米大吟醸の笑顔が少し固くなった、そして無実な表情で月見団子を見る。声も少しつらそうなものになった。

純米大吟醸「あちきはただの弱い商売人でありんす。防衛手段を持つのは仕方ない事でありんしょう?」

 純米大吟醸の返事を無視して、月見団子は地面で寝ているうな丼を引っ張り起こして、一緒に「極楽」から出ていった。純米大吟醸は自分の影に潜んでいる者と対話を始める。

純米大吟醸「チッ……言ったでありんしょう、毎回そんなに警戒しないでいいと。」

鯖の一夜干し「……あいつは危険です。」

純米大吟醸「はぁ、言う事を聞きなさい、もういい、せっかくの酒を飲めるのに、出て来ないなんて。あちきは酔った、抱えて部屋に連れ戻せ!」

鯖の一夜干し「…………」

純米大吟醸「その顔、どういう意味?酔ったと言ったら、酔ったでありんす!」

鯖の一夜干し「はい。」


 豚骨ラーメンの店の外。

 ドンドンッ――

豚骨ラーメン「閉店した、また明日来てくれん。」

月見団子「私です。」

豚骨ラーメン「おや!来たんか!」

 慌ただしい足音と共に頭を洗ったばかりの豚骨ラーメンが店の扉を開いた。しかし強いお酒の匂いを嗅いだ彼女は少し眉をひそめた。

うな丼「ゲフッ――拙者……まだいける……」

豚骨ラーメン「…………どんだけ飲んだんや?」

月見団子「気付けば、飲みすぎていたみたいです。どこに住んでいるのかわからないので、こちらに来ました。」

豚骨ラーメン「……外で野垂れ死れば良かとに。ありがとう、軍師。」

 文句を言った豚骨ラーメン月見団子からうな丼を受け取った。月見団子豚骨ラーメンに別れを告げると、彼女は月見団子の名を呼んだ。

豚骨ラーメン「……月見団子。」

 先程とは異なる語り口が聞こえて、月見団子が振り向くと、冷ややかでなおかつよそよそしく警戒する豚骨ラーメンの顔が見えた。

豚骨ラーメン「アンタが「逢魔が刻、百鬼夜行」の噂ば立てる理由はわからんが、うちでもこんバカでも、ただ平和な日々ん中で暮らしたいだけや。ウチはアンタの争いに参加すつもりはなか。お願いだ、昔んよしみで、ウチらば巻き込まんでくれ。」

月見団子「……何の話でしょうか?噂とは?それは勝手に皆が噂し始めたものでしょう?」

豚骨ラーメン「それならよか。ただ、いつかこん手でアンタば殺める事にならん事だけば願うばい。」

月見団子「……」

豚骨ラーメン「軍師……前からアンタがわからん、一体何がしたかばい?」

月見団子「私の望みは、最初から最後まで、あの明月だけです。」


百鬼

百鬼招来

 また百鬼夜行の時がやって来た。扉を固く閉ざす事、これこそが全ての人間が自分の身を守る最善かつ、唯一の方法だ。

 人類が戦々恐々と夜明けを待っている時は、「怪物」と「妖怪」のような異類たちの感情が最も高い時だ。

明太子「てめぇ!タコわさび!!!!!誰がチビだって?!」

中華海草「あの……明太子様、怒らないでください!タコわさび様はわざとじゃないんです―!」

云丹「クソタコわさび!!!逃げるな!!!もう一回言ってみろ?!」

中華海草「……あの……雲丹兄さん……」

雲丹「あぁ?!」

中華海草雲丹姉さん、姉さんっ!落ち着いてください!!!ここは「極楽」です!歌舞伎町!休戦区ですよ!」

いなり寿司「ふふっ、相変わらず仲良しだね~」

雲丹「どこを見たらそう見えるんだ?!」

中華海草「……雲、雲丹姉さん、もう少しお淑やかに……」

明太子「んな事どうでもいいんだよ?!おいっ!タコわさび、止まれ!!!!!」

 正門から入ったばかりの月見団子明太子の一撃を食らって、顔が真っ黒になった。この瞬間、全員が死んだように黙った。さっきからずっとイライラしていた雲丹でさえもその勢いを失った。

月見団子「……」

明太子「つ、月見……きっ……来たのか……」

月見団子「ボス、この「極楽」は休戦区でしょう?」

明太子「……」

月見団子雲丹!」

雲丹「は、はいっ!」

月見団子「少し相談したい事があります。」

雲丹「は、はい……」

純米大吟醸「ごめんなさいね、鯖が少し怪我したから、彼に薬を飲ませていたら遅くなりんした、お待たせ……」

 馴染みのある声と共に、全員の視線が月見団子から純米大吟醸に移った。

純米大吟醸「教えて……あちきの正門は何があったでありんす?」

 一瞬で、全員が無意識的に、こっそり逃げ出そうとしていた明太子を指さした。

明太子「!!!!!てめぇら――!!!」

純米大吟醸明太子様、前回、崇月に貸したお金もまだ返金していないようでありんす……」

明太子「オレ一人のせいじゃねよ!!!タコわさび!!!あいつが……えっ?あいつはどこだ?クソタコわさび、また壺に入ってんのか!!!出てきやがれ!」

???「Zzz……」

明太子「また寝たフリかよ?!」

純米大吟醸「では、明太子様、弁償代と返金の話をしようか……」


 悲鳴と共に、純米大吟醸は清々しい気分で鯖の一夜干しがいる部屋に戻った。

鯖の一夜干し「…………何かありましたか?」

純米大吟醸「何でもない、少し金を稼いだだけでありんす。ほら、薬を飲みなさい、あーん。」

鯖の一夜干し「…………やめてください!自分で出来ます!!!」

 その時、外で盗み見している雲丹いなり寿司たちは柱に縛り付けられてる鯖の一夜干しの様子を見て、同情して首を横に振った。

いなり寿司「……ふふっ、人魚ちゃんも大変だね。」

油揚げきつねうどんは羨ましそうにしているけど?」

きつねうどん「そっ、そんな事ない!いなり様、このクソガキの言う事を聞かないでくれ!」

油揚げ「違うなら、なんでそんなに顔が赤いんだ?おいっ!クソギツネ!度胸があるなら直接オレ様に言えよ、東を投げんな!!!」

きつねうどん「わっ、わざとじゃねーし!どれが東かわかんねーよ、なんで投げられてるのに起きねーんだ?!」

油揚げ「東ー!!!」

きつねうどん「何叫んでるんだ、早く追い掛けろ!!!」

 凸凹なキツネたちが飛びはねながら出て行く様子を見て、雲丹は思わず笑ってしまった。

雲丹「ふっ、キツネくんたち仲が良さそうだね。」

いなり寿司「……はぁ……」

人形

たった一人のために生きる人形

雛子「死んで、転生して、また死んで、また転生して……」

雛子「悲しい人間はいつまでもこの輪廻を繰り返している……」

雛子「それでも彼らは光を追い続けている、希望に満ち溢れている……」

雛子「なんて……笑えるのだろうか……」

雛子「この土地には……最初から希望なんてない……」

雛子「じゃあ、もがき続けている人間たちは、一体何のためにもがいているの?」

雛子「そしてあたしたちのような……人間のようで人間でない者は……一体何をもがいているの……」

あん肝「ひっ、雛子……」

あん肝「雛子……起きて……」

あん肝「お願い……一人にしないで……」

あん肝「雛子……」

雛子「ああ……あのバカ……」

雛子「あたしはただの人形だってわかっている癖に……」

雛子「彼以外に、あたしの声は聞こえないのに。」

雛子「……あたしは、彼の妄想の産物に過ぎないのかもしれない。」

あん肝「雛子……雛子どうしたの……ねぇ、雛子……」

雛子「……でも、このバカはあたしがいなくなったら、もう耐えられないだろうね。」

雛子「しょうがない、優しいこのあたしは、このバカのために生きる道を示してあげようじゃない。」

雛子「バカ、ここにいるよ。」


あん肝「良かった……雛子、良かった……薬師さん、薬師さん、早く雛子を見て欲しい……」

ふぐ刺し「ゲホゴホッ……その人形……ボロボロじゃないか……新調しないの?」

あん肝「雛子……雛子……」

ふぐ刺し「……貴方も、酷い怪我を……ケホッ……死ぬよ……」

あん肝「雛子……」

ふぐ刺し「わかった、ここに置いてください……」


分岐

裏での取引

明太子雲丹!!!それはオレのたい焼きだ!」

雲丹「取ったもん勝ちだよ!」

明太子「気を付けろ!」

雲丹「信じる訳ないじゃない!」

 バンッーー

雲丹「いったたた……あれ、いなりどうしたの?珍しいわね、月見に会いに来たの?」

いなり寿司「ええ。遊んでていいよ、自分で探すから。」

 コンコンッーー

月見団子「ボス、昨日の課題……」

いなり寿司「コホンッ。」

月見団子「……いなり、突然どうしたのですか?」

いなり寿司「百聞館……聞いた事はある?」

月見団子「……」

いなり寿司「その反応を見るに、知っているみたいね。」

月見団子「お嬢さん方にお話をしてあげる場所と聞いております。何か気になる点でも?」

いなり寿司「人形師がいるらしい、知らない?」

月見団子「一度だけ会った事はあります、知り合いという程では。」

いなり寿司「おや?では、その人形師が私の八咫鏡を盗みに来た件については、何も知らないのね?」

月見団子「……八咫鏡?」

いなり寿司「まあいい。彼らと知り合いではないなら、あの人形師を傷つけても、何とも思わないよね?」

月見団子「……それはもちろんです。」

いなり寿司「わかった、じゃあこれから大吟醸の所で飲もうと思っているけれど、良かったら……一緒にどう?」

月見団子「祟月の事務作業がまだ残っているので……」

いなり寿司「では、あの人形師を尋ねる時、私からの挨拶も伝えておいてね」

月見団子「……」


信じる

信じる力……

どうして……

あん肝「……雛子が……あの鏡は……もしかしたら……もしかしたら……」

八咫鏡で雛子を直そうとしたのか?

あん肝「……はい。」

……

 虚空から長いため息が聞こえてくる。いつもの気怠ははなく、やむなしの気持ちがのっていた。暗闇の中、玉のように輝く白い手は、そっと痩せ細っている青年の頭に乗せられた。

あれらの神器は……万能でない……

それらは、ある女の悔恨と、申し訳ない気持ちに過ぎない……

あん肝「しかし……雛子には……いつまでも……あの姿でいて欲しくない。」

……

では、彼女を信じ続けなさい……

信じる力は……願いを叶える……

信じ続けなさい……

 理解出来ているかわからない青年は、雛子を抱いてゆっくりと離れて行く姿を見て、暗闇の中から、再びため息が聞こえて来た。

ふぐ刺し「どうしたんだ?いつもなら、そんな事を言ったりしないのに。雛子はどうやっても……」

ただ……信じ続ける事で、希望を持てると思っただけ……

絶望の中死んでいくよりはましだろう……


月見

見た事もない月……

純米大吟醸「月見よ、月見。ぬしの名前は、なんだか面白いとは思わないか?」

月見団子「……」

純米大吟醸「月を見た者はほんの僅かしかいないのに、ぬしの事を月見と呼ぶ。」

月見団子「貴方の言う「黄泉」よりは、ましでしょう。」

純米大吟醸「……フフッ、何が言いたい?」

月見団子「奈落の中に閉じ込められた者たちに、彼らが相対しているものこそ、黄泉からの妖魔だと言っていましたね。しかし、彼らはここから離れる時に知る事になるでしょう、彼らこそ黄泉の者であると、彼らこそ神が無間地獄に捨てられた者であり、彼らこそ他人の安穏を打ち破った悪徒だと。」

純米大吟醸「実に素敵な茶番だろう?」

月見団子「……貴方の性格は、実に恐ろしいですね。」

純米大吟醸「じゃあ、どうして彼らに真相を伝えない?」

月見団子「人間であれ、食霊であれ、誰もが自分の事を正しいと思いたい。例え攻撃を仕掛けようとしても、自分を「正しい」立場に置きたがる。この「正当性」を失ってしまえば、多くの者は勇気をも失う。」

純米大吟醸「チッチッチッ、そういう者は……」

月見団子「そういう者は、この世では「善人」として位置づけられている、しかし私たちは悪逆非道な嘘つきに過ぎません。」

純米大吟醸「ククッ……そうでありんす。善人になりたいのなら、きちんと善人でいないとだ。」


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