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ウィアード カーニバルナイト・ストーリー

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ウィアード カーニバルナイト


第一章-呪い

呪いⅠ

寒冷と暗夜。


エクティス--氷雪に呪われた極寒の地。


その硬い土壌を突き破れる植物はなく、その烈風を凌いで駆け回れる動物もいない。氷海で泳ぐ魚で腹を満たす事は出来るが、誰一人海の低温に耐えて魚を捕獲する事は出来ない。


不幸にもここに生まれた百人に満たない人々は、足掻き、喘いでいた。絶望と極寒によって理性は蝕まれ⋯⋯遂に、ある狂った方法で呪いを解く事に⋯⋯


生贄。


ムースケーキ:……つまり、生贄ってこと?

アクタック:そうだ。


 バーテンダーは静かにバーの薄暗い照明を抜け、ノンアルコール飲料を少年の前に置いた。氷のように冷たい視線はそのまま次の酒へと移る。


アクタック:かつて人間らが創った荒唐無稽な歴史と何ら変わらない。彼らはエクティスを支配する極寒に生贄を捧げる事で、束の間の温もりを手に入れていた。それに……

アクタック:戦争や堕神も行きたがらないエクティスにとって、食霊ほど無用なものはないだろう?

ムースケーキ:で、でもそれは食霊にとってはあまりにも……残酷すぎるよ……

アクタック:もし、この一杯を飲まなければ喉が渇いて死んでしまうなら、貴方はその短い一生に同情し自分を犠牲にしたりするのか?

ムースケーキ:僕は……

青年:フンッ、俺に言わせれば、あそこの食霊が弱すぎるのがいけねーんだ!


 隣の客がいきなりグラスを置いて、大きな声で騒ぎ出した。アルコールに侵された舌は、彼自身によって噛み千切られそうになっている。


青年:いって……うちのボスならな、どんな呪いだろうと、全部ぶっ倒してくれるぜ!

アクタック:貴方たちのボスなら、確かに……それより、こんな時間までここにいていいのか?ダークストリートには門限があったと思うが。

青年:ハハッ!定時に門が閉まるだけだ、うちのボスは門限なんて決めたりしねぇよ!

アクタック:そうか、でも忠告しておく。最近なんだか物騒だから、「カーニバル」は警備体制を強化し、0時以降は料金を倍取らせてもらっている。もし払えなかったら……

アクタック:「マジックケイヴ」か「コロシアム」、どちらに売られたいか自分で選べ。

青年:!

ムースケーキ:「マジックケイヴ」?「コロシアム」?何それ?

アクタック:地下オークションとボクシング場、行ったらもう二度と戻れない場所だ。

青年:ゲホッ……あっ、あー、今はまだ23時59分みてぇだ、金はここに置いておく、じゃあな!


───


 分針が12を越える前に「カーニバル」から逃げ出した青年は、走った事で酔いも半分醒めた。彼は背後にそびえたつ高層ビルを振り返り、舌打ちをする。


青年:守銭奴どもが、倍持ってかれるとこだった……それに「マジックケイヴ」だって……いっそ「ホラーキャッスル」にでも売ってくれよ?!チッ……

青年:あれっ……なんか急に寒く……

???:あの……

青年:うわーっ!


 青年は完全に酔いから醒めたようだ。深夜の暗い路地裏で、何の足音も聞こえなかったはずなのに、突然目の前に誰かが現れたから。

 いや、もしかしたら「生者」ではないのかもしれない。


???:あの……ナイフラストは……どこ……?

青年:こっ、ここがそうだ……

???:……そう……ありがとう。

青年:……


 極度の恐怖に襲われると、人は声が出せなくなるようだ。雪に覆われ、どう見ても人間とは思えない男を青年は見つめ続けた。すれ違った後も、彼はどうしてか震えが止まらない。


青年:寒い……でも……幽霊って……あんな礼儀正しいもんか?

青年:いいや、早く帰ろう……あれ?これは……


 男が先程立っていた場所に奇妙な紋章が入った飾りが落ちていた。青年はしばらくその飾りを見つめていたが、何故かそれを拾い上げて自分のポケットに仕舞い込んだ。


───


 ひっそりとした小道、寒風と暗闇はまるで人を蝕んでいるようだった。青年は思わず足を速め、ダークストリートに駆け戻った。


青年:おかしい……なんかさっきよりもっと寒くなってきた気がする……


 青年はいそいそと一番近いバーに駆け込もうとした。しかし温もりと明かりを隔てていた扉を開こうとした瞬間、何か不思議な力によって彼の動きは留められた。そしてトンッという音がして、何かが地面に落ちた。だけど、彼はもう俯いてそれを確認する事すら出来ない……

 暗闇の中、霧氷が青年を覆い、彼を中に閉じ込めた。その霧氷はキラキラと輝いていて、自分の強さを示しているかのようだ、それはまるで……

 まるで呪いのようだった。


呪いⅡ

「カーニバル」の入場券。


 昼間、特に早朝はダークストリートが最も静かな時間帯である。ここの絶対的なボスであるペルセベも、自然に目が覚めるまで気持ちよく眠っている。しかし今日は……


 ドンドンドンッ


ペルセベ:……


 ドンドンドンッ!ドンドンドンッ!ドンドンドンッ!


ペルセベ:うるせぇえ!!!喧嘩売ってんのか?!

アンソニー:ボス-!大変よ!!!一大事!!!


 泣きべそかいて飛び込んできたアンソニーを見て、ペルセベはまだ眠い目を極力開けて、仕方なさそうに話を聞いた。


ペルセベ:……何バカな事言ってんだ、こんな時間に事件なんざ起きる訳ねぇだろ。

アンソニー:確かに今起きた事ではないけど……とにかく、ボスついて来て!


ダークストリート

アンソニーのバーの外


ペルセベ:アンソニー……貴様の言う一大事ってのが新しく届いたその氷の彫像の事だったら、殺すぞ。

アンソニー:氷の彫像じゃない!よーく見て、ジャックだよ!


 アンソニーの言葉を聞いて、ペルセベはもう一度「氷の彫像」を見た。厚い氷の奥には確かに見覚えのある青年がいた。


ペルセベ:……どうしてこんなザマに?まだ生きてんのか?

アンソニー:わからない、深夜にはもう入口に立ってたの。まったく、これのせいで客が何人も逃げて商売上がったりよ……

ペルセベ:深夜?どうして朝まで黙ってたんだ?!

アンソニー:……ダークストリートのボスが、子どもみたいに毎晩22時には寝るらしいからね。

ペルセベ:……

アンソニー:起こすと怒るし、殺すって叫ぶし、本当にやってられないわ。

ペルセベ:…………愚痴を言うために連れて来たのか?それとも問題を解決して欲しいのか?どっちだ?

アンソニー:そりゃあ、解決して欲しいよ!ほら、ボス!

ペルセベ:……「カーニバル」の入場券?なんだこれ。

アンソニー:「カーニバル」を知らないの?最近人気の娯楽施設だ。カジノ、ボクシング場、オークションとかなんでもあって、全世界で一番面白い場所だって謳っているわ!今ここの連中は皆そこに行きたがるから、うちの客もほとんど持ってかれたよ……

ペルセベ:で?

アンソニー:だから最後まで聞いて!「カーニバル」には「ドラゴンネスト」という店があるんだ。フンッ、名前だけで胡散臭さが漂ってくる。

アンソニー:そこではおかしな物を売っているらしい、例えば災難を引き起こす人形とか……ジャックを見つけた時、彼の足元でこの入場券と飾りを見つけたんだ!


 アンソニーはどんどん興奮していき、最後は目を輝かせながら持っていた飾りをペルセベに渡した。


アンソニー:ジャックはきっと「カーニバル」ってとこで、このヘンテコな物を買ったから呪われたんだ!

アンソニー:ボス!奴らは貴方の手下に手を出したんだ!「カーニバル」をまっ平にするしかないわね?!

ペルセベ:良い度胸だな……

アンソニー:そうだそうだ!ダークストリートに喧嘩売ってタダで済むと思うな!

ペルセベ:貴様の事だ。

アンソニー:えっ?

ペルセベ:俺様を使ってライバルを消す算段か?アンソニー、貴様は本当に良い度胸してんじゃねぇか。

アンソニー:そっ、そんな事は!ボス!私を信じてください!

ペルセベ:もういい、貴様の事なんざそもそも1ミリも信用してねぇからよ。だが、確かに手掛かりはこれしかねぇみてぇだな。

ペルセベ:「カーニバル」か、どんなところか見てやろうじゃねぇか。

アンソニー:流石ボス!カッコいい!

ペルセベ:アンソニー、ジャックを融かすなよ、すぐ戻る。

アンソニー:待って!その格好で行くつもり?

ペルセベ:あぁ?

アンソニー:今日「カーニバル」では仮装舞踏会をやっているみたいだから、その格好じゃ門をくぐる事すら出来ないわよ!

ペルセベ:……じゃあ、どうしろと?

アンソニー:ふふっ、安心して!全てこの天才スタイリストにお任せを~!

第二章-カーニバル

カーニバルⅠ

仮装舞踏会の日。


しばらくして

「カーニバル」入口


ペルセベ:アンソニーの奴、全部嘘だったら、絶対、殴ってやる……

クロ:ワンッ!

ペルセベ:はぁ、布がほとんどねぇ何も隠せねぇあの服よりは全然ましだ……クロ、行くぞ。

クロ:ワンッ!ワンッ!


 一人と一匹は入口でしばらくもだもだした後、大きな決心をしたような顔で、一歩を踏み出した。しかし……


ポロンカリストゥス:あれ?ペルちゃん?

ペルセベ:……


 不運は重なるとは、こういう状況の事だろうか。ペルセベは嫌そうに振り返り声を掛けて来たポロンカリストゥスを見た、眉間に皺が寄っているせいで眉毛が繋がりそうになっている。


ペルセベ:…………ここで何してんだ?

ポロンカリストゥス:ヒ・ミ・ツ~

ペルセベ:……

ポロンカリストゥス:ふふっ、君が「カーニバル」に興味があるだなんて意外だな。それに、そんな……おめかしをして来るなんて、ね?

ペルセベ:チッ、仮装舞踏会なんざなかったら、こんな格好死んでもしねぇわ。

ポロンカリストゥス:仮装舞踏会?

ペルセベ:……貴様は情報収集が専門だろ、こんな事も知らねぇのか?

ポロンカリストゥス:えーと……緊急任務だからね、事前に調査する暇がなかったというか……

ペルセベ:さっきまで秘密って言ってたろ、結局任務かよ。

ポロンカリストゥス:うーん……つまりね、極秘任務って事だよ。

ペルセベ:……


 ペルセベポロンカリストゥスの言葉を、まるで役者が台本通りに話しているような印象を持っていた。だからこんなにも言葉に詰まっているところを見たのは初めてで、不審がらない方がおかしかった。


ペルセベ:なんか今日おかしくねぇか?何企んでんだ?

ポロンカリストゥス:あはは、まさか。私たちは一応同僚なのに、どうして私の事を信じてくれないんだ?

ペルセベ:チッ、貴様ら「学校」と一緒くたにすんな。貴様……

ポロンカリストゥス:うーん……仮装舞踏会か、どんな格好をしようかな?


 ポロンカリストゥスは慣れた様子で素早く話題を逸らす。ペルセベが追及しようとした時、つまんなそうな顔をしている子どもが突然二人の前に現れた。


シーザーサラダ:……そこの変なサンタ、早く入れ。

ポロンカリストゥス:え?誰の事?もしかして、私かな?

シーザーサラダ:そうだ、ここにお前より変な奴なんていないだろ?入るなら早く入れ、他の客の邪魔をすんな。

シーザーサラダ:それと、ヴァンパイアお前もだ。

ペルセベ:……ハッ、このガキ中々面白れぇ事言うな。

シーザーサラダ:クレームなら簡潔に、退勤後は受け付けません。

ポロンカリストゥス:そう……可愛らしい君に免じてクレームはしないでおこう。チケットを二枚ください。


 クレームする様子がないのを見て、ドアボーイは逆に不満そうな表情を浮かべた。少し怒りながら、ポケットから二枚のチケットを取り出す。


シーザーサラダ:……入場券は返品不可です。自分の身は自分で守ってください、どのような損失が出ても、我々は一切責任は持ちません。

シーザーサラダ:では……ようこそ「カーニバル」へ。


カーニバルⅡ

気乗りしない協力。


「カーニバル」

1階ロビー


ポロンカリストゥス:うーん、流石「カーニバル」だ、派手な装飾が施されている、実に立派だね。ペルちゃんは、何階に……


 ポロンカリストゥスはとりあえず同僚のよしみで話しかけたが、気付けば凶暴な顔をした青年は既に犬を連れて階段を駆け上がって行った。


ポロンカリストゥス:地図も見ないで行くなんて、自信満々だね。


 一言だけつぶやいて、ポロンカリストゥスは大きな立体地図の前に立ち研究を始めた。しかし、30秒も経たない内に……


ペルセベ:は?なんで元の場所に?クソッ……

ポロンカリストゥス:……

ペルセベ:クロ!遊んでねぇで、道案内しろ!

ポロンカリストゥス:…………

ペルセベ:またかよ……なんだここ?!迷路かよ!

ポロンカリストゥス:はぁ……ペルちゃんはどこに行きたいんだ?


 再び背後からよく知った乱暴な声が聞こえて来た時、ポロンカリストゥスは我慢出来ず、迷っているペルセベを呼び止めた。


ペルセベ:……商店だ、名前は確か……「ドラゴンネスト」だ。あそこで売ってるおかしなもんで俺様の手下が氷になっちまった、だからケリをつけに来たんだ。

ポロンカリストゥス:氷……?


 このワードを聞いたポロンカリストゥスは突然顔色を変えた。珍しく真剣な顔をしている彼の目には、冷たい光が過る。


ポロンカリストゥス:ペルちゃん、私たちは今まで全然仲良く出来なかったけど、今回は……手を組まない?

ペルセベ:ハッ!寝言は寝て言え!

ポロンカリストゥス:そんなにすぐ断らなくてもいいだろう?「ドラゴンネスト」じゃ君の手下を元に戻せないかもしれない、だけど私は出来る。

ペルセベ:つまりなんだ、全部貴様の仕業ってか?

ポロンカリストゥス:私は関係ない、これだけは保証するよ。

ペルセベ:(ジーッ)

ポロンカリストゥス:どう?少しだけ私に協力してくれたら、助けてあげられる。そうじゃないと、君の可哀想なお友だちは一生氷の中で生きていかなきゃいけなくなるね。

ペルセベ:……まず貴様が何をしに来たのかを教えろ。

ポロンカリストゥス:安心して、私はシャンパン陛下の命を受け犯人を逮捕しに来ただけだ。それに……私たちが探しているのはもしかすると同一人物なのかもしれない。

ペルセベ:本当か?

ポロンカリストゥス:陛下の名前を出してまで冗談は言わないよ。ペルちゃん早く決めて、普通の人間が氷の中にどれだけいられるのかは、私にもわからないからね。


 満面の笑みを浮かべている目の前の人物を見て、ペルセベは奥歯を食いしばった。自分の事なら、決して誰かに頼ったりはしない。だが、彼は他人の命を危険に晒す事は出来なかった。


ペルセベ:……交渉成立。

ポロンカリストゥス:賢い選択だよ。さあ、行こうか。

シーザーサラダ:待て。

ポロンカリストゥス:うん?


カーニバルⅢ

ホラーキャッスルで肝試し。


 歩き出した瞬間に呼び止められてしまった。ポロンカリストゥスが不思議そうに振り返ると、そこには入口にいたドアボーイがいた。


ポロンカリストゥス:ぼく、何か用かな?

シーザーサラダ:「カーニバル」内を勝手に歩き回るな。

ポロンカリストゥス:それは……どうしてかな?

シーザーサラダ:どうしても何もない、「カーニバル」で自由に動きたいなら、まず試練を受けろ。

ポロンカリストゥス:そんな規定前からあった?聞いた事がないな。

シーザーサラダ:さっき決めた。

ポロンカリストゥス:……

ペルセベ:……

シーザーサラダ:俺を見るな、モラルが低い……いや、モラルがない悪徳商人が決めた事だ。

シーザーサラダ:とにかく、規定を守らないならここから出てください。


 そう言いながら、ドアボーイは警棒のような物を掲げた。彼は相変わらずやる気のない顔をしているし、ポロンカリストゥスも彼に負けるとは思っていないが……


ポロンカリストゥス:(「カーニバル」に指名手配犯が一人しかいない訳がない。情報を手に入れる前に下手な事はしない方がいい。それに……)

ポロンカリストゥス:(明らかに狙われている、気は進まないけど、言う通りにするしかないね。そうじゃないと、相手の思惑が見えてこない)

ポロンカリストゥス:わかった、受け入れよう。

ペルセベ:……受け入れる。

シーザーサラダ:チッ、また定時に退勤出来ない……

シーザーサラダ:ではお二方、ついて来てください。


 不満そうな表情を浮かべているドアボーイは、二人を暗い隅にある隠し扉まで連れて行った。彼らが扉に入った後、二つの人影がゆっくりとロビーに現れた。


???:アハッ!手伝ってあげたんだし、来シーズンの経費は弾んでくれるよね?

アクタック:その手伝いとやらが裏目に出なければな。

???:それより、あなたがあたしに頼み事をするなんて珍しいわね!あの「雪だるま」とあなたはどんな関係なの?どうして彼を助けるの?

アクタック:話しながら近づいてくるな。

???:チッ、相変わらず冷たいわね。

アクタック:近付いて困るのは貴方の方だろう、また氷になりたいのか?

???:ケチ、ちょっと気になっただけじゃない。

アクタック:こんな事を聞いても貴方に何のメリットもない、それに私たちはただ……


 彼は隠し扉の方を見つめた。氷のような瞳の中、意味不明な光が過る。


アクタック:……ただの腐れ縁だ。


───


「カーニバル」4階

「ホラーキャッスル」


シーザーサラダ:ここが最初の試練、「肝試し」だ。

ポロンカリストゥス:はぁ……新しさがないね。つまりクリア条件は、ここから無事脱出する事かな?

シーザーサラダ:それに加え、3回までしか悲鳴を上げてはいけない。

ペルセベ:フンッ!見くびるな、声なんざ出すかよ!


 言い終わると、ペルセベは自信満々に前に進んだ。だが足元で「カチッ」という音がした後、水が満杯に入った木桶が頭上から降って来て……

 ザァ--


ペルセベ:うおっ!

シーザーサラダ:はい、1回目。

ペルセベ:……


 びしょ濡れになった上に、木桶が頭にスポっとハマり出鼻をくじかれたペルセベを見て、ポロンカリストゥスは笑い出した。


ポロンカリストゥス:ぷっ……この仕掛けは……あははっ、確かに面白いね。

ペルセベ:……次は、絶対に、声は出さねぇ……絶対にだ!


カーニバルⅣ

1回目。


 ドアボーイはこれから起きる事に興味はないのか、無表情を貫き、二人にお辞儀をした後どこかへ消えてしまった。


ポロンカリストゥス:ペルちゃん、迷子にならないようにね。

ペルセベ:ああ。

ポロンカリストゥス:やけに素直だね……わかった、また驚いて声が出てしまわないように、なるべく口を開かないようにしているんだろう?

ペルセベ:は?ちげぇよ!

ペルセベ:……なんか急に寒くねぇか?

ポロンカリストゥス:おかしいな、バカは風邪引かないんじゃなかった?

ペルセベ:おいっ。

ポロンカリストゥス:冗談だよ。寒いって感じるのは当たり前だ、何故なら……「彼」がここにいるからね。

ペルセベ:彼?

ポロンカリストゥス:シーッ、逃げちゃうでしょう。あと、彼こそが君のお友だちを凍らせた張本人かもしれないよ。


 ボンッ--!

 突然前方の曲がり角から何かがぶつかった鈍い音がした。そして、白い煙が音がした方から漂って来た。


ポロンカリストゥス:……逃げた?

ペルセベ:チッ、先行ってろ、俺様が追う。

ポロンカリストゥス:……


 二手に分かれる事を反対されなかった事が気になり、ペルセベは思わず足を止めた。すると、ポロンカリストゥスが煙が漂って来た方を見つめ、誰も見た事がない怒りに満ちた笑みを浮かべているのが見えた。


ポロンカリストゥス:あいつ……私を避けるなんて……

ペルセベ:?


 出会った時から、ポロンカリストゥスの優しい表情がなんだか気持ち悪いと思っていたペルセベは、この時初めてその優しい仮面に亀裂が入ったのを見た。

 だが、どうしてこんな表情を浮かべているのか、その答えを得る前に、またハプニングが起きた。


???:助けて-!助けて!!!

ペルセベ:?!

ペルセベ:おいっ!どうした?貴様……

レッドベルベットケーキ:たっ、助けて!怖いの……怖すぎるわ……


 助けを呼ぶ声はすぐ近くから聞こえてきていたから、ペルセベは急いでそこに向かう。赤い服を着た女性が地面に座り込んでいた、怖いとしきりに呟いてはいるが、周囲に危険はなく、それに……


ペルセベ:……何笑ってやがる?

レッドベルベットケーキ:あたし、怖い時は、こうなってしまうの、あはは……

レッドベルベットケーキ:仲間とはぐれちゃって、二人とご一緒してもいいかしら?

ポロンカリストゥス:あれ?さっきまで私の事に気付いていなかったよね、どうして二人組だってわかったの?


 後から駆け付けたポロンカリストゥスは目を細め、優しいがまるで尋問をしているかのような口調で女性に聞いた。だが、尋問された犯人は怯える事なく、その上可愛らしくウィンクまでして見せた。


レッドベルベットケーキ:だって、一人でこんな所に来たがる者なんていないもの。

ポロンカリストゥス:あれ?そうかな?

レッドベルベットケーキ:とにかく、早くここを離れようよ、あたしとっても怖いの……

ポロンカリストゥス:うーん……私は良いけど、ペルちゃんは?

ペルセベ:チッ、連れてってやるが迷惑は掛けんな、わかったか?

レッドベルベットケーキ:本当に?!良いひとね~!

ペルセベ:うわっ!なっ、なにすんだ?!


 見知らぬ相手に急に抱きつかれた事で、ペルセベは無意識に叫んでしまった。すると、さっきまで弱っていた人物は彼の胸元で顔を上げ、悪役のような清々しい笑顔を浮かべた。


レッドベルベットケーキ:あら、残念ね、これで……2回目だね~

ペルセベ:貴様っ……?!


カーニバルⅤ

ただ、彼を一目見たかっただけ。


 さっきまで縮こまっていた人物は嬉しそうに笑い出した。その軽い口調に、ペルセベは苛立ちを覚える。


レッドベルベットケーキ:アハハッ、あなた単純で騙しやすいわね。お客さんが全員あなたみたいだったら、あたしの金庫は今の二倍、いや、五倍になっているだろうね!

ペルセベ:騙しやがったのか?!死ねっ!

レッドベルベットケーキ:ちょっと待って!あたしを殺しちゃったら、呪いを解く方法もわからなくなっちゃうわよ!

ペルセベ:……あの変な名前の商店は貴様のか?

レッドベルベットケーキ:変って何よ!「ドラゴンネスト」なんて超クールでしょう!巨大な龍の巣穴にはこの世の全ての宝物が詰まっているのよ!あたしの「ドラゴンネスト」は何でも売っている場所!ちなみに、巨大な龍も売っているわ~

ペルセベ:……貴様が売っている物に、人を呪うもんはあるか?

レッドベルベットケーキ:呪いというのはどういうのかしら?伯爵のお爺様にオウムのくちばしを生やしてしまうもの?それとも貴族のお嬢様をお爺さんにしてしまうもの?

ペルセベ:……人を氷にするもんだ。

レッドベルベットケーキ:あら~それはね……試練にクリアしたら教えてあげる~

ペルセベ:#

ポロンカリストゥス:ハッ、私より嫌われる食霊なんて初めて会ったよ。

レッドベルベットケーキ:褒めてくれてありがとう~じゃあ、二人は急いで試練にクリアして次の試練に向かってね!

ポロンカリストゥス:待って。その前に、確認したい事がある。

ポロンカリストゥス:「カーニバル」は指名手配犯を匿う理由はないよね?

レッドベルベットケーキ:指名手配犯?何それ?「カーニバル」は快楽しかない場所よ!

ポロンカリストゥス:……


 ポロンカリストゥスは珍しく唖然とした。今までのおかしな仕掛けは全て時間稼ぎだとしか思えない上に、レッドベルベットケーキが出現したタイミングにしても、誰かを逃がすためであると断定出来る……

 相手の目的は読めたが、証拠がない……相手は何を聞いてもずっと同じ軽薄そうな表情を浮かべたまま、何の収穫も得られない。自慢の話術は何の役にも立てず、為す術がもうないのだ。


ポロンカリストゥス:ここまで来たんだ、諦めても仕方がない……速戦即決といこう。

ペルセベ:……チッ。


 不満は募るが、呪いを売りさばく者を今すぐ潰す事は得策ではないとわかっているため、ペルセベはどうにか怒りを抑え前に進んだ。そして彼らが遠ざかった後……


レッドベルベットケーキ:もう出て来ていいよ~

???:……ありがとう。

レッドベルベットケーキ:いえいえ、礼なら顔がもう真っ黒になっている彼に言いな。

アクタック:……

???:ごめん……

アクタック:……何を考えているんだ?大人しくバーにいないで、どうしてここに来た。

???:ただ、彼を一目見たかっただけ。

アクタック:彼を?彼が貴方の命を狙っていてもか?

???:……

アクタック:彼が私たちに何をしたのか忘れたのか?……彼は私たちとは違う。

アクタック:私たちがエクティスに呪われた食霊なら、鹿は……呪いそのものだ。


───


「カーニバル」地下2階

「コロシアム」


レッドベルベットケーキ:20分でクリアしたの?!まさかこんなに早く脱出出来るとは、凄いわ!

ペルセベ:……

レッドベルベットケーキ:あれ?口どうしたの?血が出ているよ?!

ポロンカリストゥス:ハッ、試練に代価はつきもの、ペルちゃんは叫ばないように力を尽くしただけだ。

ペルセベ:黙れ、早く次の試練を始めろ。

レッドベルベットケーキ:良いわ、では次の試練の始まりよ~!


 パンッ!

 レッドベルベットケーキが指を鳴らすと、「コロシアム」の薄暗い灯りが消えた。そしてすぐに、スポットライトがリングの中央を照らす。


レッドベルベットケーキ:ジェントルメン!アンド!食霊たち!これからはティアラで最も優秀な芸術家によるショーをどうかご覧あれ!

レッドベルベットケーキ:Let's show time--!!!


カーニバルⅥ

ショーの始まり。


ペルセベ:ショー?ケンカじゃねぇのか?!

レッドベルベットケーキ:「コロシアム」に来たらケンカしなきゃいけないの?ルールに従うなんて「カーニバル」のやり方じゃないわ!

ペルセベ:……いつまでこんな茶番に付き合わなきゃならねーんだ、こっちは遊んでる時間なんてねぇんだ!

レッドベルベットケーキ:焦らないで、試練クリアのカギは、ショーの中に隠されているよ~

ペルセベ:……チッ。


 ペルセベは我慢の限界だった。自分は手下を助けたい気持ちでいっぱいなのに、目の前の女性食霊は明らかにこの茶番を楽しんでいるから。なんだか自分が他人に弄ばれている道具になってしまったように感じ、苛立ちが募る。

 ボクシング場だって聞いて、気持ちよくケンカすればこのつまらない茶番は終わるんだと思ってた。なのにショーを見なければいけないだなんて、観客席に大人しく座っているが、その表情は不満に満ちていた。

 居心地が悪そうにしている者は、リングの上にも一人いた。


ムースケーキ:げっ、芸術家?!でも……僕は、違うよ……

レッドベルベットケーキ:あたしがそうだって言ったら、そうなのよ~

ムースケーキ:でっ、でも僕はお芝居なんて出来ないよ!

レッドベルベットケーキ:約束を忘れないで、「カケラ」は欲しくないの?

ムースケーキ:うぅ……


 後戻り出来ない事に気付いたのか、少年は目を閉じて深呼吸をした。目を開けると、リングの下で二人の青年がじっと自分を見ているのに気付く。一人は怒りに満ちた表情で、もう一人は興味津々な顔をしている。


ムースケーキ:(舞台の上に立つと観客の表情なんて見えないって、シフォンが言ってたのに、めちゃくちゃ見えるよ?!)

ムースケーキ:(あのひとはどうして僕を睨んでいるの、殺そうとしているのかな?やっぱり一人でこんな所に来ちゃいけなかったの?うぅ……早く終わらせて帰ろう……帰れるといいな……)


ペルセベ:何やってんだ、さっさと始めろ!

ポロンカリストゥス:急かさないであげて、急かしたら余計緊張しちゃうでしょう。

ムースケーキ:コホンッ、はい……

ムースケーキ:さっ……寒い……神よ、どうしてエクティスはこんなにも寒いのでしょう?

ポロンカリストゥス:!

ペルセベ:……


 まだ一言しか聞いていないのに、ペルセベは隣に座っているポロンカリストゥスが固まっている事に気付いた。訝し気に視線を送るが、理由を聞く隙はなかった。

 ショーは、そのまま続いた--


シーザーサラダ:噂によると、エクティスが寒いのは呪いを受けたからだそうだ。

ムースケーキ:呪い?吟遊詩人よ、どうして呪いを受けたのかご存じですか?

シーザーサラダ:海神を怒らせたからだ。

ムースケーキ:海神……

シーザーサラダ:彼らは海神の領域を侵し、神の子民を手に入れ、大海を征服しようとしたのだ。罰として、海神は大陸を占領し、そこを海と化しその後凍らせた……

シーザーサラダ:人々が寒さと飢えによって命を失い、その死体が氷海に落ちて、ようやく海神の怒りは少しだけおさまった。

ムースケーキ:まるで、生贄を捧げているみたいです……

シーザーサラダ:そうだ、人々はすぐにそれに気付いた……海神に生贄を捧げれば、エクティスは少しだけ暖かくなるという事に。

ムースケーキ:しかしエクティスの民は百人にも満たない、そのままだと……

シーザーサラダ:エクティスが消えてなくなってしまう。

ムースケーキ:……呪いを解く方法はないのですか?

シーザーサラダ:もちろんある。この世に永遠なんてない、呪いもだ。だから……

シーザーサラダ:人々はこの時、食霊を召喚した……

第三章-エクティス

エクティスⅠ

海神に捧ぐ生贄。


 数百年を経て、戦火は止み、ティアラ大陸はようやく安寧を取り戻した。堕神に対抗する武器として使われてきた食霊も、やっとこの希望の地に足をつき、人間と共に美しい未来のために努力を始めた。

 料理御侍となる人間が増えていくにつれ、食霊はティアラの大半では珍しい者ではなくなった。それ故、頻繁に戦闘や仕事をしなくて済む者も出て来て、自由になり夢を抱く者も現れた。

 しかし、何事にも例外は存在する。


───


エクティス

氷海


 パンッ!

 赤子の腕の如く太い鞭が青年に向かって打たれた。おびただしい赤い痕が白い頬に浮かぶ、まるで醜い痣の様だ。

 しかし青年は苦しんだり、恐れたりしなかった。彼の視線はまるで尖らせた氷かのように、暴力を振るう者に刺した。


男人:なんだその目は!俺に逆らうな!

男人:俺がお前を召喚した、だからお前の命は俺のだ!今すぐ飛び込め、これは命令だ!

アクタック:……海神の呪いを疑った事がないのか?

男人:口答えするな!?黙れ、お前は冷たいのが好きなんだろう?エクティスのために全てを捧げる事こそがお前の運命だ!

男人:海神様に捧げる生贄になる事、これがお前の唯一の存在価値!この機会を与えてやった俺に感謝するがいい!早く飛び込め!

アクタック:……


 青年の表情は男性の言葉によって変わる事はなかった。彼は至って冷静に底が見えない海を見つめ、長年の無理難題に耐えて来た時と同じように、気高く氷の上に出来た穴に飛び込んだ。

 周囲にいた他の村民たちは彼の様子を見てホッと一息をついた。そして、ぞろぞろと膝を地面につき、低い声でこう呟いた……


村人:崇高なる海神様、これは我々からの贈り物です。どうかエクティスをお許しください、我々に一縷の温もりをお与えください……

アクタック:海神?フンッ、心が狭い腰抜けだろう。

男人:海神様になんて口をきくんだ、お前……?!

アクタック:何か間違った事を言ったか?心が狭くなかったら、こんなに長い間エクティスを恨んだりするか?腰抜けじゃなかったら、どうして呪いばかりを与えて、自ら姿を現さない?

アクタック:それに、海神なんて本当に存在するのか?ただの邪悪な嘘だろう?

村人:罰当たりだ!海神様への冒涜だ!

アクタック:何が海神様だ!本当に神なら、今すぐ私を殺せ!

男人:お前は生贄には相応しくない……早くあいつを引き上げろ!この狂人を海神様に捧げてはいけない!壊される!エクティスはあいつに壊されてしまう!

村人:もう間に合わない、殺せ……ヤツを殺せ!

アクタック:神ですら私を殺せないのに、貴方たちにそれが出来るのか?

男人:お前……!


 ヒューッ

 突風が吹き荒れ、銛で青年をつこうとした村人は強制的に動きが止まった。吹雪の援護の元、青年は不思議の力によって海に落ちた……


村人:わっ、海神様がお怒りだ!

村人:海神様お許しください!海神様お許しください!


 青年は海底に引きずりこまれ、動かなくなった。周囲の村民たちはその様子を見て正気を失ったのか、何度も何度も頭を氷の上に叩きつける。

 そして、彼らから見えない場所では……

 バシャンッ--


アクタック:ゴホッ……カハッ……

アクタックキビヤック!何をしているんだ?!

キビヤック:……


 この冷ややかな男性食霊は、半身が氷海に浸かっていても体が大きい事が伺える。彼は自分が陸に上げた仲間を見て、顔だけでなく声まで凍っているのか、口を開いてか細い声を出した。


キビヤック:……ごめん。


エクティスⅡ

去る決意。


アクタックキビヤック!何をしているんだ?!

キビヤック:ごめん……殺されてしまいそうだったから……


 冷たい見た目をした青年の口調は存外柔らかいものだった。しかし、彼の優しさではもう仲間の気持ちを慰める事は出来ない。


アクタック:殺されそう?それがどうした?まさか貴方みたいにあいつらの指図を聞けというのか?そんなの、死んでいるのと何が違う!

キビヤック:……力を持っているなら、何かしたらいい……俺が海の中に居ないと、エクティスは……

アクタック:本当に呪いなんか信じているのか?海神がいるって?あれは鹿が自分の命を守るために作り出した嘘に過ぎない!

キビヤック:いや……本当だ……実は……

アクタック:……もういい、貴方に何を言っても仕方ない。

キビヤック:もう帰るのか?

アクタック:どっかの慈善家が言った、力を持っているなら何かするべきだなんてのは……

アクタック:私は誰かの言いなりになんか絶対ならない。


 話を終えると、青年は厚い雪を踏んで帰って行った。村の近くまで戻った時、彼は見慣れた姿が座っているのが見えた。まるで誰かを待っているかのようだ。


アクタック:……そんなに暇なのか?

ポロンカリストゥス:ははっ、エクティスが温もりを得るための方法を見つけたからね。彼らは毎日生贄探しに必死で、私に構う暇なんてないよ。それに、私は自分の角を捧げているしね。


 彼は包帯だらけの自分の角を指差した。そこから赤色が滲んでいるが、その主は全然気にしている様子はない、むしろ笑顔を浮かべていた。



アクタック:それは誇れる事なのか?

ポロンカリストゥス:私の事はもういいよ、さっき海神に悪態をついたって?

アクタック:本当の事を言っただけだ。

ポロンカリストゥス:そんな心躍る場面を見逃してしまうとは、残念だ。しかし、彼らは君を簡単に諦めたりはしないよ、だって彼らが最も愛している海神に関わる事だからね。

アクタック:……喧嘩を売っているのか?

ポロンカリストゥス:ふふっ、怒らないで。私も君と同じくらい海神の事を嫌っているからね。

アクタック:同じだと?私の考えなんて何一つ知らないくせに……

アクタック:私以上にここを離れたいと思う者はいない、だが私の体は誰よりも寒さを焦がれている。私はここにいるべきだと、運命は私に言い聞かせているみたいだ!でも、私はそんなの思った事はない!

アクタック:私はこんな運命なんていらない!

ポロンカリストゥス:……

ポロンカリストゥス:呪いを解く方法を知りたいか?

アクタック:何を言っている、呪いなんてのは貴方の作り話だろう?

ポロンカリストゥス:エクティスから離れたい、そうでしょう?

アクタック:……

ポロンカリストゥス:しかし、君の御侍は簡単に君を逃がしたりはしない。食霊は契約に束縛されているから、そもそも勝手に動けない……

アクタック:何が言いたい?

ポロンカリストゥス:ふふっ……


 北風は雪を吹き上げ、彼の笑顔を白い霧で覆い、その本当の意味を隠した。


ポロンカリストゥス:エクティスから離れる方法を……教えてあげよう。


エクティスⅢ

陽光と花々。


 エクティスは果てのない雪原だ。雪の下には岩石や土はない、厚い氷の層と底の見えない海しかない。

 ここを離れるためには長く鋭い寒さに耐えるほかない。だがここに留まるにも同様に低温と飢餓に耐えなければならない。人々は生きるために頭を捻り、全力を尽くしている、だが……

 どれだけ寒い場所であっても、花は咲く。


ヴァージニア:ねぇ!キビヤック!あたしだよ!キビヤック


 バシャンッ--

 青年は氷海から頭を出して、顔を上げて全身から楽しさを溢れ出しているような女の子を見つめ、困ったように頭を傾げた。


キビヤック:……何?

ヴァージニア:ほら!この前言っていたものだよ!

キビヤック:ここは……


 彼はそっと女の子が渡して来た物を受け取った。丸を中心に五つの楕円が糸で繋がっている物で、小さいけれどとても精巧で、まるで太陽みたいに光っている。


ヴァージニア:これは花だよ!リナおばあちゃんがいっぱい教えてくれて、やっと縫えたの!

キビヤック:うん……綺麗。

ヴァージニア:あげる!

キビヤック:えっ?

ヴァージニア:毎日あたしたちのために魚を獲ってくれてありがとう!キビヤックがいなかったら、あたしとお父さんと村のみんなはお腹を空かせちゃうよ!

ヴァージニア:お父さんが言っていたんだ、キビヤックはあたしたちのために魚を獲らないといけないから上に上がって来れないって、本の中にある花がどんなのかも知らないって……だからこの花をあげる!海に持って行っても大丈夫なんだよ!


 女の子の話を聞いて、キビヤックは思わず花を握りしめた。そして純真な女の子に向かって、感謝の笑みを浮かべこう言った。


キビヤック:ありがとう……

ポロンカリストゥス:ヴァージニア!私は君とかくれんぼをしている暇はないんだ、早く出てきておいで-!

ヴァージニア:いけない!鹿だ!捕まったらまた小言言われちゃう……キビヤック、もう帰るね!

キビヤック:いえ……


 女の子の背中から視線を戻した、活き活きとしているその花はまるで太陽の光が降り注いでいるかのようだった。


ポロンカリストゥス:彼は節操なく君を搾取しているのに、君はこんな物で飼いならされるのか?これは人間の陰謀かもしれないというのに。


 よく知っている声が背後から聞こえて来た。キビヤックは警戒して、距離を取る。


キビヤック:陰謀?

ポロンカリストゥス:君の御侍……リナはもう年だ、いずれ死ぬ。だけど彼らはいつまでも君が必要と言う、まあ君というより、君が氷海で獲る魚が必要なだけだけど。

キビヤック:必要とされているのは、良い事じゃないのか?あの時、君が必要としたから、俺は……

ポロンカリストゥス:私は君の助けなんて必要ない。

キビヤック:……


 急に辺りの気温が下がった。鹿の角を生やした青年が真顔になる事は滅多にない、彼自身も違和感を覚えているようだ。その上キビヤックの顔にいつの間にかまた融けない氷がついているのが見えて……

 彼は思わずため息をつき、また笑顔に戻った。


ポロンカリストゥス:安心して、借りは返す。あと数日したら、良い知らせを聞く事になるだろう。

キビヤック:何?

ポロンカリストゥス:ふふっ、またその時にね。


───


 どれだけ歩いたのだろう、鹿の角を生やした青年は近くの村の廃屋の前で足を止めた。悪戯に早いテンポでドアを叩き、中の者を怒らせた。


ポロンカリストゥス:お待たせ~

アクタック:……

ポロンカリストゥス:何?どうしてそんな顔で私を見るの?

アクタック:本当にエクティスに復讐するために、私を手伝うのか?

ポロンカリストゥス:もちろん。人間たちの食霊を奪う事以外で、彼らを苦しめられる方法はないでしょう?

アクタック:……

ポロンカリストゥス:ふふっ、エクティスを出るために君が支払わなければいけない代価の話をしようか、心の準備はもう出来た?

アクタック:……ああ。


 果てのない氷と雪を見ている青年の寂しい目には、珍しく希望の光が灯った。


アクタック:外の世界を見てみたい、他の場所に住む人と知り合ってみたい。他の食霊たちも私たちと同様に、自由に息をしたいだけなのにもがかなければいけないのか知りたい……

アクタック:私は何故この世に来たのか、なぜこの世界は寒さと苦しみしかないのか、本当に太陽と花はあるのか知りたい。そのためなら……

アクタック:どんな代価も厭わない。


エクティスⅣ

去る代償。

ペルセベ:で……代価とはなんだ?

ポロンカリストゥス:……私に聞くのか?はぁ……知る訳がないだろう?

ペルセベ:鹿の角に胡散臭い話し方……あいつらが演じてんのは貴様の事だろ?

ポロンカリストゥス:はぁ、こんなに想像力豊かだったのか、知らなかった。

ペルセベ:……


 ポロンカリストゥスは握り過ぎて皺くちゃになった服の裾を一目見たが、ペルセベはそれ以上聞いてくる事はなかった、どうしてか静かにショーの続きを見ていた。

 しかし……


レッドベルベットケーキ:ジャジャーン!回答の時間よー!

レッドベルベットケーキ:問題、エクティスを離れるためにはどんな代価が必要かしら?正解しないと、ショーは続かないよ〜

ポロンカリストゥス:……


 ポロンカリストゥスは自分のこめかみがピクピクと動いているのを感じていた。そして、歩くたびに奥歯がギシギシと鳴っている。赤い服の女性の傍に辿り着いた後、彼女の耳元で答えを言った。


レッドベルベットケーキ:うんうん……正解!

ペルセベ:……

ポロンカリストゥス:コホンッ、当てずっぽうだよ。

ペルセベ:俺様をバカにしてんのか?

ポロンカリストゥス:……


 ポロンカリストゥスは最後まで誤魔化しとおすつもりのようだ。ペルセベは苛立ちが募っているが、他に方法がない上に、そもそも他人に興味はあまりなかった。

 そして、ショーは続いた。


某日

氷海


ヴァージニア:はぁ……

キビヤック:どうしたの?

ヴァージニア:キビヤック、お父さんがアクタックがいなくなったって……あたしたちにたくさんの食べ物を換えて来てくれたけど……みんなは、鹿が村での地位を保つために、アクタックを売ったって言ってたの……

ヴァージニア:みんな鹿は悪いやつだって言ってる……本当なの?でも鹿はいつも遊んでくれるから、良いひとだよ!でもみんなの言葉を聞いても、彼は反論しなかったの……

ヴァージニア:それにエクティスはもっと寒くなかったみたい、きっと海神様が怒ったんだ……キビヤック、あたしは一生本物の花が見れないのかな?

キビヤック:……

ヴァージニア:うぅ……ごめんね、キビヤック毎日疲れてるのに、こんな話して……大丈夫!紙に描いた花も綺麗だよ!そうだ、今日の魚ちょうだい!

キビヤック:俺たちが見えているものだけが、真実じゃない……

ヴァージニア:えっ?

キビヤック:鹿も、エクティスも……寒いのも、悪い事じゃない。

ヴァージニア:そっ……そんな事言っちゃダメだよ?!


 女の子の悲しい瞳に突然怒りが充満した、雪原の中まるで火が燃えているかのよう、キビヤックの心を燃やした。


ヴァージニア:どれだけの人が寒さのせいで死んじゃったと思ってるの?!お父さんたちは村のために、毎日大変な思いをして食べ物を探しているし!鹿の御侍も魚に耳を食べられちゃったし!みんな毎日辛い思いをしているの!寒いのどこが良いの!

キビヤック:いや、そういう意味じゃ……

ヴァージニア:キビヤックのバカ!嫌い!もう来ない!

キビヤック:まっ、待って……!


 去って行く女の子の後ろ姿を見つめ、伸ばした腕はしばらくしてようやく下ろされた。

 

キビヤック:今日の魚、まだ……

ポロンカリストゥス:……君って、責任感強すぎるよ。

キビヤック:鹿……?

ポロンカリストゥス:食霊は人間よりも遥かに強いけどわ彼らにこき使われて、突き放されたり、ひどすぎない?

キビヤック:違う……確かに、お腹を空かせている人は多い……

ポロンカリストゥス:絶食している老人たちの事るあいつらはもうこの苦しみから逃れたいだけだ、子孫の腹を満たせるし、一石二鳥でしょう?

キビヤック:どうして、そんな言い方……

ポロンカリストゥス:何?私が薄情だって言いたいの?

キビヤック:違う……本当は、こんな事、思ってないのに……

ポロンカリストゥス:わかったような事を言うな。

キビヤック:……ごめん。

ポロンカリストゥス:ふふっ、本当に悪いと思っているなら、少し手伝って。

キビヤック:?


エクティスⅤ

ショーの終わり。

ポロンカリストゥス:ふふっ、本当に悪いと思っているなら、少し手伝って。

キビヤック:何?

ポロンカリストゥス:簡単だ、エクティスを離れるだけ。

キビヤック:離れる……?

ポロンカリストゥス:そうだ。日夜問わず氷海に浸かって魚を獲ったり、生贄になったりする以外に、君に出来る事はもっとあるだろう。

キビヤック:でも俺が離れたら、ここの人たちはどうやって生きれば……

ポロンカリストゥス:……彼らは自分の命のために、躊躇なく君を海底に閉じ込めた、それなのにまだ彼らの心配をするのか?

キビヤック:でも……

ポロンカリストゥス:でも?そうだよ、私たちは簡単には死なないよ。でも痛みも寒さも感じる、心も痛くなる。本当に道具のままでいいのか?

ポロンカリストゥス:外の世界を見てみたくないのか?寒さ以外の感覚を、花とは、温もりとは何かを、知りたくないのか?

ポロンカリストゥス:海底の幽霊になるためにこの世界に召喚されたのか?!

キビヤック:……


 こんなに興奮している仲間を面前に、キビヤックはどう反応していいかわからなかった。相手も自分の失態に気付いたのか、どうにか笑顔を浮かべ、2歩下がった。


ポロンカリストゥス:また来る、その時に考えが変わっている事を願っているよ。

キビヤック:君も……ここから離れるの?

ポロンカリストゥス:もちろん。ナイフラストを聞いた事はあるか?あそこでならもがかなくても生きる自由を得られる、私の目的地だ……

ポロンカリストゥス:私と一緒にここから離れるつもりがないなら、もう一生ついてくるな。

キビヤック:待って!

ポロンカリストゥス:……何、もう心変わりしたの?

キビヤック:違う……これは今日の分。

ポロンカリストゥス:……


 ポロンカリストゥスは相手が持っている魚とかつて自分に温もりを与えてくれた手を見た。今やその手は、長い間氷水に浸かったせいでおかしな色になりその上傷だらけだった。彼の目の温度は冷めていった。

 

ポロンカリストゥスアクタックの末路を知っているか?

キビヤック:何?

ポロンカリストゥス:考えた事はないのかる彼の御侍がそう簡単に彼を手放す訳がないだろう?それに彼がいなくなった後、彼の御侍の名前すら出なくなったのは気にならなかったのか?

キビヤック:貴様……

ポロンカリストゥス:そう、私だ。私が彼らに教えたんだ、食霊は外の世界ではとても金になると、エクティスのために大量の食料と温もりを換えられるとと。だから、愚かな人間は自分の食霊を自らソリに括り付けた。

ポロンカリストゥス:可哀想なアクタック、今頃彼の御侍の骨と共にブラックマーケットに送られているんだろうな。

キビヤック:違う、そんなのは嘘だ……君は悪いひとじゃない、彼らがそう言っていたとしても、俺は知っている、君はそんな……

ポロンカリストゥス:そう思ってくれても構わないよ、でも……自ら経験した後は?

キビヤック:?

ポロンカリストゥス:私がしたい事は誰も止められない、君とアクタックがここを離れれば、私はエクティスの唯一の食霊になる、人間共は私を崇めるしかないんだ!

ポロンカリストゥス:どんな方法を使って、君を追い出すかわかる?

キビヤック:違う……そんな事しない……

ポロンカリストゥス:いや、するさ。


 カンカンカンッ!


 鐘の音が鳴り、ショーもいよいよ終盤に差し掛かった。ポロンカリストゥスは自暴自棄になっているのか、レッドベルベットケーキの耳元で最後の問題の答えを言った。それはこの物語の結末でもある。


レッドベルベットケーキ:あら〜!流石ビクター帝国の情報官、こんな事まで知っているとはね!

ポロンカリストゥス:……失礼ながら、どうして「カーニバル」でこのようなショーが上演されるのだろうか?

レッドベルベットケーキ:うーん……趣味?とにかく、わざとお客様の古傷を剥がして楽しんだりする訳ないじゃないですか〜!

ポロンカリストゥス:……

レッドベルベットケーキ:ふふっ、時間がない、勝者2名はついて来てください。

ペルセべ:どこに行くんだ?

レッドベルベットケーキ:あなたたちが会いたがっているひとに会いに〜

第四章-腐れ縁

腐れ縁Ⅰ

君が言うなら、信じる。

「カーニバル」地下1階

「マジックケイヴ」


ガナッシュ:はぁ……少しだけって言ってたじゃん、どうしてまだ帰って来ないの……

ガナッシュ:早くケンカしたい……違う……早く殴られたい……

ガナッシュ:レッドベルベット、早く帰って来て……


 ギシッーー


レッドベルベットケーキガナッシュちゃん!お待たせ〜!

ガナッシュ:おかえりー!相手は?!「コロシアム」を貸してあげたら、ケンカ出来る相手を連れて来てくれるって言ったよね!

レッドベルベットケーキ:もちろん!嘘なんてつかないわ!ほら、彼だよ〜

ペルセベ:はぁ?!

ガナッシュ:アンタか……アハハハッ!最高!痛くしてくれそう!早く!早く「コロシアム」に行こう!今すぐ!

ペルセベ:あぁ?あっちから出たばっか……っておいっ!俺様に飛び乗るな!


 少年がぶら下がってきた事で慌てふためくペルセベを外に押し出し、レッドベルベットケーキは笑顔でドアを閉めた。そして、肩の荷が下りたかのように手を叩く。


レッドベルベットケーキ:野次馬は少ない方が良いでしょ?だからどっか行ってもらった。感謝しなくていいわ、これからビクター帝国と何か商談出来ると嬉しいわね〜

ポロンカリストゥス:ふふっ、商談?そんな事より……「カーニバル」と「クルーズ船のオークション」について内緒にして欲しいんじゃないの?

レッドベルベットケーキ:あら、流石最強情報官、全部知ってたのね!

ポロンカリストゥス:……会って欲しい相手はどこ?

アクタック:ここに。

ポロンカリストゥス:……

アクタック:とぼけるな、私だと見当ついていただろう。懐かしい事を思い出した気分は?

ポロンカリストゥス:……まさか、ここまで落ちぶれているとは。

アクタック:エクティスの村人たちを唆して私をナイフラストに売り払った時点で、こんな日がいつか来ると、思っていただろう?


 その言葉を聞いて、ポロンカリストゥスはぎこちない表情を浮かべた。しかしすぐにいつもの笑顔に隠されてしまう。だがこの笑顔は、いつもの物に比べてもっと冷たかった。


ポロンカリストゥス:彼はどこにいる?

アクタック:どうして彼を探すんだ?

ポロンカリストゥス:じゃあ、君はどうして彼を隠しているんだ?ビクター帝国の敵を匿って、どうなるかわかっているのか?

アクタック:知らない、興味もない。

ポロンカリストゥス:……一体何がしたいんだ?私に復讐か?

アクタック:彼を守りたいだけだ。

ポロンカリストゥス:……君は私の事を変態殺人鬼かなんかだと思っているのか?

アクタック:今更エクティスの村人たちを殺したのは貴方じゃないって言いたいのか?

ポロンカリストゥス:……

ポロンカリストゥス:そもそも、私ではない。


 彼は肩をすくめた。


ポロンカリストゥス:信じるか信じないかは君たち次第だ、あの人たちは彼らが熱愛していた呪いによって殺されたんだ。

キビヤック:じゃあ……俺の御侍は?

ポロンカリストゥス:……


 ポロンカリストゥスは遂に笑顔の仮面を外した。彼は真顔で暗がりから出て来た青年を見て、青年の頬についた氷を見た。


キビヤック:俺の御侍は……君が殺したのか?

ポロンカリストゥス:違うって言ったら、信じるのか?

キビヤック:信じる。君がそう言うのなら、信じる。

ポロンカリストゥス:ハッ……だから……

ポロンカリストゥス:君のそういうところが嫌いなんだ。


腐れ縁Ⅱ

処刑と生贄。

数十年前

エクティス


住民A:食霊だ!三人目の食霊が誕生した!

住民B:村長が召喚したんだ!良かった!これで救われる!

住民A:これは海神様からの恩賜だ!生贄を差し出したエクティスへの贈り物だ!

住民B:早く!早く始めよう!


 コンッ!

 召喚されたばかりの食霊はまだ目も開けていないのに、後頭部に猛烈な一撃を食らった。そして天地が逆転し、彼は自分がまな板の上に押し付けられ、首筋には鋭利な刀が添えられている事に気付く。


ポロンカリストゥス:……これは……

住民A:お腹が空いて死にそうだ……早く……ニコラス、それはあんたの食霊だ!早くそれの肉を切れ!

住民B:それの肉を食うんだ!

ポロンカリストゥス:まっ……待ってくれ!


 窒息しそうな程の寒気が首筋から全身に伝わり、食霊は慄き、声までも震えていた。彼は自分の目が黒い布に覆われているのを感じ、一縷の可能性に気付いた……

 処刑される様子を自分に見せようとしないこの者たちには、もしかしたら……ほんの少しだけ憐れみの心を持っているかもしれないと。


ポロンカリストゥス:私の体はこの一つしかない、一気に食べてしまったらなくなってしまうだろう?!いっそ……


 彼自身もどうしてこんな扱いをされているのかわからない、この人間たちが本当に自分の肉を食べようとしているのかも……ただ、この時彼の心の中には一つの思いしかなかった……

 生きろ。


ポロンカリストゥス:私の角を食べたらどうだ!すり潰して粉にすれば腹が脹れる上に病気も治せる!私の角はまた生えてくるから、長く食べられるんだ!


 彼は震えながら叫ぶと、沈黙が続いた。自分の命はここまでかと思ったその時、救いの手は差し伸べられた。


リナ:……彼を解放しなさい。


 年老いた声だが、異常に優しかった。彼は自分を縛る物が外されるのを感じ、やっと光を見れると思ったその瞬間、どこからともなく手が伸びて彼の目を覆った。


ポロンカリストゥス:えっ、なっ、なに……

キビヤック:まだ開けないで。雪で……目が焼ける……

ポロンカリストゥス:……


 その手は彼の目が外界からの強い光によって傷つかないように、強く覆っていた。冷たいそれから、何故だか温もりを感じた。

 しかしエクティスでは、温もりだけでは生きて行けない。


ポロンカリストゥス:私は混沌から来たんだ。そこの私に言った、エクティスは海神に呪われているって。

住民A:呪い?なんだそれは?

ポロンカリストゥス:さあ?少しでも神への敬意を忘れたら、怒らせてしまうかもしれないね。海神様がお怒りだから、エクティスは今みたいになったんだ。

住民A:じゃあ……海神様にエクティスを許してもらうには、どうしたらいいんだ?

ポロンカリストゥス:生贄。

ポロンカリストゥス:海神様に生贄を捧げれば、エクティスは少しだけ暖かくなるだろうね。信じないのなら、試してみたら?


 バシャンッーー


住民A:ほっ、本当に少し暖かくなったような気がする……

住民B :彼が言っていた事は本当だったんだ!エクティスは、エクティスは救われる!

ポロンカリストゥス:バカだな……本当な訳がないじゃん……でも……


 彼は仲間を氷海に突き落とした恐怖と後ろめたさで体が熱くなる村民たちを見て、少しだけ痛みが和らいだ角を触り、思わず次の嘘を口にした。


ポロンカリストゥス:呪いを解きたければ……私の事をどう扱えばいいか、わかるよね?


 彼はボロ切れだらけの寝床に座り、血まみれの角の痛みを耐えながら、笑ってこう言った。


ポロンカリストゥス:鹿角粉ばかり食べて、もう飽きたんじゃない?雪の上で狩りをするより、冰の下の方が食料が多いんじゃないかな。

住民A:それはそうだが、冰の下まで潜って魚を獲れる者なんて……こんなに寒いのに……

住民B:フンッ、飢え死にする前に凍死するよ。

ポロンカリストゥス:食霊は簡単には死なない。例えばあのキビヤックは、魚を獲るのが上手そうだね……


 彼はエクティスに来てからもう長い、寒さにはもうとっくに慣れていた。声はもう震えたりはしないが、この言葉を口にした時、何故だか心臓の方が震えた……


ポロンカリストゥス:彼はずっと海の中にいても凍死したりはしない、どうしてエクティスのために彼に尽力してもらわないんだ?


 彼は村民たちに囲まれたキビヤックを見つめる。ここに生まれた最初の食霊、彼は守られてきたのに、今や深淵に突き落とされそうになっている。

 彼はキビヤックは反抗すると思っていた、少なくとも怒ると、しかし……


キビヤック:わかった。


 バシャンッーー

 彼は水しぶきを見て、口角が震え、泣き顔よりも不格好な笑顔を浮かべた。


腐れ縁Ⅲ

呪いを掛けたのは……君か?


ポロンカリストゥス:彼は拒否せず、本当に飛び込んだ、しかもその後1回も陸に上げる事はなかった!実にバカだろう?

アクタック:……貴方が飛べと言ったんだろう?

ポロンカリストゥス:私がこうしろと言ったら、彼は従わなければならないのか?どうして?彼にとって私は一体何なんだ?

アクタック:何でもいいだろう……私の仕事はまだ終わっていないんだ、遊びたいだけなら他をあたれ、邪魔をするな。


 ポロンカリストゥスはやっと仲間が何をやっているのか気付いた、そして突然驚きの表情を見せる。


ポロンカリストゥス:こんなにたくさんの魚、全部君一人で処理しているのか?

アクタック:誰かさんが食霊は疲れないと言ったからな、こんなのだって朝飯前だろう?

ポロンカリストゥス:ふふっ、やりたくないのなら私に良いアイデアがあるよ。お互いの御侍を殺して、一緒に逃げ出さない?

アクタック:こんな事を私に言って、私が告げ口をしないとでも?

ポロンカリストゥス:うん。だって、今のところあのバカ共は私の言葉を信じてくれるでしょう。

アクタック:……諦めろ。貴方の御侍であるニコラスは良い人だ、私は彼を傷つけたりはしない。

ポロンカリストゥス:良い人だからこそ、早くここから解放されて欲しいんだ……

アクタック:……


 空気が固まったかのように、二人は考え込んだ。そして、ポロンカリストゥスが沈黙を破る。


ポロンカリストゥスキビヤックの奴は善良そうな顔をしているけど、あれは演技だと思うか?

アクタック:?

ポロンカリストゥス:彼はこんな方法で死を恐れる私を嘲笑っているんじゃないのか?それとも私が彼に感謝すると、彼に手を差し伸べると本気で信じているのか?

ポロンカリストゥス:ああ、わかった。あいつは私に借りを作って、私を苦しめようとしているのか!私は誰かに借りを作るのが一番嫌いだからな!

アクタック:……彼がこんな事を考えているとは思えないが、君が本当にそう思っているのなら、どうして本人に直接聞かないんだ?

ポロンカリストゥス:……行けばいいだろう!


 あの頃のポロンカリストゥスはまだ遠謀深慮という言葉を知らない、少し衝動的だった。仲間の言葉を聞くと、すぐに氷海へと向かった。


ポロンカリストゥス:どうして了承したんだ?

キビヤック:何?

ポロンカリストゥス:どうして海に飛び込む事を了承したんだ?寒くないのか?休みたくないのか?

キビヤック:休みたい、だけど……

ポロンカリストゥス:上がれ。

キビヤック:えっ?

ポロンカリストゥス:上がれ!

キビヤック:ダ、ダメ……

ポロンカリストゥス:どうして?ここには君と私しかいない、それとも本当に海神の呪いがあると思っているのか?


 彼はそう言いながら強引にキビヤックを海から引っ張り上げた。しかし、猛烈に拒否され、冷たい水しぶきが彼の顔に掛かる。

 一部の水しぶきが鋭い氷の刃となり、ポロンカリストゥスの頬を掠め、細く深い血痕を残した。


ポロンカリストゥス:!

キビヤック:ごっ、ごめん……だいじょう……

ポロンカリストゥス:……やっぱり、エクティスを呪う海神は……

ポロンカリストゥス:君の事なんだろう?

キビヤック:……


腐れ縁Ⅳ

生きろ。

始まり

エクティス


 ここには広大な海があった。

 果ても底も見えない、まるで人間が立ち入る事を拒否しているかのようだ。

 しかしある時、帆船が流れ着いた。


リナ:船は……もうすぐ沈んでしまうわ……

キビヤック:……

リナ:キビヤック、行きなさい。

キビヤック:で、でも……

リナ:貴方は食霊だから、無事ここから離れられるはず……死に行く私たちの姿は見ないで欲しい。

キビヤック:……


 船上にいる男たちは必死で浸水した帆船を立て直そうとしている、しかしもう手遅れだった。キビヤックは赤ん坊を抱いて甲板に座るリナを見て、拳を握りしめる。


キビヤック:君たちに、死んで欲しくない。

リナ:私も死にたくないわ……でも天災は無情よ、運命は私たちをこの死地に送った、ここからどう生きればいいの?私には思いつかないわ……

キビヤック:俺は君たちを助けられる、でも一定の代価を……払わないといけない。

リナ:本当に?お願い、生きられるのなら、どんな代価だって払うわ!

キビヤック:……わかった。


 バシャンッーー

 食霊は海に飛び込んだ、水しぶきと落水の音は絶望した人たちを惹きつけた。だがすぐに、周りの変化に気付きその目には希望が灯る。

 氷だ。食霊が落ちた場所以外、海面には分厚い氷の層が出来ていた。帆船の水漏れも止まった、冰に乗ったからだ。


リナ:助かった……キビヤック、ありがとう!私たちを助けてくれて、本当にありがとう!

キビヤック:大丈夫……船を少し解体して、海鳥を捕まえて焼いて食べよう。

リナ:そうね!船はまだ使えそうだし、一先ず簡易的な家も建てておかないと。皆の体力が回復したら、すぐにここから離れよう。

キビヤック:いえ……


 しかし。


住民A:海で漂流してからどれだけ経ったと思っているんだ?!他の大陸まで歩くなんて不可能だ!ここから離れられない!

住民B:正直、私はここから離れたくない、今の生活も悪くないでしょう?仕事をする必要もない、貴族たちの犬になって生きるよりも幸せじゃない?

リナ:でも子どもたちには教育が必要だし、病気になる人だって……

住民B:子どもは親が教育すればいいよ、病気になった人たちは……

住民A:自然淘汰だ、気にするな。子どもは生まれるし、人間はこうやって生きてきたのだろう?

リナ:なっ……そっ、そんな事?!

住民A:余計な事を言うな。狩りも針仕事も出来ない貴方の話を私たちが聞いているのは、貴方には食霊がいるからだ。

住民B:安心して、その食霊が海を凍らせ続けてくれて、狩りを続けてくれたら、貴方はのんびりと生きて行けるわ。これだけは保証してあげる。

住民A:あと……貴方の子どもと死にかけの旦那もな。

リナ:!


 リナは遠くを見つめた、そこにはエクティスのために忙しなく働くキビヤックの姿があった。そして彼女の傍には、まだ幼い子どもと寒さによって病に掛かった伴侶がいた。


リナ:……


 最終的に、彼女は何も言わず残る事を選んだ。そして、いつしかここ一帯はエクティスと呼ばれるようになり、針仕事も覚えて、村の中で一番年上の老人となった頃……

 エクティスは再び危機に面したのだ。


住民A:どうしたんだ?最近鳥の姿が見えないな。

住民B:子供たちはよく食べるのに、鳥は全部食べ切ってしまったのかしら……

住民A:……釣り竿も動きがないようだ。

住民B:当たり前でしょう、餌もつけないで釣れる訳がないじゃない。

住民A:じゃあどうしろってんだ?!このままじゃ全員餓死するぞ!

住民B:……昨日、また誰かが食霊を召喚したらしいね。

住民A:そうだ、私たちの仲間じゃないし、食霊に海の中で食べ物を探してもらおう。

住民B:それか……直接食べちゃう?人間と見た目は似ているけど、味は……

住民A:しょうがない、私たちが……生きて行くためなんだ。 


腐れ縁Ⅴ

氷雪が歴史を埋める。


ポロンカリストゥス:で、私の所に来たと?

リナ:……私のかつての友人たちはエクティスの起源をひた隠しにしてきた、だから今の子どもたちはここがただの海だったという事を知らない。彼らは増していく寒さによって生活が苦しくなっていると、おかしくなっていくと思っている、だけど……

リナ:エクティスが寒くないと、私たちは生きて行けない。この海に生贄を捧げるから、私たちは呪いを受けるのだ!

ポロンカリストゥス:……どうしてこんな話を私に?

リナ:……どうか、キビヤックを救ってあげて欲しいんだ。

ポロンカリストゥス:救う?彼は元気そうじゃないか、少なくとも私よりはな。


 彼はまだ血が滲む自分の角を指差した。

 

リナ:貴方への仕打ちを申し訳なく思っている、だけど……少なくとも今村民たちはもう貴方を傷つけたりはしない、でもキビヤックは……

リナ:エクティスはどんどん暖かくなってきている、彼は力を頻繁に使わないと氷を維持出来ないんだ……それに村民に気付かれてしまったら、きっと敵と見なされて殺されてしまう。

ポロンカリストゥス:普通の人間が食霊を脅かせるとは思えない、それに彼の御侍として貴方が傍にいればいいだろう。

リナ:ダメだ……貴方はキビヤックの性格を知らないんだ。村人たちが彼を殺そうとしても、彼は反抗したりはしない。

リナ:私の夫……キビヤックはずっと彼のせいで夫が死んだと思っている。例え私たちが一度も彼のせいにしていなくとも、彼は償おうとしている……自分を犠牲にしてもだ。

ポロンカリストゥス:……本当に善人なんだな。

リナ:いや、キビヤックはただ……

ポロンカリストゥス:いえ、君の事を言っているんだ。優しすぎやしないか?私の理解が正しければ、君があの者たちに生きる希望を与えたのに、奴らは君の家族を人質に脅したという事だろう?恨んだりしていないのか?

リナ:だから貴方に頼みに来た。

ポロンカリストゥス:?

リナ:私も彼らを恨んでいる、だから貴方の事を理解できるし、信じられる……生贄として海に突き落とされた人たちを……こっそり助け出しているのでしょう?

ポロンカリストゥス:……

リナ:彼らは貴方と同じで、捨てられた可哀想な人たちで、何の罪もないから。貴方は優しい子だ……そんな目じゃ、騙せないよ。

ポロンカリストゥス:……どうして欲しい?

リナ:キビヤックを連れてエクティスを離れて欲しい。そうすればここは再び海となって、村民たちは海底に沈むだろう。

ポロンカリストゥス:……君も?

リナ:そうだ。


 ポロンカリストゥスは再びリナを見た。彼女の目にはどうしようも出来ない無力さと、若い頃の強さがあった。


リナ:私は長くエクティスに縛られて来た……ここはまさに呪いだ、未知と未来に怯える人たちを閉じ込めた……

リナ:人間の現実逃避は、呪いをより強固なものにする……彼らを解放する時が来たのだ。

リナ:どうか、助けてはくれないか?

ポロンカリストゥス:……

ポロンカリストゥス:断れる訳がないだろう?一つ借りがあるからな。


 彼は自分が召喚された日の事を突然思い出した、冰のように冷たい刃と温かな手を。


ポロンカリストゥス:君も一緒に連れて行けるかもしれない。

リナ:いいんだ。私もキビヤックを傷つけたり罪人だ、それ相応の罰を受けるべきだ、それに……

リナ:もう、家族に会いたいんだ。


 リナがいなくなるまで、老いているが強い背中を見つめ続けた。氷雪は歴史の欠片を覆い隠す。

 彼が彼女を見たのは、これが最後だった。


腐れ縁Ⅵ

落とし穴。


ポロンカリストゥス:……事の顛末はこうだ。

キビヤック:リナに約束したんだな……俺をエクティスから出すと……

ポロンカリストゥス:そして、狂った村民たちに罰を与えた。まあ、全員が海に沈んだ訳でない。

キビヤック:?

ポロンカリストゥス:君の所に行く前に、村民たちに全てを話した。早くエクティスから出ないと、死ぬと。

ポロンカリストゥス:たまたま、村での私の人望が一番高かった頃だったから、彼らはエクティスが海になる前に離れたよ。今も辛い日々を送っているだろうけど、あの頃よりはましなはずだ。

キビヤック:じゃあ……俺を殺しに来た訳じゃないの?

ポロンカリストゥス:正しくは、まだ私が知っているキビヤックであるなら、殺さない、だ。

キビヤック:どういう……意味?

ポロンカリストゥス:……何も変わってないみたいだな、バカでムカつく。

キビヤック:……

アクタック:つまり、貴方がもし凶悪犯になっていたら、ビクター帝国と忠実な僕として、彼は貴方を殺さなければならない。

アクタック:フンッ!せっかく支配から逃れたのに、主を変えただけか?

ポロンカリストゥス:君に私をとやかく言う資格はないだろう、君もこの「カーニバル」でひとの下でバイトをしているじゃないか。

アクタック:「カーニバル」は違う。

ポロンカリストゥス:どうでもいい。聞きたい事は全部聞いたよね?私が任務を遂行する時間だ……

ポロンカリストゥスキビヤック、私と来なさい。

キビヤック:えっ……でも……

レッドベルベットケーキ:まず彼のご主人様の了承を得ないとダメよ〜

ポロンカリストゥス:?

レッドベルベットケーキ:残念ながら、このお兄さんは既にあたしの商品

になっているわ!連れて行きたいなら、お金を払ってもらわないと〜

ポロンカリストゥス:……いくらだ?


 やむを得ない表情を浮かべている相手を前に、レッドベルベットケーキの顔は一層綻び、ドヤ顔で指を5本出して揺らした。


レッドベルベットケーキ:そうね、これでどうかしら〜

ポロンカリストゥス:……さようなら。

レッドベルベットケーキ:えー?!彼の事はもういらないの?!

ポロンカリストゥス:ぼったくりだろう、「学校」にこんな高い資源は必要ない。

レッドベルベットケーキ:はぁ、残念……あなたの負けよ。

ポロンカリストゥス:?

レッドベルベットケーキ:お客様、先程が最後の試練でした、しかし残念ながら失敗してしまいました!

レッドベルベットケーキ:罰として、あたしの商品になりなさい〜!

ポロンカリストゥス:くっ……!


 急いで任務を遂行しようとしたため、ポロンカリストゥスはすぐに異変に気付けなかった。背後から煙が漂って来ているのに気付いた頃、彼はもう床に倒れてしまっている。


レッドベルベットケーキ:ナイス!愛しのシナモンロール、流石だわ〜!

シナモンロール:うぅ……これが最後ですよ!何を言っても、もう二度とこんな事に香料を使わせません!

レッドベルベットケーキ:もちろん、約束するわ〜

レッドベルベットケーキ:シーザーちゃん、早く二人を倉庫に閉じ込めて、お金をたんまり稼ごうじゃない〜!

シーザーサラダ:お金なんてどうでもいい、早く退勤したい……乗れ。

ポロンカリストゥス:うぅ……


 力は抜けているが、まだ意識は保っているようだ。ポロンカリストゥスは自分が台車に乗せられている事に気付いているが、抵抗しようにもどうにもならなかった。


キビヤック:ご、ごめんなさい……

ポロンカリストゥス:(どうして、またそんな顔を……君の謝罪なんて必要ない……)


 意識を失う寸前、ポロンカリストゥスは心配そうな彼の顔と長年隠し続けた本音だけが脳裏に浮かんだ。


腐れ縁Ⅶ

借りは作らない。

「カーニバル」地下1階

倉庫


 薄暗い中、二つの視線はぶつかり合いお互いを見つめる。


ポロンカリストゥス:……

キビヤック:……

ポロンカリストゥス:で、どうしてナイフラストに来たんだ?

キビヤック:……ま、迷って……

ポロンカリストゥス:は?!迷子?!ただの迷子?!

キビヤック:……


 何も変わっていないキビヤックを見て、ポロンカリストゥスは何回目なのかもう数えられないため息をついた。落ち着く体勢に換えて、食霊のために作られた檻をなでる。


ポロンカリストゥス:エクティスを恨んだ事はないのか?

キビヤック:……ない。

キビヤック:全て、自分で決めた事だから。彼らが最終的にあんなに狂ってしまったのは、俺のせい、俺が止めなかったから……

ポロンカリストゥス:彼らは家畜じゃない、手も足も脳ミソもある。君が止めないと、何をしてはいけないかすらわからないと思っているのか?

キビヤック:わからない……でも、理解したい……許したいんだ……

キビヤック:人間と食霊は違う、限られた命を大切にする、そしてそれのためなら全てを捧げられる……彼らは勇敢で知恵もある、ただ、道を間違えてしまっただけ。

ポロンカリストゥス:じゃあ、私は?

キビヤック:……君?

ポロンカリストゥス:……

キビヤック:……恨んでないよ。君は生きるために、そうしただけ……彼らが自分でそうしたんだ。

ポロンカリストゥス:……じゃあどうして私を避ける?

キビヤックアクタックが、君が俺を殺そうとしているって……

ポロンカリストゥス:あの頃は何も怖くなかっただろう?どうして今になって死を恐れる?それに、どうしてあいつの言葉は信じるのに、私の言葉は聞かないんだ?

キビヤック:死ぬのが怖い訳じゃない、ただ……本当に俺を殺す必要があるなら、困らせたくない。

キビヤック:君を信じていない訳でもない、ただ……君は何も話してくれないから……

ポロンカリストゥス:……

キビヤック:エクティスにいた時、君は辛かっただろう。でも俺の助けは必要ないってそれだけ、他は何も言ってくれない……だから、俺は何も出来なかった。

ポロンカリストゥス:……村民に復讐する以外に、あの頃の君に何が出来るんだ?本当の所、何も考えてなかっただろう……

キビヤック:君を助けたかった。

ポロンカリストゥス:……


 人々は彼の罠にハマらないよう努力して彼に接する、彼をどうしたら潰せるかしか考えない。もし敵がいなければ、彼も戦う必要はないんだと、誰もそんな事は考えた事がなかった。

 彼自身も数多な危機に面していると誰も考えた事はない……今まで、誰一人として。


ポロンカリストゥス:……無差別に親切を振りまく者は偽善者と言うんだ、知っているか?

キビヤック:誰にでもじゃない、全員がそうやって俺に接してくれないように。

ポロンカリストゥス:……?

キビヤック:氷海で、君はたくさん話しかけてくれた……俺にあんなにたくさん話してくれるひとは他にいない。リナだって、あそこまで怒ってはくれないよ。

ポロンカリストゥス:借りを作ったままにしたくないからだ。

キビヤック:借り?


 キビヤックの手を一目見て、ポロンカリストゥスは不自然に目を逸らした。

 

ポロンカリストゥス:なんでもない。

キビヤック:君に付いて行って欲しい、つまり……これから君の後ろにいていいって事?

ポロンカリストゥス:……ここから出られるかまだわからないのに、それはまた後で……


 ドンッ――バーンッ!

 ポロンカリストゥスの言葉を遮るように、近くの壁に大きな穴が開いた。部屋全体に煙が舞い、二つの人影が暗闇から出て来た。


ガナッシュ:当たり!ここがレッドベルベットの倉庫だよ!

ペルセベ:ゴホッ……おいっ!鹿野郎!まだ生きてるか?

終章-学校

終章Ⅰ

逃亡。


ペルセベ:おいっ!鹿野郎!まだ生きてるか?

ポロンカリストゥス:コホッ……ペルちゃん?!


 ポロンカリストゥスは、煙の中からペルセベと彼に引っ付いている少年を見つけた。目を見開いて、彼らの登場に心底驚いているようだった。


ペルセベ:チッ、時間掛け過ぎた……鹿野郎、早く呪った野郎を見つけて戻らねぇと!

ポロンカリストゥス:落ち着いて、探し人はここにいるよ。

ペルセベ:は?貴様の仕業か?!

キビヤック:!

ポロンカリストゥス:待って!だから落ち着いて、誤解だ!


 キビヤックの胸倉を掴もうとした青年を制止し、ポロンカリストゥスは久々に頭を抱えた。振り返って、いつもの倍の速さで問いかける。


ポロンカリストゥス:ペルちゃんみたいなチンピラに会ってない?昨晩、冰の彫刻になったけど、原因がわからないんだ。

キビヤック:……昨日夜、道を聞いたけど、触ってないよ……

キビヤック:そうだ、飾りをなくした、それを触ったからかもしれない。

ポロンカリストゥス:君の物を触っても氷になってしまうのか?

キビヤック:……俺の力、少し暴走している……でもお友だちの事なら、助けられるよ。

ポロンカリストゥス:本当に?

キビヤック:いえ……


 キビヤックは肯定しているが、ポロンカリストゥスは心配を隠せない。


ポロンカリストゥス:……とにかく、まずはここから出よう。

レッドベルベットケーキ:あれ!ど、どうなってるのよ?!

ポロンカリストゥス:チッ、遅かったか……

レッドベルベットケーキ:あたしの倉庫!あたしの宝物!シーザーちゃん!早く泥棒を捕まえに来て!

シーザーサラダ:退勤時間なので、失礼します。

レッドベルベットケーキ:なっ……もう、自分でやるわ!

ポロンカリストゥス:本当に、ビクター帝国を敵に回すつもり?

レッドベルベットケーキ:あたしはお金以外の物には興味ないの。他人の物を壊したら弁償するべきでしょう?それともビクター帝国の者はそんな常識も知らないの?

ポロンカリストゥス:ふふっ、それらで犯罪者を隠蔽した罰金をあてれば、ちょうどいいんじゃない。

ペルセベ:時間の無駄だ、こういう時は拳を使え!

レッドベルベットケーキ:もうっ!……いい加減にして!


 大儲けしようとしていただけのレッドベルベットケーキは、戦闘を回避出来ないこの状況に少し混乱した。持っていたハンマーを思いっきり地面に叩きつけると、破片が野次馬をしているポロンカリストゥスに飛んだ。


ポロンカリストゥス:!

キビヤック:危ない!


 ポロンカリストゥスが反応する前に、キビヤックは彼を庇うように前にやって来て、冰の壁を作り出し、レッドベルベットケーキを隔離した。


ポロンカリストゥス:今のうちに……!

キビヤック:……

ポロンカリストゥス:何をボーっとしてるんだ!

キビヤック:今助けた事で、また借りが出来たんじゃ……ごめんなさい……

ポロンカリストゥス:……バカ、そんなの後にしろ!早く行くよ!


 ポロンカリストゥスは怒りで頭がパンクしそうになっていたが、キビヤックを掴んで外に走る。一行はこうして迅速にカーニバルを脱出した。かなり経ってから、分厚い氷の壁が倒れた。


レッドベルベットケーキ:管理者様!遅い!見てよ!あたしの……

レッドベルベットケーキ:あたしの宝物をこんなに壊して!あなた、あなたの友だちはどうして全員あなたみたいに暴力的なのよ!

アクタック:本当の暴力をまだ目の当たりにした事がないみたいだな。

レッドベルベットケーキ:あー、前言撤回する……

レッドベルベットケーキ:フンッ!親友がいなくなって、寂しそうじゃない、一杯付き合ってあげようか?

アクタック:あんなショーを用意した私は、まだ友だちだと言えるのか?

レッドベルベットケーキ:皆殺しにはしなかったし、逃がしたじゃない、歪んだ友情ね~

アクタック:来月の経費はもういらないみたいだな。

レッドベルベットケーキ:そ、それはダメ!手伝ってあげたら増やしてくれるって言ったじゃない!こんなに壊されてしまったんだから、本当は2倍請求したいところよ?!

アクタック:経費なんかより、「コロシアム」で演技していたガキが言っていた事だが、彼に何か渡さないとじゃないのか?

レッドベルベットケーキ:えっ……その……

アクタック:オフィスでゆっくり話そう、それに「クルーズ船のオークション」についても聞きたいし。

レッドベルベットケーキ:……


終章Ⅱ

入職し、授業を始める。

数日後

「学校」


ポロンカリストゥス:……凍った青年は助かり、体に異常も見られませんでした。ペルセベは感謝こそしてくれなかったが、「学校」の助けを借りた事がよっぽど不服みたいで、これから頼み事はしやすくなると思います……

ポロンカリストゥス:今回の任務について。キビヤックは治療を受け、力はもう暴走する事はないそうで、任用も出来る。ただ……

ポロンカリストゥス:個人的に、引き続き「カーニバル」を監視した方が宜しいかと。「クルーズ船のオークション」の首謀者がそこにいる可能性が高いです。

シャンパン:ああ……任せた。そうだ、キビヤックの手続きはどうした?

ポロンカリストゥス:報告を終えればすぐに行う予定です。

シャンパン:わかった、ご苦労。

ポロンカリストゥス:全てはビクター帝国の未来のため。


 右手を胸の前に置き一礼した後、ポロンカリストゥスはいつも通り部屋を離れようとした。しかし、今日はドアを出た瞬間に笑顔が固まってしまう。


───


ポロンカリストゥス:……ここで何をしている?

キビヤック:待ってた……見て。

ポロンカリストゥス:?


 キビヤックは突然自分の手を伸ばし、ポロンカリストゥスに何か見せようとした。寒さと傷跡が消えた手を見て、ポロンカリストゥスは呆けてしまう。


キビヤック:もうエクティスにはいない、君が助けてくれたから、だから……もう何の貸し借りもないよ。

キビヤック:だから、友だちになってくれる?

ポロンカリストゥス:……

ポロンカリストゥス:バカ、借りなんてとっくになくなってるよ。友だちになりたいなら、まず仕事をこなせ。

キビヤック:仕事?

ポロンカリストゥス:ナイフラストで魚なんて獲っても意味がない。お金を稼ぐ必要も物欲が無くても、なんかしなければならないだろう。

ポロンカリストゥス:これから君は私と同じ「学校」の教師だ。私は情報を担当している、君はサバイバル担当だ。わかったか、同僚?

キビヤック:うん!ありがとう!

ポロンカリストゥス:うっ……おいっ!そんなに近づくな!

キビヤック:あっ、安心して、ジェノベーゼが治してくれたから、今俺に触っても氷になったりしないよ。

ポロンカリストゥスジェノベーゼ?誰だ?たった数日でそんなに親しくなったのか?!それに!私が心配しているのは凍る事じゃない!とにかく、私から離れろ!

キビヤック:わかった……

シェリー:うん?あれは……鹿教官?!


 授業が終わったのか、シェリーは騒がしい声の方に目を向けた。学生たちが騒いでいるのかと思いきや、そこにはよく見知った顔がよく知らない表情を浮かべているのが見えた。

 彼女は少し驚いたが、すぐに何か閃いたのか、笑顔を見せた。


シェリー:ふふっ……面白い事になりそうね。


終章Ⅲ

寒冷の終結。


 ジリリーー


シェリーキビヤック教官?授業はもう終わったわ。

キビヤック:えっと……君は……

シェリー:学生たちは私の事を「ジン教官」と呼ぶわ、でもシェリーって呼ばれる方が好きよ……貴方は鹿教官のお友だちかしら?

キビヤック:今はまだ……違う……

シェリー:あれ?この前一緒に歩いているところを見たわ……正直に言うと、あんな鹿を見たのは初めてよ!

キビヤック:あんな?

シェリー:えっと……なんて言ったらいいかしら、とにかくいつもと様子が違ったわ。だから、貴方は彼にとって特別なんだと思う!

キビヤック:……もしかしたら、同じ場所に、一緒に長くいたから……

シェリー:やっぱり!なら鹿について良く知っているよね?

キビヤック:そこまでは……何か聞きたい事でもあるの?

シェリー:コホンッ、ただ……同僚について知るのも、仕事の一部だと思って!

シェリー:(フフッ、鹿の弱みでも握られたら、最高だわ!)

シェリー:だから……鹿教官の昔の事を教えてくれない?

キビヤック:うーん……個人的な事だから、本人に聞いた方が良いよ。

シェリー:……チッ。

キビヤック:でも、俺との事なら話してあげてもいいよ……

シェリー:なになに?

キビヤック:彼は俺を救ってくれたんだ……やり方は極端だったけど……

キビヤック:彼のおかげで、俺は温もりを探そうと決めたんだ……


エクティス

氷海


住民A:キビヤックだ!キビヤックこそが呪いの正体!奴がエクティスをこんな風にしたんだ!

住民B:呪いを取り除け!キビヤックを排除しろ!殺せ!殺せ!

キビヤック:……

ポロンカリストゥス:こんな風になっているの、まだ離れようとしないの?

キビヤック:全部俺のせいだ、俺が……最後まで責任を持たなければ。

ポロンカリストゥス:……頑固だな……でも君の言っている事も正しい、だから……私も一回だけ責任を持とう。


 バシャンッーー


キビヤック:どっ、どうして飛び込んだ?!

ポロンカリストゥス:いっ……寒い、氷海はいつだって不快にさせてくる。

キビヤック:じゃあ、早く上がって。

ポロンカリストゥス:君は触れた物を凍らせる事が出来る、しかしこんな面積の海を凍らせるのにはもう限界だろう。エクティスが最近暖かくなってきているのは、君の力が暴走しているせいじゃないのか?

キビヤック:貴様……

ポロンカリストゥス:じゃあ、私に触れると同時に、海水を凍らせる事は出来るのか?

ポロンカリストゥス:或いは……海水を凍らせるために、私を凍らせられるか?……エクティスのために私を殺せるか?

キビヤック:こっ、来ないで!

ポロンカリストゥス:君はもうエクティスを救った。今度は私に君を救うチャンスをくれ。

キビヤック:!


 彼はずっとリナとエクティスのために全てを捧げて来た、習慣になっていたのだ……全ての者は彼の犠牲に感謝するが、誰も彼を救おうとはしなかった。

 彼は信じられない顔でポロンカリストゥスを見た。海の中では、声はあまりはっきりとは聞こえない。彼は相手の言葉を聞き間違えているかわからなかった、だけど一つだけはわかった……



 海を嫌っているポロンカリストゥス、利己的で無情な吸血鬼だと皆に言われていた彼は、自分を救うために、凍る危険性を承知で海に飛び込んできてくれた……

 キビヤックの耳元であの日の質問がこだまする。海底の幽霊になりたいのか?彼は未だに答えを見つけていない。だけどこの時彼ははっきりと思ったのだ、目の前の彼を決して幽霊にはしたくないと。

 だから彼はもう逃げなかった、躊躇いながらも力強く自由に向かい、太陽や花々に向かって手を伸ばした……

 あの瞬間、冰は全て融け、暖春が海底で咲き誇った。



 「ウィアード カーニバルナイト」完

番外編-冷たいカーニバル

「カーニバル」の招待状

「カケラ」の誘惑。

ある日

幻楽歌劇団


ムースケーキブルーチーズ……シフォン……?うぅ……みんなどこに行ったの?

ヌガー:やっと起きたのですか?今日は公演の日なので、彼らはとっくに出かけていますよ。

ムースケーキ:そうなんだ……どうして誰も起こしてくれなかったの……

ヌガー:シフォンが起こそうとしたのですけど、貴方が夜遅くまで脚本を書いていたとお兄さまが言っていたので、もう少し寝かせました。

ムースケーキ:うぅ……ブルーチーズのやつ……

ヌガー:今日のおやつはキッチンにありますよ。これは一日の分ですから、一気に食べてはいけませんよ!

ヌガー:私は急いで次の舞台の衣装をデザインしなければなりません、何かありましたら私の工房に来てくださいね!

ムースケーキ:わかってるよ、いつも子ども扱いして……今日のおやつは何かな?


 子ども扱いされた事を不満に思っていたのに、すぐに興味はおやつに映った。しかし、彼はおやつを見つけると同時に別の物も見つけた。


ムースケーキ:あれ?赤い封筒?珍しい……あれ、変な匂いがする。

ムースケーキ:幻楽歌劇団への手紙ってことは、僕も読んで良いってことだよね……


 好奇心に駆られて、ムースケーキはフォークをくわえたまま封筒を開けた。


ムースケーキ:当方では時空の輪を大量に販売しております、そちらはこれを求めているようで……もし興味があれば、是非カーニバルへお越しください……

ムースケーキ:レッドベルベット……ケーキ?


 ケーキをすくって口に放り込みながら、ムースケーキは考えを巡らせる。


ムースケーキ:わざわざ招待状を送ってきて、「販売」って書いてあるし、時空の輪で商売をしたいだけで、他に目的はないかもしれない……

ムースケーキブルーチーズとシフォンたちは僕のために大変な思いをして時空エネルギーを集めているんだ……僕も自分で何かしなくちゃ。でも……

ムースケーキ:まだ子どものままだし、何かあったら逆に迷惑を掛けてしまうかも。書き置きは残しておこう。


 ケーキを食べ、書き置きを描いた後、ムースケーキは部屋から薬、ナイフ、煙幕弾などの防犯道具を集めた。準備を整え、彼はこっそりドアを開ける。


ムースケーキヌガーの仕事の邪魔をしちゃったら、怒られちゃう……


 戦々恐々としながら出掛けたが、ムースケーキは久しぶりにワクワクしていた。急いで招待状に書いてある住所に向かうと……


───


レッドベルベットケーキ:「ドラゴンネスト」へようこそ、お客様は何をお求めですか?

ムースケーキ:あの……ここで時空の輪のカケラが売られているって聞いたんだけど……

レッドベルベットケーキ:あら!上客じゃない!さあさあ、こちらに~

ムースケーキ:えっ?い、いいよ、僕はただ……

レッドベルベットケーキ:焦らないで、まずは価格を決めないと。お客様によって価格を変えさせているの。坊主に髪の毛で交換させる訳にはいかないからね!

ムースケーキ:えっ?交換?

レッドベルベットケーキ:ふふっ……「ドラゴンネスト」の商品はお金で買える物ではないよ。小さなお客様、心の準備は……出来ていますか?

ムースケーキ:えっ!


「カーニバル」のおもてなし

「カーニバル」は安全だ……

深夜

「カーニバル」外


???:ダメ……早くここから離れないと……

???:「彼」は……俺に会いたくないはず……

アクタック:……幽霊が「カーニバル」の外で徘徊しているという噂が出回っているが……やはり貴方だったか。

???:どうして……ここに?

アクタック:フンッ、貴方の親友に聞いたらどうだ。

???:あの時……本当に「彼」が君を裏切ったの?

アクタック:騙されただけだ、裏切ったとまでは……

アクタック:そもそも私たちは仲間ではないんだ。

???:……

アクタック:ずっとそこにいるつもりか?怪物として指名手配されたいのか?

???:違う……

アクタック:ならついてこい、ナイフラストが貴方のせいで巨大冷蔵庫になってしまう前にな。

???:ごめんなさい、君に迷惑……掛けたくない……

アクタック:もう掛けている、それに……迷惑掛けられるよりも、「彼」に殺されて欲しくないんだ。

???:?

アクタック:「彼」はもう前とは違う……いや、もしかしたら私たちは「彼」の事を何も知らなかったのかもしれない、今の「彼」こそ本当の「彼」なのだろう。

???:俺が知っている「彼」は……そんなひとじゃない……

アクタック:世界は貴方の優しい目によって素敵に変わったりはしない。信じないのなら待てば良い、「彼」のほの暗い過去を知っている私たちが無事でいられる訳がないからな。

???:……

アクタック:行こう、「カーニバル」は一先ず安全だ……一先ずな。


「カーニバル」の社員規則

危険な仕事。

「カーニバル」1階

社員休憩室


シーザーサラダ:「カーニバル」社員規則その一、宝飾店とレストラン以外、「正しい」身分の者しか特定の場所には入れない。例えば、博徒しか賭場に入ってはいけない、富豪しか地下オークションに参加してはいけない。

面接者:あの……理由を聞いてもいいですか?

シーザーサラダ:ダメだ。

面接者:……わかりました。

シーザーサラダ:社員規則その二、地下倉庫で何を見ても気にするな。彼らが攻撃して来た時だけ、全力で金が入った袋を揺らせ、そうすれば赤い服を着た者が助けに来てくれる、かもしれない……

面接者:かっ、かもしれない……?

シーザーサラダ:その三、地下ボクシング場「コロシアム」にいるあいつに構うな。白髪赤目の男の子が怪我しているのを見ても助けるな、それは彼を不快にする。

シーザーサラダ:その四、温泉で人魚を見ても、いないものと思え。勝手に動かすな、彼の身体のトゲも触るな。もし彼がのぼせたら、誰か他のスタッフを呼べ。

シーザーサラダ:その五、一番大切な規則だ。7階には行くな、もし不運にも踏み入れてしまって、蝶のような羽根を持つ青年に出会ってしまったら、彼が離れるまで跪いてろ。

面接者:その……これは怪談みたいなものでしょうか?

シーザーサラダ:うぅ……あと十何条もある、でも疲れた……はぁ、そんなに覚えられないでしょ、続きは明日で。

面接者:えっ?明日?つまり、私は……面接に合格したって事ですか?

シーザーサラダ:……あさって来れたらね。

面接者:あの、それってどういう意味……

シーザーサラダ:ここの給料が高いのは何故だと思う?それに入れ替わりも激しい。

面接者:……

シーザーサラダ:まあ頑張って、俺がこんなに喋ったのが全部無駄になっちゃうからね。

面接者:せっ、先輩!一緒にパトロールしてくれないんですか?!

シーザーサラダ:一緒にやる訳ないじゃん……どうしてあんなにたくさん規則を教えたと思う?

面接者:どっ、どうしてですか?


 やる気のない少年は突然元気が出たようで、言葉は今までにない力強さがあった……


シーザーサラダ:そりゃ、正々堂々とサボるために決まってるだろ!

面接者:……あの、ここにいるのは本当にどういう方たちなんですか……

シーザーサラダ:簡単に言えば、狂人とバカ、あとジェノベーゼ

面接者:ジェノベーゼ

シーザーサラダジェノベーゼは神だ。

面接者:……

面接者:今後悔しても、まだ間に合いますか……


「カーニバル」の一角Ⅰ

悪女たちの飲み会。

「カーニバル」最上階

空中カジノ


ブリヌイ:侵入者?

レッドベルベットケーキ:うーん……いや、食霊が二人だけ。でもアクタックに、特別に面倒見て欲しいって言われたわ。

ブリヌイ:あら?彼の特別だなんて、珍しい。

レッドベルベットケーキ:同じ事を思ったわ!あの二人からアクタックの弱みを探れたら、「カーニバル」の管理者も名ばかりのものになるわ!

ブリヌイ:うん……でも今回はやめておくわ。食霊よりも、醜い金持ちをイジメる方が楽しいわ。

ブリヌイ:でも一つアドバイスをしてあげよう……シナモンロールの所に、食霊に効く薬があるそうよ、借りて使うと良いわ。

レッドベルベットケーキ:いいね、でも……シナモンちゃんはあたしを警戒しているから、薬なんてくれないと思うよ。

ブリヌイ:じゃあ……手伝ってあげようか?

レッドベルベットケーキ:アハハ、シナモンちゃんがあなたの事を警戒していないとでも?だけど……興味がないんじゃなかったの、どうしてそんなに熱心にアドバイスしてくれるのかしら?

ブリヌイ:あなたがあの食霊たちをオークションに出したら、きっと変態金持ちが釣れるからよ~

レッドベルベットケーキ:ぷははっ……悪い女ね!

ブリヌイ:ふふっ、あなたもね。


 二人が乾杯すると、グラスが軽やかに鳴り、まるで邪悪な楽曲の前奏のようだった。


レッドベルベットケーキ:世界はこんなにもつまらない。だから、時空の輪もティアラも……

ブリヌイ:わたしたちのおもちゃにしないとね~

レッドベルベットケーキ:悪い女に乾杯~

ブリヌイ:虚無と……快楽に乾杯。


調査依頼

「カーニバル」へ。

ある日

シャンパン執務室


 コンコンコンッ--


シャンパン:入れ。

ポロンカリストゥス:陛下、何かご用ですか?

シャンパン:これを見ろ。

ポロンカリストゥス:おや?陛下が新聞を読むとは、一大スクープですね。

シャンパン:無駄口叩くな、読め。

ポロンカリストゥス:はい……街角で彷徨う幽霊……行く先々が凍ってしまう……

シャンパン:お前は氷雪に覆われた場所にいたのだろう?こういう事はお前が適任だ、任せた。

シャンパン:使えそうなら学校に連れて帰れ、ダメならその場で処理しろ。

ポロンカリストゥス:陛下は本当に人使いが荒いですね。

シャンパン:なんだ、他に任務でもあるのか?

ポロンカリストゥス:いいえ、陛下の憂いを解決するのが私の任務です。では失礼します。


───


 シャンパンの執務室を離れると、ポロンカリストゥスの頭の中はまだ先程の新聞記事でいっぱいになっていた。そのためシェリーとばったり会っても、表情を取り繕う暇もなかった。


シェリー:そんな真面目な表情滅多に見ないわね、何か大変な任務でも受けたの?

ポロンカリストゥス:ふふっ、そうだよ。陛下はやはり人を困らせる天才だね。

シェリー:そんなに大変なら私に任せたらどう?最近暇なのよ。

ポロンカリストゥスシェリーちゃんは陛下に良い所を見せたいんだろう、でも今回はやめておいた方がいいよ。陛下のご指名だからね、後で怒られたくないんだ。

ポロンカリストゥス:任務に向かう。シェリーちゃん、陛下と学校は任せたよ。

シェリー:……


 急いでこの場を離れていくポロンカリストゥスを怪訝そうな顔で見ていたシェリーは、何か思うところがあったのかあごを触った。


シェリー:陛下は基本的に任務が成否にしか興味がない、誰が遂行したのか気にした事なんてあったかしら?鹿の奴、自分が任務をやりたいからって、陛下を口実にするなんて……怪しい。

シェリー:ふふっ……彼のしっぽをつかめるかもしれないね。


「カーニバル」の一角Ⅱ

変なところに変な人が。

「カーニバル」5階

バー


アクタック:ここにいろ、勝手に出歩くな、わかったな?

キビヤック:どこに……行くの?

アクタック:私たち二人が一緒にいたら客たちを凍らせてしまう。とりあえず今日は閉店するから、やる事もあるし。

アクタック:暇なら上の階で温泉に浸かるといい、でも下の「ホラーキャッスル」には行かないように。

キビヤック:うん、わかった。

アクタック:……


 久しぶりに再会した仲間を不安げに一目見た後、アクタックはバーを出た。キビヤックは彼が離れて行く方を見て、気付けば独り言をつぶやき始めた。


キビヤック:温泉……あたたかい場所って聞いた事がある……でも、どんな場所なんだろう?

キビヤック:見に行ってみよう。


───


 そう考えながら、キビヤックは記憶を辿り階段にやって来た。温泉を探すのはさほど難しくはなかった、特にキビヤックは温度に敏感だ、気付けば温泉間の入口に辿り着いた。


キビヤック:このまま入ればいいの……うぅ、あたたかい……

キビヤック:これが温泉?思っていたのと、ちょっと違うかも……


 温泉館の中はとても静かで、キビヤックは無意識にここには自分しかいないと思い込んでいた。しかし次の瞬間、湯気の中に細い人影がある事に気付く。その者の顔がハッキリ見えた時、真っ赤になっているのに気付いた。


ブイヤベース:……

キビヤック:あっ?!ごっ、ごめんなさい!す、すぐに出て行く!

ブイヤベース:うん?どうして……?


 キビヤックは答えず、慌てて出て行った。この様子を見ていた温泉に浸かっている青年は頭を掻いた。


ブイヤベース:少し……変わったひとだ……


 温泉館から逃げ出したキビヤックは、階段の手すりに寄り掛かり呼吸を整えていた……


キビヤック:ふぅ……温泉……変わってる……どうして、服着てないんだ……


 ドンッ--バシャーンッ--


キビヤック:うん?


 長い階段の下から騒がしい声が聞こえて来た。キビヤックは思わず下を覗くと、震える程に懐かしい声が耳に届いた。


キビヤック:……鹿?


 何かにとりつかれたかのように、アクタックの言いつけを覚えているのにもかかわらず、彼は下の階へと……声のする方へと向かった。


「カーニバル」のおもてなしⅡ

悪女たちの裏話?

「カーニバル」1階

「ドラゴンネスト」


スターゲイジーパイ:うーん……ここの宝石は、綺麗ね。でも……

スターゲイジーパイ:あの時空の輪とやらは、本当にパスタが言ったように、ここにあるのかしら?

レッドベルベットケーキ:いらっしゃいませ~!あら!美しいお客様ですね~何かお手伝い出来る事はありませんか?

スターゲイジーパイ:あの……これとこれとこれ、あとこれも包んでくれるかしら。

レッドベルベットケーキ:ありがとうございます!そうだ、特製のシルクの包装袋があるんだけど、普通の物より銀貨2枚高いだけで、いかが……

スターゲイジーパイ:ええ、それにしましょう。

レッドベルベットケーキ:あら~夢なのかしら~!お客様、少しお待ちください、すぐに戻ります!

スターゲイジーパイ:待って、ここに……「カケラ」はあるかしら?

レッドベルベットケーキ:おや?お客様もですか?まあいいか……ショーはもう始まっているし、観客が一人増えてもいいわよね~

スターゲイジーパイ:何?

レッドベルベットケーキ:いいえ!カケラがお望みなら、地下2階の「コロシアム」でお待ちください~


 そう言いながら、レッドベルベットケーキは一礼して、右手で相手に向かって「どうぞ」とポーズをした。この一連の動きを見たスターゲイジーパイは、目を輝かせる。


スターゲイジーパイ:綺麗な手ね、欲しいわ。


 レッドベルベットケーキすぐさま一歩下がり、少女が伸ばした手を避けた。顔が一瞬怒りで染まったが、すぐに笑顔に戻った。


レッドベルベットケーキ:……ふふっ、ありがとうございます。でも……これを手に入れるために代価を、あなたはあまり興味を持てないと思います。

スターゲイジーパイ:どうしてそう思うのかしら?

レッドベルベットケーキ:だって、あなたの目はいつまでも美しい、だけどこの手の裏にある物語は醜いから。

レッドベルベットケーキ:思い出しただけで、吐き気がするわ~

スターゲイジーパイ:……じゃあいいわ、ドレスを汚したくないもの。

レッドベルベットケーキ:そうよ!「カーニバル」に相応しくない!保証いたします、「カーニバル」は全てのお客様の願いを叶えると!

レッドベルベットケーキ:そう……全てのお客様の願いを~


「カーニバル」のおもてなしⅢ

悪徳商人への対処法。

「カーニバル」地下2階

「コロシアム」


レッドベルベットケーキ:終わったよ。ぼく、お疲れ様~

ムースケーキ:ふぅ……じゃあ「カケラ」をくれる?

レッドベルベットケーキ:もちろん!あたしは約束は守るよ!ほら!

ムースケーキ:……なにこれ?

レッドベルベットケーキ:宝石のカケラだよ!お客様が求めていたものでしょう?どうしてあたしに聞くの?

ムースケーキ:……僕が言っているのは「時空の輪」のカケラ!これじゃない!踏み倒すつもり?!

レッドベルベットケーキ:そんな!商売は信用第一ですからね、お客様そんな事は言ってはいけませんよ!

ムースケーキ:貴様……


 コンッ!


レッドベルベットケーキ:うん?何よ……

ブルーチーズ:ごめんなさい、おそくなりました。

ムースケーキブルーチーズ……?!


 ムースケーキが驚いて振り返ると、よく知った者が怒った表情で立っているのが見えた。ドアを叩いた手はまだドアの上にあるが、亀裂を上手い事隠している。

 彼はブルーチーズの勢いにビックリしてすぐに反応出来なかった、すると背後からまたよく知った者が現れた。


シフォンケーキムースケーキ、どうして一人で出掛けた!どれだけ心配したと思ってるの!ヌガーなんて泣いちゃったんだから!

ムースケーキ:ご、ごめんなさい……

ブルーチーズ:謝罪よりも、私たちの親愛なる団長様に一体何をしたのか伺いたいものですね。なんだか困っているようですが?

レッドベルベットケーキ:えっ……あたしを見ないで!あたしは誠実な商売人に過ぎないよ……

ブルーチーズ:おや?なら招待状に書いてあった事も事実でないといけませんね。

レッドベルベットケーキ:アハハ、招待状を持っているお客様でしたか。早く言ってくださいよ、そんな怖い顔をしないで、あたしの店を潰そうとする勢いじゃない……

ブルーチーズ:カケラを手に入れられなかったら、本当にそうしてしまうかもしれませんね。

レッドベルベットケーキ:……はいはい、あなたたちが正しいです……カケラなら、まずあたしと一緒に上に行きましょう。

ムースケーキ:……また……迷惑掛けちゃった……

ブルーチーズ:うん?それは違いますよ。

シフォンケーキ:そうだ、俺たちは友だちだ、仲間だ!迷惑だなんて思わない、遠慮するな!

ブルーチーズ:迷惑でいうと、一番掛けているのはシフォンの方じゃないですか?

シフォンケーキ:えっ?!俺?!そんな事ないよ!

ムースケーキ:ぷっ……

ブルーチーズ:ふふっ、元気が出たようですね。では団長様行きましょう、まずはカケラを手に入れてその後……帰りましょうか。


「カーニバル」のおもてなしⅣ

厄介なガキ。

「カーニバル」地下2階

「コロシアム」


ガナッシュ:どうしたんだ?手を出さないのか?

ペルセベ:……ガキ、何がしたいんだ?

ガナッシュ:殴って欲しいんだよ!

ペルセベ:なっ……イカれてんのか?

ガナッシュ:えっ?違うよ……オレはただ殴られるのが好きなだけ、アンタが乱暴な口調で話すみたいにね。

ペルセベ:……ガキ、貴様に付き合ってる暇はねぇんだ。

ガナッシュ:じゃあいつなら時間があるの?

ペルセベ:……わからねぇ。

ガナッシュ:うぅ……じゃあ時間がある時に、殴ってくれる?

ペルセベ:……どうして殴られたいんだ?

ガナッシュ:だって、オレの価値はそれしかないから。

ペルセベ:は?

ガナッシュ:嘘つき!質問する暇があるんだから、暇じゃん!

ペルセベ:……子どもに手は出さねぇだけだ。

ガナッシュ:子どもじゃない!試してみればわかるぜ!

ペルセベ:おいっ!だから殴らねぇって!貴様……いった!噛むな!

ガナッシュ:どう?殴りたくなったでしょ?

ペルセベ:貴様……

ガナッシュ:お願い、痛くないと……自分がわからなくなる……

ペルセベ:……


 目の前の少年は狂った事しか言わないが、ペルセベは何か事情があるのではと気付いた。その綺麗な笑顔の裏に、真摯だが絶望が秘めた目が見えたから。

 彼は初めてクロに会った時を思い出した。伴生獣は飢えのせいで尻尾を振る事しか出来ない、それを見た自分はそのお腹を満たすためだけに暴れたもんだ。

 あの時の光景が重なる。


ペルセベ:……俺様と一緒に来たあの鹿野郎を知らねぇか?

ガナッシュ:うぅ……レッドベルベットの商品の事?きっと倉庫に連れて行かれたんだと思うよ。

ペルセベ:連れて行け、俺様の用事が終われば……貴様の話を聞いてやろう。

ガナッシュ:えっ!本当に?!指切りして!

ペルセベ:チッ、本当にガキだな……


 イヤそうにしているが、ペルセベは少年の小指をしっかり自分のそれと絡め、更に少年の頭を軽くはたいた。


ペルセベ:よし、早く案内しろ。

ガナッシュ:うん!こっちだ!


過去Ⅰ

鹿の隠し事?

数十年前

エクティス


ポロンカリストゥス:エクティスを離れる方法は簡単だ……棺桶の中で横になるだけで、誰かが連れて行ってくれる。

アクタック:……

ポロンカリストゥス:安心して、エクティスを離れるよう聞き入ってくれた人たちもいる。彼らはここに情なんて残っていない、食霊を一人連れ出すのなんて何も思っていないだろう。

アクタック:……エクティスを離れるのに代価を支払わなければならないんだろう?それはなんだ?

ポロンカリストゥス:これだ、棺桶に横たわる事だ。

アクタック:そっ、そんな簡単な事なのか?!

ポロンカリストゥス:なんだ?マゾなのか?これでも物足りないのか?

アクタック:ふざけるな。こんなのは、貴方らしくないと思っただけだ。

ポロンカリストゥス:はぁ、私の悪印象はもう拭えないようだね……ふふっ、まあいい。

アクタック:?

ポロンカリストゥス:なんでもない、早く入れ、もうすぐ出発の時間だ。

アクタック:……貴方はいつここを離れるんだ。

ポロンカリストゥス:えっ?私の心配をしているのか?!

アクタック:チッ、さようなら。


───


 無言で横たわったアクタックは、仲間が笑いながら棺桶の蓋を締めるのを見つめた。暗闇の中、棺桶が鎖で巻かれる音だけが聞こえて来る。

 突然、世界が静かになった。ポロンカリストゥスの声はまるで錯覚のように、静寂の中響いた。


ポロンカリストゥス:最初から悪人認定されれば、例えその後どれだけ誤解されようが悲しくなったりはしない……

ポロンカリストゥス:決心する時のストレスも少ないだろう。これが悪人になる唯一のメリットだ。

アクタック:鹿……貴方は……


 まるで風が吹いたみたいに小さな声だった。そして、アクタックはその言葉の意味を考える機会を奪われたのだ。

 これから起きる事のせいで、ポロンカリストゥスに対して恨みしか残らなくなったから。


過去Ⅱ

アクタックの過去。

熱い⋯⋯熱い⋯⋯苦しい⋯⋯


笑える⋯⋯エクティスを嫌っていたわたしが⋯⋯今は⋯⋯


あの寒さを⋯⋯懐かしむとは⋯⋯


これが運命か?いや⋯⋯そんなのは⋯⋯


ここは⋯⋯どこだ?⋯⋯何も見えない⋯⋯どうして?


そうだ⋯⋯鹿が⋯⋯裏切ったから⋯⋯鹿が⋯⋯私を裏切った⋯⋯


アクタック:……


───


 漆黒は消え去ったが、強い光のせいで目の前が見えない。青年は気付いた、自分はある牢獄から別の地獄に辿り着いたに過ぎないと。


アクタック:ここは……

レッドベルベットケーキ:商品番号11365!北の果てエクティスの食霊!彼の御侍も既に別の世界に辿り着いていますよ~

アクタック:!

レッドベルベットケーキ:このしなやかな体、艶やかな長髪、そして氷のように冷たい目。あ~彼を屈服させられ時の達成感は想像出来ないでしょう!金貨5万枚から、競売開始!

貴族:……6万!

貴婦人:10万!

アクタック:……私は、商品ではない……

レッドベルベットケーキ:あら、忠告しておくけど、早めにその考えを捨てた方がいいよ!


 オークショニアは彼の耳元で、他人事のように嬉しそうに呟く。


レッドベルベットケーキ:あなたの体に巻かれた鎖はタルタロスの特別な材料で作られた物、食霊がそれを付けると普通の人と変わらなくなる。あたしもそのツラさはわかるよ、でもすぐに衣食住に困らない生活が待っているわ~

アクタック:何を……バカな事を……

レッドベルベットケーキ:チッチッ、そんな表情をしたら、下の成金共は余計テンション上がっちゃうわよ~

貴族:……20万!

貴婦人:30万!

レッドベルベットケーキ:アハハ~競争が激しいわね、早く値段を吊り上げてよ、まだたくさんの商品が控えているから、時間制限があるのよ~

???:10億。

アクタック:なっ……!


 彼の目はやっと強い光に慣れたようだ。我慢出来なくなった主によって会場中にお札がバラ撒かれ、その中から幻影のような青年がアクタックに近づいて来た。


アクタック:私は……商品ではない……

???:確かにそうだ。今、貴方は僕の物になった。

アクタック:?

レッドベルベットケーキ:もう、またそんな誤解させるような事言って!それにこんなにお金出して……「カーニバル」はいつかあなたに潰されるわよ!

???:貴方がいるんだ、心配ない。

レッドベルベットケーキ:アハハ、それは間違いないわ~


 突然現れた青年はオークショニアと知り合いのようだ、二人は慣れた様子で言葉を交わした。青年は再び視線をアクタックに移す。


???:立ち上がれ。

アクタック:貴方は……?

???:貴方を困らせる、おかしな運命とやらを……

???:潰す方法を教えてあげよう。

アクタック:!


新たな悩みⅠ

しつこいガキ。

数日後

ダークストリート


 ドンドンドンッ!ドンドンドンッ!


ガナッシュ:開けて!開けろ!ペルセベ!約束しただろ!開けろよ!

ペルセベ:……

アンソニー:……


 ドンドンドンッ!ドンドンドンッ!


アンソニー:……ボス、あの子にどんなちょっかいを掛けたか知らないけど、開けてあげたらどう?「地獄の門」の門が万が一壊されたら、ダークストリートはどうしたらいいんだ?

ペルセベ:は?「地獄の門」がそんなやわな訳がねぇだろ?簡単に壊される訳が……


 ピキッ--


ガナッシュ:うわっ!ごめん!ペルセベ!門に亀裂が入っちゃった!

アンソニー:……

ペルセベ:……チッ。クソガキ、一体何がしたいんだ?!

ガナッシュ:やっと出て来てくれた!だって用事が終わったら殴ってくれるって約束してくれただろ?

アンソニー:あら~そんな約束初めて聞いたわ~ボスがまさか、そんな趣味を……

ペルセベ:黙れ。

アンソニー:……

ガナッシュ:へぇーここがダークストリートか、初めて来たけど……なんだか前にいたところと似てるな!

ペルセベ:そうなのか?

ガナッシュ:うん!御侍のためにボクシングでお金を稼いでた時……あー、この話はいいや、とりあえず始めようぜ!

ペルセベ:……今日はやめておく。

ガナッシュ:えっ?なんで?

ペルセベ:……ケガしてるだろ、ケガ人とケンカはしねぇ。

ガナッシュ:あっ、これは古傷だから、全然痛くないぜ!うぅ、痛かったらよかったのに……アンタも背中に傷があるじゃん……

ペルセベ:触るな!

ガナッシュ:わっ!まさか……まだ痛むのか?

ペルセベ:……痛くねぇ、気に食わねぇだけだ。

ガナッシュ:はぁ……いいな、オレにもそんな傷つけてくんない?

ペルセベ:……本当にイカれてんな。

ガナッシュ:あはは、バカよりはましだろ!

ペルセベ:……

アンソニー:ねぇ……ぼく、ご飯食べた?ケンカは何か食べてからにしない?なんて細いの、ちゃんと食べれているの……

ガナッシュ:食べ物?美味しい物があるように見えないけど。

アンソニー:あはは、ハンバーガーとかポテトフライぐらいならあるよ。

ガナッシュハンバーガー?ポテトフライ?何それ?

アンソニー:えっ?食べた事ないの?!この子はどんな生活を送っているのよ……

ペルセベ:……

ペルセベ:まず飯だ。

ガナッシュ:うぅ……でもケンカ……

ペルセベ:食べたらな。

ガナッシュ:本当?!ヤッター!

アンソニー:あら、ボスはやっぱり子どもに甘いわね、優しい~

ペルセベ:チッ、黙れ。

アンソニー:はぁ……いつか私にも優しくしてくれたらいいのに……


カーニバルの一角Ⅲ

管理者様の日常。

数日後

カーニバル


レッドベルベットケーキ:管理者様……カーニバルでもう何日もお酒が飲めない状況が続いているよ、このままだと職務放棄と報告しないと……

アクタック:……誰のせいで忙しくしていると思っているんだ。

レッドベルベットケーキ:え?何かあったの?

アクタック:どっからこんなに「カケラ」を見つけて来たんだ?

レッドベルベットケーキ:あー……あたしの倉庫にある宝物たちと一緒よ~

アクタック:とぼけるな、ブリヌイと何か企んでいるだろう。

レッドベルベットケーキ:アハハ、知っているならどうして聞くの?

アクタック:……「カーニバル」と関係のない事なら、何をしても構わない。

レッドベルベットケーキ:関係がない訳がないじゃない、あたしたちは「カーニバル」の有名人よ、もしかしたら逮捕状はもう出来上がっているかも……

アクタック:少し頭を冷やそうか。

レッドベルベットケーキ:いや、もう凍るのだけはごめんよ!この前あんなに長い時間凍らせた事、まだ根に持っているからね!

アクタック:私をオークションにかけた事について、私が文句言った事あるか?

レッドベルベットケーキ:それは……それはそれだよ。あたしは間接的に良い事をしたじゃない、あなたは「カーニバル」の管理者になれたんだから!

アクタック:ただの雑用だよ……


 疲れた様子でため息をついた青年は、そばでうるさくする相手を無視して、また書類と向き合い始めた。


レッドベルベットケーキ:うん?何を書いているの?新聞記事?何?「カーニバル」を摘発しようとしているの?!

アクタック:どうして私がそんな事を……あいつを少し手伝おうとしているだけだ……

レッドベルベットケーキ:ああ、なるほど、三バカの中で一番バカな子の事ね?

アクタック:三バカ……?

レッドベルベットケーキ:あー……いや、なんでもない……で、あの雪だるまちゃんのために幽霊事件をもみ消すのね?

アクタック:ええ。これから「学校」の教師になるんだ、変な噂が掘り返されたら良くないだろう。

レッドベルベットケーキ:いつになったらあたしにも優しくしてくれるの……やっぱり、友だちが出て行って寂しいんでしょう?

アクタック:レッドベルベット、酒を断ちたいみたいだな?

レッドベルベットケーキ:アハハ、ブリヌイには効くけど、あたしには意味ないわよ~

アクタック:そうか?ブリヌイの酒を全て止めて、全部貴方に売られたと言ったら?

レッドベルベットケーキ:……管理者様ご命令を、全てこなしてみせましょう!

アクタック:お言葉に甘えて、来月の出費を3分の1減らしてくれ。

レッドベルベットケーキ:……はい……


過去Ⅲ

情報官の過去。

エクティス

辺境


 ポロンカリストゥスは振り返らない。彼はあの海に背を向け、ゆっくりだがしっかりとした足取りで歩いていた。

 どれだけ歩いたのだろう、疲れるぐらい歩いた時、誰かに呼び止められた。


シャンパン:難民をナイフラストに連れて来た食霊は、お前か?

ポロンカリストゥス:?

シャンパン:エクティスみたいな封鎖的な場所で、お前はどうやってナイフラストの存在を知った?

ポロンカリストゥス:情報収集だ。誰だ?どうしてそんな事を聞く?

シャンパン:情報か……ハッ、悪くない。ちょうど情報官が欲しかったところだ、興味はないか?

ポロンカリストゥス:情報官?

シャンパン:ビクター帝国の情報官だ。時間通りに任務をこなしてくれれば、他は自由だ。

ポロンカリストゥス:それは……仕事か?

シャンパン:趣味にしても構わない。

ポロンカリストゥス:……どうして私を信じてくれるんだ?

シャンパン:お前を信じる必要はない、仕事をこなしてくれたら十分だ。

ポロンカリストゥス:もし、私が君を殺そうとしたら?

シャンパン:ハッ、試してみるといい。

ポロンカリストゥス:……


 ポロンカリストゥスは答えず、振り返った。エクティスを離れてから彼は初めて振り返ったのだ。意外な事に、後ろには誰もいなかった。


シャンパン:なんだ、仲間がいるのか?

ポロンカリストゥス:……いや。どう呼んだらいい?

シャンパンシャンパンだ、ビクター帝国の国王。

ポロンカリストゥス:随分テキトーな王様だな……陛下行きましょうか、まず仕事場を見せて頂けますか?


───


シェリー:これが陛下との出会いか……確かにテキトーだね。

ポロンカリストゥス:だから、陛下は別に私を信用している訳ではない、私がたまたま情報収集が得意だったから……

ポロンカリストゥスシェリーちゃん、これで安心した?私は君と陛下を奪い合うつもりはないよ。

シェリー:フフッ、本当に奪い合う事になっても怖くないわ。陛下は……最終的にきっと私のものになるから。

ポロンカリストゥス:自信満々な君は嫌いじゃないよ、ほら早く仕事に戻りなさい。


新たな悩みⅡ

情報官の日常。

数日後

学校


キビヤック:鹿!来たのか!

ポロンカリストゥス:……君に会いに来た訳じゃない、陛下に報告しに来ただけだ。

キビヤック:また……

ポロンカリストゥス:たから……心の中で何を考えてもいいけど、表面的にはきちんと陛下を敬ってくれ。

キビヤック:どうして?君のために残ったんだ、彼とは関係ない。

ポロンカリストゥス:……クビになりたいなら、私を巻き込まないでくれ。もう行く。

キビヤック:また仕事?君の仕事……多くないか……

ポロンカリストゥス:エクティスでサボっていた時のツケだと思っている。私は今ビクター帝国で一番忙しいんじゃないか……

キビヤック:うん……わかった……

ポロンカリストゥス:……?何がわかったんだ?おいっ……!


───


更に数日後

シャンパン執務室


ポロンカリストゥス:……で、どういう事だ?

シャンパン:彼に聞け。

キビヤック:……


 ポロンカリストゥスはこの時初めてキビヤックが怒りを露わにしているのを見た。状況をわかっていないが、とにかくシャンパンと引き離した。なんだか今にも殴りかかりそうな顔をしていたから。


ポロンカリストゥス:おいっ、何をしている?

キビヤック:君にたくさんの仕事を任せているのに、自分は休憩して、お酒を飲んで……不公平だ、彼は間違っている。

ポロンカリストゥス:……

ポロンカリストゥス:陛下、申し訳ありません。キビヤックは社会常識が欠けています、他意はありません。

シャンパン:社会常識が欠けているのなら、お前が教えてあげたらどうだ。

ポロンカリストゥス:……

キビヤック:また仕事を増やしたのか、彼が不愉快な顔をしているのが見えないのか?

シャンパン:お?鹿、そうなのか?

ポロンカリストゥス:そんな事は……嬉しいです……

キビヤック:でも……

ポロンカリストゥス:うるさい!私と来い、きっちり教え込んでやる!



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タイトル FOOD FANTASY フードファンタジー
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    • iOS
    • リリース日:2018年10月11日
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    • リリース日:2018年10月11日
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  • カテゴリー
  • RPG(ロールプレイング)
ゲーム概要 美食擬人化RPG物語+経営シミュレーションゲーム

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